カール・ゼーマンのピアノソナタ(ハイドン)

仕事がひと段落したので、LPをじっくり。

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カール・ゼーマン(Carl Zeemann)のピアノでハイドンのピアノソナタ2曲(XVI:31、XVI:38)とアンダンテと変奏曲(XVII:6)、ブラームスの16のワルツを収めたLP。収録情報は記載されていませんが、ネットなどを調べてみると1959年制作のよう。手元のアルバムは米DECCAプレスですが元はDeutsche Grammophoneのプロダクションとのこと。

アルバムにはSonata No.30、No.35と表記されていますが、調性が合わないのでよく調べてみると、ライナーノーツに正しいソナタ番号が記載されており、上の収録曲目のとおり。

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カール・ゼーマンは1910年、ドイツのブレーメンに生まれたピアニスト。ライプツィヒで聖トーマス教会のカントルであったギュンター・ラミン(Günter Ramin)にオルガンを学び、ベルギー国境に近いドイツの街、フレンスブルクとブレーメン近くのフェルデンという街でオルガニストとして働いていました。1935年からピアニストに転向し、独奏のほか、高名なヴァイオリニスト、ウォルフガング・シュナイダーハンの伴奏者としても活躍しました。1960年代からは指導者としての活動が中心となり、1964年から1974年までフライブルク音楽大学の学長を務め、亡くなったのは1983年とのこと。ドイツのピアノの伝統を感じさせる人でしたが、同時代的にはリヒテル、ホロヴィッツ、ギレリスなどロシアのピアニストの存在感の影にかくれて地味な存在でしたが、近年なそのいぶし銀の演奏が再評価されているとのことです。

ゼーマンのハイドン、やはりいぶし銀という言葉がぴったり。揺るぎない安定感とドイツらしい質実剛健さが感じられる演奏でした。

Hob.XVI:31 Piano Sonata No.46 [E] (1776 or before)
ステレオ最初期という録音年代を考えるとピアノの音に芯があってしっかりとしたいい音。軽々と弾いているようですがタッチのキレは良く、特にサラサラと流れの良い演奏。速いパッセージのタッチの鮮やかさは素晴らしいですね。2楽章のアレグレットに入ると徐々に詩情が溢れ出てきます。さりげない演奏ながら、メロディーに孤高の輝きと強さがあり、じわりと沁みてきます。ハイドン特有のハーモニーの変化の面白さもデリケートに表現してきます。3楽章のプレストに入るときの切り替えの鮮やかさもハイドンの面白さをわかってのこと。一瞬にして気配を変え、流れの良い音楽に入ります。ピアノの中低音の力強さが印象的。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
名曲アンダンテと変奏曲。予想通りかなりさらりとした入り。リズムをはやめに打つことでサラサラ感が際立ちます。ここでもタッチの鮮やかさが印象的。大きな起伏をともなう曲想ですが、ゼーマンは逆に起伏を抑え気味にして、フレーズ単位のメロディーのタッチの微妙な弾き分けに集中し、変奏をつぎつぎとこなしていきます。徐々に演奏にも勢いというか力強さが増してきて、大きなクライマックスをつくっていきます。後半に入るとタッチに力が漲り、まさに孤高の境地。一貫して速めの流れの良さを活かした演奏でした。

Hob.XVI:38 Piano Sonata No.51 [E flat] (before 1780)
優しいそよ風のようなしなやかな入り。曲想をふまえてタッチを自在にコントロールしてきます。速いパッセージのタッチのかっちりとした確かさはそのままに、淡々とした演奏から詩情が立ち上ります。アダージョも速めですが、不思議に力が抜けた感じがよく出ています。そしてプレストでは表情の変化を強弱に集中させ、リズムは一貫しているのに実に豊かな表情。ピアノの表現の奥深さを改めて知りました。

カール・ゼーマンの弾くハイドンのソナタですが、速めのテンポでさらりとした演奏ながら、くっきりとメロディーが浮かび、そしてハイドンのソナタらしいハーモニーの変化の面白さもしっかりと味わえる素晴らしい演奏でした。この高潔な表現はドイツのピアノの伝統なんでしょうね。古い演奏ではありますが、今聴いても古さを感じるどころか、新鮮そのもの。現代のピアニストでこれだけの透徹した音色を出せるひとがどれだけいるでしょうか。評価は3曲とも[+++++]とします。

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tag : ピアノソナタXVI:31 ピアノソナタXVI:38 アンダンテと変奏曲XVII:6 ヒストリカル LP

アンジェラ・ヒューイットのソナタ集(ハイドン)

いやいや、実に久しぶりのレビュー。レビューの仕方忘れちゃいそうでした(笑) 今日は正統派のアルバムを取り上げます。

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アンジェラ・ヒューイット(Angela Hewitt)のピアノによる、ヘンデルのシャコンヌ(HWV435)、組曲2番(HWV427)、組曲8番(HWV433)、ハイドンのアンダンテと変奏曲(Hob.XVII:6)、ピアノソナタ(Hob.XVI:52)の5曲を収めたアルバム。収録は2008年9月17日から18日、2009年3月17日から18日、ベルリンのイエス・キリスト教会でのセッション録音。レーベルは英hyperion。

このアルバムは最近手に入れたもの。結構知られたアルバムだとは思いますが、巡り合わせか手元になかったもの。

アンジェラ・ヒューイットはご存知の方も多いでしょう。いちおういつもどおり略歴をさらっておきます。1958年、カナダのオタワ生まれ。父はオタワの教会のオルガニストだったことから幼少期から音楽に親しみピアノ、ヴァイオリン、リコーダー、バレエなどを学びました。その後トロント音楽院、オタワ大学などで学び、国際的に活躍するようになります。1994年からhyperionレーベルと契約し、バッハを中心に多数のアルバムをリリースしており、アンジェラ・ヒューイットといえばバッハというイメージが強いのではないかと思います。

ちなみに私はアンジェラ・ヒューイットの録音はこのアルバムがはじめて。虚心坦懐に聴くことにいたしましょう。

前半はヘンデルの曲。ヘンデルのピアノ曲はちゃんと聴くのは久しぶり。バッハのような雰囲気とそれなりに分かりやすいフレーズ展開が心地よいですね。ピアノはFAZIOLIなので特に低音から高音まで艶やかな表情が印象的です。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
ハイドンの傑作変奏曲ですが、冒頭から落ち着きはらったヒーイットのタッチで艶やかなFAZIOLIが鳴り響きます。録音はイエス・キリスト教会らしく残響が非常に美しく、ピアノの響きをより艶やかに聴かせます。特に高音の磨き抜かれた音色は魅力的。独墺系の奏者とははっきりと違う演奏。旋律、特に高音のメロディーはFAZIOLIの音色に加えて女性奏者の感性がにじむところでしょうか。メロディーをクッキリと浮かび上がらせていながらかなり落ち着いた演奏。一つ一つの変奏の表情をゆったりかつしっかりつけていくので、変奏ごとの変化の面白さが強調され、クリアな響きと音楽の深さが両立して、実に味わい深い演奏。徐々に力感を増しながら変奏が進むと、 FAZIOLIの堅固なフレームを響かせるほどの強音の余韻が静寂の中に消え入り、響きのコントロールが絶妙。終盤が力づくにならないようクリアさを保ちながらクライマックスを迎えます。力強い和音が混濁せずにクリアさを保っているのもアンジェラ・ヒューイットならでは演奏でした。

Hob.XVI:52 Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
一転、勢いよく入ったXVI:52。前曲よりも高音が若干おとなしめの録音。空気感というか鮮明さも前曲の方が冴えていました。演奏の基本は変わらないものですが、冴え冴えと落ち着いた感じがちょと劣るように聴こえます。ほんのわずかな違いですが、それだけ前曲が冴えていたということでしょう。特に強音にわずかな力みが感じられます。
続くアダージョは打鍵音の余韻の面白さで聴かせる曲。FAZIOLI独特の艶やかな音色がこの曲の醸し出す雰囲気に華を添えます。女性にしては力強い左手の音階でグイグイと曲を盛り立てますが、1楽章ほどの力みを感じることはありません。この辺が音楽の微妙なところ。間の取り方の上手さのせいでしょうか。最後の消え入るのような静寂感も見事なもの。
そして、フィナーレは鋭利にクマ取られた低音がさらに効果的に響きます。いつもながら想像力豊かなハイドンの展開にわくわくしながら聴き続けますが、クリアなアクセントの連続と、まるでクリスタル細工のような清涼な光を帯びた響きによって、複雑な響きの織りなす綾の魅力が際立ちます。力感を感じさせるのに重厚というよりは華麗に響くヒューイットマジックと言っていいでしょう。聴きなれたハイドンのソナタの華麗な輝かしさにスポットライトを当てた演奏でした。

