【新着】フランチェスコ・コルティのソナタ集(ハイドン)

今日はハープシコードによるソナタ集。

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フランチェスコ・コルティ(Francesco Corti)のハープシコードによる、ハイドンのファンタジア(XVII:4)、ピアノソナタ(XVI:37、XVI:31、XVI:32、XVI:46、XVI:26)、カプリッチョ「8人のヘボ仕立屋に違いない」(XVII:1)の7曲を収めたアルバム。収録はパリのピエール・マルボスというピアノ販売店の4'33ホールでのセッション録音。レーベルは初めて手に入れるevidenceというレーベル。

フランチェスコ・コルティという人は初めて聴く人。調べてみると、何と今週近所で行われる調布音楽祭に来日するとのこと。いつものように略歴をさらっておきましょう。イタリアのフィレンツェの東南にあるアレッツォで1984年に生まれ、ペルージャでオルガン、ジュネーブとアムステルダムでハープシコードを学びました。2006年ライプツィヒで開催されたヨハン・セバスチャン・バッハ・コンクール、2007年に開催されたブリュージュ・ハープシコード・コンクールで入賞しているとのこと。2007年からはマルク・ミンコフスキ率いるレ・ミュジシャン・ドゥ・ルーヴルのメンバーとして活躍している他、主要な古楽器オケとも多数共演しているそうで、ハープシコード界の若手の注目株といったところでしょうか。

Hob.XVII:4 Fantasia (Capriccio) op.58 [C] (1789)
速めのテンポでハープシコード特有の雅な音色が響き渡ります。使っている楽器はDavid Ley作製の1739年製のJ. H. Gräbnerと記載されています。録音は割と近めにハープシコードが定位するワンポイントマイク的なもので、ハープシコードの雅な響きを堪能できる録音。約6分ほどの小曲ですが、ハープシコードで聴くとメロディーラインが全体の響きの中に調和しつつもくっきりと浮かび上がり、この曲の交錯するメロディーラインの面白さが活きます。しかも速めにキリリと引き締まった表情がそれをさらに強調するよう。最後に音色を変えるところのセンスも出色。普段ピアノやフォルテピアノで聴くことが多い曲ですが、ハープシコードによる演奏、それもキレキレの演奏によってこの曲のこれまでと違った魅力を知った次第。

Hob.XVI:37 Piano Sonata No.50 [D] (c.1780)
軽快なテンポは変わらずですが、今度は所々でテンポをかなり自在に動かしてきます。また、休符の使い方も印象的。ちょっとした間を効果的に配置して、ソナタになると少し個性を主張してきます。速いパッセージのキレの良さは変わらず、ハープシコードという楽器につきまとう音量の変化の幅の制限を、テンポと間の配置で十分解決できるという主張でしょうか。次々と繰り出される実に多彩なアイデアに驚くばかり。ピアノとは異なる聴かせどころのツボを押さえてますね。驚くのが続く2楽章。予想に反してグッとテンポを落とし、一音一音を分解してドラマティックに変化します。ハープシコードでここまでメリハリをつけてくるとは思いませんでした。そしてフィナーレでは軽快さが戻り、見事な対比に唸ります。フィナーレもハイドンの機知を上手く汲み取ってアイデア満載。見事なまとめ方です。

Hob.XVI:31 Piano Sonata No.46 [E] (1776 or before)
冒頭のメロディーのハープシコードによるクリアな響きが印象的。この曲では落ち着いた入り。一音一音のタッチをかみしめるように弾いて行きながら、徐々にタッチが軽くなっていく様子が実に見事。曲想に合わせて自在にタッチを切り替えながら音楽を紡いでいきます。瞬間瞬間の響きに鋭敏に反応しているのがわかります。ここでも印象的な間の取り方で曲にメリハリがしっかりとつきます。アレグレットの2楽章は壮麗な曲の構造を見事に表現、そしてフィナーレではハープシコードの音色を生かしたリズミカルな喧騒感と楽章に合わせた表現が秀逸でした。

