【初録音】「聖なる十戒のカノン」、オフェトリウム、モテット集(ハイドン)

今日はハイドンが作曲した曲で、録音がない曲を録音するというコンセプトのアルバム。当ブログが取り上げなくて、誰が取り上げましょう!

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オーストリア放送(ORF)のÖ1(FM放送の1チャンネル)の制作によるIn Nomine「(神の)御名において」と題されたアルバム。ジャケットには、”HAYDN 2009 Erstaufnahmen”と記されており、ハイドン没後200年のアニヴァーサリーの年2009年のプロダクツとしてリリースされ、そしてこのアルバムが初録音となる曲を中心に構成されています。収録された曲は18曲で、そのうちハイドンの曲が17曲。おそらくこのアルバムの録音が初録音となるのは、「聖なる十戒のカノン」と呼ばれる3声から5声の10曲のカノンと、XXIIIa系列の2曲のオフェトリウムと1曲のモテット、XXIIIc:3の「ハレルヤ」他数曲。逆に初録音でないハイドンの曲はおそらく冒頭と最後に置かれた2曲のみだと思います。

このアルバム、かなり前から手元にあったのですが、ほとんどの曲が初録音ということで、所有盤リストに登録するにも、曲の情報を調べて曲を特定してリストに掲載するなど、けっこうな作業が必要なんですね。ちなみにそれがおっくうで(笑)ちょっと寝かせてあったアルバムですが、最近宗教音楽をいろいろ取り出して聴いているうちにこのアルバムもそろそろ取り上げねばと思うに至り、ここ一週間ぐらいかけて一曲一曲、曲からリストに登録などをしていた次第。これらの一連の作業は楽しくもありますが、いい加減なこともできないので、なんだかとっても時間がかかります。手元にはかなりの未聴盤がある上、いつも素晴らしいアルバムを貸していただく湖国JHさんからも新たなアルバムが到着している状況の中、先週末をはさんでやりかかった作業を片付けていたんですね。

いつもは冒頭に収録曲、演奏者、録音情報などを明記するんですが、曲も演奏者も、収録もいろいろなので、これらは曲と一緒に紹介することにしましょう。

アルバムの冒頭を飾るのはドイツ国歌のメロディーで有名な曲。もちろんこの曲にはすでに何種かの録音があるのはご承知のことでしょう。手元の所有盤リストには他に3種の録音がありますが、いずれも歌手とクラヴィーアの組み合わせ。

Hob.XXVIa:43 Das Kaiserlied "Got! erhalte den Kaiser!" 皇帝讃歌「神よ,皇帝を守らせたまえ」 [G] (1797)
オーケストラ版ということで歌は入りません。クレア・ルヴァシエ(Claire Levache)指揮のORFウィーン放送交響楽団の演奏。このアルバムでこのオケによる収録は2009年5月18日から19日、ウィーンのORF放送センターでのセッション録音。ハイドンの録音史上極めて貴重なこのアルバムの冒頭にふさわしい優雅な祝祭感。ルヴァシエは女流指揮者でオケを実に自然に鳴らします。変に強調感がなく音楽がさらりと流れるのが好感触。広々としたホールにオケが自然に響く感じの録音も悪くありません。聴きなれたメロディーながらハイドンの時代を彷彿とさせる郷愁を感じさせます。

このあと途中に何曲かのオフェトリウムを挟みながら10曲のカノンが続きますが、最初にまとめてカノンを紹介しておきましょう。曲は十戒をテーマにした10曲のカノン(Hob.XXVIIa:1~10)で作曲は1791年から95年にかけての時期。このころハイドンは2度にわたってロンドンに旅しています。このカノンはこれまで私も存在を知らず、録音もこれまでありませんでした。

ハイドンのカノンといえば、以前に別のアルバムを記事にしています。私の知る限り、ハイドンのカノンについてはこの2組のアルバム以外に録音はないのではないかと思います。何か情報をお持ちの方がありましたら是非教えてください。

2011/11/11 : ハイドン–声楽曲 : ミクローシュ・サボー/ジュール女声合唱団の世俗カノン集

サボー盤はHob.XXVIIb系列の46曲、1曲のみヴァージョン違いを含む47曲を収めたアルバムで、今回聴き直したところ、女性コーラスによる非常に美しいカノンが楽しめるアルバム。なんと1曲目のHob.XXVIIb:46と、今回取り上げるHob.XXVIIa:1~10の1曲目のHob.XXVIIa:1はほぼ同じメロディー。両者のアルバムを聴き始めたときには軽い驚きを覚えました。