ちゃんと聴くのは初めてのアンジェラ・ヒューイットのアルバムですが、ヒューイットの演奏はFAZIOLIピアノの音色の美しさを最大限に生かして、しかもその美しさをアーティスティックにまとめてくる、こちらの期待した通りの演奏。手元に彼女のバッハのアルバムは1枚もありませんが、バッハの演奏が評判いいのも想像がつきます。こうした明確な個性は演奏者の人気に大きくつながるものでしょう。ファンがつく演奏家だと思います。ハイドンの曲を演奏という点では響きの美しさに耳が行ってしまいがちな演奏ではありますが、これはこれでありでしょう。私は気に入りました。評価は両曲とも[+++++]とします。

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tag : アンダンテと変奏曲XVII:6 ピアノソナタXVI:52

エリザベス・スペイサー/ジョン・バトリックの歌曲集(ハイドン)

今月は週末しか記事が書けてなくてスミマセン。今日は久々の歌曲のアルバム。

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エリザベス・スペイサー(Elizabeth Speiser)のソプラノ、ジョン・バトリック(John Buttrick)のピアノによるハイドンの英語によるカンツォネッタ4曲、ピアノソナタ(Hob.XVI:50) 、ナクソスのアリアンナ、アンダンテと変奏曲(Hob.XVII:6)を収めたアルバム。収録は1987年とだけ記載されています。レーベルはスイスのJecklin disco。

このアルバム、少し前にディスクユニオンで仕入れたのですが、歌曲の未入手盤を売り場で見かけるのは珍しいこと。いつものように所有盤リストを見ててダブり買いではないことのみ確認して、にんまりするのを抑え気味でレジに向かいゲット。未入手盤を手にいれるのは心躍ることなんですね。

歌手のエリザベス・スペイサーは1940年スイスのチューリッヒ生まれのソプラノ。スイスのウィンタートゥル、チューリッヒ、ウィーンなどで学び、当初はコンサートや歌曲のソロ歌手として国際的に活躍しはじめました。レパートリーは現代音楽にも広がりましたがオペラはごく一部をのぞき出演していないとのことですが、記録に残っているのは魔笛のパミーナなどわずか。他にはヘルムート・リリングとバッハの録音が何枚かあるようです。ハイドンについてはテレジアミサのソプラノを歌ったアルバムが1枚あるのみ。要はあまり知られていない人と言う感じです。

ピアノの伴奏を務めるジョン・バトリックもあまり知られていない人ですね。アメリカ生まれのようですが、腕から肩にかけての病気で一度は演奏者の道を諦めたものの、ピラティス、漢方などにより復帰し、今日取り上げるアルバムのリリース元であるJecklinより12枚のアルバムをリリースするに至っているとのこと。

ということで、このアルバム、知る人ぞ知るというか、知らない人はまったく知らない奏者による歌曲集ということになります。もちろんレビューに取り上げたのは演奏が素晴らしいからに他なりません。

Hob.XXVIa:32 6 Original Canzonettas 2 No.2 "The Wanderer" 「さすらい人」 [g] (1795)
しっとりとしたピアノの伴奏。伴奏者になりきった自己主張を抑えた穏やかなピアノの佇まい。録音のバランスはもう少し歌手に焦点をあててもよさそうですが、ピアノがぐっと前に来て、歌手はピアノの横というより後ろにいるようなバランス。ピアノから香り立つ穏やかな詩情がなんとも言えず素晴らしいです。ソプラノのエリザベス・スペイサーはよく通る声で、派手さはありませんが歌い回しは自然で、伸びやかな中音の響きが特徴。声量はピアノに負けていますが、声の余韻のデリケートなコントロールが秀逸で、聴き応え十分。この陰りのある曲の陰影を実に深々と感じさせます。アルバムの冒頭に置かれたのがわかります。

Hob.XXVIa:34 6 Original Canzonettas 2 No.4 "She never told her love" 「彼女は決して愛を語らなかった」 [A sharp] (1795)
この曲でもピアノが実に詩情豊かに伴奏を奏で、歌が入る前に雰囲気を整えます。ジョン・バトリック、素晴らしい腕前です。豊かなピアノの表情だからこそ、繊細なスペイサーの声の表情が引き立つというもの。全般に静寂のなかでの歌唱を意識させる透明感があります。

Hob.XXVIa:41 "The Spirit's Song" 「精霊の歌」 [f] (c.1795)
カンツォネッタ集の中では情感の濃い曲ばかりを集めているのがわかります。穏やかな表情ながら、集中力あふれる展開。前半の暗いメロディーからすっと明るさが射すところでの変化。暖かい光が射したときのじわりとくる深い感動。この曲の勘所を知っての選曲でしょうが、実に見事な歌にしびれます。

Hob.XXVIa:42 "O tuneful Voice" 「おお美しい声よ」 [E flat] (c.1795)
なんという澄んだ響き。序奏でのハイドンのひらめきだけでノックアウト。カンツォネッタ集から最後の曲にこの曲を選んでくるとは。伴奏の劇的な展開と、それに乗ってしっとりと響きを重ねるスペイサーのソプラノ。歌曲の素晴しさに満ち溢れた演奏。最後にゆったりと終わるあたりのセンスも見事。

Hob.XVI:50 Piano Sonata No.60 [C] (probably 1794)
ジョン・バトリックによるソナタの演奏が挟まります。これも見事。腕の病気で演奏を断念していたことが信じられません。ハイドンのソナタのツボであるリズムをしっかり刻みますが、珍しく高音のアクセントで印象づけてきます。歌曲の伴奏同様、力むようなところはなく、力の抜けた演奏。適度なしなやかさを保ちながら初見で楽しんで弾いているような自在さを感じさせる不思議な演奏。ソナタに正対するのではなく、友人の書いた曲を楽しんで弾いているような印象。この晩年の見事なソナタから、実に楽しそうな雰囲気が伝わってきます。
続くアダージョでは、しなやかさはそのままに美しいメロディーを実に美しいピアノの響きで飾ります。これまで聴いた磨かれたタッチによる緩徐楽章の美しさとは少し異なり、透徹したというよりざっくりとしたタッチで一音一音が磨かれているという感じ。また、老成したという感じでもなく、適度に凸凹したところが持ち味。それでいてこの楽章の美しさを表現しきっている感もある実に不思議な演奏。
フィナーレの入りのリズミカルな表現の素晴らしいこと。間の取り方ひとつで、ハイドンの書いたメロディーがまるで生き物のように弾みます。余裕綽々の演奏からハイドンのソナタの真髄がじわりと伝わります。これは見事な演奏。

