【新着】ベルント・グレムザーのピアノソナタ集(ハイドン)

またまたピアノソナタのアルバム。

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ベルント・グレムザー(Bernd Glemser)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ5曲(Hob.XVI:20、XVI:32、XVI:34、XVI:36、XVI:44)を収めたアルバム。収録は2015年12月1日から3日かけて、ミュンヘンのバイエルン放送第2スタジオでのセッション録音。レーベルは独OEHMS CLASSICS。バイエルン放送との共同制作盤。

ジャケットには"Sonaten in Moll"「短調のソナタ」と書かれており、文字どおりハイドンのソナタの中から短調のソナタを集めて録音したアルバム。あらためてこのアルバムに収録された曲のホーボーケン番号を並べて見ると、個人的には好きな曲ばかりが並んでいることに気づきますが、これは短調の曲だったわけですね。モーツァルトの場合も同様ですが、古典期の作品では短調の曲は少ないのですが、やはり独特の翳りを持ついい曲が多いんですね。

奏者のベルント・グレムザーは1962年、ドイツ南部、フライブルク東方の街、デュルプハイム(Dürbheim)生まれのピアニスト。7歳からピアノをはじめ、学生時代からロシア出身のピアニストヴィターリ・マルグリスに師事、1987年にミュンヘン国際音楽コンクールに入賞してから世界的に活躍するようになりました。以降教育者としてもザールラント高等音楽学校、ヴュルツブルク高等音楽学校などで教えています。最近ではNAXOSからプロコフィエフ、ラフマニノフ、チャイコフスキーなどのソナタをかなりの枚数リリースしておりご存知の方も多いかもしれません。

イェネ・ヤンドーとともにNAXOSの看板ピアニスト的存在と言うことで、実力はありそうですが、果たしてハイドンを如何に料理してくるのか、興味津々です。

Hob.XVI:20 Piano Sonata No.33 [c] (1771)
予想通りというか、NAXOSに多く録音を残している人とのイメージにぴったりの演奏。そしてピアノの教育者らしい、端正かつ正確な演奏と言えばいいでしょうか。テンポは中庸、力まず適度な力感で曲の構造を楽譜通りにトレースしていく感じが心地よい演奏です。この短調の名曲は、もう少し情緒的に演奏することが多いのですが、比較的あっさりと演奏することで、ハイドンらしい爽やかさを感じさせます。
期待の2楽章は、美しさの際立つ楽章で、丁寧に美しさを際立たせる演奏が多い中、グレムザーはあえて逆にあっさりとした演奏できました。アンダンテ・コン・モートとという「気楽にのんびりと」という気楽さの表現が「さりげない美しさを」感じさせるもの。このアンダンテ・コン・モートという指定の解釈の仕方に触発されたものかはわかりませんが、よく聴くこの曲の美しい演奏とは対照的に禁欲的なまでにあっさりときました。
そして3楽章のアレグロもアッサリとした表現に徹して、サラサラと流れていく演奏。聴き進めていくうちに、小手先の表現ではなくハイドンの音楽自体に潜む魅力を引き出すためにあえて淡々と弾き進めるグレムザーの意図が見えてきます。表現の方向は異なりますが、スタイルとしてはオルベルツのアプローチに近いでしょうか。

Hob.XVI:32 Piano Sonata No.47 [b] (1776 or before)
グレムザーのスタイルがなんとなく見えてきたところで、またまた有名曲。ピアノ教師としての矜持を感じさせる鮮やかなタッチで短調の曲を磨きこんで、やはり淡々と弾き進めて行きます。テンポは一貫しており推進力を感じさせるほどグイグイと弾いて行きますが、その中にフレーズごとのメリハリをくっきりと表現していくところは流石。折り目正しく、端正で品格を感じさせる演奏と言えばいいでしょうか。
前曲の2楽章ほど禁欲的ではなく、程よくリラックスしたメヌエット。そしてフィナーレも鮮やかなタッチでキレの良い演奏。速いパッセージのタッチの鮮やかさはかなりのもの。前曲でのかなり禁欲的な演奏よりは一般的な演奏に近い表現に感じますが、それでもテンポを揺らさず一貫した表現で通すところがグレムザーらしいところ。

Hob.XVI:34 Piano Sonata No.53 [e] (c.1782)
低音のリズムと音階の面白さが独特の入りの曲ですが、曲自体の面白さに語らせようとするグレムザーのスタイルは変わらず、あえて淡々としながらも、ここはアクセントをかなり効かせてタッチの冴えを印象付けます。正確無比なタッチでハイドンの独特の音楽を弾き進めていくことに快感を感じているのではないかと思わせる鮮やかな手腕。相当のテクニックがなければこれだけの鮮やかさは表現できないと思います。だんだんグレムザーの音楽にハマってきました。
これまでの中間楽章の中では一番美しさにこだわった演奏に聴こえるアダージョ。なんとなくテンポの指定に忠実な演奏を心がけているよう。アダージョらしいリラックスした表現。そう思うとこれまでの中間楽章はアンダンテ・コン・モートやメヌエットでしたので、その指定に忠実に弾き分けているようです。
そして、3楽章はヴィヴァーチェ・モルト。活発に速くとの指定通りに活気ある演奏。

