テレーズ・デュソーのピアノソナタ集(ハイドン)

なんだかピアノの響きにはLPが合うようで、ピアノソナタの名録音がつづきます。

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テレーズ・デュソー(Thérèse Dussaut)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ2曲(Hob.XVI:49、XVI:52)とファンタジア(Hob.XVII:4)の3曲を収めたLP。収録についてはネットで色々調べるとおそらく1972年にリリースされたもののよう。レーベルはARION。

こちらも先日ディスクユニオン新宿店で仕入れたもの。LP売り場は適度に分類されているんですが、交響曲や弦楽四重奏曲はハイドンのコーナーがあるもののピアノ曲はH前後のいろいろな作曲家のアルバムが混ざっており、LP時代には現在もCD化されていない未知のピアニストのアルバムがまだまだあるようで、売り場構成と相まって宝探し的楽しみがあります。このアルバムもそうして発見した一枚。

ジャケットをよく見ると古いスケッチですが、明らかにハイドンのような顔をした男がフォルテピアノの横に座り、鍵盤の前には貴婦人が立っているスケッチ。調べてみるとフランスの画家、ドミニク・アングルの1806年の習作「森の家族」とのこと。アングルは1780年、南仏のモントーバン(Montauban)生まれで、トゥールーズ、パリで学んだのち、当時の若手の登竜門だったローマ賞を受賞し、政府給費留学生として1806年にローマに渡ります。この絵がパリトローマのどちらで書かれたのかはわかりませんが、ハイドンはパリにもローマにも行っていませんので、実際の場面ではなく、当時ヨーロッパ中で知られていたハイドンから音楽を学んでいる姿を想像してスケッチしたものでしょうね。当時のハイドンの人気を物語るものでしょう。LPの魅力はこうしたジャケットにもあるわけで、たかが印刷ですが、なんとなくいい雰囲気が漂うわけです。

さて、本題に戻って、奏者のテレーズ・デュソーについて調べてみます。

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テレーズ・デュソーは1939年、ヴェルサイユ生まれのピアニスト。父は作曲家のロベール・デュソー(Robert Dussaut)、母も作曲家のエレーヌ・コルヴァティ(Hélène Corvatti)。フランスでマルグリット・ロンとピエール・サンカンにピアノを学び、ドイツではロシアのピアニスト、ウラディミール・ホルボフスキに師事しました。1957年には国際ARDコンクールで優勝し、以後はコンサートピアニストとして活躍、現代音楽にも積極的に取り組んできたそうです。近年は教育者として活躍しているとのこと。

Hob.XVI:49 Piano Sonata No.59 [E flat] (1789/90)
しっとりとしたタッチから流れ出る音楽。女性奏者らしいタッチの柔らかさが印象的。サラサラと流れながらも要所でのアクセントはくっきりとつけていきます。まさに気品に溢れた演奏。LPだからか研ぎ澄まされたピアノの音色の美しさが際立ちます。ハイドンの曲のメロディーの美しさも展開の面白さもアイデアの豊富さもすべて折り込んでさらりと美しくまとめいる感じ。ジャケットのスケッチが、女性ピアニストが演奏を終え、ハイドンが満足げに微笑んでいる姿にも見えてきました(笑) 実に品のいい演奏。
アダージョに入ると、実際の音量以上に静けさを感じさせます。楽章がかわって、気配も変わった感じ。聴き手を包み込むようなオーラが発散しています。心に沁み渡るような浸透力。仄暗い部屋の真ん中でスポットライトを浴びながら静かにピアノの響きと向き合うッデュソーの心境がつたわるようです。後半の左手のアクセントの連続は澄み渡るような美しさ。実際の力感ではなく、力感を表現するのは音の対比のみでできるのだとでも言いたげなほど、力が抜けているのに音楽の起伏は険しく感じられる演奏。美しすぎるアダージョ。
3楽章はメヌエット。ことさら演奏スタイルを変えることなくさらりと入り、淡々と進めていきます。キラメキを増す右手にと、絶えず静けさを保ち続ける冷静さのバランスが絶妙。

Hob.XVII:4 Fantasia (Capriccio) op.58 [C] (1789)
こだまのようにメロディーが響き合う小曲。テンポよくすすむ曲想にあわせてタッチのキレも一段と鮮やかになりますが、なにより素晴らしいのが可憐な雰囲気に満ちていること。やはりデュソーの演奏の特徴はこの気品にあります。時折前曲のソナタの演奏では見せなかった激しいアクセントが姿を現してちょっとびっくりしますが、この小曲でのメリハリをきっちりつけようということでしょう。最後の終わり方もちょっと驚く間をとって遊び心をみせます。最後まで透徹したタッチとしなやかさが感じられる名演奏です。

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Hob.XVI:52 Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
曲の構えが大きい分、ぐっと迫力を増した入り。最初の曲ではしなやかさが印象的だったんですが、この曲では力感は十分。素晴らしい迫力に圧倒されます。もちろん繊細な響きの魅力は保っていますので気品に満ちた迫力です。この曲ではやはり力感の表現がポイントとみたのでしょう、1楽章はしなやかな中にも迫力が満ち溢れ、力で押していくようなところもある演奏。
そしてアダージョも打鍵の余韻を実に品良く響かせます。余韻の隅々までしっかりコントロールされた演奏。ところどころでかなり力を抜いた音階をちりばめたり、アクセント、特に左手のメロディーをデフォルメしたりすることで、この優雅な曲にくっきりとした表情の変化をつけていき、音楽の彫りを深くしていきます。
終楽章のプレストへの入りが実に印象的。連続音から始まるこの曲の表情を見事に演じます。タタタタと続く音を実に表情豊かにしあげてきます。このセンスこそデュソーの演奏の真骨頂。全編に気品が満ちているのは音の響きに関する鋭敏な感覚があってのことでしょう。この曲でも一つとして同じ音をならさぬようタッチは非常にデリケート。速い音階の滑らかさとアクセントの対比も見事。突然テンポを落としたりとハイドンのしかけた機知にも呼応します。曲の読みが深いですね。この曲も見事の一言。

ディスクユニオンの売り場から掘り起こしたアルバムですが、これは宝物レベルの名盤でした。まったくしらなかったテレーズ・デュソーというピアニストによるハイドンでしたが、ジャケットに移る美麗な姿そのままの気品に溢れた名演奏でした。音に対する鋭敏なセンスを持ち合わせ、ハイドンのソナタから実に深い音楽を引き出す腕前の持ち主。1曲目のXVI:49ではそのセンスの良さで聴かせ、ファンタジアではタッチのキレのよさ、そして最後のXVI:52では迫力と彫りの深さで圧倒されました。LPのコンディションも悪くなく、美しいピアノの響きを堪能できました。評価は全曲[+++++]とします。

このところの陽気でだんだん目の周りが痒くなってきました。魔のシーズン突入ですね(笑) めげずに頑張ります!