Hob.XXVIb:2 Cantata "Arianna a Naxos" 「ナクソスのアリアンナ」 [E flat] (c.1789)
名曲「ナクソスのアリアンナ」。ジョン・バトリックはことさら劇的になるのを避け、さらりと流すような入り。スペイサーの入るところでさっと間を取り、最初の一声が入るところは鳥肌が立つような絶妙さ。これほど見事な歌の入りかたは聴いたことがありません。歌が入るとピアノは実に巧みにフレーズを組み立て、オケには真似のできないような変化に富んだサポート。スペイサーの透明感溢れる真剣な歌唱を十分に活かすようよく考えられた伴奏。スペイサーはカンツォネッタ同様、響きの余韻のコントロールが素晴らしく、この劇的な曲の美しさを緻密に表現しています。三部構成で19分と長い曲がバトリックの見事な伴奏で緊張感が緩むことなく劇的に展開します。各部の描き分けも見事。コレペティートル的なざっくりとした良さを持ったピアノですね。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
ナクソスのアリアンナの最後の響きの余韻が残っているところでさっと始まりますが、この入りがまた絶妙。最初から完全にバトリックのピアノに引き込まれます。前曲のざっくりとした印象は影を潜め、今度は透徹した響きの美しさが印象的。特に高音のアクセントが冴えて、曲をきりりと引き締めています。変奏が進むたびに、ハイドンのアイデアに呼応してバトリックのピアノも敏感に反応します。ハイドンのアイデアを次々にバトリックの表現でこなしていく見事な展開。変奏曲とはかく弾くべしとでもいいたそうですね。聴く方は耳と脳が冴えわたってピキピキ。高音の速いパッセージの滑らかなタッチは快感すら感じさせます。曲が進むにつれてバトリックの孤高の表現の冴えはとどまるところを知らず、どんどん高みに昇っていきます。一度ピアノが弾けなくなった経験があるからこそ、一音一音の意味をかみしめながら弾いているのでしょうか。これほどまでに透明な情感の高まるピアノは聴いたことがありません。奏者の魂が音になっているような珠玉の演奏。これほどの演奏をする人がマイナーな存在であること自体が驚きです。この曲には名演が数多くありますが、最近聴いた中ではベストの演奏と言っていいでしょう。見事。

このアルバム、エリザベス・スペイサーの歌も素晴らしかったですが、それよりさらに素晴らしいのが伴奏のジョン・バトリック。音符を音にするというのではなく、音符に潜む魂を音にしていくような素晴らしい演奏。歌手と伴奏の息もピタリとあって歌曲は絶品。そして2曲収められたピアノ独奏の曲も歌曲以上の素晴らしさ。これほど見事な演奏が埋もれているとは人類の損失に他なりません。もちろん全曲[+++++]とします。歌曲が好きな方はもちろん、ピアノソナタの好きな方、このアルバムを見逃してはなりません。いつもながらですが手にはいるうちにどうぞ。

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アンドリュー・ワイルドのピアノソナタ集(ハイドン)

旅行記にかまけておりましたので久々のレビューとなってしまいました。ハイドンを愛する正規の読者の皆さん、あいすみません。今日はピアノソナタの名盤です。

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アンドリュー・ワイルド(Andrew Wilde)のピアノによるハイドンのピアノソナタ3曲(Hob.XVI:20、XVI:42、XVI:44)とアンダンテと変奏曲(Hob.XVII:6)の4曲を収めたアルバム。収録は1991年10月、ロンドンの北東約20kmのところにあるラフトン(Loughton)のセント・ジョーンズ教会でのセッション録音。レーベルは英Collins CLASSICS。

このアルバムもしばらく前から湖国JHさんに貸していただいているもの。なぜか当家のCDプレイヤーと相性が悪く、ちょっと音飛びするところがあるのですが、試行錯誤しているとMacなら聴けることがわかりました。演奏はピアノの美しい響きと静寂の織りなす綾をうまく表現した名演盤。ハイドンのピアノソナタを謙虚に弾きつつ、その真髄を極めた演奏といっていいでしょう。

演奏者のアンドリュー・ワイルドはまったく未知の人なので、ちょっと調べてみますが、ライナーノーツには奏者の情報がまったくありません。ということでいつものようにネットで調べた情報。1965年イギリス生まれのピアニストでマンチェスターのチェザム音楽学校、ロイヤル・ノーザン・カレッジで音楽を学び、ピアニストとしてはショパンを得意としている人。活動は主にイギリスやアメリカのようで、ロンドンフィルをはじめとするイギリスの主なオケとは共演履歴があります。いずれにしても日本で知っている方は少ないのではないでしょうか。

Hob.XVI:20 Piano Sonata No.33 [c] (1771)
教会での録音らしくピアノの余韻の美しい録音。ピアノの響きの透明感はかなりのもの。録音のマイク設定などが上手いのでしょう。ワイルドのピアノはオーソドックスな演奏ですが、自然な流れの中にもテンポをすっと落とすところのさりげない美しさ、高音のメロディーがすっと抜けるような爽やかさが感じられる実に品のいい演奏。よく聴くとかなりテンポを自在に操っているんですが、それと感じさせない自然さがあります。作為的に聞こえる感じは皆無。ピアノ自体が音楽を語っているような印象。速いパッセージの音階は非常に軽やかで音階の大きな起伏だけが目立ち、細かい音階は小々波のように聞こえます。このXVI:20はハイドンのソナタの中でも格別美しいメロディーがちりばめられていますが、その美しさの結晶のような演奏。1楽章から引き込まれます。
綺羅星の輝きのような美しさに打たれる2楽章。ワイルドの自然なタッチと作為のない佇まいは冒頭から澄み切った冬の夜空に天の川を眺めるがごとき至福のひととき。あまりの自然さ、凛とした美しさに言葉になりません。淡々と進むピアノから自然に詩情が滲み出てくる感じ。
その自然さをそのまま引き継いでフィナーレに入り、ピアノを美しく響かせながら自然な感興で適度にダイナミックに攻めてきます。冒頭から一貫したスタンスの演奏。川の流れのようにしなやかに表現を変えながらここまで滔々と音楽が流れます。最後はピアノ全体を鳴らしきって終了。これはいいですね。

Hob.XVI:42 Piano Sonata No.56 [D] (c.1783)
つづいて2楽章構成の曲。ピアノの響きの美しさを存分に味わえる曲。高音の響きの美しさを聴かせたかと思うと、中音、低音もそれに合わせて実に深い響きで呼応。どの音も実に立体的に鳴り響きます。鍵盤からこれほど彫刻的な音が紡ぎ出せるのが不思議なほど。音の隅々までコントロールされた至高の名演です。ブレンデル盤やアックス盤以上にピアノの響きの美しさに酔える演奏。
2楽章はあっという間に終わる短い曲ですが、忙しく上下する音階の合間に楔のように強音を挟んで、素晴らしい力感を見せつけます。あまりの展開の見事さに息を呑むほど。

Hob.XVI:44 Piano Sonata No.32 [g] (c.1771)
もう1曲2楽章構成の曲。今度は短調でリズムの面白さを聴かせる曲。なかなか巧みな選曲。ピアノの響きを美しく聴かせる曲をうまく選んでいる感じ。いい意味で弾き散らかすようなタッチの面白さを感じさせます。2楽章もリリカルな曲調が美音で際立ち、磨き抜かれた響きの中にメロディーがくっきりと漂う絶妙な音楽。ここまで完璧な演奏。この完成度は尋常ではありません。そしてピアノのコンディションも完璧。全てが調和した奇跡の瞬間のような音楽。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
最後は数多の名演ひしめく名曲。これまでの演奏からその出来についてはまったく不安はありません。どれほどの起伏と翳りの深さを聴かせてくれるのでしょうか。冒頭の入りはこのあとの展開を際立たせるためか、実に穏やかな入り。変奏が進むにつれて徐々に起伏が大きくなり、曲もうねりを伴って展開していきます。それでも自然さと、フレーズごとにしっかり休符をとって曲の構成を浮かび上がらせる手腕は前曲までと変わらぬレベル。オーソドックスではあってもこの名曲の名演に名を連ねるレベルに仕上がっています。

まったく未知の存在だったアンドリュー・ワイルドによるハイドンのピアノソナタ集ですが、ピアノから美しい響きを紡ぎ出すことにかけては一流どころに引けを取るどころか、十分勝負になる演奏。この人のアルバムはベートーヴェンのソナタ集の他数枚しかリリースされていないようですが、マーケットはこれほどの腕前のピアニストを見過ごしていたのでしょうか。ハイドンに関する限り、このアルバムはピアノソナタのおすすめ盤として、ブレンデルやアックス盤以上の魅力をもっています。評価は全曲[+++++]としておきます。

このアルバムをリリースしているCollins CLASSICSですが、このレーベル、ロバート・ハイドン・クラークの交響曲集など、ハイドンに関しては素晴らしいアルバムをリリースしており、ハイドンファンにはとりわけ重要なレーベルだと思います。こういう素晴らしいレーベルが生き残っていないのは大きな損失ですね。

