クァルテット・アルモニコの「日の出」(トッパンホール)

心待ちにしていたコンサートに行ってきました。

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クァルテット・アルモニコ:コンサート

クァルテット・アルモニコ(Quartet Armonico)による8年ぶりのトッパンホールでの自主公演。プログラムは下記の通り。

ハイドン:弦楽四重奏曲Op.76のNo.4 
ウェーベルン:弦楽四重奏のための6つのバガテル Op.9
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲「ラズモフスキー第3番」 Op.59-3

クァルテット・アルモニコとの出会いは偶然でした。

2013/08/04 : ハイドン–弦楽四重奏曲 : クァルテット・アルモニコの「冗談」(ハイドン・トータル)

ハイドン好きの皆さんならばご存知の「ハイドン・トータル」という東京藝術大学音楽学部室内楽科とウィーン音楽演劇大学ヨゼフ・ハイドン室内楽研究所の共同プロジェクトとしてリリースされたハイドンの弦楽四重奏曲全集。奏者は両大学の学生と卒業生によるもので、一部ミネッティ四重奏団などの名声を確立したクァルテットもある中、この全集のために結成されたクァルテットが中心の奏者陣にあって、ちょっと一段レベルの違う演奏を聴かせていたのがクァルテット・アルモニコ。こうした全集を手に入れた際には一応通しでサラッと聴いてみるのですが、「冗談」の入っているCDをかけた時に、第1ヴァイオリンの放つ美音と圧倒的なエネルギーに惹きつけられ、このクァルテットを知った次第。

2013/09/06 : ハイドン–弦楽四重奏曲 : クァルテット・アルモニコ東京のOp.20のNo.2(ハイドン)

そして、関心を持った後にまたしても偶然出会ったアルバム。クァルテット・アルモニコがウィーンに留学中の2001年に録音したもので、この頃から素晴らしい演奏をしていたと知り、さらに驚いた次第。

ハイドントータルの記事の末尾にも書いた通り、いつかは実演を聴きたいと思っていたところ、当ブログの読者の方からこのコンサートの情報を教えていただき(ありがとうございました!)、チケットをとってあった次第。



この日のコンサート会場であるトッパンホールには初見参です。

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土曜の16時開演ということで、少し早めに着くと、ホール横の2階にある小石川テラスというカフェで開場を待つことにしました。

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ここは凸版印刷の本社ビル内にあって印刷博物館と、クラシック専用のコンサートホールの2つの文化施設に併設したレストランで、日本の食文化を美味しく楽しむレストランとのこと。広々としていて、椅子席がたくさんあり、名前どうりテラス席もありました。

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そこで、いつものように嫁さんとワインをちびりながらのんびり。ホール内のカフェは椅子がないのが一般的ですので、座って待てるのはいいですね。



さて、開場時間となって、ロビーに戻ってみると、すでにかなりの人が列を作って待っていました。この日の席は自由席。

トッパンホール

行かれたことがある方はご存知でしょうが、ホールは木をふんだんに使ったなかなかいい感じの内装で、席数は約400席ということで室内楽のコンサートには最適ですね。今日は右手通路脇の前から5列目くらいの席に座りました。あまり近いと直接音ばかりが耳に届きますので。

パンフレットに目を通すと、チェロがハイドン・トータルの録音の時とは変わっていました。

第1ヴァイオリン:菅谷 早葉(Sayo Sugaya)
第2ヴァイオリン:生田 絵美(Emi Ikuta)
ヴィオラ:坂本 奈津子(Natsuko Sakamoto)
チェロ:松本 卓以(Matsumoto Takui)

定刻となり、しばらくで会場の照明が落ちて会場内が落ち着くと、4人のメンバーが登場。チューニングの響きでこのホールの響きの良さを実感。ホールの規模もあって音響は素晴らしく、4人の奏でる楽器の響きが鮮明かつ適度な残響を伴って溶け合って聴こえます。

お目当ての1曲目、日の出が始まります。穏やかな序奏のメロディーから第1ヴァイオリンの菅谷さんの美音が轟きます。ハイドン・トータルの演奏そのままの素晴らしい響き。コンサートの出だしの曲ですので、最初は全般に演奏に硬い感じが残りますが、徐々に4人のボウイングが滑らかになってきます。第1ヴァイオリンのみならず、4人の強奏部分をキリリと強調する見事な呼吸と精妙なピアニッシモの対比、流れを流麗にまとめるフレージングの変化とまさに完璧なアンサンブルに早くもうっとり。テンポをググッと上げてくるところを引っ張る菅谷さんに3人がピタリと合わせてくる呼吸はこのクァルテットの真骨頂でしょう。
アダージョに入ると、静寂なホールに響く弱音の精妙さが録音では聴けない音楽の深さを感じさせます。こうした緩徐楽章でも菅谷さんのボウイングは大胆でメロディーをくっきりと浮かび上がらせ、このクァルテットの個性をしっかりと印象付けます。
メヌエットでもしっかりと隈取りがされたメロディーが踊り、イキイキと弾んできます。雰囲気が一変するトリオの最初の長音のハーモニーの美しさはライヴならでは。このハイドンの戯れのようなトリオの語り口を断ち切るように再びメヌエットに戻るところの鮮やかさも見事。
そしてハイドンの想像力の限りを尽くした傑作のフィナーレでは、テンポをかなり自由にコントロールして、その想像力を再創造していくような闊達な演奏。一定のリズムでの演奏がその想像力を活かしきれない感を残してしまうパターンも多い中、このフィナーレは見事でした。最後にぐっとテンポを上げていくあたりは、このクァルテットのテクニックの聴かせどころとばかりにテンポをグイグイ上げて素晴らしいフィニッシュでした。もちろん、お客さんは拍手喝采。いやいや、素晴らしかった!

