ドイツ・バロックゾリステンによるディヴェルティメント「誕生日」(ハイドン)

今日は軽めのアルバム。先輩愛好家に教えていただいたアルバムが気になって、amazon.co.uk で注文したもの。

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ドイツ・バロックゾリステン(Die Deutschen Barocksolisten)の演奏で、ハイドンのディヴェルティメント「誕生日」(Hob.II:11)、フローリアン・レオポルド・ガスマンのオーボエ、ヴィオラ、チェロ、バッソのための四重奏曲、グレゴール・ヨゼフ・ヴェルナーのフルート、ヴァイオリン、通奏低音のための協奏曲の3曲を収めたアルバム。収録は1977年10月29日から30日、ドイツのケルンの西のブラウヴァイラー(Brauweiler)にあるブラウヴァイラー修道院(Abtei Brauweiler)でのセッション録音。レーベルは独FSM ADAGIO。

このアルバム、タイトルは”Galante Musik aus Wien”ということで、「ウィーンのギャラント様式音楽」とでも訳すのでしょうか。このアルバムは18世紀中盤、ハプスブルク家によって音楽の中心都市として栄えたウィーンにおけるバロックから古典期への移行期、装飾的な音楽から明晰な音楽への移行期の音楽を表すギャラント様式や多感様式の音楽音楽を集めたもの。このころウィーンの音楽は特に歌劇においてイタリアから大きな影響を受けつつありました。

ハイドンは18世紀中頃は、来たるシュトルム・ウント・ドラング期を前にして、1761年にエステルハージ家の副楽長に就任、その時の楽長がヴェルナーであったことは皆さまご存知のとおり。ヴェルナーは1693年生まれでハイドンが副楽長に就任した3年後の1766年に亡くなります。そしてこのアルバムに曲が収められたガスマンはウィーンで活躍したチェコの作曲家で、サリエリの師匠だったそう。1729年生まれとハイドンより3歳年長ですが、1774年と早くに亡くなっています。この18世紀中頃にウィーンの周りで活躍した3人の音楽家の作品を並べるという企画です。

ハイドンについては18世紀中盤、ハイドンの作品の中では初期の作品からギャラント様式を感じさせる曲を選んだということでしょう。もともとギャラントとは「軽快で優美な」との意ゆえ、ディヴェルティメントはそうした印象に最も近い曲と言っていいでしょう。だいぶ時を経た現代からみると、ハイドンだけが歴史の荒波を超えて聴き継がれてきたものであり、他の2曲とはやはり出来が違います。

ハイドンのこの曲は1763年ごろの作曲とされ4楽章構成で6声部のディヴェルティメント。既に1765年頃には多くの楽譜が出版され、広く知られた曲となっていたようです。このディヴェルティメントには「誕生日」というニックネームがついていますが、2楽章では2丁のヴァイオリンがオクターブはなれて、まるで夫婦のように寄り添って誕生日を祝うようすが描かれているとの事。この2楽章は「夫婦」とも呼ばれています。これはハイドン自身によって仕込まれたユーモアだと思われており、こうした特徴によって曲が有名になったものと思われています。

手元にはこのアルバムを含めて7組のアルバムがあり、そのうち4組はこれまでに記事にしています。

2014/08/11 : ハイドン–室内楽曲 : ディヴェルティメント・ザルツブルクのディヴェルティメント集(ハイドン)
2014/05/17 : ハイドン–室内楽曲 : シェーンブルン・アンサンブルのディヴェルティメント集(ハイドン)
2014/03/08 : ハイドン–管弦楽曲 : リンデ・コンソートのディヴェルティメント集(ハイドン)
2012/09/26 : ハイドン–室内楽曲 : ベルリン・フィルハーモニー・ソロイスツの「誕生日」

また、奏者のドイツ・バロックゾリステンはドイツ系の名手の集まりのようで、他のアルバムでもソロを担当する奏者が名を連ねます。

Hob.II:11 Divertimento "Der Geburtstag" 「誕生日」(6 Qurtette fur Flote, Violine, Viola und Violincello Op.5 Nr.6) [C] (c.1763)
入りから優雅の極み。まさに演奏を楽しむような愉悦感に富んだ演奏。ゆったりとしたテンポに合わせて、フラウトトラヴェルソにバロックオーボエが歌い、弦楽器陣が控えめながら楽しげにサポート。表現を追い込むなどという野暮なことはせず、ゆったりと演奏していきます。
2楽章のアンダンテは弱音器付きのオクターブはなれたヴァイオリンがさえずる鳥のように控えめな幸せを表現しているよう、メロディーもハーモニーもシンプルそのものですが、単調な印象はなく、実に奥行きのある音楽。これぞハイドンの真骨頂というところ。まさに夫婦が誕生日を祝いあうようなやりとりと聴こえます。
つづく3楽章のメヌエットもメロディーはシンプルそのものですが、丁寧な演奏から浮かび上がる音楽の楽しさ。中間部の変化もゆったりとした流れの中で聴かせる名人芸。この演奏、音楽の楽しさを表現することにかけてはこれ以上の演奏はありえないほど完成度が高く、実に微笑ましい。
そして終楽章は変奏曲。最初のテーマをもとに次々と変奏が進みます。まずはチェロがメロディーを繰り返し、そしてフラウトトラヴェルソが続き、装飾音を加えて華やかさを増します。そしてヴァイオリンソロ。バロックオーボエと続きますが、バロックオーボエの響きの艶やかさがひときわ鮮やか。再びヴァイオリンソロ、そしてこれまでの楽器が次々とメロディーを受け継いでアンサンブルの面白さが浮かび上がります。変奏のアイデアが次々と広がり、これほどシンプルな曲なのに音楽的な完成度は素晴らしいものがあります。最後は最初のテーマの提示部と同様の響きに戻って曲を閉じます。練習曲のように簡単な曲なのにハイドンの魔法がかかって素晴らしい音楽に仕上がります。

つづくガスマンの曲もシンプルながら華やかさとなかなか緻密な構成が魅力的な曲。ですが、ハイドンの曲のあまりの素晴らしさの前にはやはりレベルの差はついてしまうところ。そして、ハイドンの前任の楽長ヴェルナーの曲はかなり古風。時代もレベルもかなりの差があるのが正直なところ。

「ウィーンのギャラント様式音楽」と名付けられたアルバムですが、3人の作曲家の作品からこの時代の空気のようなものが浮かび上がってくる好企画と言っていいでしょう。そして結果的にはハイドンの先進性というか音楽性が際立つことになりました。ドイツ・バロックゾリステンの演奏は実に落ち着いたもので、この曲の魅力を完璧に表現する素晴らしい演奏。この演奏を聴くと、音楽とは技巧により成り立つものではないと改めて思い知らされます。技術的には難しいところは一つもなさそうな曲ですが、これほどに豊かな音楽を感じさせる演奏はそうできるものではありませんね。評価は[+++++]とします。

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tag : ディヴェルティメント ヴェルナー ガスマン

エステルハージ・バリトン・トリオのバリトン三重奏曲集(ハイドン)

LPが続いてスミマセン。ただ、あまりに素晴らしい演奏なのでこのアルバムは取り上げざるを得ません。

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エステルハージ・バリトン三重奏団(Esterházy Baryton Trio)による、ハイドンのバリトン三重奏曲11曲(Hob.XI:85、XI:37、XI:121、XI:71、XI:117、XI:113、XI:97、XI:109、XI:70、XI:96、XI:48)を収めたLP2枚組。収録情報は記されておらずPマークが1977年との記載のみ。レーベルは独EMIのELECTROLA。

このアルバムもディスクユニオンの売り場で発見したもの。バリトントリオのアルバムは見かければ無条件に手に入れていますが、このアルバムの存在は知りませんでした。幸いLPのコンディションも非常に良く、針を落とすといきなりバリトントリオ独特の典雅な世界に引き込まれます。非常に落ち着いた演奏から漂う、バリトンの摩訶不思議な音色に興じます。

収録曲を所有盤リストに登録する段階で気づきましたが、ヴィオラの奏者のみ異なる同名のトリオによるEMIのCDを既に所有しており、そのCDはこのLPの続編として1980年にLPでリリースされたものとわかりました。このアルバムの奏者は次の通り。

バリトン:リッキー・ジェラルディ(Riki Gerardy)
ヴィオラ:チャバ・エルデーイ(Csaba Erdélyi)
チェロ:ジョナサン・ウィリアムス(Jonathan Williams)

リッキー・ジェラルディはチェリストで、ヨーロッパでは名の知れた人。バリトンは独学で習得し、チェロでの無伴奏の演奏同様、バリトンにおいても無伴奏のリサイタルを開くなどバリトンでの演奏技術についても意欲的に取り組んできた人とのこと。チャバ・エルデーイはブダペスト生まれで、メニューヒンに師事しイギリスを代表するヴィオラ奏者。ジョナサン・ウィリアムスはピエール・フルニエに師事し、イギリス室内管の世界ツアーなどにも帯同する他、BBCなどの放送でも活躍している人。それぞれ腕は確かな人のようです。

ちなみに手元にあったEMIのCDの方を聴いてみると、LPとは異なり、典雅なというよりかなりキビキビとした演奏で、奏者だけでなく演奏の雰囲気も少し異なります。また収録曲も今日取り上げるLPの方に有名曲が集中しているため、やはりこちらのLPの方が聴きごたえがあります。ということで、今日は11曲の収録曲の中から録音の多い有名な2曲のみ取り上げます。

