エフゲニー・スドビンのピアノソナタ集

これも最近入手したアルバム。BISからリリースされたピアノソナタ集。ピアニストは未知の人ながら、良いプロダクションの多いBISレーベルの魅力に惹かれて手に入れたもの。

Sudbin32.jpg
HMV ONLINEicon / amazon / TOWER RECORDS

エフゲニー・スドビン(Yevgeny Sudbin)のピアノによるハイドンのピアノソナタ集。ピアノソナタ3曲(Hob.XVI:32、XVI:50、XVI:34)とファンタジア(Hob.XVII:4)、アンダンテと変奏曲(Hob.XVII:6)そして弦楽四重奏曲Op.64のNo.5「ひばり」のフィナーレの6曲。収録はHob.XVI:32とXVI:50が2009年2月、XVI:34とファンタジア、ひばりのフィナーレが2009年6月、アンダンテと変奏曲が2010年1月、イギリス西部のブリストルにある聖ジョージ教会でのセッション録音。レーベルはスェーデンのBIS。

最近のtwitterによると「ハイドンが上手なピアニストはスカルラッティも良い」との法則があり、演奏の頻度から言うと、おそらく「スカルラッティが上手なピアニストはハイドンも良い」との逆法則も成り立つとの盲目的邪推も成り立ちます。このスドビンはスカルラッティを弾いたデビューアルバムが絶賛されたとのふれこみだったのでHMV ONLINEに注文していたもの。元の法則は以前取りあげたチェスのサイトを運営するpascal_apiさんのつぶやきですが、いいところをついていると思います。

エフゲニー・スドビンは1980年サンクトペテルブルク(私の世代にはレニングラードの方がなじみます)生まれのピアニスト。幼い頃から音楽的才能を知られ、1987年にサンクトペテルブルク音楽院、1990年にベルリン、1997年よりロンドン王立音楽院でピアノを学びました。マレイ・ペライヤやレオン・フライシャーに師事し、その後ヨーロッパ、アメリカ、カナダツアーで名を知られるように。2005年にスカルラッティのソナタ集のデビュー盤が好評を博し、その後ラフマニノフ、チャイコフスキーとメトネル、スクリャービンなどのアルバムのリリース。このハイドンのソナタ集はそれに続くもの。2011年1月には初来日しているのでコンサートを聴かれた方もいるのではないでしょうか。

このアルバムのジャケットには若々しい奏者がカジュアルな服装で写っており、もしかしたらアイドル系との憶測もありますが、とりあえずスカルラッティがいいと聞けば、当ブログで取りあげない訳にはいかないと思った次第。

Hob.XVI:32 / Piano Sonata No.47 [b] (1776 or before)
ちょっと几帳面な感じはするものの、ピアノを上手く響かせてハイドンの曲の良さを上手い具合に表現する人との第一印象。速い音のつながりのコロコロころがるような心地よさと、左手の迫力ある低音のコントラストがなかなか。一貫して推進力にあふれた進行。ハイドンの前進する力感をうまく表現しています。
2楽章は素晴らしいきらめき感。ちょっと手作り感のあるものですが、それが実にいい味わいを醸し出しています。1楽章とは異なり、つぶやくようなゆったりとしたテンポ。この楽章の音楽性は本物ですね。音を聞かせようという意図ではなく音楽を聴かせようとする姿勢を感じる演奏。実に深い呼吸。なかなか大物ですね。
フィナーレも一音一音が立っているような粒立ちのよさと推進力が素晴らしい演奏。速いパッセージのキレは抜群。この若さでこのハイドンの表現の深さは見事。勢いの良さを最後まで保つかと思いきや、最後の音は思い切り力を抜いたもの。

Hob.XVI:50 / Piano Sonata No.60 [C] (probably 1794)
名曲XVI:50。やはり素晴らしい力感から入りました。この大作ソナタを軽々と、しかも抜群の粒立ちで弾きこなしていきます。低音部が重要なソナタですが、左手の表情はかなり豊かでキレのいい低音を重ねていきます。録音はSACDの最新のものだけあって十分。BIS独特の北欧の空気のような澄んだ音響が心地よいです。スドビンはハイドンの楽譜を楽しみながら弾き進めていくような余裕があり、装飾音を加えたり、リズムを変化させたり、構えたところはなく自在な演奏。
この曲もアダージョの音楽性はピカイチ。夕暮れに星が瞬き始めるようなかすかなきらめきをが絶妙。抑えながらも表現は濃い瞬間。オーロラの揺らめきのようにうっすらと表情を変えていく、まさに推移の芸術。
3楽章は2楽章の静かな感動から覚醒するように鮮烈なリズムを刻みます。キレのいいタッチと自在なリズムを重ねてあっという間に曲を結びます。