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tag : ピアノソナタXVI:49 ピアノソナタXVI:52 ファンタジアXVII:4 美人奏者 LP

ルドガー・レミーのブロードウッドピアノによるソナタ集(ハイドン)

今日はハイドンが活躍していた時代のピアノで演奏したピアノソナタを取り上げます。

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TOWER RECORDS / amazon

ルドガー・レミー(Ludger Rémy)のピアノによる、ハイドンの晩年のピアノソナタ3曲(Hob.XVI:52、XVI:51、XVI:50)を収めたアルバム。ピアノは1794年製のブロードウッドピアノ(John Broadwood 1794)。収録情報はPマークが1987年とだけ記載されています。レーベルはaudio max。

このアルバムに興味を持ったのは、もちろんブロードウッドピアノで弾かれているから。現代のピアノの透徹した響きの美しさもいいものですが、ハイドンが作曲していた頃、どのような響きをイメージして曲を書いたのかということにも興味は尽きません。こうした興味が本格的に生まれたのはクラヴィコードで弾かれたハイドンの素晴らしい演奏を聴いてからです。

2013/01/27 : ハイドン–ピアノソナタ : デレク・アドラムのクラヴィコードによるソナタ集

そのような興味が生まれると、色々と楽器に興味が湧いてくるわけで、その後楽器の変遷を見に、浜松の楽器博物館にも詣でております。

2015/09/15 : 旅行・温泉巡り : 【番外】浜松市楽器博物館詣で+うなぎ!

このアルバムの演奏に使われているのは1794年製のブロードウッドピアノですが、浜松市楽器博物館の所蔵楽器をウェブサイトで調べてみると、なんと7台ものブロードウッドのピアノがヒットします。いずれも1800年以降のものですが、資料番号K-0041、K-0022あたりの楽器がこの演奏に使われたものに近いのではないかと想像しております。

浜松市楽器博物館:所蔵資料データベース:検索=Broadwood

一応ブロードウッドピアノの歴史をWikipediaなどから紐解いておきましょう。
1732年にスコットランドに生まれたジョン・ブロードウッドが1952年にロンドンに移り、チェンバロ製作者のバーカット・シュディの元で働き始めたのが興り。シュディの娘と結婚し1773年にシュディが亡くなりピアノの制作を始め、1780年にはオリジナルなピアノを完成。1795年には息子もピアノ制作に加わりブロードウッド&サンとなります。ブロードウッドピアノの特徴は、それまで手や膝で操作していたペダルを脚で操作する方式を導入するなどの革新をもたらしているとのこと。ブロードウッド社のウェブサイトに掲載されている歴史を辿ると1774年にウィーンのハイドンにハープシコードを届けているという記載が見られるのに加え、1791年の最初のロンドン旅行の際にブロードウッドの楽器を使用しているとのことで、ハイドンとも浅からぬ関係があったようです。

このフォルテピアノから現代のピアノへの進化の途上にあるブロードウッドピアノによって、ハイドンの晩年のソナタがどう響くのか興味津々ですね。

奏者のルドガー・レミーは調べてみると手元の以前レビューしたアルバムでフォルテピアノを弾いていました。

2014/06/27 : ハイドン–声楽曲 : 【新着】ドロテー・ミールズの歌曲集

ルドガー・レミーは1949年、ドイツのオランダ国境に近いカルカー(Kalkar)生まれの鍵盤楽器奏者、指揮者、音楽学者。フライブルク、パリなどで学び、メインは17世紀から18世紀のドイツ音楽の研究などドイツでの教職のようです。

Hob.XVI:52 Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
ブロードウッドピアノはフォルテピアノよりも音に力強さと厚みがあり、冒頭の力強いタッチから始まる曲の迫力が十分伝わります。ルドガー・レミーは楽器が良く鳴る勘所を踏まえて、楽器のキャパシティいっぱいのダイナミックレンジを使って鮮烈な響きを引き出してきます。フォルテピアノによる雅な響きとは力感が異なり、ピアノに近いダイナミクスで音色はフォルテピアノに近いと言ったらいいでしょうか。手元にある浜松楽器博物館の制作で小倉貴久子さんの弾く1802年製のブロードウッドピアノ(コレクションシリーズ38)と音色は近いんですが、浜松の楽器の方が調律が気持ちよく決まっていて、響きに濁りがありません。逆にルドガー・レミーの演奏の方が力強さを感じますので一長一短というところでしょうか。ピアノに負けないダイナミクスを感じさせます。まさにハイドンがこの曲に込めたダイナミクスはこのブロードウッドピアノがあってのことかもしれません。ピアノの演奏に耳は慣れていますが、この演奏を聴いてフォルテピアノの世界から扉が一つ開いたところを想像します。1楽章のダイナミクスがまさにその象徴のように思えてきました。
続くアダージョも所々に力強いタッチとその余韻を楽しむような曲想であり、進化途上のブロードウッドピアノの響きがそのタッチの魅力をかえって浮かび上がらせるよう。耳をすますとこの先進化を遂げていくピアノの音色に近い響きも聴き取れ、なかなか想像力に訴える演奏。響の濁りも含めてなんだかとても聴き心地がよくなってきました。ルドガー・ラミーは訥々と語りかけるように弾き進め、ブロードウッドピアノならではの響きの余韻も十分に取り入れたダイナミックかつ詩的なニュアンスも踏まえた演奏で応えます。音色になれると演奏の深みがわかってきます。
3楽章に入ると鮮やかなタッチと絶妙な間のコントラストを効かせながらハイドンの素晴らしい音階の交錯による音楽が冴えてきます。澄みきりすぎた現代のピアノからは失われてしまったデリケートな響きのニュアンスもあるのだと知ります。

Hob.XVI:51 Piano Sonata No.61 [D] (probably 1794)
今度は落ち着き払った入り。噛みしめるようにしっとりとブロードウッドピアノをしっとりと鳴らしながらハイドンの素朴な音楽を奏でていきます。フレーズごと微妙に明るさと翳りが変化する様子を巧みに表現していき、ピアノでは表現できない音色の多彩さがあることに気づきます。やはりフォルテピアノよりもわずかにダイナミクスの表現に秀でていることの大きさが効いています。抑えた部分では音色の美しさ、強音では弱音との音色の変化の大きさがピアノ以上にダイナミクスを感じさせます。穏やかな1楽章に対して、少しタッチを強める2楽章への変化も実に面白く聴こえます。

Hob.XVI:50 Piano Sonata No.60 [C] (probably 1794)
そして冒頭のXVI:52とともにハイドンのソナタの頂点をなすこの曲では、さらにタッチの強弱の絶妙な力加減がブロードウッドピアノをとうして生む音色の変化の面白さに耳を奪われます。ルドガー・レミーのタッチも精緻を極め、ブロードウッドピアノという楽器を知り尽くした人だけが、楽器の響きを活かし尽くすように操る妙技。音楽に創意がみなぎり、タッチは自在の極致へ至ります。久々に脳内にアドレナリンが溢れてきます。完全にルドガー・レミーの音楽に圧倒されます。1楽章のタッチとリズムの変化、2楽章の抑制された美しさ、3楽章の軽妙さと、どれをとっても現代ピアノでの表現の幅を上回る豊穣な音楽が湧き出てきます。これは見事。絶品です。

ルドガー・レミーがハイドン存命時の楽器であるブロードウッドピアノで弾いた最後の3つのソナタ。この演奏を聴いて、新たな時代の楽器の潜在力がハイドンのこの3つのソナタの作曲に際して大きな影響があったというふうに思えるような素晴らしい演奏でした。特に最後のXVI:50は絶品。現代ピアノに比べればダイナミクスでも音色の統一感でもまだまだ進化途上のものですが、逆にハイドンのこのこれらのソナタには、タッチの強さによる音色の変化や、響きの美しさが際立つ面白さがあることがわかります。これは是非皆さんに聴いていただきたいアルバムですね。評価はもちろん全曲[+++++]とします。

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tag : ピアノソナタXVI:52 ピアノソナタXVI:51 ピアノソナタXVI:50 古楽器

