【新着】フィンランド・バリトン三重奏団のバリトントリオ(ハイドン)

久々のバリトントリオの新譜です。しかも演奏も録音も素晴らしいもの。これは当ブログで取り上げないわけには参りません。

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TOWER RECORDS / amazon / ローチケHMVicon

フィンランド・バリトン三重奏団(The Finnish Baryton Trio)による、ハイドンのバリトン三重奏曲5曲(Hob.XI:63、XI:87、XI:32、XI:66、XI:97)を収めたSACD。収録は2008年2月28日から3月1日まで、フィンランド東部のアルヴァー・アアルトの教会で有名なイマトラ(Imatra)にあるコンサートホール(Konserttihovi of Imatra)でのセッション録音。レーベルはSIBARECORDSという、SIBELIUS ACADEMYの自主制作レーベル。

アルバムタイトルは"The Private Preasure of Prince Esterházy"とあり、「エステルハージ侯の密かな楽しみ」とでも訳すのでしょうか、バリトントリオという曲の本質をとらえたタイトルからただならない感じがしていました。ただし本当にただならないのは、このアルバムの奏者が時代も距離もかなり隔てた現代のフィンランドの奏者によって演奏されてるという点。

ご存知のとおり、バリトン三重奏曲はエステルハージ家の当主であるニコラウス侯の時代に仕えていたハイドンが、ニコラウス侯の命により大量に作曲したもの。またバリトンという楽器を使った曲も、ハイドンの作品の他にはニコラウス侯の命により他の一部の作曲家が書いたもの以外はあまり知られていません。そのただでさえ珍しい超ローカルなバリトンの曲を、独墺系ではなく、ヨーロッパの辺境である超ローカルなフィンランドの団体が録音しているというところにこのアルバムの不思議な立ち位置があるわけです。

奏者のフィンランド・バリトン三重奏団ですが、メンバーは下記のとおり。

バリトン:マルクス・クイッカ (Markus Kuikka)
ヴィオラ:マルクス・サラントラ (Markus Sarantola)
チェロ:ユッシ・セッパネン (Jussi Seppänen)

団体の設立は2002年と比較的最近で、主にフィンランドにてハイドンのバリトン三重奏曲をコンサートや放送のために演奏しているとのこと。バリトンのマルクス・クイッカ、ヴィオラのマルクス・サラントラはシベリウス・アカデミーの出身者、チェロのユッシ・セッパネンはフィンランド中部のタンペレ音楽院からややりシベリウス・アカデミーに移っており、全員シベリウス・アカデミー出身者ということになります。マルクス・クイッカはもともとヴィオールやバロックチェロを学び、またフィンランド北部のクオピオ交響楽団の首席チェロ奏者を30年近くに渡って務めてきた人ですが、バリトンの演奏に興味をもち、2009年にシベリウスアカデミーでバリトンの研究課程を卒業し、その後はヘルシンキを拠点としたフリーランスになっているとのこと。このアルバムがシベリウス・アカデミーでの成果ということでしょう。

このアルバムを聴いてまず特筆すべきなのは録音の良さ。SACDということで精緻かつ自然な響きなのはもちろん、収録会場であるイマトラのコンサートホールは写真でみると小規模な響きの良さそうなホールで、このホールの響きの良さが活かされている感じ。アルバムの収録場所を調べるときは、必ずネットで場所やホールのようすを調べるようにしていますが、ただでさえ田舎なイマトラのさらに街のはずれの森の中に1軒だけ建つ建物だけに周囲は静かな環境。スイスのラ・ショード・フォンのムジカ・テアトル同様、適度な大きさで響きが良さそうな室内楽の収録には最適な環境です。

そして肝心の演奏もバリトントリオの幽玄さを静寂感が支配するようなもの。フィンランドの自然を想起させる演奏といえばいいでしょうか。
 
Hob.XI:63 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (1767-68)
いきなりあまりに美しい響きに鳥肌がたつよう。バリトントリオの演奏は不可思議な開放弦の響きが加わりますが、意外に躍動感を感じる演奏も多いもの。このフィンランド・バリトン三重奏団の演奏は、穏やかで精緻さを保ちながら訥々と演奏していき、特に消え入るような弱音の表現が精緻な録音で録られており、ホールに消え入る響きの美しさが際立ちます。この訥々とした感じ、いい意味でアマチュアの演奏のような感じがニコラウス侯とハイドンらだけで演奏を楽しむような雰囲気を感じさせます。聴いているうちにホールで実際に演奏を聴いているように感じるほど録音は秀逸。少し遠くで演奏を楽しむような雰囲気です。
曲はアダージョ、アレグロ、メヌエットの3楽章構成。もちろんハイドンらしい機知に満ちていて、特にメヌエットの面白さは出色。

Hob.XI:87 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [a] (before 1772?, 69-71)
シュトルム・ウント・ドラング期の作曲らしく、この時期の曲に多く見られる仄暗さが沁みる曲。淡々と落ち着いた演奏からしっとりと情感が満ちてきます。アダージョ、アレグロ・ディ・モルト、メヌエットの3楽章構成。一貫して表現を抑え気味に進めますが単調な印象は皆無。かえって曲自体の美しさがくっきりと浮かび上がります。微視的ではなく大きな起伏を穏やかに表現することで、曲の魅力が際立ちます。曲自体は激しい印象がある2楽章は禁欲的に感じるほど冷静に進めていきます。この楽章もこの控えめな表現によって曲に深みが加わります。そして終楽章のメヌエットは落ち着いたリズムの魅力に気付かされます。聴かせどころをリズムに絞った解釈。バリトンという楽器の音色も踏まえた曲の構成の巧みさに驚きます。

Hob.XI:32 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [G] (1776-77)
この演奏の他にはBrilliantの全集しか録音がない珍しい曲。入りのメロディーもユニークでちょっと深みに欠ける印象もなくはありませんが、聴き進めるうちにハイドンの見事な展開に惹きつけられていきます。モデラート、メヌエット、プレストという構成。この曲ではメヌエットが弾みます。コミカルな印象のある1楽章に呼応してのことでしょう。節度ある躍動感が実に心地よい音楽。そしてフィナーレも小気味よい疾走感。曲によってしっかりとスタイルを変えてくる器ももっていました。アルバムの真ん中にこういった曲を挟むことで演奏の幅も広がって聴こえますね。

Hob.XI:66 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [A] (1767-68)
こちらは比較的録音の多い曲。ピチカートでの入りがまさにバリトンの音色の面白さを特徴的に表す曲。アダージョ、アレグロ・ディ・モルト、メヌエットという構成。以前バレストラッチ盤で印象に残っている曲ですが、静寂感と深みでこちらの演奏に分があるでしょうか。ここまでで最もバリトンという楽器の不可思議な響きの面白さを感じられる曲。チェロと似てはいるものの独特の饐えたような音色と、開放弦の存在がざわめきのような響きを伴います。そして音色ばかりではなく、めくるめくように変化していく曲想の面白さ。2楽章はリズミカルに進みますが、驚くのは3楽章の入りのなんとユニークなことか。あまりの発想の斬新さにハイドンの天才を感じます。

Hob.XI:97 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (before 1778, 66?)
最後はバリトントリオの中でも最も有名な曲。手元にはこの演奏を含めて12種もの演奏があります。アダージョ、アレグロ・ディ・モルト、メヌエット、ポロネーズ、アダージョ、アレグレット、フィナーレ(フーガ)という7楽章構成。バリトントリオの魅力がすべて詰まった曲といっていいでしょう。フィンランド人のトリオの演奏はこれまでの曲同様、自然さと静寂感、時に躍動感を織り交ぜた見事なもの。1楽章の構成感、2楽章の穏やかな躍動、3楽章のメヌエットのシンプルな美しさ、4楽章の穏やかなキレ味、いきなり深みをかいまみせる5楽章、明るさを取り戻す6楽章、そしてユニークなメロディーをさらにユニークに展開していく終楽章のフーガと聴きどころ満載。このトリオの実力を遺憾無く発揮した素晴らしい演奏です。