Hob.XVI:36 Piano Sonata No.49 [c sharp] (before 1780)
1楽章のモデラートはこのアルバムでは最も自在さを感じさせる演奏。タッチに遊びを感じさせ、アクセントも恣意的で表現意欲を感じさせます。曲が進むにつれてこの曲に仕込まれた機知に反応してどんどん表現が果敢になっていくのが面白いところ。ハイドンの仕掛けたアイデアにつられてグレムザーも気を許してきた感じ。音楽の純度が上がり、それにつれてグレムザーの心境も澄み渡っていくのがわかります。弱音部の澄み渡り方は絶品。
この曲を聴くたびに1楽章との繋がりの意外性を感じる2楽章。ここでも淡々とした入りから徐々に表現が深くなっていき、軽妙なタッチを織り交ぜ、アルバム前半の推進力溢れる演奏とは全く異なる自在さを感じさせます。
そして3楽章のメヌエット。トリオを挟んで両端がメヌエットなんですが、そのメヌエットが静謐ななかなかの演奏。深いですね。

Hob.XVI:44 Piano Sonata No.32 [g] (c.1771)
このアルバム最後の曲ですが、作曲年代が最も古い曲。この曲のみ2楽章構成。前曲で意外にも表現の深さを感じさせたあと、明快な曲想で締めくくろうということでしょうか。そう感じさせたのは最初だけで、徐々に表現が深くなり、フレーズごとの表現の幅も広がっていきます。じわりと伝わる曲の面白さ。
そして2楽章は軽々とメロディーを転がしながらサラサラと弾き進めていくうちに曲の面白さが浮かび上がるなかなかの名演奏でした。

ベルント・グレムザーによるハイドンの短調のソナタを5曲集めたアルバム。セッション録音ゆえ収録曲順に録音したかもわかりませんが、最初の2曲はまるでピアノ教師が見本に演奏するようなカッチリとした演奏。特に2楽章の美しさで知られる最初のXVI:20は表現意欲を封印したかのように禁欲的かつ一貫してあっさりとした演奏。それが3曲目からは徐々に表現が冴えてきて後半2曲は最初とはかなり異なり自在な表現の深さが光る演奏。同じ短調のソナタでも色々な表現ができることを示すような演奏でした。評価ははじめの2曲、XVI:20とXVI32が[++++]、以降3曲が[+++++]とします。これはこれでなかなか面白いアルバムでした。このような表現の幅を楽しめるベテランの方向けのアルバムですね。

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アンドリュー・ワイルドのピアノソナタ集(ハイドン)

旅行記にかまけておりましたので久々のレビューとなってしまいました。ハイドンを愛する正規の読者の皆さん、あいすみません。今日はピアノソナタの名盤です。

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アンドリュー・ワイルド(Andrew Wilde)のピアノによるハイドンのピアノソナタ3曲(Hob.XVI:20、XVI:42、XVI:44)とアンダンテと変奏曲(Hob.XVII:6)の4曲を収めたアルバム。収録は1991年10月、ロンドンの北東約20kmのところにあるラフトン(Loughton)のセント・ジョーンズ教会でのセッション録音。レーベルは英Collins CLASSICS。

このアルバムもしばらく前から湖国JHさんに貸していただいているもの。なぜか当家のCDプレイヤーと相性が悪く、ちょっと音飛びするところがあるのですが、試行錯誤しているとMacなら聴けることがわかりました。演奏はピアノの美しい響きと静寂の織りなす綾をうまく表現した名演盤。ハイドンのピアノソナタを謙虚に弾きつつ、その真髄を極めた演奏といっていいでしょう。

演奏者のアンドリュー・ワイルドはまったく未知の人なので、ちょっと調べてみますが、ライナーノーツには奏者の情報がまったくありません。ということでいつものようにネットで調べた情報。1965年イギリス生まれのピアニストでマンチェスターのチェザム音楽学校、ロイヤル・ノーザン・カレッジで音楽を学び、ピアニストとしてはショパンを得意としている人。活動は主にイギリスやアメリカのようで、ロンドンフィルをはじめとするイギリスの主なオケとは共演履歴があります。いずれにしても日本で知っている方は少ないのではないでしょうか。

Hob.XVI:20 Piano Sonata No.33 [c] (1771)
教会での録音らしくピアノの余韻の美しい録音。ピアノの響きの透明感はかなりのもの。録音のマイク設定などが上手いのでしょう。ワイルドのピアノはオーソドックスな演奏ですが、自然な流れの中にもテンポをすっと落とすところのさりげない美しさ、高音のメロディーがすっと抜けるような爽やかさが感じられる実に品のいい演奏。よく聴くとかなりテンポを自在に操っているんですが、それと感じさせない自然さがあります。作為的に聞こえる感じは皆無。ピアノ自体が音楽を語っているような印象。速いパッセージの音階は非常に軽やかで音階の大きな起伏だけが目立ち、細かい音階は小々波のように聞こえます。このXVI:20はハイドンのソナタの中でも格別美しいメロディーがちりばめられていますが、その美しさの結晶のような演奏。1楽章から引き込まれます。
綺羅星の輝きのような美しさに打たれる2楽章。ワイルドの自然なタッチと作為のない佇まいは冒頭から澄み切った冬の夜空に天の川を眺めるがごとき至福のひととき。あまりの自然さ、凛とした美しさに言葉になりません。淡々と進むピアノから自然に詩情が滲み出てくる感じ。
その自然さをそのまま引き継いでフィナーレに入り、ピアノを美しく響かせながら自然な感興で適度にダイナミックに攻めてきます。冒頭から一貫したスタンスの演奏。川の流れのようにしなやかに表現を変えながらここまで滔々と音楽が流れます。最後はピアノ全体を鳴らしきって終了。これはいいですね。

