ワルシャワ・シンフォニアの天地創造、ジラール四重奏団のひばり(ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン)

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2016 「la nature ナチュール - 自然と音楽」
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンも今年で11年目とのこと。東京のゴールデンウィークの風物詩として定着しています。毎年決まったテーマでプログラムが組まれ、今年は 「la nature ナチュール - 自然と音楽」。当初は作曲家やお国をテーマとしていて、モーツァルトを特集した年には、おまけでハイドンも随分取り上げられましたが、最近は幅広い音楽を取り上げられるテーマ設定になっており、毎年ハイドンもパラパラとプログラムに入っています。ここ数年で聴いたコンサートの記事は下記のとおり。
2015/05/04 : コンサートレポート : ジャン=クロード・ペヌティエの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」(ラ・フォル・ジュルネ)
2014/05/06 : コンサートレポート : トリオ・カレニーヌのピアノトリオ(ハイドン)、アンヌ・ケフェレックの「ジュノム」(ラ・フォル・ジュルネ)
2014/05/04 : コンサートレポート : アルゲリッチ、クレーメルによる動物の謝肉祭(ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン)
2013/05/05 : コンサートレポート : 【番外】ラ・フォル・ジュルネで衝撃のブーレーズライヴ
今年もプログラムを見て、気になるコンサートをいくつかチェックして、つながりなどを考えてチケットを取ったのが2つのコンサート。
公演番号:236 ジラール四重奏団の「ひばり」、「ラズモフスキー2番」
公演番号:216 ワルシャワ・シンフォニアの「天地創造」
5月4日の19:30始まりで、間に15分おいた2つのコンサートということで予約した次第。もちろんお目当てはワルシャワ・シンフォニアの「天地創造」に他なりません。ワルシャワ・シンフォニアはラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンでは毎年出演しているオケですが、私が生で聴くのははじめて。他の方は知りませんが、私はこのオケに格別な関心があります。それは、フォルカー・シュミット=ゲルテンバッハの振る「悲しみ」の超絶の名演を聴いたから。自然さを保ったなかでもヴァイオリンパートの切れ味は恐ろしいほど。これまでのレビューを通して、ポーランドのオケは自然で雄大な響きをつくるのが上手い印象ですが、このアルバムは別格の完成度。ということで天地創造をワルシャワ・シンフォニアが演奏すると知り、すかさずチケットをとりました。
2012/07/17 : ハイドン–交響曲 : ヴィシュニエフスキ/アメリカン・ホルン四重奏団+ワルシャワ・シンフォニアのホルン信号
2011/01/16 : ハイドン–交響曲 : シュミット=ゲルテンバッハ/ワルシャワ・シンフォニアの悲しみ
プログラムを見ると、ワルシャワ・シンフォニアはラ・フォル・ジュルネの期間中、今年は3日ですべて異なるプログラムを8公演もこなす激務。その内の一つが大曲天地創造。プロとはいえ重労働ですね。
さて、4日は天気も良く、コンサートの始まりも遅い時間帯だったので、ちょっと早めに家をでて、近くのマリオンで開催されていた、イタリア映画祭で映画を見てからの出陣。

朝日新聞社 - イタリア映画祭2016

こちらも今年で16回目を迎えるゴールデンウィークの定番イベントということですが、私ははじめて。毎年見ている友人に誘われて、コンサート前の時間を狙ってチケットをとっておきました。見たのは「俺たちとジュリア」というコメディー映画(作品情報)。これが実に面白かった。それぞれイマイチな人生を送っていた3人が何の因果かイタリアの片田舎の不動産を共同購入することになり、夢のようなホテルを創るというお話。長年サラリーマンをやってきた私も身につまされる話です。オチはマフィアの国イタリアらしいもの。イタリア語のテンポのよいセリフと手慣れたつくり込みが秀逸でした。
映画を楽しんだあと、イトシアの地下でカジュアルなイタリアンを楽しみ、いざ夜の東京国際フォーラムへ。