Hob.XVI:32 Piano Sonata No.47 [b] (1776 or before)
ピアノでの演奏が耳に残る曲で、低音の動きの面白さが聴きどころの曲ですが、コルティのハープシコードで聴くと、新鮮な響きでその記憶が刷新されるよう。ハイドンはハープシコードの華やかな響きも考慮して作曲したのでしょうか。古楽器では迫力不足に聴こえる演奏も少なくない中、そういった印象は皆無。むしろキレのいいタッチの爽快感が上回ります。続くメヌエットでは調が変わることによる気配の変化が印象的に表現されます。ピアノではここまで変化が目立ちません。そして短調のフィナーレは目眩くような爆速音階が聴きどころ。コルティ、テクニックも素晴らしいものを持っていますね。最後の一音の余韻に魂が漲ります。

Hob.XVI:46 Piano Sonata No.31 [A flat] (1767/70)
初期のお気に入りの曲。壮麗な1楽章、この曲が持つ静かな深みのような不思議な気配を見事に捉えたタッチに引き込まれます。メロディ中心の穏やかな曲想だけに、落ち着いたタッチで穏やかに変化する曲想をじっくり楽しむことができます。やはり曲想に応じて巧みにタッチをコントールしており、その辺りの音楽性がハイドンの真髄を捉えているのでしょう。特に高音のメロディの研ぎ澄まされた美しさを聴かせどころで披露するあたりも見事。そして、アダージョではさらに洗練度が上がり、響の美しさは息を呑むほど。このアルバム一番の聴きどころでしょう。微視的にならずに曲全体を見渡した表現に唸ります。比較的長い1楽章と2楽章をこれだけしっかり聴かせるのはなかなかのものですね。そしてそれを受けたフィナーレは爽快さだけではなく、前楽章の重みを受けてしっかりとしたタッチで応じ、最後に壮麗な伽藍を見せて終わります。

Hob.XVI:26 Piano Sonata No.41 [A] (1773)
ソナタの最後はリズムの面白さが際立つハイドンらしい曲。コルティは機知を汲み取り、リズムの変化を楽しむかのようにスロットルを自在にコントロールしていきます。そして明るさと陰りが微妙に入れ替わるところのデリケートなコントロールも見事。途中ブランデンブルク協奏曲5番の間奏のようなところも出てきますが、これぞハープシコードでの演奏が活きるところ。曲が進むにつれて繰り出されるアイデアの数々。コルティの多彩な表現力に舌を巻きます。メヌエットは端正なタッチで入りますが、終盤音色を変えてびっくりさせ、非常に短いフィナーレではさらに鮮やか。

Hob.XVII:1 Capriccio "Acht Sauschneider müssen sein" 「8人のへぼ仕立屋に違いない」 [G] (1765)
最後はユーモラスなテーマの変奏曲。この曲を最後に持ってくるあたりにコルティのユーモアを感じざるを得ません。ハープシコードでの演奏に適したソナタ数曲のまとめに、軽い曲を楽しげに演奏するあたり、かなりハイドンの曲を研究しているはずですね。もちろん演奏の方はソナタ同様素晴らしいものですが、力を抜いて楽しんでいる分、こちらもリラックスして聴くことができます。まるでソナタ5曲をおなかいっぱい味わった後のデザートのよう。聴き進むとデザートも本格的なものでした! 最後はびっくりするような奇怪な音が混じるあたりにコルティの遊び心とサービス精神を味わいました。

久々に聴いたハープシコードによるソナタ集。まるで眼前でハープシコードを演奏しているようなリアルな録音を通してフランチェスコ・コルティの見事な演奏を存分に楽しめました。これは名盤ですね。評価は全曲[+++++]とします。調べてみると、これまでにも色々とアルバムをリリースしているようですので、私が知らなかっただけだと思いますが、若手の実力派と言っていいでしょう。コルティのウェブサイトにもリンクしておきましょう。

Francesco Corti

これは是非実演を聴いてみたいところですが、折角近所で行われる調布音楽祭にコルティが出演する6月14日も17日もあいにく都合がつきません。次回の来日を期待するとしましょう。

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フランツペーター・ゲーベルスのソナタ集(ハイドン)

