ボビー・ミッチェルによるソナタ集(ハイドン)

今日はフォルテピアノによるソナタ集。

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ボビー・ミッチェル(Bobby Mitchell)のフォルテピアノによるハイドンのピアノソナタ3曲(Hob.XVI:23、XVI:28、XVI:48)、アダージョ(Hob.XVII:9)、アンダンテと変奏曲(Hob.XVII:6)の5曲を収めたアルバム。収録は2014年1月13日から15日、ベルギーのブリュージュ音楽堂でのセッション録音。レーベルはouthere MUSICグループのAlpha Productions。

このアルバム、タワーレコード新宿の店頭で見かけて手に入れたもの。マーキュリーが輸入盤に解説をつけてパッケージしたもの。いつもながら輸入盤そのままの雰囲気に丁寧な翻訳、解説をつけたパッケージングがありがたいですね。

ジャケットは意表を突く犬がフォルテピアノのような楽器を弾く姿の油彩。解説を見てみると、これはハイドンと同時代のフィリップ・レイネグルという人が描いた「びっくりするくらい音楽がわかる、とある犬の肖像」というもの。この謎めいたジャケットからこのアルバムに込められた創意が伝わってくるようで聴く前から実に興味深いもの。

奏者のボビー・ミッチェルは1985年生まれのアメリカのピアニスト。マイアミのインターロッケン芸術アカデミー、ニューヨークのイーストマン音楽院などで学びました。その後渡欧し、オランダのデン・ハーグ王立音楽院でピアノ、歴史的ピアノ奏法などを学び、ドイツのフライブルク音楽院でロバート・ヒルに師事。2013年にベルギーのブリュージュ古楽コンクールで入賞し、本盤の録音につながったとのことです。このアルバムにはボビー・ミッチェル自身による「21世紀の今、ハイドンの作品を録音するということ」という記事が掲載され、その内容が実に深い洞察を含むもの。彼の主張を要約すると、ハイドンの時代の楽器と、その演奏スタイルを意識して演奏するが、自分自身から湧き出てくる音のことばとして読み解き、そのことばで流暢に語ることにこだわっているということ。そして、それゆえ当時よく行われてきたように、曲間やフェルマータの箇所で即興を挟み、それは作曲家と張り合おうということではなく、そうした混沌を挟むことによって作曲家の作品の素晴らしさを際だたせようとしているといことです。彼の演奏はフォルテピアノによるありきたりな演奏ではなく、彼のことば通り、ハイドンの音楽の多様な魅力を際だたせようとそこここに即興を挟み、大きな川の流れのように感じさせるもの。ハイドンに対するアプローチの角度が非凡。なんとなく「びっくりするくらい音楽がわかる、とある犬の肖像」をジャケットに使った意図もわかってきました。

この録音に使われている楽器はハイドンが活躍していた18世紀末のオーストリア、ドイツ南部のヨハン・アンドレアス・シュタイン作のモデルと良く似た作者不詳の楽器とのこと。コンディションは非常によく、フォルテピアノの録音としては理想的なものですね。

Hob.XVI:23 Piano Sonata No.38 [F] (1773)
ホールに自然にフォルテピアノの響きが広がる名録音。音の粒立ちというか鮮度は抜群で、楽器がよく鳴っているのがわかります。ボビー・ミッチェルはクッキリとメリハリをつけながらもテンポを自在に揺らし、最初から即興的なタッチの面白さを感じさせ、ハイドンの曲に仕込まれた機知を十分踏まえているよう。スピードコントロールの自然な加減を楽しむような風情。速い部分でタッチのキレを見せたかと思うと、しっとりと長い休符をとり、曲の立体感をしっかり際だたせるあたり、そしてそれがハイドンの曲の真髄をふまえたものと感じさせる手腕は見事なものです。
続くアダージョはさらに見事。ミッチェルがまさに自身から湧き出てくる音のことばとして弾いているのがよくわかります。ミッチェルの指にハイドンの魂が乗り移ったような活き活きとした音楽。そしてフィナーレに入る瞬間のえも言われぬ絶妙さ。この冴え渡るセンスはミッチェルのただならぬ才能を感じさせるところ。ちょとした修飾と間の取り方でこのソナタがこれだけ冴えた表情を見せるということがミッチェルの非凡さを物語ります。

そして曲の結びの余韻を踏まえた短い即興が入りますが、これがまた絶妙。ソナタとソナタを実に見事につなぎます。

Hob.XVI:28 Piano Sonata No.43 [E flat] (1776 or before)
すっかりミッチェルの術中にハマって、ミッチェル自身の音のことばにどっぷり浸かります。ミッチェルはハイドンの楽譜の上で自在に遊びまわるよう。本当に自在。それがミッチェルの独りよがりに聴こえないのが凄いところ。聴いていただければわかりますが、演奏自体は実に自然な印象を保っていますが、これまでフォルテピアノの演奏でここまで自在な演奏は聴いたことはありません。奏者によってここまでの表現に行き着くということを思い知ります。前曲よりさらに踏み込んだ境地に達しています。
つづくメヌエットは遠い日の記憶のような不思議な入り。曲に潜む気配のようなものをえぐり出す才があるようです。音量を落として静かに語るようなタッチの妙。
そしてフィナーレは非常に個性的な曲想をこれもえぐり出すように際だたせ、冴え渡るタッチで描いていきます。いつ聴いても不思議なメロディーですが、その不思議さを際だたせるという常人離れした解釈。う~ん、凄いです。

