カール・ゼーマンのピアノソナタ(ハイドン)

仕事がひと段落したので、LPをじっくり。

IMG_8036.jpg

カール・ゼーマン(Carl Zeemann)のピアノでハイドンのピアノソナタ2曲(XVI:31、XVI:38)とアンダンテと変奏曲(XVII:6)、ブラームスの16のワルツを収めたLP。収録情報は記載されていませんが、ネットなどを調べてみると1959年制作のよう。手元のアルバムは米DECCAプレスですが元はDeutsche Grammophoneのプロダクションとのこと。

アルバムにはSonata No.30、No.35と表記されていますが、調性が合わないのでよく調べてみると、ライナーノーツに正しいソナタ番号が記載されており、上の収録曲目のとおり。

IMG_7998.jpg

カール・ゼーマンは1910年、ドイツのブレーメンに生まれたピアニスト。ライプツィヒで聖トーマス教会のカントルであったギュンター・ラミン(Günter Ramin)にオルガンを学び、ベルギー国境に近いドイツの街、フレンスブルクとブレーメン近くのフェルデンという街でオルガニストとして働いていました。1935年からピアニストに転向し、独奏のほか、高名なヴァイオリニスト、ウォルフガング・シュナイダーハンの伴奏者としても活躍しました。1960年代からは指導者としての活動が中心となり、1964年から1974年までフライブルク音楽大学の学長を務め、亡くなったのは1983年とのこと。ドイツのピアノの伝統を感じさせる人でしたが、同時代的にはリヒテル、ホロヴィッツ、ギレリスなどロシアのピアニストの存在感の影にかくれて地味な存在でしたが、近年なそのいぶし銀の演奏が再評価されているとのことです。

ゼーマンのハイドン、やはりいぶし銀という言葉がぴったり。揺るぎない安定感とドイツらしい質実剛健さが感じられる演奏でした。

Hob.XVI:31 Piano Sonata No.46 [E] (1776 or before)
ステレオ最初期という録音年代を考えるとピアノの音に芯があってしっかりとしたいい音。軽々と弾いているようですがタッチのキレは良く、特にサラサラと流れの良い演奏。速いパッセージのタッチの鮮やかさは素晴らしいですね。2楽章のアレグレットに入ると徐々に詩情が溢れ出てきます。さりげない演奏ながら、メロディーに孤高の輝きと強さがあり、じわりと沁みてきます。ハイドン特有のハーモニーの変化の面白さもデリケートに表現してきます。3楽章のプレストに入るときの切り替えの鮮やかさもハイドンの面白さをわかってのこと。一瞬にして気配を変え、流れの良い音楽に入ります。ピアノの中低音の力強さが印象的。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
名曲アンダンテと変奏曲。予想通りかなりさらりとした入り。リズムをはやめに打つことでサラサラ感が際立ちます。ここでもタッチの鮮やかさが印象的。大きな起伏をともなう曲想ですが、ゼーマンは逆に起伏を抑え気味にして、フレーズ単位のメロディーのタッチの微妙な弾き分けに集中し、変奏をつぎつぎとこなしていきます。徐々に演奏にも勢いというか力強さが増してきて、大きなクライマックスをつくっていきます。後半に入るとタッチに力が漲り、まさに孤高の境地。一貫して速めの流れの良さを活かした演奏でした。

Hob.XVI:38 Piano Sonata No.51 [E flat] (before 1780)
優しいそよ風のようなしなやかな入り。曲想をふまえてタッチを自在にコントロールしてきます。速いパッセージのタッチのかっちりとした確かさはそのままに、淡々とした演奏から詩情が立ち上ります。アダージョも速めですが、不思議に力が抜けた感じがよく出ています。そしてプレストでは表情の変化を強弱に集中させ、リズムは一貫しているのに実に豊かな表情。ピアノの表現の奥深さを改めて知りました。

カール・ゼーマンの弾くハイドンのソナタですが、速めのテンポでさらりとした演奏ながら、くっきりとメロディーが浮かび、そしてハイドンのソナタらしいハーモニーの変化の面白さもしっかりと味わえる素晴らしい演奏でした。この高潔な表現はドイツのピアノの伝統なんでしょうね。古い演奏ではありますが、今聴いても古さを感じるどころか、新鮮そのもの。現代のピアニストでこれだけの透徹した音色を出せるひとがどれだけいるでしょうか。評価は3曲とも[+++++]とします。

にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : ピアノソナタXVI:31 ピアノソナタXVI:38 アンダンテと変奏曲XVII:6 ヒストリカル LP

レイモン・レッパード/イギリス室内管の哲学者、47番(ハイドン)

はい、LPです(笑)

IMG_7857.jpg

レイモン・レッパード(Laymond Leppard)指揮のイギリス室内管弦楽団(English Chamber Orchestra)の演奏で、ハイドンの交響曲39番、22番「哲学者」、47番の3曲を収めたLP。収録に関する情報は記載されていませんが、別途リリースされているCDに含まれている47番が1968年12月の録音ということで、おそらく3曲とも1968年ころの録音だと思われます。レーベルは蘭PHILIPS。

このLPは先日開催した第2回ハイドンオフの当日、開催前の時間にディスクユニオンで仕入れたもの。レイモン・レッパードは地味な指揮者ですが、以前取り上げた演奏はなかなか良く、好きな指揮者の一人。そのレッパードのLPを見かけ、収録曲を所有盤リストで調べてみると、39番と47番は手許にCDがあるものの、哲学者については未所有音源だとわかり、手に入れたもの。しかも未所有の曲は好きな「哲学者」で、LPもオランダプレスのPHILIPS盤ということで、手に入れないわけには参りませんね。

2014/11/11 : ハイドン–交響曲 : レッパード、マッケラスの交響曲77番、34番、18番(ハイドン)
2014/03/27 : ハイドン–交響曲 : レイモン・レッパード/イギリス室内管の交響曲39番(ハイドン)
2013/06/01 : ハイドン–協奏曲 : モーリス・ジャンドロンのチェロ協奏曲1番、2番
2012/08/27 : ハイドン–交響曲 : レイモン・レッパード/イギリス室内管のラメンタチオーネ
2011/02/20 : ハイドン–協奏曲 : アルテュール・グリュミオーのヴァイオリン協奏曲
2010/11/03 : ハイドン–オペラ : ベルガンサのオペラアリア集
2010/06/05 : ハイドン–交響曲 : レイモン・レッパードのハイドン

レッパードの略歴などについてはラメンタチオーネの記事をごらんください。今日はこのアルバムに含まれている3曲のうち、冒頭の39番は米Haydn HouseのCD-Rを取り上げており、その原盤がこのLPということで、哲学者と47番を取り上げましょう。39番もCD-RとこのLPの音質比較などをする余地があるのですが、もともとHaydn HouseのCD-Rは湖国JHさんからお借りしていたものということで、手元にないため、比較は断念です。

Hob.I:22 Symphony No.22 "Philosopher" 「哲学者」 [E flat] (1764)
どうもこの曲は好みのツボがあるようで、冒頭から朴訥な音楽が流れると一瞬にしてハイドンの世界に引き込まれます。規則的に刻まれるリズムに乗って木管楽器と弦楽器によって奏でられるメロディーの心地よいこと。LPもミントコンディションで言うことなし。音量を絶妙にコントロールしながらゆったりとした起伏が描かれ、いきなりの味わい深さ。特に音量をスッとおとしながら弱音器つきの弦楽器が奏でるやさしい旋律に癒されます。何もしていないのですが、曲の真髄をえぐる演奏にアドレナリン噴出。
2楽章のプレストは実に落ち着いた演奏。キビキビとしているのですが、盤石の安定感で、オケも軽々と楽しみながら演奏しているよう。1楽章のアダージョでグッと聴かせたあとの爽快なプレスト。まさに展開の妙が味わえます。3曲入りのLPの2曲目ということで、2楽章の終わりでLPをひっくり返さねばなりません。

IMG_7858.jpg

3楽章のメヌエットも実に堂に入ったもので、コミカルかつ美しいメロディーの連続にハイドンの交響曲の楽しさが炸裂。適度にキレ良く、適度に弾み、適度に落ち着いたまさに名演奏。この自然さは素晴らしい。
そしてフィナーレに入るとここぞとばかりにオケが踊りだします。弾む弾む。これは演奏していたら楽しいですね。よくぞこれだけ曲に素直に楽しんで演奏できるものです。よく聴くとアクセントに独特なところもなくはないのですが、決して自己主張するようなことはなく、最後まで曲に素直な演奏で楽しませてくれます。これぞハイドン!