Hob.XI:97 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (before 1778, 66?)
バリトントリオを代表する曲。3楽章構成の多い中、この曲だけがアダージョ、アレグロ・ディ・モルト、メヌエット、ポロネーズ、アダージョ、メヌエット、フィナーレの7楽章構成。厳かな入りから実に落ち着き払った演奏。いきなりチェロとヴィオラとバリトンのえも言われぬ不可思議な響きの世界に入ります。時折りポロリと鳴るバリトンの開放弦を爪弾く音がバリトンの存在感を主張しますが、低音楽器3本による音楽はもちろんゆったりとした雰囲気を醸し出します。この落ち着いた雰囲気がバリトントリオの真髄。メロディーは比較的単純で、ニコラウス・エステルハージ候と演奏するためにハイドンが大量にバリトントリオを書いた微笑ましい背景を考えると、テクニックを要さず不思議な響きのアンサンブルと楽しむという目的での完成度は非常に高いものと改めて唸ります。演奏はそうした背景も踏まえた、ストレートにアンサンブルを楽しむ感じがよく出たもの。
2楽章は、少し技巧が上がり、代わる代わる音階の面白さでアンサンブルを組み立てます。バリトンのちょっと潤いに欠けるざらついた音色と素朴なアンンサンブルが地味に曲を盛り上げます。これは演奏したら楽しいでしょうね。めくるめく音階の繰り返し。
続くメヌエットは、クァルテットのメヌエット同様、ハイドンの創意の素晴らしさが光りますが、楽器のバランスがクァルテットとは異なることで、曲の雰囲気も変わります。舞曲らしいリズムを楽しんでいるうちに、突然バリトンの開放弦の不可思議な響きが加わりハッとさせられます。これまでに聴いた録音の中でも最もバリトンが雄弁な演奏ですね。
続くポロネーズはかなり大胆にリズムを刻みます。ユニゾンでグイグイメロディーを引っ張りますが、この辺りのハイドンのアンサンブル構成も見事。
そして、ぐっと暗く沈むアダージョ。いつもながらこのハイドン独特の展開の面白さは絶品。このような曲であっても、音楽の展開の切れ味は手抜きなし。曲が進むにつれ、聴いている方も唸りっぱなし。特にこのエステルハージ・バリトン三重奏団の演奏も、曲を鮮やかに展開させるので、曲の面白さが思い切り引き立ちます。
短いメヌエットを挟んでフーガによるフィナーレに入りますが、ザクザクとダイレクトに響く各パートの織りなすアンサンブルの面白いことと言ったらありません。これは名演ですね。

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Hob.XI:109 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [C] (before 1778, 72-78)
こちらはアダージョ、アレグロ、メヌエットの3楽章構成。郷愁を帯びた中世のころのようなメロディーを静かに奏でる入り。一つ一つのフレーズを実に丁寧に演奏していくことで、ハイドンの書いたメロディーがしっとりと響きます。1楽章のしっとり感を拭うように、2楽章はリズムの角を立てて各楽器がせめぎ合いながら音を重ねていきます。似た音域ながら、楽器それぞれの響きの違いがあり、その違いを生かして曲が書かれているのがわかり、流石のハイドン、玄人好みとはこのこと。それぞれの楽器の高音域の響きの違いにスポットライトが当たります。
そして、曲の最後に置かれたメヌエットは、曲間にある時に増して存在感が際立ちます。アンサンブルが単純なだけにリズムのキレの効果はてき面。弾む曲想に、独特の雰囲気の中間部、再びの弾むメヌエットで曲を閉じますが、見事に締まった感じがするのが流石です。こりゃ面白い。

エステルハージ・バリトン三重奏団による、ハイドンのバリトントリオ11曲を収めたLPですが、直接音重視の時代にしては超鮮明な録音によって3台の楽器が目の前で鳴り響く絶好の定位感。これまでに聴いたバリトントリオの録音の中でもバリトンという楽器が鮮明に響く演奏であり、しかも落ち着き払った堅実な演奏によって、曲自体の面白さも際立つ名演奏と言っていいでしょう。針を落として聴き始めるとグイグイと引き込まれる演奏です。不思議と同じアンサンブルによる別の曲のCDとは聴かせどころが異なり、こちらの方が数段面白いですね。評価は今日取り上げなかった曲も含めて全曲[+++++]としました。CD化に耐えるマーケットはないでしょうから、せめてデジタル音源などで残してほしいものです。そういう意味でこれは貴重なLPですね。

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tag : バリトン三重奏曲 古楽器 LP

ムジカ・ドメスティカのフルート三重奏曲集(ハイドン)

今日はフルートトリオ。

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TOWER RECORDS / amazon / ローチケHMVicon

ムジカ・ドメスティカ(Musica Domestica)の演奏で、ハイドンのフルート三重奏曲3曲(Hob.XV:16、XV:15、XV:17)を収めたアルバム。収録は1994年12月、ロンドンの南東50kmにあるフィンチコックス美術館(Finchcocks Museum)でのセッション録音。レーベルはノルウェーのSIMAX classics。

前記事に続き、このアルバムも湖国JHさんから貸していただいているもの。最近当ブログではトリオものの名演を相次いで取り上げているため、トリオには目を光らせているつもりが、これまたコレクションの隙間を突かれた形です。とは言っても突かれて嬉しいのが正直なところ。自ら選んでないアルバムは実に新鮮な気持ちで聴くことができます。

奏者のムジカ・ドメスティカは、古楽器で18世紀後半から19世紀初頭までの音楽を演奏する団体。団体名は「家庭の音楽」の意。当時は室内楽は演奏会などではなく、それぞれの家庭で自分たちで演奏して楽しむものだったということに因んでいます。メンバーはこのアルバムのトリオだけではないようで、デュオからより大きなアンサンブルまでの編成までのレパートリーをこなし、イギリス、北欧諸国等を中心に活動しているとのこと。このアルバムの演奏メンバーは下記の通り。

フォルテピアノ:ブレンダ・ブレウェット(Brenda Blewett)
フルート:パウル・ワールベルク(Paul Wåhlberg)
チェロ:トルレイフ・ホルム(Torleif Holm)

それぞれ検索してもあまり情報が出てきませんので、それほど有名どころではないようです。

Hob.XV:16 Piano Trio (Nr.28/op.59-1) [D] (before 1790)
キビキビと鮮やかなブレンダ・ブレウェットのフォルテピアノのタッチが印象的な入り。フルートのパウル・ワールベルクも音階のキレの良い安定したテクニックの持ち主。そして、チェロのトルレイフ・ホルムもかなり大胆な抑揚をつけた演奏でアンサンブルを支えます。団体名の由来の通り、聴かせるための演奏と言うより演奏している奏者が楽しむアンサンブルとして聴くとこのアルバムの真価がわかります。奏者の意図がパートの掛け合いの面白さ、リズムが重なる面白さ、ハイドンを演奏する喜び表現に集中しているようん聴こえます。もちろんテクニックは十分、アンサンブルの精度も一流の奏者の演奏に引けをとるものではなく素晴らしいもの。ただ、誰かを喜ばせるために演奏するというのではなく、純粋に奏者が音楽を楽しんでいるように聴こえるんですね。「どうだ、すごいでしょ」的感覚ではなく、「ん〜、演奏するのが楽しい」的感覚(笑)。
短調の2楽章も楽章間の対比よりはメロディーに応じた表情付けに意識が集中しているよう。聴いていくうちにこちらも奏者の気持ちになってまるで自分がフレーズに表情をつけに行っているように音楽に没入しているのに気づきます。音楽を非常に身近に感じられます。奏者の意図を知って聴くことで演奏の理解が深まる感じ。
そしてフィナーレでも、表現豊かなフォルテピアノに合わせて、フルートとチェロがいい愚会にカジュアルに重なり、手作り感覚溢れた音楽が流れます。ハイドンの音楽をこれほど身近に等身大で楽しめる感覚ははじめてのもの。録音もセッション録音ながらリアリティがあって、演奏を引き立てます。これこそハイドンのトリオの演奏の真髄ではないかと、いきなり最初の曲から悟った次第。

Hob.XV:15 Piano Trio (Nr.29/op.59-2) [G] (before 1790)
冒頭からフルートの素直な響きの美しさに痺れます。テクニックが先行した風には全く聴こえないのが素晴らしいところ。程よい上手さがここち良いですね。バルトルト・クイケンのような神秘的な静謐さ、パユのような濃厚な甘さなどを感じさせるだけがフルートではないことを教わっているような気分。このちょうど良い感じが貴重なのでしょう。まさにハイドンの音楽にはこうした演奏が相応しいということなのでしょう。フォルテピアノも同様。音色はフォルテピアノそのものですが、楽器は1801年製のJohn Broadwood & Sonのグランド・ピアノ。おそらく以前訪問した浜松市楽器博物館で見てきたものの中に近いものがあるのでしょう。実に華やかないい響きの楽器です。そうした古楽器で聴く、この曲の転調が繰り返される面白さは絶品です。
続くアンダンテは音量が落ちるので、楽器の響きにさらに集中することができます。よく聴くとブレウェットの弾くフォルテピアノのタッチはブラウティハムに似ているかもしれません。表現の幅、テンポの変化を比較的大きくとり、一貫したセンスでまとめていく手腕はなかなか見事。
そしてフィナーレも一貫した表現の幅の中で演奏を楽しみます。終盤フォルテピアノの響きの余韻を繰り返す部分など、ハイドンの意図をくみ取って曲をうまくまとめます。

Hob.XV:17 Piano Trio (Nr.30/op.59-3) [F] (before 1790)
いつもながら見事なハイドンの創意に関心しながら最後の1曲を聴き始めます。前2曲とは全く異なる入りに展開。3人とも楽器をよく鳴らして自然なアンサンブルをさらに豊かに感じさせています。フレーズのそこここにコミカルな印象の部分が組み込まれているので、ホッとする瞬間と、緊張を要する瞬間の織りなす綾のようなコントラストが味わえます。楽器の音色が本来持つ雰囲気を活かすのが上手いハイドンの筆が冴えまくっているのが伝わります。しかもこの曲では程よく力が抜けて大らかな起伏がいい雰囲気。音楽をリラックスして聴くことができます。
いつもながらこの展開には舌をまく2楽章への変化。2楽章で音楽をまとめるアイデアとそれを見事にまとめる演奏。音楽の展開の気配を読み解いてまとめるフォルテピアノの絶妙なフレージングを軸にフルートもチェロも寄り添って、しなやかに演奏が進みます。やはり最後までアンサンブルの演奏を純粋に楽しむような雰囲気は変わらず。最後はきっちりまとまった感を示して終わるあたりも手馴れたもの。いつものように演奏を楽しんだねとでも言いたそうに終わります。

このアルバム、ライナーノーツなどを読まずに最初聴いたときには、取り立てて個性的な演奏でもないことからレビューに取り上げるつもりはなかったんですが、一応演奏者のことなどを調べて見るうちにちょっと興味が湧いてきて、再度聴き治すと、この地味ながらしっかりとした演奏の良さが実にいいと思えてきた次第。このアルバムよりキレのいい演奏はたくさんありますが、ハイドンのトリオとは本来このアルバムのように、身近で演奏して楽しむものということが一番よくわかる演奏というのが私の見立て。最初は[++++]としていましたが、この演奏スタンスを買って[+++++]に修正です。鳥肌が立つような見事な演奏ではありませんが、じっくりと曲の面白さを味わうにはちょうどいいアルバムと言っていいでしょう。こう書くと、これも聴きたくなってくるはずです(笑)、皆さん!