2度ほど拍手に応えて登壇すると、続くウェーベルンに入ります。これが凄かった! 非常に短い曲を6曲まとめた曲ですが、ウェーベルンらしい、極端に少ない音で恐ろしく多様な響きの余韻を作り出す緊張感満点の作品。演奏が始まると鋭利な日本刀のような切れ味で無調の響きが散乱。楔を打つようなアクセントと静寂が交錯しながら、落ち着いて6曲を次々と演奏していきます。この迫力は録音では伝わりませんね。ピチカートや弦楽器とは思えない鋭い音が散りばめられながら、完全に前衛の空気に包まれ、会場のお客さんも迫力に仰け反りながら聴いている感じ。私も含めて6曲目の終わりを奏者が立ち上がった時点で知り拍手を送った次第。ハイドンとは別次元の素晴らしい演奏に驚きます。

休憩を挟んで、最後はベートーヴェンのラズモフスキー3番。実はベートーヴェンの弦楽四重奏曲はあまり好きな方ではありません。弦楽四重奏曲というジャンルを確立し、自ら構築した構成を次々と変革しながら、美しいメロディーとウィットを織り交ぜて音楽を作っていったハイドンに対して、時代が下って、音楽を演奏する目的も変わり、常に強い表現意欲をもとに自己表現として音楽を創作していったベートーヴェンの曲は、結果として重苦しく、張り詰めた印象が強く、特別な事情がなければあまり聴きません。本当はハイドンばかり聴いているので聴く暇がないというのも正直なところ(笑)。この日のラズモフスキー3番は、ハイドンと同じ楽器構成でこれほどまでに大きな音楽が作れるという、歴史の流れを極上の演奏で味わったという感じ。演奏は前半の演奏で奏者もだいぶほぐれて、後半はさらに集中力が上がって、素晴らしく充実した演奏でした。やはり菅谷さんの第1ヴァイオリンがリードしますが、他の3人もしなやかに追随し、アンサンブルの精度も抜群。暗澹たる響きと意志を持ってグイグイと煽る部分をしっかり描き分け、しかも呼吸もピタリ。この日のメインプログラムにふさわしい素晴らしい出来でした。

もちろん客席は拍手喝采。何度かのカーテンコールののち、新たな楽譜を持って登壇すると、アンコールはハイドンのラルゴの緩徐楽章。やはりハイドンはこのクァルテットにとって重要な存在なんですね。もちろん、菅谷さんのメロディーの美しさも、アンサンブルの息のあったフレージングで癒しに満ちた美しい演奏は見事の一言。極上のラルゴを堪能しました。



いやいや素晴らしいコンサートでした。これだけ素晴らしいクァルテットが聴けるコンサートは滅多にありませんね。海外の名のあるクァルテットと比べても引けを取るどころか、音楽的には張り合えるだけの素晴らしいものを持ったクァルテットだと思います。新メンバーで定期演奏会を再開し始めたのが昨年からということで、実力からすると、もっと聴かれてもいいクァルテットです。これから演奏する機会がもっと増えるといいですね。ハイドンを得意とするということで、当ブログも応援していきたいと思います。

室内楽好きな皆さん、要注目ですよ!

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tag : 日の出

絶品! バルトーク四重奏団のひばり、皇帝、日の出(ハイドン)

今日は弦楽四重奏曲のアルバムですが、少々古めのもの。先日ディスクユニオンで入手しました。

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バルトーク四重奏団(The Bartók Quartet)によるハイドンの弦楽四重奏曲Op.64のNo.5「ひばり」、Op.76のNo.3「皇帝」、Op.78のNo.4「日の出」の3曲を収めたアルバム。収録は1993年5月12日から15日にかけて、富山湾の東端にある富山県下新川郡入善町の入善コスモホールでのセッション録音。レーベルはCANYON Classics。

バルトーク四重奏団は1957年にブダペストのフランツ・リスト音楽院の卒業生によって設立されたクァルテット。設立当初は第1ヴァイオリンのペータル・コムロシュの名前をとってコムロシュ四重奏団と名乗っていましたが、1962年にバルトークの未亡人の同意を得てバルトーク四重奏団と改名しました。1963年にブダペストで開催されたワイナー室内楽国際コンクールで優勝、翌1964年にはベルギーのリエージュ国際弦楽四重奏コンクールでも第1位、さらに1963年までに数多くの国際コンクールに優勝し、世界的に注目されるようになりました。レパートリーはバルトークはもちろん現代ハンガリーの作曲家の作品から、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、メンデルスゾーン、ラヴェル、ドビュッシー、シェーンベルクなどと幅広く、膨大な録音が残されているとのこと。日本には1971年の初来日以来、度々来日していたとのことで、実演に接した方もいるかもしれませんね。2006年のバルトークの弦楽四重奏曲全曲演奏会を最後に解散しています。メンバーは下記の通り。

第1ヴァイオリン:ペータル・コムロシュ(Péter Komlós)
第2ヴァイオリン:ゲーザ・ヘルギタイ(Geza Hargitai)
ヴィオラ:ゲーザ・ネーメト(Géza Németh)
チェロ:ラースロー・メズー(László Mezö)

膨大な録音を残し、日本との関わりも深いバルトーク四重奏団ですが、私はこのアルバムで初めて演奏を聴きます。なおヴィオラのゲーザ・ネーメトはHUNGAROTONからヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲のアルバムのヴィオラを弾いていて、以前に取り上げています。

2012/06/05 : ハイドン–室内楽曲 : デーネシュ・コヴァーチュ/ゲーザ・ネーメトによるヴァイオリンとヴィオラのためのソナタ集

このバルトークの名を冠したクァルテットによるハイドン、さぞかしキレ味鋭い演奏が聴かれるだろうと思って、聴きはじめたところ、さにあらず。いやいや実に趣深い燻し銀の演奏でした。