ふたたび即興。現代音楽的な冷たさがなく、不思議とホッとする瞬間。そして次のソナタへの絶妙なつなぎ。

Hob.XVI:48 Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
聴きなれた有名曲ですが、これまで聴いた演奏が踏み込み不足に聴こえるほど旋律に説得力が漲ります。ハイドンへのリスペクトからか、この有名曲では自在な表現の振れ幅は少し抑えてオーソドックスに演奏していきますが、それでも表情のキレは素晴らしく、古楽器でのこの曲の演奏のベストといってもいい出来。終盤にちょっと加えた装飾音の機転と、1楽章最後の和音の幸福感にこの演奏の真髄を感じます。
2楽章構成の2楽章。右手のメロディーの冴え渡り方が尋常ではありません。脳内にアドレナリンが噴出。この短いロンドがものすごい陰影がついてクッキリと浮かび上がります。これまた見事。

このあとはかなり激しく盛り上がる即興。すっと引いたと思うと、つづくアダージョにつながります。

Hob.XVII:9 Adagio [F] (before 1792)
ブレンデルの演奏が刷り込みの曲。ピアノの演奏もいいものですが、ミッチェルのフォルテピアノでの演奏は、すこし溜めながら、幽玄なメロディーをしっとりと綴っていく、これも曲自体の気配をよく踏まえたもの。曲に合わせて表現の幅をかなり意図的にコントロールしていることがわかります。すっと心になじむ純粋さがあります。

なぜかこのあとに即興は入らず、最後は名曲アンダンテと変奏曲。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
表現というより音色をかなり巧みに変えながらの入り。フォルテピアノの音色をどう変えるのかは詳しくありませんが、乾いたキレのいい音としっとりと曇った柔らかい音をフレーズ毎に入れ替え、フレーズ毎に千変万化する表情。もともと変奏曲だけに、こうしたアプローチは自然ですが、変化の幅が大きいので面白さが際立つわけです。変奏が進むにつれてミッチェルが音楽に込めるエネルギーが増してくる様子が手に取るようにわかります。力むわけではなく、そのエネルギーが虚心坦懐な表現として曲自体の魅力をしっかり伝えます。20分強あるこの曲があっという間に感じられる至福の時間。だんだん変奏間の間が長くなって終盤の盛り上がりの後は枯淡の境地に。そして最後はカデンツァのような即興をたっぷり聴かせて終わります。

アメリカの若手ピアノ奏者、ボビー・ミッチェルによるハイドンのソナタ集。あまり期待せずに聴いたのですが、このアルバム、絶品です。ミッチェルのウェブサイトを見てみると、このアルバムがデビュー盤のようですね。フォルテピアノに限らずピアノも弾くようですが、その彼がデビュー盤でフォルテピアノでハイドンに挑み、しかもしっかりとしたコンセプトを持った演奏。恐ろしい才能の持ち主と見ました。このアルバムを聴く限り、テクニックはかなりのものですが、テクニックの誇示といった感じはまったくなく、それを上回る音楽的な才能を持った人ですね。このアルバム、最近聴いたフォルテピアノによるハイドンでは一押しです。久々にハイドンに聴かせたいと思った次第。偉大な作曲者は現代の若者のこの演奏にきっと驚くでしょう。評価はもちろん全曲[+++++]とします。御一聴あれ!

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ギャリック・オールソンのピアノソナタ集(ハイドン)

今日も湖国JHさんから送り込まれた刺客。恐ろしいキレ者でした。

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ギャリック・オールソン(Garrick Ohlsson)のピアノによるハイドンのピアノソナタ集。Hob.XVI:50、XVI:51、XVI:52、アンダンテと変奏曲XVII:6、アダージョXVII:9の5曲を収めたアルバム。収録はPマークが1992年、ニューヨークのコンコルディア・カレッジでのセッション録音。レーベルは米ARABESQUE RECORDINGS。

ギャリック・オールソンは私ははじめて聴く人。ネットをみてみると、ショパン、ベートーヴェンなどのアルバムがかなりリリースされていますので、知っている人も多いでしょう。

1948年、アメリカ、ニューヨーク州のマンハッタンの30kmほど北方にあるホワイト・プレインズ生まれのピアニスト。1966年にブゾーニコンクール、1968年にモントリオール・ピアノコンクールに優勝、1970年にはワルシャワで行われたショパンコンクールで金賞を受賞し国際的に有名になりました。ショパンのピアノ曲をすべてレコーディングしている他、レパートリーは広大で、80曲もの協奏曲を弾くことができるとのことです。

オールラウンダーたるオールソンのハイドン、これが素晴しかった。このアルバム以外にハイドンの録音はなさそうですが、選曲はハイドン山脈の頂上をいきなり目指す意欲的なもの。

