【新着】フランチェスコ・コルティのソナタ集(ハイドン)

今日はハープシコードによるソナタ集。

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フランチェスコ・コルティ(Francesco Corti)のハープシコードによる、ハイドンのファンタジア(XVII:4)、ピアノソナタ(XVI:37、XVI:31、XVI:32、XVI:46、XVI:26)、カプリッチョ「8人のヘボ仕立屋に違いない」(XVII:1)の7曲を収めたアルバム。収録はパリのピエール・マルボスというピアノ販売店の4'33ホールでのセッション録音。レーベルは初めて手に入れるevidenceというレーベル。

フランチェスコ・コルティという人は初めて聴く人。調べてみると、何と今週近所で行われる調布音楽祭に来日するとのこと。いつものように略歴をさらっておきましょう。イタリアのフィレンツェの東南にあるアレッツォで1984年に生まれ、ペルージャでオルガン、ジュネーブとアムステルダムでハープシコードを学びました。2006年ライプツィヒで開催されたヨハン・セバスチャン・バッハ・コンクール、2007年に開催されたブリュージュ・ハープシコード・コンクールで入賞しているとのこと。2007年からはマルク・ミンコフスキ率いるレ・ミュジシャン・ドゥ・ルーヴルのメンバーとして活躍している他、主要な古楽器オケとも多数共演しているそうで、ハープシコード界の若手の注目株といったところでしょうか。

Hob.XVII:4 Fantasia (Capriccio) op.58 [C] (1789)
速めのテンポでハープシコード特有の雅な音色が響き渡ります。使っている楽器はDavid Ley作製の1739年製のJ. H. Gräbnerと記載されています。録音は割と近めにハープシコードが定位するワンポイントマイク的なもので、ハープシコードの雅な響きを堪能できる録音。約6分ほどの小曲ですが、ハープシコードで聴くとメロディーラインが全体の響きの中に調和しつつもくっきりと浮かび上がり、この曲の交錯するメロディーラインの面白さが活きます。しかも速めにキリリと引き締まった表情がそれをさらに強調するよう。最後に音色を変えるところのセンスも出色。普段ピアノやフォルテピアノで聴くことが多い曲ですが、ハープシコードによる演奏、それもキレキレの演奏によってこの曲のこれまでと違った魅力を知った次第。

Hob.XVI:37 Piano Sonata No.50 [D] (c.1780)
軽快なテンポは変わらずですが、今度は所々でテンポをかなり自在に動かしてきます。また、休符の使い方も印象的。ちょっとした間を効果的に配置して、ソナタになると少し個性を主張してきます。速いパッセージのキレの良さは変わらず、ハープシコードという楽器につきまとう音量の変化の幅の制限を、テンポと間の配置で十分解決できるという主張でしょうか。次々と繰り出される実に多彩なアイデアに驚くばかり。ピアノとは異なる聴かせどころのツボを押さえてますね。驚くのが続く2楽章。予想に反してグッとテンポを落とし、一音一音を分解してドラマティックに変化します。ハープシコードでここまでメリハリをつけてくるとは思いませんでした。そしてフィナーレでは軽快さが戻り、見事な対比に唸ります。フィナーレもハイドンの機知を上手く汲み取ってアイデア満載。見事なまとめ方です。

Hob.XVI:31 Piano Sonata No.46 [E] (1776 or before)
冒頭のメロディーのハープシコードによるクリアな響きが印象的。この曲では落ち着いた入り。一音一音のタッチをかみしめるように弾いて行きながら、徐々にタッチが軽くなっていく様子が実に見事。曲想に合わせて自在にタッチを切り替えながら音楽を紡いでいきます。瞬間瞬間の響きに鋭敏に反応しているのがわかります。ここでも印象的な間の取り方で曲にメリハリがしっかりとつきます。アレグレットの2楽章は壮麗な曲の構造を見事に表現、そしてフィナーレではハープシコードの音色を生かしたリズミカルな喧騒感と楽章に合わせた表現が秀逸でした。

Hob.XVI:32 Piano Sonata No.47 [b] (1776 or before)
ピアノでの演奏が耳に残る曲で、低音の動きの面白さが聴きどころの曲ですが、コルティのハープシコードで聴くと、新鮮な響きでその記憶が刷新されるよう。ハイドンはハープシコードの華やかな響きも考慮して作曲したのでしょうか。古楽器では迫力不足に聴こえる演奏も少なくない中、そういった印象は皆無。むしろキレのいいタッチの爽快感が上回ります。続くメヌエットでは調が変わることによる気配の変化が印象的に表現されます。ピアノではここまで変化が目立ちません。そして短調のフィナーレは目眩くような爆速音階が聴きどころ。コルティ、テクニックも素晴らしいものを持っていますね。最後の一音の余韻に魂が漲ります。

Hob.XVI:46 Piano Sonata No.31 [A flat] (1767/70)
初期のお気に入りの曲。壮麗な1楽章、この曲が持つ静かな深みのような不思議な気配を見事に捉えたタッチに引き込まれます。メロディ中心の穏やかな曲想だけに、落ち着いたタッチで穏やかに変化する曲想をじっくり楽しむことができます。やはり曲想に応じて巧みにタッチをコントールしており、その辺りの音楽性がハイドンの真髄を捉えているのでしょう。特に高音のメロディの研ぎ澄まされた美しさを聴かせどころで披露するあたりも見事。そして、アダージョではさらに洗練度が上がり、響の美しさは息を呑むほど。このアルバム一番の聴きどころでしょう。微視的にならずに曲全体を見渡した表現に唸ります。比較的長い1楽章と2楽章をこれだけしっかり聴かせるのはなかなかのものですね。そしてそれを受けたフィナーレは爽快さだけではなく、前楽章の重みを受けてしっかりとしたタッチで応じ、最後に壮麗な伽藍を見せて終わります。

Hob.XVI:26 Piano Sonata No.41 [A] (1773)
ソナタの最後はリズムの面白さが際立つハイドンらしい曲。コルティは機知を汲み取り、リズムの変化を楽しむかのようにスロットルを自在にコントロールしていきます。そして明るさと陰りが微妙に入れ替わるところのデリケートなコントロールも見事。途中ブランデンブルク協奏曲5番の間奏のようなところも出てきますが、これぞハープシコードでの演奏が活きるところ。曲が進むにつれて繰り出されるアイデアの数々。コルティの多彩な表現力に舌を巻きます。メヌエットは端正なタッチで入りますが、終盤音色を変えてびっくりさせ、非常に短いフィナーレではさらに鮮やか。

Hob.XVII:1 Capriccio "Acht Sauschneider müssen sein" 「8人のへぼ仕立屋に違いない」 [G] (1765)
最後はユーモラスなテーマの変奏曲。この曲を最後に持ってくるあたりにコルティのユーモアを感じざるを得ません。ハープシコードでの演奏に適したソナタ数曲のまとめに、軽い曲を楽しげに演奏するあたり、かなりハイドンの曲を研究しているはずですね。もちろん演奏の方はソナタ同様素晴らしいものですが、力を抜いて楽しんでいる分、こちらもリラックスして聴くことができます。まるでソナタ5曲をおなかいっぱい味わった後のデザートのよう。聴き進むとデザートも本格的なものでした! 最後はびっくりするような奇怪な音が混じるあたりにコルティの遊び心とサービス精神を味わいました。

久々に聴いたハープシコードによるソナタ集。まるで眼前でハープシコードを演奏しているようなリアルな録音を通してフランチェスコ・コルティの見事な演奏を存分に楽しめました。これは名盤ですね。評価は全曲[+++++]とします。調べてみると、これまでにも色々とアルバムをリリースしているようですので、私が知らなかっただけだと思いますが、若手の実力派と言っていいでしょう。コルティのウェブサイトにもリンクしておきましょう。