Hob.III:63 String Quartet Op.64 No.5 "Lerchenquartetett" 「ひばり」 [D] (1790)
広い空間に伸び伸びと響くクァルテットの音色。落ち着いたテンポでゆったりと音楽が流れます。非常にリラックスして演奏しているのがわかります。奏者が演奏を存分に楽しんでいる感じ。もちろん第1ヴァイオリンのコムロシュのボウイングは伸びやかで他のパートから首一つ抜け出してくっきりとメロディーを奏でていきます。まさに折り目正しい一級品の演奏。ひばりの1楽章がこれほど伸びやかかつキレのいい響きで始まろうとは思っていなかっただけに、驚きに近い衝撃がありました。まさに晴天の中、囀りながら空高く飛び回るひばりの気分。
続くアダージョ・カンタービレは歌う歌う。伸びやかさの限りを尽くした演奏に聴いているこちらまで伸びやかな気分になります。まるでバルトークと違って、技巧を凝らさなくていいことを余裕たっぷりに楽しんでいるような演奏。よくぞこれだけリラックスできるものかと唸ります。
メヌエットでも楽器が思い切りよく鳴り響き、晴朗かつ屈託のない響きにハイドンの曲の本質が宿ります。これぞメヌエットという鮮明な響き。中間部で一旦トーンをすっと落として翳りを見せたかと思うと、再び陽光の下に輝かしい音楽が蘇ります。このテンションの変化が実に心地良い、見事なメヌエット。
さざなみのように峙つヴァイオリンの伴奏に乗ってメロディーが弾む最後のヴィヴァーチェ。適度な揺らぎの中メロディーが飛び回る感じがライヴ感に溢れた演奏。1曲目から驚きの名演奏でした。まるで古典をホームグラウンドとするような均整の取れた演奏。

Hob.III:77 String Quartet Op.76 No.3 "Kaiserquartetett" 「皇帝」 [C] (1797)
続く皇帝もリラックスした演奏は変わらず、揺るぎない安定感を伴い、またまた歌う歌う。音符がひとりでに遊びまわるような愉悦感。あまりの見事さに息を飲みます。4本の楽器が鬩ぎ合いながらも一体となって音楽を作っていく様子はスリリングながら、音楽は楽しげに弾んで行きます。圧倒的な音楽の完成度に唸り続けます。これほど見事な皇帝の1楽章は初めて。
有名なドイツ国歌の2楽章は、少しテンションを落として質実な響きを聴かせます。これは変奏に入ると少しづつ自在さを加えて展開していく面白さのためのわかり、設計の確かさにまたまたまた唸ります。変奏ごとに長く間を取り変化を深く印象付けます。ただでさえ美しいメロディが孤高の美しさを帯びて輝きます。一つのメロディに宿る美しさに様々な角度からスポットライトを当てて味わい尽くす見事な演出。最後は枯淡の境地へモーフィング。絶品。
美しさの限りを尽くした2楽章の余韻を慈しむかのように少し寂しげに響くメヌエット。この辺りの感情の変化はデリカシーに富んでいてまさにハイドンが楽譜に込めた魂を汲んでいるよう。途中からさっと霧が晴れ、陽の光が差し込むような変化も見事。メヌエットだけでも曲ごとの描き分けの巧みさにこのクァルテットの表現力を思い知らされます。
激しく鋭い終楽章も、余裕たっぷりに入ります。険しい音楽もあえて少し緩めに演奏することで、バランスを保ち、力が入り過ぎるのを抑えて終えます。

Hob.III:78 String Quartet Op.76 No.4 "Sonnenaufgang" 「日の出」 [B flat] (1797)
最後の日の出。すでにこのクァルテットの素晴らしさに酔っています。ゆったりと溜めを効かせてざっくりと刻む音楽が心地よい響きに感じられ、まるでライヴを聴いているような不思議な一体感に包まれます。これぞ弦楽四重奏の醍醐味。よく聴くとこの曲ではざっくりとした織目の感触の面白さがポイントと見えてきます。手編みのような味わい深いテクスチャーと織り出される模様のリズムが絶妙。この味わい深さはまさに燻し銀。
さらに圧巻なのは続くアダージョ。4本の楽器の織りなす綾のデリケートな変化が生み出す豊かな音楽。まさに至福のひととき。単なる音符にあらず、人の温もりを感じる生きた音楽が滔々と流れ、完全にバルトーク四重奏団の音楽になっています。天上の世界を垣間見たような感覚に襲われます。
そしてこの曲のメヌエットは入りから安らぎと幸福感に満ちたもの。どうしたらメヌエットからこのような感情を呼び起こせるのでしょうか。魔法をかけられたよう。ほんの少しのニュアンスの付け方で音楽がこれほどまでにいきいきとしてくる不思議さ。中間部のゆったりとした緊張感! 完全に彼らの音楽に仕上がっています。
そしてフィナーレは爽快に来る演奏が多い中、リズムの面白さを強調して、メリハリをつけてきました。ざっくりと始まったこの曲をリズミカルな終楽章で締めるなかなかの組み立て。最後はサラサラと流すサラサラ感をかなり強調した、これまた創意に溢れた演出。味わい深いばかりではなく、さらりと見せるアイデアのセンスの良さにも唸ります。

バルトーク四重奏団という名前から想像した演奏とはあまりに異なり、実に味わい深い演奏にノックアウト。このハイドンは現代音楽を得意とするクァルテットから想像される鋭角的な響きは皆無。むしろどのクァルテットの演奏よりもハイドンの真髄を射抜く絶妙な演奏と言っていいでしょう。選曲もハイドンの有名曲の組み合わせで入門盤としても最適なもの。もちろん評価は[+++++]を進呈いたします。ただし、現在入手しやすいとは言えない状況なのが残念なところ。これは是非再販してほしいですね。