Hob.XVI:50 / Piano Sonata No.60 [C] (probably 1794)
広いホールの残響をたっぷりと含んだピアノの響き。冒頭から尋常ならざるキレ。オールソン、テクニシャンらしくクッキリとハイドンの最晩年のソナタを軽々と演奏していきますが、テクニックの誇示のような印象はなく、ハイドンのソナタと戯れているよう。ハイドンに対する畏敬のようなもの感じられる真摯な姿勢も感じます。このキレは素晴しいですね。ところどころで大きくメリハリつけるので、曲の構造がクッキリと浮かび上がり、キリリと構成感を表現。迫力も十分。冒頭から圧倒的な演奏にのけぞります。
素晴しかったのがこのアダージョ。ハイドンの美しい煌めくようなメロディーが次々と奏でられ、まるで満天の夜空をながめるよう。テンポをしっかり落とし、ゆったりと濃密な音楽が流れます。溢れんばかりの香しい詩情にうっとり。
フィナーレではやはり、自在に加減速をコントロールしながら、抜群のキレ味のタッチ。この人、只者ではありませんんね。最後はふっと力を抜いた見事な終わり方。1曲目からノックアウトです。

Hob.XVI:51 / Piano Sonata No.61 [D] (probably 1794)
2楽章構成の曲。実に伸びやかな入り。キレよくしなやかなタッチは変わらず、クッキリとしたメリハリもあり、ピアノが鳴りきっています。このXVI:51は今ひとつ落ち着かない演奏も多いのですが、曲の聴かせどころをしっかり把握して見事な演奏。ベートーヴェンの曲のようなダイナミックさではあるのですが、不思議と違和感はなく、ピアノによるハイドンのソナタの理想的な響きと言っていいでしょう。

Hob.XVI:52 / Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
これまでの演奏とかわらず、素晴しい集中力。この曲に求められるダイナミックさと軽やかさ、しなやかさ、古典的な規律、そしてハイドンらしい微笑ましさまで、すべてが高次にまとめられた演奏と言っていいでしょう。聴いていてエクスタシーを感じるほどのキレ味。ひとつひとつのフレーズを完璧に描き分ける驚愕のコントロール。ビアノの分厚い響きの最後の余韻までコントロールされているような、完璧な制御。これだけの表情が自然にまとまっているあたり、恐ろしく鋭敏な感覚の持ち主なのでしょう。
このアダージョでは確信犯的に変化を抑え、孤高の境地に達するよう意図しているよう。ピアノによるこの演奏でこれ以上の高みはあるのでしょうか。ゆったりと演奏をすすめるうちに、高みは成層圏の濃紺の空のよう。
フィナーレの入りのフレーズにほっと一息つきますが、この曲のこれからの展開をオールソンのカミソリのようなキレ味で演奏されることを想像すると穏やかではありません。すぐにキレが炸裂。広いホールに広がるピアノ響きにただただ打たれます。

Hob.XVII:6 / Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
これまでのオールソンの圧倒的な演奏から、この曲を聴く前から殺気を感じるほど。いったいどこまで澄みきった演奏を聴かせるのでしょうか。丁寧に丁寧に変奏を磨き込んでいくような演奏。ピアノ響きは磨き抜かれたキラ星のごとき美しさ。この長い変奏を完全に掌握して、演奏はオールソン流に完璧に仕上げてきます。隙もゆるみも一切なく、揺るぎない自信に溢れた演奏。変奏一つ一つの描き分けは見事と言う他ありません。ハイドンがたどり着いた、ベートーヴェンへとつながる音楽の歴史の一つの頂点を聴くような感慨を覚えるほどの説得力。この雄弁さ、余人の演奏とは一段レベルが違う感じです。この長い変奏を実にうまくまとめて、クライマックスを築いた後、最後は響きの純度が限りなく透明に近くなってすっと終わります。ピアノの美しい響きの余韻が耳にこだまします。

Hob.XVII:9 / Adagio [F] (before 1792)
何と純粋な響き。今までブレンデル盤を愛聴してきましたが、ブレンデルよりもオールソンのほうが深いですね。シンプルな音楽の中に祈りにも似た無垢なものがあります。心が洗われるような演奏です。

ギャリック・オールソン、はじめて聴く人でしたが、衝撃を受けたというのが正直なところでしょう。これほどのハイドンに今まで触れてこなかったとは。まだまだ研鑽がたりませんね。このアルバムは現在、中古以外では流通していないようですが、ハイドンのピアノソナタが好きな方は必聴のアルバムです。ピアノによるハイドンのソナタの正統的な演奏の一つの理想のような演奏です。評価は言うまでもなく全曲[+++++]です。

湖国JHさん、参りました。

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ハイドンの時代の響き パウル・バドゥラ=スコダのフォルテピアノ作品集

今日は今まで取りあげていなかった著名演奏家のアルバム。

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パウル・バドゥラ=スコダ(Paul Badura-Skoda)のフォルテピアノによる、ハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:46)、アンダンテと変奏曲(XVII:6)、ピアノソナタ(XVI:20)、「神よ皇帝フランツを護りたまえ」変奏曲(III:77)、アダージョ(XVII:9)の5曲を収めたアルバム。収録は2008年10月18日から19日、オーストリアのリンツの南にある街クレムスミュンスター(Kremsmünster)のクレマグ城楽器博物館でのセッション録音。レーベルは仏ARCANA。

楽器博物館での録音というのもこのアルバムに使われている楽器自体がポイントになります。ライナーノーツを開くとハイドン自身の言葉が紹介されています。

「シャンツこそ最も優れたフォルテピアノ工房である」

ここに書かれたシャンツとはこの録音に使われているウィーンのヨハン・シャンツ(Johann Schantz)のことで、録音にはシャンツの1790年頃製作のオリジナル楽器が使われているとのことです。