フィンランドの奏者によるバリトントリオの演奏ですが、これはバリトントリオの演奏の中でも注目すべき演奏です。今回このアルバムを取り上げるにあたっていろいろ手元の演奏を聴き比べてみましたが、バリトンという楽器の響きを精緻に録られた録音の良さもあって、バリトントリオという曲の魅力が非常によくわかるプロダクションに仕上がっています。そもそもハイドンの曲がもつ中欧的な雰囲気を、北欧的な澄み切った雰囲気に仕立てあげることで、曲自体の純粋な魅力が浮かび上がった感じ。日本人の演奏するハイドンにも、良い意味でも悪い意味でも日本的な印象があるのと同様、この演奏にもフィンランドという辺境の国の澄み切った感性が宿っている感じがします。この演奏、多くの人に聴いていただく価値のある名盤と断じます。評価は全曲[+++++]とします。

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tag : バリトン三重奏曲 古楽器 SACD

エステルハージ・バリトン・トリオのバリトン三重奏曲集(ハイドン)

LPが続いてスミマセン。ただ、あまりに素晴らしい演奏なのでこのアルバムは取り上げざるを得ません。

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エステルハージ・バリトン三重奏団(Esterházy Baryton Trio)による、ハイドンのバリトン三重奏曲11曲(Hob.XI:85、XI:37、XI:121、XI:71、XI:117、XI:113、XI:97、XI:109、XI:70、XI:96、XI:48)を収めたLP2枚組。収録情報は記されておらずPマークが1977年との記載のみ。レーベルは独EMIのELECTROLA。

このアルバムもディスクユニオンの売り場で発見したもの。バリトントリオのアルバムは見かければ無条件に手に入れていますが、このアルバムの存在は知りませんでした。幸いLPのコンディションも非常に良く、針を落とすといきなりバリトントリオ独特の典雅な世界に引き込まれます。非常に落ち着いた演奏から漂う、バリトンの摩訶不思議な音色に興じます。

収録曲を所有盤リストに登録する段階で気づきましたが、ヴィオラの奏者のみ異なる同名のトリオによるEMIのCDを既に所有しており、そのCDはこのLPの続編として1980年にLPでリリースされたものとわかりました。このアルバムの奏者は次の通り。

バリトン:リッキー・ジェラルディ(Riki Gerardy)
ヴィオラ:チャバ・エルデーイ(Csaba Erdélyi)
チェロ:ジョナサン・ウィリアムス(Jonathan Williams)

リッキー・ジェラルディはチェリストで、ヨーロッパでは名の知れた人。バリトンは独学で習得し、チェロでの無伴奏の演奏同様、バリトンにおいても無伴奏のリサイタルを開くなどバリトンでの演奏技術についても意欲的に取り組んできた人とのこと。チャバ・エルデーイはブダペスト生まれで、メニューヒンに師事しイギリスを代表するヴィオラ奏者。ジョナサン・ウィリアムスはピエール・フルニエに師事し、イギリス室内管の世界ツアーなどにも帯同する他、BBCなどの放送でも活躍している人。それぞれ腕は確かな人のようです。

ちなみに手元にあったEMIのCDの方を聴いてみると、LPとは異なり、典雅なというよりかなりキビキビとした演奏で、奏者だけでなく演奏の雰囲気も少し異なります。また収録曲も今日取り上げるLPの方に有名曲が集中しているため、やはりこちらのLPの方が聴きごたえがあります。ということで、今日は11曲の収録曲の中から録音の多い有名な2曲のみ取り上げます。

Hob.XI:97 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (before 1778, 66?)
バリトントリオを代表する曲。3楽章構成の多い中、この曲だけがアダージョ、アレグロ・ディ・モルト、メヌエット、ポロネーズ、アダージョ、メヌエット、フィナーレの7楽章構成。厳かな入りから実に落ち着き払った演奏。いきなりチェロとヴィオラとバリトンのえも言われぬ不可思議な響きの世界に入ります。時折りポロリと鳴るバリトンの開放弦を爪弾く音がバリトンの存在感を主張しますが、低音楽器3本による音楽はもちろんゆったりとした雰囲気を醸し出します。この落ち着いた雰囲気がバリトントリオの真髄。メロディーは比較的単純で、ニコラウス・エステルハージ候と演奏するためにハイドンが大量にバリトントリオを書いた微笑ましい背景を考えると、テクニックを要さず不思議な響きのアンサンブルと楽しむという目的での完成度は非常に高いものと改めて唸ります。演奏はそうした背景も踏まえた、ストレートにアンサンブルを楽しむ感じがよく出たもの。
2楽章は、少し技巧が上がり、代わる代わる音階の面白さでアンサンブルを組み立てます。バリトンのちょっと潤いに欠けるざらついた音色と素朴なアンンサンブルが地味に曲を盛り上げます。これは演奏したら楽しいでしょうね。めくるめく音階の繰り返し。
続くメヌエットは、クァルテットのメヌエット同様、ハイドンの創意の素晴らしさが光りますが、楽器のバランスがクァルテットとは異なることで、曲の雰囲気も変わります。舞曲らしいリズムを楽しんでいるうちに、突然バリトンの開放弦の不可思議な響きが加わりハッとさせられます。これまでに聴いた録音の中でも最もバリトンが雄弁な演奏ですね。
続くポロネーズはかなり大胆にリズムを刻みます。ユニゾンでグイグイメロディーを引っ張りますが、この辺りのハイドンのアンサンブル構成も見事。
そして、ぐっと暗く沈むアダージョ。いつもながらこのハイドン独特の展開の面白さは絶品。このような曲であっても、音楽の展開の切れ味は手抜きなし。曲が進むにつれ、聴いている方も唸りっぱなし。特にこのエステルハージ・バリトン三重奏団の演奏も、曲を鮮やかに展開させるので、曲の面白さが思い切り引き立ちます。
短いメヌエットを挟んでフーガによるフィナーレに入りますが、ザクザクとダイレクトに響く各パートの織りなすアンサンブルの面白いことと言ったらありません。これは名演ですね。

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Hob.XI:109 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [C] (before 1778, 72-78)
こちらはアダージョ、アレグロ、メヌエットの3楽章構成。郷愁を帯びた中世のころのようなメロディーを静かに奏でる入り。一つ一つのフレーズを実に丁寧に演奏していくことで、ハイドンの書いたメロディーがしっとりと響きます。1楽章のしっとり感を拭うように、2楽章はリズムの角を立てて各楽器がせめぎ合いながら音を重ねていきます。似た音域ながら、楽器それぞれの響きの違いがあり、その違いを生かして曲が書かれているのがわかり、流石のハイドン、玄人好みとはこのこと。それぞれの楽器の高音域の響きの違いにスポットライトが当たります。
そして、曲の最後に置かれたメヌエットは、曲間にある時に増して存在感が際立ちます。アンサンブルが単純なだけにリズムのキレの効果はてき面。弾む曲想に、独特の雰囲気の中間部、再びの弾むメヌエットで曲を閉じますが、見事に締まった感じがするのが流石です。こりゃ面白い。

エステルハージ・バリトン三重奏団による、ハイドンのバリトントリオ11曲を収めたLPですが、直接音重視の時代にしては超鮮明な録音によって3台の楽器が目の前で鳴り響く絶好の定位感。これまでに聴いたバリトントリオの録音の中でもバリトンという楽器が鮮明に響く演奏であり、しかも落ち着き払った堅実な演奏によって、曲自体の面白さも際立つ名演奏と言っていいでしょう。針を落として聴き始めるとグイグイと引き込まれる演奏です。不思議と同じアンサンブルによる別の曲のCDとは聴かせどころが異なり、こちらの方が数段面白いですね。評価は今日取り上げなかった曲も含めて全曲[+++++]としました。CD化に耐えるマーケットはないでしょうから、せめてデジタル音源などで残してほしいものです。そういう意味でこれは貴重なLPですね。

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tag : バリトン三重奏曲 古楽器 LP

バセットホルン三重奏によるバリトントリオ(ハイドン)

いやいや、珍しいアルバムを見つけました!