Francesco Corti

これは是非実演を聴いてみたいところですが、折角近所で行われる調布音楽祭にコルティが出演する6月14日も17日もあいにく都合がつきません。次回の来日を期待するとしましょう。

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フランツペーター・ゲーベルスのソナタ集(ハイドン)

ちょっと間が空いてしまいました。今日は最近オークションで手に入れたLP。

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フランツペーター・ゲーベルス(Franzpeter Goebels)のフォルテピアノによるハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:6)、カプリッチョ「8人のへぼ仕立屋に違いない」(XVII:1)、ピアノソナタ(XVI:48)、アンダンテと変奏曲(XVII:6)の4曲を収めたLP。収録は1981年10月、ハイデルベルクの音楽スタジオとフランクフルトのフェステブルク教会でのセッション録音。レーベルはmusicaphon。

なんとなくスッキリとしたデザインのLPジャケットに惹かれて手に入れたもの。いつものようにLPをVPIのレコードクリーナーと必殺超音波極細毛美顔ブラシで丁寧にクリーニングして針を落としてみると、ジャケットのデザインのイメージそのままのスッキリとした響きが流れ出します。律儀な普通の演奏にも聴こえますが、何度か聴くうちに実に深い演奏であることがわかり取り上げた次第。

奏者のフランツペーター・ゲーベルスは1920年、ドイツ東部のミュールハイム(Mülheim an der Ruhl)に生まれたピアニスト、フォルテピアノ奏者、教育者。修道院のオルガン奏者の父を持ち、ピアノを学ぶ他、音楽学、文学、哲学などを学びました。1940年からはドイツ放送(Deutschlandsender)のソロピアニストととして活躍しましたが、兵役に徴収されたのち収監されました。戦後はデュッセルドルフのロベルト・シューマン音楽院で教鞭をとるようになり、1958年からはデトモルトの北西ドイツ音楽アカデミーでピアノとハープシコード科の教授を1982年の定年まで勤めたそう。亡くなったのはデトモルトで1988年とのこと。ほぼ教職の人ということで、あまり知られた存在ではありませんが、演奏はまさに教育者の演奏と感じられる手堅さに溢れています。

Hob.XVI:6 Piano Sonata No.13 [G] (before 1760)
鮮明に録られたフォルテピアノの響き。LPならではのダイレクトな響きによってフォルテピアノを眼前で弾いているようなリアリティ。一定の手堅いテンポでの演奏ながら、硬めの音と柔らかめな音を巧みに組み合わせて表情を変化させていきます。純粋に内声部のハーモニーの美しさが実に心地良い。素直な演奏によってフォルテピアノの木質系の胴の響きの余韻と曲の美しさが際立ちます。
続くメヌエットは左手の音階を短く切ってアクセントをつけます。ちょっと音量を落としたところの響きの美しさが印象的。高音の典雅な響きも手伝って、リズミカルな中にも優雅な雰囲気が加わります。実に素朴なタッチからニュアンス豊かな響きが生まれます。鍵盤から弦を響かせるフリクションの範囲での穏当な表現ですが、この音色の変化は見事。妙に沁みる演奏です。
そしてこの曲で最も美しいアダージョ楽章。ピアノの澄んだ響きとは異なり、微妙に音程が干渉するようなフォルテピアノ独特の音色が味わい深い響きを生んでいきます。楽器と訥々と会話するような孤高の響きの連続に心が安らぎます。
フィナーレは軽すぎず、穏当な表現が心地良いですね。しっかりと音を響かせながら決して焦らず、一音一音をしっかり響かせての演奏。さりげない終わり方もいいセンス。

Hob.XVII:1 Capriccio "Acht Sauschneider müssen sein" 「8人のへぼ仕立屋に違いない」 [G] (1765)
ユニークなメロディーを変奏で重ねていく7分弱の曲。今度は音色をあまり変えることなく、ちょっとギクシャクした印象を伴いながらもフレーズごとのメリハリをつけながら弾き進めていきます。変奏の一つ一つを浮かび上がらせるというよりは、渾然一体となったメロディーを訥々と弾いていく感じ。終盤はバッハのような印象まで感じさせて、これはこれで面白いですね。

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Hob.XVI:48 Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
LPをひっくり返して再びソナタに戻ります。晩年の傑作ソナタの一つ。今度は間をしっかりとっての演奏。ソナタによってしっかり演奏スタイルを変えてきますが、それでもすっきりとしたゲーベルスのタッチの特徴は残しています。ソリストというよりは教育者としての演奏といえば雰囲気が伝わるでしょうか。かといって教科書的な厳格さではなく、抑えた表現の深みと円熟を感じるすっきりさ。やはりLPならではの響きの美しさが最大の魅力となる演奏ですね。眼前でフォルテピアノが鳴り響く快感。
2楽章のロンド、3楽章のプレストとも落ち着いたタッチからジワリと音楽が流れ出します。噛みしめるような音楽。フォルテピアノをしっかりと鳴らし切った演奏に不思議に惹きつけられます。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
最後は名曲。予想通り、さりげなく入り淡々とした演奏です。まさにハイドンの書いた音楽自身に語らせようとする自然体の演奏。この曲はそうした演奏スタイルが最も曲の良さが映えますね。流石に変奏の一つ一つの扱いは丁寧で、フレーズごとに素朴な詩情が立ち上り、曲の美しさが際立っていきます。まさにいぶし銀の演奏。A面の変奏曲とは扱いが全く異なります。このアルバムの演奏の中では最も音色とダイナミクスの変化をつけた演奏で、変奏毎の表情の変化の多彩さが印象的。最後までフォルテピアノの美しい音色による演奏を堪能できました。

実はこのアルバム、前記事を書いてからほぼ毎日、なんとなく針を落として聴いていました。最近仕事の帰りが遅いので、聴いているうちに寝てしまうのですが、最初はただのさりげない演奏のように聴こえていたものが、だんだんと深みを感じるようになり、特に音色の美しさが非常に印象に残るようになりました。ということで、私にしては珍らしく聴き込んだ上で取り上げたものですが、書いた通り、実に良い演奏です。フランツペーター・ゲーベルスという人の演奏は初めて聴きますが、なかなか含蓄のある演奏で、流石に教育者という演奏。どう表現しようかというスタンスではなく、曲の真髄に迫る演奏スタイルを地道に探求するようなスタンスですね。私は非常に気に入りましたので、評価は全曲[+++++]とします。

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【新着】カロリーネ・フィッシャーのピアノソナタXVI:39(ハイドン)

色々発注したついでに買ったアルバムです。

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カロリーネ・フィッシャー(Caroline Fischer)のピアノによるハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:39)の他、ベートーヴェン、ウェーバー、ショパン、リスト、サン=サーンス、モシュコフスキ、リャプノフのピアノ小品を集めたアルバム。収録は2016年5月5日、6日、9日、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスのメンデルスゾーンホールでのセッション録音。レーベルはライプツィヒのGENUIN。

奏者のカロリーネ・フィッシャーは1982年にベルリンで生まれたピアニスト。ドイツと韓国のハーフのようで、アジア系の美形ピアニストですね。ベルリンのハンス・アイスラー音楽アカデミー、マンハイム、ジュネーブ、オスロ、ハンブルクで学び、その後多くのコンクールに入賞して頭角を現しました。これまで欧米やアジアの主要なホールで演奏しているとのこと。ネットを検索してみると2012年に東京のドイツ文化センターでコンサートを行ったようですね。

