ジュリア・クロードのピアノソナタ全集第4巻(ハイドン)

最近入手した気になるアルバム。またまた宝物に出会いました。

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ジュリア・クロード(Julia Cload)のピアノによるハイドンのピアノソナタ9曲(Hob.XVI:8、XVI:2、XVI:12、XVI:14、XVI:25、XVI:42、XVI:46、XVI:20、XVI:32)を収めた2枚組のCD。収録に関する情報は記載されていませんがPマークが2009年と記載され、ハイドンのアニヴァーサリーイヤーであるこの年にコンサートも開いたとのこと。レーベルは英Meridian。

ジュリア・クロードのピアノソナタ集はこれまでに3巻がリリースされていましたが、それぞれ1985年、1989年、1990年のリリースということで、第3巻から20年近く経ってから第4巻がリリースされたことになります。ということで第3巻を記事に取り上げた際には完結などと書いてしまいましたが、どっこいまだ完結していなかったことになりますね。以前に取り上げた際の記事はこちらをご参照ください。

2013/10/03 : ハイドン–ピアノソナタ : ジュリア・クロードのピアノソナタ集完結
2010/09/25 : ハイドン–ピアノソナタ : ジュリア・クロードのピアノソナタ集

ジュリア・クロードはハイドン研究の大家、ロビンス・ランドンが推薦していたピアニスト。そのあたりのことは完結の方の記事をご参照ください。これまでにリリースされたアルバムの演奏はランドンが推すだけのことはあって、くっきりとした右手のメロディーの輝きを感じさせるなかなかの演奏でした。この度手に入れたアルバムはこれまでリリースされたアルバムとは時代が変わって、ジャケットのデザインも変わり、録音も比較的最近のものということでクロードのくっきりとした演奏にさらに磨きがかかったものであろうと想像して、アルバムを聴き始めました。ライナーノーツを見てみると、ハイドンのピアノのソナタ「全」集の第4巻とはっきりと書かれているので、この第4巻のリリースによって停滞していたと思われた全集化の歩みは止まっていなかったわけですね。

Hob.XVI:8 Piano Sonata No.1 [G] (before 1760)
ごく初期の練習曲のようなシンプルなソナタですが、豊かな残響の中にピアノがくっきりと浮かび上がる見事な録音によって、シンプルなメロディーがくっきりとしかも豊かにに響きわたります。ジュリア・クロードはかなりリラックスして、このシンプルなソナタをまるで小人の国で遊びまわるように楽しげに演奏していきます。オルベルツのような芯のしっかりした面もあり、それでいて響きの美しさは超一級。これまでの3巻の演奏から奏者の熟成を感じる素晴らしい演奏。ピアノはヤマハのCFIIIですが、これほど研ぎ澄まされたヤマハの音を聴くのは初めて。Meridianの素晴らしい録音によって初期のソナタの美しさが最上の形に仕上がっています。

Hob.XVI:2 Piano Sonata No.11 [B flat] (c.1762)
初期のソナタが続きますが構成は随分進歩して、楽章間の対比もよりはっきりとしてきています。研ぎ澄まされた響きの美しさは変わらず、そしてハイドンの仕組んだリズムの面白さや、ふとした瞬間の翳り、ハッとするようなアイデアを丹念に拾って美音に包みこんだ名演奏。そして表現も深みを帯びてきました。少し前に取り上げた、エイナフ・ヤルデンの演奏が知性に訴えるような美しさだったのに対し、ジュリア・クロードの演奏は優しさに包まれた響きの美しさ。揺りかごに揺られながら聴く音楽のような安堵感に包まれます。

Hob.XVI:12 Piano Sonata No.12 [A] (before 1765)
入りの気配から洗練の極み。いつもながらハイドンの創意の多彩さに驚かされますが、それも極上の美音で聴くと一段と冴えて聴こえます。メロディーもリズムもハーモニーも全てが信じられないような閃めきの彼方からやってきたよう。脳の全神経が音楽に揺さぶられて覚醒。短いソナタにもかかわらず、なんと刺激に満ちた音楽なのでしょう。それも優しさと機知に飛んだユーモラスな刺激。この演奏によってこのソナタにこれほどの魅力があると気づかされました。