Hob.XVI:42 Piano Sonata No.56 [D] (c.1783)
つづいて2楽章構成の曲。ピアノの響きの美しさを存分に味わえる曲。高音の響きの美しさを聴かせたかと思うと、中音、低音もそれに合わせて実に深い響きで呼応。どの音も実に立体的に鳴り響きます。鍵盤からこれほど彫刻的な音が紡ぎ出せるのが不思議なほど。音の隅々までコントロールされた至高の名演です。ブレンデル盤やアックス盤以上にピアノの響きの美しさに酔える演奏。
2楽章はあっという間に終わる短い曲ですが、忙しく上下する音階の合間に楔のように強音を挟んで、素晴らしい力感を見せつけます。あまりの展開の見事さに息を呑むほど。

Hob.XVI:44 Piano Sonata No.32 [g] (c.1771)
もう1曲2楽章構成の曲。今度は短調でリズムの面白さを聴かせる曲。なかなか巧みな選曲。ピアノの響きを美しく聴かせる曲をうまく選んでいる感じ。いい意味で弾き散らかすようなタッチの面白さを感じさせます。2楽章もリリカルな曲調が美音で際立ち、磨き抜かれた響きの中にメロディーがくっきりと漂う絶妙な音楽。ここまで完璧な演奏。この完成度は尋常ではありません。そしてピアノのコンディションも完璧。全てが調和した奇跡の瞬間のような音楽。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
最後は数多の名演ひしめく名曲。これまでの演奏からその出来についてはまったく不安はありません。どれほどの起伏と翳りの深さを聴かせてくれるのでしょうか。冒頭の入りはこのあとの展開を際立たせるためか、実に穏やかな入り。変奏が進むにつれて徐々に起伏が大きくなり、曲もうねりを伴って展開していきます。それでも自然さと、フレーズごとにしっかり休符をとって曲の構成を浮かび上がらせる手腕は前曲までと変わらぬレベル。オーソドックスではあってもこの名曲の名演に名を連ねるレベルに仕上がっています。

まったく未知の存在だったアンドリュー・ワイルドによるハイドンのピアノソナタ集ですが、ピアノから美しい響きを紡ぎ出すことにかけては一流どころに引けを取るどころか、十分勝負になる演奏。この人のアルバムはベートーヴェンのソナタ集の他数枚しかリリースされていないようですが、マーケットはこれほどの腕前のピアニストを見過ごしていたのでしょうか。ハイドンに関する限り、このアルバムはピアノソナタのおすすめ盤として、ブレンデルやアックス盤以上の魅力をもっています。評価は全曲[+++++]としておきます。

このアルバムをリリースしているCollins CLASSICSですが、このレーベル、ロバート・ハイドン・クラークの交響曲集など、ハイドンに関しては素晴らしいアルバムをリリースしており、ハイドンファンにはとりわけ重要なレーベルだと思います。こういう素晴らしいレーベルが生き残っていないのは大きな損失ですね。

2015/04/09 : ハイドン–弦楽四重奏曲 : ヴァンブラ弦楽四重奏団のラルゴ(ハイドン)
2010/07/19 : ハイドン–交響曲 : ロバート・ハイドン・クラークの交響曲集

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【新着】ダリア・グロウホヴァのハイドンのピアノソナタ集新盤(ハイドン)

先日取りあげたアルバムがとても良かったダリア・グロウホヴァですが、ハイドンのソナタ集の2枚目が届きましたので早速レビュー。

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ダリア・グロウホヴァ(Daria Gloukhova)のピアノによるハイドンのピアノソナタ4曲(Hob.XVI:44、XVI:47、XVI:20、XVI:23)を収めたアルバム。収録は2012年7月、1枚目と同じモスクワ議会議事堂のラジオ放送収録第1スタジオでのセッション録音。レーベルは米CENTAUR。

2013/12/02 : ハイドン–ピアノソナタ : 【新着】ダリア・グロウホヴァのピアノソナタ集

前に取りあげたアルバムもなんだかインパクトのあるジャケットでしたが、こちらも負けず劣らず。前のアルバムが中途半端にツッパっていたのが、今度はだいぶアーティスティックになってきました。グロウホヴァの情報は前記事の方をご覧ください。

グロウホヴァのピアノは、ハイドンなのにまるでショパンを弾くような詩的なもの。さらりと弾き流すようなスタイルから詩情が溢れる演奏。前アルバムが2011年12月の録音だったので、1年経たずに次のアルバムを録音したことになります。

ジャケットには"ESSENTIAL HAYDN"と何やら気になるタイトルがつけられています。「ハイドンの真髄」とでも訳せばいいのでしょうか。ライナーノーツに書かれたグロウホヴァの解説によれば、このアルバムでは第1集とは全く異なるハイドンの世界を描くことを意図しており、短調で書かれたメロディーこそがハイドンの真髄であるというようなことが書かれています。このアルバムには2曲の短調作品の他、へ長調の2曲も中間楽章に印象的な短調の曲が置かれていて、その表現の深さがポイントのようです。若い奏者ながらこうしたアルバムのコンセプトはよく考えられていますね。