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tag : ひばり 皇帝 日の出 弦楽四重奏曲Op.64 弦楽四重奏曲Op.76

マタンギ四重奏団の日の出、蛙、鳥(ハイドン)

今日も湖国JHさんから送り込まれたアルバム。いやいや、いい演奏はまだまだあるものです。

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TOWER RECORDS / amazon / HMV ONLINEicon

マタンギ四重奏団(Matangi Quartet)の演奏による、ハイドンの弦楽四重奏曲Op.76のNo.4「日の出」、Op.50のNo.6「蛙」、Op.33のNo.3「鳥」の3曲を収めたアルバム。収録は2012年8月26日から28日にかけて、ライプツィヒのすぐ南のマルククレーベルク(Markkleeberg)のリンデン・ザールでのセッション録音。レーベルはオランダのCHALLENGE CLASSICS。

朧月夜のような中、うっすらと輝く光の方を向いたクァルテットのメンバーの写真をあしらった意味ありげなジャケット。なんとなくこのアルバムにかける気合のようなものが漲っています。ライナーノーツの冒頭にはスヴィーテン男爵によるハイドンの四季の春のテキストが引用されています。

All is alive,all is expectant, all neture bestirs! itself!
すべてのものが息づき、すべてものが身を動かし、すべてものが活動している(大宮真琴訳)


また、それに続いて「憂鬱な日はハイドンを弾くと、手から温もりを感じる、、、」で始まる、2011年にノーベル文学賞に輝いたスウェーデンの詩人、トーマス・トランストロンメルによる詩が合わせて掲載されています。このアルバムが伝えようとしているハイドンのイメージを言葉にしています。

奏者のマタンギ四重奏団はオランダのクァルテット。マタンギとはヒンズー教の女神で、語り、音楽、書の神様とのこと。言葉に対する格別のこだわりはクァルテット名にも現れているようですね。

設立は1999年、王立ハーグ音楽院とロッテルダム音楽院で学んでいた若い音楽家がメンバー。2002年から2003年までの2年間、オランダ室内楽アカデミーでオルランド四重奏団のチェリスト、ステファン・メッツに師事、以後はオランダを中心に欧米で演奏活動を行っています。このクァルテット、ジャズのアルバムもリリースするなど、普通のクァルテットとは一味違う側面ももっています。

メンバーは次のとおり。いつものようにクァルテットのウェブサイトへのリンクもつけておきましょう。

第1ヴァイオリン:マリア=パウラ・マヨール(Maria-Paula Majoor)
第2ヴァイオリン:ダニエル・トリコ・メナチョ(Daniel Torrico Menacho)
ヴィオラ:カルステン・クレイエル(Karsten Kleijer)
チェロ:アルノ・ファン・デル・ヴルスト(Arno van der Vuurst)

Matangi - Home

Hob.III:78 String Quartet Op.76 No.4 "Sonnenaufgang" 「日の出」 [B flat] (1797)
比較的近い位置にクッキリリアルに定位するクァルテット。折り目正しい正統派の演奏。心なしか速めのテンポでタイトに引き締まった表情で音楽を創っていきます。特徴は長音での4人のアンサンブルの精妙な響き。かなりしっかりとコントラストをつけての演奏ながら、力を抜くところでしっかり抜いているのでくどくはありません。むしろ推進力とところどころにつくアクセントが効いて、かなりメリハリのしっかりした溌剌とした演奏に聴こえます。録音も4人のバランスが良く、中音域の木質系の力強い響きがうまく録られています。
アンサンブルは2楽章のアダージョに入ると一層精妙になり美しさが際立ちます。和音だけきくと現代音楽のような峻厳な印象もありますが、ジャズを得意としているように、メロディーを描くセンスがいいので硬くはなりません。しっかりと沈み込んでメリハリをつけます。
メヌエットは適度な弾力があり、表情の変化の幅も十分。音楽として一貫していながら楽章間の表情の描き分けがしっかりしていて聴き応え十分。
ちょっと意外だったのがフィナーレ。流麗に来ると思いきや、訥々と語るような入り。勢いに乗った演奏ではなく、徐々に彫りが深くなっていく様子を聴かせようということのようですね。こちらの先入観に振られましたが、よく聴くと実によく考えられた構成。これはこれで完成度の高い演奏と納得する演奏。音楽をまとめる力はかなりのもの。

Hob.III:49 String Quartet Op.50 No.6 "Frosch" 「蛙」 [D] (1787)
好きな蛙(笑)。4人の対等なメロディーの渡し合いの実に愉快な展開。よく聴くとメロディーには相当表情をつけて、イキイキと描いています。ハイドンの音楽の楽しさをよく踏まえた演奏。基本的に楽天的な雰囲気が支配しますが、適度なデフォルメがアーティスティックさも保ち、絶妙のバランス。曲に仕込まれた響きの変化をよく拾って変化に富んだ演奏。1楽章は絶品。
短調に変わる2楽章のポコ・アダージョ。しっかりと翳りを表し、そして長調に転調する場面の変化のセンスの良さ。もちろん演奏のテクニックはそれなりですが、音楽にテクニックを誇示するような印象はまったくなく、ひたすらメロディーをニュアンス豊かに鳴らそうという謙虚な姿勢が感じられます。途中の弱音が非常に効果的。
メヌエットのさりげない雄弁さは前曲同様。そして蛙の鳴き声に似ているいうことで有名な終楽章はこのクァルテットの表現力がよくわかる痛快な演奏。バリオラージュ奏法によるユニークなメロディーがイキイキと踊り、曲の構成もしっかりと描く名演。力の抜けた表現の多彩さに打たれます。

