【新着】アン=マリー・マクダーモットのピアノソナタ集第2巻(ハイドン)

最近リリースされたCD。

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アン=マリー・マクダーモット(Anne-Marie McDermott)のピアノによるハイドンのピアノソナタ集の第2巻。収録曲はHob.XVI:48、XVI:39、XVI:46、XVI:37の4曲。収録は2017年4月17日から18日にかけて、デンマークのオーデンセ(Odense)のカール・ニールセンコンサートホール(Carl Neelsen Musikhuset)でのセッション録音。レーベルは米BRIDGE。

ちょっとエリザベス・テイラーを思わせる美貌のピアニスト、アン=マリー・マクダーモット。2014年にハイドンのソナタと協奏曲を収録した2枚組のアルバムがリリースされていましたが、緩徐楽章の美しい音楽が魅力的な一方、速いテンポの楽章にちょっとそそくさとした印象があって記事に取り上げるほどのインパクトはありませんでした。今回Vol.2がリリースされ、ちょっと聴いてみると、なかなか深い演奏ではありませんか。ということで記事に取り上げることにした次第。

アン=マリー・マクダーモットはアメリカのピアニスト。風貌から想像するにアンジェラ・ヒューイットと同世代の方と見受けました。略歴などを見ても年齢や師事した人などの記載はなく、数多くのコンクールで優勝してコンサートピアニストとして長年活動している方ということです。調べてみると日本の浜松で1991年に開催された浜松国際ピアノコンクールで2位と日本人作品最優秀演奏賞を受賞していますね。アルバムはBRIDGEレーベルからショパン、モーツァルト、プロコフィエフなどのアルバムがリリースされていますが、中でもハイドンの2枚目のアルバムをリリースしてくるということは、ハイドンにひとかたならぬ情熱を傾けているということでしょう。ライナーノーツにはこのところの欧米や中国でのリサイタルでオールハイドンプログラムを演奏しているとも記載されています。彼女もハイドンの純粋無垢な美しさにとらわれたのでしょう。

Hob.XVI:48 Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
ピアノはヤマハCFX。最近ではジャン=エフラム・バヴゼがヤマハを使ってソナタ全集の録音に挑んでいますね。硬く澄んだ中音域がヤマハらしい音色。ゆったりとしたテンポでまるで山水画のように侘び寂びを感じさせるような入り。前作から明らかに演奏スタイルが進化しているように聴こえます。静寂の中に音を置いてく様子が枯山水の玉石のなかに点在する岩のよう。一音一音の余韻にうっすらと乗る淡い色彩の絶妙な変化を楽しむような趣。1曲目から素晴らしい緊張感に包まれます。
続くプレストは前作とは異なり、さらりと流すような余裕があり、しかも音符のグラデーションの綾を描くような統一感があります。軽妙洒脱なハイドンのウィットと純音楽的なキラメキが高度に融合した素晴らしい演奏。タッチも鮮やか。

Hob.XVI:39 Piano Sonata No.52 [G] (1780)
続いて軽いタッチのソナタ。キレ良く楽しげなタッチでハイドンの宝石箱のようなメロディーをなぞっていきます。実に楽しそうに演奏しているのが伝わります。そして微妙に陰る部分の陰影のデリケートなコントロールはハイドンのソナタを演奏し続けているからこそ表現できるポイントでしょう。変奏が重なって音楽がどんどん展開していく面白さを、フレーズごとに表情を微妙に変えることで表現していきます。そして最初のメロディーに帰ってきたときに広がる安堵感。ソナタの面白さを存分に味わえます。
続くアダージョはもとより深い情感の表現に長けたマクダーモット得意の楽章。いきなり峻厳な輝きに満ちた美しさに包まれます。純粋無垢な美しさとはこのような演奏のことでしょう。深い呼吸としなやかなタッチから生まれる絶美の瞬間。特に高音の磨き抜かれた響きの透明感と弱音のコントロールが見事。マクダーモットの演奏でこの楽章の素晴らしさを再認識した次第。
フィナーレもいい意味で力の抜けたいい演奏。複雑な音階をさらりと弾き進めていきますが、大きな音楽の流れをしっかりとつかんで進めているのでせいた感じは皆無。音楽の軽さとタッチの適度な重さが絶妙。