リリー・クラウスのピアノソナタXVI:52 1963年来日時のNHK録音(ハイドン)

今日は懐かしい人の演奏。

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リリー・クラウス(Lili Kraus)の演奏によるハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI;52)、モーツァルトの幻想曲(K.475)、ピアノソナタ(K.457)、グルック「メッカの巡礼」による10の変奏曲(K.455)の4曲を収めたアルバム。収録は1963年1月に東京のNHKで収録されたセッション録音。レーベルはキングレコードからリリースされているNHK CD。

リリー・クラウスと言えばモーツァルト。パッと花が咲いたような可憐な演奏が記憶に残る人。ハイドンも少し録音があり、EMIのソナタ集や、以前取り上げたピアノトリオなどがあります。

2014/01/19 : ハイドン–室内楽曲 : リリー・クラウス/シモン・ゴールドベルク/アンソニー・ピニのピアノトリオ(ハイドン)

リリーク・クラウスの演奏で取り上げたのは、上のピアノトリオのみですが、これは1939年と戦前の録音。EMIに録音されたソナタ集は1957年とそれぞれかなり古いもの。今回NHKからリリースされたこのアルバムは1963年とこれまでの中では最も後の録音ということになります。

リリー・クラウスの詳しい略歴はリンク先の記事をご参照いただくとして、1936年の初来日の後、1942年からのアジア遠征で訪問したインドネシア、ジャワ島で日本軍に捉えられ、終戦まで軟禁された経験をもっているにもかかわらず、1963年に2度目の来日を果たします。ライナーノーツにはその来日時の公演プログラムのからリリー・クラウス自身の言葉が引用されています。

「(前略)私の1936年の最初の日本訪問中に芽生えた友情は、第二次大戦の辛い苦しい試練に耐えました。今、神の御恵みにより、過去の暗い雲は取りはらわれ、私は貴方の国へ再び戻る期待で、深くそして喜ばしい感動に満たされております。生命ある音楽は、今一度、私達を永久の友情に再び結び合わせますでしょう。」


このアルバムの録音は、その第2回の来日時のコンサートの合間に東京のNHKで収録されたものとということで、大変貴重なものと言えるでしょう。

このアルバムのレビューの前に、EMIのソナタ集からXVI:52を聴いてみます。モノラルながら1957年にして高音に独特の輝きを持つ可憐なリリー・クラウスのピアノの音色が心地よい録音。迫力よりは粒立ちのよい音階と華やかな雰囲気で聴かせる演奏です。右手でメロディーをクッキリ浮かび上がらせ、時折左手でキリリとアクセントをつけ、軽やかで華やかなドラマを演出します。2楽章の冒頭にテープの伸びと思われる音の揺らぎがありますが、気になるほどではありません。2楽章は思ったよりも深く迫力に満ちた展開。そしてフィナーレは鮮やかなタッチで疾走します。緩急の変化をしっかりつけた、リリー・クラウス49歳の頃の覇気とキレを味わえるバランスの良い演奏。

Hob.XVI:52 Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
本題の1963年の演奏。こちらもモノラル録音。EMIのものに比べると時代が下った分自然さは上がりますが、比較すると高音がこもり気味に聴こえ、普通に聴く分にはEMI盤の方が聴き映えがするかもしれません。リリー・クラウスらしい華やかさはEMI盤。ピアノの音の自然なバランスはこちらといったところでしょう。自然なタッチで、前演奏同様、クッキリとしたメリハリをつけて音楽が進みますが、リリー・クラウス独特の「あの」華やいだ感じは少し後退。なんとなくリリー・クラウスらしい軽やか、可憐な響きは録音のバランスに大きく影響を受けていたのかもしれません。1楽章は甲乙つけがたい感じ。
続くアダージョではこのアルバムのニュートラルな感じの印象が勝ります。EMI盤の彫り込みの深い演奏も良いのですが、曲想に素直に淡々とした印象を感じさせ、ところどころにリリー・クラウスらしさをうっすらと感じさせるセンスの良さも悪くありません。しっとりと沁みる演奏。
そしてフィナーレもしなやかさを保ちながら入りますが、すぐに粒立ちの良いタッチの心地よい響きに包まれます。タッチの硬軟の変化、フレーズごとの表情の濃淡が純粋に楽しめる演奏。薄化粧越しに聴いていたリリー・クラウスという人の音楽をようやく直に聴いたような印象。曲が進むにつれて真剣な音楽の迫力がじわりと伝わります。特に1音1音のタッチの絶妙な変化は見事なもの。少し荒さは感じさせるものの、この演奏でリリー・クラウスという人の音楽の真髄に触れた気がします。

この後のモーツァルトはさらに迫真の演奏。ハイドンに増して集中力が上がり、音楽の完成度はさらに上がります。

リリー・クラウスの1963年の来日時の貴重な録音。EMI盤が白粉の匂い漂う薄化粧をまとったリリー・クラウスの姿だとすると、こちらの録音は化粧を落としたリリー・クラウスの音楽に向き合った演奏といった感じ。どちらも彼女の音楽らしい個性に溢れた演奏ですが、どちらかと言うと、私はこのアルバムの演奏によって、リリー・クラウスという人の音楽に近づいた気がします。おそらく一般的にはEMI盤を取る人の方が多いかもしれません。評価は両演奏ともに[++++]とします。というのもこのアルバムに含まれるモーツァルトが絶品。やはりリリー・クラウスという人はモーツァルトの人とあらためて認識した次第。ハイドンの演奏が悪いということではありませんので、念のため。

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tag : ピアノソナタXVI:52 ヒストリカル

アンジェラ・ヒューイットのソナタ集(ハイドン)

いやいや、実に久しぶりのレビュー。レビューの仕方忘れちゃいそうでした(笑) 今日は正統派のアルバムを取り上げます。

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TOWER RECORDS / amazon / ローチケHMVicon

アンジェラ・ヒューイット(Angela Hewitt)のピアノによる、ヘンデルのシャコンヌ(HWV435)、組曲2番(HWV427)、組曲8番(HWV433)、ハイドンのアンダンテと変奏曲(Hob.XVII:6)、ピアノソナタ(Hob.XVI:52)の5曲を収めたアルバム。収録は2008年9月17日から18日、2009年3月17日から18日、ベルリンのイエス・キリスト教会でのセッション録音。レーベルは英hyperion。

このアルバムは最近手に入れたもの。結構知られたアルバムだとは思いますが、巡り合わせか手元になかったもの。

アンジェラ・ヒューイットはご存知の方も多いでしょう。いちおういつもどおり略歴をさらっておきます。1958年、カナダのオタワ生まれ。父はオタワの教会のオルガニストだったことから幼少期から音楽に親しみピアノ、ヴァイオリン、リコーダー、バレエなどを学びました。その後トロント音楽院、オタワ大学などで学び、国際的に活躍するようになります。1994年からhyperionレーベルと契約し、バッハを中心に多数のアルバムをリリースしており、アンジェラ・ヒューイットといえばバッハというイメージが強いのではないかと思います。