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tag : フルート三重奏曲

トリオ・ヴィエナルテのピアノ三重奏曲集(ハイドン)

久々に湖国JHさんからアルバムの束が届きました。今日はその中からの一枚。

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TOWER RECORDS / ローチケHMVicon

トリオ・ヴィエナルテ(Trio Viennarte)の演奏による、ハイドンのピアノ三重奏曲3曲(Hob.XV:27、XV:28、XV:29)を収めたアルバム。収録は2000年4月、旧自由ベルリン放送(現ベルリン=ブランデンブルク放送)第3ホールでのセッション録音。レーベルは独CAMPANELLA Musica。

このアルバム、ジャケットを見ると、手元にあると思って所有盤リストを見てみてもありません。ただし、このジャケットは確かに見覚えがあると思ってCDラックを探してみると、ありました! 実は同じレーベルの別のアルバム。同じような雰囲気のレイアウトでハイドンのモノクロの肖像画をあしらったジャケットゆえ既視感満点。ということで、これまでもいろいろなところで見かけても、手元にあると勘違いして注文もしてこなかったということです。こういうこともありますね。

さて、奏者のトリオ・ヴィエナルテは美人女性3人によるトリオ。いつもながら、それをアイドル路線でアルバムにしてくるのではなく、しっかりとしたプロダクツに仕立ててくるところにレーベルの見識を感じます。ジャケットの扉を開けるとこの写真が。

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この写真はアルバムの内側なので、このアルバムをもし店頭で見かけたとしても見られません。こちらを表にした方が売り上げに貢献したかもしれませんね(笑) メンバーは下記の通り。

ヴァイオリン:ヴェロニカ・シュルツ(Veronika Schulz)
チェロ:ジュリア・シュライフォーゲル(Julia Schreyvogel)
ピアノ:マリア・ロム(Maria Rom)

トリオ・ヴィエナルテは1996年に設立されたトリオ。メンバーは1970年から74年にウィーン生まれで、ウィーンで音楽を学んだ人。ウィーンのコンツェルトハウスで開催された青少年音楽コンクールでのデビューコンサートは非常に高く評価され、その後「若者の表彰台(Podium of Youth)」と題された一連のコンサートはヨーロッパ各国や南アフリカで開催されました。またシャーンドル・ヴェーグ・アカデミーではメナム・プレスラーやアルバン・ベルク四重奏団のメンバーに師事していました。なお、ヴァイオリンのヴェロニカ・シュルツは、ウィーンフィルの首席フルート奏者を長く勤めたウォルフガング・シュルツの娘とのこと。今回調べてみると、ウォルフガング・シュルツは2013年に亡くなっていたんですね。録音はこのアルバムの他にcamerataレーベルにブラームスのピアノトリオがあるくらいで、トリオのウェブサイトも見当たらないことから、現在は活動していないかもしれませんね。

さて、名盤ひしめくピアノトリオであり、しかもハイドン絶頂期の名曲3曲ということで。聴く方もちょっと前のめり気味(笑)

Hob.XV:27 Piano Trio (Nr.43/op.75-1) [C] (1796)
録音は残響が多めですが鮮明。鋭利な刃物で音楽を切り取っているような鮮度抜群な演奏。各パートが火花を散らしながらしのぎを削る感じがまさにライヴのよう。これは好みのタイプです! 各パートの精度はほどほどなんですが、勢いというかエネルギーはものすごいことになっています。マグマが噴出するような熱いエネルギーがほとばしります。この3曲セットの冒頭を飾るアレグロから見事の一言。
続くアンダンテでこのトリオの表現の幅を確認しようとする意図で聴きますが、意外にさりげないさっぱりとしたタッチできます。そうこうするうちにやはりライヴ的な盛り上がりに包まれます。やはりこのトリオ、ライヴ感が信条のようです。極上のライヴを楽しんでいるような至福の境地。
フィナーレも一貫した演奏。特にピアノのマリア・ロムの鮮やかなタッチが印象的。ヴァイオリンのヴェロニカ・シュルツも鮮やかなボウイングでキレの良さを見せつけ、チェロのジュリア・シュライフォーゲルも深みよりキレのタイプ。終盤の盛り上がりの集中度合いも見事なもの。1曲目からノックアウトです。

Hob.XV:28 Piano Trio (Nr.44/op.75-2) [E] (1796)
1曲目とまったく同じくライヴ感満点の演奏。音楽が活き活きと弾みダイナミックに展開します。どこかのパートが目立つということではなくアンサンブルとしてバランスが良く、ハイドンのピアノトリオの理想的な演奏。これは外連味なくキレのいいピアノの功績でしょうか。室内楽としての演奏の完成度が非常に高いということでしょう。耳を澄ますとピアノは早いパッセージをクリアにではなく流れるようなタッチで滑らかに弾いてきますが、それが過度に目立たぬことに貢献しているよう。覇気に満ちたピアノもいいものですが、こうして音楽の骨格を支えるピアノこそバランスの良い演奏の基本ですね。
続くアレグレットは前曲同様さっぱりとした表情で入りますが、その中から慈しみ深さが滲み出てくるような演奏です。ここではピアノの自然ながら彫りが深い美しいタッチが圧倒的な存在感。ヴァイオリンとチェロも寄り添いながら終盤にグッと力が入ります。
前楽章のエネルギーをさらりと受けて再びさっぱりとした入り。落ち着いた演奏からハイドンの終楽章のアイデアに満ちた構成の面白さが浮かび上がります。前曲同様非常に完成度の高いアンサンブル。

Hob.XV:29 Piano Trio (Nr.45/op.75-3) [E flat] (1796)
演奏が安定しているので、曲を存分に楽しむことができます。大波の合間に時計を刻むような瞬間が挟まれる独特の曲想の面白さが浮かび上がります。3人とも各パートの演奏はかなりダイナミックで、それが響きあうように重なり、3人の演奏なのに室内楽を超えるようなダイナミックさに聴こえます。この3曲の中でも格別構成感を感じさせる1楽章が見事に引き締まります。
すっと力を抜いた2楽章の入り。落ち着いた響きがこれまでのエネルギーを覚まし、ハイドンが書いた曲想の展開の面白さを鮮やかに印象付けます。曲の流れを踏まえていい具合に力が抜け続けているのがポイントでしょう。そしてそのまま終楽章に入ります。この3曲の結びのように華麗なメロディーが明るく鳴り響き、それにヴァイオリンとチェロがいい具合に寄り添います。展開部でアーティスティックに振りますが、最後はリラックスして爽やかに終えます。

トリオ・ヴィエナルテによるハイドンの傑作ピアノトリオ集、ライヴ感あふれる見事な演奏でした。際立つのはアンサンブルとしてのまとまりの良さ。全員が腕利き揃いなのに加え、室内楽としての呼吸がピタリと合って絶妙の演奏。セッション録音ながらライヴ収録と言われてもわからないくらいの活き活きとした表情が魅力の演奏です。これはウィーンを同郷とする同世代の女性のトリオだからでしょうか。残念なのはこのアルバムともう一枚のブラームス以外にアルバムがリリースされていないこと。これだけの才能を持つトリオゆえ、ぜひハイドンの録音ももう少し期待したいところです。評価は3曲とも[+++++]と致します。

湖国JHさん、今回もいきなりいいアルバム、ありがとうございます!

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tag : ピアノ三重奏曲 美人奏者

バセットホルン三重奏によるバリトントリオ(ハイドン)

いやいや、珍しいアルバムを見つけました!

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ル・トリオ・ディ・バセット(Le Trio di Bassetto)による、ハイドンのバリトン三重奏曲6曲(Hob.XI:96、XI:97、XI:123のアダージョのみ、XI:65、XI:87、XI:69)を収めたアルバム。収録は2010年3月17日から19日にかけて、フランス東部のストラスブール近郊の街、サルブール(Sarrebourg)の聖ウルリッヒ修道院の講堂(auditorium du couvent de saint ulrich)でのセッション録音。レーベルはharmonia mundi傘下のK617。

このアルバム、amazonでハイドンのピアノ三重奏曲の未入手のアルバムを物色中に発見したもの。なぜかTOWER RECORDSなどでは見かけないアルバムです。

ご存知のとおり、ハイドンは仕えていたニコラウス・エステルハージ候が好んだバリトンと言う不思議な楽器のためにかなりの数の作品を残しており、バリトン・トリオを126曲、バリトン八重奏曲を7曲、バリトン五重奏曲を1曲残しています。バリトンのための曲は何度か取り上げてレビューしています。

2014/07/09 : ハイドン–室内楽曲 : ウィーン・ベルヴェデーレ三重奏団のディヴェルティメント集(ハイドン)
2014/03/23 : ハイドン–室内楽曲 : ダヴィド・ゲリンガス/エミール・クラインのバリトン二重奏曲集(ハイドン)
2013/11/14 : ハイドン–室内楽曲 : ゲリンガス・バリトン・トリオのバリトン三重奏曲集(ハイドン)
2013/06/29 : ハイドン–室内楽曲 : エステルハージ・アンサンブルのバリトン五重奏曲
2013/05/03 : ハイドン–室内楽曲 : イジー・ホシェク、ドミニカ・ホシュコヴァーによるバリトン二重奏曲集
2011/06/30 : ハイドン–室内楽曲 : 【新着】バレストラッチのバリトン三重奏曲集
2010/12/21 : ハイドン–室内楽曲 : 【年末企画】アンサンブル・リンコントロのバリトン・トリオ

なかでもバリトンという不思議な音色を奏でる楽器のために書かれたトリオを、この不思議な音色の特色を取り除いて曲自体の面白さを浮き彫りにしたのがリンコントロの演奏ですが、今日取り上げるアルバムは、同様の趣旨でしょうか、全てのパートをバセット・ホルンというクラリネットのような楽器で演奏したもの。し、し、しかも演奏にはグラス・ハープ、一般にはグラス・ハーモニカと言われている楽器で演奏しているという、超マニアックな趣向のアルバム。

グラス・ハーモニカといえばモーツァルトが晩年に書いたk.356(617a)グラスハーモニカのためのアダージョが有名ですが、我々想像するグラスハーモニカはテーブルの上に水を入れたワイングラスを並べたもの。ところが、これは正式にはグラスハープと呼ぶそうで、グラスハーモニカとは異なるもの。詳しくはWikipediaをごらんください。

アルモニカ - Wikipedia

今日取り上げるアルバムのレーベル名はK617で、これも曰くありげですね(笑)

さて、奏者のル・トリオ・ディ・バセットはバセットホルン奏者のトリオであるのみならず、全員グラスハープも演奏しているようです。アルバムの中にテーブルに水の入ったワイングラスを並べ、3人がこすっている写真が収められています!