Hob.I:47 Symphony No.47 [g] (1772)
つづいて47番。この曲はマリナーの名前付き交響曲集に含まれているのでこのLPではじめて聴くわけではありません。後記するようにこの曲にもニックネームがついているために、マリナーの選集を補完す役割を担わされたということでしょう。演奏のスタイルは哲学者と変わらないものの、曲想にあわせて、冒頭からキレよく入ります。哲学者でもそうでしたが、ホルンの音色が実に美しい。オケの音色に華やぎが加わります。曲が速い分、オケの精度は哲学者より少し荒い気がしなくもありませんが、そんなことが気になるような演奏でもなく、冒頭から曲に引き込まれっぱなし。リズムがイキイキと弾み、弦のボウイングも鮮やか。
2楽章は流石に「告別」と同時期のシュトルム・ウント・ドラング期の最盛期に書かれた曲だけあって、仄暗い陰りと深みに溢れた名曲。レッパードは相変わらず安定感抜群で、邪念なくハイドンの曲に込められたこの時代の空気を再現することに集中しているよう。変に感傷的になることもなく、味わい深くもありながら淡々と曲を進め、曲自体の魅力を聴かせる役に徹します。次々と展開するメロディーの面白さに耳が釘付け。さらさらと筆が運ばれるしなやかな筆致。
3楽章のメヌエットは途中から逆行するためこの曲にはパリンドロウム(回文)というニックネームがついています。短い曲ながらハイドンの遊び心が込められた名旋律。
そしてフィナーレは1楽章のキレ味と呼応するようにオケが鮮やかさを取り戻します。曲の規模に対してフィナーレの充実度が勝るように感じるほどフィナーレは展開していきます。レッパードもここにきて畳み掛けるように攻めて終わります。

レイモン・レッパードと手兵イギリス室内管によるハイドンの交響曲集ですが、レッパードの無欲のコントロールがハイドンの交響曲の魅力を上手く引き出している感じ。録音も流石はオランダプレスのPHILIPSだけあって、1960年代としては十分瑞々しく、曲を存分に楽しむことができます。ちなみに哲学者はやはり一歩味わい深さが違いますね。47番の方はそれに比べると少し劣る感じがします。ということで評価は哲学者を[+++++]、47番を[++++]といたしましょう。

にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : 哲学者 交響曲47番 ヒストリカル LP

ニキタ・マガロフのピアノソナタXVI:48(ハイドン)

なんだかLPの勢いが止まりません。こうなったら今月はLPに特化します!

IMG_7824.jpg
amazon(別装丁CD)

ニキタ・マガロフ(Nikita Magaloff)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:48)、ベートーヴェンのピアノソナタ30番、リストの「パガニーニによる大練習曲」の3曲を収めたLP。収録情報は記載されていませんが、同音源を収録したCDの情報によると1960年8月のおそらくセッション録音。レーベルはPHILIPSの日本盤ですが、フォノグラムではなく日本ビクター時代のもの。解説にソナタが奏鳴曲と記されているところに時代を感じますね。

このLPは最近オークションで手に入れたもの。手元にマガロフの弾くハイドンのアルバムはヴァントが伴奏を務めるピアノ協奏曲くらいで、その演奏もあまり記憶にありませんでした。ところが最近記事にした、フレデリク・マインダースのピアノソナタを聴いて、マインダースのしなやかな演奏の原点がマガロフに師事していたというところにあるような気になり、マガロフのソナタを聴いてみたいと思っていたところ、タイミングよくオークションで見つけて手に入れたという次第。こうした巡り合わせもあるもんですね。

2017/02/03 : ハイドン–ピアノソナタ : フレデリク・マインダースのピアノソナタXVI:49(ハイドン)

ピアニストの演奏の個性というのはなんとなく師事したピアニストの影響を受けるもの。ブログを始めたばかりの頃、カルメン・ピアッツィーニの演奏が師事したハンス・レイグラフの演奏にそっくりだったので調べたらレイグラフに師事していたことがわかりびっくりしたことが、当ブログで奏者の略歴などをいちいち調べるようになったきっかけとなりました。

2010/02/15 : ハイドン–ピアノソナタ : ピアノソナタ全集のあれこれ

ということで、マインダースの、ハイドンの演奏としては珍しくリズムよりもしなやかさに聴きどころを持ってきた背景には師事したマガロフの影響があるだろうとの仮説を検証するためにマガロフを手に入れたという、歴史を遡る仮説検証的興味が脳内に充満している状態。ハイドン以外に特段詳しくもない私でも、ニキタ・マガロフといえばショパンを得意としていたようであるというくらいの感触は持っていて、仮説もそれほど的外れなものではなさそうであるとの憶測もあり、興味津々といったところ。

さらに歴史を遡るわけではありませんが、一応マガロフの略歴もwikipediaなどからさらっておきましょう。

ニキタ・マガロフは1912年、ロシアのサンクト・ペテルスブルクでジョージア(グルジア)貴族の家系に生まれたピアニスト。1918年に家族共々ロシアを離れてフィンランドに渡ります。家族ぐるみの付き合いだったプロコフィエフに刺激を受け、ウクライナ出身のピアニスト、アレクサンドル・ジロティとともに音楽を学び、その後パリ音楽院に進みピアノ学部長のイシドール・フィリップに師事、またパリ音楽院を卒業した1929年にはラヴェルに才能を認められます。マガロフも恩師であるイシドール・フィリップから優雅で折り目正しい趣味のよさを受け継いでいるとのこと。ピアニストとして活躍し始めたのは戦後になってからで、やはり、ショパンの演奏で知られるようになり、特に1974年から78年にかけてPHILIPSレーベルに録音したショパンのピアノ音楽全集は、初めての全曲録音としてのみならず、録音も良く、またマガロフの叙情的かつ端正な演奏が評判となった名盤とのことです。
教育者としても有名で、1949年、あのディヌ・リパッティの後任として1949年から1960年までジュネーブ音楽院の教授を務め、教え子にはマルタ・アルゲリッチ、マリア・ティーポ、イングリット・ヘブラーなど錚々たるピアニストがいます。
私生活ではヨーゼフ・シゲティの伴奏を務めていた縁で、シゲティの娘と結婚し、スイスのジュネーブに居を構えました。亡くなったのは1992年、スイスレマン湖畔のヴェヴェイトのこと。

マガロフの録音履歴を見ると、1950年代後半からポツポツと録音され始めていますので、今日取り上げるアルバムも1960年とごく初期のもの。しかも、ジャケットにもレーベル面にも誇らしげに”HI-FI STEREO”とグィーンと表示されており、ステレオ初期のもの。このレーベルは珍しいですね。

IMG_7825.jpg

Hob.XVI:48 Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
盤のコンディションはそこそこでしたが、2度ほどクリーニングしてノイズは綺麗さっぱり無くなり、演奏に集中できます。多少歴史を感じる雰囲気はありますが、ピアノの響きは非常にいい感じ。しなやかさは期待通りですが、叙情的すぎず、落ち着いたタッチから紡ぎ出されるピアノの音色が心地よいですね。前の記事のハンス・シュタットルマイアの演奏でも感じた「気品」に満ちた演奏。端正な中にも程よい芳香が感じられる演奏。この録音当時48歳くらいですので、この味わい深さは流石です。
このソナタは2楽章構成。2楽章に入ると、クッキリとメロディーを浮かび上がらせるタッチのキレを感じさせます。曲の勢いよりも少し遅れて盛り上がる独特の雰囲気。早いパッセージもさりげなくこなしますが、どこかに力の抜けた感じを伴い、優雅さがあります。ハイドンのソナタからは展開の面白さを強調する演奏が多い中、あえてさり気なく弾き進め、メリハリはメロディーを浮かび上がらせるところくらいで、やはりしなやかかつ雰囲気を重視した演奏。そう、仮説通り、フレデリク・マインダースの演奏の原型を感じさせる演奏でした。ただ鍵盤へのタッチから音がなるだけのピアノですが、こうした気配や魂のようなものが師から弟へ受け継がれていくわけですね。

つづいてベートーヴェンの30番、B面はリストの「ラ・カンパネッラ」を含む「パガニーニによる大練習曲」。ベートーヴェンも力感よりも味わいが勝る、まさに気品に満ちた演奏。そして、ショパンとともに得意としていたリストでは、驚くようなきらめきに満ちた演奏でした。これはいいですね。

わたしは、あまりイメージのなかったニキタ・マガロフでしたが、ひょんなきっかけから興味をもち、マガロフという人のことを調べ、その音楽を聴き、なんとなくこの人の音楽というか、独特の美学にふれたような気になりました。また、このところいろいろピアノの古い演奏を聴き、ピアノという楽器の表現力の幅広さをあらためて知った気がします。さらっと聴くとなにげない演奏ですが、実に深い演奏でした。ベートーヴェンとリストと組み合わされたハイドンという構図もいいですね。いいアルバムを手にいれることができました。評価は[+++++]とします。

にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ

tag : LP ピアノソナタXVI:48 ヒストリカル

エミール・ギレリスのピアノ協奏曲Hob.XVIII:11(ハイドン)

ピアノの演奏が続きますが、今日はヒストリカルなもの。

IMG_7301.jpg

エミール・ギレリス(Emil Gilels)のピアノ、ルドルフ・バルシャイ(Rudorf Barshai)指揮のモスクワ室内管弦楽団(Moscow Chamber Orchestra)の演奏で、ハイドンのピアノ協奏曲(Hob.XVIII:11)、モーツァルトのピアノ協奏曲21番(KV.467)の2曲を収めたLP。収録情報は記載されていませんが、ネットでギレリスのディスコグラフィを調べて見ると1959年の1月とのこと。レーベルはМелодия(Melodiya)。