Hob.XVI:46 Piano Sonata No.31 [A flat] (1767/70)
初期のソナタの中では有名なもの。フレッシュな響きを意識しているのかこのソナタでも軽やかさは変わらず。メロディーラインをくっきりと浮かび上がらせながらもかなり短く切られた伴奏音が軽やかさを印象づけます。メロディーラインの響きの美しさ、表情の豊かさと一貫した伴奏の描き分けの見事さに唸ります。おそらくこれまでのコンサートでも繰り返し演奏したことでこの境地に到達したのでしょう、初期とはいえこの音楽の深みは見事という他ありません。
楽しみにしていた美しい曲想のアダージョ。空間の透明度が極限まで上がったような研ぎ澄まされた音楽に引き込まれます。響きの純度もこれ以上ないほどで、特に高音のメロディーは宝石のごとく輝き、詩情が滲み出してきます。ハイドンの美しいアダージョに浸る至福のひととき。冬の高原で満点の星を眺めるがごとき趣。セッション録音にも関わらず、今そこでピアノを弾いているような極上のコンサートを独り占めしている心境になります。絶品。
フィナーレは再び軽やかさを取り戻しコミカルでウィットに富んだ音楽をさらりと流します。この流し方が粋なんですね。軽く表情をつけながらもサラリ感に満ちた音楽で最後をまとめます。

Hob.XVI:37 Piano Sonata No.50 [D] (c.1780)
最後は中期の曲。鮮やかなタッチの魅力を最後に聴かせようということでしょう。速いパッセージにもくっきりとメリハリをつけながら決して足早に聴こえることないよう注意深く演奏されてています。この曲は1楽章の軽やかな展開から、2楽章でグッと沈み込む対比が聴かせどころですが、1楽章の鮮やかさが、次の展開の対比を想起させるハイドン一流の仕掛けがあります。
その仕掛けを見事に表現。2楽章のラルゴの冒頭は沈み込むのではなく壮麗な伽藍を思わせる見事な入りで度肝を抜きます。私の想像を見事に超えてきました。まさにマクダーモット入魂の演奏。ハーモニーに魂が宿ります。
そしてそよ風のような自然なフィナーレの入り。楽章間の変化の面白さを見事に活かした演奏は流石にハイドンを弾きこんできただけのことはあります。最後は媚びることなくさらりと軽やかに終えるところも見事。いやいや素晴らしい演奏でした。

マクダーモットの最初のハイドンの録音(下に参考アルバムとして掲載)から大きく進化した2枚目のアルバムは多くのコンサートでオールハイドンプログラムを演奏し続けてきたマクダーモットの面目躍如。最近聴いたハイドンのソナタ集では出色の出来です。高音の輝きはまるでグルダを思わせ、全体の見通しよく、ハイドンならではの機知やユーモアを織り交ぜながらも研ぎ澄まされたアーティスティックさでまとめられた素晴らしい演奏でした。このアルバムのジャケット写真をよく見ると、マクダーモットがピアノに向かいハイドンと心の対話をしながら演奏しているように見えてなりません。このソナタ集、必聴です。評価は全曲[+++++]とします。

(参考アルバム)
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【新着】カロリーネ・フィッシャーのピアノソナタXVI:39(ハイドン)

色々発注したついでに買ったアルバムです。

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カロリーネ・フィッシャー(Caroline Fischer)のピアノによるハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:39)の他、ベートーヴェン、ウェーバー、ショパン、リスト、サン=サーンス、モシュコフスキ、リャプノフのピアノ小品を集めたアルバム。収録は2016年5月5日、6日、9日、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスのメンデルスゾーンホールでのセッション録音。レーベルはライプツィヒのGENUIN。

奏者のカロリーネ・フィッシャーは1982年にベルリンで生まれたピアニスト。ドイツと韓国のハーフのようで、アジア系の美形ピアニストですね。ベルリンのハンス・アイスラー音楽アカデミー、マンハイム、ジュネーブ、オスロ、ハンブルクで学び、その後多くのコンクールに入賞して頭角を現しました。これまで欧米やアジアの主要なホールで演奏しているとのこと。ネットを検索してみると2012年に東京のドイツ文化センターでコンサートを行ったようですね。