このアルバム、もちろんハイドンのソナタが含まれていることから入手したものですが、ちょっとアイドル系のアルバムの造りゆえ、さして期待せずに注文しました。アルバムタイトルは" Pearls of Classical Music"とあり「クラシック音楽の宝物」とでも訳すのでしょう。ハイドンから近代までの作曲家の小品を集めた構成。気になるのはアルバムにメルセデス=ベンツのロゴが記されており、メルセデスがサポートしているのでしょう。やはりそれなりの才能がなければサポートすることはないでしょうから、ちょっと期待が上がって、聴き始めました。

Hob.XVI:39 Piano Sonata No.52 [G] (1780)
非常にクリアで爽やかなピアノの響き。特段個性的な演奏ではありませんが非常に上質感を感じる演奏。なんとなくメルセデスがサポートする理由がわかります。キラキラと輝くように音階が輝き、小気味好いタッチのキレも感じさせます。これがハイドンのソナタに実によくマッチしていて、アーティスティックというよりは洗練されたハイドンのソナタに聴こえます。小綺麗と片付ける演奏ではなく、非常にバランス感覚に優れた見事な演奏です。このような爽やかさを感じるのは珍しいこと。
聴きどころの短調のアダージョですが、輝きに満ちた陰りを帯びて非常に美しい入り。この美しさはなかなかのもの。そして途中で、ふっと暖かさが差し込む絶妙の瞬間があるのですが、ここの演出もさりげなくて素晴らしい。ハイドンのハーモニーのコントールの見事さをさりげなくちらつかせる見事な表現。表現を抑えながら美しい瞬間を保ち続ける演奏に身を乗り出します。
そしてフィナーレは軽さとさりげなさが高度に融合したサラサラ感。これは女性奏者ならではの表現でしょう。美音を撒き散らすようなきらめき感が秀逸。短いソナタなのに、そして表現を凝った訳ではないのにこれだけの聴きごたえある演奏をするとは。素晴らしいバランス感覚の持ち主ですね。

この後の曲も、ハイドン同様の表現力で聴かせます。

カロリーネ・フィッシャー、日本ではあまり知られていない人でしょうが、このハイドンは素晴らしいですね。ハイドンのソナタは力任せでも個性的過ぎてもうまく響きませんが、こうして一音一音のタッチを研ぎ澄ましたさりげない演奏をされると輝きます。冒頭に置かれたハイドンの演奏でこの人の音楽感が見えてくるようでした。流石メルセデスの広報、目が肥えてます。アルバムにはハイドンは1曲のみですが、この1曲のためにこのアルバムを入手する価値はあります。評価は[+++++]とします。

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カール・ゼーマンのピアノソナタ(ハイドン)

仕事がひと段落したので、LPをじっくり。

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カール・ゼーマン(Carl Zeemann)のピアノでハイドンのピアノソナタ2曲(XVI:31、XVI:38)とアンダンテと変奏曲(XVII:6)、ブラームスの16のワルツを収めたLP。収録情報は記載されていませんが、ネットなどを調べてみると1959年制作のよう。手元のアルバムは米DECCAプレスですが元はDeutsche Grammophoneのプロダクションとのこと。

アルバムにはSonata No.30、No.35と表記されていますが、調性が合わないのでよく調べてみると、ライナーノーツに正しいソナタ番号が記載されており、上の収録曲目のとおり。

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カール・ゼーマンは1910年、ドイツのブレーメンに生まれたピアニスト。ライプツィヒで聖トーマス教会のカントルであったギュンター・ラミン(Günter Ramin)にオルガンを学び、ベルギー国境に近いドイツの街、フレンスブルクとブレーメン近くのフェルデンという街でオルガニストとして働いていました。1935年からピアニストに転向し、独奏のほか、高名なヴァイオリニスト、ウォルフガング・シュナイダーハンの伴奏者としても活躍しました。1960年代からは指導者としての活動が中心となり、1964年から1974年までフライブルク音楽大学の学長を務め、亡くなったのは1983年とのこと。ドイツのピアノの伝統を感じさせる人でしたが、同時代的にはリヒテル、ホロヴィッツ、ギレリスなどロシアのピアニストの存在感の影にかくれて地味な存在でしたが、近年なそのいぶし銀の演奏が再評価されているとのことです。

ゼーマンのハイドン、やはりいぶし銀という言葉がぴったり。揺るぎない安定感とドイツらしい質実剛健さが感じられる演奏でした。

Hob.XVI:31 Piano Sonata No.46 [E] (1776 or before)
ステレオ最初期という録音年代を考えるとピアノの音に芯があってしっかりとしたいい音。軽々と弾いているようですがタッチのキレは良く、特にサラサラと流れの良い演奏。速いパッセージのタッチの鮮やかさは素晴らしいですね。2楽章のアレグレットに入ると徐々に詩情が溢れ出てきます。さりげない演奏ながら、メロディーに孤高の輝きと強さがあり、じわりと沁みてきます。ハイドン特有のハーモニーの変化の面白さもデリケートに表現してきます。3楽章のプレストに入るときの切り替えの鮮やかさもハイドンの面白さをわかってのこと。一瞬にして気配を変え、流れの良い音楽に入ります。ピアノの中低音の力強さが印象的。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
名曲アンダンテと変奏曲。予想通りかなりさらりとした入り。リズムをはやめに打つことでサラサラ感が際立ちます。ここでもタッチの鮮やかさが印象的。大きな起伏をともなう曲想ですが、ゼーマンは逆に起伏を抑え気味にして、フレーズ単位のメロディーのタッチの微妙な弾き分けに集中し、変奏をつぎつぎとこなしていきます。徐々に演奏にも勢いというか力強さが増してきて、大きなクライマックスをつくっていきます。後半に入るとタッチに力が漲り、まさに孤高の境地。一貫して速めの流れの良さを活かした演奏でした。

Hob.XVI:38 Piano Sonata No.51 [E flat] (before 1780)
優しいそよ風のようなしなやかな入り。曲想をふまえてタッチを自在にコントロールしてきます。速いパッセージのタッチのかっちりとした確かさはそのままに、淡々とした演奏から詩情が立ち上ります。アダージョも速めですが、不思議に力が抜けた感じがよく出ています。そしてプレストでは表情の変化を強弱に集中させ、リズムは一貫しているのに実に豊かな表情。ピアノの表現の奥深さを改めて知りました。

カール・ゼーマンの弾くハイドンのソナタですが、速めのテンポでさらりとした演奏ながら、くっきりとメロディーが浮かび、そしてハイドンのソナタらしいハーモニーの変化の面白さもしっかりと味わえる素晴らしい演奏でした。この高潔な表現はドイツのピアノの伝統なんでしょうね。古い演奏ではありますが、今聴いても古さを感じるどころか、新鮮そのもの。現代のピアニストでこれだけの透徹した音色を出せるひとがどれだけいるでしょうか。評価は3曲とも[+++++]とします。

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tag : ピアノソナタXVI:31 ピアノソナタXVI:38 アンダンテと変奏曲XVII:6 ヒストリカル LP

ベリーナ・コスタディノヴァによるピアノソナタXVI:24(ハイドン)

今日は久々に癒し系、美貌のピアニストの演奏です。

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ベリーナ・コスタディノヴァ(Belina Kostadinova)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:24)、ショパンの4つの練習曲(Op.10)、
リストの「葬送」、バルトークのブルガリアのリズムによる6つの舞曲(ミクロコスモス第6集より)の4曲を納めたアルバム。収録は2007年7月13日から14日にかけて、スイスのチューリッヒの放送スタジオでのセッション録音。レーベルはgega new。