いつものように中庭には屋台がたくさん出て賑やか。開演時刻がまもないため人混みをかき分けて最初のコンサートのあるB5ホールへ急ぎます。B5ホールは256席の室内楽用の規模のホール。本来は会議用途なのでかなりデッドであり室内楽を楽しむには少々難ありです。
奏者はジラール弦楽四重奏団(Quatuor Girard)。このクァルテットのアルバムは以前一度記事にしています。略歴などは記事を御覧ください。
2013/11/07 : ハイドン–弦楽四重奏曲 : ジラール四重奏団のOp.76のNo.5
記事にも書いたとおり、なんと4人は兄弟姉妹。メンバーの内何人かが兄弟というクァルテットはたまにありますが、4人とも兄弟とは珍しい。上のアルバムは2008年とデビュー早々の録音で、評価も今ひとつでしたが、この日の演奏はなかなか聴き応えがありました。
1曲目のハイドンの「ひばり」は、まさにこのクァルテットの現在の実力を表すいい演奏でした。優雅な曲調の曲ですが、各パートのボウイングがそろってしなやか。第1ヴァイオリンが目立つ演奏が多い中、4人の息がそろって穏やかな演奏。楽器もしくは会場の音響のせいか、第1ヴァイオリンの高音の伸びは今ひとつながら、非常に丁寧にフレーズを一つ一つ表現してバランスも良く、古典的な均衡を保った演奏。力まず力のいれ方の緩急も洗練されており、緊張感を保った演奏でした。フィナーレでようやくぐっと踏み込むところもいいセンス。上の記事の演奏から8年が経過して腕もかなり上がってきたということでしょう。
2曲目のベートーヴェンのラズモフスキー2番に入るとハイドンの演奏の時とは異なり、ぐっとボウイングに力が入るところがそこここにあり、演奏精度もなかなかのもの。現在ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集の録音に取り掛かっているとのことで、やはり得意としているのでしょう。このベートーヴェンを聴くと、ハイドンでは古典的な整然とした響きを狙っていたことがわかります。ベートーヴェンの方も4人の精度の高いアンサンブルでレベルの高い演奏を楽しみました。やはり間近で聴くクァルテットはいいですね。
拍手もそこそこに席を立ち、15分で隣の巨大なホールAに移動しなくてはなりませんので、先を急ぎます。エスカレーターで1階まで降りて、東京駅側のホールAのエントランスへ。またまたエスカレーターでホールまで上がります。

ホールAは5000席の大ホール。席は18列のほぼ中央ということで、いい席でした。こちらは残響は多め。
ガブリエル/エヴァ(ソプラノ):リュシー・シャルタン (Lucie Chartin)
ウリエル(テノール):ファビオ・トゥルンピ (Fabio Trümpy)
ラファエル/アダム(バリトン):アンドレ・モルシュ (André Morsch)
アルト:ゾエリーヌ・トロイエ (Zoéline Trolliet)
ローザンヌ声楽アンサンブル(Lausanne Vocal Ensemble)
ダニエル・ロイス(Daniel Reuss)指揮のワルシャワ・シンフォニ(Sinfonia Varsovia)
ワルシャワ・シンフォニアは先に触れたとおりですが、指揮のダニエル・ロイスは全く知らない人。公演のチラシによれば現在ローザンヌ声楽アンサンブルの芸術監督を務めている人。経歴をみてもRIAS室内合唱団、エストニア室内フィル合唱団など振っていた経歴もあり、合唱指揮の人ですね。歌手も知らない人ばかりでしたが、それぞれかなりの実力者でした。
開演が20:45と普通のコンサートの終わるような時間。しかも休憩なしで「天地創造」を演奏するということで、オケにとってはかなりの重労働ですね。隣のホールから移動して着席してすぐ、定刻通りに演奏がはじまりました。
広大なホールですが、程よく残響をともなったオケの響きはホールの大きさにもまけず、力強いもの。指揮のダニエル・ロイスはじっくり遅めのテンポで雄大に天地創造の第1部の混沌を描いていきます。肝心のワルシャワ・シンフォニアは職人オケらしく指揮者の指示に忠実に、どちらかといえばおおらかに天地創造の各場面を描いていきます。奇をてらうようなところは全くなく、逆に弱音部のコントロールや間の取り方が丁寧で、雄大さばかりでなく緻密な音楽を聴かせ、次々の場面のかわる絵巻物を一貫した描写で描いていくよう。天地創造という美しいメロディーの宝庫たる音楽を楽しむのに最適な演奏といったところでしょう。歌手はソプラノのリュシー・シャルタンが絶品。聴きどころの第6曲のガブリエルのアリアの美しいこと。コケティッシュな魅力のある伸びのある美声を振りまいてました。そしてラファエルのアンドレ・モルシュは、話題のショーンなんとかさん似のイケメンバリトン歌手。声量も迫力もありテンポ感も良く、天地創造の引き締め役を見事に演じていました。ウリエルのファビオ・トゥルンピも柔らかさをもった軽さのあるテノールで役に相応しい声。おそらく指揮者のダニエル・ロイスが役に相応しい歌手を選んでいるのでしょう。一番よかったのはある意味当然ですが、コーラスを担当したローザンヌ声楽アンサンブル。ここぞというところの迫力と透き通るような透明感あふれるハーモニーの美しさは流石なところ。この天地創造、指揮者は合唱指揮出身ということでオケに雄弁に語らせるというより一貫してハーモニーの美しさとうねるようような大きな起伏を描くことに集中して、オケの力みは皆無。こんなにしなやかで力まない天地造像はある意味珍しいほど。第一部のクライマックスはもちろん盛り上がりますが、程よい力感で収めます。曲間の間の取り方もうまく、さっと次に移るので曲が途切れる印象がありません。第2部は美しいメロディーの宝庫らしく、歌の美しさを最重要視したおだやかなオーケストラコントロールが印象的。そして奏者のみ2〜3分の休憩をとったあとの第3部の2つのアダムとエヴァのデュエットも絶品。最後の終曲でコーラスの端にいたアルトのゾエリーヌ・トロイエが前に出てソロに加わるあたりは定番の演出ですが、終曲はテンポを落として堂々とした迫力を描き、それまでのしなやかな流れとは少しギアを入れ替え神々しさを強調します。天地創造とはもともと聖書の創世記などを描いた宗教劇ではありますが、このコンサートのタイトルは「大自然のスペクタクル〜天地創造の壮大な歌劇」とあり、ラ・フォル・ジュルネ全体のテーマに合わせて自然の描写をテーマにおいています。テーマに合わせて演奏を変えたわけではないでしょうが、この楽天的で自然な演奏は、宗教劇というよりは、まさに自然を描写したものという印象がぴったりとくるものでした。
天地創造は公演ではアーノンクールの最後の来日の際の演奏を聴いていますし、録音のレビューは随分な数取り上げていますが、これほどのびのび朗々とした演奏はありませんでした。自然さというか無欲の純心な演奏という意味ではペーター・シュライアー指揮の映像を思い起こさせるもの。お目当てのワルシャワ・シンフォニアは、「悲しみ」でのタイトさとは異なり、安定感抜群の職人オケとして長大な曲を手堅く演奏するプロという印象でした。終演後は万雷の拍手。ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンという企画上、天地創造をはじめて聴くお客さんも少なくなかったでしょうが、曲の魅力をしっかりと伝える演奏がお客さんの心に残るいいコンサートだったといっていいでしょう。
終演は22:40頃とかなり夜もふけ、東京国際フォーラムの中庭も屋台が終わって静けさをとりもどしていました。

