カール・ゼーマンのピアノソナタ(ハイドン)

仕事がひと段落したので、LPをじっくり。

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カール・ゼーマン(Carl Zeemann)のピアノでハイドンのピアノソナタ2曲(XVI:31、XVI:38)とアンダンテと変奏曲(XVII:6)、ブラームスの16のワルツを収めたLP。収録情報は記載されていませんが、ネットなどを調べてみると1959年制作のよう。手元のアルバムは米DECCAプレスですが元はDeutsche Grammophoneのプロダクションとのこと。

アルバムにはSonata No.30、No.35と表記されていますが、調性が合わないのでよく調べてみると、ライナーノーツに正しいソナタ番号が記載されており、上の収録曲目のとおり。

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カール・ゼーマンは1910年、ドイツのブレーメンに生まれたピアニスト。ライプツィヒで聖トーマス教会のカントルであったギュンター・ラミン(Günter Ramin)にオルガンを学び、ベルギー国境に近いドイツの街、フレンスブルクとブレーメン近くのフェルデンという街でオルガニストとして働いていました。1935年からピアニストに転向し、独奏のほか、高名なヴァイオリニスト、ウォルフガング・シュナイダーハンの伴奏者としても活躍しました。1960年代からは指導者としての活動が中心となり、1964年から1974年までフライブルク音楽大学の学長を務め、亡くなったのは1983年とのこと。ドイツのピアノの伝統を感じさせる人でしたが、同時代的にはリヒテル、ホロヴィッツ、ギレリスなどロシアのピアニストの存在感の影にかくれて地味な存在でしたが、近年なそのいぶし銀の演奏が再評価されているとのことです。

ゼーマンのハイドン、やはりいぶし銀という言葉がぴったり。揺るぎない安定感とドイツらしい質実剛健さが感じられる演奏でした。

Hob.XVI:31 Piano Sonata No.46 [E] (1776 or before)
ステレオ最初期という録音年代を考えるとピアノの音に芯があってしっかりとしたいい音。軽々と弾いているようですがタッチのキレは良く、特にサラサラと流れの良い演奏。速いパッセージのタッチの鮮やかさは素晴らしいですね。2楽章のアレグレットに入ると徐々に詩情が溢れ出てきます。さりげない演奏ながら、メロディーに孤高の輝きと強さがあり、じわりと沁みてきます。ハイドン特有のハーモニーの変化の面白さもデリケートに表現してきます。3楽章のプレストに入るときの切り替えの鮮やかさもハイドンの面白さをわかってのこと。一瞬にして気配を変え、流れの良い音楽に入ります。ピアノの中低音の力強さが印象的。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
名曲アンダンテと変奏曲。予想通りかなりさらりとした入り。リズムをはやめに打つことでサラサラ感が際立ちます。ここでもタッチの鮮やかさが印象的。大きな起伏をともなう曲想ですが、ゼーマンは逆に起伏を抑え気味にして、フレーズ単位のメロディーのタッチの微妙な弾き分けに集中し、変奏をつぎつぎとこなしていきます。徐々に演奏にも勢いというか力強さが増してきて、大きなクライマックスをつくっていきます。後半に入るとタッチに力が漲り、まさに孤高の境地。一貫して速めの流れの良さを活かした演奏でした。

Hob.XVI:38 Piano Sonata No.51 [E flat] (before 1780)
優しいそよ風のようなしなやかな入り。曲想をふまえてタッチを自在にコントロールしてきます。速いパッセージのタッチのかっちりとした確かさはそのままに、淡々とした演奏から詩情が立ち上ります。アダージョも速めですが、不思議に力が抜けた感じがよく出ています。そしてプレストでは表情の変化を強弱に集中させ、リズムは一貫しているのに実に豊かな表情。ピアノの表現の奥深さを改めて知りました。

カール・ゼーマンの弾くハイドンのソナタですが、速めのテンポでさらりとした演奏ながら、くっきりとメロディーが浮かび、そしてハイドンのソナタらしいハーモニーの変化の面白さもしっかりと味わえる素晴らしい演奏でした。この高潔な表現はドイツのピアノの伝統なんでしょうね。古い演奏ではありますが、今聴いても古さを感じるどころか、新鮮そのもの。現代のピアニストでこれだけの透徹した音色を出せるひとがどれだけいるでしょうか。評価は3曲とも[+++++]とします。

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tag : ピアノソナタXVI:31 ピアノソナタXVI:38 アンダンテと変奏曲XVII:6 ヒストリカル LP

ベリーナ・コスタディノヴァによるピアノソナタXVI:24(ハイドン)

今日は久々に癒し系、美貌のピアニストの演奏です。

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ベリーナ・コスタディノヴァ(Belina Kostadinova)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:24)、ショパンの4つの練習曲(Op.10)、
リストの「葬送」、バルトークのブルガリアのリズムによる6つの舞曲(ミクロコスモス第6集より)の4曲を納めたアルバム。収録は2007年7月13日から14日にかけて、スイスのチューリッヒの放送スタジオでのセッション録音。レーベルはgega new。

このアルバム、最近オークションで手にいれたもの。ハイドンのピアノソナタが含まれているアルバムということで入手しましたが、気になるのはジャケットの写真。ベリーナ・コスタディノワというピアニストは未知の人ですが、ぐっと惹きつけられる美貌の持ち主。ということで、オークションの一覧でこの写真と「目が合った」という感じで出会いました。

BELINA

ベリーナ・コスタディノヴァはブルガリアのピアニスト。5歳のときに叔父と母の弾くピアノを聴いてピアノを志すようになり、ブルガリアの黒海沿岸の街ブルガス(Bourgas)の音楽高校、そして首都ソフィアのソフィア音楽アカデミーで専門的教育を受けました。アカデミーではレフ・オボーリン(Lev Oborin)門下生で、ロシアピアニズムの継承者と見做されていたマーシャ・クラステワ(Mascha Krasteva)とともに学び、古典派からロマン派にかけての音楽にとロシア音楽もレパートリーに加えるよう取り組み、また、祖国ブルガリアの音楽にも取り組みました。1989年にルドルフ・ブッフビンダーと出会い、スイスのバーゼル音楽院で彼に師事し、以後アレクシス・ワイゼンベルクやパウル・バドゥラ=スコダらのマスタークラスに参加し、ヨーロッパ各国で活躍しているとのこと。

このアルバムはコスタディノヴァのデビューアルバムで、彼女にとっては、デビューまでの間に思い入れのある曲を集めた特別な選曲のアルバムということです。ハイドンとリストの曲は若い頃から好んで演奏し、特にハイドンはハイドンの大家とされたブッフビンダーの前で最初に弾いた曲。そしてブルガリア人としてバルトークのブルガリアのリズムによる6つの舞曲も研究しつくしてきた曲。ショパンは、ゲサ・アンダの録音が決定的な影響をもたらした曲とのことです。

Hob.XVI:24 Piano Sonata No.39 [D] (1773)
粒立ちの良いピアノの響きでテンポよく入りますが、経歴からの想像力が働いたのか、ロシアのピアニスト特有のグイグイと引っ張っていく勢いも感じられます。女性ならではのタッチのしなやかさもあるんですが、それを上回る流れの良さと色彩感がポイント。音がコロコロと弾んでゆく心地よさに耳を奪われます。フレーズ毎にあえて印象的な間というか、リズムの分断を設けるのが個性的。1楽章はオーソドックスなようでよく聴くと個性的な仕上がり。
アダージョはしっとりではなく訥々とした表情が印象的。冒頭のきらめくような緊張感から暖かい風に包まれるような展開が一般的な入りなんですが、その瞬間に緩まず、緊張感を保ち、寂しさを突き詰めていくようなストイックさがあります。やはりロシア的な感性がそうさせるのでしょうね。
フィナーレはサクサクと入り、あえてサラサラとした感触を保ち、よく聴くと激しく展開する曲をサラリとこなしていきます。最後はリズムとフレーズを誇張してキリリと引き締めて終わります。