果たして、意図通り短調のソナタの深遠な世界が描かれるでしょうか。

Hob.XVI:44 / Piano Sonata No.32 [g] (c.1771)
シュトルム・ウント・ドラング期に作曲された2楽章とも短調の曲。この時期のハイドン独特の憂いに満ちた曲想の名曲。グロウホヴァのしなやかなタッチが活きる曲でしょう。冒頭から力をぬいた独特の柔らかいタッチで、テンポ大胆に揺らしながらいきなり濃い詩情を聴かせます。所々でクッキリしたアクセントを効かせながらも基本的にしっとりと濡れたような表情で音楽を創っていきます。
続く2楽章も切々とメランコリックなメロディーを刻んでいきます。あえて曲想の変わる部分の区切りをぼやかし、曲の構造ではなく、しなやかな変化を聴かせるあたりがグロウホヴァ流。ほのかに明るさを感じさせる部分へのじわりとした変化が深いですね。

Hob.XVI:47 / Piano Sonata No.57 [F] (c.1765)
こちらはシュトルム・ウント・ドラング期直前の作。この曲にはホ短調版(XVI:47bis)もあり、最近の研究ではホ短調版がオリジナルとされているようです。1楽章は非常に穏やかに音階が繰り返されながら曲が進みます。
やはりこの曲は2楽章の短調の美しいフレーズが聴き所と、そう言われてきくと、まさにその通り。シュトルム・ウント・ドラング期の深い深い世界を予感させる、素朴ながら陰りのあるフレーズが重なり、えも言われぬ詩情が浮かび上がります。表現の幅を広げるべく、左手のタッチがめずらしく強靭に変化しますが、すぐに鎮まり興奮の余韻を楽しみます。
フィナーレは対比を鮮明につけるように明るく快活。グロウホヴァも弾むのを楽しむように無邪気に鍵盤上を跳ねているよう。2楽章のきらめくような美しさを引き立てる素晴しい構成が鮮明に描かれました。

Hob.XVI:20 / Piano Sonata No.33 [c] (1771)
ふたたびシュトルム・ウント・ドラング期の、ご存知名曲。私が偏愛する曲であります。この曲はもともと2楽章が聴き所なんですが、言われてみれば1楽章は短調の入りでした。この曲はグロウホヴァの特徴が良く出て、かなりテンポを動かして、自在な演奏。テンポを急に上げたり、下げたりしながら曲の面白さを引き出そうという意図でしょう。淡々と描く名演奏に慣れているからか、最初は違和感を感じましたが、聴き進むうちにグロウホヴァの意図がなじんで、これも悪くないという印象になりました。
続く2楽章は1楽章、穏やかな心境でテンポを揺らしながら、美しいフレーズを奏でていきます。グロウホヴァの手にかかるとフレーズが生き物のように感じられ、しなやかに踊ります。ほどほどの力で音符に潜む曲想を浮かび上がらせながら、独特の詩情を残していきます。
フィナーレは短調から入ります。短調の曲の2楽章にほんのり明るさを感じさせる曲を挟んでいるわけですね。かなり速めのテンポをとりますが、程よくテンポを落とす場面を挟んで、構成感をキチンと保っているのは流石。最後は静かに沈みます。

Hob.XVI:23 / Piano Sonata No.38 [F] (1773)
シュトルム・ウント・ドラング期直後の明解な構成が特徴の曲。1楽章はカッチリ明解な曲調に変わり、暗い時代から時代が変わったような新鮮さを感じさせます。グロウホヴァはここでも緩急自在のスタンスで、曲を自分のペースにしっかり据えます。
短調のアダージョは、これまでの陰りは消え、華やかさを感じさせる短調に変わります。一音一音が磨かれ、まさに宝石のよう。グロウホヴァ流にテンポが変化し、可憐とも言えるような表情が色濃くなってきます。かなりの流麗な展開に、これまで聴いた他の演奏を聴くと、固く聴こえそう。ここでも表情の微妙な変化の移り変わりのきめ細かい綾の美しさが冴え渡ります。明るく明解な1楽章の入りから一転、美しさを極めたアダージョが曲を引き締めます。
この曲でもフィナーレは速めで、千変万化するタッチとテンポの複雑な変化を楽しめと言っているよう。力感のコントロールが秀逸で、特に力を抜く表現がアーティスティックなところ。

ダリア・グロウホヴァのハイドンのソナタ集の2枚目は、短調の美しい曲を集めて、まさにグロウホヴァのしなやかに変化するタッチの面白さと、詩情の濃さを見せつけられた感じ。アルバムの企画意図も冴え、演奏もこれまでのハイドンのソナタの演奏とはひと味違うもの。この若さでこの音楽性は流石です。円熟すればハスキルのような神がかった存在になるかもしれませんね。聴き始めは違和感もちょっとありましたが、聴き進むうちに、グロウホヴァのしなやかなハイドンも気に入りました。評価は全曲[+++++]とします。

ピアノソナタ好きな皆さん、一聴あれ。

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ウルリカ・ダヴィッドソンのソナタ集

今日はクラヴィコードとフォルテピアノによるソナタ集。

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ウルリカ・ダヴィッドソン(Ulrika Davidsson)のクラヴィコードとフォルテピアノによる、ハイドンのピアノソナタ6曲(Hob.XVI:14、XVI:2、XVI:28、XVI:44、XVI:23、XVI:52)を収めたアルバム。収録は2005年8月2日から9日、ニューヨーク州北部オンタリオ湖沿いのロチェスターという街にあるイーストマン音楽学校でのセッション録音。レーベルは米ワシントン州のLOFT RECORDINGS。

奏者のウルリカ・ダヴィッドソンは、主に教育畑の人のようです。90年代はスウェーデンのヨーテボリ大学の音楽教室の教員であり、その後、イーストマン音楽学校の歴史的鍵盤楽器の准教授、ドイツのブレーメン芸術大学でクラヴィコードを教師などを担当。フォルテピアノ、ハープシコード、クラヴィコード、オルガン、ピアノなどをこなし、コンサートでは広く欧米で開き、日本にも来ているようです。もちろん私ははじめて聴く人。