このアルバムも先日オークションで手に入れたもの。もちろんギレリスのピアノがお目当てでした。エミール・ギレリスはみなさん良くご存知でしょう。あまりハイドンを演奏する人とのイメージはありませんが、数少ない録音のうち、当ブログでも2枚ほど取り上げています。

2015/10/29 : ハイドン–ピアノソナタ : エミール・ギレリスのXVI:20 1962年ライヴ(ハイドン)
2011/11/08 : ハイドン–室内楽曲 : ギレリス/コーガン/ロストロポーヴィチのピアノ三重奏曲

いずれもギレリスの「鋼鉄のタッチ」によってハイドンの音楽が揺るぎない格調高さを聴かせる名演奏。1950年代のギレリスの素晴らしさは深く記憶に刻まれておりますので、今日取り上げるアルバムを見つけるや否や迷わず入手した次第。早速針を落としてみます。

IMG_7302.jpg

Hob.XVIII:11 Concerto per il clavicembalo(l'fortepiano) [D] (1784)
ルドルフ・バルシャイの振るモスクワ室内管の序奏は実に軽やか。理想的な入りです。ギレリスのピアノは、ピアノの胴に響くような余韻を伴いながらこちらも最初は軽やかなタッチでリズミカルに音楽が進みますが、徐々に音量が上がってくると、ギレリスらしいキレの良い鋭いタッチが顔を覗かせてきます。バルシャイは一貫して爽やかな演奏でサポート。ギレリスのタッチの変化が聴きどころだと踏まえて、伴奏に徹している感じ。勢いを保ったまま、大きくうねるように表情を変化させていくギレリスのピアノ。速いパッセージの鮮やかなキレも抜群。指が回りまくってます! このコンチェルトは爽快さこそがポイントと踏まえたような演奏。
素晴らしいのが続く2楽章。バルシャイもぐっとテンポを落として音楽にえも言われぬ深みが宿ります。ギレリスもそれに応えて、じっくりとメロディーを紡いていきますが、ここにきてギレリスのタッチから生み出されるピアノの鋭くも深い音色が燦然と輝きだします。同じピアノなのにギレリスが弾くと、峻厳さ、孤高さを感じさせるところがすごいところ。バルシャイもそれに触発されて、伴奏も深く深く集中していきます。夢のような音楽が流れていきます。カデンツァは抑えた音量でピアノを鳴らしながら天上に登っていくような凝縮された時間が流れます。ピアノ1台から繰り出される音楽が、オケも含めて全員を惹きつける素晴らしいカデンツァ。
フィナーレで再びリズムと推進力を取り戻しますが、ここでもギレリスのピアノの鋼鉄のタッチが素晴らしい躍動感を帯びて圧倒的な存在感。コンチェルトのソロでテクニックではなく演奏の集中力でここまで他を圧倒する存在感を感じさせる演奏は滅多にありません。バルシャイもそれを踏まえて、控えめながら味わい深い伴奏で支えます。最後はキレのいいピアノの響きを轟かせて終了。いやいや素晴らしい演奏でした。

やはりギレリスはギレリス。奏者によって様々な響きを聴かせるピアノですが、ギレリスが弾くと、はっきりギレリスの音楽とわかる音楽が流れ出すのがすごいところ。鋼鉄のタッチでも、爽快な響きも孤高の響きもグイグイ推進する響きも自在に繰り出しながら、音楽を作っていきます。このコンチェルトでは、テクニックではなく音楽の深さで圧倒的な存在感を示し、特に2楽章のカデンツァでは微かなタッチの紡ぎ出す音楽の存在感に圧倒されました。録音も鮮明で1950年代のギレリスの魅力を余すところなく捉えた素晴らしいもの。これは文句なしの名演盤です。もちろん評価は[+++++]とします。

裏面のモーツァルトもこれまた素晴らしい演奏。バルシャイはハイドンの時よりも踏み込み、ギレリスのピアノも冴えまくってます。こちらもオススメです! 中古で見かけたら即ゲットですね。

にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : ピアノ協奏曲XVIII:11 ヒストリカル LP

シュトラウス四重奏団の騎士、皇帝(ハイドン)

新着アルバムが2枚続きましたので、最近聴いてよかったLPを取り上げます。先日オークションで手に入れたもの。

IMG_1707_20161125233152e99.jpg

シュトラウス四重奏団(Strauss Quartett)の演奏で、ハイドンの弦楽四重奏曲Op.74のNo.3「騎士」、Op.76のNo.3「皇帝」、伝ハイドンによるセレナード(Op.3のNo.5)の3曲を収めたLP。収録年も場所も記載がありませんが、いろいろ調べて見ると1960年代の録音との情報が出てきました。レーベルは独TELEFUNKEN。

シュトラウス四重奏団ははじめて聴くクァルテット。メンバーは下記のとおり。

第1ヴァイオリン:ウルリッヒ・シュトラウス(Ulrich Strauss)
第2ヴァイオリン:ヘルムート・ホーヴァー(Helmut Hoever)
ヴィオラ:コンラート・グラーエ(Konrad Grahe)
チェロ:エルンスト・シュトラウス(Ernest Strauss)

クァルテットの名前は第1ヴァイオリンとチェロのシュトラウス兄弟からとったもの。1957年から80年代まで、主にドイツ西部のエッセンにあるフォルクヴァンク美術館をで活動していたとのこと。録音は今日取り上げるLP以外にはハイドンの「日の出」と「ラルゴ」があるくらいのようで、知る人ぞ知る存在という感じでしょうか。

IMG_7224.jpg

このアルバム、TELEFUNKENの黒地に金文字の厳かなデザインがなかなかいいですね。いつものように、VPIのクリーナーでクリーニングして針を落とすと、スクラッチノイズもほぼ消え、ちょっと古風ながらドイツ風の質実剛健な弦の響きがスピーカーから流れ出してきました。

Hob.III:74 String Quartet Op.74 No.3 "Reiterquartetett" 「騎士」 [g] (1793)
聴き慣れた騎士の入りのフレーズ。速めのテンポでサクサクと入りますがフレーズごとにテンポと表情をくっきりと変えてくるので、実にニュアンス豊かな演奏に聴こえます。険しい響きの中から明るいメロディーがすっと浮かび上がる面白さ。一人一人のボウイングが適度に揺れているので、かっちりとしたハーモニーを作るのではなく、旋律のざっくりとしたリズミカルな綾の味わい深かさが聴きどころの演奏。
騎士の白眉であるラルゴは前楽章以上に味わい深いハーモニーを堪能できます。力が抜け、ゆったりとリラックスできる演奏。LPならではのダイレクトな響きの美しさに溢れています。途中からテンポをもう一段落としてぐっと描写が丁寧になったり、アドリブ風に飛び回るようなヴァイオリンの音階を挟んだり、軽妙洒脱なところも聴かせるなかなかの表現力。
続くメヌエットはこのクァルテットの味わい深くもさりげなくさらさらとした特徴が一番活きた楽章。この表現、この味わい深さに至るには精緻な演奏よりも何倍も難しいような気がします。
その味わい深さを保ったままフィナーレに突入。サクサクさらさらと楽しげに演奏していきます。どこにも力みなく、どこにも淀みなく流れていく音楽が絶妙な心地良さ。それでいてフレーズ毎に豊かな表情と起伏が感じられる見事な演奏。騎士のフィナーレは力む演奏が多い中では、この軽やかさは貴重。まるでそよ風のように音楽が吹き抜けていきます。

Hob.III:77 String Quartet Op.76 No.3 "Kaiserquartetett" 「皇帝」 [C] (1797)
名曲皇帝も前曲同様、比較的速めのテンポでさらりとした入り。音楽をどう表現しようかというコンセプトを考える前に、体に染みついているハイドンのメロディーが自然に音楽になって流れ出している感じ。この自然体の演奏スタイルなのに、音楽に躍動感と気品のようなものがしっかりと感じられるのが素晴らしいところ。よく聴くとアンサンブルもまったく乱れるところはなく、音楽の推進力に完全に身を任せているよう。
レコードをひっくり返してドイツ国歌の2楽章。媚びないさっぱりと演奏から滲み出る情感に咽びます。この悟りきったような自然さがこのクァルテットの真髄でしょう。よく聴くとヴァイオリンのみならず、ヴィオラ、チェロもかなりのしなやかさ。全員のボウイングのテイストがしっかり統一されていて、それぞれが伸びやかに演奏することから生まれる絶妙なハーモニー。第1ヴァイオリンのウルリッヒ・シュトラウスは1929年生まれなので録音当時は30代ですが、その年代とは思えない達観した演奏。
メヌエットも前曲同様屈託のないもの。そしてさっとフィナーレに入り、劇的なフィナーレをさらりとまとめてくるのも同様。この曲のクライマックスは2楽章であったとでも言いたげに、さらりとやっつけます。

String Quartet Op.3 No.5 "Serenadequartett" [F] (Doubtful 疑作 Composed by Roman Hoffstetter)
ご存知セレナーデ。速めなテンポは同様。味わい深さもさらりとした展開も同様。ただそれだけならばそれほど聴き応えのある演奏にはならないのですが、音色の美しさとフレーズ一つ一つがイキイキとしているので不思議と引き込まれるのも同様。特に2楽章のピチカートの響きの美しさはかなりのもの。こちらも素晴らしい演奏でした。