つづくショパン、リスト、バルトークもコスタディノヴァがそれぞれ得意としていた曲というのがよくわかります。ハイドン同様、楽譜に込められた情感に至るまで弾きこなしており、思い入れを感じる演奏でした。特にバルトークのキレ味鮮やかながら、しっとりとした演奏は流石と思わせるものでした。

美貌のピアニスト、ベリーナ・コスタディノヴァのハイドンのソナタですが、ジャケットの造りから想像されるアイドル系の演奏とは異なり、なんとなく奏者の芸術的表現の吐露と思わせる息吹を感じる本格的なものでした。タッチが冴え渡る演奏は他にもいろいろあり、そういう視点での優れた演奏というより、ブルガリア出身の彼女がピアノで世界に羽ばたいたバックボーンとうか、苦労の積み重ねが詰まった音楽と聴こえました。選曲と解説によって奏者の息吹が浮かび上がる好企画ですね。ハイドンのソナタは[+++++]とします。

美貌の奏者のアルバムに癒しを感じるおじさん層のために、このアルバムを含めて「美人奏者」というタグをつけました。意外とマーケットでは重要な要素ですネ(笑)

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テレーズ・デュソーのピアノソナタ集(ハイドン)

なんだかピアノの響きにはLPが合うようで、ピアノソナタの名録音がつづきます。

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テレーズ・デュソー(Thérèse Dussaut)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ2曲(Hob.XVI:49、XVI:52)とファンタジア(Hob.XVII:4)の3曲を収めたLP。収録についてはネットで色々調べるとおそらく1972年にリリースされたもののよう。レーベルはARION。

こちらも先日ディスクユニオン新宿店で仕入れたもの。LP売り場は適度に分類されているんですが、交響曲や弦楽四重奏曲はハイドンのコーナーがあるもののピアノ曲はH前後のいろいろな作曲家のアルバムが混ざっており、LP時代には現在もCD化されていない未知のピアニストのアルバムがまだまだあるようで、売り場構成と相まって宝探し的楽しみがあります。このアルバムもそうして発見した一枚。

ジャケットをよく見ると古いスケッチですが、明らかにハイドンのような顔をした男がフォルテピアノの横に座り、鍵盤の前には貴婦人が立っているスケッチ。調べてみるとフランスの画家、ドミニク・アングルの1806年の習作「森の家族」とのこと。アングルは1780年、南仏のモントーバン(Montauban)生まれで、トゥールーズ、パリで学んだのち、当時の若手の登竜門だったローマ賞を受賞し、政府給費留学生として1806年にローマに渡ります。この絵がパリトローマのどちらで書かれたのかはわかりませんが、ハイドンはパリにもローマにも行っていませんので、実際の場面ではなく、当時ヨーロッパ中で知られていたハイドンから音楽を学んでいる姿を想像してスケッチしたものでしょうね。当時のハイドンの人気を物語るものでしょう。LPの魅力はこうしたジャケットにもあるわけで、たかが印刷ですが、なんとなくいい雰囲気が漂うわけです。

さて、本題に戻って、奏者のテレーズ・デュソーについて調べてみます。

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テレーズ・デュソーは1939年、ヴェルサイユ生まれのピアニスト。父は作曲家のロベール・デュソー(Robert Dussaut)、母も作曲家のエレーヌ・コルヴァティ(Hélène Corvatti)。フランスでマルグリット・ロンとピエール・サンカンにピアノを学び、ドイツではロシアのピアニスト、ウラディミール・ホルボフスキに師事しました。1957年には国際ARDコンクールで優勝し、以後はコンサートピアニストとして活躍、現代音楽にも積極的に取り組んできたそうです。近年は教育者として活躍しているとのこと。

Hob.XVI:49 Piano Sonata No.59 [E flat] (1789/90)
しっとりとしたタッチから流れ出る音楽。女性奏者らしいタッチの柔らかさが印象的。サラサラと流れながらも要所でのアクセントはくっきりとつけていきます。まさに気品に溢れた演奏。LPだからか研ぎ澄まされたピアノの音色の美しさが際立ちます。ハイドンの曲のメロディーの美しさも展開の面白さもアイデアの豊富さもすべて折り込んでさらりと美しくまとめいる感じ。ジャケットのスケッチが、女性ピアニストが演奏を終え、ハイドンが満足げに微笑んでいる姿にも見えてきました(笑) 実に品のいい演奏。
アダージョに入ると、実際の音量以上に静けさを感じさせます。楽章がかわって、気配も変わった感じ。聴き手を包み込むようなオーラが発散しています。心に沁み渡るような浸透力。仄暗い部屋の真ん中でスポットライトを浴びながら静かにピアノの響きと向き合うッデュソーの心境がつたわるようです。後半の左手のアクセントの連続は澄み渡るような美しさ。実際の力感ではなく、力感を表現するのは音の対比のみでできるのだとでも言いたげなほど、力が抜けているのに音楽の起伏は険しく感じられる演奏。美しすぎるアダージョ。
3楽章はメヌエット。ことさら演奏スタイルを変えることなくさらりと入り、淡々と進めていきます。キラメキを増す右手にと、絶えず静けさを保ち続ける冷静さのバランスが絶妙。

Hob.XVII:4 Fantasia (Capriccio) op.58 [C] (1789)
こだまのようにメロディーが響き合う小曲。テンポよくすすむ曲想にあわせてタッチのキレも一段と鮮やかになりますが、なにより素晴らしいのが可憐な雰囲気に満ちていること。やはりデュソーの演奏の特徴はこの気品にあります。時折前曲のソナタの演奏では見せなかった激しいアクセントが姿を現してちょっとびっくりしますが、この小曲でのメリハリをきっちりつけようということでしょう。最後の終わり方もちょっと驚く間をとって遊び心をみせます。最後まで透徹したタッチとしなやかさが感じられる名演奏です。

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Hob.XVI:52 Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
曲の構えが大きい分、ぐっと迫力を増した入り。最初の曲ではしなやかさが印象的だったんですが、この曲では力感は十分。素晴らしい迫力に圧倒されます。もちろん繊細な響きの魅力は保っていますので気品に満ちた迫力です。この曲ではやはり力感の表現がポイントとみたのでしょう、1楽章はしなやかな中にも迫力が満ち溢れ、力で押していくようなところもある演奏。
そしてアダージョも打鍵の余韻を実に品良く響かせます。余韻の隅々までしっかりコントロールされた演奏。ところどころでかなり力を抜いた音階をちりばめたり、アクセント、特に左手のメロディーをデフォルメしたりすることで、この優雅な曲にくっきりとした表情の変化をつけていき、音楽の彫りを深くしていきます。
終楽章のプレストへの入りが実に印象的。連続音から始まるこの曲の表情を見事に演じます。タタタタと続く音を実に表情豊かにしあげてきます。このセンスこそデュソーの演奏の真骨頂。全編に気品が満ちているのは音の響きに関する鋭敏な感覚があってのことでしょう。この曲でも一つとして同じ音をならさぬようタッチは非常にデリケート。速い音階の滑らかさとアクセントの対比も見事。突然テンポを落としたりとハイドンのしかけた機知にも呼応します。曲の読みが深いですね。この曲も見事の一言。

ディスクユニオンの売り場から掘り起こしたアルバムですが、これは宝物レベルの名盤でした。まったくしらなかったテレーズ・デュソーというピアニストによるハイドンでしたが、ジャケットに移る美麗な姿そのままの気品に溢れた名演奏でした。音に対する鋭敏なセンスを持ち合わせ、ハイドンのソナタから実に深い音楽を引き出す腕前の持ち主。1曲目のXVI:49ではそのセンスの良さで聴かせ、ファンタジアではタッチのキレのよさ、そして最後のXVI:52では迫力と彫りの深さで圧倒されました。LPのコンディションも悪くなく、美しいピアノの響きを堪能できました。評価は全曲[+++++]とします。

このところの陽気でだんだん目の周りが痒くなってきました。魔のシーズン突入ですね(笑) めげずに頑張ります!