このアルバムは2009年と割と最近リリースされたもの。フォルテピアノとクラヴィコードでハイドンのソナタを弾き分けているところに興味をもって手に入れたと言う流れです。こう言ったマイナーな録音でも、何気に素晴しい演奏が多いことは、当ブログの読者の方なら先刻ご承知の事でしょう。このアルバムも、埋もれた名演盤発掘をモチベーションに入手したということです。演奏のほうはどうでしょうか。

最初の2曲がクラヴィコードでの演奏。楽器は1766年製Johen David Gerstenberg(ライプツィヒ大学楽器博物館蔵)のコピーで、2001年ヨーテボリ・オルガン芸術センターのワークショップで製作されたもの。

Hob.XVI:14 / Piano Sonata No.16 [D] (early 1760)
録音で音量が調整されているようで、音量は問題ありません。クラヴィコードの中では音質、音量はかなり安定したもので、クラヴィコード独特の高音の繊細感がありながら、中低音域もわりとしっかりした音色。ウルリカ・ダヴィッドソンの演奏はまさに教科書通り。クラヴィコードの音色とダイナミックレンジを踏まえて、柔らかいタッチで的確に演奏していきます。個性的な部分はほとんどなく、逆に楽譜通りに揺るぎない正確性で音にしていきます。クラヴィコードの雅な音色を十分に堪能することができます。録音が優秀なせいか、鍵盤を操作する動きの気配、空気感の超低音が録られており、不思議に迫力を増しています。
2楽章はメヌエット。楽章が変わっても淡々と演奏が続き実に繊細な音色によって紡ぎ出されるハイドンの名旋律に身を委ね安心できる演奏。フィナーレに入っても同様。確かなテクニックなんでしょう、実に自然なニュアンスの演奏が続きます。テンポが速い分、キレも増して、小曲なのになかなかの立体感。クラヴィコードの演奏としてはかなりダイナミックさがある方でしょう。

Hob.XVI:2 / Piano Sonata No.11 [B flat] (c.1762)
選曲が上手く、この曲もクラヴィコードの繊細な音色が合います。この曲では主旋律に上手くヴィブラートをかけて、クラヴィコードならではの高音の繊細感を強調。前曲とは演奏のスタンスが少々変わり、主旋律を歌わせる感じが強くなります。これぞクラヴィコードと言う演奏でしょう。すこしスケール感を意識して溜める部分、メリハリを強調する部分もあり、前曲より音楽のつくりが大きくなっています。
続くラルゴでも同様、主旋律にかなり意識的にヴィブラートをかけて、主旋律と伴奏の対比を強調。クラヴィコードのデリカシーに富んだ音色が聴かせる詩情が絶妙。妙に聴き入ってしまいます。
この曲は3楽章がメヌエット。前楽章の深みを洗うようにさっぱりとした表情に戻り、さらさらと音楽をすすめます。確かなテクニックなんでしょう。さりげない演奏にもキリッと引き締まった印象が残ります。

この後の4曲はフォルテピアノに変わります。楽器は1785年頃製作されたAnton Walterのコピーで2004年Monika May製作のもの。

Hob.XVI:28 / Piano Sonata No.43 [E flat] (1776 or before)
やはり比べると音のエネルギーが全く異なります。張りのある音で、音の粒立ちの冴えに耳を奪われます。楽器によって、聴かせどころが全く異なるのは致し方ありません。ダヴィッドソンはリズム面白さをことさら強調し、右手のメロディーラインをクッキリと浮かび上がらせます。ダイナミックレンジをフルに活用するように、強音に至る所でかなりはっきりとアクセントを付け、楽器の違いを楽しむように演奏します。低音の迫力がなかなか。テンポの変化の幅も広げて、表現の幅を広げようとしているよう。
メヌエットは、リズムの面白さを素直に活かした演奏。そしてフィナーレに入るとクラヴィコードでの穏やかな演奏とは異なり、自在なタッチでリズムとテンポ、ダイナミクスを変化させて、曲の面白さに鋭敏に反応します。それでも端正さを保っているあたりが、この人の特徴でしょうか。

Hob.XVI:44 / Piano Sonata No.32 [g] (c.1771)
楽器の違いに慣れてきたところで、短調の名曲。2楽章構成。さっぱりと端正なところもありながら、時折はっとさせるような変化を聴かせ、なぜかスリリングな印象もあります。きちんとした技術に裏付けられながらも、ふつふつと表現意欲が顔をのぞかせているというところでしょう。シュトルム・ウント・ドラング期のハイドンの曲の特徴である、ほの暗いなかにも輝きのあるメロディーを詩情たっぷりに演奏していきます。多少たどたどしさがあるのが良い味わいに。

Hob.XVI:23 / Piano Sonata No.38 [F] (1773)
一転して明るい曲調に変わります。鮮やかな指さばきで早いパッセージをこともなげに弾き進めていきます。曲が成熟してきて、表現の幅もより求められてきているよう。ここまでくると、ピアノでの表現とも比較対象になるような演奏。大きな視点から、曲の構造をとらえて表現すると言う意味では、他の奏者と比較してニュアンスの豊かさ等はもう少し求められるのかもしれませんね。
穏やかな2楽章のアダージョはダヴィッドソンの端正な良さが出た演奏。フィナーレはXVI:28と同様、自在さが活きた演奏。