ちょっと間が空いてしまいました。今日は最近オークションで手に入れたLP。

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フランツペーター・ゲーベルス(Franzpeter Goebels)のフォルテピアノによるハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:6)、カプリッチョ「8人のへぼ仕立屋に違いない」(XVII:1)、ピアノソナタ(XVI:48)、アンダンテと変奏曲(XVII:6)の4曲を収めたLP。収録は1981年10月、ハイデルベルクの音楽スタジオとフランクフルトのフェステブルク教会でのセッション録音。レーベルはmusicaphon。

なんとなくスッキリとしたデザインのLPジャケットに惹かれて手に入れたもの。いつものようにLPをVPIのレコードクリーナーと必殺超音波極細毛美顔ブラシで丁寧にクリーニングして針を落としてみると、ジャケットのデザインのイメージそのままのスッキリとした響きが流れ出します。律儀な普通の演奏にも聴こえますが、何度か聴くうちに実に深い演奏であることがわかり取り上げた次第。

奏者のフランツペーター・ゲーベルスは1920年、ドイツ東部のミュールハイム(Mülheim an der Ruhl)に生まれたピアニスト、フォルテピアノ奏者、教育者。修道院のオルガン奏者の父を持ち、ピアノを学ぶ他、音楽学、文学、哲学などを学びました。1940年からはドイツ放送(Deutschlandsender)のソロピアニストととして活躍しましたが、兵役に徴収されたのち収監されました。戦後はデュッセルドルフのロベルト・シューマン音楽院で教鞭をとるようになり、1958年からはデトモルトの北西ドイツ音楽アカデミーでピアノとハープシコード科の教授を1982年の定年まで勤めたそう。亡くなったのはデトモルトで1988年とのこと。ほぼ教職の人ということで、あまり知られた存在ではありませんが、演奏はまさに教育者の演奏と感じられる手堅さに溢れています。

Hob.XVI:6 Piano Sonata No.13 [G] (before 1760)
鮮明に録られたフォルテピアノの響き。LPならではのダイレクトな響きによってフォルテピアノを眼前で弾いているようなリアリティ。一定の手堅いテンポでの演奏ながら、硬めの音と柔らかめな音を巧みに組み合わせて表情を変化させていきます。純粋に内声部のハーモニーの美しさが実に心地良い。素直な演奏によってフォルテピアノの木質系の胴の響きの余韻と曲の美しさが際立ちます。
続くメヌエットは左手の音階を短く切ってアクセントをつけます。ちょっと音量を落としたところの響きの美しさが印象的。高音の典雅な響きも手伝って、リズミカルな中にも優雅な雰囲気が加わります。実に素朴なタッチからニュアンス豊かな響きが生まれます。鍵盤から弦を響かせるフリクションの範囲での穏当な表現ですが、この音色の変化は見事。妙に沁みる演奏です。
そしてこの曲で最も美しいアダージョ楽章。ピアノの澄んだ響きとは異なり、微妙に音程が干渉するようなフォルテピアノ独特の音色が味わい深い響きを生んでいきます。楽器と訥々と会話するような孤高の響きの連続に心が安らぎます。
フィナーレは軽すぎず、穏当な表現が心地良いですね。しっかりと音を響かせながら決して焦らず、一音一音をしっかり響かせての演奏。さりげない終わり方もいいセンス。

Hob.XVII:1 Capriccio "Acht Sauschneider müssen sein" 「8人のへぼ仕立屋に違いない」 [G] (1765)
ユニークなメロディーを変奏で重ねていく7分弱の曲。今度は音色をあまり変えることなく、ちょっとギクシャクした印象を伴いながらもフレーズごとのメリハリをつけながら弾き進めていきます。変奏の一つ一つを浮かび上がらせるというよりは、渾然一体となったメロディーを訥々と弾いていく感じ。終盤はバッハのような印象まで感じさせて、これはこれで面白いですね。