2015/04/09 : ハイドン–弦楽四重奏曲 : ヴァンブラ弦楽四重奏団のラルゴ(ハイドン)
2010/07/19 : ハイドン–交響曲 : ロバート・ハイドン・クラークの交響曲集

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tag : ピアノソナタXVI:20 ピアノソナタXVI:42 ピアノソナタXVI:44 アンダンテと変奏曲XVII:6

ボビー・ミッチェルによるソナタ集(ハイドン)

今日はフォルテピアノによるソナタ集。

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ボビー・ミッチェル(Bobby Mitchell)のフォルテピアノによるハイドンのピアノソナタ3曲(Hob.XVI:23、XVI:28、XVI:48)、アダージョ(Hob.XVII:9)、アンダンテと変奏曲(Hob.XVII:6)の5曲を収めたアルバム。収録は2014年1月13日から15日、ベルギーのブリュージュ音楽堂でのセッション録音。レーベルはouthere MUSICグループのAlpha Productions。

このアルバム、タワーレコード新宿の店頭で見かけて手に入れたもの。マーキュリーが輸入盤に解説をつけてパッケージしたもの。いつもながら輸入盤そのままの雰囲気に丁寧な翻訳、解説をつけたパッケージングがありがたいですね。

ジャケットは意表を突く犬がフォルテピアノのような楽器を弾く姿の油彩。解説を見てみると、これはハイドンと同時代のフィリップ・レイネグルという人が描いた「びっくりするくらい音楽がわかる、とある犬の肖像」というもの。この謎めいたジャケットからこのアルバムに込められた創意が伝わってくるようで聴く前から実に興味深いもの。

奏者のボビー・ミッチェルは1985年生まれのアメリカのピアニスト。マイアミのインターロッケン芸術アカデミー、ニューヨークのイーストマン音楽院などで学びました。その後渡欧し、オランダのデン・ハーグ王立音楽院でピアノ、歴史的ピアノ奏法などを学び、ドイツのフライブルク音楽院でロバート・ヒルに師事。2013年にベルギーのブリュージュ古楽コンクールで入賞し、本盤の録音につながったとのことです。このアルバムにはボビー・ミッチェル自身による「21世紀の今、ハイドンの作品を録音するということ」という記事が掲載され、その内容が実に深い洞察を含むもの。彼の主張を要約すると、ハイドンの時代の楽器と、その演奏スタイルを意識して演奏するが、自分自身から湧き出てくる音のことばとして読み解き、そのことばで流暢に語ることにこだわっているということ。そして、それゆえ当時よく行われてきたように、曲間やフェルマータの箇所で即興を挟み、それは作曲家と張り合おうということではなく、そうした混沌を挟むことによって作曲家の作品の素晴らしさを際だたせようとしているといことです。彼の演奏はフォルテピアノによるありきたりな演奏ではなく、彼のことば通り、ハイドンの音楽の多様な魅力を際だたせようとそこここに即興を挟み、大きな川の流れのように感じさせるもの。ハイドンに対するアプローチの角度が非凡。なんとなく「びっくりするくらい音楽がわかる、とある犬の肖像」をジャケットに使った意図もわかってきました。

この録音に使われている楽器はハイドンが活躍していた18世紀末のオーストリア、ドイツ南部のヨハン・アンドレアス・シュタイン作のモデルと良く似た作者不詳の楽器とのこと。コンディションは非常によく、フォルテピアノの録音としては理想的なものですね。

Hob.XVI:23 Piano Sonata No.38 [F] (1773)
ホールに自然にフォルテピアノの響きが広がる名録音。音の粒立ちというか鮮度は抜群で、楽器がよく鳴っているのがわかります。ボビー・ミッチェルはクッキリとメリハリをつけながらもテンポを自在に揺らし、最初から即興的なタッチの面白さを感じさせ、ハイドンの曲に仕込まれた機知を十分踏まえているよう。スピードコントロールの自然な加減を楽しむような風情。速い部分でタッチのキレを見せたかと思うと、しっとりと長い休符をとり、曲の立体感をしっかり際だたせるあたり、そしてそれがハイドンの曲の真髄をふまえたものと感じさせる手腕は見事なものです。
続くアダージョはさらに見事。ミッチェルがまさに自身から湧き出てくる音のことばとして弾いているのがよくわかります。ミッチェルの指にハイドンの魂が乗り移ったような活き活きとした音楽。そしてフィナーレに入る瞬間のえも言われぬ絶妙さ。この冴え渡るセンスはミッチェルのただならぬ才能を感じさせるところ。ちょとした修飾と間の取り方でこのソナタがこれだけ冴えた表情を見せるということがミッチェルの非凡さを物語ります。

そして曲の結びの余韻を踏まえた短い即興が入りますが、これがまた絶妙。ソナタとソナタを実に見事につなぎます。

Hob.XVI:28 Piano Sonata No.43 [E flat] (1776 or before)
すっかりミッチェルの術中にハマって、ミッチェル自身の音のことばにどっぷり浸かります。ミッチェルはハイドンの楽譜の上で自在に遊びまわるよう。本当に自在。それがミッチェルの独りよがりに聴こえないのが凄いところ。聴いていただければわかりますが、演奏自体は実に自然な印象を保っていますが、これまでフォルテピアノの演奏でここまで自在な演奏は聴いたことはありません。奏者によってここまでの表現に行き着くということを思い知ります。前曲よりさらに踏み込んだ境地に達しています。
つづくメヌエットは遠い日の記憶のような不思議な入り。曲に潜む気配のようなものをえぐり出す才があるようです。音量を落として静かに語るようなタッチの妙。
そしてフィナーレは非常に個性的な曲想をこれもえぐり出すように際だたせ、冴え渡るタッチで描いていきます。いつ聴いても不思議なメロディーですが、その不思議さを際だたせるという常人離れした解釈。う~ん、凄いです。

ふたたび即興。現代音楽的な冷たさがなく、不思議とホッとする瞬間。そして次のソナタへの絶妙なつなぎ。

Hob.XVI:48 Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
聴きなれた有名曲ですが、これまで聴いた演奏が踏み込み不足に聴こえるほど旋律に説得力が漲ります。ハイドンへのリスペクトからか、この有名曲では自在な表現の振れ幅は少し抑えてオーソドックスに演奏していきますが、それでも表情のキレは素晴らしく、古楽器でのこの曲の演奏のベストといってもいい出来。終盤にちょっと加えた装飾音の機転と、1楽章最後の和音の幸福感にこの演奏の真髄を感じます。
2楽章構成の2楽章。右手のメロディーの冴え渡り方が尋常ではありません。脳内にアドレナリンが噴出。この短いロンドがものすごい陰影がついてクッキリと浮かび上がります。これまた見事。

このあとはかなり激しく盛り上がる即興。すっと引いたと思うと、つづくアダージョにつながります。

Hob.XVII:9 Adagio [F] (before 1792)
ブレンデルの演奏が刷り込みの曲。ピアノの演奏もいいものですが、ミッチェルのフォルテピアノでの演奏は、すこし溜めながら、幽玄なメロディーをしっとりと綴っていく、これも曲自体の気配をよく踏まえたもの。曲に合わせて表現の幅をかなり意図的にコントロールしていることがわかります。すっと心になじむ純粋さがあります。

なぜかこのあとに即興は入らず、最後は名曲アンダンテと変奏曲。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
表現というより音色をかなり巧みに変えながらの入り。フォルテピアノの音色をどう変えるのかは詳しくありませんが、乾いたキレのいい音としっとりと曇った柔らかい音をフレーズ毎に入れ替え、フレーズ毎に千変万化する表情。もともと変奏曲だけに、こうしたアプローチは自然ですが、変化の幅が大きいので面白さが際立つわけです。変奏が進むにつれてミッチェルが音楽に込めるエネルギーが増してくる様子が手に取るようにわかります。力むわけではなく、そのエネルギーが虚心坦懐な表現として曲自体の魅力をしっかり伝えます。20分強あるこの曲があっという間に感じられる至福の時間。だんだん変奏間の間が長くなって終盤の盛り上がりの後は枯淡の境地に。そして最後はカデンツァのような即興をたっぷり聴かせて終わります。

アメリカの若手ピアノ奏者、ボビー・ミッチェルによるハイドンのソナタ集。あまり期待せずに聴いたのですが、このアルバム、絶品です。ミッチェルのウェブサイトを見てみると、このアルバムがデビュー盤のようですね。フォルテピアノに限らずピアノも弾くようですが、その彼がデビュー盤でフォルテピアノでハイドンに挑み、しかもしっかりとしたコンセプトを持った演奏。恐ろしい才能の持ち主と見ました。このアルバムを聴く限り、テクニックはかなりのものですが、テクニックの誇示といった感じはまったくなく、それを上回る音楽的な才能を持った人ですね。このアルバム、最近聴いたフォルテピアノによるハイドンでは一押しです。久々にハイドンに聴かせたいと思った次第。偉大な作曲者は現代の若者のこの演奏にきっと驚くでしょう。評価はもちろん全曲[+++++]とします。御一聴あれ!