Hob.XXVIIa:1 Canon "Die heiligen zehn Gebote" 「聖なる十戒のカノン」 "Du sollst an einen Gott glauben"「汝、唯一の神を信ずるべし」 [C] (1791-95)
カノンの演奏は全てヨハネス・プリンツ(Johannes Printz)指揮、グラーツ芸術大学室内合唱団(Kammerchor der Kunstuniversität Graz)の演奏で、収録はオーストリアのグラーツ、ミュンツグラーベン教区ローマカトリック教会アルベルトスホール(Albertussaal der römisch-katholischen Pfarre Münzgraben, Graz)でのセッション録音。1曲目は先に触れたとおり、サボー盤を思い起こさせるもの。4分弱の曲。コーラスの透明感はサボー盤ですが、しなやかで自然な表情はプリンツ盤。そして、こちらのプリンツ盤には男性も加わり、録音も新しいため、より自然なコーラスを楽しめます。コーラスのみによって描かれる純粋な音楽。聴いているうちにコーラスの透明な響きに吸い込まれていくような不思議な感覚に包まれます。

Hob.XXVIIa:2 Canon "Die heiligen zehn Gebote" 「聖なる十戒のカノン」 "Du sollst den Namen Gottes nicht eitel nennen"「汝、神の名をみだりに口にすべからず」 [G] (1791-95)
2分弱の曲。1曲目を受けてメロディーよりも語りかけるような音楽の素朴なメロディーを4声のコーラスが編んでいきます。

Hob.XXVIIa:3 Canon "Die heiligen zehn Gebote" 「聖なる十戒のカノン」 "Du sollst Sonn- und Feiertag heiligen"「汝、日曜日を安息日とし、聖とせよ」 [B] (1791-95)
2分ちょうどの曲。今度はコーラスの純度が一気に高まり、魂が昇華するような天上への上昇感。各パートが完全に溶け合い、教会堂に一筋の光がスッと射すようなイメージ。前曲の響きの余韻を踏まえながら限りなく透明なハーモニーへの展開が見事。

この後オフェトリウムが挟まりますが、後にまわしましょう。

Hob.XXVIIa:4 Canon "Die heiligen zehn Gebote" 「聖なる十戒のカノン」 "Du sollst Vater und Mutter verehren"「汝、父と母とを敬え」 [Es] (1791-95)
3分弱の曲。カノンが続くことによるある種の単調さを避けるためにオフェトリウムが挟まれたのでしょうか? ただ、この10曲のカノンの完成度はそれはそれでかなりのもの。続く第4曲もコーラスの純度と特に男性による低音部の雄弁さと全体の溶け合う響きはかなりのもの。テキストはドイツ語で十戒によるものということで想像力で補いますが、大きなうねりの表現が秀逸で音量を上げて合唱指揮者のような耳で聴くとかなりの迫力。

Hob.XXVIIa:5 Canon "Die heiligen zehn Gebote" 「聖なる十戒のカノン」 "Du sollst nicht töten"「汝、殺すなかれ」 [g] (1791-95)
1分36秒。今度は男性のみのカノン。これまでの曲がしなやかなメロディーの魅力で聴かせてきたのに対し、この曲では男性コーラスの爽やかな迫力で聴かせますが、最後に一際力が入ります。

Hob.XXVIIa:6 Canon "Die heiligen zehn Gebote" 「聖なる十戒のカノン」 "Du sollst nicht Unkeuschheit treiben"「汝、姦淫するなかれ」 [C] (1791-95)
2分少々の曲。タイトルから想像されるよりも穏やかに語りかけるような展開の曲。純粋なコーラスの魅力をあますところなく響かせます。メロディーのしなやかな展開に引き込まれます。

そしてまたモテットをはさみます。これも後回し。

Hob.XXVIIa:7 Canon "Die heiligen zehn Gebote" 「聖なる十戒のカノン」 "Du sollst nicht siehlen"「汝、盗むなかれ」 [a] (1791-95)