Hob.XVI:14 Piano Sonata No.16 [D] (early 1760)
曲を追うごとに創意の多彩さに打ちのめされるのがハイドンのソナタ集の常。予想外に展開する音楽に呑まれます。音符を音にしているのではなく音符に宿る魂を音楽にしているがごとき見事なクロードの魔術にかかっているよう。タッチのデリケートさは尋常ではなくこれ以上繊細にコントロールするのは難しいとも思える領域での演奏。散りばめられたそれぞれの音が溶け合ってまばゆい光を放っています。こればかりは聴いていただかなくては伝わりませんね。2楽章のメヌエットから3楽章のアレグロへの変化は誰にも想像がつかない見事な展開。独創的な3楽章に改めて驚きます。

Hob.XVI:25 Piano Sonata No.40 [E flat] (1773)
これまでの曲よりも少し下った時代の曲。曲の展開とメロディーの構成は一段と緊密になりますが、これまでの曲のシンプルさもハイドンらしい音楽として見事に仕上げてきていますので、聴き劣りしていたわけではありません。フレーズごとの描き分けはさらに巧みになり、音楽の起伏も大きくなっていきますが、聴きどころがクロードの演奏の見事さから、曲自体の素晴らしさに移ってきているようにも感じます。この曲から聴き始めていたら、もう少し普通の演奏に感じたかもしれません。それだけシンプルな曲におけるクロードの表現が素晴らしいということです。もちろんこの曲でもクロードのデリケートな表現力は変わらず素晴らしいものがあります。

Hob.XVI:42 Piano Sonata No.56 [D] (c.1783)
CD1の最後の曲。有名曲ですので聴き覚えのある方も多いはず。クロードの演奏は洗練の極み。この曲の私の刷り込み盤はブレンデル。この曲で最初に手に入れたアルバムだけに鮮明に覚えていますが、クロードの演奏を聴いてしまうと、今まで磨き込まれた名演だと思っていたブレンデルの演奏が無骨に聴こえてしまうほど透き通るような透明感に溢れた演奏です。ハイドンのソナタがこれほどの輝きを持つことに驚きます。ゆったりと語られる一音一音にそれぞれ意味が込められ、まさに絶妙に磨き込まれた孤高の響き。

Hob.XVI:46 Piano Sonata No.31 [A flat] (1767/70)
CD2は1770年代の名曲が3曲並びます。空中にピアノの美音が漂うような雰囲気満点の録音。磨き抜かれた宝石のようなピアノの美音が転がりだしてきます。この曲は、構成の面白さ、アイデアの豊富さ、メロディーの美しさなどこれまでの曲よりさらに一段高いレベルの曲ですが、このジュリア・クロードの演奏はその中でも響きの美しさとメロディーの美しさに踏み込んだ演奏。曲の骨格よりもハーモニーの美しさを追い込んでいきます。この演奏によってハイドンが最も生み出すのが難しいものと語ったメロディーの類稀な美しさにスポットライトが当たります。特にデリケートなタッチによってヂュナーミクの変化は無限の階調とも言えるしなやかさを帯び、ハイドンがまるでエンヤの音楽のように漂います。ちょっとやりすぎのような気がしなくもありませんが、これはこれでハイドンのソナタの一つの姿とも言えるでしょう。

Hob.XVI:20 Piano Sonata No.33 [c] (1771)
好きなXVI:20。一歩一歩踏みしめるようなたどたどしい入りに驚きます。響きの深さはこのアルバムに共通ですが、表現が少しづつ深くなります。徐々に歩みを速めていきますが、聴き進む間にテンポを自在に変化させ、ソナタの格にふさわしい表現の深さを聴かせます。まさに詩情あふれる演奏とはこのこと。2楽章のアンダンテが聴きどころと思っていたところ、その前にやられてしまいます(笑)。そして2楽章は予想どおり美しさを極めた演奏となります。クロードのタッチはこの曲でもデリカシーに富んだものですが、曲が曲だけにそのレベルは極まった感じ。フィナーレの達観したかのような落ち着きも見事。