ゴールデンウィークもあと少し。脚の怪我もだいぶおちついたので本日はスポーツクラブで泳いで体力回復に努めます(笑)


tag : ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 東京国際フォーラム 天地創造 ひばり
ジャン=クロード・ペヌティエの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」(ラ・フォル・ジュルネ)
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」2015公式サイト
ここ数年聴いたプログラムは下記のとおり。なかでもアンサンブル・アンテルコンタンポランのブーレーズはライヴにもかかわらず超精密な演奏に衝撃を受けるほどのすばらしさでした。
2014/05/06 : コンサートレポート : トリオ・カレニーヌのピアノトリオ(ハイドン)、アンヌ・ケフェレックの「ジュノム」(ラ・フォル・ジュルネ)
2014/05/04 : コンサートレポート : アルゲリッチ、クレーメルによる動物の謝肉祭(ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン)
2013/05/05 : コンサートレポート : 【番外】ラ・フォル・ジュルネで衝撃のブーレーズライヴ
さて、今年チケットを取ったのは1つだけです。
公演番号:252 “受難曲の傑作~ハイドンの劇的受難曲(ピアノ独奏版)”
今年のプログラムでハイドンが含まれるのはいくつかありましたが、日程があったのがこれ。祈りのパシオンということで、ハイドンの傑作「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」のピアノ演奏版です。他に弦楽四重奏曲版、珍しいハープ独奏版のコンサートプログラムも入っていましたが、ハイドンの祈りはこの曲ばかりではないんですが、それでも今やメジャーとなったラ・フォル・ジュルネでハイドンが取り上げられるだけでもよしとしましょう。
奏者はフランスのピアニスト、ジャン=クロード・ペヌティエ。以前にソナタ集を取り上げています。奏者の情報はこちらをごらんください。
2010/11/24 : ハイドン–ピアノソナタ : ジャン=クロード・ペヌティエのピアノソナタ集
さて、昨日5月3日は快晴。汗ばむほどの陽気でした。毎年ゴールデンウィークに開催されるラ・フォル・ジュルネの時期は暑い日が多いですね。