ちなみに私はアンジェラ・ヒューイットの録音はこのアルバムがはじめて。虚心坦懐に聴くことにいたしましょう。

前半はヘンデルの曲。ヘンデルのピアノ曲はちゃんと聴くのは久しぶり。バッハのような雰囲気とそれなりに分かりやすいフレーズ展開が心地よいですね。ピアノはFAZIOLIなので特に低音から高音まで艶やかな表情が印象的です。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
ハイドンの傑作変奏曲ですが、冒頭から落ち着きはらったヒーイットのタッチで艶やかなFAZIOLIが鳴り響きます。録音はイエス・キリスト教会らしく残響が非常に美しく、ピアノの響きをより艶やかに聴かせます。特に高音の磨き抜かれた音色は魅力的。独墺系の奏者とははっきりと違う演奏。旋律、特に高音のメロディーはFAZIOLIの音色に加えて女性奏者の感性がにじむところでしょうか。メロディーをクッキリと浮かび上がらせていながらかなり落ち着いた演奏。一つ一つの変奏の表情をゆったりかつしっかりつけていくので、変奏ごとの変化の面白さが強調され、クリアな響きと音楽の深さが両立して、実に味わい深い演奏。徐々に力感を増しながら変奏が進むと、 FAZIOLIの堅固なフレームを響かせるほどの強音の余韻が静寂の中に消え入り、響きのコントロールが絶妙。終盤が力づくにならないようクリアさを保ちながらクライマックスを迎えます。力強い和音が混濁せずにクリアさを保っているのもアンジェラ・ヒューイットならでは演奏でした。

Hob.XVI:52 Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
一転、勢いよく入ったXVI:52。前曲よりも高音が若干おとなしめの録音。空気感というか鮮明さも前曲の方が冴えていました。演奏の基本は変わらないものですが、冴え冴えと落ち着いた感じがちょと劣るように聴こえます。ほんのわずかな違いですが、それだけ前曲が冴えていたということでしょう。特に強音にわずかな力みが感じられます。
続くアダージョは打鍵音の余韻の面白さで聴かせる曲。FAZIOLI独特の艶やかな音色がこの曲の醸し出す雰囲気に華を添えます。女性にしては力強い左手の音階でグイグイと曲を盛り立てますが、1楽章ほどの力みを感じることはありません。この辺が音楽の微妙なところ。間の取り方の上手さのせいでしょうか。最後の消え入るのような静寂感も見事なもの。
そして、フィナーレは鋭利にクマ取られた低音がさらに効果的に響きます。いつもながら想像力豊かなハイドンの展開にわくわくしながら聴き続けますが、クリアなアクセントの連続と、まるでクリスタル細工のような清涼な光を帯びた響きによって、複雑な響きの織りなす綾の魅力が際立ちます。力感を感じさせるのに重厚というよりは華麗に響くヒューイットマジックと言っていいでしょう。聴きなれたハイドンのソナタの華麗な輝かしさにスポットライトを当てた演奏でした。

ちゃんと聴くのは初めてのアンジェラ・ヒューイットのアルバムですが、ヒューイットの演奏はFAZIOLIピアノの音色の美しさを最大限に生かして、しかもその美しさをアーティスティックにまとめてくる、こちらの期待した通りの演奏。手元に彼女のバッハのアルバムは1枚もありませんが、バッハの演奏が評判いいのも想像がつきます。こうした明確な個性は演奏者の人気に大きくつながるものでしょう。ファンがつく演奏家だと思います。ハイドンの曲を演奏という点では響きの美しさに耳が行ってしまいがちな演奏ではありますが、これはこれでありでしょう。私は気に入りました。評価は両曲とも[+++++]とします。

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tag : アンダンテと変奏曲XVII:6 ピアノソナタXVI:52

ディノ・チアーニのピアノソナタXVI:52ライヴ(ハイドン)

今日もヒストリカルなアルバム。

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TOWER RECORDS / amazon / ローチケHMVicon

ディノ・チアーニ(Dino Ciani)の演奏を6枚のCDにまとめたトリビュートアルバム。この中にハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:52)のライヴが含まれています。ハイドンの収録は1966年2月12日、イタリアのジェノヴァ近郊の港町、ラパッロ(Rapallo)でのライヴ。レーベルは伊DYNAMIC。

ピアノファンの方には怒られそうですが、ディノ・チアーニについては今まで知りませんでした。今回ハイドンの演奏が含まれているということと、ちょっとだだならぬアルバムの雰囲気にピンときて注文した次第ですが、アルバムが到着して色々調べてみると、このディノ・チアーニという人、凄い人でした。

ディノ・チアーニは1941年生まれのイタリアのピアニスト。Wikipediaなどによれば、生まれはアドリア海沿いのイタリアの街、トリエステのすぐ南にある、現クロアチア領のフィウメ(Fiume)。イタリアのジェノヴァでピアノを学び、その後ローマの音楽学校でアルフレッド・コルトーの上級クラスに進み、コルトーから不世出の奇才と称えられたとのこと。1961年にはブダペストのリスト=バルトーク・コンクールで準優勝となり、以後は世界的に活躍しましたが、32歳のとき交通事故で急逝してしまいました。ピアノ愛好家からはチアーニが健在だったらポリーニの現在の地位は危うかったであろうとか、ミケランジェリを脅かす存在とかと言われているとのこと。夭逝の演奏家といえば、リパッティ、デニス・ブレイン、ユーリ・エゴロフなどが知られていると思いますが、彼らと同じオーラを感じますね。

肝心の演奏はどうでしょう。

Hob.XVI:52 Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
音質は年代なりで、響きの良いホールでの演奏を少し遠くから録ったもの。冒頭からテンポよくキレのいい溌剌とした演奏。ライヴなのでちょっとしたタッチの乱れなどありますが、演奏はエネルギーに満ち、オーラのようなものが漂います。高音がクリアにキレてメロディーラインが輝くあたり、只者ではありません。展開部に入るところでスロットルを一気にしぼって極端に力を抜くあたり、はっとさせられる演出に才能を感じます。曲の構造を見切っての見事な構成。ライヴでのこの確かな設計、細かいところではなく大局をみての演奏と納得させられます。1楽章はやはり流石の出来といっていいでしょう。
つづくアダージョは弾き流すようなくだけた表情の演奏。ピアノの強固な響きの美しさで聴かせる演奏が多い中、キレのいい1楽章のほとぼりを冷ますようにサラサラと進め、ところどころにデフォルメ気味のアクセントをあしらってメリハリをつけることで個性を主張します。この独特の演奏から醸し出される表情は他の演奏とは異なる曲の表情に気づかせてくれます。くだけているのに俊敏な不思議な感覚。
フィナーレは速いパッセージが続きますが、クッキリとした表情を保っているのは確かなテクニックを持っている証拠。グールドとは異なりますが、独特の固い響きにはグールドのような人を寄せ付けないオーラのようなものを感じさせます。大胆なテンポの変化、透徹した響きの魅力、冴え渡るタッチなど、そこここに天才の片鱗を感じさせる演奏でした。最後は拍手も録音されています。

このあとにモーツァルトのファンタジア(K.475)、ハ短調ソナタ(K.457)が続きますが、録音がデッドでクリアにガラッとかわり、なかなかいいコンディションの録音でモーツァルトが楽しめます。

ポリーニやミケランジェリと比較される夭逝のピアニスト、ディノ・チアーニによるハイドンのピアノソナタの貴重な録音。くっきりとクリアにキレたタッチ、速いパッセージに宿るエネルギー、鳥肌がたつような弱音への変化、そして全体を見通した見事な構成感、長生きしていれば、おそらく現代を代表するピアニストとして活躍していただろうことは想像に難くありません。この一曲だけからでも、その才能はつたわります。アルバム自体にはハイドン以外の演奏もいろいろ含まれており、いろいろ楽しめるものですので、興味のある方は是非手に入れて才能を直接感じてください。もちろん評価は[+++++]とします。

