【新着】マルクス・ベッカーのピアノソナタ集(ハイドン)

久々にCDに戻ります(笑)

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マルクス・ベッカー(Markus Becker)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ5曲(Hob.XVI:21、XVI:34、XVI:28、XVI:46、XVI:23)を収めたアルバム。収録は2015年10月、ドイツのハノーファーにある北ドイツ放送(NDR)の放送大ホールでのセッション録音。レーベルはAvi-musicとdeutschelandradioの共同プロダクション。

しばらくLP、もちろん旧譜で手に入れにくいものばかり取り上げておりましたので、ここらで新譜を取り上げませんと、新譜情報を求める読者の期待を裏切りかねません。最近手に入れたものの中でもこれはという演奏でしたので取り上げます。

Markus Becker - Pianist

奏者のマルクス・ベッカーは1963年生まれのドイツのピアニスト。カール=ハインツ・ケマーリング(Karl-Heinz Kämmerling)やアルフレッド・ブレンデル(Alfred Brendel)に師事し、1987年、ハンブルクで開催された国際ブラームスコンクールで1位となりました。また、マックス・レーガーの作品の録音では2000年にドイツ・レコード賞、エコー賞などを受賞しています。また、1993年からはハノーファーの音楽演劇大学の教職にあります。

上に掲載した彼のサイトの録音のページを見るとこれまでにかなりの枚数のアルバムがリリースされていて、バッハからブラームス、シューマンをはじめとして数多くの作曲家の作品を録音していることがわかります。ひときわ目を引くのがマックス・レーガーの12枚に及ぶ作品集。マックス・レーガーとなると、こちらは全くの門外漢ということで、マルクス・ベッカーの奏者の器を計れる立場にありませんね(笑) ということで、このハイドンのアルバムでその器を実感したいと思います。

Hob.XVI:21 Piano Sonata No.36 [C] (1773)
非常に軽やかなタッチの演奏。録音も非常に優秀で空間にピアノがクリアに定位し、ハイドンのソナタの理想的な演奏。あえて低音の重厚感を殺し、中高域のクリアさを強調しているよう。よく聴くと一音一音ごとに絶妙にタッチがキレており、タッチのキレ味で聴かせる演奏。リズムの小気味良さが光り輝く演奏。これは鮮やか。
アダージョに入っても一貫して気持ちよく響くピアノの音色の心地よさ。これがマルクス・ベッカーの持ち味と見ました。ゆったりした楽章でもゆったりし切ることなく、適度にクリアでタイトなピアノの響きの面白さで聴かせるかなりの腕前。全ての音の響きが澄み渡ってて本当に気持ちよく楽器を響かせます。こんな印象を感じたのは初めて。
びっくりしたのがフィナーレ。一音一音のコントラストの見事な演出。完全に全ての指のタッチの強さとタイミングが制御しきれている感じ。しかもさっぱりとした爽やかさを纏う完璧なタッチ。力みは皆無でむしろかなり力を抜いているように聴こえます。ハイドンがこんなにも爽やかな表情を見せる匠のタッチ。1曲からベッカーの爽やかさにやられました。

Hob.XVI:34 Piano Sonata No.53 [e] (c.1782)
ブレンデルの演奏が刷り込みの曲ですが、ベッカーを聴いてブレンデルの響きをデフォルメした演奏の垢が完全に落ちました。この曲も爽やかなピアニズムが聴きどころだったと再発見。相変わらず全音符が完璧に制御され、一音一音のタッチの鮮やかさはもはや神がかってきています。重厚さとは無縁のリズムのキレに惚れ惚れとします。次々とやってくる打鍵の波に打たれるエクスタシー!
アダージョも前曲同様ゆったりすることなくピアノの響きに吸い込まれるような透明感。これほどにタッチのキレを感じた演奏は他にはアムランの演奏がありますが、アムランの響きには青白くひかる狂気のような前衛性を感じるのに対し、ベッカーの演奏は純粋無垢。そしてタッチは冴え渡っているのに、どこかほのぼのとした印象もあり、それがハイドンらしさを感じさせます。響きの余韻に無駄がなく清潔さも保つ見事さ。
そしてジブシー風な3楽章のメロディーから滲み出る独特な雰囲気のセンスも見事。見事。見事。こりゃ参りました。

Hob.XVI:28 Piano Sonata No.43 [E flat] (1776 or before)
次々と演奏されるソナタですが、この曲も冒頭から鳥肌がたたんばかりのタッチの見事さに圧倒されます。まさに音符ごとにタッチが千変万化。なんというコントロール力でしょうか。指一本一本の打鍵の強さとタイミングが超精密に制御され、超自然な響きを生み出します。細密画はどこか不自然な緻密さがあるものですが、その不自然さが皆無な超自然な細密画のよう。しかも写真とは異なるアーティスティックさを帯びているので、絵としての迫力も十分。ハイドンという古典を自然なまま現代アートにも比較し得る作風で蘇らせているよう。ソナタを聴く快感に溺れます。
鳥のさえずりのようなメヌエットの入り。さっと日が陰るとデリケートなニュアンスを帯び、同じ鍵盤からとは思えない音色に変わり、そして再び鳥のさえずりに戻ります。この音色とニュアンスの変化の面白さこそがハイドンの真骨頂。
そして、驚異のタッチを感じるフィナーレ。完璧な制御で絶妙なタッチの連続に再び驚きます。この楽章がこれほど聴きごたえがあったとは。マルクス・ベッカーのもはやマジックレベルのタッチが冴え渡ります。ユッタ・エルンストもビックリ(笑)