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Hob.XVI:48 Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
LPをひっくり返して再びソナタに戻ります。晩年の傑作ソナタの一つ。今度は間をしっかりとっての演奏。ソナタによってしっかり演奏スタイルを変えてきますが、それでもすっきりとしたゲーベルスのタッチの特徴は残しています。ソリストというよりは教育者としての演奏といえば雰囲気が伝わるでしょうか。かといって教科書的な厳格さではなく、抑えた表現の深みと円熟を感じるすっきりさ。やはりLPならではの響きの美しさが最大の魅力となる演奏ですね。眼前でフォルテピアノが鳴り響く快感。
2楽章のロンド、3楽章のプレストとも落ち着いたタッチからジワリと音楽が流れ出します。噛みしめるような音楽。フォルテピアノをしっかりと鳴らし切った演奏に不思議に惹きつけられます。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
最後は名曲。予想通り、さりげなく入り淡々とした演奏です。まさにハイドンの書いた音楽自身に語らせようとする自然体の演奏。この曲はそうした演奏スタイルが最も曲の良さが映えますね。流石に変奏の一つ一つの扱いは丁寧で、フレーズごとに素朴な詩情が立ち上り、曲の美しさが際立っていきます。まさにいぶし銀の演奏。A面の変奏曲とは扱いが全く異なります。このアルバムの演奏の中では最も音色とダイナミクスの変化をつけた演奏で、変奏毎の表情の変化の多彩さが印象的。最後までフォルテピアノの美しい音色による演奏を堪能できました。

実はこのアルバム、前記事を書いてからほぼ毎日、なんとなく針を落として聴いていました。最近仕事の帰りが遅いので、聴いているうちに寝てしまうのですが、最初はただのさりげない演奏のように聴こえていたものが、だんだんと深みを感じるようになり、特に音色の美しさが非常に印象に残るようになりました。ということで、私にしては珍らしく聴き込んだ上で取り上げたものですが、書いた通り、実に良い演奏です。フランツペーター・ゲーベルスという人の演奏は初めて聴きますが、なかなか含蓄のある演奏で、流石に教育者という演奏。どう表現しようかというスタンスではなく、曲の真髄に迫る演奏スタイルを地道に探求するようなスタンスですね。私は非常に気に入りましたので、評価は全曲[+++++]とします。

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デレク・アドラムのクラヴィコードによるソナタ集

先日、マーシャ・ハジマーコスのクラヴィコードによるハイドンのソナタを取りあげた記事に、クラヴィコード製作者のclavier_takahashiさんからコメントをいただきました。そのコメントをきっかけにamazonに注文していたアルバム。

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amazon / TOWER RECORDS

デレク・アドラム(Derek Adlam)のクラヴィコードによるハイドンのカプリッチョ「8人のへぼ仕立て屋に違いない」(Hob.XVII:1)、ピアノソナタ(XVI:32)、変奏曲(XVII:7)、ピアノソナタ(XVI:24)、ピアノソナタ(XVI:29)、アンダンテと変奏曲(XVII:6)の6曲を収めたアルバム。収録は2002年9月17日から20日まで、イギリス中部にある聖カスバード・マリア修道院の北側翼廊でのセッション録音。レーベルは英Guild。

入手するきっかけとなったハジマーコスの記事はこちら。コメントとともにご確認ください。

2012/12/22 : ハイドン–ピアノソナタ : マーシャ・ハジマーコスのクラヴィコードによるソナタ集

当ブログは基本的に現代楽器も古楽器も何でもござれというスタンスですが、特に古楽器に詳しい訳でもなく、これまで主に聴き手の立場でいろいろな演奏を取りあげてきました。クラヴィコードを製作をされている方からコメントを戴くに至り、これはクラヴィコードについても、少し踏み込んでみたくなりました。

手元に何枚かクラヴィコードでハイドンのソナタなどを弾いたアルバムはあるのですが、clavier_takahashiさんのおっしゃる響きとは少しニュアンスが違うような気がしていました。そこでコメントに触れてあったこのアルバムを注文して手に入れてみたという流れです。このアルバムを聴いて、ようやくクラヴィコードの素晴らしい響きにに出会った気がします。このアルバムで聴かれる響きが素晴らしいのには理由がありました。

なんと、このアルバムの奏者であるデレク・アドラムは、このアルバムの演奏で使われた楽器の製作者でもあったのです。もちろんクラヴィコード奏者もクラヴィコードの美しい音色を引き出すよう演奏しているはずですが、楽器の製作者でもある人ならば、楽器が音を奏でるメカニズムを完全掌握した上での演奏でしょうから、楽器が最上の響きを奏でるタッチが染み付いているに違いありません。なるほどclavier_takahashiさんが勧められた理由が納得できる素晴らしい響きな訳です。