Hob.XVI:32 Piano Sonata No.47 [b] (1776 or before)
最後も有名曲。タッチのキレに初めて殺気のような迫力を感じます。テンポが次々と変わり、CD2に入って自在な表現を極めてきた感じ。響きの美しさばかりでなく1楽章中盤からの畳み掛けるような迫力も加わり、過去に録音された3巻よりも明らかに表現のスケールが大きくなり円熟を感じます。より曲の本質に迫ろうとする意欲が音楽に乗っているのがわかります。メヌエットも直裁なキレを聴かせたかと思うと穏やかな膨らみで和ませ、キレ味を引き立てる見事な展開。そしてフィナーレは全方角から音の雫が降り注ぐようなこれも見事な表現に参ります。

1985年のシリーズ第1巻の録音から24年後、直近の第3巻の1990年の録音から19年を経て2009年に録音された2枚組の第4巻ですが、その間の時の流れを経ての録音であるとの説得力を感じさせる、円熟味が加わった見事な演奏。ジュリア・クロードというピアニストが人生を賭けてハイドンのソナタに取り組んでいるとわかる素晴らしい演奏でした。はじめは数曲取り上げるだけにしておこうかと思って聴きはじめましたが、あまりの面白さに3日かけてしっかり聴き通して記事にした次第。もちろん評価は全曲[+++++]とします。
これまでのリリース間隔から想像するに、すぐに第5巻がリリースされるとはいかないでしょうが、それでも2009年の録音から8年が経過しており、第5巻がそろそろリリースされてもおかしくないでしょう。次のアルバムが待ち遠しいですね。

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【新着】ダリア・グロウホヴァのピアノソナタ集(ハイドン)

新着アルバムが続きます。リリースされたのは少し前でしたが、HMV ONLINEから最近届きました。

Gloukhova.jpg
HMV ONLINEicon / amazon / TOWER RECORDS

ダリア・グロウホヴァ(Daria Gloukhova)のピアノによるハイドンのピアノソナタ4曲(Hob.XVI:39、XVI:32、XVI:31、XVI:12)と、ピアノ協奏曲(XVIII:11)のあわせて5曲を収めたアルバム。協奏曲の伴奏はパヴェル・ゲルシュタイン(Pavel Gerstein)指揮の管弦楽団との表記。録音用の臨時編成のオケでしょうか。収録は2011年12月、モスクワ議会議事堂のラジオ放送収録第1スタジオでのセッション録音。レーベルは米ルイジアナ州バトン・ルージュのCENTAUR。

このアルバム、久々にジャケットから怪しい妖気が立ちのぼっております(笑)。アイドル系というには少々個性的なグロウホヴァがほくそ笑む、なかなかインパクトのあるジャケット。

ライナーノーツによると、グロウホヴァは1986年,モスクワ生まれのピアニスト。まだ27歳と言う若さ。ゴルバチョフがソ連共産党書記長に就任したのが1985年、そしてベルリンの壁崩壊が1989年ですので、まさにモスクワは激動のさなかにあった時代に生まれた人。モスクワのチャイコフスキー音楽院で学び、20歳になる2006年からプロの演奏家として活躍しているそうです。ネットを探すと、彼女のサイトがありました。

Russian Pinanist Daria Gloukhova

アルバムは、今日取り上げるアルバムと同じCENTAURから他に2枚リリースされていますが、モーツァルト、フンメル、メンデルスゾーン、グリーグなど、比較的軽めのものが多いようで、このハイドンのアルバムが3枚目。amazonをみると、4枚目もリリースされ、これもハイドンのようです。

アメリカのデキシーランドジャズの聖地、ニューオーリンズに近い街にあるレーベルが、ロシア人の若手ピアニストを起用して、古典の本流ハイドンの曲のレコーディングをモスクワで行うという平和な時代のアルバム。果たしてどのような音楽が流れてくるのか、興味津々です。