バセットホルン、グラス・ハープ:ジャン=クロード・ヴェイヤン(Jean-Claude Veilhan)
バセットホルン、グラス・ハープ:エリク・ロロ(Éric Lorho)
バセットホルン、グラス・ハープ:ジャン=ルイ・ゴシュ(Jean-Louis Gauch)

バリトンの不可思議な響きをバセットホルンとグラスハープで演奏するという奇妙奇天烈な企画、これが存外に素晴らしい響きを聴かせるんですね。

Hob.XI:96 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [b] (before 1772?, 69-71)
1曲目は有名曲。3楽章構成。冒頭のメロディーは聴き覚えがあります。ちなみに上のバレストラッチ盤を取り出して比較してみましたが、バリトンのカサカサとした音色に弦楽器の織り成す独特の風情に対し、バセットホルン3本による響きは全く異なるものの、まろやかなのに陰のある不可思議な音色はバリトンに引けをとるものではありません。むしろ不可思議度はバリトンの上を行く感じ。これがクラリネットだったら、もっと洗練されているのでしょうが、いい具合に饐えた印象も加わり、味わい深い響きを聴かせます。ハイドンがバリトンのために書いた和音も実に不思議な音の組み合わせが多く、曲が進むにつれて、様々に表情を変えていく様はよく耳を澄ますとまるでラビリンスをさまよっていくよう。穏やかに曲が進みますが、音量はかなりの幅で変化していきます。最初のラルゴからアレグロに変わり、リズミカルにバセットホルンがメロディを刻みます。終楽章はメヌエットですが、いつものようにハイドンの想像力に驚きます。作曲したのはまさにシュトルム・ウント・ドラング期ということで、メロディーの端々に仄暗い気配が漂います。挨拶がわりの1曲目。

Hob.XI:97 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (before 1778, 66?)
つづく曲もバリトン三重奏曲で、こちらも7楽章構成で、録音も多い曲なので聴いたことがある人も多いのではないかと思います。前曲同様バセットホルンの不可思議な響きで再現されますが、前曲とちょっと異なるのが、1楽章からバリトン独特の、開放弦を響かせるところで、コップを叩くようなガラスの音色を加えているところ。これはグラスハープのグラスを叩いているに違いありません。実に奇抜な展開と驚きます。このバセットホルンとグラスハープによる響きがえも言われぬ心地を演出します。
1楽章のアイデアに驚くと、続く2楽章はバセットホルンの実に鮮やかなアンサンブルにハッとさせられます。木管楽器の音色の美しさを極めた演奏。
3楽章は1つ目のメヌエット。ここでもグラスハープを叩く音がそっと添えられバリトンを彷彿とさせます。あまりに巧みなバセットホルンの妙技と、グラス・ハープの織り成す音楽に興味津々。
アイデアはこれだけではありませんでした。つづく4楽章のポロナーゼでは足を踏み鳴らすような音も加わり、ほぼやりたい放題(笑) 音楽は音を楽しむと書くとおり、じつに楽しげな演奏です。
そして、またまた驚かされるのが続く短いアダージョ。ここでこれほど沈んでくるとは思いませんでした。完全に奏者の術中にはまっています。
そして6楽章目はこの曲2つ目のメヌエット。メヌエットが2つあってもアイデアとメロディーが尽きることはありません。そして最後のフィナーレはフーガでまとめてきました。驚かされるばかりの巧みな構成。メロディー、音色、アイデア、構成、演奏の全てが斬新。参りました。

Hob.XI:123 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [G] (before 1778, 72-78)
3曲目はバリトントリオからアダージョのみ抜き出し、こんどは本当にグラスハープのみの演奏。モーツァルトのグラスハーモニカのためのアダージョを彷彿とさせる、繊細なグラスハープの演奏。暑い夏ですが、まるで風鈴で涼を楽しむごとき風流さ。原曲はBrilliantのエステルハージ・アンサンブルの演奏にのみ含まれている希少な曲ゆえ、原曲の印象はあまりなく、純粋にグラスハープの心地よい響きを楽しめます。曲の美しさはモーツァルトに劣るものではありません。モーツァルトの曲は亡くなる年、1791年の作曲で、ハイドンのこの曲は1770年代の作曲ということで、モーツァルトが最晩年に到達した境地にすでにはやくから到達していたのだとでも言いたげな演奏です。

Hob.XI:65 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [G] (1767-68)
再びバセットホルン3本による快活な演奏に戻ります。アレグロ、メヌエット、フィナーレの3楽章構成。快活な導入に、独特なメロディーの面白さで聴かせるメヌエット、爽やかに展開するフィナーレとまさにディヴェルティメントの軽妙な楽しみが詰まったような曲。バリトンの演奏を愛したニコラウス侯の笑顔が目に浮かぶようです。

Hob.XI:87 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [a] (before 1772?, 69-71)
一転してリリカルなメロディーが印象的な曲をもってきました。アダージョ、アレグロ・ディ・モルト、メヌエットという3楽章構成の曲。バセットホルンの音色がさらにイキイキと響き、曲の深い陰影を引き立てます。選曲のセンスも抜群。各パートの重なり合う響きの実に美しいこと。また、メロディーに紛れて微かにバセットホルンのメカニカルキーがパタパタいう音も聴こえて、それがリアリティを増しています。リリカルさを保ちながら、楽章がかわり、テンポが上がり、こちらが予想だにしないメロディーが展開します。いつもながらハイドンの豊富なアイデアに痺れます。そしてフィナーレは落ち着いて畳みにきます。

Hob.XI:69 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (1767-68)
アダージョ・アヴェック・ヴァリエーション、メヌエット、フィナーレという3楽章構成。まるでバセットホルンのために書かれた曲のように自然に響きます。ゆったりとした行進曲のような入り。表情を緩めたり、リズムを強調したり、穏やかさに包まれながらの妙技に惚れ惚れ。バセットホルンがこれほど豊かな表情を表現できるとは知りませんでした。最後の曲で忘れかけていたところにグラスハープが顔を出してコミカルな表情を加えます。バセットホルンも強弱硬軟織り交ぜてあらん限りのテクニックを駆使します。
メヌエットはいつもながらのハイドンのアイデア博覧会のごとき様相。そしてフィナーレはあっけらかんと明るい表情でこのアルバムの締めにふさわしい晴朗な表情で締めます。

これは、驚きのアルバムです。以前バリトントリオの曲をバリトンなしで演奏した、リンコントロのアルバムやウィーン・ベルヴェデーレ三重奏団のアルバムがあり、バリトントリオの独特の音色を取り去って、曲の美しさに焦点を当てたアルバムとして、素晴らしい成果を挙げていましたが、今日取り上げたル・トリオ・ディ・バセットの演奏は、バリトントリオのバリトンの不可思議な響きのイメージを、全く異なるバセットホルンとグラスハープを用いて再構成し、原曲より素晴らしいと思わせる恐ろしい説得力と完成度でまとめてきました。私自身ちょっと衝撃を受けたアルバムです。これは、当ブログ読者の中でも室内楽に造詣の深い諸兄には是非聴いていただかなくてはなりませんね。なぜかamazon以外では見かけませんが、手に入るうちに、この不可思議ながら実に趣深い音楽にふれていただきたいものです。評価はもちろん[+++++]といたします。

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ラ・ガイア・シエンツァによるフルート三重奏曲と室内楽版「驚愕」(ハイドン)

ちょっと前に手に入れたアルバム。室内楽が沁みる歳なんですね(笑)

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ラ・ガイア・シエンツァ(La Gaia Scienza)によるハイドンのフルート三重奏曲(Hob.XV:16、XV:15、XV:17)、交響曲94番「驚愕」(ルートヴィヒ・ヴェンセスラウス・ラフニト(Ludwig Wenceslaus Lachnith)の編曲によるフォルテピアノ、フルート、ヴァイオリン、チェロの四重奏版)の4曲を収めたアルバム。収録は2008年11月、イタリア、ミラノ近郊のクレマ(Crema)という街のGiardino(庭?)でのセッション録音。レーベルは独ミュンヘンのWINTER & WINTER。

アルバムタイトルは「ロンドンのハイドン(HAYDN IN LONDON)」というもの。録音が2008年、リリースが2009年ということでハイドンの没後200年のアニヴァーサリーに当ててきた企画です。

奏者のラ・ガイア・シエンツァは古楽器の奏者の集まり。今日取り上げるWINTER & WINTERレーベルからシューベルト、ブラームスなどのトリオのアルバムがリリースされています。

フラウト・トラヴェルソ:マルコ・ブローリ(Marco Brolli)
ヴァイオリン:ステファノ・バルネスキ(Stefano Barneschi)
チェロ:パオロ・ベスキ(Paolo Beschi)
フォルテピアノ:フェデリカ・ヴァーリ(Federiva Valli)