Hob.XVI:46 Piano Sonata No.31 [A flat] (1767/70)
こちらも有名曲ですが、これまでの演奏の垢を一切感じさせない純粋な響きにちょっと驚きます。音符を重ねる重ね方のアクセントが絶妙な面白さを生み出し、こんな響きがあったのかと改めて気づかされます。新たなハーモニーを発見した気分。特に速いパッセージの流麗なタッチから生み出されるさざ波のような響きの面白さは並ではありません。そして天から星が降り注ぐような高音のメロディーの美しさ、硬質なアクセントのキレ、硬軟織り交ぜた音色の変化。やられっぱなしです。おそらく左手はかなり控えめな力での演奏ですが、それがクリアな響きを生んでいるよう。休符を長く取ることで曲想の変化を印象づけるのではなく、むしろ休符を短くしてタイトな印象を作ってきます。色々発見のある演奏。
この曲でもアダージョの美しさは筆舌に尽くしがたいもの。無言で夜空の星を眺めていたい気分。音符が少ないだけに一音一音の意味を噛み締めて聴きますが、やはりハイドンは天才だと思う素晴らしいメロヂィーの連続。爽やかな演奏から深い深い情感が滲みます。
アダージョの余韻の消え入る絶妙なタイミングでフィナーレに入ります。耳を澄ますと右手の鮮やかたタッチに加えて左手の表情の豊かさもかなりのもの。この爽やかながらイキイキとした表情の秘密がわかった気がします。

Hob.XVI:23 Piano Sonata No.38 [F] (1773)
あっという間に最後の曲。聴きなれた曲が新鮮に響くのはこれまで通り。リズムは踊り、メロデイーはクッキリと浮かび上がり、大きな波の変化もあり、そしてそこここに新鮮なハーモニーを感じます。ハイドンのソナタが完全に現代風にクリアに響く快感。しかもエキセントリックなところは全くなく、古びた感じもなく、モーツァルトよりも垢抜けていて、ここに音楽のすべての面白さが詰まっていると言っても過言ではありません。
最後の曲のアダージョはやや叙情的な曲ですが、もちろん純粋無垢な美しさに仕上げてきます。一つとして同じメロディーの繰り返しがないように、演奏の方もニュアンスを次々と変化させながら進み、曲の素晴らしさと演奏の素晴らしさの相乗効果で音楽に深みが宿ります。
フィナーレはむしろあっけらかんとしているほどの吹っ切れ方。最後に純粋にリズムの面白さを印象付けて終わります。

イカしたデザインショップの店員さんのような風貌のマルクス・ベッカーですが、繰り出された音楽は素晴らしいものがあります。ハイドンのピアノソナタにはこれまでにも色々名演奏を紹介してきていますが、このベッカー盤も1、2を争う名盤と言っていいでしょう。タッチの鮮やかさ、制御の完璧さは目もくらむほど。特に爽やかさとクッキリ感は並外れたものがあります。ハイドンの音楽の癒しはこの純粋無垢な演奏の向こうにも広がっていました。すべての人に必聴の名盤です! 評価は全曲[+++++]とします。

色々ストレスを抱えて癒しを求めてる方、癒されてください!

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枯淡、デートレフ・クラウスのピアノソナタ集

今日は巨匠のピアノソナタ集。

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デートレフ・クラウス(Detlef Kraus)の弾くハイドンのピアノソナタ集。収録曲目は、皇帝讃歌(Hob.III:77)、ピアノソナタ(XVI:44)、ピアノソナタ(XVI:21)、アダージョ(XVII:9)、ピアノソナタ(XVI:29)、ピアノソナタ(XVI:28)の6曲。収録は1994年4月、ドイツハノーバー近郊の街ヴェーデマルク(Wedemark)のヴェーデマルクスタジオでのセッション録音。レーベルはTHOROFONというレーベル。

グレー地の背景からクラウスの顔が浮かび上がるなんともアーティスティックなジャケット。もちろんジャケット買いですが、収録曲目もドイツ国歌「皇帝讃歌」にアダージョXVII:9、ソナタのXVI:29と好きな曲が多く含まれているのもあり、店頭で即ゲットです。