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ル・トリオ・ディ・バセット(Le Trio di Bassetto)による、ハイドンのバリトン三重奏曲6曲(Hob.XI:96、XI:97、XI:123のアダージョのみ、XI:65、XI:87、XI:69)を収めたアルバム。収録は2010年3月17日から19日にかけて、フランス東部のストラスブール近郊の街、サルブール(Sarrebourg)の聖ウルリッヒ修道院の講堂(auditorium du couvent de saint ulrich)でのセッション録音。レーベルはharmonia mundi傘下のK617。

このアルバム、amazonでハイドンのピアノ三重奏曲の未入手のアルバムを物色中に発見したもの。なぜかTOWER RECORDSなどでは見かけないアルバムです。

ご存知のとおり、ハイドンは仕えていたニコラウス・エステルハージ候が好んだバリトンと言う不思議な楽器のためにかなりの数の作品を残しており、バリトン・トリオを126曲、バリトン八重奏曲を7曲、バリトン五重奏曲を1曲残しています。バリトンのための曲は何度か取り上げてレビューしています。

2014/07/09 : ハイドン–室内楽曲 : ウィーン・ベルヴェデーレ三重奏団のディヴェルティメント集(ハイドン)
2014/03/23 : ハイドン–室内楽曲 : ダヴィド・ゲリンガス/エミール・クラインのバリトン二重奏曲集(ハイドン)
2013/11/14 : ハイドン–室内楽曲 : ゲリンガス・バリトン・トリオのバリトン三重奏曲集(ハイドン)
2013/06/29 : ハイドン–室内楽曲 : エステルハージ・アンサンブルのバリトン五重奏曲
2013/05/03 : ハイドン–室内楽曲 : イジー・ホシェク、ドミニカ・ホシュコヴァーによるバリトン二重奏曲集
2011/06/30 : ハイドン–室内楽曲 : 【新着】バレストラッチのバリトン三重奏曲集
2010/12/21 : ハイドン–室内楽曲 : 【年末企画】アンサンブル・リンコントロのバリトン・トリオ

なかでもバリトンという不思議な音色を奏でる楽器のために書かれたトリオを、この不思議な音色の特色を取り除いて曲自体の面白さを浮き彫りにしたのがリンコントロの演奏ですが、今日取り上げるアルバムは、同様の趣旨でしょうか、全てのパートをバセット・ホルンというクラリネットのような楽器で演奏したもの。し、し、しかも演奏にはグラス・ハープ、一般にはグラス・ハーモニカと言われている楽器で演奏しているという、超マニアックな趣向のアルバム。

グラス・ハーモニカといえばモーツァルトが晩年に書いたk.356(617a)グラスハーモニカのためのアダージョが有名ですが、我々想像するグラスハーモニカはテーブルの上に水を入れたワイングラスを並べたもの。ところが、これは正式にはグラスハープと呼ぶそうで、グラスハーモニカとは異なるもの。詳しくはWikipediaをごらんください。

アルモニカ - Wikipedia

今日取り上げるアルバムのレーベル名はK617で、これも曰くありげですね(笑)

さて、奏者のル・トリオ・ディ・バセットはバセットホルン奏者のトリオであるのみならず、全員グラスハープも演奏しているようです。アルバムの中にテーブルに水の入ったワイングラスを並べ、3人がこすっている写真が収められています!

バセットホルン、グラス・ハープ:ジャン=クロード・ヴェイヤン(Jean-Claude Veilhan)
バセットホルン、グラス・ハープ:エリク・ロロ(Éric Lorho)
バセットホルン、グラス・ハープ:ジャン=ルイ・ゴシュ(Jean-Louis Gauch)

バリトンの不可思議な響きをバセットホルンとグラスハープで演奏するという奇妙奇天烈な企画、これが存外に素晴らしい響きを聴かせるんですね。

Hob.XI:96 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [b] (before 1772?, 69-71)
1曲目は有名曲。3楽章構成。冒頭のメロディーは聴き覚えがあります。ちなみに上のバレストラッチ盤を取り出して比較してみましたが、バリトンのカサカサとした音色に弦楽器の織り成す独特の風情に対し、バセットホルン3本による響きは全く異なるものの、まろやかなのに陰のある不可思議な音色はバリトンに引けをとるものではありません。むしろ不可思議度はバリトンの上を行く感じ。これがクラリネットだったら、もっと洗練されているのでしょうが、いい具合に饐えた印象も加わり、味わい深い響きを聴かせます。ハイドンがバリトンのために書いた和音も実に不思議な音の組み合わせが多く、曲が進むにつれて、様々に表情を変えていく様はよく耳を澄ますとまるでラビリンスをさまよっていくよう。穏やかに曲が進みますが、音量はかなりの幅で変化していきます。最初のラルゴからアレグロに変わり、リズミカルにバセットホルンがメロディを刻みます。終楽章はメヌエットですが、いつものようにハイドンの想像力に驚きます。作曲したのはまさにシュトルム・ウント・ドラング期ということで、メロディーの端々に仄暗い気配が漂います。挨拶がわりの1曲目。

Hob.XI:97 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (before 1778, 66?)
つづく曲もバリトン三重奏曲で、こちらも7楽章構成で、録音も多い曲なので聴いたことがある人も多いのではないかと思います。前曲同様バセットホルンの不可思議な響きで再現されますが、前曲とちょっと異なるのが、1楽章からバリトン独特の、開放弦を響かせるところで、コップを叩くようなガラスの音色を加えているところ。これはグラスハープのグラスを叩いているに違いありません。実に奇抜な展開と驚きます。このバセットホルンとグラスハープによる響きがえも言われぬ心地を演出します。
1楽章のアイデアに驚くと、続く2楽章はバセットホルンの実に鮮やかなアンサンブルにハッとさせられます。木管楽器の音色の美しさを極めた演奏。
3楽章は1つ目のメヌエット。ここでもグラスハープを叩く音がそっと添えられバリトンを彷彿とさせます。あまりに巧みなバセットホルンの妙技と、グラス・ハープの織り成す音楽に興味津々。
アイデアはこれだけではありませんでした。つづく4楽章のポロナーゼでは足を踏み鳴らすような音も加わり、ほぼやりたい放題(笑) 音楽は音を楽しむと書くとおり、じつに楽しげな演奏です。
そして、またまた驚かされるのが続く短いアダージョ。ここでこれほど沈んでくるとは思いませんでした。完全に奏者の術中にはまっています。
そして6楽章目はこの曲2つ目のメヌエット。メヌエットが2つあってもアイデアとメロディーが尽きることはありません。そして最後のフィナーレはフーガでまとめてきました。驚かされるばかりの巧みな構成。メロディー、音色、アイデア、構成、演奏の全てが斬新。参りました。

Hob.XI:123 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [G] (before 1778, 72-78)
3曲目はバリトントリオからアダージョのみ抜き出し、こんどは本当にグラスハープのみの演奏。モーツァルトのグラスハーモニカのためのアダージョを彷彿とさせる、繊細なグラスハープの演奏。暑い夏ですが、まるで風鈴で涼を楽しむごとき風流さ。原曲はBrilliantのエステルハージ・アンサンブルの演奏にのみ含まれている希少な曲ゆえ、原曲の印象はあまりなく、純粋にグラスハープの心地よい響きを楽しめます。曲の美しさはモーツァルトに劣るものではありません。モーツァルトの曲は亡くなる年、1791年の作曲で、ハイドンのこの曲は1770年代の作曲ということで、モーツァルトが最晩年に到達した境地にすでにはやくから到達していたのだとでも言いたげな演奏です。