2分21秒。旋律が繰り返されるのにしたがって徐々に祈りの感情に近づくような印象。音楽の繰り返しの本質を突こうということでしょうか。

Hob.XXVIIa:8 Canon "Die heiligen zehn Gebote" 「聖なる十戒のカノン」 "Du sollst kein falsch Zeugnis gehen"「汝、偽証するなかれ」 [B] (1791-95)
2分16秒。再び透き通るようなメロデイーの上昇にとろけます。この曲の白眉。光に満ち溢れる天上に導かれるような上昇感。

またしてもオフェトリウムが入り祝祭感を煽ります。

Hob.XXVIIa:9 Canon "Die heiligen zehn Gebote" 「聖なる十戒のカノン」 "Du sollst nicht begehren deines Nächsten"「汝、隣人の妻を貪るなかれ」 [C] (1791-95)
1分弱の曲。こちらも噛んで含んで聞かせるような語り口。タイトルをどう表現するのか興味深々でしたが、あまりに短いメロディーに逆に説得力を感じるほど。

Hob.XXVIIa:10 Canon "Die heiligen zehn Gebote" 「聖なる十戒のカノン」 "Du sollst nicht begehren deines Nächsten Gut"「汝、隣人の物を貪るなかれ」 [f] (1791-95)
最後は1分30秒少々の曲。これまでの曲想を保ちながら最後は空間に溶けていくようなコーラス。曲自体のシンプルさを踏まえてどう聴かせるかは難しいところでしょうが、この響きがはじめて録音された意義に思いを馳せます。

これまでいくつかのオフェトリウムやモテットを飛ばてきましたので、最後にまとめて取り上げましょう。

トラック5のオフェトリウム。

Hob.XXIIIc:3 "Alleluya" 「アレルヤ」 [G] (1768/69)
冒頭の「神よ,皇帝を守らせたまえ」 のオケにソプラノのウルスラ・フィードラー(Ursula Fiedler)、アルトにマルティナ・ミケリッチ(Martina Mikelić)、ゴットフリード・ザヴィチョフスキ(Gottfried Zawichowski)の合唱指揮によるトゥルン室内合唱団(A-Cappella-Chor Tulln)が加わります。素朴な祝祭感に満ちた晴朗な曲。オケの軽やかな序奏に乗ってソプラノ、アルト、そしてコーラスが祈りと幸福感に満ちた音楽を奏でていきます。どのような機会のための作曲かまではわかりませんが、教会などでの祝い事のために書かれたものと推察されます。ハイドンの音楽の素晴らしさが詰まった名旋律。以前取り上げた、こちらも初録音であったアンドレアス・シュペリングによるカンタータ集同様の見事な祝祭感。短い短調の中間部を挟んで再び喜びが爆発。ハレルヤコーラスが寄せては返す波のように迫ります。指揮、オケ、コーラス、ソロが見事に溶け合った演奏。

2010/10/09 : ハイドン–声楽曲 : アンドレアス・シュペリングのカンタータ集

つづいてトラック9のモテット。

Hob.XXIIIa:4 Motetto di Sancta Thekla Protho Martyr "Quis stellae radius" [G] (c.1760)
オルガンの序奏から入るモテット。しなやかなオケの伴奏から癒されます。先ほどのオフェトリウムからアルトが除かれた奏者構成。ソプラノのソロはいきなり夜の女王ばりの技巧凝らしたアリアのようなソロ。これほどの曲が今まで録音されなかった理由がわかりません。もちろんハイドンらしい素晴らしいメロディーの宝庫のような曲。前曲同様演奏も虚飾を排した見事なもの。のびのびとしたヴァイオリン、柔らかいのにキレのいいリズム。そして透明感あふれるウルスラ・フィードラーのソプラノ。文句のつけようがありません。

トラック12のオフェトリウム。

Hob.XXIIIa:3 Offertorium "Ens aeternum aattende votis" [G] (c.1760)
アルバムへの曲名表記はXXIII:3とありますが、照合の結果XXIIIa:3だとわかりました。冒頭から祝祭感爆発。なんという高揚感。なんという祝祭感。幸福感に満たされます。オケとコーラスによる構成。ソロは入りません。実に自然な高揚感。この内なるエネルギーの爆発ようなしなやかな高揚、相当なコントロール力の賜物。とくに抜けるようなトランペットが華を添えています。