このアルバム、最近オークションで手にいれたもの。ハイドンのピアノソナタが含まれているアルバムということで入手しましたが、気になるのはジャケットの写真。ベリーナ・コスタディノワというピアニストは未知の人ですが、ぐっと惹きつけられる美貌の持ち主。ということで、オークションの一覧でこの写真と「目が合った」という感じで出会いました。

BELINA

ベリーナ・コスタディノヴァはブルガリアのピアニスト。5歳のときに叔父と母の弾くピアノを聴いてピアノを志すようになり、ブルガリアの黒海沿岸の街ブルガス(Bourgas)の音楽高校、そして首都ソフィアのソフィア音楽アカデミーで専門的教育を受けました。アカデミーではレフ・オボーリン(Lev Oborin)門下生で、ロシアピアニズムの継承者と見做されていたマーシャ・クラステワ(Mascha Krasteva)とともに学び、古典派からロマン派にかけての音楽にとロシア音楽もレパートリーに加えるよう取り組み、また、祖国ブルガリアの音楽にも取り組みました。1989年にルドルフ・ブッフビンダーと出会い、スイスのバーゼル音楽院で彼に師事し、以後アレクシス・ワイゼンベルクやパウル・バドゥラ=スコダらのマスタークラスに参加し、ヨーロッパ各国で活躍しているとのこと。

このアルバムはコスタディノヴァのデビューアルバムで、彼女にとっては、デビューまでの間に思い入れのある曲を集めた特別な選曲のアルバムということです。ハイドンとリストの曲は若い頃から好んで演奏し、特にハイドンはハイドンの大家とされたブッフビンダーの前で最初に弾いた曲。そしてブルガリア人としてバルトークのブルガリアのリズムによる6つの舞曲も研究しつくしてきた曲。ショパンは、ゲサ・アンダの録音が決定的な影響をもたらした曲とのことです。

Hob.XVI:24 Piano Sonata No.39 [D] (1773)
粒立ちの良いピアノの響きでテンポよく入りますが、経歴からの想像力が働いたのか、ロシアのピアニスト特有のグイグイと引っ張っていく勢いも感じられます。女性ならではのタッチのしなやかさもあるんですが、それを上回る流れの良さと色彩感がポイント。音がコロコロと弾んでゆく心地よさに耳を奪われます。フレーズ毎にあえて印象的な間というか、リズムの分断を設けるのが個性的。1楽章はオーソドックスなようでよく聴くと個性的な仕上がり。
アダージョはしっとりではなく訥々とした表情が印象的。冒頭のきらめくような緊張感から暖かい風に包まれるような展開が一般的な入りなんですが、その瞬間に緩まず、緊張感を保ち、寂しさを突き詰めていくようなストイックさがあります。やはりロシア的な感性がそうさせるのでしょうね。
フィナーレはサクサクと入り、あえてサラサラとした感触を保ち、よく聴くと激しく展開する曲をサラリとこなしていきます。最後はリズムとフレーズを誇張してキリリと引き締めて終わります。

つづくショパン、リスト、バルトークもコスタディノヴァがそれぞれ得意としていた曲というのがよくわかります。ハイドン同様、楽譜に込められた情感に至るまで弾きこなしており、思い入れを感じる演奏でした。特にバルトークのキレ味鮮やかながら、しっとりとした演奏は流石と思わせるものでした。

美貌のピアニスト、ベリーナ・コスタディノヴァのハイドンのソナタですが、ジャケットの造りから想像されるアイドル系の演奏とは異なり、なんとなく奏者の芸術的表現の吐露と思わせる息吹を感じる本格的なものでした。タッチが冴え渡る演奏は他にもいろいろあり、そういう視点での優れた演奏というより、ブルガリア出身の彼女がピアノで世界に羽ばたいたバックボーンとうか、苦労の積み重ねが詰まった音楽と聴こえました。選曲と解説によって奏者の息吹が浮かび上がる好企画ですね。ハイドンのソナタは[+++++]とします。

美貌の奏者のアルバムに癒しを感じるおじさん層のために、このアルバムを含めて「美人奏者」というタグをつけました。意外とマーケットでは重要な要素ですネ(笑)

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tag : ピアノソナタXVI:24 美人奏者

テレーズ・デュソーのピアノソナタ集(ハイドン)

なんだかピアノの響きにはLPが合うようで、ピアノソナタの名録音がつづきます。

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テレーズ・デュソー(Thérèse Dussaut)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ2曲(Hob.XVI:49、XVI:52)とファンタジア(Hob.XVII:4)の3曲を収めたLP。収録についてはネットで色々調べるとおそらく1972年にリリースされたもののよう。レーベルはARION。

こちらも先日ディスクユニオン新宿店で仕入れたもの。LP売り場は適度に分類されているんですが、交響曲や弦楽四重奏曲はハイドンのコーナーがあるもののピアノ曲はH前後のいろいろな作曲家のアルバムが混ざっており、LP時代には現在もCD化されていない未知のピアニストのアルバムがまだまだあるようで、売り場構成と相まって宝探し的楽しみがあります。このアルバムもそうして発見した一枚。

ジャケットをよく見ると古いスケッチですが、明らかにハイドンのような顔をした男がフォルテピアノの横に座り、鍵盤の前には貴婦人が立っているスケッチ。調べてみるとフランスの画家、ドミニク・アングルの1806年の習作「森の家族」とのこと。アングルは1780年、南仏のモントーバン(Montauban)生まれで、トゥールーズ、パリで学んだのち、当時の若手の登竜門だったローマ賞を受賞し、政府給費留学生として1806年にローマに渡ります。この絵がパリトローマのどちらで書かれたのかはわかりませんが、ハイドンはパリにもローマにも行っていませんので、実際の場面ではなく、当時ヨーロッパ中で知られていたハイドンから音楽を学んでいる姿を想像してスケッチしたものでしょうね。当時のハイドンの人気を物語るものでしょう。LPの魅力はこうしたジャケットにもあるわけで、たかが印刷ですが、なんとなくいい雰囲気が漂うわけです。

さて、本題に戻って、奏者のテレーズ・デュソーについて調べてみます。

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テレーズ・デュソーは1939年、ヴェルサイユ生まれのピアニスト。父は作曲家のロベール・デュソー(Robert Dussaut)、母も作曲家のエレーヌ・コルヴァティ(Hélène Corvatti)。フランスでマルグリット・ロンとピエール・サンカンにピアノを学び、ドイツではロシアのピアニスト、ウラディミール・ホルボフスキに師事しました。1957年には国際ARDコンクールで優勝し、以後はコンサートピアニストとして活躍、現代音楽にも積極的に取り組んできたそうです。近年は教育者として活躍しているとのこと。

Hob.XVI:49 Piano Sonata No.59 [E flat] (1789/90)
しっとりとしたタッチから流れ出る音楽。女性奏者らしいタッチの柔らかさが印象的。サラサラと流れながらも要所でのアクセントはくっきりとつけていきます。まさに気品に溢れた演奏。LPだからか研ぎ澄まされたピアノの音色の美しさが際立ちます。ハイドンの曲のメロディーの美しさも展開の面白さもアイデアの豊富さもすべて折り込んでさらりと美しくまとめいる感じ。ジャケットのスケッチが、女性ピアニストが演奏を終え、ハイドンが満足げに微笑んでいる姿にも見えてきました(笑) 実に品のいい演奏。
アダージョに入ると、実際の音量以上に静けさを感じさせます。楽章がかわって、気配も変わった感じ。聴き手を包み込むようなオーラが発散しています。心に沁み渡るような浸透力。仄暗い部屋の真ん中でスポットライトを浴びながら静かにピアノの響きと向き合うッデュソーの心境がつたわるようです。後半の左手のアクセントの連続は澄み渡るような美しさ。実際の力感ではなく、力感を表現するのは音の対比のみでできるのだとでも言いたげなほど、力が抜けているのに音楽の起伏は険しく感じられる演奏。美しすぎるアダージョ。
3楽章はメヌエット。ことさら演奏スタイルを変えることなくさらりと入り、淡々と進めていきます。キラメキを増す右手にと、絶えず静けさを保ち続ける冷静さのバランスが絶妙。