Hob.XVI:34 / Piano Sonata No.53 [e] (c.1782)
この曲も名曲。かなりスタッカート気味にはじまります。ブレンデルの演奏では低音から沸き上がる音階の面白さに焦点があたっていたものを、スドビンは音符配置の面白さを強調しているよう。高音の音階はまるで編み機から繰り出されるように滑らかなもので、左手の音階と、右手の音階の表情が全く異なる魅力を放つテクニカルな表現。またしても右手から繰り出される転がるような音階は痛快そのもの。途中、おそらくわざとでしょうが、たどたどしさを感じさせる部分もあって、なかなか興味深い演奏。
この曲もアダージョの表現は秀逸。高音のきらめきの美しさはスドビンの持ち味ですね。この曲でもめくるめく美しさが素晴らしいものです。
ハイドンのソナタのフィナーレの中でも非常に覚えやすいメロディーのこの曲。聴き慣れたメロディーラインを自在に変化をつけて、生まれたてのメロディーのように刻んでいきます。

Hob.XVII:4 / Fantasia (Capriccio) op.58 [C] (1789)
弾き散らかすがごとき切れ味で入るファンタジア。音符を完全に自身のものとして自在に弾き進めます。速い音階の切れ味、リズムの切れ味、表現の切れ味の三拍子そろった演奏。途中非常に長い休符をとって表現力を見せつけます。この曲は素晴らしいテクニックと自在な音楽性を嫌というほど見せつけるような素晴らしい演奏です。

Hob.XVII:6 / Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
古くから名演奏の多いこの曲ですが、スドビンは冒頭から詩情あふれるきらめきで圧倒。やはり只者ではありませんね。最初は軽い響きから入りますが、音楽の濃さは別格。伝統の重さを知っているからか、この曲では表現はオーソドックスな範囲にとどめているよう。指のキレは相変わらす素晴らしいものがあり、曲自体を最高の演奏で楽しむような極上のひと時。この曲がこれほど高音のメロディーが美しい曲だったと再認識させられるような素晴らしい演奏。最後の渾身の響きも鋼のような見事なものでした。

Hob.III:63 / String Quartet Op.64 No.5 "Lerchenquartetett" 「ひばり」 [D] (1790)
最後は弦楽四重奏曲のフィナーレをピアノに編曲したもの。3分少々の曲ですが、この腕にしてこの曲を選んだと唸らされるもの。原曲ももちろんいいんですが、このピアノ版も、この演奏でしか聴く事のできない驚きに満ちています。このアルバムのアンコールピースのようなアクロバティックな要素も持つ演奏。


最近聴いた若手のハイドンのピアノソナタの中ではピカイチの出来。エフゲニー・スドビンの演奏によるハイドンのピアノソナタ集はハイドンのソナタの真髄をえぐる素晴らしい演奏でした。スカルラッティを弾いたデビューアルバムが評判となった人だけあって、ハイドンのソナタも自然かつアーティスティックな魅力をもつ素晴らしい演奏でした。これは将来が楽しみな人。若手でこれだけ表情豊かなハイドンを弾くとは驚きにに近い印象です。評価はもちろん[+++++]とします。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : ピアノソナタXVI:32 ピアノソナタXVI:50 ピアノソナタXVI:34 ファンタジアXVII:4 アンダンテと変奏曲XVII:6 弦楽四重奏曲Op.64 ひばり スカルラッティ SACD

ユーリ・エゴロフのピアノソナタXVI:20ライヴ!