ということで、いつものように奏者の情報をライナーノーツで確認しておきましょう。

デレク・アドラムはロンドンでピアノを学んでいましたが1969年に楽器製作に着手。1611年製のアイオアネス・ルッカース(Ioannes Ruckers)のアントワープ・ミューゼラー(ハープシコードの一種)を原型にしたヴァージナルという楽器を作りはじめました。フォルテピアノ奏者のリチャード・バーネット(Richerd Burnett)と協力して楽器の修復や、製作をすすめ、世界中の古楽器演奏家や博物館、教育機関に納入してきました。演奏家としてもヨーロッパや米国でリサイタルを行い、また英国クラヴィコード協会の代表でもあるとのことです。今日取りあげているアルバムの演奏に使われているのは、1982年にデレク・アドラム自身が製作したクラヴィコードで、元になった楽器は、エジンバラのラッセル・コレクションに保存されている、1763年ハンブルクのヨハン・アドルフ・ハースが製作した楽器ということです。専門的なことはよくわかっておりませんが、記述によると真鍮の弦が張られ、音域は5オクターブでフレットのないタイプ、低音域には4フィートの追加弦が張られ、調律は18世紀半ばのハンブルグで標準だったものに近いa1=405Hz、転調しやすく和音の色感を保ちやすい1/6コンマの中全音律で調律されているとのこと。
楽器を製作されている方や調律をされる方には、この記述の意味がわかるのでしょう。繊細な響きのために、あらゆるコンディションが調整されているという事でしょうか。

このアルバム、奏者でもあり、楽器製作者でもあるデレク・アドラムのクラヴィコードの繊細な響きに対する情熱といか執念のようなものを感じる素晴らしい出来。録音は音量の低いクラヴィーコードの音色が実に鮮明に録られたもの。眼前にクラヴィコードが定位し、教会に響く残響も適度なもの。マイクの感度を上げているためか、外を走る車の低い音がはっきりわかるもの。遮音性の高いスタジオでの録音ではクラヴィコードの良さがつたわらないでしょうから、録音場所としては理解できるものです。
アドラムのタッチはハジマーコスとは全く異なり、クラヴィコードがビリつくような強靭なアクセントはつけず、まさにクラヴィコードのフリクションが適切な音量をならす範囲内のもの。ダイナミックではないという意味ではなく、聴くとダイナミクスを感じます。音量の変化の幅は大きくはありませんが、その幅を無理なくつかって実に穏当ながらしっかりとしたメリハリをつけていきます。
楽器の音色はチェンバロなどのクッキリした響きとは異なり、中音域の柔らかな響きと高音域のいつも感じるツィンバロンのような響きが乗った繊細な響きが特徴。今まで聴いたどのクラヴィコードのアルバムよりも音域のバランスがいいですね。
アドラムはまさにこの美しいクラヴィコードの音に集中しろと言わんばかりに、速めのテンポによるオーソドックスな演奏。フレーズごとの表情もしっかりつけて、また、ここぞというときにはクラヴィコードがビリつく寸前まで強めのタッチでクラヴィコードを鳴らしきります。
これがハイドン自身が聴いていた音なのかと思うと感慨も一入。ハイドンが作曲していた部屋でハイドン自身の演奏を聴いているような錯覚に襲われます。実に興味深い響きです。低音域の車のノイズでふとこれは現代のものと気づきます。演奏は非常に安定しており、以下に曲ごとにに少々コメントを。

Hob.XVII:1 / Capriccio "Acht Sauschneider müssen sein" 「8人のへぼ仕立屋に違いない」 [G] (1765)
オーストリア民謡の子供の数え歌の素朴な調べをもとにした変奏曲。1765年とハイドンがエステルハージ家の楽長に昇進する前年の作品。ハイドンならではのユーモアが曲に込められる端緒となった曲でもあります。歌詞は「男が8人いれば猪の去勢が出来る。2人は前から、2人は後ろから、2人は捕まえて、1人は縛って、、、」というような感じ。ジャケットのブリューゲルによる「村のダンス」はこの曲のイメージを伝えるものでしょう。演奏は数え歌を変奏曲にした感じが良く出て、素朴な音色で、くっきりとユーモラスなメロディーを奏でていきます。まさにブリューゲルの絵を彷彿とさせる情景が思い浮かびます。