Hob.XI:65 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [G] (1767-68)
再びバセットホルン3本による快活な演奏に戻ります。アレグロ、メヌエット、フィナーレの3楽章構成。快活な導入に、独特なメロディーの面白さで聴かせるメヌエット、爽やかに展開するフィナーレとまさにディヴェルティメントの軽妙な楽しみが詰まったような曲。バリトンの演奏を愛したニコラウス侯の笑顔が目に浮かぶようです。

Hob.XI:87 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [a] (before 1772?, 69-71)
一転してリリカルなメロディーが印象的な曲をもってきました。アダージョ、アレグロ・ディ・モルト、メヌエットという3楽章構成の曲。バセットホルンの音色がさらにイキイキと響き、曲の深い陰影を引き立てます。選曲のセンスも抜群。各パートの重なり合う響きの実に美しいこと。また、メロディーに紛れて微かにバセットホルンのメカニカルキーがパタパタいう音も聴こえて、それがリアリティを増しています。リリカルさを保ちながら、楽章がかわり、テンポが上がり、こちらが予想だにしないメロディーが展開します。いつもながらハイドンの豊富なアイデアに痺れます。そしてフィナーレは落ち着いて畳みにきます。

Hob.XI:69 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (1767-68)
アダージョ・アヴェック・ヴァリエーション、メヌエット、フィナーレという3楽章構成。まるでバセットホルンのために書かれた曲のように自然に響きます。ゆったりとした行進曲のような入り。表情を緩めたり、リズムを強調したり、穏やかさに包まれながらの妙技に惚れ惚れ。バセットホルンがこれほど豊かな表情を表現できるとは知りませんでした。最後の曲で忘れかけていたところにグラスハープが顔を出してコミカルな表情を加えます。バセットホルンも強弱硬軟織り交ぜてあらん限りのテクニックを駆使します。
メヌエットはいつもながらのハイドンのアイデア博覧会のごとき様相。そしてフィナーレはあっけらかんと明るい表情でこのアルバムの締めにふさわしい晴朗な表情で締めます。

これは、驚きのアルバムです。以前バリトントリオの曲をバリトンなしで演奏した、リンコントロのアルバムやウィーン・ベルヴェデーレ三重奏団のアルバムがあり、バリトントリオの独特の音色を取り去って、曲の美しさに焦点を当てたアルバムとして、素晴らしい成果を挙げていましたが、今日取り上げたル・トリオ・ディ・バセットの演奏は、バリトントリオのバリトンの不可思議な響きのイメージを、全く異なるバセットホルンとグラスハープを用いて再構成し、原曲より素晴らしいと思わせる恐ろしい説得力と完成度でまとめてきました。私自身ちょっと衝撃を受けたアルバムです。これは、当ブログ読者の中でも室内楽に造詣の深い諸兄には是非聴いていただかなくてはなりませんね。なぜかamazon以外では見かけませんが、手に入るうちに、この不可思議ながら実に趣深い音楽にふれていただきたいものです。評価はもちろん[+++++]といたします。

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tag : バリトン三重奏曲 古楽器

クイケン三兄弟によるフルート三重奏曲集(ハイドン)

今日はアルバムの整理をしていて、実に久しぶりに聴き直したアルバム。

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ROWER RECORDS / amazon

バルトルト・クイケン(Barthold Kuijken)のフラウトトラヴェルソ、ジギスヴァルト・クイケン(Sigiswald Kuijken)のヴァイオリン、ヴィーラント・クイケン(Wieland Kuijken)のチェロによるフルート三重奏曲6曲を収めたアルバム。これはハイドンのバリトン三重奏曲6曲(Hob.XI:109、XI:118、XI:100、XI:109、XI:82、XI:110)を1803/4年、ジムロック社がフルート三重奏曲に編曲し出版したもの。収録は1986年3月、ベルギー東部、リンブルフ(Linburg)地方のアルデン・ビーセン騎士団城(Slotkapel of Alden Biesen)でのセッション録音。レーベルはベルギーのACCENT。

このアルバム、手に入れたのはかなり前でおそらく1990年代。ベルギーのACCENTレーベルは学生時代に通った代々木のジュピターレコードの店主のおじさんが当時あまり知られていなかった頃から細々と輸入して日本に紹介していたレーベル。今日取り上げるアルバムはもちろんCDですが、ジャケットは昔のACCENTレーベルのLPそのままのセンスの良さを感じるもの。アルバムから立ちのぼる高貴な雰囲気がたまりません。

ハイドンのフルート三重奏曲といえば、有名なロンドントリオやピアノ三重奏曲の編曲がポピュラーなところですが、このアルバムに収められているのは、バリトン三重奏曲をもとにフルートに編曲したもの。フルート版に編曲されたピアノ三重奏曲やロンドントリオは1790年代とハイドンの晩年の作品ですが、このアルバムに収められたバリトン三重奏曲はおそらく1770年代の作曲。構成も緊密で曲想もくっきり明快な前者に対して、ハイドンが仕えたニコラウス侯が愛好し、ニコラウス侯が演奏するために書かれたバリトントリオは、技巧を凝らさず、ゆったりと穏やかな曲想で、摩訶不思議なバリトンの響きの特徴を活かすべく書かれた幽玄というか不思議な魅力をもっています。それゆえこのフルート三重奏に編曲された版も独特の雰囲気満点。自然な表現ながら精緻な技巧をもつ名手クイケン三兄弟の手にかかって、この摩訶不思議な曲の魅力が一層際立つ素晴らしい演奏です。

Hob.XI:109 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [C] (before 1778, 72-78)
アダージョ-アレグロ-メヌエットという構成。原曲はハ長調ですがニ長調に編曲されています。アダージョの入りということで冒頭からとろけるような不思議な雰囲気に包まれます。厳かに繰り広げられるゆったりとしたアンサンブル。バルトルトの柔らかなフラウト・トラヴェルソの音色が実に心地よく響きます。冒頭から癒しに包まれます。続くアレグロでは自然な軽やかさ。適度な残響に包まれ、フラウト・トラヴェルソという楽器が空間に浮かぶような響き。曲想とマッチした自然な録音はACCENTならでは。フラウト・トラヴェルソの速い音階はトランス状態に誘うよう。最後のメヌエットは明晰にきっちりとリズムを刻んで入るものの、中間部の翳りがこの小曲に深みを与え、最後に再び快活に。バリトンの不思議な音色に関心を奪われることなく、フルートの流麗な音色でこの曲の構成の面白さが浮かび上がります。

Hob.XI:118 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (before 1778, 72-78)
アレグロ-メヌエット-プレストという構成。ト長調。演奏は実に安定しており、微塵もほころびを見せません。以降の曲は特徴を簡単に。ハイドンの曲は1曲1曲構成が独創的で同じ型紙から作ったような印象が皆無であるところが素晴らしいところ。この曲ではコミカルなメロディーとリズムが支配的。中でもフラウト・トラヴェルソの高音の伸びの見事さ、そして強弱の対比の見事さに改めて驚きます。静謐な空間に繰り広げられる愉悦感に満ちた音楽。

Hob.XI:100 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [F] (before 1778, 72-78)
モデラート-メヌエット-プレスト。ト長調。しっとりとした入り。途中でさざめくように音量を落とす部分でハッとさせれられる一方、フラウト・トラヴェルソの強音を効果的に使います。もともとフルートで書かれた曲ではないかと錯覚するほど、フルートが馴染んでいます。7分超の1楽章は聴きごたえ十分。そして軽いメヌエットにコミカルな終楽章がさらっとついたなんとも言えないバランスが心地良い。

Hob.XI:82 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [C] (before 1772?, 69-71)
アダージョ-アレグロ-メヌエット。ニ長調。1曲目同様アダージョからの入り。こうしていろいろ聴くと、アダージョからの入りも悪くありません。すでにクイケン三兄弟の繰り出す癒しの音楽に浸りきっているため、このなんとも言えないゆったりとした流れが実に心地よいです。よく聴くとこの曲ではチェロがシンプルながら印象的なメロディーでアンサンブルを支えています。続く2、3楽章でもチェロの演奏に耳を傾けると、実に見事な弓裁き。最後のメヌエットの中間部の沈み方が実に印象的。