ハイドンのピアノソナタの演奏にはクラヴィコードやスクエアピアノ、ハープシコード、フォルテピアノなど様々な古楽器による演奏があり、楽器の音色によって醸し出される表情は大きく変わります。はたしてハイドンの好んだ響きが浮かび上がるのでしょうか。

演奏者のパウル・バドゥラ=スコダは1927年ウィーンに生まれたピアニスト、音楽学者。彼とイェルク・デームス、フリードリヒ・グルダの3人を称して「ウィーン三羽烏」と呼ぶそう。ウィーン音楽院で学び、1947年にオーストリア音楽コンクールに優勝して頭角を現しました。それをきっかけにエトヴィン・フィッシャーに師事することととなります。その後、1949年にフルトヴェングラー、カラヤンなど当時の一線級のの指揮者と共演を重ね、国際的な活躍をするようになり、1950年代には来日もしているとのこと。レパートリーはもちろんウィーン古典派が中心となりますが、とりわけモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトを得意としているようですね。1976年にはオーストリア政府よりオーストリア科学芸術功労賞を授与されています。

これまでもバドゥラ=スコダのハイドンは何枚か持っていて聴いてはいるのですが、わかりやすいキャラクターというものが感じられず、実に堅実かつ地味に弾く人との認識です。フォルテピアノは奏者によっても響きが千変万化し、シュタイアーの自在さ、ブラウティハムのダイナミックさ、ピノックの緊張感ある規律など人それぞれ。バドゥラ=スコダの音楽の根底にあるのは、時代への誠実さでしょうか。

Hob.XVI:46 / Piano Sonata No.31 [A flat] (1767/70)
比較的近めに定位するフォルテピアノ。残響はどちらかというと少なめで、狭い部屋で間近で聴いているようなリアルな音像。楽器のせいか演奏のせいか、低音は あまり鳴らずに中高音の鮮明な響きが印象的なものです。リズミカルに躍動するメロディーが特徴のこの曲の入りですが、バドゥラ=スコダは虚心坦懐な表現。淡々と楽譜をこなしさらさらと弾いていく感じ。アクセントをつけようとかフレーズを上手く聴かせよう等ということは一切考えずに、ただただ、淡々と弾いて いく感じ。速い音階もちょっとごつごつとして引っかかりもあります。曲のデュナーミクの波も意図してコントロールする感じではなく、自然に任せるようで す。まるでハイドンが練習でもしているようです。そう、演奏家の演奏というよりは作曲家が音符を確かめているような演奏。聴いているうちに自然な佇まいに慣れていきます。
アダージョも変わらず淡々としていますが、曲想がマッチして枯淡の境地。途中楽器の音色を何度か変えて表現の幅を広げますが、基本的に淡々と弾いているので、解脱した人の演奏のよう。独特の味わいがありますが、聴いている人に合わせた表現ではなく、自らが慈しむために弾いているよ う。聴いているうちに、バドゥラ=スコダの意図がなんとなくわかってきました。
フィナーレも同様。ピアノでは素晴らしい聴き映えのする曲ですが、フォルテピアノの限られたダイナミクスのなかでの表現で、しかもさらさらと弾流すような独特の演奏で、この曲の違った一面を感じるよう。

Hob.XVII:6 / Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
次は大曲XVII:6。名曲ゆえ録音も多く、ハイドンの時代からベートーヴェンへの橋渡しのような位置づけの曲。冒頭の短調の入りから、前曲よりかなり繊細なタッチで音色をコントロールしていきます。フレージングの根底には前曲同様さらりとしたものがありますが、明らかに表現が丁寧になります。ダイナミクス の変化はあまりつけずに淡々と行きますが、音色の変化でかなりはっきりとしたメリハリがついて、なかなか聴き応えがあります。この楽器、高域の音がツィンバロンのような音色で、高域の音階がクッキリと浮かび上がります。最後は抑えた部分と楽器の音色の変化を織り交ぜて大曲のスケール感をしっかりつけに行 き、ダイナミックさも聴かせてから、さっと汐が引くように終わります。

Hob.XVI:20 / Piano Sonata No.33 [c] (1771)
名曲つづきでXVI:20。ピアノで聴き慣れた曲ですのでちょっとフォルテピアノの演奏は不利でしょうか。ちょっとテンポが重い部分が引っかかりますが、この曲独特のきらめくようなメロディーラインはうまく表現されています。この曲は年老いたハイドンが昔を慈しみながら自ら弾いているような風情。指がまわっていない感もちょっとありますが、音楽的にはなんとなく味わい深い方向に作用していて、それほど悪くありません。時折バドゥラ=スコダの息づかいやうなり声のようなものがうっすら聴こえます。
2楽章のアンダンテは意外となめらかなタッチでフォルテピアノならではの美しさを表現。速めのテンポでさらさらいくところはバドゥラ=スコダならでは。ちょっとハイドン時代にトリップした気分にさせられます。メロディが最高域を奏でる部分では楽器の限界も聴かせますが、それもハイドンの時代の楽器ならではのことでしょう。
フィナーレはザラザラと弾き進めていくいつものバドゥラ=スコダスタイル。この拘りなく音符をどんどん弾いていくスタイルが定番ですね。最後の一音もさっと響きを止めてしまうあたりが面白いです。