東京国際フォーラムの中庭に植えられた欅は新緑の緑が濃くなり、葉が鬱蒼と茂り始めてます。

コンサートの始まる12:15より少し前について、会場をうろうろ。プログラムを見るとほとんどの公園が売り切れで、会場はすでに多くのお客さんで賑わっています。

お昼時とあって中庭では食事を楽しむ人たちでごった返していました。この陽気、もちろんコンサート前に一杯煽らずにはいられません(笑)

屋台でプレミアムモルツと白ワインを手に入れ、グビッと一杯。いやいやキンキンに冷えた生ビールを青空の下で飲むというのはいいものです。そうこうしているうちに開場時間となります。

開場は有楽町から東京国際フォーラムに入ってすぐ左のD7ホール。エレベーターに乗り、ホールに入ると、席はピアノの正面の絶好の席でした。
ステージを見ると、ピアノとは別に譜面台が置かれています。ハイドンの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」は、1786年、スペインのカディス大聖堂からの依頼によって作曲された曲で、聖金曜日の礼拝において、福音書のキリストの十字架上での七つの言葉をそれぞれ読み、瞑想する時間に演奏されるための音楽ということ。ヨーロッパの録音では曲間にこの福音書の朗読が入るものもあります。ということで、今日の演奏は、音楽祭のテーマである「祈りのパシオン」らしく、福音書の朗読が入るものと想像されました。
定刻となり、ピアニストのペヌティエがのそのそと登場。すると、ピアノを弾く前に自ら譜面台の前に立ち、ドスの効いたフランス語の低い声で朗読を始めます。壁面に字幕が投影され、この十字架上のキリストの最後の七つの言葉の語りの意味を噛み砕いて始めて聴くという機会となりました。
ペヌティエの語りは、語り役としても素晴らしいほどのもの。暗闇の中でスポットライトを浴び、オーソン・ウェルズのような鋭い眼光で会場をギラリとにらみながらの語りは雰囲気抜群。ピアノより語りの方が印象的といったら怒られますでしょうか。
序奏から生のピアノの力感はかなりのもの。演奏は虚飾を配して、ゆったり訥々と進めるものですが、やはり左手から繰り出される図太い低音はかなりのもの。時折タッチが乱れることもありましたが、図太い音楽の一貫性は流石なところ。そして各ソナタの間に語りが挟まれ、かなりゆったりとした進行。キリストが磔にされ、絶命するまでの様子が語られ、その物語の余韻に浸りながら聴く音楽ということがよくわかりました。プログラムでは12:15から13:25までと70分の予定でしたが、終わったのは13:30過ぎ。ゆったりとした音楽と、ゆったりとした語りを存分に楽しめました。特に第5ソナタから第7ソナタに至る後半の曲調の変化の演出は流石というところ。そして最後の地震はタッチはかなり乱れたものの、迫力で押し切る気迫の演奏。
最後は会場から拍手が降り注ぎ、何度も呼び戻され嬉しそうにそれに応えるペヌティエの笑顔が印象的でした。
ラ・フォル・ジュルネではこれも恒例ですが、コンサートが伸びると、次のプログラムの始まりに間に合わない方が席を立ち、そそくさと出ていく姿が見られました。幸いこのプログラムでは語りが挟まれるので、演奏中に離席するひとがいなかったのが幸い。これもこの音楽祭の風物詩でしょう。
会場から出るのはエレベーターのみということで少々待ってから外に出ると、先ほどよりさらに気温が上がって汗ばむほど。お昼の時間ということで、となりの旧読売会館、今はビックカメラの上にあるタイ料理、コカレストランに向かいました。
食べログ:コカレストラン&マンゴツリーカフェ 有楽町

なにはともあれシンハービール(笑) 先ほどビールを飲んだのですが、暑い日は喉が乾くのです(笑)

そしてトムヤムヌードルに蟹チャーハン。トムヤムヌードルは酸味とピリッとした辛味が流石。スープの完成度高いです。実に旨味の濃いスープでした。蟹チャーハンもタイ風の味付けでこれも絶品。これはおすすめですね。

そして嫁さん注文のデザート。マンゴプリンにタロイモケーキ。こちらも美味しかった。ここは2度目ですがリーズナブルで美味しいいい店です。
さてお腹も未知たので、この日最後の行き先は上野の西洋美術館。

国立西洋美術館:グエルチーノ展 よみがえるバロックの画家
こちらは本題から外れてしまいますので、紹介だけ。日本ではイマイチマイナーな存在のグエルチーノですので、連休中でも比較的ゆったり観られます。おすすめです。
ということで連休後半は文化的に始まりました。