Hob.III:39 String Quartet Op.33 No.3 "Vogelquartett" 「鳥」 [C] (1781)
最後は名曲鳥。この曲は速めの入り。シュトルム・ウント・ドラング期の仄暗いイメージから脱却して、明るく変化に富んだ曲調のロシア四重奏曲の代表曲であることを強調するようなキビキビとした展開。歌う部分ではテンポを落としてゆったりと歌い、キビキビとした部分ではキレ味鋭いボウイングを聴かせる、まさに緩急自在の演奏。時折持続音を長く保って精妙な響きのスパイスを加えるなど細工も十分。ハイドンの機知の真髄を踏まえての演奏という説得力もあります。このさりげない表現力、マタンギ四重奏団の真骨頂でしょう。
続くスケルツォも速足での入り。筆の勢いが感じられる草書のようなしなやかさ。中間部は墨をしっかり含んだ筆による楷書のようにクッキリとした表情、そして再び草書に戻ります。
3楽章は明るい曲奏のアダージョですが、マ・ノン・トロッポとあるように、遅すぎないように、沈まないアダージョの表現とはこういうことかと納得するようなテンポ設定。表情の変化も抑え気味にすることで、メロディー自体の面白さに集中できます。
日の出とは異なり終楽章は快速、クッキリ、キレ味抜群で期待通り。響きを揃えるのではなく純粋に演奏のキレを楽しむような遊び心が感じられる演奏が好印象。実に躍動感があり、音楽が弾みます。鳥も名演でした。

名前もジャケットもアルバムの作りもレパートリーも個性的なマタンギ四重奏団のハイドン名曲集。選曲も皇帝やひばりなどを並べるのではなく、日の出に蛙、鳥というなんとなくこだわりを感じる選曲。演奏も彼らの表現の幅の多彩さ、音楽としてまとめる力を遺憾なく発揮したもの。これは聴きごたえあります。このアルバムの前にOp.20のNo.4を収めたアルバムがあるようですので、これも聴いてみなくてはなりませんね。評価は全曲[+++++]とします。ロシア四重奏曲の残りの曲の録音も期待したいところですが、そういった構成での録音はしないでしょうねぇ(笑)

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tag : 弦楽四重奏曲Op.76 日の出 弦楽四重奏曲Op.50 弦楽四重奏曲Op.33

エルデーディ弦楽四重奏団のOp.76(ハイドン)

最近、意図して取り上げている日本人奏者のアルバム。

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エルデーディ弦楽四重奏団(Erdödy String Quartet)によるハイドンの弦楽四重奏曲Op.76のNo.4「日の出」、No.5「ラルゴ」、No.6の3曲を収めたアルバム。収録は2004年2月25日から27日にかけて、山梨県牧丘町文化ホールでのセッション録音。レーベルはこのクァルテットの自主制作。

このアルバムは先日新宿のdisc unionで見かけて手に入れたもの。さりげないアルバムの造りから日本人奏者のものとは気づかずに手に入れましたが、帰って開封してはじめてそれと気づいたもの。ブログを書くために調べたところ、amazonなどネットショップには流れていないもののようです。クァルテットのウェブサイトを紹介しておきましょう。

エルデーディ弦楽四重奏団

エルデーディとはハイドンファンの方なら先刻ご承知のとおり、ハイドンに弦楽四重奏曲Op.76の作曲を依頼したエルデーディ伯爵のこと。このアルバム、エルデーディ伯爵の注文で作曲した曲を、エルデーディ弦楽四重奏団が演奏したという、クァルテットのオリジンのようなアルバムということです。このアルバムにはエルデーディ四重奏曲の後半3曲が収められていますが、もう1枚、前半3曲を収めたアルバムがあり、そちらも今回入手済みです。

エルデーディ弦楽四重奏団は1989年、藝大出身者によって結成されたクァルテット。メンバーを見ると、奇遇にも先日浜松市楽器博物館のリリースするアルバムでヴァイオリンを弾いていた桐山建志さんがヴィオラを弾いています。

第1ヴァイオリン:蒲生克郷(Katsusato Gamo)
第2ヴァイオリン:花崎淳生(Atsumi Hanazaki)
ヴィオラ:桐山建志(Takeshi Kiriyama)
チェロ:花崎薫(Kaoru Hnazaki)

設立後すぐの1990年から1992年、ロンドンでアマデウス弦楽四重奏団のメンバーによるサマーコースに参加しているとのこと。以後、国内を中心に活躍しています。弦楽四重奏好きな方ならご存知かもしれませんね。

このアルバムを取り上げたのは、もちろん演奏が素晴らしいということからですが、もう一つ奇遇が重なっています。このアルバムの録音会場となっている山梨県牧丘町の牧丘町文化ホールは、武田信玄の墓所がある恵林寺のすぐそば。実はこの春以降このあたりの恵林寺、放光寺、はやぶさ温泉、道の駅牧丘、近くのワイナリーなどには3度ほど訪れており、このアルバムの録音会場がすぐそばにあったことを知り、ちょっとびっくりした次第。なんとなく偶然にもご縁があったということでしょう。