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【新着】深沢亮子のピアノソナタ集(ハイドン)

今日は日本人奏者のアルバム。

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深沢亮子のピアノによるハイドンの主題と6つの変奏(Hob.XVII:5)、アンダンテと変奏曲(XVII:6)、ピアノソナタ(XVI:52)、シューベルトのピアノソナタ18番「幻想」の4曲を収めたアルバム。収録は2014年10月21日から22日にかけて東京の稲城市立iプラザホールでのセッション録音。レーベルは日本のART UNION。

いつものようにハイドンに関する最近リリースされたアルバムを検索していて出会ったアルバム。日本人によるハイドンの演奏は多くはありませんので目につきます。しかもアンダンテと変奏曲やXVI:52などハイドンも名曲を配置したアルバム。深沢亮子さんは初めて聴く人ということで気になって注文を入れた次第。

深沢亮子さんは私が知らなかっただけで、よく知られた人のようですね。12歳で日本学生音楽コンクール小学校の部で1位、15歳で日本音楽コンクール1位を獲るなど早くから才能が開花、17歳でウィーン音楽大学に留学し同校を首席で卒業、翌年にはムジークフェラインのブラームスザールでデビューリサイタルを開きました。1961年にはジュネーブ国際音楽コンクールで1位なしの2位となり、以後ヨーロッパ、アジアなどでソロやオケとの共演を重ねてきたとのこと。近年ではウィーンのベートーヴェン国際ピアノコンクールの審査員や、日本音楽舞踏会議の代表理事などを務めているとのこと。

このアルバムのタイトルは"Fantasie(幻想曲)"ということで、最後に置かれたシューベルトのソナタがメインのようですが、私にはもちろんその前に置かれたハイドンの3曲がメイン。早速CDプレイヤーにかけます。

Hob.XVII:5 Tema con 6 variazioni "Faciles et agreables" 「やさしく快適」 [C] (1790)
最新の録音だけあって超鮮明なピアノにホールの空気感まで伝わる素晴らしい録音。ピアノの実在感もあり、響きも非常に美しく録られています。事前に想像したよりかなりハツラツとした演奏。かっちりとした明確なタッチでハイドンの変奏曲がクッキリと描かれます。ほのかに情感も漂う理想的な演奏。高音の磨き抜かれたタッチ、そして左手のタッチも力強く、淀みなく音楽が流れます。教科書的な堅苦しさは微塵もなく澄み渡る奏者の心境を表すような晴朗さ。1曲目から引き込まれます。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
そして名曲のアンダンテと変奏曲。15分以上の演奏もあるなか、9’25とかなり短めの演奏時間。速めのテンポで今度は行書体のようなしなやかなタッチで入ります。磨き抜かれた美しいピアノの響きはそのままに、アゴーギクを効かせて流れるような演奏。前曲の明晰なタッチとは表現を変えてきます。詩情はより濃くなり、さながら桜の花びらが川面を流れていくような景色を感じさせます。変奏ごとにメロディが恣意的に踊り、短調のメロディーの微妙な翳りの変化を描き分けていきます。終盤の盛り上がりはベートーヴェンのような力感ではなく、枯淡の境地を表すような風情。曲ごとにアプローチを周到に変えています。

Hob.XVI:52 Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
そしてこちらもハイドンの最後期の傑作ソナタ。どちらかというとアンダンテと変奏曲に近い自在な表現から入ります。堂々としたこのソナタの1楽章に、少々の軽妙さを与えたいのでしょうか、力任せではなく、柔らかなタッチも織り交ぜ、特徴的な高音の輝きを帯びたメロディーをベースとした表現。リズムをすこし溜めながらアクセルをコントロールして曲に立体感を与えています。アンダンテと変奏曲では、しなやかな表情の変化が詩情を生んでいましたが、このソナタの1楽章では、そのしなやかさとデリケートさが、もう少し骨太な演奏を求めてしまう印象も残しました。
続くアダージョは逆にしなやかな音楽がすっと耳に馴染みます。このソナタに私が期待するものが既存の演奏の影響で残っているのでしょう、それがアダージョではすんなりと入るということかもしれません。きらめく星空のようなメロディーがゆったりと心に沁みます。
フィナーレでは最初の連続音の鳴らし方に音色に対する感覚の鋭さに驚かされます。スタイルは一貫してしなやかな流れのなかででのきらめきと詩情。やはり他の演奏の刷り込みからか左手のアタックの力強さや響きの厚みがもう少し加わればとの期待も感じさせます。

この後のシューベルトは流石にアルバムタイトルにしているように、じっくりと染み入るような響きを楽しめます。

深沢亮子さんの奏でるハイドンのピアノソナタ。ハイドンとシューベルトを並べてベテランピアニストの今の音楽を世に問う意欲的なアルバム。冒頭に置かれた珍しい主題と6つの変奏はこの曲でも指折りの出来と言っていいでしょう。素晴らしく鮮明な録音によって輝かしくも晴朗な音楽が流れます。そして名曲アンダンテと変奏曲ではこの素晴らしい構成の曲に柔らかな詩情ときらめきを与え、こちらも絶品。ハイドン最後のソナタは、あと少しの力感がと思わせますが、やはりその表現には色濃い音楽が宿っていました。流石の出来といって良いでしょう。評価は最後のソナタが[++++]、前2曲の変奏曲は[+++++]とします。

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tag : アンダンテと変奏曲XVII:6 ピアノソナタXVI:52 主題と6つの変奏

友田恭子のピアノソナタ集(ハイドン)

今日は久しぶりの日本人演奏者のアルバム。また一枚、名演盤をみつけました。

YasukoTomoda.jpg
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友田恭子(Yasuko Tomoda)のピアノによるハイドンのピアノソナタ4曲(Hob.XVI:42、XVI:37、XVI:34、XVI:46)と、アンダンテと変奏曲(XVII:6)の合わせて5曲を収めたアルバム。収録は2002年8月28日から30日、青森県鯵ヶ沢にある音楽ホール、日本海拠点館あじがさわでのセッション録音。レーベルはコジマ録音というマイナーレーベル。

このアルバムの奏者である友田恭子さんはもちろんはじめて聴く人。売り場でこのアルバムをみつけてコレクションにないものということだけで、たまたま手に入れたものですが、帰ってライナーノートを読んでみると、この友田さん、アルバムリリース当時は青森県の明の星高校の音楽科の非常勤講師。青森の高校の音楽の講師が青森のホールで録音したアルバムということで、なんとなくアルバムの立ち位置を勝手に想像して、さして期待もせず聴き始めましたが、一音目からあまりに研ぎすまされた響きにのけぞりました。なんたるギャプ! いや、これは素晴しい演奏です。青森県はハイドン王国なのでしょうか?