このアルバム、もちろんハイドンのソナタが含まれていることから入手したものですが、ちょっとアイドル系のアルバムの造りゆえ、さして期待せずに注文しました。アルバムタイトルは" Pearls of Classical Music"とあり「クラシック音楽の宝物」とでも訳すのでしょう。ハイドンから近代までの作曲家の小品を集めた構成。気になるのはアルバムにメルセデス=ベンツのロゴが記されており、メルセデスがサポートしているのでしょう。やはりそれなりの才能がなければサポートすることはないでしょうから、ちょっと期待が上がって、聴き始めました。

Hob.XVI:39 Piano Sonata No.52 [G] (1780)
非常にクリアで爽やかなピアノの響き。特段個性的な演奏ではありませんが非常に上質感を感じる演奏。なんとなくメルセデスがサポートする理由がわかります。キラキラと輝くように音階が輝き、小気味好いタッチのキレも感じさせます。これがハイドンのソナタに実によくマッチしていて、アーティスティックというよりは洗練されたハイドンのソナタに聴こえます。小綺麗と片付ける演奏ではなく、非常にバランス感覚に優れた見事な演奏です。このような爽やかさを感じるのは珍しいこと。
聴きどころの短調のアダージョですが、輝きに満ちた陰りを帯びて非常に美しい入り。この美しさはなかなかのもの。そして途中で、ふっと暖かさが差し込む絶妙の瞬間があるのですが、ここの演出もさりげなくて素晴らしい。ハイドンのハーモニーのコントールの見事さをさりげなくちらつかせる見事な表現。表現を抑えながら美しい瞬間を保ち続ける演奏に身を乗り出します。
そしてフィナーレは軽さとさりげなさが高度に融合したサラサラ感。これは女性奏者ならではの表現でしょう。美音を撒き散らすようなきらめき感が秀逸。短いソナタなのに、そして表現を凝った訳ではないのにこれだけの聴きごたえある演奏をするとは。素晴らしいバランス感覚の持ち主ですね。

この後の曲も、ハイドン同様の表現力で聴かせます。

カロリーネ・フィッシャー、日本ではあまり知られていない人でしょうが、このハイドンは素晴らしいですね。ハイドンのソナタは力任せでも個性的過ぎてもうまく響きませんが、こうして一音一音のタッチを研ぎ澄ましたさりげない演奏をされると輝きます。冒頭に置かれたハイドンの演奏でこの人の音楽感が見えてくるようでした。流石メルセデスの広報、目が肥えてます。アルバムにはハイドンは1曲のみですが、この1曲のためにこのアルバムを入手する価値はあります。評価は[+++++]とします。

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【新着】ダリア・グロウホヴァのピアノソナタ集(ハイドン)

新着アルバムが続きます。リリースされたのは少し前でしたが、HMV ONLINEから最近届きました。

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ダリア・グロウホヴァ(Daria Gloukhova)のピアノによるハイドンのピアノソナタ4曲(Hob.XVI:39、XVI:32、XVI:31、XVI:12)と、ピアノ協奏曲(XVIII:11)のあわせて5曲を収めたアルバム。協奏曲の伴奏はパヴェル・ゲルシュタイン(Pavel Gerstein)指揮の管弦楽団との表記。録音用の臨時編成のオケでしょうか。収録は2011年12月、モスクワ議会議事堂のラジオ放送収録第1スタジオでのセッション録音。レーベルは米ルイジアナ州バトン・ルージュのCENTAUR。

このアルバム、久々にジャケットから怪しい妖気が立ちのぼっております(笑)。アイドル系というには少々個性的なグロウホヴァがほくそ笑む、なかなかインパクトのあるジャケット。

ライナーノーツによると、グロウホヴァは1986年,モスクワ生まれのピアニスト。まだ27歳と言う若さ。ゴルバチョフがソ連共産党書記長に就任したのが1985年、そしてベルリンの壁崩壊が1989年ですので、まさにモスクワは激動のさなかにあった時代に生まれた人。モスクワのチャイコフスキー音楽院で学び、20歳になる2006年からプロの演奏家として活躍しているそうです。ネットを探すと、彼女のサイトがありました。

Russian Pinanist Daria Gloukhova

アルバムは、今日取り上げるアルバムと同じCENTAURから他に2枚リリースされていますが、モーツァルト、フンメル、メンデルスゾーン、グリーグなど、比較的軽めのものが多いようで、このハイドンのアルバムが3枚目。amazonをみると、4枚目もリリースされ、これもハイドンのようです。