Hob.XVI:39 / Piano Sonata No.52 [G] (1780)
最新の録音のものだけにピアノの艶やかな音色が鮮明に収められています。女性らしい軽やかさ、流れるようなタッチでハイドンの曲を自然な響きで紡いで行きます。曲の構造を意識させる事なく、詩的に柔らかな表情を表現することを狙っているよう。最近聴いたワリド・アクルやギャリック・オールソンとは全く異なるアプローチ。女性ならではの繊細かつ自然なソノリティーがなかなかいいですね。なんとなくショパンをイメージさせる演奏です。
アダージョに入ると、音階を崩しながら本当にショパンの曲を聴いているような気にさせる、くだけた表現。ちょっとロシア人ピアニストというイメージではなくフランスの人のような印象。独特のセンスを持ち合わせているようですね。じつに優雅で華麗な時間。
フィナーレは、高音の透明感溢れる響きの美しさにため息が出ます。独墺系のピアニストとはまったく異なるアプローチ。転がるような高音の魅力はこの人の持ち味でしょう。キレを聴かせるためではなく、情感濃く音楽を奏でるためのキレは持ち合わせているよう。なかなかいいかもしれません。

Hob.XVI:32 / Piano Sonata No.47 [b] (1776 or before)
聴き慣れた曲ですが、これまで聴いたどの演奏とも異なる詩的な入り。と思ったところで、突然強烈なギアチェンジで爆速に。再び詩的な音楽に戻るなど、こちらの脳髄直撃の変化球を投げてきます。ハイドンの楽譜の奥に潜む、ハイドン自身も考えつかなかった音楽を掘り出そうとしているようなアプローチ。これだけテンポの変化の激しいこの曲ははじめて聴きます。
つづくメヌエットではハイドンの曲が持つ美しさを踏まえて、再び詩情溢れる演奏。高音の美しいメロディーを訥々と奏でていくのを得意としているようですね。強奏の部分の盛り上げる演出も非常に巧み。前振りないアタックは一切なく、しなやかさを保ちながらの駆け引きが続きます。
フィナーレは個性的。転がるように滑らかな右手音階と、くっきりとしたアクセントの織りなす音楽の豊かさ。他の誰の演奏とも似ていない個性は流石なところ。キレよくさっぱりした印象もありながら、これだけの個性的な余韻をのこすあたり、かなりのキレ者であることは間違いありません。

Hob.XVI:31 / Piano Sonata No.46 [E] (1776 or before)
すっかりグロウホヴァの魅力にハマったようです。これだけ個性的な演奏ながら、ハイドンの曲の演奏として、表現の範囲を逸脱しているという印象はありません。力感と機知のバランスも良く、この人が今後成熟していくことで、この表現がどこまで深まるか楽しみな存在です。曲が進むにつれて、めくるめく音楽にどっぷり浸ります。この曲でも、意外にダイナミックな表現を見せたり、かと思うとフィナーレではコミカルなリズムの面白さを際立たせたりと音楽を造っていくのが上手い所を印象づけます。

Hob.XVI:12 / Piano Sonata No.12 [A] (before 1765)
ぐっと時代を遡った初期の軽い曲。ころがるような高音の美しい響きから紡ぎ出される素朴なメロディーに聴き入ります。まるで水仙の群落の甘い香りに包まれているような気分にさせられる華麗な音楽。続くメヌエットは前半でタッチのキレのよさを印象づけ、中盤でしっとりと濡れたようなデリケートなタッチに変化。なかなか表現の幅が広く、この小曲を飽きさせません。フィナーレも手堅くまとめて聴かせ上手ぶりが際立つ演奏でした。

協奏曲も続けたいのですが、今日はここらで時間切れ。またの機会に取りあげることにいたしましょう。

ダリア・グロウホヴァのピアノ、最近聴いたハイドンのピアノソナタの中では、詩情の濃さでは一番でしょう。独特の雰囲気のあるピアノは、男性ピアニストとは明らかに異なる、女性ならではのほんのりと色香の漂うピアノでした。まだ若いのにこの香しさはなんでしょう。このまま円熟を重ねるとハスキル並みの個性的なピアニストになりそうな予感がします。今日聴いたソナタはどれも個性的な演奏で、その音楽性も確かなものでした。評価はXVI:32のみ[++++]、他の3曲は[+++++]とします。XVI:32はかなり踏み込んだ表現ですが、ギアチェンジが激しすぎのように感じる人も少なくないでしょう。何れにしても、この先が楽しみなピアニストです。