Hob.XVII:4 Fantasia (Capriccio) op.58 [C] (1789)
こだまのようにメロディーが響き合う小曲。テンポよくすすむ曲想にあわせてタッチのキレも一段と鮮やかになりますが、なにより素晴らしいのが可憐な雰囲気に満ちていること。やはりデュソーの演奏の特徴はこの気品にあります。時折前曲のソナタの演奏では見せなかった激しいアクセントが姿を現してちょっとびっくりしますが、この小曲でのメリハリをきっちりつけようということでしょう。最後の終わり方もちょっと驚く間をとって遊び心をみせます。最後まで透徹したタッチとしなやかさが感じられる名演奏です。

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Hob.XVI:52 Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
曲の構えが大きい分、ぐっと迫力を増した入り。最初の曲ではしなやかさが印象的だったんですが、この曲では力感は十分。素晴らしい迫力に圧倒されます。もちろん繊細な響きの魅力は保っていますので気品に満ちた迫力です。この曲ではやはり力感の表現がポイントとみたのでしょう、1楽章はしなやかな中にも迫力が満ち溢れ、力で押していくようなところもある演奏。
そしてアダージョも打鍵の余韻を実に品良く響かせます。余韻の隅々までしっかりコントロールされた演奏。ところどころでかなり力を抜いた音階をちりばめたり、アクセント、特に左手のメロディーをデフォルメしたりすることで、この優雅な曲にくっきりとした表情の変化をつけていき、音楽の彫りを深くしていきます。
終楽章のプレストへの入りが実に印象的。連続音から始まるこの曲の表情を見事に演じます。タタタタと続く音を実に表情豊かにしあげてきます。このセンスこそデュソーの演奏の真骨頂。全編に気品が満ちているのは音の響きに関する鋭敏な感覚があってのことでしょう。この曲でも一つとして同じ音をならさぬようタッチは非常にデリケート。速い音階の滑らかさとアクセントの対比も見事。突然テンポを落としたりとハイドンのしかけた機知にも呼応します。曲の読みが深いですね。この曲も見事の一言。

ディスクユニオンの売り場から掘り起こしたアルバムですが、これは宝物レベルの名盤でした。まったくしらなかったテレーズ・デュソーというピアニストによるハイドンでしたが、ジャケットに移る美麗な姿そのままの気品に溢れた名演奏でした。音に対する鋭敏なセンスを持ち合わせ、ハイドンのソナタから実に深い音楽を引き出す腕前の持ち主。1曲目のXVI:49ではそのセンスの良さで聴かせ、ファンタジアではタッチのキレのよさ、そして最後のXVI:52では迫力と彫りの深さで圧倒されました。LPのコンディションも悪くなく、美しいピアノの響きを堪能できました。評価は全曲[+++++]とします。

このところの陽気でだんだん目の周りが痒くなってきました。魔のシーズン突入ですね(笑) めげずに頑張ります!

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tag : ピアノソナタXVI:49 ピアノソナタXVI:52 ファンタジアXVII:4 美人奏者 LP

ニキタ・マガロフのピアノソナタXVI:48(ハイドン)

なんだかLPの勢いが止まりません。こうなったら今月はLPに特化します!

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amazon(別装丁CD)

ニキタ・マガロフ(Nikita Magaloff)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:48)、ベートーヴェンのピアノソナタ30番、リストの「パガニーニによる大練習曲」の3曲を収めたLP。収録情報は記載されていませんが、同音源を収録したCDの情報によると1960年8月のおそらくセッション録音。レーベルはPHILIPSの日本盤ですが、フォノグラムではなく日本ビクター時代のもの。解説にソナタが奏鳴曲と記されているところに時代を感じますね。

このLPは最近オークションで手に入れたもの。手元にマガロフの弾くハイドンのアルバムはヴァントが伴奏を務めるピアノ協奏曲くらいで、その演奏もあまり記憶にありませんでした。ところが最近記事にした、フレデリク・マインダースのピアノソナタを聴いて、マインダースのしなやかな演奏の原点がマガロフに師事していたというところにあるような気になり、マガロフのソナタを聴いてみたいと思っていたところ、タイミングよくオークションで見つけて手に入れたという次第。こうした巡り合わせもあるもんですね。

2017/02/03 : ハイドン–ピアノソナタ : フレデリク・マインダースのピアノソナタXVI:49(ハイドン)

ピアニストの演奏の個性というのはなんとなく師事したピアニストの影響を受けるもの。ブログを始めたばかりの頃、カルメン・ピアッツィーニの演奏が師事したハンス・レイグラフの演奏にそっくりだったので調べたらレイグラフに師事していたことがわかりびっくりしたことが、当ブログで奏者の略歴などをいちいち調べるようになったきっかけとなりました。

2010/02/15 : ハイドン–ピアノソナタ : ピアノソナタ全集のあれこれ

ということで、マインダースの、ハイドンの演奏としては珍しくリズムよりもしなやかさに聴きどころを持ってきた背景には師事したマガロフの影響があるだろうとの仮説を検証するためにマガロフを手に入れたという、歴史を遡る仮説検証的興味が脳内に充満している状態。ハイドン以外に特段詳しくもない私でも、ニキタ・マガロフといえばショパンを得意としていたようであるというくらいの感触は持っていて、仮説もそれほど的外れなものではなさそうであるとの憶測もあり、興味津々といったところ。

さらに歴史を遡るわけではありませんが、一応マガロフの略歴もwikipediaなどからさらっておきましょう。

ニキタ・マガロフは1912年、ロシアのサンクト・ペテルスブルクでジョージア(グルジア)貴族の家系に生まれたピアニスト。1918年に家族共々ロシアを離れてフィンランドに渡ります。家族ぐるみの付き合いだったプロコフィエフに刺激を受け、ウクライナ出身のピアニスト、アレクサンドル・ジロティとともに音楽を学び、その後パリ音楽院に進みピアノ学部長のイシドール・フィリップに師事、またパリ音楽院を卒業した1929年にはラヴェルに才能を認められます。マガロフも恩師であるイシドール・フィリップから優雅で折り目正しい趣味のよさを受け継いでいるとのこと。ピアニストとして活躍し始めたのは戦後になってからで、やはり、ショパンの演奏で知られるようになり、特に1974年から78年にかけてPHILIPSレーベルに録音したショパンのピアノ音楽全集は、初めての全曲録音としてのみならず、録音も良く、またマガロフの叙情的かつ端正な演奏が評判となった名盤とのことです。
教育者としても有名で、1949年、あのディヌ・リパッティの後任として1949年から1960年までジュネーブ音楽院の教授を務め、教え子にはマルタ・アルゲリッチ、マリア・ティーポ、イングリット・ヘブラーなど錚々たるピアニストがいます。
私生活ではヨーゼフ・シゲティの伴奏を務めていた縁で、シゲティの娘と結婚し、スイスのジュネーブに居を構えました。亡くなったのは1992年、スイスレマン湖畔のヴェヴェイトのこと。

マガロフの録音履歴を見ると、1950年代後半からポツポツと録音され始めていますので、今日取り上げるアルバムも1960年とごく初期のもの。しかも、ジャケットにもレーベル面にも誇らしげに”HI-FI STEREO”とグィーンと表示されており、ステレオ初期のもの。このレーベルは珍しいですね。