Hob.III:77 / String Quartet Op.76 No.3 "Kaiserquartett" 「皇帝」 [C] (1797)
このアルバム、選曲は本当に名曲揃い。現ドイツ国歌として有名なメロディーによる変奏曲。演奏を聴けというより、曲自体を聴けといっているよう。あまりに拘りなくサクサクとすすめていくがかえって新鮮です。意外にこの曲、バドゥラ=スコダの演奏スタイルに合ってます。

Hob.XVII:9 / Adagio [F] (before 1792)
最後も好きな曲。ブレンデルの演奏を愛聴してますが、ブレンデルの透徹したピアノが静寂のなかに消えていくような絶妙の演奏に対して、バドゥラ=スコダは一貫して淡々としたもの。ある意味予想どおりの演奏です。美しい曲の儚さを、儚い美しさではなく、時の儚さ、表現の儚さと一歩踏み込んでいるよう。

なんとなくとらえどころのない演奏をする人との印象があったバドゥラ=スコダですが、このアルバムを聴いて、ちょっと演奏スタイルが見えたような気がします。古楽器の演奏ではブラウティハムなど、楽器の響きをどうやって美しく聴かせようかということに集中しているのに対し、バドゥラ=スコダはその対極のスタンスでしょう。視点は演奏家ではなく作曲者の視点のよう。ハイドン自身になりきって、曲の構造や着想、メロディーをまるで作曲者自身がさらって演奏しているような演奏です。響きへのこだわりではなく、頭の中で鳴っている音楽を、ひとつひとつ確認していくようです。このアルバム、選曲はまさに名曲揃いで初心者向けですが、演奏は玄人向けです。ハイドンのピアノソナタをいろいろな演奏で聴き込んだ、違いのわかる人にこそ聴いてほしい、このさりげなさ。私は、聴いているうちにちょっと気に入りました。磨き抜かれた演奏もいいですが、たまにはこういった演奏もいいものです。評価は全曲[++++]としました。

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ブレンデルのアダージョXVII:9

父が亡くなって、葬儀の手配やら手続きやらで忙しい毎日を送ってきました。母も体調を崩していたため、そちらも心配。しばらく音楽を聴く心境にもならず、ブログを更新しようという気力もちょっとなくなっていました。今週水曜にようやく葬儀も終わり、まだまだいろいろ手続きはあるものの、すこしづつ日常生活にもどりつつあります。仕事にも出てみて、忙しくしているほうが気がまぎれるように感じます。そろそろブログも少しづつ書いてみようかという心境になりました。

今日は以前に一度取りあげたアルバムですが、ピアノの澄み切った美しい響きが聴いてみたくなり取りあげました。

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アルフレート・ブレンデル(Alfred Brendel)のピアノでハイドンのピアノソナタ3曲(Hob.XVI:34、XVI:32、XVI:42)と、ファンタジア(XVII:4)、アダージョ(XVII:9)の5曲を収めたアルバム。収録は1984年3月4日から10日にかけてロンドンのヘンリーウッド・ホールでのセッション録音。レーベルはもちろん蘭PHILIPS。

以前取りあげた記事はこちら。

2010/09/01 : ハイドン–ピアノソナタ : 絶品、ブレンデルのピアノソナタ

今日はこの中から、アダージョのみ取りあげます。以前の記事では「自身の葬儀で流してほしいくらいの音楽の結晶のような作品」とコメントしましたが、私はなぜかこの曲のブレンデルの演奏に非常に心惹かれます。ホールに響き渡るグランドピアノの美しい響きが鮮明に録られた録音も絶品。

Hob.XVII:9 / Adagio [F] (before 1792)
5分少々の短い曲ですが、大男のブレンデルが一音一音慈しむように弾く素朴なメロディーがキラ星のごとく輝きます。まさに音楽の結晶。音数は少ないのですが、まさに一音一音が絶妙にコントロールされ、静寂の中に音が置かれていく感じ。グランドピアノの最も美しい響きがヘンリーウッド・ホールに満ちていきます。聴いていくうちに心が天に昇っていくような錯覚に襲われます。ハイドンの音楽の中でも最も純度が高い音楽。空高く昇って成層圏に達した星空寸前の濃紺の空の色のような感じ。ブレンデルがピアノの響きの美しさの極限に挑んだ入魂の演奏でしょう。

今となってはハイドンが何を表現したくてこの曲を書いたかはわかりませんが、私はこの澄み切った心境を表すような小品を時折取り出して聴いています。技巧とも表現意欲とも異なる大きな存在感を感じる素晴らしい曲だと思います。やはり自分が亡くなった時にはこの曲をかけてほしいという想いを新たにしました。



親はかけがえのないものと今更ながら思い知らされています。この10年くらいは定期的に自宅にいってずいぶん接点はもってきたほうだと思いましたが、まだまだ本人から聞きたいこともありました。もうすこしのんびりさせてあげたかったです。時間をかけて気持ちを整理していきたいと思います。

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【新着】アンヌ・カンビエの歌曲集

先日銀座山野楽器で手に入れた歌曲のアルバム。

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アンヌ・カンビエ(Anne Cambier)のソプラノ、ヤン・フェルミューレン(Jan Vermeulen)のフォルテピアノによるハイドンの歌曲16曲とフォルテピアノのための変奏曲(Hob.XVII:5)、アダージョ(Hob.XVII:9)を収めたアルバム。収録は2009年5月17日~20日、ベルギーのブリュッセル東方の街、シント・トルイデンのアカデミーホールでのセッション録音。レーベルはベルギーのACCENT。最新のリリースです。