意味深な団体名ということで調べてみると、ニーチェの著作の「悦ばしき知識」のイタリア語がラ・ガイア・シエンツァとのこと。ニーチェはこの著作で「神は死んだ」という有名な言葉を残しましたがもともとの意味は伝統的宗教からの決別したことを表すようですが、この言葉を団体名に掲げているということは、伝統的な演奏法とは決別したとの意と解すればいいのでしょうか。

メンバーはいずれもイタリア古楽器界の名手。ヴァイオリンのステファノ・バルネスキは最後に収録された室内楽版の「驚愕」にのみ登場しています。彼の演奏は協奏曲のソロを弾いたアルバムを一度取り上げています。

2014/12/02 : ハイドン–協奏曲 : ラ・ディヴィナ・アルモニアの協奏曲集(ハイドン)

このアルバムでのステファノ・バネルスキの演奏は見事の一言。完ぺきなテクニックに支えられ、自由闊達に遊びまわるような愉悦感すら感じさせる見事なものでした。記事で紹介したようにハイドンの交響曲全集の録音に着手した、イル・ジャルディーノ・アルモニコの音楽監督も務めています。
チェロのパオロ・ベスキは1980年にこのラ・ガイア・シエンツァの共同設立者。1953年イタリアのブレシア生まれ。ブレシアでチェロを学んだ後、ラ・ガイア・シエンツァの設立とともにバロックチェロに転向。1985年にはイル・ジャルディーノ・アルモニコの設立に参画しました。
フォルテピアノのフェデリカ・ヴァーリもラ・ガイア・シエンツァの共同設立者。イタリア、コモに生まれ、コモ音楽院でピアノとハープシコードを学び、室内楽の演奏家として活動後、1980年にラ・ガイア・シエンツァを設立しています。現在はコモ音楽院で室内楽とフォルテピアノを教えています。
フラウト・トラヴェルソのマルコ・ブローリは1970年、ミラノに生まれ、ミラノ音楽学校、ヴェネチアのマルチェッロ音楽院などで学び、その後フラウト・トラヴェルソをマルク・アンタイらに学びました。彼もイル・ジャルディーノ・アルモニコのメンバーであり、アッカデミア・ビサンチナなど名のある古楽器オケののメンバーでもあります。現在はパルマのアッリーゴ・ボーイト音楽学校、ミラノのクラウディオ・アバド音楽学校でフラウト・トラヴェルソを教えています。

これらの腕利きメンバーによって、ハイドンのフルート三重奏曲が穏やかに響きわたります。

Hob.XV:16 Piano Trio (Nr.28/op.59-1) [D] (before 1790)
鮮明な録音によって、空間にフラウト・ドラヴェルソ、フォルテピアノ、チェロが浮遊するように響きわたります。実に穏やか、オーソドックスな演奏。奇をてらった感じは皆無。リズムは規則正しく、ただただ各楽器の美しい音色が響きわたるのみ。このところ突き抜けた表現の演奏にいろいろ触れてきたからか、逆にこのオーソドックスさが新鮮に感じます。フォルテピアノのフェデリカ・ヴァーリが安定していながらも、イキイキとしたタッチで基調をつくっており、そのリズムにブローリとベスキが安心して身を委ねている感じ。極上のオーソドックスさ。単調に感じないのは、それぞれのパートの演奏に絶妙なメリハリを施しているからに他なりません。最初の楽章から爽やかな音楽に癒されます。
短調の印象的なメロディーが美しい2楽章。フラウト・トラヴェルソが軽やかな陰影に彩られたメロディーに仕立てあげます。フォルテピアノはドレスデンで1790年から95年に造られたルードヴィッヒ・ドゥルケン(Ludwig Dulken)という楽器のコピーですが、実に柔らかいいい音色。ヴァーリの自然なタッチが楽器の一番美しい音色引き出している感じ。
そして軽やかな印象を保ったまま、適度に快活なフィナーレにすっとつなぎます。録音が良いので各楽器の音色の美しさと、溶け合うハーモニーの美しさが際立ちます。演奏者の個性ではなく、純粋にハイドンの曲の美しさに身を任せらる極上の演奏と言っていいでしょう。

Hob.XV:15 Piano Trio (Nr.29/op.59-2) [G] (before 1790)
フラウト・トラヴェルソの美しい響きと、安定した演奏は全く変わらず、純粋に音楽を楽しむことに徹することができます。この曲の冒頭からしばらくの絶妙な転調の妙味と、ハイドンの機転を存分に堪能。脳から癒し成分が全身に回って、批評的思考回路が完全に停止(笑)。すでに気分は極楽浄土へ旅立った気分。この境地、実際に聴いていただければきっとわかります。広々とした空間にトリオの音色がゆったりと響きわたり、無駄な表現意欲によるアクセントもなく、淡々と音楽が流れます。奏者自身も無我の境地なのでしょう。クイケントリオでもこういった境地を感じますが、無我度は更に上を行きます。
美音だからこそ、控えめな表現が冴えるアンダンテ。これまでチェロに触れずに来ましたが、耳を澄ますと、完ぺきな脇役ぶり。音量も表現も控えめなんですが、フラウト・トラヴェルソとフォルテピアノの影から微塵も飛びださす、完ぺきなサポート。音楽に厚みの気配だけを加える見事さ。透明感あふれるアンサンブルは実はチェロのパオロ・ベスキの存在が大きいのかもしれません。いずれにせよ3人の絶妙な呼吸によってこの素晴らしい音楽が成り立っています。
ハッとするようなハイドンのアイデアによるリズムの面白さをさりげなく感じさせる終楽章の見事な入り。中間部でのフォルテピアノ低音のアクセントの面白さは、楽器の音色を知り尽くしたハイドンならではの表現。途中で静寂を感じさせる長い休符を挟み、作曲者をリスペクトするよう。表現意欲が前のめりにならずに実に心地よいですね。

Hob.XV:17 Piano Trio (Nr.30/op.59-3) [F] (before 1790)
曲ごとに千変万化する着想に脱帽しながら聴き進めます。モーツァルトのようなわかり易いひらめきではありませんが、このハイドンの着想の豊かさは、音楽を愛する人にこそ響く凄さがあります。前に使ったアイデアは決して使わないとでも思って書いているのでしょう。メロディーも聴かせどころも音色もすべてが新鮮。この曲は何回聴いても音楽の展開の新鮮さに驚きます。もちろん、極上の演奏だからこそ、着想の面白さに純粋に浸ることができるわけです。
さらに驚きに満ちた2楽章。この曲は2楽章構成です。練習曲のようなフォルテピアノのメロディにフラウト・トラヴェルソが加わることで、音楽が実に豊かになります。もちろん、チェロの存在もありますが、あいかわらず控えめな役に徹しています。ちょっとハッとさせられる中間部を挟んで主題が帰ってくる安心感も実に巧みな設計。変奏の一つ一つがキレているので音楽が弾みます。見事。

Hob.I:94 Symphony No.94 "Mit dem Paukenschlag" 「驚愕」 [G] (1791)
これまでのフラウト・トラヴェルソ、チェロ、フォルテピアノの三重奏にヴァイオリンが加わった四重奏に変わります。聴き慣れた驚愕の1楽章が室内楽の透明な響きで再現されます。ヴァイオリンのステファノ・バルネスキが加わったことで演奏スタイルが一変。フルート三重奏の穏やかな演奏から、すこしエッジを効かせた先鋭的な印象が加わります。もともと驚愕は4楽章構成ですが、この編曲ではメヌエットを除いた3楽章構成。主旋律はフラウト・トラヴェルソとヴァイオリン、フォルテピアノが代わる代わる担当します。ヴァイオリンが加わることで響きの印象も変わります。先ほどまでのトリオと異なり、フォルテピアノのヴァーリもリズムのキレを強調してきます。もちろん原曲のオーケストラ版では盛り上がる迫力が一番の聴かせどころですが、それをキレ味で置き換えようとしているようで、音量よりはカミソリのようなキレを強調した演奏。
アンダンテは少々速めのテンポで爽快さで聴かせます。ビックリのアクセントはヴァイオリンの鋭い音色できました。フルート三重奏の落ち着いた完成度の高い演奏とは異なり、即興性というか音楽に戯れるような無邪気さを狙っているのでしょう。驚愕の遊び心を本質的にとらえ、伝えるためにはオーケストラ版の迫力とは異なり自在な即興性で聴かせようということでしょう。1楽章よりもそのことを意識させる自在さがあります。
メヌエットがないので、ちょっと拍子抜けですが、フィナーレの軽やかな入りがうまく描けています。楽器構成の違いをもっとも感じさせないのがこのフィナーレでしょう。ヴァイオリンのバルネスキはかなり自在かつ踏み込んだ弓使い。ところどころにかなりキツイ音も散りばめて変化をつけていきます。心地よさを保っているのはヴァーリのフォルテピアノ。最後は原曲さながらのスリリングなクライマックスにもちこみ終了。これもなかなかの演奏でした。

「悦ばしき知識」という名の団体によるハイドンのフルート三重奏曲と室内楽版の「驚愕」。フルート三重奏曲と驚愕では演奏スタイルを一変させてきました。フルート三重奏曲を前に置いたのは正解でしょう。アルバムタイトルどおり、ロンドンで作曲したハイドンの曲をまとめたアルバムですが、円熟の境地を感じさせるフルート三重奏曲は、オーソドックスな演奏の最高峰と言ってよい素晴らしい演奏。この曲の入門盤として広くオススメできる名演奏です。一方驚愕の方は、ハイドンのロンドンでの圧倒的な評判から室内楽に編曲して楽しむためのものでしょうが、コミカルにさえ感じさせる即興的な演奏でまとめてきました。この表現の多彩さをもつのに、前半のフルート三重奏をしっとりとまとめた手腕は見事の一言。評価は全曲[+++++]とします。

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【新着】ミナーシ、エメリャニチェフ、トッファーノによるピアノ三重奏曲集(ハイドン)

待望のピアノトリオの新着アルバム。

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TOWER RECORDS / amazon / ローチケHMV