トラック15のオフェトリウム。

Hob.XXIIIa:2 Offertorium "Animae Deo gratae ovantes jubilate" [C] (c.1760)
再びソプラノとアルトが加わります。どのミサ曲よりも凝った筆致による序奏。またまたいきなり素晴らしい祝祭感につつまれます。ここまでのオフェトリウムとモテットが初録音であるというのが信じがたい名曲の数々。なんという完成度。こんどはソプラノとアルトが両者とも夜の女王のよう。光と影、陰と陽、高揚と陰りが繰り返しせめぎ合う巧みな構成。オケ、コーラス、ソロの見事な掛け合い、そしてそれを包む祈りの感情。ホールに幸福感が満ち溢れます。

このあとヨハン・ジキスムンド・リッター・フォン・ノイコムのカノンを挟んでハイドンのグラデュアーレ。

Hob.XXXIc:1 Graduale "Vias tuas Domine demonstra mihi" [C] (1757)
ホーボーケン番号ではアリアのアレンジに入りますが、なんとなく宗教曲の香りが漂います。この曲も初録音のもよう。オケもソロも加わらない純度の高いコーラスとオルガンのみの響き。このアルバムを象徴する純粋なコーラスの響きに引き込まれます。2分少々の短い曲のなかに宇宙のような幽玄さを感じます。

Hob.XXVIIb:41 Canon "Frag und Antwort zweier Fuhrleut"「二人の御者の問答」 [?] (1795-99)
そして最後は「聖なる十戒のカノン」と同様の演奏者によるカノン。こちらはミクロシュ・サボー盤に録音があります。最後にカノンの透明な響きで終わろうということでしょう。オフェトリウムの祝祭感とは対照的なストイックと言ってもいい純度の高いコーラスの響き。ことさら透明感を極めた曲ではない曲で終わるあたりにこのアルバムの含蓄を感じます。

いろいろ調べながら何度も聴いてのレビュー。このアルバムに収録されているXXIIIa系列のオフェトリウムとモテットは、祈りの悦びと音楽の悦びを昇華したような名曲揃い。何度も書きますが、これらの曲がこれまで録音されてこなかったのが実に不可解。宗教音楽ながら、交響曲やミサ曲、オラトリオなどで素晴らしいメロディーと構成を極めたハイドンの作品の中でも瞠目すべき出来であることは間違いありません。これらの曲の作曲年代は1760年代から70年代と比較的早い時期なのに対し、カノンの方は1790年代と晩年のもの。多彩な筆致を極めた作品を書いた末にたどりついた純粋無垢な音楽がカノンということなのでしょうか。まだまだ調べ切れていないので、これらのカノンをどうして書くに至ったかなど興味は尽きません。カノンの方はコアなハイドンマニアの方以外にはお勧めしにくいですが、オフェトリウムの方の見事な高揚感はハイドンの音楽の魅力がしっかり感じられますし、これらの曲は今後演奏の機会にもっと恵まれるべきものだと思います。評価はオフェトリウムなどは[+++++]、カノンなどは[++++]としたいと思います。

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【新着】ヴィリー・ストラルチクのピアノソナタ集(ハイドン)

今日のアルバムも私の所有盤リストにないということで湖国JHさんに貸していただいたもの。現役盤というか最近リリースされたばかりのもので、HMV ONLINEで何度か注文しようとしていたものですが、タイミングが悪くこれまで注文せずにきたものです。

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ヴィリー・ストラルチク(Willy Stolarczyk)のピアノによるハイドンのピアノソナタ集。初期のソナタ5曲(Hob.XVI:27、XVI:13、XVI:11、XVI:5、XVI:4)と弦楽四重奏曲Op.76のNo.3「皇帝」の2楽章、カプリッチョ(XVII:1)、交響曲53番「帝国」の2楽章の8曲を収めたアルバム。収録は2009年7月ですが収録場所は記載されていません。レーベルはデンマークのdanica RECORDS。