今日はピアノソナタ。先週末ディスクユニオンで掘り出したものです。

Egorov.jpg
amazon

ユーリ・エゴロフ(Youri Egorov)のピアノによるハイドンのピアノソナタHob.XVI:20、スカルラッティのソナタ6曲、ベートーヴェンのアンダンテ・ファヴォーリの演奏2種を収めたアルバム。音源はオランダのVARA放送協会からのもので、ハイドンのソナタは1981年2月19日、アムステルダム・コンセルトヘボウ大ホールでのライヴ。レーベルはCANAL GRANDEとありますがプラケースに貼られたシールによるとCHANNEL CLASSICSのプロダクションのようです。

ユーリ・エゴロフはロシア、モスクワの東約600Kmの街カザン(Qazan)生まれのピアニスト。Wikipediaの情報をまとめると、1954年に生まれ1988年に亡くなっています。ロン=ティボー国際コンクール、チャイコフスキー国際コンクール、ベルギーのエリザベート王妃国際音楽コンクールなどで次々と入賞。1976年ローマで演奏旅行中に西側に亡命した。1978年ニューヨーク・デビュー、それから3日後にシカゴ・デビュー、そして12月にはカーネギー・ホールにデビューし、その演奏はライヴ収録された。自らゲイを公表したことでも有名なようで、亡くなったのは33歳の若さで、エイズによる合併症とのこと。

私はこのアルバムに出会うまで知らないピアニストでしたが、調べるとグールド同様天才肌のピアニストですね。それは演奏を聴いても明らか。並の演奏ではありません。

Hob.XVI:20 / Piano Sonata No.33 [c] (1771)
最初に拍手が入る私の好きなライヴの入り。会場の雰囲気をそのまま伝えるように、長い拍手と演奏が始まるまでの長い間がそのまま収められています。ホールのざわめきが緊張感を高めます。XVI:20はハイドンのピアノソナタの中でも1、2を争う好きな曲。静まり返ったコンセルトヘボウにエゴロフの軽やかなピアノの音が響き渡ります。強弱のメリハリが鮮明で、いい演奏に共通するように抑えた部分の表現が絶妙。録音は鮮明さはほどほどですが、ホールに響き渡るピアノの音と会場ノイズがまるでコンセルトヘボウで生で聴いているような素晴らしい効果。フレーズの切れ目の速度を落とした部分だけでも夜空の星のきらめきのごとき輝き。速いパッセージの指の切れは凄まじいもの。ピアノを完全に掌握。速度と強弱を完全にコントロールして素晴らしい表現。ピアノによるハイドンのソナタの演奏の極限的な美しさを見るよう。
2楽章はアンダンテ・コン・モート。この曲はエマニュエル・アックスの演奏が好きな演奏の一つなんですが、エゴロフのこの演奏も素晴らしいもの。快晴の山頂の夜の星空のようなきらめき感と微風のような穏やかさがじわりと伝わる至福の一時。
フィナーレはリズムのキレと音階の素晴らしいエネルギーに圧倒されます。リズムはこれ以上ないほど弾み、指がすばらしいスピードで音階を奏でます。これだけのキレ具合にはなかなか出会えません。ハイドンのソナタのフィナーレの理想的な演奏。グールドの速い部分のキレも素晴らしいですが、エゴロフのほうが表情豊か。最後は会場が暖かい拍手に包まれます。

このあと収められた6曲のスカルラッティのソナタも抜群の出来。祈りにもにた静謐な時間。ハイドンとは全く異なるスタイルでの演奏。収録曲は33番、23番、478番、116番、483番、423番の6曲。このスカルラッティも気に入りました。そして最後のベートーヴェンは1982年と亡くなる前年の1987年の2種の演奏。こちらもさりげない情感の迸る素晴らしい演奏。いやいや、これは掘り出し物です。

若くして亡くなった天才ピアニスト、ユーリ・エゴロフのハイドン、抜群の出来でした。もちろん評価は[+++++]とします。今月はあたりのアルバムが多くてうれしい忙しさ。残念なのは本盤は廃盤であろうこと。上記のamazonのリンク先も中古盤で結構な値がついてます。このような名演奏を廃盤のままにしておいてはなりません。人類の大損失でしょう。昨日につづき「ハイドン入門者向け」タグもつけます。

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : ピアノソナタXVI:20 ライヴ録音 ハイドン入門者向け スカルラッティ

プロフィール

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Author:Daisy

なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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