リッカルド・ミナーシ(Riccardo Minasi)のヴァイオリン、マクシム・エメリャニチェフ(Maxim Emelyanychev)のフォルテピアノ、フェデリコ・トッファーノ(Federico Toffano)のチェロで、ハイドンのピアノ三重奏曲4曲(Hob.XV:25、XV:38、XV:13、XV:1)を収めたアルバム。収録は2013年8月2日から5日にかけて、イタリア、ジェノヴァの西の街モンドヴィ(Mondvi)にあるアカデミア・モンティス・レガリスのホールでのセション録音。レーベルはdeutsch harmonia mundi。

このアルバム、最近リリースされたものですが、奏者の名前に見覚えがあり、注文したもの。ヴァイオリンのリッカルド・ミナーシとフォルテピアノのマキシム・エメリャニチェフの演奏は今年協奏曲集で取り上げています。

2016/02/16 : ハイドン–協奏曲 : 【新着】イル・ポモ・ドーロの協奏曲集-2(ハイドン)
2016/02/15 : ハイドン–協奏曲 : 【新着】イル・ポモ・ドーロの協奏曲集-1(ハイドン)

2人の情報はリンク先の記事を参照いただきたいのですが、リッカルド・ミナーシは指揮者としても素晴らしい力を持っており、マキシム・エメリャニチェフは最近話題のクルレンツィスによるフィガロの結婚で通奏低音を担当するなどなかなかの実力者です。チェロのフェデリコ・トッファーノは2009年にヴェネチア音楽院を卒業した若手チェリスト。すでに2005年からヴェネト音楽院管弦楽団の主席チェリストを務め、2010年にはアバドが創設したグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団、モーツァルト管弦楽団、またヴェローナで毎年開催されるアレーナ・ディ・ヴェローナ音楽祭にも参加するなどかなりの実力者。2012年にロンドンの王立音楽院でバロックチェロを学ぶと、以降はミンコフスキ率いるグルノーブル・ルーヴル宮音楽隊や前記事で取り上げたイル・ポモ・ドーロなどで活躍しています。

実力者3人が揃ってのハイドンのピアノトリオの演奏、これがなかなかのものでした。

Hob.XV:25 Piano Trio (Nr.39/op.73-2) [G] (1795)
ピアノトリオの代表格のこの曲が、今まで聴いたことのないような不思議が雰囲気で始まります。リッカルド・ミナーシのヴァイオリンは、ハイドンではなくまるで中東の音楽のような不思議な響きで入り、エメリャニチェフのフォルテピアノはゆったりと装飾音のようにヴァイオリンにまとわりつきます。ゆったりとしたテンポで瞑想の音楽のように豊かな残響の中にメロディーが漂います。この曲からこの雰囲気をつくっていく発想に脱帽です。まったく想像だにしなかった音楽にびっくり。じきにそのような気配からハイドン自体の音楽が浮かび上がってきて、いつもの愉悦感に包まれていきます。温泉につかってしばらくで体に癒しが回ってきたときのような心境。そういえば冒頭から実に癒しに満ちた音楽という印象でした。
ヴァイオリンの和音の温かい音に包まれるようなポコ・アダージョ。もちろん前楽章以上にゆったりと漂うような音楽が流れます。エメリャニチェフのフォルテピアノはキレの良いタッチではなく鍵盤をなぞるように音を置いていきます。チェロのトッファーノは息の長い音をこちらもゆったりと漂わせます。音楽が熟成しきってゆったりとゆったりと進みますが、ここぞというところでミナーシのヴァイオリンが突然輝きに満ちた美音を轟かせ、はっとさせられます。
これまでの雰囲気を断ち切るようにキレたフィナーレに入り、本当のジプシーの路上パフォーマンスのように、悪く言うと見世物のような誇張された演奏ですが、これが実に面白い。クラシックの本格的な教育を受けた人の演奏ではなく路上でチップが集められる演奏と言えばいいでしょうか。ジプシーロンドとはこう演奏するものだと初めて気づかされました。見事!

Hob.XV:38 Piano Trio (Nr.13) [B flat] (before 1760)
ぐっと時代が遡った初期の曲。今度は初期の曲を余裕たっぷりに演奏を楽しむような入り。音楽とは楽しむために演奏するものだと言わんばかり。このトリオの恐ろしいばかりの才能に気づかされます。すべてのフレーズがイキイキと踊るような躍動感あふれる演奏。今度はエメリャニチェフが主導権をとって愉悦感を存分に表現したタッチで先導します。ミナーシのヴァイオリンは引きずるような流動的なボウイングで新体操のリボンの軌跡のようにメロディーを置いていきます。明るさと仄暗さの間を行き来する実にデリカシーに富んだ音楽の素晴らしさがじわりとつたわってきます。
続くアンダンテはリズムのキレを基調とした演奏。曲ごとに自在にスタイルを変えてきます。キリリと引き締まったリズムに乗りながらもミナーシのヴァイオリンが飛び回って喜びを振りまきます。耳を澄ますとトッファーノのチェロもチェロとは思えなほどのかなりのキレ味。
初期の曲ながらフィナーレの展開の面白さは圧倒的。いつもながらハイドンの発想の豊かさには度肝を抜かされます。その発想にインスパイアされた3人がリズムとメロディーが高度に交錯した見事な演奏で応えます。あまりの見事さに呆然と聴き惚れます。ブラヴォー!

Hob.XV:13 Piano Trio (Nr.26/op.57-3) [c] (before 1789)
前曲のフィニッシュの興奮を鎮めるようなしっとりとした短調の入り。曲の配置もよく考えられています。ミナーシのヴァイオリンの奏でるメロディーのあまりの美しさにきき惚れます。エメリャニチェフとトッファーノの伴奏も完全に息が合っていて完璧。3人の表現のベクトルが微塵もずれることなく調和して、よどみなく音楽が流れます。聴き手の魂を揺さぶる深い音楽。
この曲の2楽章も不思議な音楽ですが、この演奏を聴いてはじめてハイドンの真意を理解したような気になります。冒頭から荒れんばかりの激しい曲調。この曲には、少し前に聴いたヴィヴェンテ三重奏団の見事な演奏がありますが、これは表現の深さでヴィヴェンテを上回るものがあります。次々と変化していく曲に合わせて千変万化する演奏。まるでハイドンの創意を追いかけているような刺激に満ちた演奏。クライマックスに向けてテンションが徐々に上がっていくようすは痛快そのもの。楽器が響ききっていく様子の見事さは圧倒的です。

Hob.XV:1 Piano Trio (Nr.5) [g] (c.1760-62?)
ハイドンのピアノトリオの初期の作品の素晴らしさを際立たせようというのでしょうか。挨拶代わりにジプシーロンドを冒頭に置いたあとは全て初期の曲。しかもいずれの曲もその曲のベストと言ってもいい素晴らしい演奏をならべてきて、最後にXV:1をもってきました。掴みもオッケー、そしてアルバム自体の企画も冴え渡ります。この曲がこれほど面白く響くことを再認識。雄弁なミナーシのヴァイオリン、エメリャニチェフのフォルテピアノの自在なタッチの変化、そして、他の2人の演奏の陰でリズムのキレで演奏を支えるトッファーノと3人とも完璧。印象的なアクセントが響き渡る間に音楽が心に刺さってきます。古楽器の表現力に対するこちらの想像の範囲を完全に超えた演奏。もちろん音色には雅なところもありますが、演奏は現代楽器以上にダイナミックに感じます。
メヌエットにはいるとさらにダイナミック。曲に潜むエネルギーを蘇らせているよう。フォルテピアノもチェロも鋭いアタックで音楽を引き締めています。そして間をおかずにフィナーレに移ります。エネルギーはそのまま、短いながらも創意に満ちた音楽を嵐のような勢いと完璧なコントロールでまとめます。最後まで演奏のレベルは最高な状態を保ったままでした。

イタリア人奏者3人によるハイドンのピアノトリオ4曲の演奏。古楽器によるハイドンのピアノトリオのベスト盤と言っていいでしょう。演奏の技術、精度はもちろん、そうしたことを全く意識させない圧倒的な表現力による素晴らしい演奏でした。エメリャニチェフは前記事の協奏曲集では今ひとつなところもあったのですが、このアルバムでは非の打ち所がありません。3人の息が完全に合った完璧な演奏でした。トリオの名前がなく3人の名前でアルバムをリリースしているところから、今後の録音がどうなるかはわかりませんが、是非ハイドンのピアノトリオをもう少し録音してほしいものです。評価はもちろん[+++++]とします。ピアノトリオに格別な愛着を持つ読者の方、必聴です!

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ガラテア三重奏団のピアノ三重奏曲集(ハイドン)

久々にピアノトリオです!

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ガラテア三重奏団(Trio Galatea)によるハイドンのピアノ三重奏曲3曲(Hob.XV:27、XV:28、XV:29)にクレメンティのソナタOp.27-No.2の4曲を収めたアルバム。収録は2004年5月24日から26日にかけて、 ベルギーのブリュッセルの東方の街、シント=トロイデン(Sint-Truiden)のアカデミーホールでのセッション録音。レーベルはET'CETERA。

このアルバム、ゴールデンウィーク中に前記事で書いたラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンのコンサートのために有楽町に行った際、ついでに立ち寄った山野楽器銀座本店で偶然見つけて手に入れたもの。山野楽器はネット系のTOWER RECORDSやamazonとは品揃えが異なるので、たまに行くと見たことのないアルバムが見つかるので侮れません。ただし値段は少々高め。円高のこの頃ですので、もうちょっと安いと戦闘意欲も増してくるのですが、ネット系とかなり価格差があり、何枚も物色するような気にならないのは致し方なしでしょう。このアルバムはネット系にももちろん出回っていますが、売り場で手にとってみると、ピアノフォルテはなんと、あの、トム・ベギンではありませんか。ネットでは意図して検索しないとこういう出会いはなかなかありません。

2011/12/06 : ハイドン–声楽曲 : アンドレア・フォラン/トム・ベギンによるハイドンの歌曲集
2011/11/27 : ハイドン–ピアノソナタ : 【新着】トム・ベギンのハイドン鍵盤独奏曲全集

さて、このガラテア三重奏団ですが、ネットを調べてもウェブサイトが見つかりませんので、現在は活動を継続していないかもしれませんね。ライナーノーツを読んでみると、設立は2000年で、埋もれていた18世紀の鍵盤楽器の伴奏をともなうソナタの演奏を意図したトリオとのことで、主にアメリカ東海岸の音楽祭や放送で活動していたようです。メンバーばは下記の通り。

ピアノフォルテ:トム・ベギン(Tom Beghin)
ヴァイオリン:エリザベス・ブルーメンストック(Elizabeth Blumenstock)
チェロ:エリザベス・ル・グイン(Elisabeth LeGuin)

ヴァイオリンとチェロは多くの録音に参加しているベテラン奏者とのことです。このアルバム、やはり聴きどころはトム・ベギンのピアノフォルテでしょう。このレコーディングに使用されたのはハイドンの時代のクレメンティ・ピアノのレプリカ。

Chris Caene, Ruiselede, 2004, after Longman & Clementi,1798

さて、最近はピアノトリオの名演盤をいろいろ聴いて耳が肥えております。トム・ベギンのクレメンティ・ピアノは如何に!