アルバムをCDプレイヤーにかけた瞬間、瑞々しい響きが溢れてくる一聴して素晴らしい演奏。いやいや、これは名演ですよ。

Hob.III:78 String Quartet Op.76 No.4 "Sonnenaufgang" 「日の出」 [B flat] (1797)
日の出のゆったりとした柔らかい導入部。最初の研ぎ澄まされた一音にこのクァルテットのセンスが現れているよう。録音は実に自然で、鋭すぎず、弦楽器の実体感と自然な響きがうまく録られています。眼前でクァルテットが演奏しているような名録音。演奏も自然体でオーソドックスなものですが、落ち着いているのにスリリングで、各楽器の音色が微妙に異なるのがかえって心地よい印象を与えます。各パートが実にしなやかに歌い、アンサンブルの精度もなかなかのもの。ハイドンの音楽を自然体であらわした清々しい演奏。4人の音楽の重なりがいぶし銀のような味わい深さを醸し出します。1楽章から、ぐっと引き込まれます。
続くアダージョは素朴な響きの魅力で聴かせます。自然な呼吸が聞き手とシンクロ。まさに癒しの音楽。作為なく純粋に音楽を奏でているだけで、ハイドンの音楽の魅力が溢れ出してきます。素朴な表情と枯れた心境が交錯する魅力。無欲の音楽。絶品です。
メヌエットもそよ風のように入ります。この絶妙な入りのセンス、これまた絶品。音楽とはテクニックばかりではなく、こうした冴えた感覚が重要ですね。一貫して自然さを失わないこの感覚。音楽はしなやかに流れ続け、曲が進みます。さらりとレガートをかけ、さらりとリズムを取り戻す微妙な変化の連続に聞き手の感覚が研ぎ澄まされます。
フィナーレはしなやかで時に重厚。精度が高いというわけではないのですが響きは複雑で深く、音楽は実に豊か。最後は軽やかさも垣間見せて終了。見事。

Hob.III:79 String Quartet Op.76 No.5 [D] (1797)
1曲目から引き込まれっぱなしですが、続くこの曲でも緊張感とスタイルは保たれ、実に複雑な響きが繰り出されていきます。よく聴くとチェロの安定感がこのクァルテットの魅力の一つとなっているよう。パートごとに音色が微妙に異なるものの、音楽は一貫しているので、この複雑な響きを織り成していることがわかります。研ぎ澄まされた精度の高い演奏もいいものですが、このエルデーディ弦楽四重奏団のざっくりとした響きもいいものです。ハイドンの弦楽四重奏曲の素朴な魅力を表現し尽くしているよう。リズムに推進力があり、それが音楽をイキイキとさせています。
題名楽章のラルゴは、曲の美しさを知り尽くしたもののみが取りうるアプローチ。さらりとしながらも適度にしなやか。そして自然な呼吸によって浮かびあがる感興。静けさすら感じる終盤。これまた絶品。
そしてこの曲でもこれ以上しなやかには入れないほどのメヌエットの入り。このあたりの感覚の冴えは驚くほど。その後の自然な音楽の流れも素晴らしいのですが、曲の入りにハッとさせられるのもいいですね。あまりの自然さに驚きを覚えるとはこのことでしょう。
演奏によってはエキセントリックにも聴こえるフィナーレですが、もちろん非常にまとまりのよい入り。適度に躍動するリズムの心地よさが聴きどころでしょう。この曲でも音楽の深さを思い知らされます。

Hob.III:80 String Quartet Op.76 No.6 [E flat] (1797)
最後の曲も出だしの分厚いアンサンブルから惹きつけられます。音色に関する冴えた感覚はここでも健在。すぐにヴァイオリンの自在な掛け合いにハッとさせられます。円熟の極致のような技が次々と繰り出され、ハイドン晩年の機知の連続に酔いしれます。曲の魅力を知り尽くしているからこそできる表現と納得させられます。抑えた表情にも音楽の神様が宿っているよう。自在な表現はこのアルバムの総決算にふさわしい完成度。終盤のフーガのような深遠な音楽はハイドンの創意を踏まえて遊びまわるような自在さに至ります。
2楽章は1楽章で昇りつめたかと思った表現にさらに磨きがかかり、孤高の領域。神々しいまでの気高さ。この曲の到達した高みは、登ってみなければわからないほど。山頂で澄み切った黒にちかい紺色の天空を眺めるよう。凄みすら感じるそぎ落とされた音楽。絶句。
いつも不思議に感じるこの曲のメヌエット。昇りつめた向こう側は、極度にあっさりとした世界。それを知ってか演奏も純粋無垢な汚れのない屈託のないもの。超えるものを超えてしまった心境なんでしょうか。そしてフィナーレも同様。無邪気に遊びまわるような表情の連続。曲に仕込まれた気配までさらけ出してしまう凄い解釈と言わざるを得ません。参りました。

エルデーディ弦楽四重奏団によるエルデーディ四重奏曲集の後半3曲。ここまで素晴らしい演奏とは想像できませんでした。精緻な演奏ではありませんが、表現は他のどの演奏よりも本質を突く名演奏。まるで自宅が名ホールになってしまったような実体感溢れる録音によって、ハイドンの円熟の筆致による弦楽四重奏曲を堪能できる名盤です。自主制作盤のようなので大手には流通しておりませんが、上のウェブサイトで購入できるようですので、入手は難しくないでしょう。これはハイドンの弦楽四重奏好きな方は必聴のアルバムです。エルデーディ四重奏曲の真髄に触れられます。評価はもちろん全曲[+++++]です。

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tag : 弦楽四重奏曲Op.76 日の出 ラルゴ

マンフレッド四重奏団のOp.76のNo.1、皇帝、日の出

今日もマイナー盤。未知のアルバムを聴く楽しみ。

QManfred.jpg

マンフレッド四重奏団の演奏でハイドンの弦楽四重奏曲Op.76のNo.1、No.3「皇帝」、No.4「日の出」の3曲を収めたアルバム。収録は1993年5月3日から5日までですが収録場所はわかりません。レーベルははじめて手に入れる仏disques PIERRE VERANY。

このアルバム、以前ディスクユニオンで手に入れましたが、今回HMV ONLINEにも、amazon、TOWER RECORDSでも取扱いがないようです。このアルバムが気になったのはジャケット裏面に20bits NAGRA DIGITAL RECORDINGSとの記載。あの精緻なNAGRAのシステムでの録音だと思いますが、この手のアルバムには録音に使用した機器が掲載されているものと思ってライナーノーツを見ても、記載がありません。一聴してハイクォリティな録音ですので演奏の出来に期待したいところ。