Hob.XVI:32 / Piano Sonata No.47 [b] (1776 or before)
ピアノで聴き慣れた曲ですが、古楽器の演奏だとどうしてもこれまで聴き劣りした印象がつきまとっていました。アドラムの演奏はまさにクラヴィコードの音色で再構成した演奏。まったく聴き劣りするどころか、こちらがオリジナルだと思わせる説得力があります。迫力が劣るどころか、非常に迫力を感じる演奏。独特の高音域の響きが深い味わい。2楽章のメヌエットで特に印象的です。

Hob.XVII:7 / Variazioni [D] (1766)
録音数も少ない珍しい変奏曲。1曲目と同様、ユーモラスな曲調ですが、演奏はじつに楽しげ。この曲のベストと言っていいでしょう。クラヴィコードの音色が実にいい味を出しています。アドラムの演奏は曲の真髄をつく実にキレのいいフレージング。クラヴィコードの底力がわかりました。ハイドンが楽しげに作曲している現場に居合わせているよう。

Hob.XVI:24 / Piano Sonata No.39 [D] (1773)
この曲もピアノで聴きなれた曲ですが、入りの一音からクラヴィコードの最上の響きにうっとり。クラヴィコードが奏でるもっとも美しい音を知り尽くした人の演奏だけに、まるでおとぎの国の音楽のように聴こえます。本格的なソナタですが、クラヴィコードの演奏がベストと思える素晴らしい響き。

Hob.XVI:29 / Piano Sonata No.44 [F] (1774)
冒頭からタッチのキレに鳥肌が立ちそう。クラヴィコードの宇宙に吸い込まれます。これだけの楽器と演奏の腕前をもっていたら幸せでしょう。まさにハイドンのソナタは自ら弾いて楽しむというものであることがよくわかります。速いパッセージの流れるような鮮やかさはクラヴィコードの音色もあって、目もくらむよう。

Hob.XVII:6 / Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
最後に大曲が配置されています。ここまで演奏を聴いてクラヴィコードの表現力と音色の魅力が十分に理解できていますので、このハイドンの成熟期の大曲をクラヴィコードで演奏する事にまったく違和感はありません。アドラムの秀逸な表現力、しかも自然さとダイナミックさも感じられる演奏によって、この曲のまた新しい魅力が浮き彫りになります。さりげないフレーズの美しさが際立つと同時に、緻密な構成と劇的な展開に打たれます。

このアルバム、ちょっと言葉では言い尽くせない感動とともに、いままでクラヴィコードという楽器のこれほどまでの素晴らしさを知らなかったということに対する反省も感じました。奏者でもあり、楽器製作者でもあるデレク・アドラム入魂の演奏。まさにクラヴィコードを知り尽くした人にしか到達しえない高みを感じます。晴天の山頂にたどり着いた人しか見る事のできない紺碧の宇宙のような深い空と絶景、そして風と空気、静けさ。まさにそんな気持ちにさせられる素晴らしいアルバム。部屋にハイドンが来て弾いているよう。もちろん全曲[+++++]としました。

以前書いたハジマーコスの記事ですが、書いた時にも迷いが少々ありましたが、このアルバムを聴いて、評価を見直し、一つ下げました。

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ジョアンナ・リーチのスクエアピアノ2枚目

以前取り上げて、雅な音色がとても良かったジョアンナ・リーチのハイドンのピアノソナタ。前回取り上げたアルバムの他にもう1枚ハイドンのソナタの録音があることを知り注文しておいたもの。だいぶかかりましたが無事入荷したのでレビューしておきましょう。

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http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=3789533