実にさりげない演奏なんですが、実に味わい深く、LPであることも手伝って美しい響きに包まれたハイドンの名曲をさらりと楽しめる、通向けの演奏。ハイドンのクァルテットをいろいろ聴いてきた人にはこの味わい深さはわかっていただけるでしょう。入手はなかなか容易ではないでしょうが、中古やオークションでは見かける盤ですので、みかけた方は是非この至福の自然体を味わっていただきたいと思います。評価は全曲[+++++]とします。

にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : 騎士 皇帝 ハイドンのセレナード 弦楽四重奏曲Op.74 弦楽四重奏曲Op.76 ヒストリカル LP

レスリー・ジョーンズ/リトル・オーケストラ・オブ・ロンドンのホルン信号、告別など(ハイドン)

LPです。いやいや、LPはいいですね。

LeslieJones31.jpg
amazon(CD)

レスリー・ジョーンズ(Leslie Jones)指揮のリトル・オーケストラ・オブ・ロンドン(The Little Orchestra of London)の演奏で、ハイドンの交響曲31番「ホルン信号」、交響曲19番、交響曲45番「告別」の3曲を収めたLP。収録情報は記載されていませんが、ネットで検索したところ原盤は1964年にリリースされた模様。レーベルは英PYE RECORDSのライセンスによる日本のテイチク。

レスリー・ジョーンズの交響曲集は以前にもnonsuchのLPを取り上げています。

2013/07/17 : ハイドン–交響曲 : レスリー・ジョーンズ/リトル・オーケストラ・オブ・ロンドンのラ・ロクスラーヌ、78番

リンク先の記事にある通り、レスリー・ジョーンズとリトル・オーケストラ・オブ・ロンドンはかなりの数のハイドンの交響曲の録音があり、現在ではアメリカのHAYDN HOUSEからLPをCD-Rに落としたものを手に入れることができます。上の記事にHAYDN HOUSEへのリンクをつけてありますので、興味のある方はご参照ください。

前記事ではレスリー・ジョーンズの情報が少なく、どのような人かあまり判然としませんでしがが、今回の国内盤には村田武雄さんの解説の最後に演奏者の紹介文が付いています。それによると日本でもチャイコフスキー、ドヴォルザークの弦楽セレナード、グリーク、シベリウスなどの録音がリリースされており、着実、素朴な指揮をする人との評がありました。ハイドンについては先のHAYDN HOUSEに40曲弱の交響曲、「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」の管弦楽版、オペラ序曲などの録音があることから格別の愛着を持っていたに違いありません。

今回入手したLPはオークションで手に入れたものですが、針を落としたとたん暖かい素朴な響きにすぐに引き込まれ、これはレビューすべしと即断した次第。テイチク盤ということで音質はあまり期待していなかったんですが、これがいい! 実に味わい深い響きにうっとりです。

Hob.I:31 Symphony No.31 "Hornsignal" 「ホルン信号」 [D] (1765)
たっぷりと響く低音、自然な定位、味わい深い弦楽器の音色。針を落としたとたんに素晴らしい響きに包まれます。ホルン信号はもちろんホルンが大活躍の曲ですが、ことさらホルンを目立たせることをせず、実に自然に、しかもイキイキとした音楽が流れます。仄かな明るさと、翳りが交錯しながら素朴な音楽が展開します。ホルン信号の理想像のような演奏。アーノンクールやファイなどに代表される尖った演奏もいいものですが、このオーソドックスかつ素朴な演奏の魅力には敵わないかもしれません。
2楽章のアダージョも最高。至福とはこのこと。ヴァイオリンを始めとする弦楽器の実に美しいこと。まさに無欲の境地。演奏者の澄み切った心境が見えるほど。ピチカートに乗ったヴァイオリンソロとホルンの溶け合うようなメロディーの交換に感極まります。そしてチェロも落ち着いたいい音を出します。絶品。
続くメヌエットも落ち着きはらって、じっくりとリズムを刻んでいきます。オーケストラの響きが全て癒しエネルギーになって飛んでくるよう。先日取り上げたパノハ四重奏団同様、オケのメンバーの全幅の信頼関係があってこその、この揺るぎないリラックスした演奏でしょう。もちろんリズムはキレてます。
曲を回想して締めくくるようなフィナーレ。オケ全員が完全に自分の役割通りに演奏していく安心感。リズムもテンポもフレージングもどこにも揺らぎはなく、これしかないという説得力に満ちた音楽。変奏の一つ一つを慈しむように各楽器が受け継いでいきます。やはりホルンの溶け合う響きが最高。フルートも最高、ヴァイオリンも最高、木管群も最高、チェロも最高、みんな最高です。おそらく奏者自身が最も楽しんでいるはず。曲想が変わって最後の締めくくりも慌てず、しっかりとまとめます。いや〜、参りました。

Hob.I:19 Symphony No.19 [D] (before 1766)
グッとマイナーな曲ですが、ハイドンの初期の交響曲の快活な推進力と展開の妙を楽しめる曲。レスリー・ジョーンズはホルン信号の演奏でもそうでしたが、実に素朴な手腕でハイドンらしい音楽を作っていきます。これはドラティよりいいかもしれません。短い1楽章から、すぐに短調のアンダンテに入りますが、これがまた美しい。絶品の響きにうっとり。次々と変化していくメロディーに引き込まれ、この短い曲の美しいドラマに打たれます。
フィナーレは再び快活に。ハイドンの初期の交響曲の演奏の見本のようなオーソドックスな演奏ながら、これ以上の演奏はありえないと思わせる完成度に唸ります。完璧。

Hob.I:45 Symphony No.45 "Farewell" 「告別」 [f sharp] (1772)
目玉の告別。これまでの演奏で、レスリー・ジョーンズの素朴ながら見事な手腕にノックアウトされていますので、この告別の最高の演奏を期待しながらB面に針を落とします。もちろん予想通りの素晴らしい入り。適度に速めのテンポで分厚く柔らかな響きに包まれます。音楽の展開と響きの美しさとが音楽の喜びを運んできます。どこにもストレスのない曲の自然な運びによってハイドンの書いた素晴らしい音楽が眼前に広がります。
何度聴いても唸らざるをえない、このアダージョ。弱音器付きの弦楽器によって奏でられる穏やかな音楽。奏者らの絶妙なテクニックがこの自然さを支えていると知りながら、まるで奏者の存在が消えて無くなって音楽自身が流れているような気にさせる見事な演奏。録音も超自然で見事なもの。適度な残響と実に自然な定位感が印象的。これは絶品です。
メヌエットも予想通り適度にキレの良さを聴かせながら落ち着いた演奏。全く野心も邪心もない虚心坦懐な演奏ですが、やはりこれ以上の演奏は難しいでしょう。それほど見事ということです。
この曲1番の聴きどころであるフィナーレ。前半は予想よりも速く、ここでメリハリをつけてくるのかと、聴かせどころを踏まえたコントロールに唸ります。そして一人づつ奏者が席を立つ有名なアダージョ。もう、癒しに満ちた音楽にとろけそう。なんという優しい音楽。ハイドンという天才がはやくもたどり着いた音楽の頂点。各奏者の素晴らしい演奏に打たれっぱなし。これほど美しいアダージョがあったでしょうか。ノイズレスのLPの細い溝から生まれる音楽のあまりの美しさに息を呑みます。楽器が減るにつれ音楽の純度が高まり、最後は静寂だけが残る感動のフィナーレ。

いやいや、これは参りました。絶品です。流石にハイドンの交響曲の録音を多く残した人だけあって、素朴なのに味わい深く、心にぐさっと刺さるハイドンでした。LPならではの美しい響きも手伝って、まさに理想的な演奏。全曲絶品です。これは他の曲も集めなくてはなりませんね。もちろん録音時期などによるムラなどもあるでしょうが、この素晴らしさを知ってしまった以上、追っかけないわけには参りません。もちろん評価は全曲[+++++]とします。

にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : ホルン信号 交響曲19番 告別 ヒストリカル LP

リリー・クラウスのピアノソナタXVI:52 1963年来日時のNHK録音(ハイドン)

今日は懐かしい人の演奏。

LiliKraus2.jpg

リリー・クラウス(Lili Kraus)の演奏によるハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI;52)、モーツァルトの幻想曲(K.475)、ピアノソナタ(K.457)、グルック「メッカの巡礼」による10の変奏曲(K.455)の4曲を収めたアルバム。収録は1963年1月に東京のNHKで収録されたセッション録音。レーベルはキングレコードからリリースされているNHK CD。

リリー・クラウスと言えばモーツァルト。パッと花が咲いたような可憐な演奏が記憶に残る人。ハイドンも少し録音があり、EMIのソナタ集や、以前取り上げたピアノトリオなどがあります。

2014/01/19 : ハイドン–室内楽曲 : リリー・クラウス/シモン・ゴールドベルク/アンソニー・ピニのピアノトリオ(ハイドン)