ソプラノのアンヌ・カンビエはベルギーのソプラノ歌手。ライナーノーツによれば、ベルギーとロンドンで学び、おもに古楽器オケとの共演が多いようです。AAMやラ・プティット・バンドなどに加え、今年は以前取りあげたギィ・ヴァン・ワース/レザグレマンとのツアーが予定されてるようです。以前は小沢征爾の指揮でヤナーチェクのイヌフェーエワでカロルカを歌うなどオペラでも活躍していた人。

Anne Cambier(英文)

フォルテピアノのフェルミューレンもベルギーの人。レパートリーはオールラウンドのようですが、古典派、ロマン派の作品をフォルテピアノで弾く活動をするなど、フォルテピアノにこだわりがあるようですね。室内楽アンサンブルにも数多く参加し、現在はベルギーのリューベンでピアノとフォルテピアノの教鞭をとっているとのこと。カンビエとはよくコンビを組んでいるようです。

今日はお休みなので、じっくり取りあげましょう。最初はドイツ語の歌曲が7曲続きます。

Hob.XXVIa:3 / 12 Lieder No.3 "Der erste Kuß" 「はじめての接吻」 [E flat] (1781)
歌曲のアルバムを最初に聴くときは、歌手の声に全神経が集中します。カンビエは中域のふくらみのある響きと高音への抜けが美しい声。艶っぽい声というよりは生成りの美しさのような自然さが持ち味。穏やかなメロディーと高音の美しい声を披露するアルバムの出だしにふさわしい曲。フォルテピアノは間をしっかりとったこちらも自然な演奏。2人ともハイドンの歌曲をじっくり自然に演奏することに集中しているようで、好きなタイプの演奏。流石ACCCENTの新譜、音楽が溢れてきます。

Hob.XXVIa:8 / 12 Lieder No.8 "An Thyrsis" 「テュルジスに」 [D] (1781)
一転してテンポの速い曲。なんでもない普通の演奏なんですが自然な佇まいがとてもよい演奏。テンポ感が良いのが自然さにつながっています。

Hob.XXVIa:45 / "Un tetto umil" 「掘立小屋」 ("Ein kleines Haus") [E] (1800)
ハイドン独特のほの暗い憂いを少しはらむシンプルな曲調の歌。この曲の聴き所は最後のカンビエの素晴らしい高音の伸びやかな歌。声量も素晴らしいので存在感十分。

Hob.XXVIa:11 / 12 Lieder No.11 "Liebeslied" 「恋の歌」 [D] (1781)
前半の聴かせどころ。この曲もシンプルな曲想、ちょっと憂いのあるメロディーとハイドンの歌曲の典型的なつくりですが、その曲ををたっぷり間をとってじっくり語りかけるように歌うことで、なんでもなにのにもの凄くしっとりした音楽になってます。

Hob.XXVIa:21 / 12 Lieder No.9 "Das Leben ist ein Traum" 「人生は夢だ」 [E flat] (1781)
優しい歌声により激しい感情の噴出。声の張りが強い訳ではないんですが、メリハリは十分に感じさせ、しかも破綻するようようなところはなく、自然な声を生かした表現の中で十分な感情の表現ですね。

Hob.XXVIa:39 / "Trachten will ich nicht auf Erden" 「この世で何も得ようとは思わない」 [E] (1790)
前前曲と同様落ち着いた曲調。コンサートのプログラムのように良く考えられた曲順。次から次へと曲が変化し、歌曲の楽しみを十分堪能できます。録音には触れませんでしがが、残響の多めの館の部屋で録られたような音響。音像は近くも遠くもなく、中央に自然に定位。フォルテピアノの木質系の雅な音色の美しさが際立つ自然な音響。癖のないいい録音です。流石ACCENTといったころでしょう。

Hob.XXVIa:17 / 12 Lieder No.5 "Geistliches Lied" 「宗教歌」 [g] (1781)
前半の最後の曲は短調。ここまでで最も歌に力が漲ります。カンビエの中域の美しい声の響きがとても印象的な歌いぶり。

Hob.XVII:5 / Tema con 6 variazioni "Faciles et agreables" 「やさしく快適」 [C] (1790)
歌曲の間におかれた変奏曲。有名なHob.XVII:6の一つ前の変奏曲。伴奏のフェルミューレンが腕前を披露といったところでしょう。作曲年代にしてはシンプルな構成で、Hob.XVII:6ほどの感情の噴出はなく、約1分の変奏が6つ集まった曲。第5変奏で弱音器をつけたような音色に変える部分、どのようにするのかは解りませんが、なかなか面白い展開。演奏の腕は確かですがフォルテピアノ曲として演奏者の個性を表現するような場ではないので、あえてさっぱりと弾いているように感じます。

つづいて中盤の5曲。1794年から95年にかけて作曲された英語によるカンツォネッタ集から。前半の曲よりも表現の幅が明らかに広がった曲調。

Hob.XXVIa:30 / 6 Original Canzonettas 1 No.6 "Fidelity" 「誠実」 [f] (1794)
最初は短調の曲。前の曲より時代が下ったせいで伴奏の表現もぐっと充実。カンビエの歌は速いパッセージでも安定感があり、しっとりした感じを保って味わい深い歌唱。