Hob.XI:103 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [A] (before 1778, 72-78)
モデラート-メヌエット-スケルツォ。ハ長調。晴朗な入り。フラウト・トラヴェルソが浮遊するような独特の雰囲気がたまりません。この抑えた表情から浮かび上がる詩情。この浮遊感は2、3楽章にも引き継がれます。

Hob.XI:110 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [C] (before 1778, 72-78)
モデラート-メヌエット-プレスト。ニ長調。このアルバムで最も構成感を感じる入り。インテンポでリズムを刻みながら曲が展開し、各楽器の掛け合いによる緊密なアンサンブル。編曲者がこの曲をフルート三重奏曲に編曲した際に最後にもってきた意図がなんとなくわかります。全6曲の終結を飾るのにふさわしい曲ということでしょう。メヌエットもそれを受けて端正に展開、フィナーレも明るく快活に終わります。

クイケン三兄弟によるハイドンのバリトントリオを編曲したフルート三重奏曲集。いやいやこれは名盤ですね。以前バリトントリオをバリトンなしで演奏したリンコリントロ盤も素晴らしいものででしたが、こちらはさらに素晴らしいです。まさにACCENTの雅なジャケットどおりのセンスの良いもの。バリトントリオの不思議な雰囲気を感じさせながらも室内楽を聴く喜びに満ちた音楽が次々と栗だされ、聞いているうちに癒しに包まれます。不思議な曲調というだけでなく、この曲集に込められた機知や変化もさりげなく聴かせ、なにより3人揃って素晴らしい演奏ぶり。マイナーな存在ではありますが、ハイドンの音楽が好きな方なら、このめくるめく音楽の素晴らしさは、きっとわかっていただけるでしょう。評価は全曲[+++++]とします。

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tag : バリトン三重奏曲 フルート三重奏曲 古楽器

ウィーン・ベルヴェデーレ三重奏団のディヴェルティメント集(ハイドン)

ちょっと間があいてしまいました。今日は珍しいアルバム。

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ウィーン・ベルヴェデーレ三重奏団(Belvedere Trio Wien)の演奏によるハイドンのバリトン三重奏曲8曲を収めたアルバム。収録曲は下記をご参照ください。収録は2005年2月13日から15日にかけて、ブダペストのフンガロトンスタジオでのセッション録音。レーベルはもちろんHUNGAROTON CLASSIC。

このアルバム、バリトン三重奏のバリトン、ヴィオラ、チェロの組み合わせでの演奏ではなく、バリトンの代わりにヴァイオリンが入った、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロという構成での録音。この組み合わせでの演奏で思い出すのがアンサンブル・リンコントロのアルバム。

2010/12/21 : ハイドン–室内楽曲 : 【年末企画】アンサンブル・リンコントロのバリトン・トリオ

バリトン三重奏曲の演奏は、もちろんバリトンという珍しい楽器の神秘的な響きに耳がいくわけですが、リンコントロ盤では、そうした音色の面白さという点ではなく、弦楽四重奏曲同様メロディー構成の面白さに惹き付けられる演奏でした。バリトントリオをあえてバリトンをはずして演奏するというところに、演奏者の意図があるような気がします。

今日取り上げるウィーン・ベルヴェデーレ三重奏団による演奏もおそらく似た狙いを持っているように聴こえます。

ウィーン・ベルヴェデーレ三重奏団は1990年、ハンガリーのブダペストの北東の街ゲデレー(Gödöllõ)の宮殿で行われた室内楽音楽祭で出会った若手奏者3名によって設立されたトリオ。メンバーは下記のとおりです。

ヴァイオリン:ヴィルモシュ・サバディ(Vilmos Szabadi)
ヴィオラ:エルマー・ランダラー(Elmar Landerer)
チェロ:ロベルト・ナジ(Róbert Nagy)

なんと調べてみたらヴィオラのエルマー・ランダラーとチェロのロベルト・ナジは今はウィーンフィルのメンバーですね。ヴァイオリンのヴィルモシュ・サバディはフランツ・リスト音楽院の出身で今はハンガリーを代表するヴァイオリニストということで腕利き揃いのメンバーでのハイドンの演奏ということになります。

演奏は現代楽器の非常に晴朗な音色の堂々とした三重奏。教科書的というと型通りな印象もはらみますが、いい意味で見本になるような実に明解な響き。陽光に照らされたギリシャ彫刻のような圧倒的な存在感とフォルム。バリトンの三重奏曲の作曲年代は1765年から75年くらいにかけてと、シュトルム・ウント・ドラング期にあたりますが、作曲の契機がバリトンを好んだニコラウス・エステルハージ侯が演奏するためということで、わかりやすく明解な曲調になっているため、このウィーン・ベルヴェデーレ三重奏団の演奏は、これらの曲の本質を突くスタイルということでもあります。

曲ごとの特徴などを簡単にさらいながら紹介していきましょう。

Hob.XI:53 / Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [G] (1767)
モデラート、メヌエット、フィナーレという3楽章構成の小曲。3人の音色、テンポがそろい、非常にシンプルな小曲をキリッと引き締めての演奏。テンポのキレで聴かせ、チェロのピチカートが弾みます。楽章間のテンポのメリハリはそこそこですが、音楽の表情が活き活きとして飽きさせません。小曲なのにフィナーレがフーガ風でなかなか本格的な構成。

Hob.XI:81 / Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (before 1772?, 69-71)
かわってアダージョ、アレグロ・ディ・モルト、メヌエットという構成。短調のメロディーがぐっと迫ってきます。サバディのヴァイオリンは存在感抜群。切々と訴えかけてきます。眼前にリアルに定位する3台の楽器。リアルな録音によってこの演奏の魅力が引き立ちます。続く2つの楽章も素晴しいテンション。グイグイ来ます。

Hob.XI:96 / Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [b] (before 1772?, 69-71)
ラルゴ、アレグロ、メヌエットという構成。バリトントリオのなかでは比較的取りあげられる曲。バリトンの演奏では摩訶不思議な響きが充満する不思議な曲ですが、ヴァイオリンに変わった演奏ではやはりこの曲のメロディーラインに集中できます。弦楽四重奏曲と同様、このころのハイドンの構成の面白さに惹き付けられます。ここまでの曲でも曲の構成が1曲1曲独特で、同じ楽器構成で3楽章構成なのにまったく曲想が異なるため、ハイドンの思考回路を想像しながら聴くと非常に刺激的です。最後のメヌエットの堂々とした風情と中間部の可憐さの対比に驚きます。

Hob.XI:101 / Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [C] (before 1778, 72-78)
アレグロ、メヌエット、フィナーレ(フーガ)という比較的馴れた構成。長調の典雅な音楽からの入り。爽快な展開に前曲までのテンションの高い音楽から雰囲気が一変。心なしか奏者も力が抜けてリラックスしているよう。メヌエットも軽快ですが、最後のフーガは非常に珍しいメロディー構成。現代音楽を予感させる音の展開にここでも驚きます。ハイドンとしても意欲的な表現だったのでしょうね。

Hob.XI:114 / Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (before 1778, 72-78)
モデラート、メヌエット、フーガ。進むにつれて曲の構成が本格的になっていきます。音を追いかけながら曲の展開を楽しみます。メヌエットはピチカートを積極的に使って弦楽四重奏にもないような意欲的な表現。弦楽四重奏曲よりも響きの純度が高く構成がわかりやすいですね。最後は畳み掛けるようなフーガで締めます。

Hob.XI:117 / Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [F] (before 1778, 72-78)
ふたたび変わった構成にもどります。アダージョ、アレグロ、メヌエットとなります。しっとりとしたアダージョからの入りで、曲の印象もずいぶん変わります。1楽章だけでもぐっと盛り上がり、緩急のコントロールの鮮やかさが印象的です。恐ろしく鮮やかなアレグロ、癒しに満ちたメヌエットと曲の構成の面白さに釘付けです。