ヴィリー・ストラルチクは1945年、デンマークのロラン島に生まれたピアニスト、作曲家。デンマークのユトランド半島にあるオーフス(Aahus)にある王立音楽アカデミーでピアノを学び、1976年にはピアニストとしてコンサートを開くようになりました。その後ローマで作曲を学び、その後同じユトランド半島のホルステブロー(Holstebro)の音楽学校の教師や市の作曲家として働きました。それから近くのヴァイレ(Vajle)の文化担当になり、ヴァイレの街でのクラシック音楽、現代音楽の振興に務めています。このアルバムでは、ヴァイレ博物館に保存されている1900年頃に製造されたスタインウェイで録音されています。ストラルチクは作曲家としては、96台のピアノと打楽器のための交響曲「大地、空気、火、水」という壮大な曲で知られているそう。才気あふれる作曲家として、ハイドンのピアノソナタを古いスタインウェイで弾くという、何となく落ち着かない構図ですが、聴いてみるとこれが非常に落ち着いた秀演。人にはいろいろな才能があるものですね。

Willy Stolarczyk

いくつかの曲を選んでレビューしておきましょう。

Hob.XVI:27 / Piano Sonata No.42 [G] (1776 or before)
ピアノの音色は現代のスタインウェイの粒立ちの良いワイドレンジな音とは異なり、中音域重視で、音色もまろやかで味わい深く、ハイドンのソナタを演奏するためにあるような素晴しいニュートラルさ。録音も最新のものらしく、ピアノのまろやかな響きを程よく鮮明に捕らえた秀逸なもの。肝心のストラルチクの演奏、やはり作曲家だからか、虚飾を排して、淡々とハイドンの音楽を紡いでいくような演奏。ハイドン中期の質実な中にもキラリと光る閃きのある曲を、さっぱりと速めのテンポで進めるようすは、まさにオルベルツさながらの孤高の名演奏。ハイドンの作品の素晴しさを掌握しているからこそできる、淡々とした演奏。単純な音階やフレーズ一つ一つにも閃きがあり、シンプルな曲なのに素晴しく聴き応えのする演奏。ピアノの音が転がるように音楽を放っていきます。この人、ピアノ奏者としても只者ではありません。

Hob.III:77 / String Quartet Op.76 No.3 "Kaiserquartetett" 「皇帝」 [C] (1797)
有名なドイツ国歌のメロディー。2楽章だけピアノで弾かれることも多い曲ですね。程よい枯れを見せながら、ゆったりとメロディーが演奏会場に響き渡る様子を楽しむような演奏。メロディーの提示から変奏に入るときのギアチェンジの鮮やかなこと。はるか先を見ながらの演奏でしょうか、小細工はなく、おおらかにメロディーラインを音楽にしていきます。実に慈しみ深い演奏。穏やかに響くピアノの音色が心にしみますね。

Hob.XVI:4 / Piano Sonata No.9 [D] (before 1765)
3曲とばして、シュトルム・ウント・ドラング期よりもかなり前に作曲された曲。ストラルチクのあっさりしたアプローチがドンピシャでハマります。シンプルな曲想が逆に非常にクッキリと浮かび上がり、まさにこの曲のためにピアノをあつらえたような自然さ。変に自己主張しようとしないのも良いですね。ハイドンのすぐれた演奏は、オルベルツもアムランも、大河の流れのような、曲ごとではなく、ハイドンのソナタ自体に宿る大きな流れを表現しようとしているようなところがありますが、まさにストラルチクの演奏もそうした印象が重なります。この小曲がミクロコスモスのように響き渡ります。

このアルバム、久々にハイドンのソナタの真髄をえぐるような演奏でした。演奏のテクニックがどうこうではなく、ストラルチクのハイドンに対するリスペクトが淡々とした演奏から沸き上がってくるよう。楽器の選定も言うことなし。できれば、続編、そしてピアノソナタ全集を目指してほしいところです。これまで多くのピアニストがハイドンのピアノソナタ全集を完成させたり、挑んだりしていますが、過去の演奏と比べても演奏の質に置いては十分勝負になりますし、ハイドン演奏史にのこるものにもなると思います。ピアノソナタ好きな皆さん、必聴のアルバムです。評価は今日取りあげた3曲以外も含めて全曲[+++++]とします。

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tag : ピアノソナタXVI:27 ピアノソナタXVI:4 皇帝 ドイツ国歌