Hob.XXVIa:33 / 6 Original Canzonettas 2 No.3 "Sympathy" 「共感」 [E] (1795)
徐々に美しいメロディーの曲が増えて、テンションが上がってきます。美しいメロディーと沈み込む情感、転調の妙、フェルミューレンのフォルテピアノも徐々に表現に力が入ってくるのがわかります。

Hob.XXVIa:25 / 6 Original Canzonettas 1 No.1 "The Mermaid's Song" 「人魚の歌」 [C] (1794)
聴き慣れたメロディーに。冒頭からハイドンの健康的な名旋律の美しさが際立ちます。カンビエの自然な歌唱が曲調にあって、さりげなく深い歌。

Hob.XXVIa:26 / 6 Original Canzonettas 1 No.2 "Recollection" 「回想」 [F] (1794)
好きな曲。伴奏から完璧なリラックス。人の声で歌われる旋律の美しさの極致のような美しいメロディー。うっとりしてとろけそう。歌曲を聴く悦びに溢れた名曲ですね。

Hob.XXVIa:29 / 6 Original Canzonettas 1 No.5 "Pleasing Pain" 「愛の苦しみ」 [G] (1794)
中盤最後の曲。速いテンポ、激しい曲調の曲をカンビエの自然な声で少し和らげて歌います。

Hob.XVII:9 / Adagio [F] (before 1792)
ほぼ同時代に作曲された、フォルテピアノのためのアダージョ。私はブレンデルの輝くような音色と、深い情感の演奏を好んでいますが、フェルミューレンのフォルテピアノによるあっさりした演奏も悪くありません。夕暮れの陽の最後の輝きのような美しさとちょっと悲しい余韻持った曲。

最後は英語によるカンツォネッタ集から4曲。まるでリサイタルを聴いているような気持ちになる、よく考えられた選曲と曲順。歌手が一曲だで下がって休んで、また出てきたような印象。ライヴアルバムで全く同じ選曲でも成り立ちますね。

Hob.XXVIa:35 / 6 Original Canzonettas 2 No.5 "Piercing eyes" 「見抜く目」 [G] (1795)
短い曲。最後の一連の曲の最初の声ならしのよう。

Hob.XXVIa:27 / 6 Original Canzonettas 1 No.3 "A Pastoral Song" 「牧歌」 [A] (1794)
好きな曲。ハイドンの歌曲の傑作のひとつ。ハイドンらしい素朴で美しいメロディーの宝庫。

Hob.XXVIa:34 / 6 Original Canzonettas 2 No.4 "She never told her love" 「彼女は決して愛を語らなかった」 [A sharp] (1795)
この曲も好きな曲。ぐっと来る曲調。フォルテピアノの伴奏も曲の深い影をよく表現。語りかけるようなカンビエの歌ですが、この曲は非常に深い情感を表現。絶品です。

Hob.XXVIa:31 / 6 Original Canzonettas 2 No.1 "Sailor's Song" 「船乗りの歌」 [A] (1795)
まるでオペラの大団円のように最後に明るい曲をもってきます。カンビエの豊かな声量が部屋に響き渡ります。最後は珍しく音を上げた装飾音を加えて盛り上げます。最上のリサイタルを聴き終わったような充実感に包まれますね。

カンビエは自然な声が魅力。艶はほどほどながら、自然に喋るような歌い方がハイドンの歌曲にぴったり。超絶技巧も、華々しい声色でもないんですが、素朴な声と確実な技術が素晴らしい歌手。気に入りました。フェルミューレンのフォルテピアノは曲の表情をやわらかく適度なめりはりをつけて弾く、こちらも自然さが印象に残る演奏。歌曲の伴奏としてはベストに近いもの。このアルバム、ハイドンの歌曲の等身大の演奏として、味わい深い名演。曲順もプロダクトとしての完成度も素晴らしいアルバムでした。評価は歌曲は[+++++]、フォルテピアノのための曲は[++++]としました。歌曲のアルバムのファーストチョイスとしてもおすすめですので「ハイドン入門者向け」タグも進呈です。ACCENTの素晴らしいプロデュース。絶品です。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : 英語カンツォネッタ集 アダージョXVII:9 変奏曲XVII:5 歌曲 ハイドン入門者向け

枯淡、デートレフ・クラウスのピアノソナタ集

今日は巨匠のピアノソナタ集。

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デートレフ・クラウス(Detlef Kraus)の弾くハイドンのピアノソナタ集。収録曲目は、皇帝讃歌(Hob.III:77)、ピアノソナタ(XVI:44)、ピアノソナタ(XVI:21)、アダージョ(XVII:9)、ピアノソナタ(XVI:29)、ピアノソナタ(XVI:28)の6曲。収録は1994年4月、ドイツハノーバー近郊の街ヴェーデマルク(Wedemark)のヴェーデマルクスタジオでのセッション録音。レーベルはTHOROFONというレーベル。

グレー地の背景からクラウスの顔が浮かび上がるなんともアーティスティックなジャケット。もちろんジャケット買いですが、収録曲目もドイツ国歌「皇帝讃歌」にアダージョXVII:9、ソナタのXVI:29と好きな曲が多く含まれているのもあり、店頭で即ゲットです。