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tag : ピアノソナタXVI:49 ピアノソナタXVI:52 ファンタジアXVII:4 美人奏者 LP

ニキタ・マガロフのピアノソナタXVI:48(ハイドン)

なんだかLPの勢いが止まりません。こうなったら今月はLPに特化します!

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amazon(別装丁CD)

ニキタ・マガロフ(Nikita Magaloff)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:48)、ベートーヴェンのピアノソナタ30番、リストの「パガニーニによる大練習曲」の3曲を収めたLP。収録情報は記載されていませんが、同音源を収録したCDの情報によると1960年8月のおそらくセッション録音。レーベルはPHILIPSの日本盤ですが、フォノグラムではなく日本ビクター時代のもの。解説にソナタが奏鳴曲と記されているところに時代を感じますね。

このLPは最近オークションで手に入れたもの。手元にマガロフの弾くハイドンのアルバムはヴァントが伴奏を務めるピアノ協奏曲くらいで、その演奏もあまり記憶にありませんでした。ところが最近記事にした、フレデリク・マインダースのピアノソナタを聴いて、マインダースのしなやかな演奏の原点がマガロフに師事していたというところにあるような気になり、マガロフのソナタを聴いてみたいと思っていたところ、タイミングよくオークションで見つけて手に入れたという次第。こうした巡り合わせもあるもんですね。

2017/02/03 : ハイドン–ピアノソナタ : フレデリク・マインダースのピアノソナタXVI:49(ハイドン)

ピアニストの演奏の個性というのはなんとなく師事したピアニストの影響を受けるもの。ブログを始めたばかりの頃、カルメン・ピアッツィーニの演奏が師事したハンス・レイグラフの演奏にそっくりだったので調べたらレイグラフに師事していたことがわかりびっくりしたことが、当ブログで奏者の略歴などをいちいち調べるようになったきっかけとなりました。

2010/02/15 : ハイドン–ピアノソナタ : ピアノソナタ全集のあれこれ

ということで、マインダースの、ハイドンの演奏としては珍しくリズムよりもしなやかさに聴きどころを持ってきた背景には師事したマガロフの影響があるだろうとの仮説を検証するためにマガロフを手に入れたという、歴史を遡る仮説検証的興味が脳内に充満している状態。ハイドン以外に特段詳しくもない私でも、ニキタ・マガロフといえばショパンを得意としていたようであるというくらいの感触は持っていて、仮説もそれほど的外れなものではなさそうであるとの憶測もあり、興味津々といったところ。

さらに歴史を遡るわけではありませんが、一応マガロフの略歴もwikipediaなどからさらっておきましょう。

ニキタ・マガロフは1912年、ロシアのサンクト・ペテルスブルクでジョージア(グルジア)貴族の家系に生まれたピアニスト。1918年に家族共々ロシアを離れてフィンランドに渡ります。家族ぐるみの付き合いだったプロコフィエフに刺激を受け、ウクライナ出身のピアニスト、アレクサンドル・ジロティとともに音楽を学び、その後パリ音楽院に進みピアノ学部長のイシドール・フィリップに師事、またパリ音楽院を卒業した1929年にはラヴェルに才能を認められます。マガロフも恩師であるイシドール・フィリップから優雅で折り目正しい趣味のよさを受け継いでいるとのこと。ピアニストとして活躍し始めたのは戦後になってからで、やはり、ショパンの演奏で知られるようになり、特に1974年から78年にかけてPHILIPSレーベルに録音したショパンのピアノ音楽全集は、初めての全曲録音としてのみならず、録音も良く、またマガロフの叙情的かつ端正な演奏が評判となった名盤とのことです。
教育者としても有名で、1949年、あのディヌ・リパッティの後任として1949年から1960年までジュネーブ音楽院の教授を務め、教え子にはマルタ・アルゲリッチ、マリア・ティーポ、イングリット・ヘブラーなど錚々たるピアニストがいます。
私生活ではヨーゼフ・シゲティの伴奏を務めていた縁で、シゲティの娘と結婚し、スイスのジュネーブに居を構えました。亡くなったのは1992年、スイスレマン湖畔のヴェヴェイトのこと。

マガロフの録音履歴を見ると、1950年代後半からポツポツと録音され始めていますので、今日取り上げるアルバムも1960年とごく初期のもの。しかも、ジャケットにもレーベル面にも誇らしげに”HI-FI STEREO”とグィーンと表示されており、ステレオ初期のもの。このレーベルは珍しいですね。

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Hob.XVI:48 Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
盤のコンディションはそこそこでしたが、2度ほどクリーニングしてノイズは綺麗さっぱり無くなり、演奏に集中できます。多少歴史を感じる雰囲気はありますが、ピアノの響きは非常にいい感じ。しなやかさは期待通りですが、叙情的すぎず、落ち着いたタッチから紡ぎ出されるピアノの音色が心地よいですね。前の記事のハンス・シュタットルマイアの演奏でも感じた「気品」に満ちた演奏。端正な中にも程よい芳香が感じられる演奏。この録音当時48歳くらいですので、この味わい深さは流石です。
このソナタは2楽章構成。2楽章に入ると、クッキリとメロディーを浮かび上がらせるタッチのキレを感じさせます。曲の勢いよりも少し遅れて盛り上がる独特の雰囲気。早いパッセージもさりげなくこなしますが、どこかに力の抜けた感じを伴い、優雅さがあります。ハイドンのソナタからは展開の面白さを強調する演奏が多い中、あえてさり気なく弾き進め、メリハリはメロディーを浮かび上がらせるところくらいで、やはりしなやかかつ雰囲気を重視した演奏。そう、仮説通り、フレデリク・マインダースの演奏の原型を感じさせる演奏でした。ただ鍵盤へのタッチから音がなるだけのピアノですが、こうした気配や魂のようなものが師から弟へ受け継がれていくわけですね。

つづいてベートーヴェンの30番、B面はリストの「ラ・カンパネッラ」を含む「パガニーニによる大練習曲」。ベートーヴェンも力感よりも味わいが勝る、まさに気品に満ちた演奏。そして、ショパンとともに得意としていたリストでは、驚くようなきらめきに満ちた演奏でした。これはいいですね。

わたしは、あまりイメージのなかったニキタ・マガロフでしたが、ひょんなきっかけから興味をもち、マガロフという人のことを調べ、その音楽を聴き、なんとなくこの人の音楽というか、独特の美学にふれたような気になりました。また、このところいろいろピアノの古い演奏を聴き、ピアノという楽器の表現力の幅広さをあらためて知った気がします。さらっと聴くとなにげない演奏ですが、実に深い演奏でした。ベートーヴェンとリストと組み合わされたハイドンという構図もいいですね。いいアルバムを手にいれることができました。評価は[+++++]とします。

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tag : LP ピアノソナタXVI:48 ヒストリカル

【新着】マルクス・ベッカーのピアノソナタ集(ハイドン)

久々にCDに戻ります(笑)

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マルクス・ベッカー(Markus Becker)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ5曲(Hob.XVI:21、XVI:34、XVI:28、XVI:46、XVI:23)を収めたアルバム。収録は2015年10月、ドイツのハノーファーにある北ドイツ放送(NDR)の放送大ホールでのセッション録音。レーベルはAvi-musicとdeutschelandradioの共同プロダクション。

しばらくLP、もちろん旧譜で手に入れにくいものばかり取り上げておりましたので、ここらで新譜を取り上げませんと、新譜情報を求める読者の期待を裏切りかねません。最近手に入れたものの中でもこれはという演奏でしたので取り上げます。