あらためて友田さんについて調べてみました。彼女のサイトがみつかりましたので、紹介しておきましょう。

ピアニスト友田恭子 Official Website

出身は桐朋学園大学で、卒業後ヨーロッパに渡り、いくつかのコンクールで入賞し、ソロや室内楽、オケとの共演などヨーロッパでの演奏活動ののち1992年に帰国。国内では東京、大阪、神戸、青森などでリサイタルを開いたり、ペレグリーニ四重奏団と共演するなどの活動を行っているとのこと。姉の笠原純子とのピアノデュオではヨーロッパでもリサイタルを開き評判をとったそうです。レコーディングはおそらくこのハイドンのソナタ集がデビュー盤で、他にモーツァルトのソナタ集が4枚、笠原純子とのデュオによるシューベルトなどの録音があります。モーツァルトのソナタ集は評価が高いようで、ピアノ好きな方の間では知られた存在なのかもしれませんね。

このアルバム、ハイドンのソナタの中から詩的な響きの美しい曲を選りすぐった選曲。曲の並びからも並々ならぬ意気込みが伝わってきます。

Hob.XVI:42 / Piano Sonata No.56 [D] (c.1783)
実に落ち着いたタッチで入ります。広めのホールに気持ちよく広がる残響をうまく捉えた録音。ライヴで聴いているような実体感のあるピアノの音が美しく響き渡ります。奏者も録音スタッフもハイドンのピアノソナタが美しく響くツボををよく理解しているような素晴しい録音。右手のメロディのきらめき感がポイント。リズムも落ち着いてしっとりとしたもの。曲の美しさを知り抜いた人のさりげない演奏と言う感じ。岩清水のような清澄さに溢れています。濃い音楽ではなくあくまでも清らかさを主体とした日本人奏者ならではの研ぎすまされた感覚です。

Hob.XVI:37 / Piano Sonata No.50 [D] (c.1780)
キレのいいタッチが印象的な入り。実にオーソドックスな演奏ながら、音楽が適度に弾んで豊かに展開します。さりげないパッセージにも音楽が息づいているあたり、この奏者の力量が示されている感じ。良く聴くと大きな流れの起伏もしっかりついて、しかもディティールの磨き方も非常に自然なもの。この曲でも2楽章のラルゴの、沈みながらもほのかに明るさを保ったフレージングの見事さに上手さが光ります。一貫して爽やかさを保ちながらの詩情の表現。音の流れ、時の流れに身を任せながらゆったりと楽しめます。
たっぷりと間をとって、その間の気配をふまえたフィナーレの入り。このしなやかながら鋭敏な感覚。狂気を感じるようなキレではなく実におだやかな鋭敏さ。最後も爽やかな余韻で終わります。

Hob.XVI:34 / Piano Sonata No.53 [e] (c.1782)
刷り込みはブレンデルの磨き込まれた演奏ですが、友田さんの演奏も磨きこまれ方は劣りません。ただ、日本人らしい爽やかさを基調としている根底のところが違うだけ。左手のアクセントもブレンデルの厚みのある強靭さには及びませんが、逆に、バランスを保った強さと言う意味でいいところを突いています。和音の変化の余韻が美しいので、聴き飽きません。
楽章間のコントラストは程々に、ゆったりとしたアダージョに入ります。淡々と進めながらも儚い美しさ、高音のきらめくような音階の美しさをうまく表現しています。フィナーレに入ると意図的なのか、ちょっとタイミングをはずすような休符で変化をつけ、緩急の変化の面白さを引き出します。やはりフレーズ毎の描き分けも見事なので、詩情も濃くなります。

Hob.XVI:46 / Piano Sonata No.31 [A flat] (1767/70)
終盤にちょっと響きの変わった曲を配置。この曲で際立つのは速いパッセージの音階の鮮やかなキレ。曲ごとの聴かせどころを踏まえて、実に巧みな演出。この曲こそ緩急の面白さが際立ちます。この縦横無尽な音階をさらりとこなすあたり、テクニックはかなりのものと見受けました。
この曲でもアダージョの美しさは格別。オーソドックスなのに音楽が溢れてくる名演奏。音数が少ない曲ゆえ、一音一音の磨き抜かれた響きの美しさがグッと沁みます。あえて音量を落として夜空の星の瞬きのような深みを感じさせます。ほんのりと暖かい音楽に移り変わって行くところの変化の見事さ。フィナーレは今までで一番快活。グイグイ来ます。

Hob.XVII:6 / Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
最後に傑作をもってきます。ここまでの演奏ですっかり聴き惚れてますので演奏スタイルは予想がつくものの、実際に曲が進み、美しいメロディーが変奏となって交錯するところの美しさはなみなみならぬもの。メロディーの描き方が上手いので、音楽が淀まず、清潔感ただよう色気のようなものに聴き惚れます。これまでのソナタで聴かせた清澄な印象は決して構成の弱さなどにつながらず、むしろ美しさを際立たせる方向に作用して、独特の輝きを生んでいます。このアルバム、冒頭にもふれましたが録音が素晴しく、ピアノの響きの美しさと実体感をともに感じる理想的なもの。鯵ヶ沢町のホールでの録音ですが、有名なラ・ショー=ド=フォンで録ったといわれてもおかしくない仕上がり。演奏は最後までゆるまず、素晴しい緊張感がつづきました。

まったく知らなかった友田恭子さんのハイドンのソナタ集。レビューを読んでいただければわかるとおり、大変気に入りました。選曲も演奏もハイドンの面白さを知り尽くした人のものと唸らされるもの。日本人らしい清らかな響きに彩られたハイドンのソナタの演奏として広くオススメできます。評価はもちろん全曲[+++++]とします。友田さんには是非ハイドンのソナタ集の続編の録音を期待したいところです。最近ではダリア・グロウホヴァのショパンのようなハイドンのピアノソナタ集が印象に残っていますが、それに劣らず、日本らしい美しさを帯びたハイドンとして全世界にその素晴らしさを問いたいものです。友田さん、レコード会社の方、是非ご検討ください!

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ギャリック・オールソンのピアノソナタ集(ハイドン)

今日も湖国JHさんから送り込まれた刺客。恐ろしいキレ者でした。

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ギャリック・オールソン(Garrick Ohlsson)のピアノによるハイドンのピアノソナタ集。Hob.XVI:50、XVI:51、XVI:52、アンダンテと変奏曲XVII:6、アダージョXVII:9の5曲を収めたアルバム。収録はPマークが1992年、ニューヨークのコンコルディア・カレッジでのセッション録音。レーベルは米ARABESQUE RECORDINGS。

ギャリック・オールソンは私ははじめて聴く人。ネットをみてみると、ショパン、ベートーヴェンなどのアルバムがかなりリリースされていますので、知っている人も多いでしょう。

1948年、アメリカ、ニューヨーク州のマンハッタンの30kmほど北方にあるホワイト・プレインズ生まれのピアニスト。1966年にブゾーニコンクール、1968年にモントリオール・ピアノコンクールに優勝、1970年にはワルシャワで行われたショパンコンクールで金賞を受賞し国際的に有名になりました。ショパンのピアノ曲をすべてレコーディングしている他、レパートリーは広大で、80曲もの協奏曲を弾くことができるとのことです。

オールラウンダーたるオールソンのハイドン、これが素晴しかった。このアルバム以外にハイドンの録音はなさそうですが、選曲はハイドン山脈の頂上をいきなり目指す意欲的なもの。

Hob.XVI:50 / Piano Sonata No.60 [C] (probably 1794)
広いホールの残響をたっぷりと含んだピアノの響き。冒頭から尋常ならざるキレ。オールソン、テクニシャンらしくクッキリとハイドンの最晩年のソナタを軽々と演奏していきますが、テクニックの誇示のような印象はなく、ハイドンのソナタと戯れているよう。ハイドンに対する畏敬のようなもの感じられる真摯な姿勢も感じます。このキレは素晴しいですね。ところどころで大きくメリハリつけるので、曲の構造がクッキリと浮かび上がり、キリリと構成感を表現。迫力も十分。冒頭から圧倒的な演奏にのけぞります。
素晴しかったのがこのアダージョ。ハイドンの美しい煌めくようなメロディーが次々と奏でられ、まるで満天の夜空をながめるよう。テンポをしっかり落とし、ゆったりと濃密な音楽が流れます。溢れんばかりの香しい詩情にうっとり。
フィナーレではやはり、自在に加減速をコントロールしながら、抜群のキレ味のタッチ。この人、只者ではありませんんね。最後はふっと力を抜いた見事な終わり方。1曲目からノックアウトです。