Hob.XI:109 / Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [C] (before 1778, 72-78)
この曲もアダージョから始まり、アレグロ、メヌエットと続きます。XI:96とともに良く演奏される曲ゆえ、響きに親しみがあります。1楽章は和音の余韻の変化の面白さが聴き所。聴き慣れると2楽章が快活なのも悪くありませんね。そして同じメヌエットでも奏でられる曲想はかなり異なり、聴き進みながらハイドンの創意の多彩さに打たれます。

Hob.XI:113 / Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (before 1778, 72-78)
最後の曲。アダージョ、アレグロ・ディ・モルト・メヌエット。はっとするほどしなやかな入り。このアルバムの選曲、冴えています。静かに間を取った詩的なピチカート、そしてゆったりと音楽が沈み込み、深い渕を垣間見せます。華やかな2楽章を挟んで、最後のメヌエットの実にのびのびとした風情。ヴァイオリンの奏でるメロディーの透明感と謙虚な伴奏の対比、自在な展開部を挟んで最後は伸びやかに終わります。

ウィーン・ベルヴェデーレ三重奏団のバリトンなしのバリトン三重奏曲集。最初の入りは律儀というか深みに欠けるような印象もありましたが、それは曲を素直に演奏していたからでした。次々に曲が進むと、その構成の面白さ、ハイドンの創意に釘付けになります。奏者は流石ウィーンフィルメンバーということで、隙がなく、最後の曲まで一気に聴かせる素晴しいアルバムでした。入りを聴いて少し低めにつけようかと思いましたが、このアルバム、やはり全8曲の対比の面白さを買って全曲[+++++]とすることにしました。室内楽好きな方には絶好のアルバムです。

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ゲリンガス・バリトン・トリオのバリトン三重奏曲集(ハイドン)

先日チェロ協奏曲があまりに素晴しかったダヴィド・ゲリンガス。今日はそのゲリンガスがバリトンを担当したバリトン三重奏曲集を取りあげます。

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ゲリンガス・バリトン・トリオ(Geringas Baryton Trio)の演奏による、ハイドンのバリトン三重奏曲4曲(Hob.XI:5、XI:96、XI:97、XI:113)を収めたアルバム。収録は1990年4月、収録場所の表記はありません。レーベルは独cpo。

このゲリンガス・バリトン・トリオのメンバーは下記のとおり。

バリトン:ダヴィド・ゲリンガス(David Geringas)
チェロ:エミール・クライン(Emil Klein)
ヴィオラ:ウラディミール・メンデルスゾーン(Vladimir Mendelssohn)

ダヴィド・ゲリンガスがチェロを弾いたチェロ協奏曲について、またゲリンガスの略歴は下記の記事をご覧ください。

2013/09/14 : ハイドン–協奏曲 : ダヴィド・ゲリンガス/チェコフィルのチェロ協奏曲集

チェロのエミール・クラインについても、これまで2度指揮者としてのアルバムを取りあげています。略歴はディベルティメント集の記事の方をご覧ください。クラインはゲリンガスの教え子だったんですね。

2013/05/04 : ハイドン–管弦楽曲 : エミール・クライン/ハンブルク・ソロイスツの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」
2012/06/19 : ハイドン–弦楽四重奏曲 : エミール・クライン/ハンブルク・ソロイスツのディヴェルティメント集

ヴィオラのウラディミール・メンデルスゾーンはルーマニア、ブカレスト生まれのヴィオラ奏者。どうやら家族もヴィオラ奏者だったようで、ヴィオラと作曲を学び、数々の賞を受賞。その後ヨーロッパを中心に活動しているようです。

ニコラウス・エステルハージ候が得意としたバリトンという不思議な楽器のためにハイドンが大量に作曲したバリトン・トリオから4曲。面白い曲調の曲を選んでの録音。チェロの名手のゲリンガスとクラインがアンサンブルを組んでのバリトントリオ、如何なる響きを聴かせるでしょうか。

Hob.XI:5 / Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [A] (1765-66)
3楽章で6分少々の短い曲。モデラート-アダージョ-メヌエットと言う構成。かなりシンプルで穏やかな曲。奏者自身が演奏をのんびり楽しんでいるよう。録音は十分自然で鮮明。ちょっとデッド気味ですが、チェロとは微妙に異なるバリトンという楽器の不思議な音色がよくわかります。曲調のせいかちょっとおとなしい演奏に聴こえます。

Hob.XI:96 / Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [b] (before 1772?, 69-71)
前曲よりぐっと構成が豊かになり、聴き慣れた音形がたびたび現れる印象的な曲。ラルゴ-アレグロ-メヌエットと言う構成。バリトン・トリオの中でも良く演奏される曲でしょう。バリトン、チェロ、ヴィオラと近い音域の楽器3台によるアンサンブルですが、楽器の音域、音の重なりをよく考えて書くものだと感心しきり。じっくりとメロディーラインを描いて行き、えも言われぬ雰囲気を醸し出して行きます。3人のアンサンブルは適度に粒立ちが良く、流れも悪くありません。静かな音楽から独特の感興が立ちのぼり、トランス状態のような気分になるのがバリトントリオの不思議なところ。3人それぞれが自然なフレージングのなかにじっくりとした音楽を奏でる力があればこそのこの自然なアンサンブルでしょう。踏み込んできました。

Hob.XI:97 / Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (before 1778, 66?)
バリトントリオで唯一7楽章構成の曲。1766年12月のニコラウス侯の誕生日のために作曲された曲。おそらくバリトントリオで最も有名な曲でしょう。手元にはこのアルバムを含めて8種の演奏があり、バリトントリオとしてはもっとも多い数。他の演奏と直接くらべているわけではありませんが、ゲリンガス・バリトン・トリオの演奏は穏やかで落ち着いたもの。リラックスしきった奏者の醸し出す至福のひととき。ときおり奏でられる共鳴弦の繊細な響きが不可思議な雰囲気を漂わせます。1曲目に比べると曲の構成も凝ったものに変わり、演奏も難しそう。畳み掛けるようにしのぎ合う3人のアンサンブル。曲にあわせて演奏もだいぶダイナミックになってきます。曲想やテンポの変化も大きく、異なる楽器で同一音を奏でたり、さまざまな効果がそこここに仕込まれており、聴くのに飽きません。

Hob.XI:113 / Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (before 1778, 72-78)
最後の曲は厳かな雰囲気すらあります。それぞれの楽器の音色の美しさを存分にあらわしたもの。呼吸が深くなり、演奏の読みも深くなります。バリトンの共鳴弦と弦楽器のピチカートの響きが重なる余韻がたまりません。表現の幅がぐっと広がり、かなり踏み込んだもの。バリトンの共鳴弦の響きの面白さをかなり活かした演奏。これぞバリトンということでしょう。

このアルバム、1曲目の演奏がおとなしいので、アルバムの印象では誤解されやすいのですが、曲が進むにつれて、どんどん表現が深くなり、演奏も乗ってきますので、聴き進まないと本領がわかりません。今回あらためて聴き直してみて、ようやくこの演奏の面白さに気づいた次第。やはりゲリンガスの手腕は見事でした。評価は1曲目が[+++]、それ以外は[+++++]とします。

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【新着】バレストラッチのバリトン三重奏曲集

今日はハイドンの真髄、バリトン三重奏曲の最近手に入れたアルバム。

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グイード・バレストラッチ(Guido Balestracci)のバリトン、アレッサンドロ・タンピエーリ(Alessandro Tampieri)のヴィオラ、ブリュノ・コクセ(Bruno Cocset)のチェロによるハイドンのバリトン三重奏曲7曲(Hob.XI:66、XI:13、XI:96、XI:70、XI:59、XI:42、XI:101)を収めたアルバム。収録は2010年10月、南フランスのシランのサンテーユ聖母教会でのセッション録音。最新の録音です。レーベルはマーキュリーが輸入するRICERCAR。