Markus Becker - Pianist

奏者のマルクス・ベッカーは1963年生まれのドイツのピアニスト。カール=ハインツ・ケマーリング(Karl-Heinz Kämmerling)やアルフレッド・ブレンデル(Alfred Brendel)に師事し、1987年、ハンブルクで開催された国際ブラームスコンクールで1位となりました。また、マックス・レーガーの作品の録音では2000年にドイツ・レコード賞、エコー賞などを受賞しています。また、1993年からはハノーファーの音楽演劇大学の教職にあります。

上に掲載した彼のサイトの録音のページを見るとこれまでにかなりの枚数のアルバムがリリースされていて、バッハからブラームス、シューマンをはじめとして数多くの作曲家の作品を録音していることがわかります。ひときわ目を引くのがマックス・レーガーの12枚に及ぶ作品集。マックス・レーガーとなると、こちらは全くの門外漢ということで、マルクス・ベッカーの奏者の器を計れる立場にありませんね(笑) ということで、このハイドンのアルバムでその器を実感したいと思います。

Hob.XVI:21 Piano Sonata No.36 [C] (1773)
非常に軽やかなタッチの演奏。録音も非常に優秀で空間にピアノがクリアに定位し、ハイドンのソナタの理想的な演奏。あえて低音の重厚感を殺し、中高域のクリアさを強調しているよう。よく聴くと一音一音ごとに絶妙にタッチがキレており、タッチのキレ味で聴かせる演奏。リズムの小気味良さが光り輝く演奏。これは鮮やか。
アダージョに入っても一貫して気持ちよく響くピアノの音色の心地よさ。これがマルクス・ベッカーの持ち味と見ました。ゆったりした楽章でもゆったりし切ることなく、適度にクリアでタイトなピアノの響きの面白さで聴かせるかなりの腕前。全ての音の響きが澄み渡ってて本当に気持ちよく楽器を響かせます。こんな印象を感じたのは初めて。
びっくりしたのがフィナーレ。一音一音のコントラストの見事な演出。完全に全ての指のタッチの強さとタイミングが制御しきれている感じ。しかもさっぱりとした爽やかさを纏う完璧なタッチ。力みは皆無でむしろかなり力を抜いているように聴こえます。ハイドンがこんなにも爽やかな表情を見せる匠のタッチ。1曲からベッカーの爽やかさにやられました。

Hob.XVI:34 Piano Sonata No.53 [e] (c.1782)
ブレンデルの演奏が刷り込みの曲ですが、ベッカーを聴いてブレンデルの響きをデフォルメした演奏の垢が完全に落ちました。この曲も爽やかなピアニズムが聴きどころだったと再発見。相変わらず全音符が完璧に制御され、一音一音のタッチの鮮やかさはもはや神がかってきています。重厚さとは無縁のリズムのキレに惚れ惚れとします。次々とやってくる打鍵の波に打たれるエクスタシー!
アダージョも前曲同様ゆったりすることなくピアノの響きに吸い込まれるような透明感。これほどにタッチのキレを感じた演奏は他にはアムランの演奏がありますが、アムランの響きには青白くひかる狂気のような前衛性を感じるのに対し、ベッカーの演奏は純粋無垢。そしてタッチは冴え渡っているのに、どこかほのぼのとした印象もあり、それがハイドンらしさを感じさせます。響きの余韻に無駄がなく清潔さも保つ見事さ。
そしてジブシー風な3楽章のメロディーから滲み出る独特な雰囲気のセンスも見事。見事。見事。こりゃ参りました。

Hob.XVI:28 Piano Sonata No.43 [E flat] (1776 or before)
次々と演奏されるソナタですが、この曲も冒頭から鳥肌がたたんばかりのタッチの見事さに圧倒されます。まさに音符ごとにタッチが千変万化。なんというコントロール力でしょうか。指一本一本の打鍵の強さとタイミングが超精密に制御され、超自然な響きを生み出します。細密画はどこか不自然な緻密さがあるものですが、その不自然さが皆無な超自然な細密画のよう。しかも写真とは異なるアーティスティックさを帯びているので、絵としての迫力も十分。ハイドンという古典を自然なまま現代アートにも比較し得る作風で蘇らせているよう。ソナタを聴く快感に溺れます。
鳥のさえずりのようなメヌエットの入り。さっと日が陰るとデリケートなニュアンスを帯び、同じ鍵盤からとは思えない音色に変わり、そして再び鳥のさえずりに戻ります。この音色とニュアンスの変化の面白さこそがハイドンの真骨頂。
そして、驚異のタッチを感じるフィナーレ。完璧な制御で絶妙なタッチの連続に再び驚きます。この楽章がこれほど聴きごたえがあったとは。マルクス・ベッカーのもはやマジックレベルのタッチが冴え渡ります。ユッタ・エルンストもビックリ(笑)

Hob.XVI:46 Piano Sonata No.31 [A flat] (1767/70)
こちらも有名曲ですが、これまでの演奏の垢を一切感じさせない純粋な響きにちょっと驚きます。音符を重ねる重ね方のアクセントが絶妙な面白さを生み出し、こんな響きがあったのかと改めて気づかされます。新たなハーモニーを発見した気分。特に速いパッセージの流麗なタッチから生み出されるさざ波のような響きの面白さは並ではありません。そして天から星が降り注ぐような高音のメロディーの美しさ、硬質なアクセントのキレ、硬軟織り交ぜた音色の変化。やられっぱなしです。おそらく左手はかなり控えめな力での演奏ですが、それがクリアな響きを生んでいるよう。休符を長く取ることで曲想の変化を印象づけるのではなく、むしろ休符を短くしてタイトな印象を作ってきます。色々発見のある演奏。
この曲でもアダージョの美しさは筆舌に尽くしがたいもの。無言で夜空の星を眺めていたい気分。音符が少ないだけに一音一音の意味を噛み締めて聴きますが、やはりハイドンは天才だと思う素晴らしいメロヂィーの連続。爽やかな演奏から深い深い情感が滲みます。
アダージョの余韻の消え入る絶妙なタイミングでフィナーレに入ります。耳を澄ますと右手の鮮やかたタッチに加えて左手の表情の豊かさもかなりのもの。この爽やかながらイキイキとした表情の秘密がわかった気がします。

Hob.XVI:23 Piano Sonata No.38 [F] (1773)
あっという間に最後の曲。聴きなれた曲が新鮮に響くのはこれまで通り。リズムは踊り、メロデイーはクッキリと浮かび上がり、大きな波の変化もあり、そしてそこここに新鮮なハーモニーを感じます。ハイドンのソナタが完全に現代風にクリアに響く快感。しかもエキセントリックなところは全くなく、古びた感じもなく、モーツァルトよりも垢抜けていて、ここに音楽のすべての面白さが詰まっていると言っても過言ではありません。
最後の曲のアダージョはやや叙情的な曲ですが、もちろん純粋無垢な美しさに仕上げてきます。一つとして同じメロディーの繰り返しがないように、演奏の方もニュアンスを次々と変化させながら進み、曲の素晴らしさと演奏の素晴らしさの相乗効果で音楽に深みが宿ります。
フィナーレはむしろあっけらかんとしているほどの吹っ切れ方。最後に純粋にリズムの面白さを印象付けて終わります。

イカしたデザインショップの店員さんのような風貌のマルクス・ベッカーですが、繰り出された音楽は素晴らしいものがあります。ハイドンのピアノソナタにはこれまでにも色々名演奏を紹介してきていますが、このベッカー盤も1、2を争う名盤と言っていいでしょう。タッチの鮮やかさ、制御の完璧さは目もくらむほど。特に爽やかさとクッキリ感は並外れたものがあります。ハイドンの音楽の癒しはこの純粋無垢な演奏の向こうにも広がっていました。すべての人に必聴の名盤です! 評価は全曲[+++++]とします。

色々ストレスを抱えて癒しを求めてる方、癒されてください!