アメリカのデキシーランドジャズの聖地、ニューオーリンズに近い街にあるレーベルが、ロシア人の若手ピアニストを起用して、古典の本流ハイドンの曲のレコーディングをモスクワで行うという平和な時代のアルバム。果たしてどのような音楽が流れてくるのか、興味津々です。

Hob.XVI:39 / Piano Sonata No.52 [G] (1780)
最新の録音のものだけにピアノの艶やかな音色が鮮明に収められています。女性らしい軽やかさ、流れるようなタッチでハイドンの曲を自然な響きで紡いで行きます。曲の構造を意識させる事なく、詩的に柔らかな表情を表現することを狙っているよう。最近聴いたワリド・アクルやギャリック・オールソンとは全く異なるアプローチ。女性ならではの繊細かつ自然なソノリティーがなかなかいいですね。なんとなくショパンをイメージさせる演奏です。
アダージョに入ると、音階を崩しながら本当にショパンの曲を聴いているような気にさせる、くだけた表現。ちょっとロシア人ピアニストというイメージではなくフランスの人のような印象。独特のセンスを持ち合わせているようですね。じつに優雅で華麗な時間。
フィナーレは、高音の透明感溢れる響きの美しさにため息が出ます。独墺系のピアニストとはまったく異なるアプローチ。転がるような高音の魅力はこの人の持ち味でしょう。キレを聴かせるためではなく、情感濃く音楽を奏でるためのキレは持ち合わせているよう。なかなかいいかもしれません。

Hob.XVI:32 / Piano Sonata No.47 [b] (1776 or before)
聴き慣れた曲ですが、これまで聴いたどの演奏とも異なる詩的な入り。と思ったところで、突然強烈なギアチェンジで爆速に。再び詩的な音楽に戻るなど、こちらの脳髄直撃の変化球を投げてきます。ハイドンの楽譜の奥に潜む、ハイドン自身も考えつかなかった音楽を掘り出そうとしているようなアプローチ。これだけテンポの変化の激しいこの曲ははじめて聴きます。
つづくメヌエットではハイドンの曲が持つ美しさを踏まえて、再び詩情溢れる演奏。高音の美しいメロディーを訥々と奏でていくのを得意としているようですね。強奏の部分の盛り上げる演出も非常に巧み。前振りないアタックは一切なく、しなやかさを保ちながらの駆け引きが続きます。
フィナーレは個性的。転がるように滑らかな右手音階と、くっきりとしたアクセントの織りなす音楽の豊かさ。他の誰の演奏とも似ていない個性は流石なところ。キレよくさっぱりした印象もありながら、これだけの個性的な余韻をのこすあたり、かなりのキレ者であることは間違いありません。

Hob.XVI:31 / Piano Sonata No.46 [E] (1776 or before)
すっかりグロウホヴァの魅力にハマったようです。これだけ個性的な演奏ながら、ハイドンの曲の演奏として、表現の範囲を逸脱しているという印象はありません。力感と機知のバランスも良く、この人が今後成熟していくことで、この表現がどこまで深まるか楽しみな存在です。曲が進むにつれて、めくるめく音楽にどっぷり浸ります。この曲でも、意外にダイナミックな表現を見せたり、かと思うとフィナーレではコミカルなリズムの面白さを際立たせたりと音楽を造っていくのが上手い所を印象づけます。

Hob.XVI:12 / Piano Sonata No.12 [A] (before 1765)
ぐっと時代を遡った初期の軽い曲。ころがるような高音の美しい響きから紡ぎ出される素朴なメロディーに聴き入ります。まるで水仙の群落の甘い香りに包まれているような気分にさせられる華麗な音楽。続くメヌエットは前半でタッチのキレのよさを印象づけ、中盤でしっとりと濡れたようなデリケートなタッチに変化。なかなか表現の幅が広く、この小曲を飽きさせません。フィナーレも手堅くまとめて聴かせ上手ぶりが際立つ演奏でした。