ハイドンが仕えたエステルハージ家のニコラウス候が愛好したバリトンと不思議な楽器のために書かれた100曲以上の三重奏曲。この世では不可能かと思われた全曲録音も、廉価盤の雄、Brilliant Classicsで成し遂げられてしまいました。バリトンという楽器の不思議な響きは今になっても魅力は尽きません。

演奏者を紹介しておきましょう。

バリトンを弾くグイード・バレストラッチは1971年イタリアのトリノ出身のヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。ヴィオラのアレッサンドロ・タンピエーリもイタリア出身。そしてチェロはフランスのブリュノ・コクセ。3人あわせてバリトントリオの演奏の練習を相当したと思わせるアルバム構成。充実の響きですね。

バリトン三重奏曲 ディヴェルティメントイ長調(Hob.XI:66)1767-68年作曲
最初の曲から何という繊細かつ豊かな響き。鮮明に録られたバリトンの共鳴弦の不思議な音色。木質系の非常に美しい響き。残響は大目ではないんですが、わりと近くに定位するバリトンとヴィオラ、チェロ。中低音域楽器の厚めの音色の中にバリトンの弦の固い音がクッキリと浮かび上がり、暖かいメロディーと不思議な響きのアクセントの織りなすトランス状態のような不思議な音響。1楽章がアダージョ、2楽章がアレグロ・ディ・モルト、3楽章がメヌエット。これは素晴らしい演奏。いままで聴いた中で一番の充実感。

バリトン三重奏曲 ディヴェルティメントニ長調(Hob.XI:13)1765-66年作曲
途中にギターのアルペジオのような部分が入る、バリトントリオの典型的な曲。しっかりとった休符がとても効果的。バリトンを愛好し、ハイドンの最高の理解者だったエステルハージ家のニコラウス候との演奏風景を想像してしまいますね。2楽章のアレグロ・ディ・モルトは凄いエネルギーで疾風のよう。そして3楽章のメヌエットは曲想はシンプルながらバリトン大活躍。

バリトン三重奏曲 ディヴェルティメントロ短調(Hob.XI:96)1769-71年作曲
バリトンとヴィオラ、チェロによって奏でられる短調の影のある響き。年代をみるとシュトルム・ウント・ドラング期の絶頂期の作品。納得の充実感。1楽章のラルゴにつづいて2楽章はアレグロ。ヴィオラとバリトンがそろってメロディーラインを奏でていきますが、バリトンの音色が変化を持ち込み、非常に興味深い音響に。チェロの図太い低音が随所でアクセントになる工夫が。最後のメヌエットは回想シーンのような曲想。繰り返し現れる曲想が静かに終了。

バリトン三重奏曲 ディヴェルティメントト長調(Hob.XI:70)1767-68年作曲
前曲とは打って変わって明るい入り。非常に快活なメロディーライン。この曲では各楽器が交互に畳み掛けるようなスリリングな演奏。2楽章のアンダンテは音量の変化を少しずつつけながらフレーズを重ねていくところが聴き所。バリトンのフレットつきの明確な音色の音階が華を添えます。最後のメヌエットはヴィオラとバリトンが寄り添うような演奏。

バリトン三重奏曲 ディヴェルティメントト長調(Hob.XI:59)1767-68年作曲
1楽章がアダージョはほぼ定番。このアルバムに共通する非常に呼吸の深い休符。音楽の息吹をうまく表しています。バリトンの弦を弾く音色と他の楽器のピチカートの対比の妙。ちょっとバリトンのカデンツァのようなところがあって興味深いですね。2楽章のアレグロはタイトなメロディーラインが魅力。バリトンが不思議トーン炸裂の伴奏にまわり、素晴らしい楽興。3楽章はまたバリトンのアルペジオの響きに打たれます。

バリトン三重奏曲 ディヴェルティメントニ長調(Hob.XI:42)1767-68年作曲
穏やかな入り。歌うような入りで、巧みなデュナーミクのコントロール。チェロの低域の音階のコントロールは流石のものと聴きました。今までの曲の中で最も充実している響き。それぞれ曲想の面白さと、楽器に合わせて音符を書いているあたりはやはりハイドンならでは。

バリトン三重奏曲 ディヴェルティメントハ長調(Hob.XI:101)1778年以前作曲
最後はこのアルバムの中で一番色彩感豊かな演奏。ハ長調の晴朗な響きを楽しむかののような演奏。この曲のみ2楽章がメヌエット。ある意味普通の構成ですが、やはり中間楽章にメヌエットが入り両端楽章が速いのは落ち着きますね。バリトントリオのみかわかりませんが、終楽章がメヌエットであるのは落ち着きませんね。

バリトン三重奏曲を7曲収めたこのアルバム。音色の特殊さは慣れてしまえば気になりません。それぞれの曲に小さなドラマがあり、それぞれの曲に特色あるメロディーが配されていて、全く飽きさせません。このアルバムのバリトンと弦楽器のアンサンブルは見事そのもの。評価は全曲[+++++]としました。バリトントリオもずいぶんアルバムが出ていますので皆さんそれぞれお好みの演奏があろうかと思いますが、今回はほんとうにいいアルバム。精妙なバリトンとヴィオラ、チェロの織りなすハーモニーに酔いしれるべき一枚だと断定します。

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【年末企画】アンサンブル・リンコントロのバリトン・トリオ

シュトルム・ウント・ドラング期の名曲、名演奏を紹介するというノリになっている年末企画ですが、今日はマイナーながらハイドンの作品で重要な位置を占めるバリトン・トリオのアルバムを紹介しましょう。

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1766年にハイドンがエステルハージ家の楽長に就任して以降のしばらくの間は、いわゆるシュトルム・ウント・ドラング期として、告別交響曲や昨日取り上げた弦楽四重奏曲Op.20など、多くの名曲が生み出された時期です。この時期の作品リストを眺めてふと気づいたのは、大量のバリトン・トリオの作品。これらを無視する訳にはまいりません。

当時エステルハージ家の君主であったニコラウス・エステルハージ候は、バリトンという現代ではほとんど使われなくなってしまったヴィオール属の楽器を愛好しており、ハイドンが楽長に昇進した際にも「特にバリトンで弾ける曲をきちんと作曲すること」という規約を契約に盛り込んだとのこと。ハイドンはそれに応え、126曲ものバリトントリオを作曲しました。こちらの全曲はBrilliantレーベルからリリースされているので、興味のある方は手に入れて、バリトンの宇宙に酔ってください(笑)

今日取り上げたアルバムは、ハイドンのバリトン・トリオの中でも私が最も愛好するアルバムですが、ちょとしたオチがあります。なんとこのアルバムでは通常の編成のバリトン、ヴィオラ、チェロではなく、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロで弾かれているんですね。これでは世にも珍しいバリトンが聴けないではないかとのそしりを受けそうですが、このアルバムの演奏の素晴しさを聴けば、なぜこのアルバムを選んだかがお解りいただけると思います。

このアルバムの演奏は、アンサンブル・リンコントロ(Rincontro)で、収録曲目はハイドンのバリトン・トリオ6曲(XI:80、XI:85、XI:14、XI:97、XI:59、XI:96)とアダージョ。作曲はどの曲も1765年から72年くらいまでの間。録音は2007年6月、スイス南西部のシオンのティボール・ヴァルガ・スタジオでのセッション録音。レーベルはα(alpha)というレーベルですが、輸入元が丁寧な解説をつけてくれるマーキュリー。

早速解説に目を通すと、今回も素晴しい解説が。あんまり気が利いているのでまた引用しちゃいましょう。解説は白沢達生さん。

「オリジナルどおりにバリトンを使った演奏では、ついついこの楽器の妙音に気が行ってしまい、曲そのものがいかに周到に作曲されているかを堪能するところにまで気がまわらないかもしれません。しかし、本盤ではもっとストイックに,ヴァイオリン~ヴィオラ~チェロ、と弦楽四重奏曲でも使われる”ふつうの”楽器だけによる演奏が続きます。彼自身の弦楽四重奏曲群にも劣らない、ハイドン初期~中期ならではの魅力に満ちた書法のおもしろさは、こうした普遍的な演奏形態によっていっそう引き立つというもの。本盤のチェロ奏者のの楽曲分析をちらほら読みながら、ハイドンという驚異の才能のからくりに聴き入ってみるのも、贅沢な時間の過ごし方かもしれませんね。」(一部略)