以前の記事はこちらをご覧ください。

ハイドン音盤倉庫 : ハイドン時代のスクエアピアノの音

本アルバムの収録曲目はソナタ5曲(XVI:37、36、23、34、51)とカブリッチョ(XVII:1)の6曲。前回取り上げたアルバムは曲ごとに違った楽器で弾いていたのがアルバムの演出でしたが、今回のアルバムは1823年製のスクエアピアノ(Stodart square piano)で通しています。修復者の名前もありアンドリュー・ランカスターという人。ついでに調律者はマーティン・ネスと言う人。収録年月日は記載がありませんが、2001年制作のアルバムとなっています。レーベルはイギリスのATHENE RECORDS。

出だしは非常にオーソドックスな古楽器でのソナタの演奏という感じ。フォルテピアノの音色と比べると、中音、高音域の音色が中心となり、低音域の伸びは今一つ。音色としての特徴というとやはり中高音の不思議な響きにあると言っていいでしょう。大正琴のようなというか何か不思議な雰囲気がします。XVI:37の1楽章はは律儀なテンポに乗って、まずは雅な音色で聴かせます。2楽章はぐっとテンポを落として、詩的な表情を際立たせます。3楽章は再び律儀な展開。1曲目から音色の魅力が十分発揮されます。クラヴィコードやチェンバロの場合、強弱の変化がなかなかつけられず平板な演奏になりがちですが、スクエアピアノの強弱の変化は思ったほど弱くなく、メリハリも十分ですね。

続くXVI:36は、低音弦のアタック感に特徴のある曲。意外に悪くありません。左手のアタック感は箱庭的な限界もありますが、箱庭ならではの緊密感がなくもありません。ただしフォルテッシモの音はちょっとビリ付き気味。楽器の限界を早くも感じさせてしまってもいます。2楽章、3楽章はちょっと大人しめの演奏と聴こえました。

XVI:23は、シンプルな曲調がスクエアピアノの音色にぴったり。1楽章からハイドンのメロディーをクッキリ生かすなかなかの緊張感。強弱の付け方もそれなりの巧さを感じます。2楽章も緊張感が続き、シンプルな音階の中から素晴しい叙情性を引き出していますね。3楽章のさらっとした感触も秀逸。この曲はこのアルバムの白眉。素晴しい集中力と音楽性。

XVI:34はどうしてもブレンデル盤の響きが耳についてしまいます。前曲同様演奏は悪くないんでしょうが、この曲の調性と調律の関係か、響きが濁るというか、特に高音の混濁感が最後まで耳にのこってしまいます。また、左手のアクセントも前曲ほどのキレもなくすこし流されているような演奏。2楽章はそれほど悪くありません。3楽章もジプシー風?の特徴あるメロディーが雅な雰囲気で奏でられますが、若干リズムが重くキレは今ひとつ。一聴してそれほどムラがあるようには聴こえないんですが、よく聴くと曲ごとにだいぶ善し悪しが分かれますね。

XVI:51は作曲年代からするとハイドン最後期のピアノソナタで2楽章の短い曲。アンダンテとプレストの構成でハイドンが力を抜いて作曲した気楽な曲との印象です。演奏もさっぱりとした曲調をそのまま再現したような演奏で曲調を生かしています。楽器の特徴に合っていますね。

最後はカプリッチョXVII:1。副題は「8人のへぼ仕立屋に違いない」ということですが、あんまり意味はよくわかりません。カプリッチョは奇想曲とのことで軽快な器楽曲などにつけられるものとのことで、前曲同様、演奏もさっぱりしたもの。

評価は、XVI:37、51が[++++]、3曲目の23が[+++++]、残りのXVI:36、34、カプリッチョが[+++]としました。企画もの好きの私としては、スクエアピアノでのピアノソナタ演奏という本アルバムは基本的に好きな種類のもの。このアルバムも曲による出来に差はあるものの、それも音楽を聴く楽しみの一つと理解しています。このアルバムをリリースすること自体、ハイドンの曲にまた新しいスポットライトを当てようと言う素晴しい試み。この心意気を買わぬ訳にはいきませんね。

ハイドンを愛好する方には是非聴いてほしいアルバムですね。こうゆうアルバムは手に入るときに手に入れておかないと二度と手に入らないことになってしまいますよ~(笑)

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プロフィール

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Author:Daisy

なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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2017年7月のデータ(2017年7月31日)
登録曲数:1,361曲 登録演奏数:10,291
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