協奏曲も続けたいのですが、今日はここらで時間切れ。またの機会に取りあげることにいたしましょう。

ダリア・グロウホヴァのピアノ、最近聴いたハイドンのピアノソナタの中では、詩情の濃さでは一番でしょう。独特の雰囲気のあるピアノは、男性ピアニストとは明らかに異なる、女性ならではのほんのりと色香の漂うピアノでした。まだ若いのにこの香しさはなんでしょう。このまま円熟を重ねるとハスキル並みの個性的なピアニストになりそうな予感がします。今日聴いたソナタはどれも個性的な演奏で、その音楽性も確かなものでした。評価はXVI:32のみ[++++]、他の3曲は[+++++]とします。XVI:32はかなり踏み込んだ表現ですが、ギアチェンジが激しすぎのように感じる人も少なくないでしょう。何れにしても、この先が楽しみなピアニストです。

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マルコム・ビルソンのクラヴィーアソナタ集(ハイドン)

最近手に入れたアルバムから。

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マルコム・ビルソン(Malcolm Bilson)のフォルテピアノによるハイドンのクラヴィーアソナタ5曲(Hob.XVI:50、XVI:43、XVI:3、XVI:20、XVI:40)を収めたアルバム。収録は2003年8月13日,14日、カナダ、トロントのカナダ放送グレン・グールド・スタジオでのセッション録音。レーベルはスイスのclaves records。

マルコム・ビルソンといえば、ガーディナーとイングリッシュ・バロック・ソロイスツとのモーツァルトのピアノ協奏曲全集でしょう。リリースされる度に一枚一枚手に入れて聴いたのが懐かしいですね。ブレンデル/マリナー盤が刷り込みでしたので、特に20番より前の協奏曲の鮮やかな色彩感は、ビルソン盤でその魅力を知ったものです。調べてみるとガーディナーとのモーツァルトの全集は1983年から88年にかけての録音ということで、古楽器によるモーツァルトのピアノ協奏曲録音の走りだったことがわかります。

マルコム・ビルソンのハイドンのソナタの録音は、手元にELECTRA NONSUCHによる1982年にXVI:49、XVI:52を収めたアルバムがあるのですが、ビルソン独特の媚びないというか、素っ気ない演奏と、普段は超絶Hi-Fi録音で知られるNONSUCHのリアルすぎる録音によって、どうにも音楽に入り込めない演奏という印象でした。

このアルバム、店頭で見かけた時に、NONSUCH盤の延長かと思いきや、レーベルも異なり、録音年代がぐっと新しいものだとわかり、迷わず購入しました。

マルコム・ビルソンは1935年、アメリカ、ロスンゼルス出身の鍵盤楽器奏者。弾くばかりではなく研究者でもあるそうです。ニューヨーク州のバード大学を卒業後、ベルリンの音楽舞台芸術アカデミー、パリのエコール・ノルマル音楽院で音楽を学び、イリノイ大学で博士号を得ました。1976年からはコーネル大学で教えています。ガーディナーとのピアノ協奏曲全集の他、フォルテピアノによるモーツァルトとシューベルトのピアノソナタ全集をHUNGAROTONに録音するなど、古楽器演奏の一翼を担いました。

このアルバム、ジャケットには気になるフレーズがあります。

”Five Keyboard Sonatas on a Schanz Fortepiano”

そう、ハイドン自身が「シャンツこそ最も優れたフォルテピアノ工房である」と言っている楽器です。シャンツのフォルテピアノを弾いたソナタは、これまで2つレビューで取りあげています。詳しくはパウル・バドゥラ=スコダの記事をご参照ください。

2013/03/02 : ハイドン–ピアノソナタ : キャロル・セラシのフォルテピアノ/クラヴィコードによるソナタ集
2013/01/13 : ハイドン–ピアノソナタ : ハイドンの時代の響き パウル・バドゥラ=スコダのフォルテピアノ作品集