マンフレッド四重奏団は1986年に設立されたクァルテット。メンバーはストラスブール音楽院、ジュリアード音楽院、ジュネーブ音楽院、リヨン音楽院などの出身者。3年にわたってアマデウス四重奏団、メロス四重奏団、ファイン・アーツ四重奏団などの有名なクァルテットの指導を受けました。1989年にはカナダ、バンフで開催された国際弦楽四重奏コンクールやフランスのエヴィアンでのコンクールで1等を取り有名に。アルバムはいろいろリリースされているのでご存知の方はいるでしょう。

メンバーは下記の通り。ライナーノーツの写真をみると、録音当時のメンバーは学生上がりの若々しい姿。

第1ヴァイオリン:マリー・ビュロー(Marie Bereau)
第2ヴァイオリン:ルイジ・ヴェッキオーニ(Luigi Vecchioni)
ヴィオラ:アラン・ペリッシャー(Alain Pelissier)
チェロ:クリスチャン・フォルフ(Christian Wolff)

マンフレッド四重奏団のエルデーディ四重奏曲は如何なる出来でしょう。

Hob.III:75 / String Quartet Op.76 No.1 [G] (1797)
広い空間に浮かびあがる渾身の響き。インパクトがあるのに弦自体の響きは柔かさを保った素晴らしい録音。もう少しシャープで高音域のクッキリ感を意図した録音が多い中、しっとりとした中音域の美しさが印象的な録音。さすがNAGRAと言うべきでしょう。演奏の方はオーソドックスなものですが、非常に有機的に音がつながり、音楽の流れが一貫したこれはこれで素晴らしい演奏。Op.76のNo.1の緊密な構成の1楽章のカッチリとした構成感を見事に表現しています。
絶品なのが2楽章のアダージョ。このアルバムの特徴である柔らかな音色の弦楽器でしっとり、じっくり、しかも淡々と演奏されるアダージョ。過度な表情付けはないかわりに、本当に淡々と音楽を奏でていく事で情感がにじみ出てくる感じ。チェロの音色は透明さすら感じさせる生々しさ。4本の弦楽器の織りなす実に柔らかな表情。音楽のラインではなく、コアが表現されている感じ。後半ヴァイオリンの高音の素晴らしい伸びも聴かせますが、驚くほどの自然さ。自然さに鳥肌が立つよう。
複雑に各楽器が鬩ぎあうメヌエットですが、空間に綺麗に定位して、生で聴くような雰囲気。弾むピチカートの余韻の美しさは言うに及ばず、また弦楽器のピーク成分も混濁感はまったくありません。
フィナーレはかなり鋭角的にエッジを強調した演奏ながら、クリアに分離して聴こえます。ヴァイオリンの音階のキレ、良く聴くとチェロまで素晴らしい音階のキレを聴かせて、このクァルテットがかなりのテクニックの持ち主である事がわかります。複雑に絡まりあうメロディが楽器の音色の違いをこれだけ鮮明に聴かせながら進むあたりは、録音がよいことによってはじめて気づくところ。各楽器それぞれが素晴らしい立体感で鬩ぎあう、恐ろしくリアルな音場。昔の名演は音色やデュナーミクなどある程度の解像度のなかで表現されてきたのに対し、この録音はハイヴィジョンの解像度とその解像度ではじめてわかる多彩な表情の魅力によって成り立つ良さのよう。もちろん最近の多くの録音も物理的な解像度は十分なんでしょうが、音響として聴くアーティスティックな面も含めた部分は1993年のこの録音にも敵わない印象。1曲目から録音の良さとそれを生かした演奏の良さにノックアウトです。

Hob.III:77 / String Quartet Op.76 No.3 "Kaiserquartetett" 「皇帝」 [C] (1797)
つづいて名曲「皇帝」。素晴らしい音響はそのままに、皇帝の聴き慣れた1楽章に入ります。各楽器の音色の特徴がだんだん把握できてきました。チェロがやはり図太く柔らかい音色で、ヴァイオリンは逆にクッキリと浮かび上がる空気感をともなった線の明確さが特徴。前曲では謙虚に淡々とした演奏が特徴でしたが、この曲では印象が変わり、フレーズごとにメリハリをはっきりつけていくことに力点をおいているよう。前曲のようなアプローチの方が印象がいいですね。微妙な違いですが前曲のほうが音楽の流れがいい感じです。
有名なドイツ国家の2楽章のポコ・アダージョに入ると、淡々とした表情が戻ってきました。むしろ過度に淡々とした感じにさえ聴こえます。主題から変奏にはいると枯れた表情も見せ始めます。ヴィオラの響きもチェロ同様柔らかな美しさがあります。楽器の音色の美しさを主体としてそれぞれが絡み合う展開。最後の弱音も印象的。
メヌエットは前曲に一番近い感じ。こうゆう淡々とした演奏が一番しっくり来ます。メヌエットの流れに従って各楽器が次々とメロディーを演奏していきますが、その音色の微妙な違いと、精妙な構成感が聴き所でしょう。
そして鮮烈なフィナーレ。やはり素晴らしいテクニックで攻め込みます。強奏のエネルギーは相当なものですが、音楽が若干硬直化しそうな印象も含みます。後半の展開部での息を飲むようなせめぎ合いは素晴らしいものがあります。まさにライヴのような迫真の演奏。