リリーク・クラウスの演奏で取り上げたのは、上のピアノトリオのみですが、これは1939年と戦前の録音。EMIに録音されたソナタ集は1957年とそれぞれかなり古いもの。今回NHKからリリースされたこのアルバムは1963年とこれまでの中では最も後の録音ということになります。

リリー・クラウスの詳しい略歴はリンク先の記事をご参照いただくとして、1936年の初来日の後、1942年からのアジア遠征で訪問したインドネシア、ジャワ島で日本軍に捉えられ、終戦まで軟禁された経験をもっているにもかかわらず、1963年に2度目の来日を果たします。ライナーノーツにはその来日時の公演プログラムのからリリー・クラウス自身の言葉が引用されています。

「(前略)私の1936年の最初の日本訪問中に芽生えた友情は、第二次大戦の辛い苦しい試練に耐えました。今、神の御恵みにより、過去の暗い雲は取りはらわれ、私は貴方の国へ再び戻る期待で、深くそして喜ばしい感動に満たされております。生命ある音楽は、今一度、私達を永久の友情に再び結び合わせますでしょう。」


このアルバムの録音は、その第2回の来日時のコンサートの合間に東京のNHKで収録されたものとということで、大変貴重なものと言えるでしょう。

このアルバムのレビューの前に、EMIのソナタ集からXVI:52を聴いてみます。モノラルながら1957年にして高音に独特の輝きを持つ可憐なリリー・クラウスのピアノの音色が心地よい録音。迫力よりは粒立ちのよい音階と華やかな雰囲気で聴かせる演奏です。右手でメロディーをクッキリ浮かび上がらせ、時折左手でキリリとアクセントをつけ、軽やかで華やかなドラマを演出します。2楽章の冒頭にテープの伸びと思われる音の揺らぎがありますが、気になるほどではありません。2楽章は思ったよりも深く迫力に満ちた展開。そしてフィナーレは鮮やかなタッチで疾走します。緩急の変化をしっかりつけた、リリー・クラウス49歳の頃の覇気とキレを味わえるバランスの良い演奏。

Hob.XVI:52 Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
本題の1963年の演奏。こちらもモノラル録音。EMIのものに比べると時代が下った分自然さは上がりますが、比較すると高音がこもり気味に聴こえ、普通に聴く分にはEMI盤の方が聴き映えがするかもしれません。リリー・クラウスらしい華やかさはEMI盤。ピアノの音の自然なバランスはこちらといったところでしょう。自然なタッチで、前演奏同様、クッキリとしたメリハリをつけて音楽が進みますが、リリー・クラウス独特の「あの」華やいだ感じは少し後退。なんとなくリリー・クラウスらしい軽やか、可憐な響きは録音のバランスに大きく影響を受けていたのかもしれません。1楽章は甲乙つけがたい感じ。
続くアダージョではこのアルバムのニュートラルな感じの印象が勝ります。EMI盤の彫り込みの深い演奏も良いのですが、曲想に素直に淡々とした印象を感じさせ、ところどころにリリー・クラウスらしさをうっすらと感じさせるセンスの良さも悪くありません。しっとりと沁みる演奏。
そしてフィナーレもしなやかさを保ちながら入りますが、すぐに粒立ちの良いタッチの心地よい響きに包まれます。タッチの硬軟の変化、フレーズごとの表情の濃淡が純粋に楽しめる演奏。薄化粧越しに聴いていたリリー・クラウスという人の音楽をようやく直に聴いたような印象。曲が進むにつれて真剣な音楽の迫力がじわりと伝わります。特に1音1音のタッチの絶妙な変化は見事なもの。少し荒さは感じさせるものの、この演奏でリリー・クラウスという人の音楽の真髄に触れた気がします。

この後のモーツァルトはさらに迫真の演奏。ハイドンに増して集中力が上がり、音楽の完成度はさらに上がります。

リリー・クラウスの1963年の来日時の貴重な録音。EMI盤が白粉の匂い漂う薄化粧をまとったリリー・クラウスの姿だとすると、こちらの録音は化粧を落としたリリー・クラウスの音楽に向き合った演奏といった感じ。どちらも彼女の音楽らしい個性に溢れた演奏ですが、どちらかと言うと、私はこのアルバムの演奏によって、リリー・クラウスという人の音楽に近づいた気がします。おそらく一般的にはEMI盤を取る人の方が多いかもしれません。評価は両演奏ともに[++++]とします。というのもこのアルバムに含まれるモーツァルトが絶品。やはりリリー・クラウスという人はモーツァルトの人とあらためて認識した次第。ハイドンの演奏が悪いということではありませんので、念のため。

にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : ピアノソナタXVI:52 ヒストリカル

ユーリ・テミルカーノフ/レニングラードフィル室内管弦楽団の「朝」、「昼」(ハイドン)

久々の交響曲です。

IMG_6640.jpg

ユーリ・テミルカーノフ(Yuri Temirkanov)指揮のレニングラードフィル室内管弦楽団(Chamber Orchestra of the Leningrad Philharmonic)の演奏で、ハイドンの交響曲6番「朝」、7番「昼」の2曲を収めたLP。収録は1972年、収録場所などはロシア語表記のみなので読み取れません。レーベルはソ連国営のMelodiya。

このアルバムは最近オークションで手に入れたものですが、ロシア国内向け仕様のため、表記はロシア語のみ。ドイツ語もフランス語でもなんとか当たりをつけて解読することができるのですが、ロシア語は大変です。ネットを駆使してレコード番号からロシア語の表記のサイトを探し出し、そこからグーグル翻訳などで英語に翻訳して読み解きます。演奏者とオケを特定するだけでも一苦労(笑)。なぜそこまでするかといえば、以前に取り上げた若きギドン・クレーメルの演奏するヴァイオリンソナタのMelodiya盤が録音も含めてあまりに素晴らしかったので、Melodiyaは宝探しのターゲットとなったわけです。

このアルバムもジャケットはシミだらけですが、盤の状態はそれほど悪くなく、いつものようにクリーニングすると黒々と光輝く盤面になりました。これは期待できるということで針を落とすと案の定素晴らしい響きが広がります! レビューの前に奏者の情報をさらっておきましょう。

ユーリ・テミルカーノフは1938年、ロシアの黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス地方の都市、ナリチク(Nalchik)に生まれた指揮者。小さい頃から才能に恵まれ、レニングラードでヴァイオリンとヴィオラを学びます。レニングラード音楽院でヴィオラを学んだ後、指揮を学び1965年に卒業。1966年にはソ連指揮コンクールで優勝し、コンドラシンに招かれ、オイストラフを伴ったモスクアフィルの欧米ツアーに帯同します。1967年にはレニングラードフィルの指揮台にデビューし、直後にムラヴィンスキーからレニングラードフィルのアシスタント指揮者に任命されます。その後1968年にはレニングラード交響楽団の首席指揮者、1976年にはキーロフ歌劇場(現マリンスキー劇場)の音楽監督などを歴任。以後は1988年からレニングラード・フィルハーモニー交響楽団、1998年からボルティモア交響楽団、2009年からパルマ・レージョ劇場のそれぞれ音楽監督を歴任。日本では読響の名誉指揮者であり、サンクトペテルブルク・フィルハーモニー管弦楽団と何度か来日していますので、おなじみの方も多いことでしょう。

このテミルカーノフ、調べてみると予想どおりハイドンの録音はこれまで手元にありませんので、このLPは貴重な録音です。意外にもロシアの指揮者のハイドンはいい演奏が多く、コンドラシン、フェドセーエフ、スヴェトラーノフ、コンスタンチン・オルベリアンとライヴを中心に名演盤がいろいろありますね。

Hob.I:6 Symphony No.6 "Le matin" 「朝」 [D] (1761?)
かなりゆったりとしたテンポでの序奏の入り。主題に入ると弦をかなり鳴らしてクッキリとメロディーラインが浮かび上がります。弦は直近、フルートやホルンの響きが奥に広がって非常に立体的に空間が広がります。ウキウキするような推進力。テンポが速くないのに推進力は抜群。各奏者のリズム感が冴え渡って1楽章はキリリと引き締まった見事な展開。録音も鮮明で言うことなし。
素晴らしいのが続くアダージョ。ここでもかなりゆったりと入りますが、緊張感が途絶えることがありません。ゆったりしているのに響きは非常に引き締まっていて、コンサートマスターのレフ・シンデルのヴァイオリンソロのがこれまた素晴らしい美音。それを包む大波のようなオーケストラの響き。やはりこの楽章はソロが上手いと違います。たっぷりと休符をとって音楽の構造を明快に弾き分けます。遅いからといって古臭い感じは全くしないのがすごいところ。
続くメヌエットも遅めのテンポは変わらず、遅めにもかかわらずかなりはっきりとメリハリをつけてきます。リズムは相変わらずクッキリ、オケの響きもクッキリ、特に木管楽器の溶け合うような響きが素晴らしいですね。グッとトーンを落とした中間部の濃密な描写で聴かせ、再び最初のメロディーに戻るところの描き分けも鮮やか。
フィナーレもじっくり入ります。しっかり音楽の骨格を描くことで曲の構造がよくわかります。ハイドンの書いた音楽のうち、楽器の音色の面白さに意識が集中するように意図したのでしょうか、じっくり描かれた朝は、聴き応え十分。