Hob.XVI:52 / Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
冒頭の一撃にかなりビックリ。フォルテピアノでこの迫力は出色。分厚い音色の和音の衝撃が押し寄せました。この曲を最後に置いたのは得意としているからでしょう。前曲まででこの人の演奏に対するニュアンスがわかったつもりでしたが、最後の一曲で認識を改めるべきだと思いました。ピアノ顔負けの力強さ。楽器のコンディションもあるでしょうが、この迫力は素晴しい。フォルテピアノ独特のあっさりした印象はあるものの音楽は濃密に変化します。フォルテピアノでこの曲を聴く快感のようなものに襲われます。1楽章でノックアウト。これは見事。
アダージョもこれまでの曲より一段踏み込んだ演奏。間の取り方が神がかってます。そしてフィナーレはこのアルバムの総決算。やはりこの人、テクニックは素晴しく、この入り組んだ曲を鮮明な響きで演奏します。楽器の響きを知り尽くしているので、アタックのコントロールも音が濁る寸前までの強度にコントロールし、フォルテピアノの限界まで響かせているよう。最後の一曲は納得の仕上がりでした。

ウルリカ・ダヴィッドソンのハイドンのソナタ集。クラヴィコードとフォルテピアノを弾き分け、それぞれの楽器の響きを活かした名演奏。普段教職にある人らしく、テクニックは確かなもの。その上でハイドンのソナタの演奏に必要な深みを加えることで、それぞれの曲に応じたテクニックで演奏をこなしていきます。評価はクラヴィコードの演奏と最後のXVI:52が[+++++]、その他の曲は[++++]とします。

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マーシャ・ハジマーコスのクラヴィコードによるソナタ集

今日は古の響きへ。

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マーシャ・ハジマーコス(Marcia Hadjimarkos)のクラヴィコードによるハイドンのピアノソナタ6曲(Hob.XVI:32、XVI:44、XVI:48、XVI:20、XVI:41、XVI:42)を収めたアルバム。収録は1993年10月、スイスの北端バーゼル近郊のヴァルデンブルクという街でのセッション録音。レーベルはharmonia mundi傘下のZIG ZAG TERRITOIRES。

マーシャ・ハジマーコスの参加したアルバムは、以前一度取りあげています。

2011/03/19 : ハイドン–声楽曲 : 【新着】エマ・カークビーの歌曲集

ハジマーコスの略歴を前記事から引用しておきましょう。

マーシャ・ハジマーコスはアメリカ人のよう。幼少の頃からピアノに親しみ、マイケル・グレイブスのショートケーキのようなポストモダン建築の代表作、ポートランド市庁舎で有名なオレゴン州ポートランドで学び、ピアノとフランス文学をアイオワ州立大学で学んだよう。その頃ハープシコードなど古楽器への興味を持つようになったとのこと。後にヨーロッパに移り、フランス国立音楽院でインマゼールなどとともに学んだとのこと。その後はフォルテピアノとクラヴィコードのスペシャリストとして活躍しているようです。

前記事を書いた時に触れたハイドンのソナタ集というのが今日取り上げるアルバムです。このアルバムは先日ディスクユニオンでようやく見つけて手に入れたものです。

このアルバムの特徴は何といってもクラヴィコードというフォルテピアノやハープシコードよりも古い楽器による演奏ということでしょう。クラヴィコードは机上において弾く長方形の箱形の楽器で16世紀から18世紀に広く使われた楽器。音量はフォルテピアノよりも遥かに小さく、また音の強弱の幅もかなり限られます。ライナーノーツによれば、ハイドンより一世代前のC.P.E.バッハは自身の即興的な曲の演奏にクラヴィコードを推奨していたとの事。ハイドンの時代にもおそらくクラヴィコードは使われていたでしょうが、ハープシコードやフォルテピアノなど、よりダイナミックな演奏が可能な楽器も現れてきていたはずです。このアルバムはこのクラヴィコードによる雅な響きがポイントになるわけです。楽器はトーマス・シュタイナー(Thomas Steiner)という人の昨。

Hob.XVI:32 / Piano Sonata No.47 [b] (1776 or before)
音量を上げて聴くと意外と張りのある音色。低域の強音はビリつき、明らかに楽器の限界を感じさせてしまいますが引き締まった音で鍵盤楽器というよりギターとかベースの強音に近い響き。ハジマーコスの演奏は速めのテンポでグイグイ攻め込むもの。楽器の限界はなんのそので、強音もかなりの力の入ったもの。この強音のビシッと引き締まったアクセントが特徴でしょう。フレーズの切れ目はすこしテンポを落とし、連続する音階に入ると素晴らしい推進力。この緩急の切り替えの面白さもハジマーコスの特徴かもしれません。
2楽章のメヌエットは楽器のダイナミックレンジが狭いので曲の構造を音量ではなくタッチの微妙な変化でつけていきます。繊細なフレーズコントロールがなかなか。
フィナーレはなぜか、それまでよりも残響が美しく響き、クラヴィコードの響きの魅力が一層引き立ちます。相変わらず左手の引き締まった強音がかなりの迫力で聴き応えがあります。楽器の限界を感じさせながらも、その範囲で楽器のキャパシティ一杯に弾きまくる感じ。後半は楽器が何度もビリつくほどのアタックで迫力溢れるもの。1曲目からクラヴィコードの演奏から予想した響きとはかなり異なるダイナミックな演奏でした。