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ギルバート・カリッシュのピアノソナタ集(ハイドン)

ピアノソナタのLPが続きます。

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ギルバート・カリッシュ(Gilbert Kalish)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ3曲(Hob.XVI:20、XVI:40、XVI:23)、アリエッタと12の変奏(Hob.XVII:3)の合わせて4曲を収めたLP。収録は1978年5月、ニューヨークでのセッション録音。レーベルは米nonesuch。

こちらも先日ディスクユニオンの店頭で発見し仕入れたもの。このアルバムの存在は知ってはいたものの今まで出会うことなくきたため、売り場で見かけた時にはちょっと呼吸が乱れました(笑)。そもそもの発端は次の記事をご参照ください。

2014/11/09 : ハイドン–ピアノソナタ : 【新着】ギルバート・カリッシュのピアノソナタXVI:52(ハイドン)

新譜としてリリースされた老年のギルバート・カリッシュのアルバムですが、これが、、老いたカリッシュが奥さんの愛した曲をまとめたという、心温まるプロダクションで、なんとなく心に残る演奏でした。その記事でカリッシュのことを調べていた際、ハイドンの録音もかなりあるということがわかりましたので、以来見つけたら手に入れようとずっと思ったまま、出会わずに来た次第。今回手に入れたLPはプロモーション用の非売品とのシールが貼られたものでしたが、タイトルは「ヨゼフ・ハイドンのピアノ音楽第4巻」とあり、ライナーノーツには第1巻から3巻までの収録曲も掲載され、カリッシュのハイドンの録音の全容も判明しました。

カリッシュの略歴などは上の記事を参照いただくとして、早速針を落とすと、実に慈しみ深く、美しい響きにいきなり耳を奪われました。LPのコンディションも悪くなく美しいピアノの音色を存分に堪能できる状態!

Hob.XVI:20 Piano Sonata No.33 [c] (1771)
録音のせいか、妙にしみる音色。眼前にピアノの美しい響きが広がります。nonesuchといえばワンポイント録音で名を馳せたレーベルゆえ、録音の自然さは見事なレベル。テンポは遅めで一音一音を慈しむようにゆったりと弾いていきます。まるで大切な宝石を一つ一つ数えていくようなタッチ。晩年のカリッシュの演奏の原点がここにあると知り、ちょっと感動的。これだけ音を大切にするタッチは滅多にありません。そして紡ぎ出される音楽は人の温もりの伝わる音楽。カリッシュ40代の演奏にしては枯れすぎかもしれませんが、これが彼のスタイルなのでしょう。
続く2楽章は、ハイドンのソナタの中でも最も美しいアンダンテの一つですが、カリッシュの訥々としたタッチで聴くこの曲はその素朴な美しさが最も自然に表された名演奏と言っていいでしょう。美しい音色やタッチなど技術的なことに対する執着は皆無で、純粋無垢な響きが自然に滔々と湧き出てくる音楽。飾り気なく淡々と弾き進めるカリッシュの真面目な音楽に心を洗われるよう。
フィナーレでもピアノが美しく響く範囲で優しいタッチから音楽が紡ぎ出されていきます。力むことを知らないカリッシュの音楽は心地よさを失いません。1曲目から素晴らしい演奏がジワリと沁みてきます。

Hob.XVI:40 Piano Sonata No.54 [G] (c.1783)
続く曲はまるでそよ風のような心地良さで入ります。ことさらサラサラとしたタッチでサクサクと進めることで曲の素朴な味わいが活きてきます。この曲では特に高音のタッチの透明感、キラメキが素晴らしい。時折り輝く高音がアクセントになって、力を入れるところはないのに音楽がくっきりと浮かび上がります。ピアノの響きを知り尽くした奏者による円熟の技。
この曲は2楽章構成。常に軽さを帯びたタッチが紡ぎ出す音楽の軽妙さがカリッシュの音楽のベースにあるよう。力任せでは音楽は弾まないとでも言いたげな軽妙洒脱な展開にうっとり。速い音階も技術を誇示することなく、実に自然流麗なもの。非常に滑らかな音階によってハイドンの音楽が自然に磨かれ、素朴な美しさを纏います。この曲も見事。

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Hob.XVI:23 Piano Sonata No.38 [F] (1773)
レコードを裏返して3曲目。すでにカリッシュの素晴らしい演奏にノックアウトされていますので、あとは純粋に楽しむだけ。落ち着いたタッチから繰り出される自然に磨かれた音楽の美しさに酔いしれます。1楽章の起こりに2楽章の沈み。特にこのアダージョも全曲同様美しい表情を持つだけに、カリッシュのタッチによって自然な美しさの極みに達します。耳を澄ますと、フレーズごとに大きな起伏をつけて弾いており、素朴に響くもののかなりの表現力を駆使しての演奏であることがわかります。慈しみ深いハイドンのソナタの演奏の代表格と言っていいでしょう。そしてフィナーレのリズムの面白さも秀逸。軽々とこなしていくので爽やかさまで纏いますが、やはりかなりの表現力があってのことですね。

Hob.XVII:3 Arietta con 12 variazioni [E flat] (early 1770's)
最後は変奏曲。力の抜けたカリッシュのタッチにより、まずはメロディーがいきなり枯れた美しさで驚かせます。そして変奏が始まると、フレーズごとに表情がくっきりと浮かび上がるところはカリッシュの表現力の面目躍如。冒頭から孤高の美しさを発散し続けます。この曲に入ってカリッシュのタッチは冴え渡り、フレーズの一つ一つが素晴らしい生命力を帯び、すでに神がかっています。これまで見せなかった大胆なタッチと息の長い休符を織り交ぜて演奏は自在の極地へ。変奏とはこのように弾くべしとのカリッシュの心情がハイドンの曲に乗り移ったような、カリッシュにしかできない演奏。いやいや、これは絶品です。

探し求めていた若き日のギルバート・カリッシュのソナタ集。晩年の演奏も感動的でしたが、実は若い頃から感動的な演奏をする人でした。全曲素晴らしいんですが、中でも最後のアリエッタと12の変奏はこれまで聴いたどの演奏より素晴らしい、超名演です。間違いなくこの曲のベスト盤としてよいでしょう。残念ながらこの素晴らしいLPを手に入れるのは難しいでしょうが、本家nonesuchのウェブサイトを見ると2009年のハイドン没後200年を記念してmp3で再発売されていますので、聴くことはできるでしょう。評価は全曲[+++++]とします。

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tag : ピアノソナタXVI:20 ピアノソナタXVI:40 ピアノソナタXVI:23 アリエッタと12の変奏XVII:3 LP

フレデリク・マインダースのピアノソナタXVI:49(ハイドン)

最近ディスクユニオンで発掘した名盤。

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フレデリク・マインダース(Frédéric Meinders)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:49)、メンデルスゾーンの6つの子供の小品(Op.72)、7つの性格的小品(Op.7)からアンダンテ、リストのバラード第2番、ローレライ、リスト編曲によるワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」より「イゾルデの愛の死」など6曲を収めたLP。収録情報はPマークが1979年とのみ記されており、レーベルは蘭CBS。

ジャケット写真を見た当ブログのコアな読者の方ならすでにお気づきの通り、何やら怪しい妖気が立ち上っております。ディスクユニオンの店頭でこのアルバムを見かけた時、というか、アルバムに写る奏者と目が合った時、瞬間的に手に入れるべきとのお告げが脳髄に刺さりました(笑) カウンターに持ち込み検盤してみるとほぼミントコンディションで言うことなし。かくして、このアルバムが手元にあるわけです。

一応クリーニングマシンで綺麗に洗浄して針を落とすと、みずみずしいピアノの音色が流れ出すではありませんか。しかも前衛的に攻めてくるかの予想に反して非常に優しいタッチの流麗な演奏。ハイドンのソナタがこれほどまでに柔らかくナチュラルに響く演奏は久しぶりです。これはちゃんと調べて記事にせねばと意気込んで取り上げた次第。