Hob.I:7 Symphony No.7 "Le midi" 「昼」 [C] (1761?)
前曲と同じく、ゆったりとした入り。ゆったりと言うよりもじっくりといった方がイメージが伝わるかもしれません。ハイドンの書いたこの曲の導入部がいかに素晴らしいか、噛み砕いて聴かせてもらっているよう。すぐに素晴らしい推進力と見事なソロのアンサンブルに包まれます。オケのリズムの良さは前曲そのまま。手堅く完璧なテミルカーノフのオーケストラコントロールに完全にのまれた感じ。
劇的に展開する2楽章もじっくりと音楽を丁寧に描いていくので、迫力十分。この2楽章は時代を先取りするような劇性を持った曲ですが、こうしてテミルカーノフの棒でしっかりと描かれるとその素晴らしさが際立ちます。まるでアンセル・アダムスの豊かなトーンのモノクロ写真のように、アーティスティックな風格が漂います。音楽の輪郭の濃淡を完璧にコントロールして、影の部分の豊かなラチュードが見所のように、音楽に潜むデリケートなニュアンスを完璧に再現。ものすごい描写力。そしてソロも当時のロシアのトップオケの奏者の面目躍如。この2楽章は絶品。あまりの素晴らしさに昇天。
そしてメヌエットはその緊張をほぐすように素直にリズムを弾ませ、そのリズムを少しづつ強調させるようにしてアーティスティックさを保ちます。中間部への切り替えの鮮やかさは前曲通り、コントラバスとホルンの響きがLPならではのダイレクト感で伝わってきます。元のテーマに戻る時は実に自然なのが不思議な所。
フィナーレもじっくり。オーソドックスにまとめてきますが、やはりそこここに表現の巧みさが見え隠れします。特にフルートをはじめとする木管楽器のキレの良さ、クッキリと浮かび上がるヴァイオリンなどが印象的。さらりと終わりますが、深い印象が残りました。

ユーリ・テミルカーノフの振るレニングラードフィル室内管の「朝」と「昼」ですが、これは名盤と言っていいでしょう。特に「昼」の2楽章は絶品です。ハイドンがこの時代に書いた曲がいかに先進的だったか改めて気づいた次第。テミルカーノフによって、この曲の持つ複雑なニュアンスと劇性、そしてメロディーの美しさ、完成度など群を抜くものであったとわかりました。評価は両曲とも[+++++]とします。

Apple Musicを検索してみると、他にロンドンと驚愕の音源が登録されていますが、ロンドンの方は録音がかなり悪く、驚愕の方も全曲が登録されていないようです。これはさらにLPを探す必要がありそうですね。

にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : ヒストリカル LP

デカニー四重奏団のOp.9(ハイドン)

今日は古いLPです。ちょっと前にオークションで手に入れていたものですが、前記事で触れた昇圧トランスを導入したのに合わせて取り出して聴いてみた次第。

IMG_6605_201608282155574c6.jpg

デカニー四重奏団(Dekany Quartet)によるハイドンの弦楽四重奏曲Op.9のNo.1からNo.6までの6曲と弦楽四重奏版「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」を収めた3枚組のLP。デカニー四重奏団によるハイドンの弦楽四重奏曲集の第6巻。収録年の記載はありませんが、他の巻の録音年代などから推測するに、おそらく1970年代のものかと思います。レーベルは米VOX。今日はOp.9を取り上げます。

デカニー四重奏団の演奏は以前に一度取り上げています。前回は珍しくOp.1を取り上げたのですが、これがとても素晴らしかったので、他の曲の録音も狙っていて、先日ようやくLPを手に入れたもの。演奏者の情報などは下の記事を御覧ください。

2013/11/22 : ハイドン–弦楽四重奏曲 : デカニー弦楽四重奏団のOp.1(ハイドン)

以前取り上げたのはCDだったんですが、ネットを調べてみると、収録された曲はLPでは第1巻にあたるもの。今日とりあげるアルバムは先に触れたとおり第6巻。ということで、メンバーを確認してみると第2ヴァイオリンが先のアルバムとは変わっていました。

第1ヴァイオリン:ベラ・デカニー(Belá Dekany)
第2ヴァイオリン:ペーター・アシュレイ(Peter Aslay)
ヴィオラ:アーウィン・シファー(Erwin Schiffer)
チェロ:ゲオルク・シファー(George Schiffer)

Hob.III:19 String Quartet Op.9 No.1 [C] (c.1769-70)
ヴァイオリンの印象的なメロディーから始まるこの曲。LPから立ち上る味わい深い響き。冒頭からピンと張り詰めた緊張感に包まれます。第1ヴァイオリンのベラ・デカニーの存在感が別格。LP自体は古いものゆえコンディションはベストとはいかないものの、弦楽器のダイレクトな響きの魅力はLPならでは。響きもいいのですが、凛としたテンポ設定、かっちりとした構成も文句のつけようのない、隙のない演奏。これぞハイドンという完成度の高さをいきなり見せつけます。
OP.9以前の曲集に収められた曲は5楽章構成で、この曲集から4楽章構成となり、2楽章はメヌエット、3楽章がアダージョとなります。すでにハイドンらしい優雅さを感じさせるメヌエットは中間部のをしっかり沈み込ませて対比をつけているところが流石。そしてアダージョは完璧な美しさ。このデカニーの演奏はアダージョの美しさ、険しさ、深さを全て表す名演奏と言っていいでしょう。鳥肌が立つような素晴らしい演奏に酔いしれます。
フィナーレは疾風のような勢いで軽々と弾き進めていきます。弦楽四重奏の中間2楽章は後年のアダージョ、メヌエットの順になる形が完成形と刷り込まれていますが、このメヌエット、アダージョの順のこの曲を聴くと、これはこれで素晴らしい完成度に聴こえます。1曲目からあまりの素晴らしさに圧倒されます。

Hob.III:20 String Quartet Op.9 No.2 [E flat] (c.1769-70)
ハイドンの弦楽四重奏曲は6曲セットが定番ですが、それぞれの曲のアイデアと創意に耳を向けると、いつもながら素晴らしい想像力に驚きます。2曲目のこの曲でも入りのメロディーから想像力に満ち溢れており、脳内にアドレナリンが充満。ここでもデカニーの、これぞハイドンという引き締まった演奏で安心して曲に浸ることができます。録音のせいか前曲よりもキレは劣る感じがしなくもないですが、ハイドンの書いたしなやかな曲に合わせた演奏なのかもしれません。しなやか、流麗、おおらかな演奏。
この曲もメヌエット、アダージョの順。1楽章を受けてか、メヌエットもよりしなやかな曲想でデカニーもそれを知ってか力が抜けて楽器を軽く鳴らしながらの演奏。そしてアダージョは短調の切々たる音楽。なんというヴァイオリンの美しい響き。クァルテットの美しさの全てが含まれる音楽です。これまでちょっと大人し目だったチェロが実に雄弁になり、アンサンブルの厚みが増します。
フィナーレはNo.1よりもさらに筆が込んで素晴らしい充実度。Op.9とはこれほど充実した曲だったかと改めて驚きます。

Hob.III:21 String Quartet Op.9 No.3 [G] (c.1769-70)
好きなNo.3。1楽章の独特の推進力に溢れたメロディーはハイドンのさりげないセンスのよさを感じる曲。曲を聴き進むにつれて、やはり展開のアイデアに唸るばかり。ちょっと音量を落としたつなぎのような部分は鋭敏なセンスにゾクゾクします。
この曲は2楽章と3楽章はメヌエット、ラルゴという構成。これまでの優美なメヌエットに代わって険しいメヌエットで新境地を切り開いているのでしょう。そう聴くと実に新鮮な音楽に感じます。6曲のクァルテットが小宇宙のように感じられ、それぞれ創意を凝らしながらも決して似ていない構成の曲を配置する面白さが浮かび上がります。そしてこの曲の緩徐楽章も美しさは並ではありません。弦楽器の響きの美しさを知り尽くしたハイドンによる音楽は全く飽きさせることなく、次々と新鮮なメロディーを放ってきます。この曲では呼吸の深さが印象的。
そしてフィナーレはコミカルな表情を織り込みながらも、曲を締めるかっちりした構成を感じさせるもの。各パートの鮮やかな弓裁きを聴かせて、最後はふっと力を抜いて終わる、冗談の先駆けのような終わりかた。いやいや見事と言うほかありません。

Hob.III:22 String Quartet Op.9 No.4 [d] (c.1769-70)
独特の短調の入りは、録音のせいか響きが柔らかく表情も穏やかに感じます。これまでもそうでしたが、ベラ・デカニーの演奏は早いパッセージの鮮やかな弓裁きが華やかな印象を強くしています。グッと溜めるボウイングと鮮やかに駆け上る音階の対比が表現の幅を増しているんですね。相変わらず見事なアンサンブル。ヴァイオリンがキリリと引き締まった隈取りをつけているからこそのアンサンブルの精度。
1楽章からの続きのようなメヌエットは、あえて平板に弾いているように聴こえなくもありませんが、メロディーの大きな展開に興味が行っているからこその表情。続いて3楽章はアダージョ・カンタービレ。やはり緩徐楽章はデカニーの美点が十分に発揮された演奏。伸びやかなヴァイオリンのメロディーとそれを支える他のパートの見事なコントラスト。
そして、フィナーレは意表を突くもの。これまでの流れに対してこのフィナーレはどうやっても思いつきません。もちろんハイドン流のアイデアに満ちていると同時に緊密な構成感も感じさせます。