ハジマーコスの演奏は曲によってスタイルは変化しますが、質はムラのないもの。以降各曲の聴き所のみ簡単にふれることにしましょう。

Hob.XVI:44 / Piano Sonata No.32 [g] (c.1771)
この曲は2楽章構成。短調の入りはクラヴィコードのほの暗い音色が似合います。聴き進むうちにすっかりクラヴィコードの音色の魅力にハマりました。曲想にあわせて、今度はとぼとぼとつぶやくような演奏。デリケートな音色とフレーズコントロールに耳を奪われますが、鮮明な録音によって楽器のフリクション音やハジマーコスの息づかいまで聴こえてきます。2楽章もとぼとぼとした感じが一貫して続きますが、やはり千変万化する響きに聴き入ります。

Hob.XVI:48 / Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
この曲も2楽章構成。ブレンデルの磨き抜かれた現代ピアノの音のイメージが染み付いた曲ですが、そのイメージを一瞬にしてぬぐい去るような雅な響き。かなりピアノによる演奏を意識したような演奏。ピアノそのままのような弾き方で、ピアノと全く異なる余韻を楽しめと言っているよう。クラヴィコードの響きに聴き入ります。この曲は曲想もあって素直な演奏に聴こえます。2楽章に入るとかなり速めのテンポで颯爽と吹き抜けるよう。前曲ではたどたどしかったような指の引っかかりが嘘のように指が良く回ってます。

Hob.XVI:20 / Piano Sonata No.33 [c] (1771)
2楽章の美しい調べが有名な曲。1曲目のダイナミックな演奏が嘘のようにしんみりと響くしとやかなクラヴィコードの音。この曲も短調の曲調に合わせた演奏スタイルでしょうか。期待の2楽章はおとぎ話のBGMのように沁みる響き。ピアノによるキラ星のような澄んだ美しさもいいですが、クラヴィコードの響きの余韻も悪くありません。3楽章は力強さと左手のアタックが戻って曲が締まります。

Hob.XVI:41 / Piano Sonata No.55 [B] (c.1783)
明るくダイナミックな演奏。冒頭から左手のアタック炸裂。1曲目同様音階部分とフレーズの切れ目の速度の変化が聴き所。終始切れのいい演奏。

Hob.XVI:42 / Piano Sonata No.56 [D] (c.1783)
どちらかというと3曲目のXVI:48に近い、ピアノの響きをトレースしたような演奏。速めのテンポで自然な余韻の美しさを上手く表現した演奏。

マーシャ・ハジマーコスのソナタ集はクラヴィコードという楽器での演奏の認識を改めるべきと感じた演奏。もとからダイナミックな音は表現できないものと思い込んでいましたが、逆に楽器の限界を感じさせることで、ダイナミックさを表現し、結果としては十分ダイナミックにも聴こえます。独特の音色と余韻は懐古趣味ということではなく、純粋に複雑かつデリケートな印象を生み、曲に新たな表情を与えます。曲によって演奏スタイルを変化させ、曲の聴き所のツボを見事にとらえています。聴き方によっては地味な演奏という評価もあるかと思いますが、私はこのアルバム、実に興味深く聴きました。従って評価は全曲[+++++]とします。

(2013年1月27日追記)
デレク・アドラムの演奏を聴き、全曲[++++]へ評価を修正しました。

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枯淡、デートレフ・クラウスのピアノソナタ集

今日は巨匠のピアノソナタ集。

DetlefKraus.jpg
HMV ONLINEicon

デートレフ・クラウス(Detlef Kraus)の弾くハイドンのピアノソナタ集。収録曲目は、皇帝讃歌(Hob.III:77)、ピアノソナタ(XVI:44)、ピアノソナタ(XVI:21)、アダージョ(XVII:9)、ピアノソナタ(XVI:29)、ピアノソナタ(XVI:28)の6曲。収録は1994年4月、ドイツハノーバー近郊の街ヴェーデマルク(Wedemark)のヴェーデマルクスタジオでのセッション録音。レーベルはTHOROFONというレーベル。

グレー地の背景からクラウスの顔が浮かび上がるなんともアーティスティックなジャケット。もちろんジャケット買いですが、収録曲目もドイツ国歌「皇帝讃歌」にアダージョXVII:9、ソナタのXVI:29と好きな曲が多く含まれているのもあり、店頭で即ゲットです。

ピアニストのデートレフ・クラウスは1919年ハンブルク生まれのドイツのピアニスト。16歳でバッハの平均律クラヴィーア曲集をコンサートで弾いてデビューとのこと。後年はブラームスに傾倒。1982年からはフランクフルトブラームス協会の会長を務め、ブラームスについての著作も多いとのこと。晩年は教育にも力を注ぎ、2008年1月7日に88歳で亡くなったとのこと。このアルバムの演奏時は74歳。

クラウスについて私は知らずにいましたが、ピアニストの皆さんの中では知られた存在の方のようですね。このアルバムを聴くと、74歳とは思えないしっかりとした指使いで描くハイドンのソナタの響きエッセンス。フレージングとか音色とかデュナーミクなどといった表現上のことを超えて、ただただ音符を音にしていくという枯淡の境地。これまでいろいろなピアニストでハイドンのソナタを聴いてきましたが、デートレフ・クラウスの演奏はそれらの演奏を超える素晴らしい本質的な説得力をもっていました。