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tag : ピアノソナタXVI:52 ヒストリカル ライヴ録音

リヒテルのXVI:52 1967年ロンドンライヴ(ハイドン)

ライヴを中心にいろいろな演奏が出回っているリヒテルのハイドン。未入手の音源が手に入りました。

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TOWER RECORDS / amazon

スヴャトスラフ・リヒテル(Sviatoslav Richter)のピアノによるハイドンのピアノソナタ(XVI:52)、ウェーバーのピアノ・ソナタ3番(Op.49)、シューマンの2つのノヴェレッテ Op.21より第4番、第8番、ショパンの舟歌(Op.60)、ドビュッシーの前奏曲集第2集より4曲(妖精たちはあでやかな舞姫/エジプトの壺/交替する3度/花火)などを収めたアルバム。収録は1967年6月11日、ロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールでのリサイタルの模様をBBCが収録したライヴ。レーベルはica CLASSICS。

リヒテルはハイドンを気に入っていたようで、リサイタルでもかなりの回数取り上げていました。リヒテルの力感溢れるハイドンは好きなので未聴のアルバムを少しずつ手に入れては楽しんでいます。これまでにもリヒテルのハイドンは何回か取り上げています。

2014/01/24 : ハイドン–ピアノソナタ : 【新着】スヴャトスラフ・リヒテル1984年東京ライヴ(ハイドン)
2013/07/15 : ハイドン–ピアノソナタ : 【新着】リヒテルのピアノソナタライヴ集
2010/11/23 : ハイドン–ピアノソナタ : リヒテルの1993年のソナタ録音
2010/02/23 : ハイドン–ピアノソナタ : リヒテルのソナタ録音

今日取り上げるのはハイドン晩年の傑作ソナタXVI:52ですが、この曲のリヒテルの演奏はネットを調べたところ下記の録音があります。

1949年5月30日モスクワライヴ:Venezia(所有盤)
1960年2月27日ブカレストライヴ:AS disc
1960年3月3日キエフライヴ:TNC
1966年11月3日メッシーナライヴ:MESSINA
1966年11月19日フェラーラライヴ:PHILIPS
1967年5月8日モスクワライヴ:RUSSIAN MASTERS
1967年6月11日ロンドンライブ:ica(所有盤:今日取り上げるアルバム)
1987年2月マントヴァセッション録音:DECCA(所有盤)
1993年セッション録音:DECCA(所有盤)

今日取り上げるアルバムを含めて4種が手元にあります。つまりまだ未入手のものが5種あるということで、コレクション意欲が高まります。手元のアルバムでは1967年録音のDECCAのセッション録音がピアノの美しい響きが録られたバランスの良い名演奏としておすすめできるものですが、リヒテルの鋼のような強靭なタッチの快感に酔うという面は少し弱いもの。ということでコンサートの模様を興奮とともに詰め込んだライヴ盤に興味が湧くわけです。このアルバムは1967年とライヴの中では最も新しいもの。しかもロンドンでBBCによる放送用の録音ということで、録音にも期待できそう。アルバムの解説によればもともとモノラルの音源をアンビエント・マスタリングで聴きやすく仕上げたということです。

Hob.XVI:52 Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
冒頭の分厚い響きは流石にリヒテル。セッション録音とは異なり豪放な入りに電気ビリビリ。速めのテンポで音楽に力と勢いが漲り、そしてこれぞリヒテルという彫刻的な立体感。あまりに見事なフォルムにうっとりします。この力感とイキイキとしたリズム感、そしてふと力を抜いた部分の静寂感の神がかったバランス。録音はセッション録音とはだいぶ差がつきますが、1967年のライヴとしては悪くありません。モノラルをアンビエント・マスタリングで処理しているのも不自然ではありません。リヒテルの力感は力任せというのとまったく異なり、一人だけ異次元の走りをみせるウサイン・ボルトのように圧倒的な余裕のなかでの迫力。アムランに代表される、青白い炎をカミソリでえぐるような切れ味の最新の演奏と比べると、古風に感じなくもありませんが、それでもその個性は際立つもの。
アダージョでは鋼のような強靭さをすこし緩めて孤高の表情で美しいメロディーを置いていきます。それでも左手による低音の強靭さは隠しきれず、何か背後に大きな意思があるのを不気味に感じさせるような大きな音楽を造っていきます。
フィナーレはキレキレ。これで録音がよけれがものすごい迫力を味わえたことでしょう。リヒテルがさらりと弾きこなす速いパッセージの鮮やかなキレをそこここに散りばめ、そして余裕をもってそれをつなぎ合わせて音楽組み立てます。あまりに鮮やかなフィニッシュに最後は拍手が降り注ぎます。

リヒテルの1967年のロイヤル・フェスティヴァル・ホールでのライブの冒頭に演奏されたハイドンの傑作ソナタ。期待を裏切らない名演でした。強靭なタッチによる険しいハイドン。ただし表現には余裕があり、力任せの演奏とはまったく異なり、孤高の個性という次元。ハイドンの曲のなかでも力感が映える曲をこれほどまでに見事に演奏されてはかないません。ライブなので少々のタッチの乱れはありますが、音楽の乱れは微塵もなく堅固なもの。流石リヒテルという演奏でした。評価は[+++++]とします。

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tag : ピアノソナタXVI:52 ライヴ録音 ヒストリカル

【新着】深沢亮子のピアノソナタ集(ハイドン)

今日は日本人奏者のアルバム。

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深沢亮子のピアノによるハイドンの主題と6つの変奏(Hob.XVII:5)、アンダンテと変奏曲(XVII:6)、ピアノソナタ(XVI:52)、シューベルトのピアノソナタ18番「幻想」の4曲を収めたアルバム。収録は2014年10月21日から22日にかけて東京の稲城市立iプラザホールでのセッション録音。レーベルは日本のART UNION。

いつものようにハイドンに関する最近リリースされたアルバムを検索していて出会ったアルバム。日本人によるハイドンの演奏は多くはありませんので目につきます。しかもアンダンテと変奏曲やXVI:52などハイドンも名曲を配置したアルバム。深沢亮子さんは初めて聴く人ということで気になって注文を入れた次第。

深沢亮子さんは私が知らなかっただけで、よく知られた人のようですね。12歳で日本学生音楽コンクール小学校の部で1位、15歳で日本音楽コンクール1位を獲るなど早くから才能が開花、17歳でウィーン音楽大学に留学し同校を首席で卒業、翌年にはムジークフェラインのブラームスザールでデビューリサイタルを開きました。1961年にはジュネーブ国際音楽コンクールで1位なしの2位となり、以後ヨーロッパ、アジアなどでソロやオケとの共演を重ねてきたとのこと。近年ではウィーンのベートーヴェン国際ピアノコンクールの審査員や、日本音楽舞踏会議の代表理事などを務めているとのこと。

このアルバムのタイトルは"Fantasie(幻想曲)"ということで、最後に置かれたシューベルトのソナタがメインのようですが、私にはもちろんその前に置かれたハイドンの3曲がメイン。早速CDプレイヤーにかけます。