アルバムはオランダCBSのもので解説もオランダ語のみ。という事でオランダ語の解説とネット情報をかき集めて奏者の略歴をさらっておきます。奏者のフレデリク・マインダースは1946年、オランダのハーグ生まれのピアニストで、作曲家でもあるそうです。幼少の頃から両親にピアノを習い、王立ハーグ音楽院に進学後、1968年にはオランダの国内コンクールで1等になります。その後、アルゲリッチの勧めでジュネーブでニキタ・マガロフに師事し、直後にオスロの国際スクリャービンコンクールで優勝。以後世界的に活躍しているそうです。なお、マインダースのウェブサイトはこちら。

Frédéric Meinders

アマゾンなどで検索すると編曲もののアルバムがいくつか引っかかるだけですが、ディスコグラフィーには10枚以上ののアルバムが掲載されている他、作曲家らしく、膨大な数の作品リストも掲載されています。今日取り上げるアルバムの姿は若き日のマインダーズであることもわかります(笑)

Hob.XVI:49 Piano Sonata No.59 [E flat] (1789/90)
ハイドンのソナタのピアノによる演奏はリズムをキリっと引き締めた演奏が多い中、リズムよりもメロディーラインの流れの良さで聴かせる非常に珍しいタイプの演奏。あまりにサラサラとメロディーが流れ、タッチも鮮やかなため、リズムの山感じられないほど。歯応えを期待した蕎麦を口にした瞬間、あまりの喉ごしの良さに驚く感じ。リズムに機知を感じさせるという先入観を全く持たずに演奏するとこうなるのでしょうか。有名なソナタだけにこちらも「この手があったのか」と膝を打つ始末(笑)
この演奏が気まぐれではなく、間違いなく確信犯だと思うに至ったのが続く2楽章。以前、デルジャヴィナ盤を取り上げた時に、「ショパンのようなハイドン」と評した言葉を思い出しました。マインダースのディスコグラフィーを確認すると、過去の録音がショパンに集中しているわけではありませんが、古典派よりもロマン派以降の音楽が中心なのは明らか。そうした視点で聴くと、このハイドンは古典派の音楽として演奏しているという感じがなく、ハイドンの音符を、ロマン派的な視点で解釈しての演奏と捉えるとしっくりきます。要はそれほどロマンティックな完成度が高いという事です。夢を見ているひと時を音楽にしたような甘い音楽。
フィナーレも非常に柔らかな音楽が流れます。タッチはしなやかさを極め、ドビュッシーの組曲の一編を聴いているような錯覚すら覚えます。アクセントは音量ではなく音のキレのみで作り、すべてのメロディーが流麗に流れ、詩的な瞬間のイメージを大事にする演奏。いつもハイドンばかり聴いている耳には、かえって非常に新鮮に響きます。

ハイドンに続いて、メンデルスゾーンの曲になっても、同じ作曲家の音楽が流れていくように思わせる一貫性のある演奏に、ちょっと驚きますが、表現が単調という意味ではなく、表現の説得力の高さに驚くという感じ。B面のリストではもちろん可憐なタッチはそのままに、剛腕なところも見せますが、詩的ですらある表現の濃さはそのままで、品良くまとまっています。

1979年の録音ということで、マインダーズが30代前半の録音。アルバムに収められたメンデルスゾーン以降の作品と同じく、ロマンティックな演奏のハイドンでした。ハイドンのソナタから芳しい香りが立ち上り、しかも非常にセンス良くまとまった名演奏と言っていいでしょう。LPのコンディションが非常によかったので、マインダースの若さと70年代の空気そのものまでも溝に刻まれたような素晴らしい響きが味わえる名盤です。おそらくCD化はされていないと思いますが、このLPは掘り出す価値のあるものですね。評価は[+++++]とします。これだからLP漁りがやめられないわけです。

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tag : ピアノソナタXVI:49 LP

ルドガー・レミーのブロードウッドピアノによるソナタ集(ハイドン)

今日はハイドンが活躍していた時代のピアノで演奏したピアノソナタを取り上げます。

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TOWER RECORDS / amazon

ルドガー・レミー(Ludger Rémy)のピアノによる、ハイドンの晩年のピアノソナタ3曲(Hob.XVI:52、XVI:51、XVI:50)を収めたアルバム。ピアノは1794年製のブロードウッドピアノ(John Broadwood 1794)。収録情報はPマークが1987年とだけ記載されています。レーベルはaudio max。

このアルバムに興味を持ったのは、もちろんブロードウッドピアノで弾かれているから。現代のピアノの透徹した響きの美しさもいいものですが、ハイドンが作曲していた頃、どのような響きをイメージして曲を書いたのかということにも興味は尽きません。こうした興味が本格的に生まれたのはクラヴィコードで弾かれたハイドンの素晴らしい演奏を聴いてからです。

2013/01/27 : ハイドン–ピアノソナタ : デレク・アドラムのクラヴィコードによるソナタ集

そのような興味が生まれると、色々と楽器に興味が湧いてくるわけで、その後楽器の変遷を見に、浜松の楽器博物館にも詣でております。

2015/09/15 : 旅行・温泉巡り : 【番外】浜松市楽器博物館詣で+うなぎ!

このアルバムの演奏に使われているのは1794年製のブロードウッドピアノですが、浜松市楽器博物館の所蔵楽器をウェブサイトで調べてみると、なんと7台ものブロードウッドのピアノがヒットします。いずれも1800年以降のものですが、資料番号K-0041、K-0022あたりの楽器がこの演奏に使われたものに近いのではないかと想像しております。

浜松市楽器博物館:所蔵資料データベース:検索=Broadwood

一応ブロードウッドピアノの歴史をWikipediaなどから紐解いておきましょう。
1732年にスコットランドに生まれたジョン・ブロードウッドが1952年にロンドンに移り、チェンバロ製作者のバーカット・シュディの元で働き始めたのが興り。シュディの娘と結婚し1773年にシュディが亡くなりピアノの制作を始め、1780年にはオリジナルなピアノを完成。1795年には息子もピアノ制作に加わりブロードウッド&サンとなります。ブロードウッドピアノの特徴は、それまで手や膝で操作していたペダルを脚で操作する方式を導入するなどの革新をもたらしているとのこと。ブロードウッド社のウェブサイトに掲載されている歴史を辿ると1774年にウィーンのハイドンにハープシコードを届けているという記載が見られるのに加え、1791年の最初のロンドン旅行の際にブロードウッドの楽器を使用しているとのことで、ハイドンとも浅からぬ関係があったようです。

このフォルテピアノから現代のピアノへの進化の途上にあるブロードウッドピアノによって、ハイドンの晩年のソナタがどう響くのか興味津々ですね。

奏者のルドガー・レミーは調べてみると手元の以前レビューしたアルバムでフォルテピアノを弾いていました。

2014/06/27 : ハイドン–声楽曲 : 【新着】ドロテー・ミールズの歌曲集

ルドガー・レミーは1949年、ドイツのオランダ国境に近いカルカー(Kalkar)生まれの鍵盤楽器奏者、指揮者、音楽学者。フライブルク、パリなどで学び、メインは17世紀から18世紀のドイツ音楽の研究などドイツでの教職のようです。