ピアニストのデートレフ・クラウスは1919年ハンブルク生まれのドイツのピアニスト。16歳でバッハの平均律クラヴィーア曲集をコンサートで弾いてデビューとのこと。後年はブラームスに傾倒。1982年からはフランクフルトブラームス協会の会長を務め、ブラームスについての著作も多いとのこと。晩年は教育にも力を注ぎ、2008年1月7日に88歳で亡くなったとのこと。このアルバムの演奏時は74歳。

クラウスについて私は知らずにいましたが、ピアニストの皆さんの中では知られた存在の方のようですね。このアルバムを聴くと、74歳とは思えないしっかりとした指使いで描くハイドンのソナタの響きエッセンス。フレージングとか音色とかデュナーミクなどといった表現上のことを超えて、ただただ音符を音にしていくという枯淡の境地。これまでいろいろなピアニストでハイドンのソナタを聴いてきましたが、デートレフ・クラウスの演奏はそれらの演奏を超える素晴らしい本質的な説得力をもっていました。

1曲目は皇帝讃歌。たどたどしくもありますが、なぜか揺るぎなさをも併せ持つ演奏。ピアノの響き自体は透明感溢れるもの。老年の奏者らしく力感のある演奏ではないんですが、ピアノ音楽を知り尽くした奏者のさりげなく、しかし深い情感をたたえた演奏。ドイツ国歌のメロディーがこれほどまでに心に純音楽的に響くのははじめてのこと。冒頭から素晴らしいピアノに打たれます。

2曲目はXVI:44ト短調。この曲は1771年の作曲ゆえ時期的にはシュトルム・ウント・ドラング期の作。右手のクリアな音を中心に宝石のようなメロディーラインを弾いていきます。途中止まりそうになるように訥々とメロディーを奏で、短調による峻厳な音響空間を最小限の音符で満たしていきます。途中音調が明るく変化する部分の一瞬現れる幸福感とまた険しい響きにもどる揺れの表現が熟練者ならではの円熟の境地。2楽章のアダージョも右手のキラメキによる短調の響きの美しさが絶品。この楽章も陰と陽に振れる曲調の変化の表現が秀逸。

3曲目はXVI:21で1773年作曲。前曲とは一転晴朗なハ長調。晴朗な曲調なのに枯淡。右手が音符と戯れるような音楽。左手はそっと音符を添えるような弾き方。ハイドンの音符から音楽の随だけ取り出したような音楽ですね。2楽章のアダージョは途中リズムに変化をつけたりする部分もありながら、基本的にテンポはゆったりめで淡々と進めます。フィナーレはざらっと弾き散らかしたようなくだけた表現。曲調の本質を捉えた素晴らしい解釈ですね。

4曲目は小品のアダージョXVII:9。これまでブレンデル盤の澄み切った響きの演奏が一押しだったんですが、デートレフ・クラウスの枯淡の演奏も悪くありません。テンポもメリハリもほとんどつけず、かといって単調にもならない素晴らしい音楽性。

5曲目はリヒテルの素晴らしい力感の演奏に親しんでいるXVI:29。1774年の作曲。なぜか前曲のアダージョから間を置かず、すぐに始まります。録音なのにコンサートでの演奏のような曲のつなぎ。リヒテル曲の構造を見事に再現したのとは逆に、音符のなかに潜むメロディーを淡々と弾いていく演奏。力感は形跡もありません。同じ曲とは思えない表現の違い。相変わらず右手の宝石のようなキラメキ感は健在。アダージョは一転して豊かな表情が印象的。この曲の美しさの頂点がまるでアダージョにあるかのような弾きっぷり。フィナーレは再び弾き散らかすようなくだけた表現でまとめます。

最後はXVI:28。1776年の作曲。ソナタは年代を少しずつ下るような選曲だったわけですね。1楽章はこのアルバムの中では変化に富んだ演奏の方。冒頭からリズムの変化に合わせてテンポもわりと揺らして弾いています。2楽章はメヌエットですが、やはりデートレフ・クラウス得意の楽章なんでしょう、自在な表現で曲の神髄をえぐる表現で聴かせきってしまいます。フィナレーは途中で出てくる不思議な音階をモチーフにした楽章。軽々とさりげなく弾いてこなしますが、後半速いパッセージでちょっと指がもつれそうになるところもあります。

アルバムを通して聴こえてくるのは、ハイドンの音楽の神髄をとらえた表現。さりげない演奏でもあるんですが、そのさりげなさもハイドンの大きな魅力と言わんばかりの説得力に満ちたもの。無駄な力を入れず、右手の美しい旋律とハイドン独特の機知を含んだ変化に富んだメロディーの表現も秀逸。何れにせよ、ハイドンの音楽の神髄をとらえた見事な解釈だと思います。評価はもちろん全曲[+++++]としたいと思います。特に皇帝讃歌とアダージョの美しさは素晴らしいもの。また一枚素晴らしいアルバムと巡り会うことができました。

月曜は年度末までの未消化の休暇があるのでお休みの予定故、今日は遅くに更新です。明日も何枚か取り上げたいと思います。

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Daisy


Author:Daisy

なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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