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Hob.XVI:48 Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
盤のコンディションはそこそこでしたが、2度ほどクリーニングしてノイズは綺麗さっぱり無くなり、演奏に集中できます。多少歴史を感じる雰囲気はありますが、ピアノの響きは非常にいい感じ。しなやかさは期待通りですが、叙情的すぎず、落ち着いたタッチから紡ぎ出されるピアノの音色が心地よいですね。前の記事のハンス・シュタットルマイアの演奏でも感じた「気品」に満ちた演奏。端正な中にも程よい芳香が感じられる演奏。この録音当時48歳くらいですので、この味わい深さは流石です。
このソナタは2楽章構成。2楽章に入ると、クッキリとメロディーを浮かび上がらせるタッチのキレを感じさせます。曲の勢いよりも少し遅れて盛り上がる独特の雰囲気。早いパッセージもさりげなくこなしますが、どこかに力の抜けた感じを伴い、優雅さがあります。ハイドンのソナタからは展開の面白さを強調する演奏が多い中、あえてさり気なく弾き進め、メリハリはメロディーを浮かび上がらせるところくらいで、やはりしなやかかつ雰囲気を重視した演奏。そう、仮説通り、フレデリク・マインダースの演奏の原型を感じさせる演奏でした。ただ鍵盤へのタッチから音がなるだけのピアノですが、こうした気配や魂のようなものが師から弟へ受け継がれていくわけですね。

つづいてベートーヴェンの30番、B面はリストの「ラ・カンパネッラ」を含む「パガニーニによる大練習曲」。ベートーヴェンも力感よりも味わいが勝る、まさに気品に満ちた演奏。そして、ショパンとともに得意としていたリストでは、驚くようなきらめきに満ちた演奏でした。これはいいですね。

わたしは、あまりイメージのなかったニキタ・マガロフでしたが、ひょんなきっかけから興味をもち、マガロフという人のことを調べ、その音楽を聴き、なんとなくこの人の音楽というか、独特の美学にふれたような気になりました。また、このところいろいろピアノの古い演奏を聴き、ピアノという楽器の表現力の幅広さをあらためて知った気がします。さらっと聴くとなにげない演奏ですが、実に深い演奏でした。ベートーヴェンとリストと組み合わされたハイドンという構図もいいですね。いいアルバムを手にいれることができました。評価は[+++++]とします。

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tag : LP ピアノソナタXVI:48 ヒストリカル

【新着】マルクス・ベッカーのピアノソナタ集(ハイドン)

久々にCDに戻ります(笑)

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TOWER RECORDS / amazon / ローチケHMV
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マルクス・ベッカー(Markus Becker)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ5曲(Hob.XVI:21、XVI:34、XVI:28、XVI:46、XVI:23)を収めたアルバム。収録は2015年10月、ドイツのハノーファーにある北ドイツ放送(NDR)の放送大ホールでのセッション録音。レーベルはAvi-musicとdeutschelandradioの共同プロダクション。

しばらくLP、もちろん旧譜で手に入れにくいものばかり取り上げておりましたので、ここらで新譜を取り上げませんと、新譜情報を求める読者の期待を裏切りかねません。最近手に入れたものの中でもこれはという演奏でしたので取り上げます。

Markus Becker - Pianist

奏者のマルクス・ベッカーは1963年生まれのドイツのピアニスト。カール=ハインツ・ケマーリング(Karl-Heinz Kämmerling)やアルフレッド・ブレンデル(Alfred Brendel)に師事し、1987年、ハンブルクで開催された国際ブラームスコンクールで1位となりました。また、マックス・レーガーの作品の録音では2000年にドイツ・レコード賞、エコー賞などを受賞しています。また、1993年からはハノーファーの音楽演劇大学の教職にあります。

上に掲載した彼のサイトの録音のページを見るとこれまでにかなりの枚数のアルバムがリリースされていて、バッハからブラームス、シューマンをはじめとして数多くの作曲家の作品を録音していることがわかります。ひときわ目を引くのがマックス・レーガーの12枚に及ぶ作品集。マックス・レーガーとなると、こちらは全くの門外漢ということで、マルクス・ベッカーの奏者の器を計れる立場にありませんね(笑) ということで、このハイドンのアルバムでその器を実感したいと思います。

Hob.XVI:21 Piano Sonata No.36 [C] (1773)
非常に軽やかなタッチの演奏。録音も非常に優秀で空間にピアノがクリアに定位し、ハイドンのソナタの理想的な演奏。あえて低音の重厚感を殺し、中高域のクリアさを強調しているよう。よく聴くと一音一音ごとに絶妙にタッチがキレており、タッチのキレ味で聴かせる演奏。リズムの小気味良さが光り輝く演奏。これは鮮やか。
アダージョに入っても一貫して気持ちよく響くピアノの音色の心地よさ。これがマルクス・ベッカーの持ち味と見ました。ゆったりした楽章でもゆったりし切ることなく、適度にクリアでタイトなピアノの響きの面白さで聴かせるかなりの腕前。全ての音の響きが澄み渡ってて本当に気持ちよく楽器を響かせます。こんな印象を感じたのは初めて。
びっくりしたのがフィナーレ。一音一音のコントラストの見事な演出。完全に全ての指のタッチの強さとタイミングが制御しきれている感じ。しかもさっぱりとした爽やかさを纏う完璧なタッチ。力みは皆無でむしろかなり力を抜いているように聴こえます。ハイドンがこんなにも爽やかな表情を見せる匠のタッチ。1曲からベッカーの爽やかさにやられました。

Hob.XVI:34 Piano Sonata No.53 [e] (c.1782)
ブレンデルの演奏が刷り込みの曲ですが、ベッカーを聴いてブレンデルの響きをデフォルメした演奏の垢が完全に落ちました。この曲も爽やかなピアニズムが聴きどころだったと再発見。相変わらず全音符が完璧に制御され、一音一音のタッチの鮮やかさはもはや神がかってきています。重厚さとは無縁のリズムのキレに惚れ惚れとします。次々とやってくる打鍵の波に打たれるエクスタシー!
アダージョも前曲同様ゆったりすることなくピアノの響きに吸い込まれるような透明感。これほどにタッチのキレを感じた演奏は他にはアムランの演奏がありますが、アムランの響きには青白くひかる狂気のような前衛性を感じるのに対し、ベッカーの演奏は純粋無垢。そしてタッチは冴え渡っているのに、どこかほのぼのとした印象もあり、それがハイドンらしさを感じさせます。響きの余韻に無駄がなく清潔さも保つ見事さ。
そしてジブシー風な3楽章のメロディーから滲み出る独特な雰囲気のセンスも見事。見事。見事。こりゃ参りました。

Hob.XVI:28 Piano Sonata No.43 [E flat] (1776 or before)
次々と演奏されるソナタですが、この曲も冒頭から鳥肌がたたんばかりのタッチの見事さに圧倒されます。まさに音符ごとにタッチが千変万化。なんというコントロール力でしょうか。指一本一本の打鍵の強さとタイミングが超精密に制御され、超自然な響きを生み出します。細密画はどこか不自然な緻密さがあるものですが、その不自然さが皆無な超自然な細密画のよう。しかも写真とは異なるアーティスティックさを帯びているので、絵としての迫力も十分。ハイドンという古典を自然なまま現代アートにも比較し得る作風で蘇らせているよう。ソナタを聴く快感に溺れます。
鳥のさえずりのようなメヌエットの入り。さっと日が陰るとデリケートなニュアンスを帯び、同じ鍵盤からとは思えない音色に変わり、そして再び鳥のさえずりに戻ります。この音色とニュアンスの変化の面白さこそがハイドンの真骨頂。
そして、驚異のタッチを感じるフィナーレ。完璧な制御で絶妙なタッチの連続に再び驚きます。この楽章がこれほど聴きごたえがあったとは。マルクス・ベッカーのもはやマジックレベルのタッチが冴え渡ります。ユッタ・エルンストもビックリ(笑)