Hob.XVI:51 / Piano Sonata No.61 [D] (probably 1794)
2楽章構成の曲。実に伸びやかな入り。キレよくしなやかなタッチは変わらず、クッキリとしたメリハリもあり、ピアノが鳴りきっています。このXVI:51は今ひとつ落ち着かない演奏も多いのですが、曲の聴かせどころをしっかり把握して見事な演奏。ベートーヴェンの曲のようなダイナミックさではあるのですが、不思議と違和感はなく、ピアノによるハイドンのソナタの理想的な響きと言っていいでしょう。

Hob.XVI:52 / Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
これまでの演奏とかわらず、素晴しい集中力。この曲に求められるダイナミックさと軽やかさ、しなやかさ、古典的な規律、そしてハイドンらしい微笑ましさまで、すべてが高次にまとめられた演奏と言っていいでしょう。聴いていてエクスタシーを感じるほどのキレ味。ひとつひとつのフレーズを完璧に描き分ける驚愕のコントロール。ビアノの分厚い響きの最後の余韻までコントロールされているような、完璧な制御。これだけの表情が自然にまとまっているあたり、恐ろしく鋭敏な感覚の持ち主なのでしょう。
このアダージョでは確信犯的に変化を抑え、孤高の境地に達するよう意図しているよう。ピアノによるこの演奏でこれ以上の高みはあるのでしょうか。ゆったりと演奏をすすめるうちに、高みは成層圏の濃紺の空のよう。
フィナーレの入りのフレーズにほっと一息つきますが、この曲のこれからの展開をオールソンのカミソリのようなキレ味で演奏されることを想像すると穏やかではありません。すぐにキレが炸裂。広いホールに広がるピアノ響きにただただ打たれます。

Hob.XVII:6 / Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
これまでのオールソンの圧倒的な演奏から、この曲を聴く前から殺気を感じるほど。いったいどこまで澄みきった演奏を聴かせるのでしょうか。丁寧に丁寧に変奏を磨き込んでいくような演奏。ピアノ響きは磨き抜かれたキラ星のごとき美しさ。この長い変奏を完全に掌握して、演奏はオールソン流に完璧に仕上げてきます。隙もゆるみも一切なく、揺るぎない自信に溢れた演奏。変奏一つ一つの描き分けは見事と言う他ありません。ハイドンがたどり着いた、ベートーヴェンへとつながる音楽の歴史の一つの頂点を聴くような感慨を覚えるほどの説得力。この雄弁さ、余人の演奏とは一段レベルが違う感じです。この長い変奏を実にうまくまとめて、クライマックスを築いた後、最後は響きの純度が限りなく透明に近くなってすっと終わります。ピアノの美しい響きの余韻が耳にこだまします。

Hob.XVII:9 / Adagio [F] (before 1792)
何と純粋な響き。今までブレンデル盤を愛聴してきましたが、ブレンデルよりもオールソンのほうが深いですね。シンプルな音楽の中に祈りにも似た無垢なものがあります。心が洗われるような演奏です。

ギャリック・オールソン、はじめて聴く人でしたが、衝撃を受けたというのが正直なところでしょう。これほどのハイドンに今まで触れてこなかったとは。まだまだ研鑽がたりませんね。このアルバムは現在、中古以外では流通していないようですが、ハイドンのピアノソナタが好きな方は必聴のアルバムです。ピアノによるハイドンのソナタの正統的な演奏の一つの理想のような演奏です。評価は言うまでもなく全曲[+++++]です。

湖国JHさん、参りました。

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【新着】宇山ブヴァール康子のソナタ、音楽時計曲集

今日もすばらしいアルバムを紹介しましょう。先日HMV ONLINEから到着したばかりのアルバム。

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宇山ブヴァール康子(Yasuko Uyama Bouvard)のフォルテピアノの演奏で、ハイドンのピアノソナタ48番、49番、アンダンテと変奏曲(XVIII:6)、オルガンの演奏で、音楽時計曲8曲(XIX:11、14、12、13、10、24、15、9)を収めたアルバム。収録年はPマークが2012年とだけ表記されています。フォルテピアノはフランス南部、トゥールーズの県庁舎のサロン、音楽時計の方はトゥールーズのサン・ピエール・カルトゥジオ修道会教会堂(saint pierre des chartreux a toulouse)での録音。レーベルは仏EDITIONS HORTUSという未知のレーベル。

フォルテピアノによるピアノソナタとオルガンによる音楽時計曲という非常に珍しい構成のアルバム。一聴してフォルテピアノもオルガンも楽器を美しく響かせることに関して、非常に鋭敏な感覚をもった人との印象を受けました。しかも演奏は非常に自然で、ハイドンの音楽の豊かさがにじみ出てくるもの。良いアルバムそうですね。

奏者の宇山ブヴァール康子さんについて、ライナーノーツやらネットやらで調べてみたところ、現在はトゥールーズのトゥールーズ地方音楽院(Conservatoire à rayonnement régional de Toulouse)のハープシコードとフォルテピアノの教授とのこと。このアルバムでオルガンを弾いているサン・ピエール・カルトゥジオ修道会教会堂のオルガニストでもあるそうです。京都生まれで東京芸術芸大学でオルガンを学び、1976年に渡仏、フランスのオルガン奏者、ピエール・コシュロー(Pierre Cochereau)との出会いで大きな影響をうけたとのこと。フランスではオルガンとハープシコードをさらに学び、パリ国立高等音楽院でヨス・ファン・インマゼールにフォルテピアノを学び、フォルテピアノにも開眼。ハープシコードとオルガンでは国際コンクールで1等をとるなどの成果につながりました。その後、鍵盤楽器全般のソリストや室内楽の鍵盤楽器奏者として活躍し、録音もいろいろあるようです。このアルバムを聴いてまずピンと来た、楽器の音色に関する鋭敏な感覚、おそらくインマゼールから学んだものでしょう。インマゼールと似た透徹した感覚の持ち主とみました。

音楽時計については以前に2度ほど取りあげていますので、楽器や曲の解説は下記リンク先をご覧ください。

2011/06/13 : ハイドン–室内楽曲 : ペーター・アレキサンダー・シュタットミュラーの音楽時計曲集
2011/02/11 : ハイドン–協奏曲 : マルタン・ジュステルのオルガン曲集-2

レビューは収録順に記載します。

Hob.XVI:49 / Piano Sonata No.59 [E flat] (1789/90)
フォルテピアノは1785年製のアントン・ワルターのコピーで、2003年クリストファー・クラーク(Christopher Clarke)の作。録音会場は18世紀の板張りのサロンということで、状態の良い楽器が適度な大きさ、適度な残響のサロンで良く鳴っている録音。フォルテピアノがスピーカーの奥に定位してコンサートの席で聴くよう。流石インマゼール門下という素晴しい楽器の響き。一般的には残響がちょっと多めの録音ですが、聴きにくくはありません。宇山さんの演奏はゆったりとしたテンポで、メリハリを適度につけながら楽器の響きを自身で楽しんでいるよう。それでいてハイドンの書いた楽譜に込められた創意をくまなく拾い上げて、旋律の受け渡しや対比を楽しむ余裕があります。非常に穏やかな心情の持ち主なのでしょう、表現にはかなりのメリハリがつけられているのに、一貫して穏やかに曲が進みます。
2楽章のアダージョも同様。時折軽やかに装飾音を加えますが、メロディーラインがしっかり一貫しているので音楽の流れにぶれがありません。日本人ならではの清らかさも感じますが、表現の陰影が深いので、ともすると単調になりがちなところを、深い情感も帯びて聴き応え十分。深いアダージョの呼吸に打たれます。
フィナーレはテンポを速めますが、やはり楽器の響きを楽しむように落ち着いてハイドンの創意を響かせていきます。楽器のダイナミックレンジは素晴しく、強音の響きも澄みきっていて、弱音の繊細さも見事なもの。今まで聴いたフォルテピアノのの中でも最高のコンディションのものの一つでしょう。楽器の音響を踏まえた打鍵強度のコントロールも見事なもの。透明感ある表情から浮かび上がるハイドンの傑作ソナタを存分に楽しめる秀演と言っていいでしょう。