Hob.III:78 / String Quartet Op.76 No.4 "Sonnenaufgang" 「日の出」 [B flat] (1797)
最後の日の出は簡単に。前の皇帝が名曲故かちょっと固かったのに対し、この曲では1曲目のNo.1と同様素晴らしい出来。音楽の流れも良く各楽章の構成も自然なもの。ちょっと変わっているのがフィナーレで、溜めたような独特のフレージングが印象的でが、狙いは説得力のあるもの。この楽章独特のメロディーのキャラクターを鮮明に描こうという事でしょう。日の出は安心して美音に身を任せられる演奏でした。

マンフレッド四重奏団というはじめて聴くクァルテットでしたが、NAGRAの機器を使ったとされる録音は、NAGRAの名を冠しただけのことはある素晴らしい録音。弦楽四重奏のアルバムで、これほど録音の良さが際立つものは数少ないのではないかと思います。録音の良さから聴こえる弦楽器の様々なニュアンス。強奏部分であっても混濁なくしかも非常にテリケートなニュアンスをつたえ、まさに弦楽四重奏曲を堪能できる名録音。演奏の方も負けていません。評価はちょっと力の入った皇帝は[++++]、両端の2曲は[+++++]とします。

いろいろ仕事が忙しいのと、ついついオリンピックを見てしまうので、少し記事を書くピッチが落ちています。月末恒例のHaydn Disk of the Monthは、明日に延期です(笑)

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tag : 弦楽四重奏曲Op.76 皇帝 日の出

モジリアニ四重奏団の日の出、騎士

今日は最近の録音の弦楽四重奏曲。

ModiglianiSQ76.jpg
HMV ONLINEicon / amazon

モジリアニ四重奏団(Quatuor Modigliani)の演奏によるハイドンの弦楽四重奏曲Op.76のNo.4「日の出」、Op.74のNo.3「騎士」、Op.54のNo.1の3曲を収めたアルバム。収録は2008年1月フランス中部リモージュ近郊のヴィルファヴァールのヴィルファヴァールファームでのセッション録音。レーベルはフランスのMIRARE。この収録場所はMIRAREレーベルが常用しているようですね。

La Ferme de Villefavard en Limousin(仏文・英文)

モジリアニ四重奏団は2003年に結成されたフランスのクァルテット。ジャケットを見る限りフランス人のイケメン4人組と言った感じ。2006年ニューヨークで開催された若手コンサートアーティストコンクールで優勝。その他数々の賞を受賞しています。デビュー盤は2006年メンデルスゾーンとシューマンのクァルテットを収めたアルバム。まだアルバムは数枚しかリリースされていません。メンバーは下記のとおり。

第1ヴァイオリン:フィリップ・ベルナール(Philippe Bernhard)
第2ヴァイオリン:ロイック・リオ(Loïc Rio)
ヴィオラ:ローラン・マルフェング(Laurent Margaing)
チェロ:フランソワ・キエフェル(François Kieffer)

若手のクァルテットを聴くのは楽しみですね。ハイドンの弦楽四重奏の歴史に風穴を開けるチャンスを与えられている訳ですから。今日はこのアルバムから日の出と騎士の2曲を取りあげます。

Hob.III:78 / String Quartet Op.76 No.4 "Sonnenaufgang" 「日の出」 [B flat] (1797)
冒頭から木質系の柔らかな響きが心地よい録音。最新の録音だけあって自然さはピカイチ。自己主張の強い演奏ではなくキビキビとした自然な演奏。前記事で取りあげたウルブリヒ四重奏団が音色に対する鋭敏な感覚をもった演奏であったのに対し、モジリアニ四重奏団はむしろ素朴さを誇るような朴訥な音色。1楽章はすこし溜めがリズム感を悪くするような印象のある部分もありますが、リズムを変化させてまずまず無難に切り抜けます。眼前で実際に演奏しているようなリアリティを楽しむべき演奏でしょうか。
つづくアダージョに入り各楽器の恍惚感を交互に聴くような風情。ゆったりと、溜めを伴った各楽器のフレージングが独特の孤高な感じを醸し出しています。
メヌエットはオーソドックスにすすみますが中間部はフレーズに独自性を表そうとして少し変化を見せます。技術はなかなか上手いですが、音楽に一貫性がほしいところ。
フィナーレは冒頭からかなりの変化を見せます。ハイドンの楽譜に仕組まれた音楽を体現するというよりは、奏者の創意でのアドリブのような位置づけです。最後はきっちり盛り上げて締めます。リアルな音響のいい録音ですが、音楽性についてはもう一歩統一感が欲しいところ。

Hob.III:74 / String Quartet Op.74 No.3 "Reiterquartetett" 「騎士」 [g] (1793)
騎士の方は明るめの音色で冒頭の聴き慣れたメロディーをキビキビすすめて行きます。前曲よりもリズムの重さを感じさせない無難な入り。作為を抑えた分曲の良さを素直に楽しめる演奏。
この曲の聴き所は2楽章のラルゴ・アッサイ。1楽章よりもはっきりと力感と表現のメリハリを強めてじっくりと曲想を浮かび上がらせます。じっくりと描くフレーズに爆発するような強奏が素晴らしいコントラスト。前曲よりも明らかにキレが良くなり奏者も音楽にのっているよう。
メヌエットも前曲より覇気があっていい感じ。4人の息はピタリと合っているんですが、それぞれが朴訥な演奏なので、キレたメヌエットというより素朴なメヌエットになっているよう。
フィナーレは見事な一体感。リズムのキレ、速いパッセージのテクニックも万全。弾むように一気に弾き進めて、ハイドンの痛快なフィナーレを見事に表現しています。最後の抑えた部分と強奏部分の対比は素晴らしい効果。前曲より総じていい仕上がり。

フランスの若手クァルテットによるハイドンの傑作弦楽四重奏曲のアルバム。歴史に風穴をあけることはできなかったものの、最新の録音による自然な弦楽器の響きと、若手の創意を感じる事ができるアルバムでした。評価は日の出が[+++]、騎士が[++++]としました。

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なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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