枯淡、デートレフ・クラウスのピアノソナタ集

今日は巨匠のピアノソナタ集。

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デートレフ・クラウス(Detlef Kraus)の弾くハイドンのピアノソナタ集。収録曲目は、皇帝讃歌(Hob.III:77)、ピアノソナタ(XVI:44)、ピアノソナタ(XVI:21)、アダージョ(XVII:9)、ピアノソナタ(XVI:29)、ピアノソナタ(XVI:28)の6曲。収録は1994年4月、ドイツハノーバー近郊の街ヴェーデマルク(Wedemark)のヴェーデマルクスタジオでのセッション録音。レーベルはTHOROFONというレーベル。

グレー地の背景からクラウスの顔が浮かび上がるなんともアーティスティックなジャケット。もちろんジャケット買いですが、収録曲目もドイツ国歌「皇帝讃歌」にアダージョXVII:9、ソナタのXVI:29と好きな曲が多く含まれているのもあり、店頭で即ゲットです。

ピアニストのデートレフ・クラウスは1919年ハンブルク生まれのドイツのピアニスト。16歳でバッハの平均律クラヴィーア曲集をコンサートで弾いてデビューとのこと。後年はブラームスに傾倒。1982年からはフランクフルトブラームス協会の会長を務め、ブラームスについての著作も多いとのこと。晩年は教育にも力を注ぎ、2008年1月7日に88歳で亡くなったとのこと。このアルバムの演奏時は74歳。

クラウスについて私は知らずにいましたが、ピアニストの皆さんの中では知られた存在の方のようですね。このアルバムを聴くと、74歳とは思えないしっかりとした指使いで描くハイドンのソナタの響きエッセンス。フレージングとか音色とかデュナーミクなどといった表現上のことを超えて、ただただ音符を音にしていくという枯淡の境地。これまでいろいろなピアニストでハイドンのソナタを聴いてきましたが、デートレフ・クラウスの演奏はそれらの演奏を超える素晴らしい本質的な説得力をもっていました。

1曲目は皇帝讃歌。たどたどしくもありますが、なぜか揺るぎなさをも併せ持つ演奏。ピアノの響き自体は透明感溢れるもの。老年の奏者らしく力感のある演奏ではないんですが、ピアノ音楽を知り尽くした奏者のさりげなく、しかし深い情感をたたえた演奏。ドイツ国歌のメロディーがこれほどまでに心に純音楽的に響くのははじめてのこと。冒頭から素晴らしいピアノに打たれます。

2曲目はXVI:44ト短調。この曲は1771年の作曲ゆえ時期的にはシュトルム・ウント・ドラング期の作。右手のクリアな音を中心に宝石のようなメロディーラインを弾いていきます。途中止まりそうになるように訥々とメロディーを奏で、短調による峻厳な音響空間を最小限の音符で満たしていきます。途中音調が明るく変化する部分の一瞬現れる幸福感とまた険しい響きにもどる揺れの表現が熟練者ならではの円熟の境地。2楽章のアダージョも右手のキラメキによる短調の響きの美しさが絶品。この楽章も陰と陽に振れる曲調の変化の表現が秀逸。

3曲目はXVI:21で1773年作曲。前曲とは一転晴朗なハ長調。晴朗な曲調なのに枯淡。右手が音符と戯れるような音楽。左手はそっと音符を添えるような弾き方。ハイドンの音符から音楽の随だけ取り出したような音楽ですね。2楽章のアダージョは途中リズムに変化をつけたりする部分もありながら、基本的にテンポはゆったりめで淡々と進めます。フィナーレはざらっと弾き散らかしたようなくだけた表現。曲調の本質を捉えた素晴らしい解釈ですね。

4曲目は小品のアダージョXVII:9。これまでブレンデル盤の澄み切った響きの演奏が一押しだったんですが、デートレフ・クラウスの枯淡の演奏も悪くありません。テンポもメリハリもほとんどつけず、かといって単調にもならない素晴らしい音楽性。

5曲目はリヒテルの素晴らしい力感の演奏に親しんでいるXVI:29。1774年の作曲。なぜか前曲のアダージョから間を置かず、すぐに始まります。録音なのにコンサートでの演奏のような曲のつなぎ。リヒテル曲の構造を見事に再現したのとは逆に、音符のなかに潜むメロディーを淡々と弾いていく演奏。力感は形跡もありません。同じ曲とは思えない表現の違い。相変わらず右手の宝石のようなキラメキ感は健在。アダージョは一転して豊かな表情が印象的。この曲の美しさの頂点がまるでアダージョにあるかのような弾きっぷり。フィナーレは再び弾き散らかすようなくだけた表現でまとめます。