Hob.XVI:46 Piano Sonata No.31 [A flat] (1767/70)
こちらも有名曲ですが、これまでの演奏の垢を一切感じさせない純粋な響きにちょっと驚きます。音符を重ねる重ね方のアクセントが絶妙な面白さを生み出し、こんな響きがあったのかと改めて気づかされます。新たなハーモニーを発見した気分。特に速いパッセージの流麗なタッチから生み出されるさざ波のような響きの面白さは並ではありません。そして天から星が降り注ぐような高音のメロディーの美しさ、硬質なアクセントのキレ、硬軟織り交ぜた音色の変化。やられっぱなしです。おそらく左手はかなり控えめな力での演奏ですが、それがクリアな響きを生んでいるよう。休符を長く取ることで曲想の変化を印象づけるのではなく、むしろ休符を短くしてタイトな印象を作ってきます。色々発見のある演奏。
この曲でもアダージョの美しさは筆舌に尽くしがたいもの。無言で夜空の星を眺めていたい気分。音符が少ないだけに一音一音の意味を噛み締めて聴きますが、やはりハイドンは天才だと思う素晴らしいメロヂィーの連続。爽やかな演奏から深い深い情感が滲みます。
アダージョの余韻の消え入る絶妙なタイミングでフィナーレに入ります。耳を澄ますと右手の鮮やかたタッチに加えて左手の表情の豊かさもかなりのもの。この爽やかながらイキイキとした表情の秘密がわかった気がします。

Hob.XVI:23 Piano Sonata No.38 [F] (1773)
あっという間に最後の曲。聴きなれた曲が新鮮に響くのはこれまで通り。リズムは踊り、メロデイーはクッキリと浮かび上がり、大きな波の変化もあり、そしてそこここに新鮮なハーモニーを感じます。ハイドンのソナタが完全に現代風にクリアに響く快感。しかもエキセントリックなところは全くなく、古びた感じもなく、モーツァルトよりも垢抜けていて、ここに音楽のすべての面白さが詰まっていると言っても過言ではありません。
最後の曲のアダージョはやや叙情的な曲ですが、もちろん純粋無垢な美しさに仕上げてきます。一つとして同じメロディーの繰り返しがないように、演奏の方もニュアンスを次々と変化させながら進み、曲の素晴らしさと演奏の素晴らしさの相乗効果で音楽に深みが宿ります。
フィナーレはむしろあっけらかんとしているほどの吹っ切れ方。最後に純粋にリズムの面白さを印象付けて終わります。

イカしたデザインショップの店員さんのような風貌のマルクス・ベッカーですが、繰り出された音楽は素晴らしいものがあります。ハイドンのピアノソナタにはこれまでにも色々名演奏を紹介してきていますが、このベッカー盤も1、2を争う名盤と言っていいでしょう。タッチの鮮やかさ、制御の完璧さは目もくらむほど。特に爽やかさとクッキリ感は並外れたものがあります。ハイドンの音楽の癒しはこの純粋無垢な演奏の向こうにも広がっていました。すべての人に必聴の名盤です! 評価は全曲[+++++]とします。

色々ストレスを抱えて癒しを求めてる方、癒されてください!

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ギルバート・カリッシュのピアノソナタ集(ハイドン)

ピアノソナタのLPが続きます。

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amazon(mp3)

ギルバート・カリッシュ(Gilbert Kalish)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ3曲(Hob.XVI:20、XVI:40、XVI:23)、アリエッタと12の変奏(Hob.XVII:3)の合わせて4曲を収めたLP。収録は1978年5月、ニューヨークでのセッション録音。レーベルは米nonesuch。

こちらも先日ディスクユニオンの店頭で発見し仕入れたもの。このアルバムの存在は知ってはいたものの今まで出会うことなくきたため、売り場で見かけた時にはちょっと呼吸が乱れました(笑)。そもそもの発端は次の記事をご参照ください。

2014/11/09 : ハイドン–ピアノソナタ : 【新着】ギルバート・カリッシュのピアノソナタXVI:52(ハイドン)

新譜としてリリースされた老年のギルバート・カリッシュのアルバムですが、これが、、老いたカリッシュが奥さんの愛した曲をまとめたという、心温まるプロダクションで、なんとなく心に残る演奏でした。その記事でカリッシュのことを調べていた際、ハイドンの録音もかなりあるということがわかりましたので、以来見つけたら手に入れようとずっと思ったまま、出会わずに来た次第。今回手に入れたLPはプロモーション用の非売品とのシールが貼られたものでしたが、タイトルは「ヨゼフ・ハイドンのピアノ音楽第4巻」とあり、ライナーノーツには第1巻から3巻までの収録曲も掲載され、カリッシュのハイドンの録音の全容も判明しました。

カリッシュの略歴などは上の記事を参照いただくとして、早速針を落とすと、実に慈しみ深く、美しい響きにいきなり耳を奪われました。LPのコンディションも悪くなく美しいピアノの音色を存分に堪能できる状態!

Hob.XVI:20 Piano Sonata No.33 [c] (1771)
録音のせいか、妙にしみる音色。眼前にピアノの美しい響きが広がります。nonesuchといえばワンポイント録音で名を馳せたレーベルゆえ、録音の自然さは見事なレベル。テンポは遅めで一音一音を慈しむようにゆったりと弾いていきます。まるで大切な宝石を一つ一つ数えていくようなタッチ。晩年のカリッシュの演奏の原点がここにあると知り、ちょっと感動的。これだけ音を大切にするタッチは滅多にありません。そして紡ぎ出される音楽は人の温もりの伝わる音楽。カリッシュ40代の演奏にしては枯れすぎかもしれませんが、これが彼のスタイルなのでしょう。
続く2楽章は、ハイドンのソナタの中でも最も美しいアンダンテの一つですが、カリッシュの訥々としたタッチで聴くこの曲はその素朴な美しさが最も自然に表された名演奏と言っていいでしょう。美しい音色やタッチなど技術的なことに対する執着は皆無で、純粋無垢な響きが自然に滔々と湧き出てくる音楽。飾り気なく淡々と弾き進めるカリッシュの真面目な音楽に心を洗われるよう。
フィナーレでもピアノが美しく響く範囲で優しいタッチから音楽が紡ぎ出されていきます。力むことを知らないカリッシュの音楽は心地よさを失いません。1曲目から素晴らしい演奏がジワリと沁みてきます。

Hob.XVI:40 Piano Sonata No.54 [G] (c.1783)
続く曲はまるでそよ風のような心地良さで入ります。ことさらサラサラとしたタッチでサクサクと進めることで曲の素朴な味わいが活きてきます。この曲では特に高音のタッチの透明感、キラメキが素晴らしい。時折り輝く高音がアクセントになって、力を入れるところはないのに音楽がくっきりと浮かび上がります。ピアノの響きを知り尽くした奏者による円熟の技。
この曲は2楽章構成。常に軽さを帯びたタッチが紡ぎ出す音楽の軽妙さがカリッシュの音楽のベースにあるよう。力任せでは音楽は弾まないとでも言いたげな軽妙洒脱な展開にうっとり。速い音階も技術を誇示することなく、実に自然流麗なもの。非常に滑らかな音階によってハイドンの音楽が自然に磨かれ、素朴な美しさを纏います。この曲も見事。