Hob.XV:27 Piano Trio (Nr.43/op.75-1) [C] (1796)
聴き慣れたフォルテピアノとはほんのすこし異なる響きに感じるクレメンティ・ピアノ。言われなければ違いはわかりませんが、高音が少々こもり気味、低音は逆に力強くに聴こえます。トム・ベギンのタッチはアクセントが明快で迫力もあり、早いパッセージの軽やかさもあり、冒頭の一音からキレのよいもの。ヴァイオリンもチェロもキレの良い演奏で質の高いアンサンブルを聴かせます。古楽器としてはかなり踏み込んだ躍動感を感じさせるのは、やはりトム・ベギンのリードによるものでしょう。ただし、トム・ベギンの演奏には終始冷静な視点を感じさせ、指先を自在にコントロールして躍動感を冷静に演出しているような印象があります。全体が見えているのでしょうね。
続くアンダンテでは自在にテンポを動かしながら、ハイドンの書いたメロディーのフレーズ一つ一つにくっきりと表情をつけていきます。トム・ベギンがかなり強めのアクセントと時折深い溜めを挟んで音楽を刻んでいきますが、くどい印象は皆無で、むしろ音楽がキリリと引き締まります。耳を澄ますとヴァイオリンもチェロも非常に堅実。無理に聴かせどころを作ろうとせず、しっかりと寄り添いながら適度にキレる見事な演奏。この曲の素晴らしいところは明るさと陰りが微妙に交錯しながら変化していくところ。そのあたりを落ち着いてさばくデリケートさが見事。
フィナーレはベギンのタッチの鮮やかさが聴きどころ。やはりヴァイオリンの堅実な寄り添いっぷり、チェロの見事な脇役ぶりが印象的。いますこしの輝かしさを追求してしまいたくなるのでしょうが、コントロールされた堅実さがぐっとくる演奏といえばわかりますでしょうか。聴かせどころはトム・ベギンに譲っているということでしょう。3人の高い技巧に裏付けられた素晴らしいアンサンブル。最後は響きに溺れそうになるような変わった響きに包まれる部分もあり、ヴィヴェンテとはまた異なる聴かせどころをもった演奏といっていいでしょう。

Hob.XV:28 Piano Trio (Nr.44/op.75-2) [E] (1796)
続く曲では、とぼとぼと進むトム・ベギンのクレメンティ・ピアノに合わせて入りは朴訥な雰囲気に包まれます。曲に潜む気配を察しての表現でしょうが、それをぐっと踏み込んで来るあたりに自信が窺えます。徐々に音量と迫力を増しながら曲が進み、テンポ感もだんだん良くなります。途中、一瞬、前曲最後に聴かせた柔らかな響きを聴かせてアッと言わせ、テンポを戻して落ち着いた展開。1楽章から余裕のあるアイデアで落ち着いて攻めてきます。
2楽章のアレグレットは短調の単調なリズムの入りにトム・ベギンが硬直気味にメロディーを乗せてきますが、微妙な明るさの変化のみが聴かせどころとして、リズムを刻んでいきます。このあたりは曲の構造を見通した表現でしょう。やはり間を十分にとって曲の面白さを存分に表現します。
フィナーレでも緩急自在の表現は健在。静けさをただよわせながら冷静な表現意欲がほとばしる不思議な感覚。音楽は勢いでも美しさだけでもなく気配の再現だとでも言いたげな演奏。最後をゆったりと締めるベギンのアプローチに脳が覚醒します。

間にクレメンティのソナタを挟んで、最後の曲。

Hob.XV:29 Piano Trio (Nr.45/op.75-3) [E flat] (1796)
最初の和音からいきなり長い間をとって、コンセプチュアルな入り。ハイドンに仕組まれた音楽上の機知をセンス良くデフォルメして、象徴的な印象を与え、曲に新鮮な表情をつけていくのが実に楽しそう。愉快犯的アプローチでしょう。とは言っても不自然さは皆無で、音楽の流れを保っているので聞く方にも違和感はありません。ピアノトリオの迫力ばかりではなく、じっくりと曲を味わい尽くすのに向いたアブローチ。いままで聴いてきたピアノトリオの演奏とは全く異なる静かなる感興に酔わされる演奏。いまさらながらトム・ベギンの表現力に舌を巻く次第。
2楽章はハイドンが晩年にたどり着いた枯淡の境地を代表するような枯れた美しさをを感じさせる名曲ですが、その境地を実に深い音楽として聴かせる素晴らしい演奏。穏やかながら、深い陰りを感じさせる曲。
短い2楽章が終わると、さっと気配を切り替えて明るい音階をゆったりと行き来するフィナーレに入り、2楽章との表情の対比を見事なコントラストで焼き付けます。曲の構造を印象付けるためか、かなり溜めを効かせた表現も痛快。次々と変化するフレーズを見事に描きわけ、最後は冒頭のメロディーの変奏を見事にこなしてフィニッシュ。いやいや名シェフによっていつもと違う個性的なハイドンに仕立てあげられました。

いやいや、見事な演奏でした。ガラテア三重奏団、ヴァイオリンもチェロも素晴らしい演奏ですが、なんと言ってもこのトリオの個性はトム・ベギンのクレメンティ・ピアノによるところが大きいでしょう。ハイドンのピアノトリオでは流麗、ダイナミックな演奏は多いですが、このアルバムの演奏の饒舌な語り口と、メロディーや仕組まれた機知を象徴的に響かせ面白く聴かせるコンセプチュアルなアプローチは類例がありませんでした。ピアノ・トリオの演奏を楽しむ次元が広がったような新鮮さ。このアルバム、室内楽好きな諸兄に是非聴いていただきたい名盤と言っていいでしょう。評価はもちろん[+++++]といたします。このような演奏を聴くと音楽の楽しみは無限に広がっていることがわかりますね。

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tag : ピアノ三重奏曲 古楽器

ギドン・クレーメル/ユーリ・スミルノフのヴァイオリンソナタ(ハイドン)

またまたLP。オークションで素晴らしいアルバムを手に入れました。

IMG_5279.jpg

ギドン・クレーメル(Gidon Kremer)のヴァイオリン、ユーリ・スミルノフ(Youri Smirnov)のピアノで、コレルリのヴァイオリンソナタOp.5のNo.1、ハイドンのヴァイオリンソナタ(ピアノトリオHob.XV:31の編曲)、ショーソンの詩曲Op.25、ヴィエニヤフスキの創作主題による華麗なる変奏曲Op.15の4曲を収めたLP。収録情報は記されていませんが、ネットで調べると1975年にリリースされたもよう。レーベルは旧ソ連のMelodiya。

ジャケットに写るクレーメルが若い! ジャケットの解説には短いクレーメルの紹介文がロシア語に加えて英語でも記されていますが、クレーメルは1969年、イタリアジェノヴァで開催されたパガニーニ国際コンクールで優勝、翌1970年、モスクワで開催されたチャイコフスキー国際コンクールでも優勝しています。レーベル面をよく見てみると、チャイコフスキー国際コンクールの優勝者ギドン・クレーメルと記されており、このLPがそれを受けて録音されたものであろうことがわかります。今でこそ世界最高のヴァイオリニストの1人であることに誰も疑いを持つ人はいないでしょうが、クレーメルが世にその才能を知られるようになった時期の録音であり、しかもそのアルバムにハイドンの曲が含まれているということに運命を感じます。

ちなみにクレーメルのハイドンの録音はほとんどなく、これまで唯一と言ってもいいものが以前取り上げたものです。

2010/07/06 : ハイドン–弦楽四重奏曲 : クレーメルの「十字架上のキリストの七つの言葉」

こちらもクレーメルの孤高の才気に触れられる名演奏でした。

さて、今日取り上げるこのアルバム、レコードに針を落とした途端、クレーメルの狂気を帯びたようなヴァイオリンの音色に圧倒されます。1曲目はコレルリのヴァイオリンソナタですが、いきなり圧倒的な存在感。そして伴奏のユーリ・スミルノフもクレーメルの霊気に触発されて神がかったような伴奏。弱音に恐ろしいほどの集中力が宿り、奇跡的なセッション。LPも極上のコンディションゆえ、斬りこむようなヴァイオリンの音色に一瞬にして心を奪われました。

Hob.XV:31 Piano Trio (Nr.41/op.101) [E flat] (1795)
肝心のハイドンです。1曲目のコレルリのあまりの衝撃に耳を奪われていたからか、ハイドンの自然な入りが、やけに大人しく聴こえますが、耳を澄ますとクレーメル独特のえぐるような殺気は健在。徐々にヴァイオリンの響きも強まります。素晴らしいのがユーリ・スミルノフのピアノ。控えめな音量ながら、クレーメルと完全に呼吸が合い、サラサラと伴奏を進めます。クレーメルのヴァイオリンの音色はものすごい浸透力。こちらの耳でははく脳髄を直撃するような音色。デュナーミクの変化の幅の広さ、表情の多彩さ、抑制の効いたボウイング、どれをとっても常人離れしています。演奏からアーティスティックなオーラが出まくっています。
2楽章構成の2楽章はゆったりとしたリズムでスミルノフが入りますが、クレーメルが入ると鋭い音色で緊張感が一気に高まります。特に低い音の迫力がものすごいですね。眼前でヴァイオリンを弾いているようなリアルな録音。最後の弓裁きは神業的。もう言うことありません。