Hob.XVII:5 Tema con 6 variazioni "Faciles et agreables" 「やさしく快適」 [C] (1790)
最新の録音だけあって超鮮明なピアノにホールの空気感まで伝わる素晴らしい録音。ピアノの実在感もあり、響きも非常に美しく録られています。事前に想像したよりかなりハツラツとした演奏。かっちりとした明確なタッチでハイドンの変奏曲がクッキリと描かれます。ほのかに情感も漂う理想的な演奏。高音の磨き抜かれたタッチ、そして左手のタッチも力強く、淀みなく音楽が流れます。教科書的な堅苦しさは微塵もなく澄み渡る奏者の心境を表すような晴朗さ。1曲目から引き込まれます。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
そして名曲のアンダンテと変奏曲。15分以上の演奏もあるなか、9’25とかなり短めの演奏時間。速めのテンポで今度は行書体のようなしなやかなタッチで入ります。磨き抜かれた美しいピアノの響きはそのままに、アゴーギクを効かせて流れるような演奏。前曲の明晰なタッチとは表現を変えてきます。詩情はより濃くなり、さながら桜の花びらが川面を流れていくような景色を感じさせます。変奏ごとにメロディが恣意的に踊り、短調のメロディーの微妙な翳りの変化を描き分けていきます。終盤の盛り上がりはベートーヴェンのような力感ではなく、枯淡の境地を表すような風情。曲ごとにアプローチを周到に変えています。

Hob.XVI:52 Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
そしてこちらもハイドンの最後期の傑作ソナタ。どちらかというとアンダンテと変奏曲に近い自在な表現から入ります。堂々としたこのソナタの1楽章に、少々の軽妙さを与えたいのでしょうか、力任せではなく、柔らかなタッチも織り交ぜ、特徴的な高音の輝きを帯びたメロディーをベースとした表現。リズムをすこし溜めながらアクセルをコントロールして曲に立体感を与えています。アンダンテと変奏曲では、しなやかな表情の変化が詩情を生んでいましたが、このソナタの1楽章では、そのしなやかさとデリケートさが、もう少し骨太な演奏を求めてしまう印象も残しました。
続くアダージョは逆にしなやかな音楽がすっと耳に馴染みます。このソナタに私が期待するものが既存の演奏の影響で残っているのでしょう、それがアダージョではすんなりと入るということかもしれません。きらめく星空のようなメロディーがゆったりと心に沁みます。
フィナーレでは最初の連続音の鳴らし方に音色に対する感覚の鋭さに驚かされます。スタイルは一貫してしなやかな流れのなかででのきらめきと詩情。やはり他の演奏の刷り込みからか左手のアタックの力強さや響きの厚みがもう少し加わればとの期待も感じさせます。

この後のシューベルトは流石にアルバムタイトルにしているように、じっくりと染み入るような響きを楽しめます。

深沢亮子さんの奏でるハイドンのピアノソナタ。ハイドンとシューベルトを並べてベテランピアニストの今の音楽を世に問う意欲的なアルバム。冒頭に置かれた珍しい主題と6つの変奏はこの曲でも指折りの出来と言っていいでしょう。素晴らしく鮮明な録音によって輝かしくも晴朗な音楽が流れます。そして名曲アンダンテと変奏曲ではこの素晴らしい構成の曲に柔らかな詩情ときらめきを与え、こちらも絶品。ハイドン最後のソナタは、あと少しの力感がと思わせますが、やはりその表現には色濃い音楽が宿っていました。流石の出来といって良いでしょう。評価は最後のソナタが[++++]、前2曲の変奏曲は[+++++]とします。

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tag : アンダンテと変奏曲XVII:6 ピアノソナタXVI:52 主題と6つの変奏

【新着】ギルバート・カリッシュのピアノソナタXVI:52(ハイドン)

本日はマイナー盤。

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ギルバート・カリッシュ(Gilbert Kalish)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:52)、ベートーヴェンののバガテル(Op.119)、シューベルトのピアノソナタ第21番(D.960)の3曲を収めたアルバム。収録は2013年9月19日、米ボストン近郊にあるタフツ大学のグラノフ・ミュージック・センターのディスラー演劇ホールでのセッション録音。レーベルはニューヨークのBRIDGE。

私の情報収集能力以上に世の中は広く、またしても全く知らないピアニストによるハイドンのアルバムがリリースされました。学者然とした姿の老ピアニストが腕組みをして写るジャケットもちょっと気になり、手に入れた次第。まずは奏者について調べてみます。

ギルバート・カリッシュは1935年、ニューヨークに生まれたピアニスト。当初はピアニストに師事して学びましたが、現代音楽室内アンサンブルを創設し1960年代から70年代に頭角を現わしました。1969年から1999年までの30年にわたり、ボストン交響楽団チェンバー・プレイヤーとして活動しています。アイヴズ、クラム、カーター、キルヒナーなどアメリカ現代音楽の録音でも知られていますが、ノンサッチにはハイドンのソナタの録音もあったということで、ハイドンも得意としていたようです。また、メゾソプラノのジャン・デガエターニと30年にわたって共演を重ね、数多くの現代音楽の録音を残しています。教職ではニューヨーク州立大学やタングルウッド音楽センターなどで要職にあったとのこと。

このカリッシュが80近い年齢で、ハイドン、ベートーヴェン、シューベルトという古典的なプログラムを録音するということで、その意図はどこにあるのかと、ライナーノーツを読んでみると、末尾に本人のメッセージがありました。どうやらこのアルバム、長年つれそった奥さんに捧げられたもので、選曲は奥さんの好きな曲とのこと。なんとなく合点がいきました。

現代音楽を得意としていたカリッシュ。80近い年齢での古典的なソナタの録音、奥さんの心を打つ慈しみ深い響きが聴かれるでしょうか。

Hob.XVI:52 / Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
最新の録音だけあって、ピアノの豊穣な響きがよく録られています。適度な残響をともなう録音ですがリアリティもあります。カリッシュのピアノは非常におおらかな演奏。タッチはすこし乱れるところもありながら、紡ぎ出される音は宝石のよう。晩年のアラウのように魂で弾くような雰囲気が感じられます。基本的には現代音楽を得意とした人だけに、音楽は客観性があり、クッキリとした表情を的確に描いていきますが、そこここにしなやかな雰囲気が漂い、カッチリとした印象ではなく、訥々と音を重ねていく印象が強い演奏です。特に弱音のキラメキ感がいい雰囲気を醸し出しています。
アダージョに入ると、一段とくつろいだ雰囲気になります。間を印象的にとりながら、テクニックはあるのに、ちょっと余裕をみせて遊んでいるよう。中盤に入り、音量が下がる部分では磨き込まれたタッチの美しさをさりげなく聴かせ、ところどころクッキリとしたアクセントで曲のメリハリを確保。この弱音をクッキリと引き立たせながら描いていくあたりは円熟の技でしょう。自在なタッチで余裕の進行。しっとりしなやかなアダージョ。
3楽章の入りへの音階は、ハッとするような緊張感に満ちていました。妙に心に響く音階。人によっては畳み掛けるような迫力で聴かせるところですが、カリッシュはピアノの一音一音ごとの響きの純度で聴かせようとしているよう。このアプローチ、好きですね。3楽章になってタッチの乱れはほぼなくなり、軽やかに速いパッセージをこなしていきます。まさに無我の境地のような純粋無垢な響きの魅力で聴かせる演奏。

現代音楽で鳴らしたピアニストが奥さんのために残した清らかなハイドン。力みは全くなく、音符をじっくりと音にしていくところは、まさに現代音楽のスペシャリストらしいものですが、ピアノの磨き抜かれた響きの美しさに焦点を合わせ、無欲で演奏しているような境地を感じさせます。これだけ澄み切った心情になるためには、長い年月が必要なのでしょう。音楽がメッセージだとわかるような美しい演奏でした。地味で素朴な演奏ですが、ここには心に刺さる何かがある、素晴らしい演奏でした、評価は[+++++]をつけました。