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ブラッドフォード・トレーシーのフォルテピアノソナタ集

まだLPが続きます。

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ブラッドフォード・トレーシー(Bradford Tracey)のフォルテピアノの演奏によるハイドンのピアノソナタ4曲(Hob.XVI:6、XVI:12、XVI:28、XVI:50)と、アンダンテと変奏曲(XVII:6)の5曲を収めたアルバム。収録は1981年、ドイツの南西端にあるバート・クロイツィンゲン(Bad Krozingen)城でのセッション録音。レーベルはFSM toccataというところ。ドイツ語の解説が先に書かれているのでドイツのレーベルでしょう。

今日はなんと、出勤時に駅まで急ぎ足で歩いていて、交差点の信号の変わりばなに足を踏み出したところ、右足のふくらはぎからピシッという音がして激痛が走りました。肉離れです。昨年も一度やったところ。しばらくじっとしていましたが、満員電車での通勤は無理とあきらめ、3倍くらいの時間をかけてびっこをひきながら家にもどり、会社に休みの連絡を入れました。朝一番で近所の整形外科に行き、前回のときと同様、念のためレントゲンを撮って骨には異常がないことを確かめ、「肉離れですね」と整形外科医にとっては日常的な軽めの扱い(笑)
シップを貼って、包帯で圧迫。そして消炎鎮痛剤が処方されました。前回は勤務先そばの整形外科でしたので、今回と違う先生。前回は包帯はなしでしたが、すこし圧迫した方が良いそう。ということで今日は自宅で静かに、音楽を聴いて療養していた次第です。

最近集中してLPを聴いていますが、DL-103の図太い音色から、SHURE V15typeVのモニター調の精緻な音色が恋しくなり、カートリッジをV15typeVに変えて、久々にアームをいろいろ調整しました。LPはカートリッジを変えることで音質がかなり変わりますので、それも楽しみの一つです。

SHUREに変えたので、古楽器などが良かろうと取り出したのが今日のアルバム。

奏者のブラッドフォード・トレーシーは1951年、カナダ東端のノヴァ・スコシア生まれのピアニスト、フォルテピアノ奏者。ノヴァ・スコシアといえば、以前取りあげたゲオルク・ティントナーが晩年落ち着いたところですね。当初からフォルテピアノなどの古楽器を学び、ハンス=マルチン・リンデらとスコラ・カントルム・バジリエンスとして演奏活動をしていました。また古楽器の収集家としても知られた人とのことです。1979年からはベルリン芸術アカデミーの教職につきました。1987年に36歳で亡くなっています。

このアルバム、LPの実体感溢れる音響によってフォルテピアノの鮮明な響きが味わえるなかなかいいアルバム。しかも全5曲それぞれ異なる楽器で弾かれているのも楽器収集家でもあった奏者のこだわりでしょう。今はほとんど知る人のいない、ブラッドフォード・トレーシーの名演奏と楽器の音色の違いを楽しみながら、肉離れを癒したいと思います。

Hob.XVI:6 / Piano Sonata No.13 [G] (before 1760)
楽器:Cembalo nach Blanchet, Paris um 1730 von William Dowd
ハープシコードのキレのいい音色で奏でられる初期のソナタ。非常に鮮度の高い響き。トレーシーの演奏は粒立ちのよいハープシコード独特のきらびやかな音色を生かして、キビキビとしたテンポの良い演奏。フレーズの単位ごとに少し間をとりながら進めることで、構成感もあります。2楽章はメヌエットで、かわらぬキビキビ感を保ちます。休符を長くとることで、曲が引き締まります。左手で奏でるリズムに変化があり単調な感じは一切しません。3楽章がアダージョ。さっぱりとしながらも少し練りが入り、詩的な印象も加わります。このアダージョの素朴な展開の美しさは見事。曲想と楽器がぴったりマッチしてえも言われぬ感興。フィナーレも無理せず、ありのままの音楽ですが、楽器をキャパ一杯まで鳴らし最後のクライマックスにもっていきます。

Hob.XVI:12 / Piano Sonata No.12 [A] (before 1765)
楽器:Tavelklavier, unsigniert, Schweiz um 1770
音色がずっとピアノに近くなります。特に中高音の響きに余裕が感じられます。この曲も初期の曲ですが、前曲と聴かせどころが全く異なり、練習曲のような音階の繰り返しと規則的な一貫したテンポ。ここでも曲想と楽器の音色が見事に一致。楽器の音色に関して相当鋭敏な神経の持ち主と見ました。演奏は古典派らしく、踏み外したところのないバランス感覚溢れたもので、音色に多くを語らせようと言う事でしょうか。