このアルバム、人類の至宝です。デビュー当初のクレーメルの才気あふれる演奏を真空パックで現代にそのまま持ってきたような素晴らしい録音。クレーメルもスミルノフも絶品。この演奏はハイドンの曲の名演奏ではなく、クレーメルという天才ヴァイオリニストのデビュー当時のはちきれんばかりのエネルギーを収めた演奏として貴重だということです。カルロス・クライバーが驚愕を振ったライヴにも同じような印象を抱きましたが、稀有な音楽的才能を持った人だけがなしうる奇跡的な演奏の貴重な記録ということですね。ebayなどでこの演奏を含むドイツ盤などは見かけましたが、このアルバム自体は入手は結構難しいのではないかと思います。出会いに感謝ですね。評価は[+++++]というか、もう一段上げたいくらいです。音源が残っていたら是非CD化すべきアルバムですね。

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tag : ピアノ三重奏曲 ヴァイオリンソナタ LP

アンドラーシュ・シフ/塩川 悠子/ボリス・ベルガメンシコフのピアノ三重奏曲(ハイドン)

ちょっと間が空いてしまいましたが、年度末の仕事と花粉にまみれてなかなか記事の執筆に時間が割けずにおりました。このところアルバムはいろいろ仕入れていますが、グッとくるものに巡りあえずにいたということもあります。あまり間を空けてもなんなので、手持ちのアルバムから、記事にしていない名盤を取り上げる次第。

SchiffShiokawa.jpg
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アンドラーシュ・シフ(András Schiff)のピアノ、塩川 悠子(Yuuko Shiokawa)のヴァイオリン、ボリス・ペルガメンシコフ(Boris Pergamenschikow)のチェロによるハイドンのピアノ三重奏曲4曲(Hob.XV:27、XV:31、XV:14、XV:29)を収めたアルバム。収録は1994年9月12日から15日にかけて、ウィーンのムジークフェラインのブラームス・ザールでのセッション録音。レーベルはDECCA。

このアルバムはかなり以前から手元にあり、ピアノ三重奏の名演奏ということでわりと気に入っているもの。同時期に収録したもう一枚のアルバムと合わせて8曲の録音があることになります。今日は両盤を聴き比べてオススメの方であるこちらを取り上げた次第。

アンドラーシュ・シフは有名なピアニストなのでご存知の方も多いでしょう。一応略歴をさらっておくと、1953年ブダペスト生まれのハンガリーのピアニスト。フランツ・リスト音楽アカデミーなどで学び、ロンドンではジョージ・マルコムに学びました。その後1974年にチャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で4位に入るとデジェー・ラーンキ、ゾルターン・コチシュらとともにハンガリーの若手三羽烏とよばれ、国際的に活躍。手元にはDECCAのバッハのピアノ音楽集、ヴェーグ/カメラータ・アカデミカとのモーツァルトのピアノ協奏曲、ハイドンのピアノソナタ集(DENON、TELDEC)などがあり、モダンなスタイルのピアノながら深い情感を帯びたピアノが印象に残っています。とりわけ印象的だったのが、L'OISEAU-LYREに入れたモーツァルトの生家の彼のフォルテピアノ(アントン・ワルター)で演奏したソナタ集。てっきり現代ピアノ専門の人かと思いきや、実にデリケートなタッチでフォルテピアノから陰影深い変化に富んだ響きを引き出し、感心したことを覚えています。

ハイドンでは上に触れたとおり、ソナタを1978年にDENONに3曲、1997年にTELDECに10曲録音していますが、これまで当ブログでも取り上げておりませんので、そのうち取り上げねばなりませんね。

塩川 悠子さんは1946年、東京生まれのヴァイオリニストでアンドラーシュ・シフの奥さん。5歳でヴァイオリンを始め、その後家族でペルーに移住、ペルーでヴァイオリンの勉強を続け、1963年からミュンヘン、1968年からザルツブルクで学び、ザルツブルクではシャーンドル・ヴェーグに師事しています。その後日米欧で活躍しています。

チェロのボリス・ベルガメンシコフは1948年レニングラード生まれのロシアのチェリスト。名門レニングラード音楽院で学び、1970年にプラハの春国際音楽コンクールで優勝、1974年にモスクワ・チャイコフスキー国際コンクールでも優勝。その後ギドン・クレーメルが主宰するロッケンハウス音楽祭に定期的に出演するなど実力派のチェリストとして知られる存在でした。現代音楽を得意としており、来日経験もあるようですが2004年に55歳で急逝しています。

Hob.XV:27 Piano Trio (Nr.43/op.75-1) [C] (1796)
響きの良いホールの少し奥にトリオが定位して、冒頭から躍動感みなぎる展開。ピアノは流石にシフだけあって、キレ味抜群ながら落ち着きもともなう見事なもの。塩川悠子のヴァイオリンはピアノの引き立て役に徹しているよう。完全にピアノが主導権を握る演奏。速いパッセージのみならず、じっくりと展開する音楽の陰影の濃さは一段踏み込んだもの。徐々にピアノが前のめりに畳み掛け、1楽章のクライマックスへの演出も完璧。先日聴いたタカーチ四重奏団同様、全盛期のDECCAの底力を思い知らされる素晴らしい完成度の演奏。
続くアンダンテはピアノとヴァイオリンのゆったりした会話にチェロが図太い音色で割り込んでくる面白さが際立ってます。シフの左手のアタックも迫力十分。骨格のはっきりとした図太い音楽が流れます。まるでロマン派の音楽のような時間です。
フィナーレは再びキレの良いシフのピアノが戻り、堂々とした風情で展開します。ピアノという楽器の迫力をシフが自在に操り、まさに緩急自在。転がるような高音のトレモロを響かせながら音楽が激しく展開し、ヴァイオリンとチェロが機敏に寄り添う演奏。ここまでピアノが軸になりながらも音楽がきちんとまとまっているところが流石です。

Hob.XV:31 Piano Trio (Nr.41/op.101) [E flat] (1795)
穏やかな入りの曲ですが、先日トリオ・ヴィヴェンテの旧盤の演奏で圧倒された曲。あらためてヴィヴェンテ盤を取り出して聴くと、あれだけ存在感のあったユッタ・エルンストのピアノがかなりおとなしく聴こえるのが不思議なところ。逆に静かな存在感が際立ちます。それだけこのシフの演奏はピアノ主体に録音されているということでしょう。シフの演奏で聴くと、やはりピアノが圧倒的な存在。そして演奏もかなりロマンティックで雄弁。ハイドンの時代の音楽の演奏としてはヴィヴェンテの方が説得力がありますでしょうか。何気にチェロのペルガメンシコフが迫力ある響きに貢献しているのもわかります。
2楽章は「ヤコブの夢」とのサブタイトルがついた曲。中音部が豊穣に響くヴァイオリンとしなやかに迫力を加えるチェロを伴って、シフのピアノが見事に響き渡ります。流石にDECCAの録音は見事。アンサンブルが実に美しく響きあいながらもそれぞれの楽器の響きも濁りません。

Hob.XV:14 Piano Trio (Nr.27/op.61) [A flat] (before 1790)
こちらはヴィヴェンテの新盤に入っていた曲。シフはオーソドックスながら絢爛豪華にまとめてきます。余裕たっぷりのグランドマナーを見せつける感じ。テクニックも演奏の風格も見事という他ありません。加えて見事な録音と三拍子揃ってます。途中かなり長めで印象的な休符をはさんでハッとさせるなど、ハイドンらしいアイデアを盛り込むことも忘れません。冒頭のメロディーを何度か象徴的に響かせながら曲をすすめていきます。
チェロの音色が耳に印象的に響くアダージョ。ヴァイオリンも渋目の音色でゆったりと美しいメロディーを置いていきます。中間部でピチカートとピアノの戯れる部分のなんと美しいことでしょう。いつもながらハイドンのアイデアに驚くと同時に、この演奏、ハイドンのインスピレーションを完全に自らの音楽で置き換えている感じ。宝石を散らかしたような美しいピアノの音色に引き込まれます。静寂から浮かび上がるヴァイオリンのメロディーのゾクゾクするような気配。いまさらながらこのコンビの表現の深さに驚きます。
余韻にうっとりしているうちにフィナーレに入ります。軽いタッチの入りから展開して、メロディーを引き継ぎ、どんどん曲が発展していきます。何度かの意外性溢れる転調を経て曲を結びます。圧倒的な完成度に王者の風格が漂います。

Hob.XV:29 Piano Trio (Nr.45/op.75-3) [E flat] (1796)
最後の曲。もはや完全にシフペースにはまっています。冒頭から揺るぎない、自信に満ちた響きに圧倒されます。ほんの小さなフレーズの一つ一つに生気が宿り、脈々と音を変化させながら置いていくシフのピアノに聴き入らざるをえません。それぞれの曲を完全に掌握して、表現に隙がなく、どの曲も豪華、優雅に仕上げてきます。途中からリズムの波を強調して、身を乗り出すような躍動感をつくります。やはり圧倒的な余裕の存在が音楽を豊かにしていますね。
美しさと独特な曲想が印象的な2楽章も風格に満ち、ハイドンの仕込んだアイデアの一つ一つを丁寧にさらいながらゆったりと音楽を響かせます。そしてあっけらかんと明るく躍動するフィナーレへの展開も見事。それぞれの曲ごとに聴きどころをキリッと作ってくるあたりも見事でした。

久々に聴いたこのアルバム、オーソドックスなスタンスですが、あまりに豊かな音楽に圧倒されました。正攻法の演奏ですが、ベースにはシフのニュアンス豊かでダイナミック、流麗なピアノの圧倒的な存在があります。ヴァイオリンもチェロも見事なんですが、完全にシフにのまれている感じ。最近ピアノトリオは様々な名演奏を取り上げていますが、このアルバムもそれに負けずというより、新たな名演奏の数々に対し、王者として見守るくらいの立場にあるアルバムでしょう。まだ入手できるようですので、未聴の方は是非聴いてみてください。評価は[+++++]です。

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なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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