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tag : ピアノソナタXVI:52

ギャリック・オールソンのピアノソナタ集(ハイドン)

今日も湖国JHさんから送り込まれた刺客。恐ろしいキレ者でした。

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ギャリック・オールソン(Garrick Ohlsson)のピアノによるハイドンのピアノソナタ集。Hob.XVI:50、XVI:51、XVI:52、アンダンテと変奏曲XVII:6、アダージョXVII:9の5曲を収めたアルバム。収録はPマークが1992年、ニューヨークのコンコルディア・カレッジでのセッション録音。レーベルは米ARABESQUE RECORDINGS。

ギャリック・オールソンは私ははじめて聴く人。ネットをみてみると、ショパン、ベートーヴェンなどのアルバムがかなりリリースされていますので、知っている人も多いでしょう。

1948年、アメリカ、ニューヨーク州のマンハッタンの30kmほど北方にあるホワイト・プレインズ生まれのピアニスト。1966年にブゾーニコンクール、1968年にモントリオール・ピアノコンクールに優勝、1970年にはワルシャワで行われたショパンコンクールで金賞を受賞し国際的に有名になりました。ショパンのピアノ曲をすべてレコーディングしている他、レパートリーは広大で、80曲もの協奏曲を弾くことができるとのことです。

オールラウンダーたるオールソンのハイドン、これが素晴しかった。このアルバム以外にハイドンの録音はなさそうですが、選曲はハイドン山脈の頂上をいきなり目指す意欲的なもの。

Hob.XVI:50 / Piano Sonata No.60 [C] (probably 1794)
広いホールの残響をたっぷりと含んだピアノの響き。冒頭から尋常ならざるキレ。オールソン、テクニシャンらしくクッキリとハイドンの最晩年のソナタを軽々と演奏していきますが、テクニックの誇示のような印象はなく、ハイドンのソナタと戯れているよう。ハイドンに対する畏敬のようなもの感じられる真摯な姿勢も感じます。このキレは素晴しいですね。ところどころで大きくメリハリつけるので、曲の構造がクッキリと浮かび上がり、キリリと構成感を表現。迫力も十分。冒頭から圧倒的な演奏にのけぞります。
素晴しかったのがこのアダージョ。ハイドンの美しい煌めくようなメロディーが次々と奏でられ、まるで満天の夜空をながめるよう。テンポをしっかり落とし、ゆったりと濃密な音楽が流れます。溢れんばかりの香しい詩情にうっとり。
フィナーレではやはり、自在に加減速をコントロールしながら、抜群のキレ味のタッチ。この人、只者ではありませんんね。最後はふっと力を抜いた見事な終わり方。1曲目からノックアウトです。

Hob.XVI:51 / Piano Sonata No.61 [D] (probably 1794)
2楽章構成の曲。実に伸びやかな入り。キレよくしなやかなタッチは変わらず、クッキリとしたメリハリもあり、ピアノが鳴りきっています。このXVI:51は今ひとつ落ち着かない演奏も多いのですが、曲の聴かせどころをしっかり把握して見事な演奏。ベートーヴェンの曲のようなダイナミックさではあるのですが、不思議と違和感はなく、ピアノによるハイドンのソナタの理想的な響きと言っていいでしょう。

Hob.XVI:52 / Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
これまでの演奏とかわらず、素晴しい集中力。この曲に求められるダイナミックさと軽やかさ、しなやかさ、古典的な規律、そしてハイドンらしい微笑ましさまで、すべてが高次にまとめられた演奏と言っていいでしょう。聴いていてエクスタシーを感じるほどのキレ味。ひとつひとつのフレーズを完璧に描き分ける驚愕のコントロール。ビアノの分厚い響きの最後の余韻までコントロールされているような、完璧な制御。これだけの表情が自然にまとまっているあたり、恐ろしく鋭敏な感覚の持ち主なのでしょう。
このアダージョでは確信犯的に変化を抑え、孤高の境地に達するよう意図しているよう。ピアノによるこの演奏でこれ以上の高みはあるのでしょうか。ゆったりと演奏をすすめるうちに、高みは成層圏の濃紺の空のよう。
フィナーレの入りのフレーズにほっと一息つきますが、この曲のこれからの展開をオールソンのカミソリのようなキレ味で演奏されることを想像すると穏やかではありません。すぐにキレが炸裂。広いホールに広がるピアノ響きにただただ打たれます。

Hob.XVII:6 / Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
これまでのオールソンの圧倒的な演奏から、この曲を聴く前から殺気を感じるほど。いったいどこまで澄みきった演奏を聴かせるのでしょうか。丁寧に丁寧に変奏を磨き込んでいくような演奏。ピアノ響きは磨き抜かれたキラ星のごとき美しさ。この長い変奏を完全に掌握して、演奏はオールソン流に完璧に仕上げてきます。隙もゆるみも一切なく、揺るぎない自信に溢れた演奏。変奏一つ一つの描き分けは見事と言う他ありません。ハイドンがたどり着いた、ベートーヴェンへとつながる音楽の歴史の一つの頂点を聴くような感慨を覚えるほどの説得力。この雄弁さ、余人の演奏とは一段レベルが違う感じです。この長い変奏を実にうまくまとめて、クライマックスを築いた後、最後は響きの純度が限りなく透明に近くなってすっと終わります。ピアノの美しい響きの余韻が耳にこだまします。

Hob.XVII:9 / Adagio [F] (before 1792)
何と純粋な響き。今までブレンデル盤を愛聴してきましたが、ブレンデルよりもオールソンのほうが深いですね。シンプルな音楽の中に祈りにも似た無垢なものがあります。心が洗われるような演奏です。

ギャリック・オールソン、はじめて聴く人でしたが、衝撃を受けたというのが正直なところでしょう。これほどのハイドンに今まで触れてこなかったとは。まだまだ研鑽がたりませんね。このアルバムは現在、中古以外では流通していないようですが、ハイドンのピアノソナタが好きな方は必聴のアルバムです。ピアノによるハイドンのソナタの正統的な演奏の一つの理想のような演奏です。評価は言うまでもなく全曲[+++++]です。

湖国JHさん、参りました。

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tag : ピアノソナタXVI:50 ピアノソナタXVI:51 ピアノソナタXVI:52 アンダンテと変奏曲XVII:6 アダージョXVII:9

ウルリカ・ダヴィッドソンのソナタ集

今日はクラヴィコードとフォルテピアノによるソナタ集。

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ウルリカ・ダヴィッドソン(Ulrika Davidsson)のクラヴィコードとフォルテピアノによる、ハイドンのピアノソナタ6曲(Hob.XVI:14、XVI:2、XVI:28、XVI:44、XVI:23、XVI:52)を収めたアルバム。収録は2005年8月2日から9日、ニューヨーク州北部オンタリオ湖沿いのロチェスターという街にあるイーストマン音楽学校でのセッション録音。レーベルは米ワシントン州のLOFT RECORDINGS。

奏者のウルリカ・ダヴィッドソンは、主に教育畑の人のようです。90年代はスウェーデンのヨーテボリ大学の音楽教室の教員であり、その後、イーストマン音楽学校の歴史的鍵盤楽器の准教授、ドイツのブレーメン芸術大学でクラヴィコードを教師などを担当。フォルテピアノ、ハープシコード、クラヴィコード、オルガン、ピアノなどをこなし、コンサートでは広く欧米で開き、日本にも来ているようです。もちろん私ははじめて聴く人。