Hob.XVI:28 / Piano Sonata No.43 [E flat] (1776 or before)
楽器:Fortepiano von Johann André Stein, Augsburg um 1780
今度は良く乾燥が進んだ乾いた音色の胴鳴りの美しさをともなったフォルテピアノの響き。強弱のレンジも広がり、曲の構造が一層浮かび上がってきます。中音域の粒立ちの良さと高音域のすこしオフ気味な柔らかい音色がメロディーラインの印象を華やかにします。トレーシーの演奏は慎み深く、楽器本来の響きを鳴らす事に集中しているようです。特に面白いのがフィナーレ。主題が次々と変化し印象を変えていくのでしたが、重なり合うようにフレーズが有機的に変化していき、次々と楽器の音色も変化して、千変万化する音楽の豊かさが印象的。

Hob.XVII:6 / Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
楽器:Fortepiano von Johann Gottliev Fichtl
LPを裏返して晩年の名曲になります。前曲の楽器より若干、木部の乾燥が進んでいないような印象のしっとりとした音を奏でるフォルテピアノ。ちょっと箱鳴りっぽい余韻がつきまといます。この曲の影のある表情を強調しようという意図でしょうか。前曲で使った伸びのいい爽快感のある楽器での演奏の方がしっくりくるのではないかという見方もあるでしょう。トレーシーの演奏は一貫して抑制がききつつも表情は豊かで、いい意味で淡々としたところもあり、ハイドンのピアノソナタを知り尽くした人にしかできないきっちりしたもの。この曲の激しさは影を潜め、柔らかいフォルテピアノの音色による回想シーンのような雰囲気のある音楽。途中の抑えた音色の部分の深い表現もあり、この曲の幽玄とした印象がにじみ出る名演奏です。

Hob.XVI:50 / Piano Sonata No.60 [C] (probably 1794)
楽器:Fortepiano von John Broadwood & Son, London 1798
最後の曲。高域の響きのいい楽器。粒立ちがいいというのではなく、アタックよりも胴鳴りの豊かさを感じる響き。ハイドンのソナタの頂点に位置する曲ですが、意外にここに来てテンポの変化をかなりつけた演奏です。微妙にテンポを上げたり落としたりして、フレーズごとに自在な表情付け。音色の方は一貫して響きのいいもの。この曲ごとのスタンスの違いも面白いですね。途中ペダルを効果的に使って、あえて楽器全体が響くような特殊な響きを置いたりして、聴き手の予測を超える変化を見せる器の大きさ。楽器の響きをすべて知り尽くした人だけが出来る演出でしょう。2楽章のアダージョに至ってトレーシーの自在なタッチはさらにくだけて、自在さの限りを尽くすよう。初期のソナタのかちっと引き締まった演奏とは別人のような閃き。曲の本質を見抜く類いまれなセンスの持ち主だったのでしょう。フィナーレは逆に秩序がもどり、アルバム最後のトラックを穏やかな表情でまとめます。

いやいやこのアルバムは素晴らしい。ハイドンのソナタ集に違いはないのですが、奏者の志しの高さがにじみ出てくるような素晴らしい演奏。ハイドンの初期から晩年のソナタを並べ、その各曲に最適な楽器で、そのソナタはこう弾くべきと言う明確なメッセージを感じる演奏です。特に各曲の曲想をに合わせて演奏スタンスをはっきり変えてくるところも素晴らしい機転です。評価は全曲[+++++]とします。

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tag : ピアノソナタXVI:6 ピアノソナタXVI:12 ピアノソナタXVI:28 ピアノソナタXVI:50 アンダンテと変奏曲XVII:6 LP

プロフィール

Daisy


Author:Daisy

なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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ハイドン所有盤リスト
Joseph Haydn Discography at H. R. A.
所有盤をジャンル別にリスト化しています。基本的に録音年順とし、録音年不明のものは末尾に記載。演奏者名はジャケットなどの表記に合わせています。

2017年7月のデータ(2017年7月31日)
登録曲数:1,361曲 登録演奏数:10,291
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