1曲目は皇帝讃歌。たどたどしくもありますが、なぜか揺るぎなさをも併せ持つ演奏。ピアノの響き自体は透明感溢れるもの。老年の奏者らしく力感のある演奏ではないんですが、ピアノ音楽を知り尽くした奏者のさりげなく、しかし深い情感をたたえた演奏。ドイツ国歌のメロディーがこれほどまでに心に純音楽的に響くのははじめてのこと。冒頭から素晴らしいピアノに打たれます。

2曲目はXVI:44ト短調。この曲は1771年の作曲ゆえ時期的にはシュトルム・ウント・ドラング期の作。右手のクリアな音を中心に宝石のようなメロディーラインを弾いていきます。途中止まりそうになるように訥々とメロディーを奏で、短調による峻厳な音響空間を最小限の音符で満たしていきます。途中音調が明るく変化する部分の一瞬現れる幸福感とまた険しい響きにもどる揺れの表現が熟練者ならではの円熟の境地。2楽章のアダージョも右手のキラメキによる短調の響きの美しさが絶品。この楽章も陰と陽に振れる曲調の変化の表現が秀逸。

3曲目はXVI:21で1773年作曲。前曲とは一転晴朗なハ長調。晴朗な曲調なのに枯淡。右手が音符と戯れるような音楽。左手はそっと音符を添えるような弾き方。ハイドンの音符から音楽の随だけ取り出したような音楽ですね。2楽章のアダージョは途中リズムに変化をつけたりする部分もありながら、基本的にテンポはゆったりめで淡々と進めます。フィナーレはざらっと弾き散らかしたようなくだけた表現。曲調の本質を捉えた素晴らしい解釈ですね。

4曲目は小品のアダージョXVII:9。これまでブレンデル盤の澄み切った響きの演奏が一押しだったんですが、デートレフ・クラウスの枯淡の演奏も悪くありません。テンポもメリハリもほとんどつけず、かといって単調にもならない素晴らしい音楽性。

5曲目はリヒテルの素晴らしい力感の演奏に親しんでいるXVI:29。1774年の作曲。なぜか前曲のアダージョから間を置かず、すぐに始まります。録音なのにコンサートでの演奏のような曲のつなぎ。リヒテル曲の構造を見事に再現したのとは逆に、音符のなかに潜むメロディーを淡々と弾いていく演奏。力感は形跡もありません。同じ曲とは思えない表現の違い。相変わらず右手の宝石のようなキラメキ感は健在。アダージョは一転して豊かな表情が印象的。この曲の美しさの頂点がまるでアダージョにあるかのような弾きっぷり。フィナーレは再び弾き散らかすようなくだけた表現でまとめます。

最後はXVI:28。1776年の作曲。ソナタは年代を少しずつ下るような選曲だったわけですね。1楽章はこのアルバムの中では変化に富んだ演奏の方。冒頭からリズムの変化に合わせてテンポもわりと揺らして弾いています。2楽章はメヌエットですが、やはりデートレフ・クラウス得意の楽章なんでしょう、自在な表現で曲の神髄をえぐる表現で聴かせきってしまいます。フィナレーは途中で出てくる不思議な音階をモチーフにした楽章。軽々とさりげなく弾いてこなしますが、後半速いパッセージでちょっと指がもつれそうになるところもあります。

アルバムを通して聴こえてくるのは、ハイドンの音楽の神髄をとらえた表現。さりげない演奏でもあるんですが、そのさりげなさもハイドンの大きな魅力と言わんばかりの説得力に満ちたもの。無駄な力を入れず、右手の美しい旋律とハイドン独特の機知を含んだ変化に富んだメロディーの表現も秀逸。何れにせよ、ハイドンの音楽の神髄をとらえた見事な解釈だと思います。評価はもちろん全曲[+++++]としたいと思います。特に皇帝讃歌とアダージョの美しさは素晴らしいもの。また一枚素晴らしいアルバムと巡り会うことができました。

月曜は年度末までの未消化の休暇があるのでお休みの予定故、今日は遅くに更新です。明日も何枚か取り上げたいと思います。

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ハイドン生家の響き

昨日入手の一枚。

Fuller2.jpg
TOWER RECORDS / HMV ONLINEicon / amazon

ローラウのハイドン生家(現ハイドン生家博物館)で、1782年作のフォルテピアノで録音したピアノソナタ集。これまた企画者の視点が明確に存在するアルバム。こうゆうの好きです!

ハイドンが生きていた当時の楽器で弾いてはじめてソナタの真の魅力がつたわるということでしょう。
確かに、現代のピアノの美しい音色とは全く異なる素朴、古雅な響きで聴くピアノソナタもまたいいものです。おまけにハイドンの生家での録音ということで、なにやらいわくありげな気もしますが、雰囲気や響きが独特なわけではなくスタジオ録音と言われてもわかりません。録音は非常に良く、ハイドン生家でのフォルテピアノの音色がリアルに響きます。

収録曲はXVI:38、44、46、20の4曲。
演奏は古雅なフォルテピアノの音色の魅力を素直に感じさせるもの。中音域から高音域にかけての音色が鳥の羽の軸で弦を弾くような音色に特徴があるでしょうか。低音域から高音域まで音域ごとに異なる音色の違いをうまく生かして、フレーズの切れ目ごとに丹念にタッチを変え、音色の変化に非常に神経をつかっている感じです。最後におかれたXVI:20の2楽章は、メロディーラインの美しさが浮き立つ名演。これはおすすめ盤ですね。

古雅な音色に遥か昔のハイドンが生きていた頃に想いをはせて、、、

ちょっと飲み過ぎてます(笑)

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プロフィール

Daisy


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なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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