古楽器に詳しいビルソンだけに、ハイドン自身が気に入っていたシャンツでの録音にこだわったのでしょうか。

Hob.XVI:50 / Piano Sonata No.60 [C] (probably 1794)
さっぱりとした表情はビルソンならではですが、音量を上げて聴くと、いつものビルソンとはちょっと違い、楽器の余韻を活かした透き通るような空気感とピリッとした緊張感に包まれています。響きに力があるシャンツの音色を活かして、力強いタッチで、フレーズごとにメリハリをつけて弾き進めていきます。録音は最新のものだけあって、自然で適度な残響がともなうもの。ビルソンの演奏はインマゼールのような色彩感やブラウティハムのようなしなやかなダイナミックさはなく、そのかわり誠実かつ骨格のしっかりした演奏。研究者でもある奏者として色づけを排した純粋な響きを求めているよう。少々音楽に固いところがありますが、それが良さでもあるでしょう。ハイドン晩年のソナタから禅の心境にも似た純粋な境地を感じさせます。一音一音のタッチが実にガッチリと決まります。
アダージョはゆったりした印象はなく、テンポはゆっくりなのに険しさを感じる音楽。前楽章同様、一音一音がクッキリ浮かび上がる鮮明なタッチで進みます。この曲のアダージョから情感を排して純粋な音楽のみが結晶となったような響き。ヨーロッパの伝統とは異なり、アメリカ出身のビルソンの中にある純粋な感性がベースにあるからでしょうか。純粋無垢な音楽。
フィナーレでも、間を活かしながらも強いタッチの鮮明な響きが繰り返しやってくるもの。シャンツのフォルテピアノのダイナミックレンジいっぱいに楽器を響かせ、強音の迫力で聴かせます。1曲目からハイドンのソナタの素晴しい迫力に圧倒されます。

演奏のスタンスは曲によって変わらず、一貫しているため、以後の曲は簡単に。

Hob.XVI:43 / Piano Sonata No.35 [A flat] (1770's)
続く曲はだいぶ作曲年代を遡った中期のもの。演奏によってはリズムの面白さ、軽妙洒脱さにスポットライトを当てる曲ですが、ビルソンはここでも、正攻法の演奏。確実なタッチで生真面目とも映る誠実さで弾き進めていきます。多少力は抜けているものの、教科書通り折り目正しい演奏。2楽章の途中で柔らかい音に響きを変化をさせる部分の美しさは楽器を知り尽くしたビルソンならでは。聴いているうちに、この淡々とした楽興は現代楽器と古楽器の違いはあるものの、オルベルツの演奏に近いように感じてきました。楽器が良く鳴って弾くのが気持ち良さそうな演奏。

Hob.XVI:39 / Piano Sonata No.52 [G] (1780)
前曲同様、小気味好い演奏も多い曲ですが、ビルソンは一貫してオーソドックスな攻め方。ハイドンのピアノソナタ全体を叙事詩を語るように演奏するような感じ。

Hob.XVI:20 / Piano Sonata No.33 [c] (1771)
好きなXVI:20。この曲はじっくりとした入りから来ました。響きを美しく聴かせようというより、メロディーをとぼとぼ語っていくような弾きっぷり。時折テンポを落として音階を分解して鳴らすような場面があります。
キラ星のような美しさを誇るアンダンテは、ことさら曲の美しさに媚びることなく地味な展開。ただ、その地味さから音楽の美しさが立ちのぼるのがこの曲の素晴しいところ。

Hob.XVI:40 / Piano Sonata No.54 [G] (c.1783)
最後の曲は2楽章構成。アルバムの最後を飾る素朴さ。ビルソンは曲をどう料理するかということよりも、ハイドンの創作に対する謙虚な心情を吐露するように演奏することに集中しているよう。右手の音階がときおり鮮明に駆け上がりますが、全体ととしては落ち着いたもの。フィナーレもクッキリした表情が印象的でわかりやすい演奏。

このアルバム、評価が非常に難しいです。古楽器の研究者としてオーソドックスにフォルテピアノの演奏を仕上げてくるあたりは、かなりの腕前ですが、音楽自体が非常に謙虚で律儀なもの。ハイドンの音符をきっちり弾いていくことにかけて、そして楽器をきっちり鳴らしていく事にかけては素晴しい演奏ですが、どうしても音楽に固さを感じてしまうのがが正直な所。この5曲の演奏として皆さんに推すべき演奏は他にもいろいろありますが、ハイドンのソナタをいろいろ聴き込んできた人にはこのアルバムでのビルソンの筋の通った演奏の価値は伝わるのだと思います。私の評価はXVI:50が[+++++]、思い入れの強いXVI:20は[+++]、その他の曲は[++++]とします。