このアルバムは2009年と割と最近リリースされたもの。フォルテピアノとクラヴィコードでハイドンのソナタを弾き分けているところに興味をもって手に入れたと言う流れです。こう言ったマイナーな録音でも、何気に素晴しい演奏が多いことは、当ブログの読者の方なら先刻ご承知の事でしょう。このアルバムも、埋もれた名演盤発掘をモチベーションに入手したということです。演奏のほうはどうでしょうか。

最初の2曲がクラヴィコードでの演奏。楽器は1766年製Johen David Gerstenberg(ライプツィヒ大学楽器博物館蔵)のコピーで、2001年ヨーテボリ・オルガン芸術センターのワークショップで製作されたもの。

Hob.XVI:14 / Piano Sonata No.16 [D] (early 1760)
録音で音量が調整されているようで、音量は問題ありません。クラヴィコードの中では音質、音量はかなり安定したもので、クラヴィコード独特の高音の繊細感がありながら、中低音域もわりとしっかりした音色。ウルリカ・ダヴィッドソンの演奏はまさに教科書通り。クラヴィコードの音色とダイナミックレンジを踏まえて、柔らかいタッチで的確に演奏していきます。個性的な部分はほとんどなく、逆に楽譜通りに揺るぎない正確性で音にしていきます。クラヴィコードの雅な音色を十分に堪能することができます。録音が優秀なせいか、鍵盤を操作する動きの気配、空気感の超低音が録られており、不思議に迫力を増しています。
2楽章はメヌエット。楽章が変わっても淡々と演奏が続き実に繊細な音色によって紡ぎ出されるハイドンの名旋律に身を委ね安心できる演奏。フィナーレに入っても同様。確かなテクニックなんでしょう、実に自然なニュアンスの演奏が続きます。テンポが速い分、キレも増して、小曲なのになかなかの立体感。クラヴィコードの演奏としてはかなりダイナミックさがある方でしょう。

Hob.XVI:2 / Piano Sonata No.11 [B flat] (c.1762)
選曲が上手く、この曲もクラヴィコードの繊細な音色が合います。この曲では主旋律に上手くヴィブラートをかけて、クラヴィコードならではの高音の繊細感を強調。前曲とは演奏のスタンスが少々変わり、主旋律を歌わせる感じが強くなります。これぞクラヴィコードと言う演奏でしょう。すこしスケール感を意識して溜める部分、メリハリを強調する部分もあり、前曲より音楽のつくりが大きくなっています。
続くラルゴでも同様、主旋律にかなり意識的にヴィブラートをかけて、主旋律と伴奏の対比を強調。クラヴィコードのデリカシーに富んだ音色が聴かせる詩情が絶妙。妙に聴き入ってしまいます。
この曲は3楽章がメヌエット。前楽章の深みを洗うようにさっぱりとした表情に戻り、さらさらと音楽をすすめます。確かなテクニックなんでしょう。さりげない演奏にもキリッと引き締まった印象が残ります。

この後の4曲はフォルテピアノに変わります。楽器は1785年頃製作されたAnton Walterのコピーで2004年Monika May製作のもの。

Hob.XVI:28 / Piano Sonata No.43 [E flat] (1776 or before)
やはり比べると音のエネルギーが全く異なります。張りのある音で、音の粒立ちの冴えに耳を奪われます。楽器によって、聴かせどころが全く異なるのは致し方ありません。ダヴィッドソンはリズム面白さをことさら強調し、右手のメロディーラインをクッキリと浮かび上がらせます。ダイナミックレンジをフルに活用するように、強音に至る所でかなりはっきりとアクセントを付け、楽器の違いを楽しむように演奏します。低音の迫力がなかなか。テンポの変化の幅も広げて、表現の幅を広げようとしているよう。
メヌエットは、リズムの面白さを素直に活かした演奏。そしてフィナーレに入るとクラヴィコードでの穏やかな演奏とは異なり、自在なタッチでリズムとテンポ、ダイナミクスを変化させて、曲の面白さに鋭敏に反応します。それでも端正さを保っているあたりが、この人の特徴でしょうか。

Hob.XVI:44 / Piano Sonata No.32 [g] (c.1771)
楽器の違いに慣れてきたところで、短調の名曲。2楽章構成。さっぱりと端正なところもありながら、時折はっとさせるような変化を聴かせ、なぜかスリリングな印象もあります。きちんとした技術に裏付けられながらも、ふつふつと表現意欲が顔をのぞかせているというところでしょう。シュトルム・ウント・ドラング期のハイドンの曲の特徴である、ほの暗いなかにも輝きのあるメロディーを詩情たっぷりに演奏していきます。多少たどたどしさがあるのが良い味わいに。

Hob.XVI:23 / Piano Sonata No.38 [F] (1773)
一転して明るい曲調に変わります。鮮やかな指さばきで早いパッセージをこともなげに弾き進めていきます。曲が成熟してきて、表現の幅もより求められてきているよう。ここまでくると、ピアノでの表現とも比較対象になるような演奏。大きな視点から、曲の構造をとらえて表現すると言う意味では、他の奏者と比較してニュアンスの豊かさ等はもう少し求められるのかもしれませんね。
穏やかな2楽章のアダージョはダヴィッドソンの端正な良さが出た演奏。フィナーレはXVI:28と同様、自在さが活きた演奏。

Hob.XVI:52 / Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
冒頭の一撃にかなりビックリ。フォルテピアノでこの迫力は出色。分厚い音色の和音の衝撃が押し寄せました。この曲を最後に置いたのは得意としているからでしょう。前曲まででこの人の演奏に対するニュアンスがわかったつもりでしたが、最後の一曲で認識を改めるべきだと思いました。ピアノ顔負けの力強さ。楽器のコンディションもあるでしょうが、この迫力は素晴しい。フォルテピアノ独特のあっさりした印象はあるものの音楽は濃密に変化します。フォルテピアノでこの曲を聴く快感のようなものに襲われます。1楽章でノックアウト。これは見事。
アダージョもこれまでの曲より一段踏み込んだ演奏。間の取り方が神がかってます。そしてフィナーレはこのアルバムの総決算。やはりこの人、テクニックは素晴しく、この入り組んだ曲を鮮明な響きで演奏します。楽器の響きを知り尽くしているので、アタックのコントロールも音が濁る寸前までの強度にコントロールし、フォルテピアノの限界まで響かせているよう。最後の一曲は納得の仕上がりでした。

ウルリカ・ダヴィッドソンのハイドンのソナタ集。クラヴィコードとフォルテピアノを弾き分け、それぞれの楽器の響きを活かした名演奏。普段教職にある人らしく、テクニックは確かなもの。その上でハイドンのソナタの演奏に必要な深みを加えることで、それぞれの曲に応じたテクニックで演奏をこなしていきます。評価はクラヴィコードの演奏と最後のXVI:52が[+++++]、その他の曲は[++++]とします。

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プロフィール

Daisy


Author:Daisy

なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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所有盤をジャンル別にリスト化しています。基本的に録音年順とし、録音年不明のものは末尾に記載。演奏者名はジャケットなどの表記に合わせています。

2016年9月のデータ(2016年9月30日)
登録曲数:1,361曲(前月比+3曲) 登録演奏数:9,608(前月比+87演奏)
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