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Hob.XVI:23 Piano Sonata No.38 [F] (1773)
レコードを裏返して3曲目。すでにカリッシュの素晴らしい演奏にノックアウトされていますので、あとは純粋に楽しむだけ。落ち着いたタッチから繰り出される自然に磨かれた音楽の美しさに酔いしれます。1楽章の起こりに2楽章の沈み。特にこのアダージョも全曲同様美しい表情を持つだけに、カリッシュのタッチによって自然な美しさの極みに達します。耳を澄ますと、フレーズごとに大きな起伏をつけて弾いており、素朴に響くもののかなりの表現力を駆使しての演奏であることがわかります。慈しみ深いハイドンのソナタの演奏の代表格と言っていいでしょう。そしてフィナーレのリズムの面白さも秀逸。軽々とこなしていくので爽やかさまで纏いますが、やはりかなりの表現力があってのことですね。

Hob.XVII:3 Arietta con 12 variazioni [E flat] (early 1770's)
最後は変奏曲。力の抜けたカリッシュのタッチにより、まずはメロディーがいきなり枯れた美しさで驚かせます。そして変奏が始まると、フレーズごとに表情がくっきりと浮かび上がるところはカリッシュの表現力の面目躍如。冒頭から孤高の美しさを発散し続けます。この曲に入ってカリッシュのタッチは冴え渡り、フレーズの一つ一つが素晴らしい生命力を帯び、すでに神がかっています。これまで見せなかった大胆なタッチと息の長い休符を織り交ぜて演奏は自在の極地へ。変奏とはこのように弾くべしとのカリッシュの心情がハイドンの曲に乗り移ったような、カリッシュにしかできない演奏。いやいや、これは絶品です。

探し求めていた若き日のギルバート・カリッシュのソナタ集。晩年の演奏も感動的でしたが、実は若い頃から感動的な演奏をする人でした。全曲素晴らしいんですが、中でも最後のアリエッタと12の変奏はこれまで聴いたどの演奏より素晴らしい、超名演です。間違いなくこの曲のベスト盤としてよいでしょう。残念ながらこの素晴らしいLPを手に入れるのは難しいでしょうが、本家nonesuchのウェブサイトを見ると2009年のハイドン没後200年を記念してmp3で再発売されていますので、聴くことはできるでしょう。評価は全曲[+++++]とします。

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tag : ピアノソナタXVI:20 ピアノソナタXVI:40 ピアノソナタXVI:23 アリエッタと12の変奏XVII:3 LP

フレデリク・マインダースのピアノソナタXVI:49(ハイドン)

最近ディスクユニオンで発掘した名盤。

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フレデリク・マインダース(Frédéric Meinders)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:49)、メンデルスゾーンの6つの子供の小品(Op.72)、7つの性格的小品(Op.7)からアンダンテ、リストのバラード第2番、ローレライ、リスト編曲によるワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」より「イゾルデの愛の死」など6曲を収めたLP。収録情報はPマークが1979年とのみ記されており、レーベルは蘭CBS。

ジャケット写真を見た当ブログのコアな読者の方ならすでにお気づきの通り、何やら怪しい妖気が立ち上っております。ディスクユニオンの店頭でこのアルバムを見かけた時、というか、アルバムに写る奏者と目が合った時、瞬間的に手に入れるべきとのお告げが脳髄に刺さりました(笑) カウンターに持ち込み検盤してみるとほぼミントコンディションで言うことなし。かくして、このアルバムが手元にあるわけです。

一応クリーニングマシンで綺麗に洗浄して針を落とすと、みずみずしいピアノの音色が流れ出すではありませんか。しかも前衛的に攻めてくるかの予想に反して非常に優しいタッチの流麗な演奏。ハイドンのソナタがこれほどまでに柔らかくナチュラルに響く演奏は久しぶりです。これはちゃんと調べて記事にせねばと意気込んで取り上げた次第。

アルバムはオランダCBSのもので解説もオランダ語のみ。という事でオランダ語の解説とネット情報をかき集めて奏者の略歴をさらっておきます。奏者のフレデリク・マインダースは1946年、オランダのハーグ生まれのピアニストで、作曲家でもあるそうです。幼少の頃から両親にピアノを習い、王立ハーグ音楽院に進学後、1968年にはオランダの国内コンクールで1等になります。その後、アルゲリッチの勧めでジュネーブでニキタ・マガロフに師事し、直後にオスロの国際スクリャービンコンクールで優勝。以後世界的に活躍しているそうです。なお、マインダースのウェブサイトはこちら。

Frédéric Meinders

アマゾンなどで検索すると編曲もののアルバムがいくつか引っかかるだけですが、ディスコグラフィーには10枚以上ののアルバムが掲載されている他、作曲家らしく、膨大な数の作品リストも掲載されています。今日取り上げるアルバムの姿は若き日のマインダーズであることもわかります(笑)

Hob.XVI:49 Piano Sonata No.59 [E flat] (1789/90)
ハイドンのソナタのピアノによる演奏はリズムをキリっと引き締めた演奏が多い中、リズムよりもメロディーラインの流れの良さで聴かせる非常に珍しいタイプの演奏。あまりにサラサラとメロディーが流れ、タッチも鮮やかなため、リズムの山感じられないほど。歯応えを期待した蕎麦を口にした瞬間、あまりの喉ごしの良さに驚く感じ。リズムに機知を感じさせるという先入観を全く持たずに演奏するとこうなるのでしょうか。有名なソナタだけにこちらも「この手があったのか」と膝を打つ始末(笑)
この演奏が気まぐれではなく、間違いなく確信犯だと思うに至ったのが続く2楽章。以前、デルジャヴィナ盤を取り上げた時に、「ショパンのようなハイドン」と評した言葉を思い出しました。マインダースのディスコグラフィーを確認すると、過去の録音がショパンに集中しているわけではありませんが、古典派よりもロマン派以降の音楽が中心なのは明らか。そうした視点で聴くと、このハイドンは古典派の音楽として演奏しているという感じがなく、ハイドンの音符を、ロマン派的な視点で解釈しての演奏と捉えるとしっくりきます。要はそれほどロマンティックな完成度が高いという事です。夢を見ているひと時を音楽にしたような甘い音楽。
フィナーレも非常に柔らかな音楽が流れます。タッチはしなやかさを極め、ドビュッシーの組曲の一編を聴いているような錯覚すら覚えます。アクセントは音量ではなく音のキレのみで作り、すべてのメロディーが流麗に流れ、詩的な瞬間のイメージを大事にする演奏。いつもハイドンばかり聴いている耳には、かえって非常に新鮮に響きます。

ハイドンに続いて、メンデルスゾーンの曲になっても、同じ作曲家の音楽が流れていくように思わせる一貫性のある演奏に、ちょっと驚きますが、表現が単調という意味ではなく、表現の説得力の高さに驚くという感じ。B面のリストではもちろん可憐なタッチはそのままに、剛腕なところも見せますが、詩的ですらある表現の濃さはそのままで、品良くまとまっています。

1979年の録音ということで、マインダーズが30代前半の録音。アルバムに収められたメンデルスゾーン以降の作品と同じく、ロマンティックな演奏のハイドンでした。ハイドンのソナタから芳しい香りが立ち上り、しかも非常にセンス良くまとまった名演奏と言っていいでしょう。LPのコンディションが非常によかったので、マインダースの若さと70年代の空気そのものまでも溝に刻まれたような素晴らしい響きが味わえる名盤です。おそらくCD化はされていないと思いますが、このLPは掘り出す価値のあるものですね。評価は[+++++]とします。これだからLP漁りがやめられないわけです。

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プロフィール

Daisy


Author:Daisy

なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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2016年9月のデータ(2016年9月30日)
登録曲数:1,361曲(前月比+3曲) 登録演奏数:9,608(前月比+87演奏)
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