ピアニストのデートレフ・クラウスは1919年ハンブルク生まれのドイツのピアニスト。16歳でバッハの平均律クラヴィーア曲集をコンサートで弾いてデビューとのこと。後年はブラームスに傾倒。1982年からはフランクフルトブラームス協会の会長を務め、ブラームスについての著作も多いとのこと。晩年は教育にも力を注ぎ、2008年1月7日に88歳で亡くなったとのこと。このアルバムの演奏時は74歳。

クラウスについて私は知らずにいましたが、ピアニストの皆さんの中では知られた存在の方のようですね。このアルバムを聴くと、74歳とは思えないしっかりとした指使いで描くハイドンのソナタの響きエッセンス。フレージングとか音色とかデュナーミクなどといった表現上のことを超えて、ただただ音符を音にしていくという枯淡の境地。これまでいろいろなピアニストでハイドンのソナタを聴いてきましたが、デートレフ・クラウスの演奏はそれらの演奏を超える素晴らしい本質的な説得力をもっていました。

1曲目は皇帝讃歌。たどたどしくもありますが、なぜか揺るぎなさをも併せ持つ演奏。ピアノの響き自体は透明感溢れるもの。老年の奏者らしく力感のある演奏ではないんですが、ピアノ音楽を知り尽くした奏者のさりげなく、しかし深い情感をたたえた演奏。ドイツ国歌のメロディーがこれほどまでに心に純音楽的に響くのははじめてのこと。冒頭から素晴らしいピアノに打たれます。

2曲目はXVI:44ト短調。この曲は1771年の作曲ゆえ時期的にはシュトルム・ウント・ドラング期の作。右手のクリアな音を中心に宝石のようなメロディーラインを弾いていきます。途中止まりそうになるように訥々とメロディーを奏で、短調による峻厳な音響空間を最小限の音符で満たしていきます。途中音調が明るく変化する部分の一瞬現れる幸福感とまた険しい響きにもどる揺れの表現が熟練者ならではの円熟の境地。2楽章のアダージョも右手のキラメキによる短調の響きの美しさが絶品。この楽章も陰と陽に振れる曲調の変化の表現が秀逸。

3曲目はXVI:21で1773年作曲。前曲とは一転晴朗なハ長調。晴朗な曲調なのに枯淡。右手が音符と戯れるような音楽。左手はそっと音符を添えるような弾き方。ハイドンの音符から音楽の随だけ取り出したような音楽ですね。2楽章のアダージョは途中リズムに変化をつけたりする部分もありながら、基本的にテンポはゆったりめで淡々と進めます。フィナーレはざらっと弾き散らかしたようなくだけた表現。曲調の本質を捉えた素晴らしい解釈ですね。

4曲目は小品のアダージョXVII:9。これまでブレンデル盤の澄み切った響きの演奏が一押しだったんですが、デートレフ・クラウスの枯淡の演奏も悪くありません。テンポもメリハリもほとんどつけず、かといって単調にもならない素晴らしい音楽性。

5曲目はリヒテルの素晴らしい力感の演奏に親しんでいるXVI:29。1774年の作曲。なぜか前曲のアダージョから間を置かず、すぐに始まります。録音なのにコンサートでの演奏のような曲のつなぎ。リヒテル曲の構造を見事に再現したのとは逆に、音符のなかに潜むメロディーを淡々と弾いていく演奏。力感は形跡もありません。同じ曲とは思えない表現の違い。相変わらず右手の宝石のようなキラメキ感は健在。アダージョは一転して豊かな表情が印象的。この曲の美しさの頂点がまるでアダージョにあるかのような弾きっぷり。フィナーレは再び弾き散らかすようなくだけた表現でまとめます。

最後はXVI:28。1776年の作曲。ソナタは年代を少しずつ下るような選曲だったわけですね。1楽章はこのアルバムの中では変化に富んだ演奏の方。冒頭からリズムの変化に合わせてテンポもわりと揺らして弾いています。2楽章はメヌエットですが、やはりデートレフ・クラウス得意の楽章なんでしょう、自在な表現で曲の神髄をえぐる表現で聴かせきってしまいます。フィナレーは途中で出てくる不思議な音階をモチーフにした楽章。軽々とさりげなく弾いてこなしますが、後半速いパッセージでちょっと指がもつれそうになるところもあります。

アルバムを通して聴こえてくるのは、ハイドンの音楽の神髄をとらえた表現。さりげない演奏でもあるんですが、そのさりげなさもハイドンの大きな魅力と言わんばかりの説得力に満ちたもの。無駄な力を入れず、右手の美しい旋律とハイドン独特の機知を含んだ変化に富んだメロディーの表現も秀逸。何れにせよ、ハイドンの音楽の神髄をとらえた見事な解釈だと思います。評価はもちろん全曲[+++++]としたいと思います。特に皇帝讃歌とアダージョの美しさは素晴らしいもの。また一枚素晴らしいアルバムと巡り会うことができました。

月曜は年度末までの未消化の休暇があるのでお休みの予定故、今日は遅くに更新です。明日も何枚か取り上げたいと思います。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : 皇帝讃歌 ドイツ国歌 ピアノソナタXVI:44 ピアノソナタXVI:21 ピアノソナタXVI:29 ピアノソナタXVI:28 アダージョXVII:9 おすすめ盤

プロフィール

Daisy


Author:Daisy

なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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