Hob.III:23 String Quartet Op.9 No.5 [B flat] (c.1769-70)
前曲からLPの2枚目に移ってますが、2枚目の方が響きが柔らかく聴こえます。一通り主題の提示が終わって変奏にはいるところの絶妙なセンス。音楽の展開の面白さを知り尽くしているからこそ、この穏やかな部分で聴きどころを作れるのでしょう。変奏が進むにつれてその喜びは深さを増し、味わい深い音楽に包まれます。あまりに素晴らしい展開に聞き惚れ、こんな素晴らしい曲の聞き覚えがないと調べてみると、この曲は今までレビューに取り上げたことがなかったんですね。レビューしていればなんとなく展開に覚えがありますが、ただ聴いているのとレビューではこちらの力の入り方が違います。
メヌエットは非常に短いものの、大胆さの中にほのかな優美さが感じられるもの。メヌエットも曲ごとに進化しています。そして3楽章は長いラルゴ・カンタービレ。後半3曲の中の聴きどころ。ベラ・デカニーの伸びやかなヴァイオリンがLP独特の、そして昇圧トランスによって味わい深さが増した響きで際立ちます。ただ響きが美しいだけではなく、陰影の濃い音楽が織りなす深い情感。気づいてみるとNo.3の1楽章の印象深いメロディーの余韻のようなものが漂い、ワーグナーのライトモティーフを先取りしているような先進性をも感じます。
そしてフィナーレも進化。曲をまとめると言う気配とは異なり、無限に展開していくような印象を与えながらも、最後はしっかりと曲を締めくくる見事な展開。ハイドンが自ら確立した弦楽四重奏曲という形式の発展途上の試行錯誤をトレースしているような創造性あふれる展開。手に汗握ります。

Hob.III:24 String Quartet Op.9 No.6 [A] (c.1769-70)
最後の曲は出だしから驚きっぱなし。あっというような斬新なアイデアの連続に圧倒されます。一体どのようにしたらこれほど豊かなメロディーが湧き出てくるのでしょう。デカニーの味わい深くも折り目正しく精緻な演奏で再現されるハイドンの創造性。常人に思い浮かぶ展開の域をはるかに超えてくるハイドンの創意に常人の脳は混乱気味。
そうかと思うとメヌエットは舞曲らしいオーソドックスな展開。音楽を楽しむ聴衆との高度な駆け引きを事も無げにコントロールするハイドンの得意顔が浮かんでくるようです。このメロディーが頭に浮かんで楽譜に落とす瞬間に脳内を駆け巡る興奮が想像できます。続いてこの曲集の終わりを惜しむような静かなアダージョ。どこまでも透明に駆け上るヴァイオリンのメロディーにこの時代の郷愁を感じるのは私だけでしょうか。これは名曲ですね。絶品。
最後のフィナーレはあっけらかんと明るい曲。ドン・ジョバンニの終曲の大団円を彷彿とさせる諧謔性すら感じる明るさで曲集を締めました。

いやいや、このデカニーのOp.9は名盤です。小鳥遊さんや湖国JHさんがデカニーを推していたのも頷けるところ。Op.9という初期の作品がこれほどまでに輝き、これほどまでに深い音楽だと、このデカニー盤で教えられました。手元のLPは表面に擦り傷がチラホラと見えるあまり良いコンディションのものではありませんが、いつものようにVPIのクリーナーと必殺極細毛電動洗顔ブラシできれいにクリーニングしたところ、ノイズはほぼなくなり、彫りの深い見事な響きを聴かせてくれました。LPというメディアの素晴らしさを体感した次第。先日導入した昇圧トランスを通して聴くと古いアルバムの味わいの深さが倍増。これからのLP探しが一層楽しみになりました。もちろん評価は全曲[+++++]とします。LPとして入手しやすいわけではありませんが、Apple Musicに登録されていますので、音源としては入手は容易かと思います。読者諸兄の論評もお待ちしております!

にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : 弦楽四重奏曲Op.9 ヒストリカル

ドロルツ四重奏団の「皇帝」(ハイドン)

今日はまたしてもマイナーなLPです。先日オークションで手に入れたアルバム。

DrolcQ_201608142016048b0.jpg

ドロルツ四重奏団(Drolc Quartett)の演奏による、ハイドンの弦楽四重奏曲Op.76のNo.3「皇帝」。このアルバムに収録情報は記載されていませんが、ネットで原盤の情報を調べると1970年にリリースされたものとのこと。最近取り上げたジュリーニ/フィルハーモニア管のアルバムと同様、レーベルはEMIですが、日本のコーキ出版というところがリリースした"Library of Immortal Classics" というシリーズの第6巻。ドロルツ四重奏団の演奏はB面でA面には以前CDを取り上げたヘルムート・シュナイデヴィントによるトランペット協奏曲などが収録されていますが、こちらはレビュー済みです。

2013/08/10 : ハイドン–協奏曲 : ヘルムート・シュナイデヴィントのトランペット協奏曲

このシュナイデヴィントのトランペット協奏曲は湖国JHさんにCDを借りてのレビューだったので手元にアルバムがありませんでしたので丁度いい具合に手に入ってこちらも嬉しい限り。ちょっと怪しいリリース元ゆえ音質を心配しましたが、A面もB面もミントコンディションで国内盤らしからぬ瑞々しいいい音です。

さて、今日のメインディッシュのドロルツ四重奏団ですが、こちらも以前に取り上げています。

2012/12/04 : ハイドン–弦楽四重奏曲 : ドロルツ四重奏団のOp.77のNo.2

ドロルツ四重奏団はカラヤン時代のベルリンフィルの主要メンバーによって1950年台に結成されたクァルテット。以前取り上げたOp.77の方は結成直後の1950年代の録音であるのに対し、今日取り上げるアルバムは1970年のリリースということで、メンバーもチェロが入れ替わっております。

第1ヴァイオリン:エドゥアルド・ドロルツ(Eduard Drolc)
第2ヴァイオリン:ハインツ・ベトガー(Heinz Böttger)
ヴィオラ:ジークベルト・ユーバーシェール(Siegbert Ueberschaer)
チェロ:ハインリヒ・マヨウスキ(Heinrich Majowski)

このアルバムをオークションで手に入れようと思ったのも、以前のドロルツ四重奏団の演奏が素晴らしかったからに他なりません。針を落としてみると、このアルバムからも心に染みる音楽が流れだしてきました!

Hob.III:77 String Quartet Op.76 No.3 "Kaiserquartetett" 「皇帝」 [C] (1797)
いきなり、活き活きとした音楽が流れだします。速めのテンポですが、最初からテンポはかなり変化させて、自在な弓使い。LPらしい独特のダイレクトな響きに圧倒されます。4人の音色を揃えるような方向ではなく、4人の音色はそれぞれながら、肝心の音楽のエッセンスを揃えてくる感じ。響きは多様ながら音楽がピタリと揃っています。逆に響きを揃えるほうが簡単そうですね。時折ぐっとテンポを落としたかと思うと、すっと上げたり、演奏を楽しんでいる様子。
有名なドイツ国歌のメロディーとなった2楽章はしっとりと染みるようなゆったりとした音楽。少々時代がかった雰囲気ではありますが、この曲を癒しに満ちたゆったりとした音楽として演奏されると、まさに黄昏時のゆったりとした気持ちになってしまいます。1楽章同様、各パートがしっかりとヴィブラートをかけて歌いますので、実に味わい深い音楽になります。ちょっと細めのドロルツのヴァイオリンに、ヴィオラやチェロの暖かい音色が織りなす響きの綾の美しさから深い深い音楽が生まれます。
そしてメヌエットは少し遅めで直裁なボウイングが生み出すはっきりとしたメロディーがこれまでのゆったりとした余韻を断ち切り、音楽の展開を印象付けます。特に中間部の弦のくすんだ音色はなんとも言えずいい具合い。LPだからこその美しい響きとたった4本の弦楽器から繰り出される音楽の多彩な表情に驚きます。
そしてフィナーレも力に頼らず、音色の変化を存分に駆使して音楽が展開します。弦楽器の音色の美しさの奥行きが一層深い感じ。この演奏よりも磨かれた演奏は数多くあるかと思いますが、この演奏より深みを感じる演奏はそう多くはありません。まさに4人が目の前で微笑みながら演奏を楽しんでいる様子が目に浮かぶよう。曲の最後をきっちり締めてくるあたりも素晴らしいところです。

ベルリンフィルの腕利き奏者を集めたドロルツ四重奏団によるハイドンの「皇帝」。考えてみると、ドイツ国歌のもとになった曲を、ドイツを代表するオーケストラの精鋭メンバーで構成したクァルテットが演奏するという、これ以上ない組み合わせなわけです。この演奏を聴くと、後年の精緻な響きではなく、ちょっと不揃いなところもありながら唸るような迫力を聴かせたカラヤン全盛期のベルリンフィルを支えたメンバーの息吹が感じられます。クァルテットの多彩な魅力を味わえる名演奏と言っていいでしょう。評価は[+++++]とします。

このところ記事を書きつつもオリンピック中継に気をとられて、なかなか筆が進みませんね。かつてない日本のメダルラッシュ。まだレスリングなどもあり、メダルの数も増えそうですね!

にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : 皇帝 ヒストリカル LP

プロフィール

Daisy


Author:Daisy

なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

最新記事
カテゴリ
タグリスト
スクロールできます。

美人奏者ピアノソナタXVI:39四季迂闊者交響曲12番古楽器交響曲70番ライヴ録音天地創造太鼓連打東京芸術劇場マーラーピアノ協奏曲XVIII:4ピアノ協奏曲XVIII:11アコーディオンピアノ協奏曲XVIII:3ピアノ協奏曲XVIII:7SACDバリトン三重奏曲スコットランド歌曲ディヴェルティメントヴェルナーガスマンベートーヴェンシューベルトモーツァルト東京オペラシティLPピアノソナタXVI:38ヒストリカルピアノソナタXVI:31アンダンテと変奏曲XVII:6哲学者ラメンタチオーネ交響曲80番交響曲67番ピアノソナタXVI:24交響曲35番交響曲46番交響曲51番協奏交響曲ヴァイオリン協奏曲DVDピアノソナタXVI:49ピアノソナタXVI:52ファンタジアXVII:4交響曲47番ピアノソナタXVI:48十字架上のキリストの最後の七つの言葉テレジアミサピアノソナタXVI:46ピアノソナタXVI:23ピアノソナタXVI:34ピアノソナタXVI:21ピアノソナタXVI:28ピアノソナタXVI:40ピアノソナタXVI:20アリエッタと12の変奏XVII:3サントリーホール帝国ラ・ロクスラーヌ弦楽四重奏曲Op.76皇帝ハイドンのセレナードピアノソナタXVI:51ピアノソナタXVI:50五度ラルゴ交響曲1番ピアノ三重奏曲ひばり日の出弦楽四重奏曲Op.64チェロ協奏曲ピアノソナタXVI:32ピアノソナタXVI:44ピアノソナタXVI:36ラウドン将軍弦楽四重奏曲Op.33弦楽四重奏曲Op.77弦楽四重奏曲Op.1リヒャルト・シュトラウス軍隊騎士弦楽四重奏曲Op.74弦楽四重奏曲Op.20交響曲17番ピアノソナタXVI:1ピアノソナタXVI:27弦楽四重奏曲Op.103シベリウス武満徹交響曲4番時の移ろい無人島交響曲42番ベルリンフィルホルン信号交響曲19番告別弦楽四重奏曲Op.55弦楽四重奏曲Op.54交響曲86番王妃交響曲87番弦楽四重奏曲Op.9フルート三重奏曲トランペット協奏曲ピアノソナタXVI:26ピアノソナタXVI:25ピアノソナタXVI:29驚愕時計ロンドンピアノソナタXVI:10リュートピアノ五重奏曲ピアノとヴァイオリンのための協奏曲XVIII:6チェチーリアミサ東京国際フォーラムラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン雌鶏交響曲39番冗談ナクソスのアリアンナ英語カンツォネッタ集アレルヤピアノ協奏曲XVIII:5ピアノ協奏曲XVIII:9ヴァイオリンソナタバッハ交響曲52番ホルン協奏曲ピアノ協奏曲XVIII:2交響曲78番交響曲79番交響曲81番交響曲99番ロンドン・トリオブルックナー交響曲88番オックスフォードカノンモテットオフェトリウムドイツ国歌ピアノソナタXVI:37スタバト・マーテルピアノソナタXVI:42弦楽四重奏曲Op.50よみうり大手町ホールクラヴィコードパッヘルベル弦楽四重奏曲Op.17交響曲102番アダージョXVII:9受難ピアノソナタXVI:35交響曲84番パリセットベルクブーレーズピアノソナタXVI:6交響曲全集主題と6つの変奏弦楽四重奏曲Op.71オペラアリアスクエアピアノピアノソナタXVI:41ショスタコーヴィチ交響曲68番交響曲57番リラ・オルガニザータ協奏曲オーボエ協奏曲悲しみリーム交響曲89番交響曲50番CD-R偽作トビアの帰還ホルン三重奏曲薬剤師ヴァイオリンとヴィオラのためのソナタオルガン協奏曲火事交響曲38番リベラ・メピアノ協奏曲XVIII:10奇跡交響曲97番交響曲18番交響曲34番交響曲77番ストラヴィンスキー温泉フルートソナタ交響曲98番ドイツ舞曲誕生日交響曲90番校長先生交響曲93番ピアノソナタXVI:47bis音楽時計曲ピアノソナタXVI:11ピアノ小品カートリッジ雅楽プロコフィエフヘンデルサン=サーンス交響曲36番シェーンベルクリストピアノソナタXVI:14オーディオバリトン二重奏曲交響曲75番交響曲66番交響曲91番長岡鉄男歌舞伎おすすめ盤ピアノソナタXVI:47読売日響第九オペラ歌舞伎座スケルツァンド弦楽四重奏曲op.33ザルツブルク音楽祭ピアノソナタXVI:12変奏曲XVII:7ピアノソナタXVI:22オペラ序曲天地創造ミサジャズネルソンミサ弦楽四重奏曲Op.42交響曲76番ピアノソナタXVI:4ピアノソナタXVI:43古楽器風東急文化村ノットゥルノピアノソナタXVI:2ヴェーベルン哲学者の魂、またはオルフェオとエウリディーチェライヴ府中の森芸術劇場裏切られた誠実マリア・テレジアバリトン五重奏曲ハイドン入門者向け歌曲ピアノソナタXVI:G1ピアノソナタXVI:8ウィーンフィル月の世界交響曲72番建築ファリャマリアテレジア交響曲56番交響曲27番2つのホルンのための協奏曲展覧会ピアノソナタXVI:19弦楽四重奏曲全集シャンゼリゼ劇場8人のへぼ仕立て屋に違いない弦楽四重奏曲Op.2皇帝讃歌交響曲24番大オルガンミサ小オルガンミサ新橋演舞場交響曲5番交響曲10番テ・デウムサルヴェ・レジーナカッサシオン室内楽曲ピアノソナタXVI:45ベトナム料理国立新美術館高音質CD剃刀ドビュッシー交響曲28番交響曲13番交響曲95番交響曲107番変わらぬまこと交響曲108番交響曲62番ジプシー・ロンドチェンバロ四重奏曲交響曲9番交響曲3番交響曲2番スカルラッティカンタータ声楽曲戦時のミサ珍盤ザロモンセットN響ハルモニーミサミサ曲全集NHKホールハインリッヒミサピアノソナタ全集ジュピターレコードマーキュリー管弦楽曲室内楽変奏曲XVII:5交響曲54番交響曲41番ギターピアノソナタXVI:33府中交響曲58番ピアノソナタXVI:30カラヤン弦楽三重奏曲スウェーリンク書籍交響曲65番ニコライミサ交響曲71番アプラウスピアノソナタXVI:13魂の歌仙台ヤナーチェク現代音楽Blu-ray狩りピアノソナタ

ハイドン所有盤リスト
Joseph Haydn Discography at H. R. A.
所有盤をジャンル別にリスト化しています。基本的に録音年順とし、録音年不明のものは末尾に記載。演奏者名はジャケットなどの表記に合わせています。

2016年9月のデータ(2016年9月30日)
登録曲数:1,361曲(前月比+3曲) 登録演奏数:9,608(前月比+87演奏)
月別(表示数指定)
リンク
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カウンター
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
ブログ内検索
Translation(自動翻訳)
ブログランキング等
当Blogへお越しの際は、下のバナーをクリックの上お仲間のBlogも是非お楽しみください。
クラシック音楽鑑賞の情報満載。
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ

クラシックの膨大なブログランキング。更新もクイック。
人気ブログランキングへ

音楽家、音大生、音楽愛好家のブログランキング。
音楽ブログランキング

このブログの成分解析。キーワードによるブログランキング。
blogram投票ボタン

大家さんFC2のクラシックブログランキング。


おすすめ(音楽)
ハイドンの超厳選名演盤。
AdamFischer97.jpg
沸き上がる興奮(Blog記事

Gloukhova2.jpg
ピアノソナタ新風(Blog記事

RialAria.jpg
恋人のための...(Blog記事

書籍もCDも送料1点から無料。配送クイック。


クラシックのアルバム・日本語解説が一番充実。
HMVジャパン
HMV ONLINEでハイドンのアルバムを検索icon
HMV ONLINEでハイドン関係書籍・楽譜を検索 icon

クラシックの独自企画・復刻盤は要注目。


おすすめ(音楽以外)




アクセスランキング(FC2)
[ジャンルランキング]
音楽
181位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
クラシック
13位
アクセスランキングを見る>>
twitter
ブログの更新情報などをつぶやいています。
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