Hob.XVI:52 Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
ブロードウッドピアノはフォルテピアノよりも音に力強さと厚みがあり、冒頭の力強いタッチから始まる曲の迫力が十分伝わります。ルドガー・レミーは楽器が良く鳴る勘所を踏まえて、楽器のキャパシティいっぱいのダイナミックレンジを使って鮮烈な響きを引き出してきます。フォルテピアノによる雅な響きとは力感が異なり、ピアノに近いダイナミクスで音色はフォルテピアノに近いと言ったらいいでしょうか。手元にある浜松楽器博物館の制作で小倉貴久子さんの弾く1802年製のブロードウッドピアノ(コレクションシリーズ38)と音色は近いんですが、浜松の楽器の方が調律が気持ちよく決まっていて、響きに濁りがありません。逆にルドガー・レミーの演奏の方が力強さを感じますので一長一短というところでしょうか。ピアノに負けないダイナミクスを感じさせます。まさにハイドンがこの曲に込めたダイナミクスはこのブロードウッドピアノがあってのことかもしれません。ピアノの演奏に耳は慣れていますが、この演奏を聴いてフォルテピアノの世界から扉が一つ開いたところを想像します。1楽章のダイナミクスがまさにその象徴のように思えてきました。
続くアダージョも所々に力強いタッチとその余韻を楽しむような曲想であり、進化途上のブロードウッドピアノの響きがそのタッチの魅力をかえって浮かび上がらせるよう。耳をすますとこの先進化を遂げていくピアノの音色に近い響きも聴き取れ、なかなか想像力に訴える演奏。響の濁りも含めてなんだかとても聴き心地がよくなってきました。ルドガー・ラミーは訥々と語りかけるように弾き進め、ブロードウッドピアノならではの響きの余韻も十分に取り入れたダイナミックかつ詩的なニュアンスも踏まえた演奏で応えます。音色になれると演奏の深みがわかってきます。
3楽章に入ると鮮やかなタッチと絶妙な間のコントラストを効かせながらハイドンの素晴らしい音階の交錯による音楽が冴えてきます。澄みきりすぎた現代のピアノからは失われてしまったデリケートな響きのニュアンスもあるのだと知ります。

Hob.XVI:51 Piano Sonata No.61 [D] (probably 1794)
今度は落ち着き払った入り。噛みしめるようにしっとりとブロードウッドピアノをしっとりと鳴らしながらハイドンの素朴な音楽を奏でていきます。フレーズごと微妙に明るさと翳りが変化する様子を巧みに表現していき、ピアノでは表現できない音色の多彩さがあることに気づきます。やはりフォルテピアノよりもわずかにダイナミクスの表現に秀でていることの大きさが効いています。抑えた部分では音色の美しさ、強音では弱音との音色の変化の大きさがピアノ以上にダイナミクスを感じさせます。穏やかな1楽章に対して、少しタッチを強める2楽章への変化も実に面白く聴こえます。

Hob.XVI:50 Piano Sonata No.60 [C] (probably 1794)
そして冒頭のXVI:52とともにハイドンのソナタの頂点をなすこの曲では、さらにタッチの強弱の絶妙な力加減がブロードウッドピアノをとうして生む音色の変化の面白さに耳を奪われます。ルドガー・レミーのタッチも精緻を極め、ブロードウッドピアノという楽器を知り尽くした人だけが、楽器の響きを活かし尽くすように操る妙技。音楽に創意がみなぎり、タッチは自在の極致へ至ります。久々に脳内にアドレナリンが溢れてきます。完全にルドガー・レミーの音楽に圧倒されます。1楽章のタッチとリズムの変化、2楽章の抑制された美しさ、3楽章の軽妙さと、どれをとっても現代ピアノでの表現の幅を上回る豊穣な音楽が湧き出てきます。これは見事。絶品です。

ルドガー・レミーがハイドン存命時の楽器であるブロードウッドピアノで弾いた最後の3つのソナタ。この演奏を聴いて、新たな時代の楽器の潜在力がハイドンのこの3つのソナタの作曲に際して大きな影響があったというふうに思えるような素晴らしい演奏でした。特に最後のXVI:50は絶品。現代ピアノに比べればダイナミクスでも音色の統一感でもまだまだ進化途上のものですが、逆にハイドンのこのこれらのソナタには、タッチの強さによる音色の変化や、響きの美しさが際立つ面白さがあることがわかります。これは是非皆さんに聴いていただきたいアルバムですね。評価はもちろん全曲[+++++]とします。

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tag : ピアノソナタXVI:52 ピアノソナタXVI:51 ピアノソナタXVI:50 古楽器

【新着】ベルント・グレムザーのピアノソナタ集(ハイドン)

またまたピアノソナタのアルバム。

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TOWER RECORDS / amazon / ローチケHMVicon

ベルント・グレムザー(Bernd Glemser)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ5曲(Hob.XVI:20、XVI:32、XVI:34、XVI:36、XVI:44)を収めたアルバム。収録は2015年12月1日から3日かけて、ミュンヘンのバイエルン放送第2スタジオでのセッション録音。レーベルは独OEHMS CLASSICS。バイエルン放送との共同制作盤。

ジャケットには"Sonaten in Moll"「短調のソナタ」と書かれており、文字どおりハイドンのソナタの中から短調のソナタを集めて録音したアルバム。あらためてこのアルバムに収録された曲のホーボーケン番号を並べて見ると、個人的には好きな曲ばかりが並んでいることに気づきますが、これは短調の曲だったわけですね。モーツァルトの場合も同様ですが、古典期の作品では短調の曲は少ないのですが、やはり独特の翳りを持ついい曲が多いんですね。

奏者のベルント・グレムザーは1962年、ドイツ南部、フライブルク東方の街、デュルプハイム(Dürbheim)生まれのピアニスト。7歳からピアノをはじめ、学生時代からロシア出身のピアニストヴィターリ・マルグリスに師事、1987年にミュンヘン国際音楽コンクールに入賞してから世界的に活躍するようになりました。以降教育者としてもザールラント高等音楽学校、ヴュルツブルク高等音楽学校などで教えています。最近ではNAXOSからプロコフィエフ、ラフマニノフ、チャイコフスキーなどのソナタをかなりの枚数リリースしておりご存知の方も多いかもしれません。

イェネ・ヤンドーとともにNAXOSの看板ピアニスト的存在と言うことで、実力はありそうですが、果たしてハイドンを如何に料理してくるのか、興味津々です。

Hob.XVI:20 Piano Sonata No.33 [c] (1771)
予想通りというか、NAXOSに多く録音を残している人とのイメージにぴったりの演奏。そしてピアノの教育者らしい、端正かつ正確な演奏と言えばいいでしょうか。テンポは中庸、力まず適度な力感で曲の構造を楽譜通りにトレースしていく感じが心地よい演奏です。この短調の名曲は、もう少し情緒的に演奏することが多いのですが、比較的あっさりと演奏することで、ハイドンらしい爽やかさを感じさせます。
期待の2楽章は、美しさの際立つ楽章で、丁寧に美しさを際立たせる演奏が多い中、グレムザーはあえて逆にあっさりとした演奏できました。アンダンテ・コン・モートとという「気楽にのんびりと」という気楽さの表現が「さりげない美しさを」感じさせるもの。このアンダンテ・コン・モートという指定の解釈の仕方に触発されたものかはわかりませんが、よく聴くこの曲の美しい演奏とは対照的に禁欲的なまでにあっさりときました。
そして3楽章のアレグロもアッサリとした表現に徹して、サラサラと流れていく演奏。聴き進めていくうちに、小手先の表現ではなくハイドンの音楽自体に潜む魅力を引き出すためにあえて淡々と弾き進めるグレムザーの意図が見えてきます。表現の方向は異なりますが、スタイルとしてはオルベルツのアプローチに近いでしょうか。

Hob.XVI:32 Piano Sonata No.47 [b] (1776 or before)
グレムザーのスタイルがなんとなく見えてきたところで、またまた有名曲。ピアノ教師としての矜持を感じさせる鮮やかなタッチで短調の曲を磨きこんで、やはり淡々と弾き進めて行きます。テンポは一貫しており推進力を感じさせるほどグイグイと弾いて行きますが、その中にフレーズごとのメリハリをくっきりと表現していくところは流石。折り目正しく、端正で品格を感じさせる演奏と言えばいいでしょうか。
前曲の2楽章ほど禁欲的ではなく、程よくリラックスしたメヌエット。そしてフィナーレも鮮やかなタッチでキレの良い演奏。速いパッセージのタッチの鮮やかさはかなりのもの。前曲でのかなり禁欲的な演奏よりは一般的な演奏に近い表現に感じますが、それでもテンポを揺らさず一貫した表現で通すところがグレムザーらしいところ。