なんと的を射た解説でしょう。流石プロは違います。本盤はまさにこの解説どおりの演奏です。

演奏のリンコントロは1998年に創設された古楽アンサンブル、カフェ・ツィマーマンのトップ奏者4名によって結成されたピリオド楽器による室内楽集団。いつもは弦楽四重団として活動しているようです。
ヴァイオリンのパブロ・ヴァレッティはジョルジュ・サヴァール、ミンコフスキ、クリスティなどとソロやコンサートマスターとして競演しているというから、かなりの腕前なんでしょう。チェロのペトル・スカルカはクリストフ・コワン門下。ということでアンサンブルは古楽器の名手ぞろいということですね。

全6曲のレビューも野暮ですので、最も有名なトラック10~16の7楽章構成のXI:97を取り上げましょう。

冒頭からゆったりと時間が流れる極上の響き。古楽器の素朴な弦楽器がハイドンのバリトントリオ特有のトランス状態というか陶酔状態のような曲を奏でていきます。非常に穏やかな曲調ながら、正気と狂気の間の非常に鋭敏な感覚を持った曲。解説通り、バリトンによる演奏では解放弦をならした際の不思議な響きのおもしろさに耳を奪われがちですが、この特徴的な響きを取り去ったあとに浮かび上がるのは、純粋に室内楽曲としての完成度の高いメロディーの骨格。チェロはごく低い音で、アンサンブルに変化をもたらし、ヴァイオリンも雄弁になることはありません。おそらくこれはバリトンを実際に弾いていたニコラウス候のテクニックに対する配慮だったんじゃないでしょうか。ハイドンの音符の裏に隠された君主への絶対忠実な誠意と、音楽的才能あふれる立場からの思いやりがひしひしと感じられます。
2楽章はアレグロ。弦が軽快に進め、非常にリズムの良い展開。3楽章は均整のとれた良いメヌエット。途中の弦のピチカートが印象的。続いて4楽章のポロネーズもメヌエットの延長のようなリズム感よい曲。5楽章のアダージョは深く沈んだ弦のうなりから始まる印象的な曲。現代音楽のような精妙な響きも垣間見せる当時としては踏み込んだ表現。ふたたびメヌエットでこれがハイドン時代の曲であったことに気づかされます。最後はフーガ。時間を永遠に使いたいと思わせる繰り返しがフィナーレの回想的な雰囲気と拮抗。

この曲だけでも、ハイドンの驚異の才能のからくりを実感できます。

その他の曲も弦楽三重奏で奏でられるニコラウス侯を悦ばせようとした小宇宙の素晴らしさを、古楽器の雅な音色で伝える名演奏。

評価はもちろん全曲[+++++]です。ベクトルの向きは異なりますが、シュトゥルム・ウント・ドラング期のハイドンの創意溢れる魅力を十二分に味わえる、室内楽好きの方必聴のアルバムだと思います。

いつもながら、マーキュリー、いい仕事してますね~(某氏風)

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tag : バリトン三重奏曲 おすすめ盤

スコットランド歌曲集、マリーの夢

今日は、最近手に入れたスコットランド歌曲集のお気に入り盤を紹介しましょう。

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レーベルはハイドンのバリトントリオをリリースリリースしているフローラレーベル。

FLORA(英文)

収録曲はバリトントリオ3曲と、スコットランド歌曲から6曲、そして過去ハイドンの作曲とされていた曲、「プロシアのフリードリヒ大王の死に寄せるドイツの嘆き」が収められています。

演奏はソプラノがスーザン・ハミルトン、バリトンがフィリップ・ピエルロ、ヴィオラがフランソワ・フェルナンデス、チェロがライナー・ツィパーリング。ソプラノ以外のこのメンバーは、ラ・フォルジュネ・オ・ジャポンでモーツァルトを特集した年、東京国際フォーラムのなかの相田みつお美術館でハイドンのバリトントリオの演奏を生で聴いています。バリトンという不思議な楽器のときおり鳴らされる解放弦の繊細で不思議な響きを生で聴き、膨大なバリトン曲の作曲を求めたニコラウス候の気持ちが理解できた気がします。

バリトントリオについては、また別の機会に取り上げることとして、今日の目玉はスコットランド歌曲の方です。

ソプラノのスーザン・ハミルトン、声質、発音ともに曲にぴったり合ってます。調べたところスコットランド出身とのことで、合点がいきました。
なんと言っても素晴らしいのがトラック5におかれた「マリーの夢」と言う曲。短調の切ないメロディーで始まるこの曲、ハミルトンの透明なソプラノの声が心にぐさりと刺さります。なんと美しい曲でしょう。この曲は名曲ですね。たった5分のこの小曲一曲だけのために、このアルバムを買う価値があると断じます。

スーザン・ハミルトンはこのアルバムではじめて聴く人ですが(たしか、、)、私の一押しのヤノヴィッツより好きな声かも知れません。

スーザン・ハミルトンの略歴(英文)

フローラのアルバムはプロダクトとしても非常に凝っていて、このアルバムもセピア調の写真をあしらったデジパック仕様の品のいい仕立てで、プロダクションとしての完成度も非常に高い、いいアルバムになっています。

明日から1週間仕事は夏休みをとっています。
今日は昨日まで連夜のスターウォーズ鑑賞でちと寝不足気味ゆえ、スターウォーズは見ず。明日の昼にでもレコーダーで見ます。土曜から東北温泉三昧旅行に出かけますので、レビューがすこし留守になりますが、ご容赦のほどを。
そのかわり、東北の温泉と旨いもの情報を書いてみたいと思ってます。

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tag : スコットランド歌曲 バリトン三重奏曲 おすすめ盤 古楽器 ハイドン入門者向け

今最も重要なレーベルは?

ハイドンの録音をリリースするレーベルの中で、今最も重要なレーベルはどこでしょう?

それはもちろんBRILLIANT CLASSICSです。

他のレーベルの録音を再リリースしたり、もちろん独自の新録音も多くリリースしてますが、特徴はなんといっても激安価格。そして、ハイドンについては安かろう悪かろうということはなく、むしろ、安いのに良い録音が目白押しです。

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なんといっても最近の目玉はバリトントリオをはじめとするバリトン曲集21枚組。
おそらくハイドンの膨大なバリトントリオが全曲録音されるとは誰も思わなかったでしょう。これまでもバリトントリオは様々なレーベルから数枚リリースされていましたが、断片まで含めての完璧な録音。そして演奏も極上。文句なしにおすすめ盤です。一枚一枚に室内楽の悦びが溢れています。

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そしてスコットランド歌曲全集。こちらも今まで録音が一部しかなかったスコットランド歌曲の全集。わたしは分売もので集めましたが全曲そろったものがリリースされてます。こちらも素朴な民謡をベースとしたハイドンの歌曲が存分に楽しめます。Vol.1の一枚目をかけた瞬間しびれました。18枚すべて濃いです。

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それからピアノ小品集。ピアノソナタ以外の小品などの5枚組。こちらもあまり録音のない曲までふくめてきちんと録音されており、演奏もフォルテピアノの古雅な響きを楽しめます。

これらの他にも先日紹介したアダム・フィッシャーの交響曲全集など、資料的価値の高い、きちんとしたプロダクツとして仕上がってます。このようなすばらしいCDが昔では考えられない価格で手に入ります。
これからもBRILLIANT CLASSICSからは目が離せません!

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : バリトン三重奏曲 スコットランド歌曲 ピアノ小品 おすすめ盤

プロフィール

Daisy


Author:Daisy

なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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登録曲数:1,361曲(前月比+3曲) 登録演奏数:9,608(前月比+87演奏)
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