Hob.XIX:11 MS. Wien No.1 Allegretto [C] (before 1789)
Hob.XIX:14 MS. Wien No.4 Menuett [C] (before 1789)
Hob.XIX:12 MS. Wien No.2 Andante [C] (before 1789)
Hob.XIX:13 MS. Wien No.3 Vivace [C] (before 1789)
音楽時計曲は収録通り4曲まとめて。それぞれ1分少々の短い曲。このオルガンも実に美しい響き。オルガンの技術的なことは詳しくはありませんが、録音で聴けるオルガンの最上の響きと言って良いでしょう。曲ごとに音色をかなり変えて変化を付けます。フォルテピアノによるソナタと同様、演奏には揺るぎない安定感というか、非常に穏やかな心境で一貫して演奏していくのが印象的。この方、達観されていますね。音楽時計という細工物のために書かれた、微笑ましい小曲を、音楽時計以上に微笑ましく演奏していきます。本来壮麗、重厚であろうオルガンからおとぎ話のようなメロディーを紡ぎ出し、文字通りおとぎ話のような音楽。録音も鮮明で言うことなしです。

Hob.XVI:48 / Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
再びフォルテピアノの演奏に戻ります。楽器が変わっても音楽の穏やかさは一貫しています。間を十分にとって、この曲潜む詩的な表情を浮かび上がらせます。ブレンデルのピアノの演奏や、インマゼールのフォルテピアノの演奏がこの曲の刷り込み盤ですが、良く聴くと宇山さんの素直な響きの演奏もそれに勝るとも劣らない素晴しいもの。力強さも、詩情も負けていませんね。むしろ曲自体を楽しむにはこちらの方が良いほど。ちょっとハマってしまう良さ。2楽章構成のこの傑作ソナタを完全に手中に収めた素晴らしい演奏です。

Hob.XIX:10 Andante [C] (????)
Hob.XIX:24 MS. Niemecz No.3 Presto [C] (1789)
Hob.XIX:15 MS. Wien No.5 Allegro ma non troppo [C] (before 1789)
Hob.XIX:9 (Hob.III:57-III) Menuetto, Allegretto [C] (1788)
再び音楽時計曲4曲。今度はパパゲーノの吹く笛のような音色で来ました。やはり楽器の音色に関しては非常に鋭い感覚をもたれています。聴く人の想像力をかき立てる音色の変化。こればかりは聴いていただかなくてはわからないでしょう。たかが音楽時計のための曲と片付けられない深みを感じます。音楽とは音を楽しむものなりと諭されているよう。これまできいた音楽時計曲の演奏の中で間違いなく一番洗練され、一番楽しめる演奏です。

Hob.XVII:6 / Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
最後は再びフォルテピアノの演奏。間違いなくハイドンの最高傑作の一つです。この曲を最後にもってくるということは、ハイドンのことを熟知されているからに他ならないでしょう。前2曲のソナタと同様の一貫した演奏スタイルですが、テンポは前2曲より自由にとって、フレーズひとつひとつを噛み締めるように弾き進めていきます。右手のきらめき感も素晴しく、儚さをを帯びた美しいメロディーを繊細な表情と落ち着いた心で音にしていきます。淡々と変奏を重ねながら静かに心に刺さってきます。終盤の盛り上がりの力強さ、混濁感のない美しい響き、波の満ち引きの演出の巧みさ、そして穏やかな心境に裏付けられた、美しい音楽。この曲のフォルテピアノの演奏のなかでも飛び切り美しい演奏の一つでしょう。

初めて聴いた宇山ブヴァール康子さんの演奏ですが、これは素晴しい。フォルテピアノの演奏は、古楽器の弱点を一切感じさせない磨き抜かれた演奏。そして音楽時計曲もこれほどの完成度の演奏は聴いた事がありません。加えて素晴しいのがアルバムのプロダクションとしての完成度の高さ。初めて手にするレーベルですが、デザインのセンスもタイポグラフィーも素晴しいですね。昔ジュピターレコードでACCENTの美しいLPを手にした時と同じような悦びを感じます。評価はすべての曲を[+++++]とします。このアルバムのフォルテピアノの演奏、古楽器の演奏を苦手としている人にも聴いていただきたいですね。この雄弁なフォルテピアノによる深い詩情は、きっと気に入ると思います。

最近取りあげるアルバムが素晴しいので、レビューも楽しいです。

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マーティン・ガリングのアンダンテと変奏曲

ここ二日ばかり、激しく飲んでましたため、ブログの更新をお休みしてしまいました。今日取り上げるのは連休中、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの帰りにディスクユニオンで仕入れたアルバム。

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マーティン・ガリング(Martin Galling)のピアノによる、ハイドンのアンダンテと変奏曲(Hob.XVII:6)とシューベルトのピアノソナタD960の2曲を収めたアルバム。収録は1993年9月6日から9日、ケルン大聖堂脇のヴァルラフ広場にあるWDR放送センターの第2スタジオでのセッション録音。レーベルは独aurophon。

マーティン・ガリングは1935年、ヘンデルの出生地として知られるドイツのハレ(ハレ・アン・デア・ザーレ)生まれのピアニスト、ハープシコード奏者。幼少の頃はチェロを習っていましたが次第にピアノに興味をもつようになり、マインツのペーター・コルネリウス音楽院でピアノを学ぶようになりました。マインツ大学に進み、対位法、室内楽、音楽学などを学び、また1956年にはハンス・レイグラフのマスタークラスに参加します。その後、ドイツ、西ヨーロッパ、アメリカ、イスラエル、日本などで多くのコンサートを開く等活躍しました。とりわけカール・ミュンヒンガーとシュツットガルト室内管やヘルムート・リリングらとの共演で知られているそうです。録音ではハープシコードによるバッハの鍵盤音楽全集(VOX)が有名ということです。1970年から2000年まで、ザール音楽学校で室内楽の教授をつとめるなど教育者としての立場でもあったようです。

ハイドンの録音もいくつかありますが、ちゃんと聴くのははじめての人です。地味なジャケットにちょっとピンと来て聴き始めましたが、予想通り燻し銀の演奏。しかも調べてみるとレイグラフに師事したということで、俄然興味がわいてレビューに取りあげた次第。

Hob.XVII:6 / Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
実にさりげない入り。構えることなくサラッと入るあたりの自然さはこの曲を相当弾きなれているよう。ハイドンのピアノのための音楽の中でも最もベートーヴェンに近い印象のあるこの曲ですが、仙人の演奏のような無欲の演奏。休符を長くとることなく、サラサラとすすめていきます。この達観ぶりは何でしょうか。比較的速めのテンポで何者にも引っかからず、時折高音の輝きにハッとさせられる演奏。
録音は鮮明、ピアノの磨き抜かれた音色の美しさが印象的なもの。比較的近めに軽やかに定位するピアノ。演奏もことさら強音を使わないため、ダイナミックと言うよりはクリアなピアノという印象。ペダルを踏む気配がしっかり収められていて、意外とリアルな録音です。
演奏も強弱よりメロディーの線の美しさに集中しているようで、淡々とした風情でどんどん曲が進んでいくため、川の流れを眺めているような心境になります。この曲はダイナミックな演奏が多いのでそうした印象を持ちがちですが、ガリングの演奏で聴くと印象がだいぶ異なります。聴いているうちにあっという間に終わってしまう儚さもある演奏でした。

シューベルトはあまり得意ではありませんが、ガリングの演奏でこのあとのシューベルトを聴いているとハイドン以上に実に趣き深いさらりとした音楽。この心境はなかな表現できるものではありませんね。ハイドンの演奏はこの曲としてはあっさりしすぎているのかもしれませんが、アンダンテと変奏曲というハイドンの傑作のまた異なる側面を知る事が出来たと言う意味では貴重な演奏と言えるでしょう。こうしたベテランの至芸はどこか心に残るものを持っています。評価は[++++]としておきましょう。

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テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : アンダンテと変奏曲XVII:6

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Daisy


Author:Daisy

なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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