最後はXVI:28。1776年の作曲。ソナタは年代を少しずつ下るような選曲だったわけですね。1楽章はこのアルバムの中では変化に富んだ演奏の方。冒頭からリズムの変化に合わせてテンポもわりと揺らして弾いています。2楽章はメヌエットですが、やはりデートレフ・クラウス得意の楽章なんでしょう、自在な表現で曲の神髄をえぐる表現で聴かせきってしまいます。フィナレーは途中で出てくる不思議な音階をモチーフにした楽章。軽々とさりげなく弾いてこなしますが、後半速いパッセージでちょっと指がもつれそうになるところもあります。

アルバムを通して聴こえてくるのは、ハイドンの音楽の神髄をとらえた表現。さりげない演奏でもあるんですが、そのさりげなさもハイドンの大きな魅力と言わんばかりの説得力に満ちたもの。無駄な力を入れず、右手の美しい旋律とハイドン独特の機知を含んだ変化に富んだメロディーの表現も秀逸。何れにせよ、ハイドンの音楽の神髄をとらえた見事な解釈だと思います。評価はもちろん全曲[+++++]としたいと思います。特に皇帝讃歌とアダージョの美しさは素晴らしいもの。また一枚素晴らしいアルバムと巡り会うことができました。

月曜は年度末までの未消化の休暇があるのでお休みの予定故、今日は遅くに更新です。明日も何枚か取り上げたいと思います。

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tag : 皇帝讃歌 ドイツ国歌 ピアノソナタXVI:44 ピアノソナタXVI:21 ピアノソナタXVI:29 ピアノソナタXVI:28 アダージョXVII:9 おすすめ盤

ドイツ国歌(ハイドン作曲)の名盤

最近twitterを少しずつ使い始めました。昨夜はワールドカップのドイツ対スペイン戦があったせいか、twitterを「ハイドン」で検索するとドイツ国歌の話題で持ち切り。ここは、ハイドンの魅力を一人でも多くの人に伝えるという崇高なミッションを旨とする当ブログで取り上げない訳にまいりません。

ドイツ国歌についてはWikipediaの記事をご覧ください。

Wikipedia:ドイツの歌

この曲の最も崇高な演奏として思い浮かぶのは、もちろんこの演奏。

Ameling.jpg

以前、当ブログでも絶賛したエリー・アメリング(ソプラノ)とデムス(ピアノ)による歌曲集。

当ブログ:アメリングの歌曲に酔う

このアルバムの末尾におかれたのが、まさにドイツ国歌である次の曲。

Hob.XXVIa:43 / Das Kaiserlied "Got! erhalte den Kaiser!" 皇帝讃歌"神よ,皇帝を守らせたまえ" [G] (1797)

ワールドカップの国歌斉唱で歌われるドイツ国歌は、同じシチュエーションで歌われる君が代同様、国の魂を表すメロディとして多くの国民の心に刻まれるもの。
このアルバムで歌われる同じメロディは、デムスの優しいピアノとアメリングの夢のような声による磨き抜かれた可憐なメロディとして、そして純粋にハイドンのメロディメーカーとしての天才を味わう名曲として、心に深く刻まれます。

曲は、演奏される状況、演奏自体などによって様々な側面を見せます。たった数分のこの曲でさえ、人の心に全く異なる感情を生むことになります。

私はどちらのシチュエーションで歌われるメロディも好きです。
今回のドイツチームの攻撃力は、もしかしたらこのままいくのでは、と思わせるものがありました。私はスペインに敗れるとは思っていなかっただけに、これが今回のワールドカップ最後のドイツ国歌だったと思うと感慨もひとしお。

ほんとは、試合の時間ぐっすり寝てましたので、朝のニュースから想像しただけなんですが(笑)

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tag : 歌曲 おすすめ盤 ドイツ国歌

プロフィール

Daisy


Author:Daisy

なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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2017年7月のデータ(2017年7月31日)
登録曲数:1,361曲 登録演奏数:10,291
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