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ジュリア・クロードのピアノソナタ集

東京は台風の影響で強風の朝。今日は久々のピアノソナタ。

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ジュリア・クロードのピアノによるハイドンのピアノソナタ集。イギリスのMeridianレーベル。以前に手に入れたものですが、あんまりちゃんと聴いていませんでした。たまったCDを片付けていて発見。写真のジャケットの下の方には直に小さな文字でこう書いてあります。

「ハイドンのピアノソナタはジュリア・クロードの演奏によって新たな次元に。彼女の情熱的な音楽的才能と強靭な個性はこの演奏からも明らかに感じられる。彼女は今やハイドンの解釈の第一人者だ。」 H. C. ロビンス・ランドン

ハイドン研究の大家、ロビンス・ランドンにこう言わせしめるとは、一体どういう演奏なんでしょうか。

収録曲目は、XVI:23 (No.38)、XVI:38 (No.51)、XVI:39 (No.52)の3曲。録音年の表記はありませんが、アルバムリリースは1989年。ピアノによる演奏です。調べてみると、ジュリア・クロードはイギリス生まれのピアニストで1946年の生まれ。ということでこのアルバムのリリース時は43歳前後。ネット上もあまり情報がなく、アルバムもMeridianから数枚リリースされているのみですので、非常にマイナーな存在だと推測されます。

さて、肝心の演奏。

まずはXVI:23から。非常にきらめき感のある美しいピアノの音色。ブレンデルの演奏に近いイメージでしょうか。ただ、全体の力感は女性ゆえ若干おとなしめ。ブレンデル特有の空気感というか自在に音符を駆け巡る感じまではありません。録音のせいかもしれませんが、右手が強く、左手というか低音が薄い感じもします。こういった印象ながら、ハイドンの曲の面白さは十分に感じられますし、リズム感はなかなか、跳躍感もありバランスの良いいい演奏。
2楽章はゆったりしたテンポできらめき感満点のメロディーを奏でます。主旋律のメロディーのアクセントの付け方が巧く、ゆったりしているのに緊張感溢れるアダージョ。ランドン先生が推薦文を寄せた意味もわかりました。非常にシンプルなハイドンの音符から、磨き込まれた宝石のようなメロディーが紡ぎ出されていますね。これはいい。
3楽章はプレストなんですが、飛ばさず響きの美しさで聴かせるような演奏。1曲目からいい感じですね。

つづいて、XVI:38。曲想の面白いいい曲です。テンポの揺らし、音の強弱のコントラスト、休符の余韻などの表現が前曲より深いですね。独特の右手の輝きも生きて、緊張感を保ちます。1楽章の最後は不思議とバケツを投げるようなちょっとぞんざいな不思議な終わり方ですが、悪くありません。
2楽章は和音の微妙な響きの変化が美しい。詩情溢れる名演。最後は沈むような深い静寂。
3楽章のアレグロはこれまた、落ち着いたテンポでピアノの響きの強弱を楽しむような趣。曲調に合わせてあっさり終了。

最後はXVI:39。冒頭の一音にアクセントをおいた個性的な解釈。それを受けて、1楽章は全体にこのアクセントのメージで通した演奏。
2楽章は、息の長いフレージングと高音の音階が一際美しい演奏。十分にリラックスしてじっくり弾き込んでいる様子が伝わりますね。
3楽章は指もよく動いて手を振るだけで音階をどんどん刻んでいくような、スナップの効いた速いパッセージが痛快。テクニックも十分ですね。最後は振り切れて終了。

いや、ランドン先生の推薦文に偽りなしですね。評価はXVI:23が[+++]、XVI:38、XVI:39が[++++]としました。これはおすすめ。しかし、Meridianのサイトはサイト自体はあるもののイメージがロードされず、レーベル自体の存在は確認できない状況。HMV ONLINEでは取扱いがありませんが、他はちらほら見かけます。

このアルバムの収録はAKGのマイク、スイスの精密な造りで知られるNagraのレコーダー、Agfaのテープを使って収録されたとの記載があります。Nagraのテープレコーダーなど今でもマニアが追いかける素晴しい機械ですね。ボリュームを上げて聴くと、なるほどピアノの響きがホールに響き渡る余韻まで空気感溢れるいい録音です。ピアノの音を楽しむという意味でもいいアルバムですね。

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プロフィール

Daisy


Author:Daisy

なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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2017年7月のデータ(2017年7月31日)
登録曲数:1,361曲 登録演奏数:10,291
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