Hob.XVI:34 Piano Sonata No.53 [e] (c.1782)
低音のリズムと音階の面白さが独特の入りの曲ですが、曲自体の面白さに語らせようとするグレムザーのスタイルは変わらず、あえて淡々としながらも、ここはアクセントをかなり効かせてタッチの冴えを印象付けます。正確無比なタッチでハイドンの独特の音楽を弾き進めていくことに快感を感じているのではないかと思わせる鮮やかな手腕。相当のテクニックがなければこれだけの鮮やかさは表現できないと思います。だんだんグレムザーの音楽にハマってきました。
これまでの中間楽章の中では一番美しさにこだわった演奏に聴こえるアダージョ。なんとなくテンポの指定に忠実な演奏を心がけているよう。アダージョらしいリラックスした表現。そう思うとこれまでの中間楽章はアンダンテ・コン・モートやメヌエットでしたので、その指定に忠実に弾き分けているようです。
そして、3楽章はヴィヴァーチェ・モルト。活発に速くとの指定通りに活気ある演奏。

Hob.XVI:36 Piano Sonata No.49 [c sharp] (before 1780)
1楽章のモデラートはこのアルバムでは最も自在さを感じさせる演奏。タッチに遊びを感じさせ、アクセントも恣意的で表現意欲を感じさせます。曲が進むにつれてこの曲に仕込まれた機知に反応してどんどん表現が果敢になっていくのが面白いところ。ハイドンの仕掛けたアイデアにつられてグレムザーも気を許してきた感じ。音楽の純度が上がり、それにつれてグレムザーの心境も澄み渡っていくのがわかります。弱音部の澄み渡り方は絶品。
この曲を聴くたびに1楽章との繋がりの意外性を感じる2楽章。ここでも淡々とした入りから徐々に表現が深くなっていき、軽妙なタッチを織り交ぜ、アルバム前半の推進力溢れる演奏とは全く異なる自在さを感じさせます。
そして3楽章のメヌエット。トリオを挟んで両端がメヌエットなんですが、そのメヌエットが静謐ななかなかの演奏。深いですね。

Hob.XVI:44 Piano Sonata No.32 [g] (c.1771)
このアルバム最後の曲ですが、作曲年代が最も古い曲。この曲のみ2楽章構成。前曲で意外にも表現の深さを感じさせたあと、明快な曲想で締めくくろうということでしょうか。そう感じさせたのは最初だけで、徐々に表現が深くなり、フレーズごとの表現の幅も広がっていきます。じわりと伝わる曲の面白さ。
そして2楽章は軽々とメロディーを転がしながらサラサラと弾き進めていくうちに曲の面白さが浮かび上がるなかなかの名演奏でした。

ベルント・グレムザーによるハイドンの短調のソナタを5曲集めたアルバム。セッション録音ゆえ収録曲順に録音したかもわかりませんが、最初の2曲はまるでピアノ教師が見本に演奏するようなカッチリとした演奏。特に2楽章の美しさで知られる最初のXVI:20は表現意欲を封印したかのように禁欲的かつ一貫してあっさりとした演奏。それが3曲目からは徐々に表現が冴えてきて後半2曲は最初とはかなり異なり自在な表現の深さが光る演奏。同じ短調のソナタでも色々な表現ができることを示すような演奏でした。評価ははじめの2曲、XVI:20とXVI32が[++++]、以降3曲が[+++++]とします。これはこれでなかなか面白いアルバムでした。このような表現の幅を楽しめるベテランの方向けのアルバムですね。

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tag : ピアノソナタXVI:20 ピアノソナタXVI:32 ピアノソナタXVI:34 ピアノソナタXVI:36 ピアノソナタXVI:44

【新着】ジョン・オコーナーのピアノソナタ集(ハイドン)

今日はピアノの美しい響きをとことん味わえるアルバム。

JohnOConor.jpg
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ジョン・オコーナー(John O'Conor)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ5曲(Hob.XVI:32、XVI:23、XVI:46、XVI:20、XVI:23)を収めたアルバム。収録は2016年8月29日、ニューヨークのスタインウェイホールでのセッション録音。レーベルはピアノで有名なSTEINWAY & SONS。

最近リリースされたアルバムをチェックしていて、何気なく手に入れたアルバムですが、ピアノメーカーのスタインウェイが自らリリースしているアルバムということで、ちょっと気になる存在でした。世界中の一流のピアニストに弾かれる楽器ゆえ、多くのピアニストの中から、スタインウェイの美音を最も美しく響かせる演奏に違いないとの想像力も働きます。

ピアニストのジョン・オコーナーは1947年、アイルランドのダブリン生まれのピアニストで教育者。ダブリンのベルヴェデーレ・カレッジでピアノを学んだ後、オーストリア政府の奨学金でウィーンに留学、ディーター・ウェーバーの元で学びました。その間、ケンプにベートーヴェンの演奏の教えを受け、1973年にウィーンで開催された国際ベートーヴェンピアノコンクールで優勝、1975年にはベーゼンドルファーコンクールで優勝し、世界に知られるようになったとのこと。今回アルバムをリリースしているスタインウェイとはライバル関係にあるベーゼンドルファーのコンクールで優勝しているのも何かの因果でしょうか(笑)

これまでにリリースされているアルバムを調べてみると、TELARKレーベルからベートーヴェンのピアノソナタ全集、協奏曲全集、モーツァルトの協奏曲全集などがリリースされており、やはりベートーヴェンを得意としているようですね。

ということで、早速聴いてみます。

Hob.XVI:32 Piano Sonata No.47 [b] (1776 or before)
流石に最新の録音だけあってピアノの臨場感は素晴らしいものがあります。自然な響きと鍵盤の重みが伝わってくるような録音。このところエイナフ・ヤルデンやツィモン・バルト、デニス・コジュヒンなど、ハイドンの機知をアーティスティックに表現したピアノを聴いてきましたが、このジョン・オコーナーは実にオーソドックスで変な自己顕示欲は皆無。淡々とハイドンの書いた音楽をピアノに乗せていく感じの演奏で、安心して演奏を楽しむことができます。オコーナー自身もリラックスして演奏を楽しんでいる感じ。かといってオルベルツほど枯れてもおらず、程よくバランスのとれた演奏。先生が楽しげに見本で演奏しているような感じ。この「楽しげに」というのが大事なところ。タッチが精緻を極めるわけでもなく、このすっかりリラックスしてストイックさとは無縁の表情がハイドンの面白さを引き立てるわけです。

Hob.XVI:23 Piano Sonata No.38 [F] (1773)
軽いタッチで入る曲。まるで朝飯前だとでも言いだしそうなカジュアルな入り。これが曲想にピタリ。よく聴くと一音一音が磨かれていて、流石にピアノの音色は絶品です。1楽章は流れるように一貫して軽めにサカサカ弾き進めていくのが乙なところ。
素晴らしいのが続くアダージョ。軽さを保ちながらも、ぐいぐい響きが深く変化して行きます。デリケートな表情の変化に引き込まれます。音の長さを絶妙にコントロールして曲の一貫性を保ちながら表情を変えていく表現が素晴らしい。
そして軽いフィナーレ。同じ軽さでもわずかな曇りを帯びさせて曲想に合わせているのがわかります。ピアノの響きをリアルに伝える録音だからこそ、こうしたデリケートな変化を味わえます。

Hob.XVI:46 Piano Sonata No.31 [A flat] (1767/70)
同じく軽くくるのかと思いきや、実に滑らかしっとりとした表情にハッとさせられます。ピアノの響きの表情の変化を実に巧みに表現してくる、さすがスタインウェイという演奏。ふとしたフレーズの切り替えのアクセントの一音の変化で響きが実に新鮮に聴こえます。こうしたところを控え目にさりげなく挟んでくるのが流石なところ。静寂の中に浮かび上がるハイドンのメロディーの美しさが際立ちます。徐々にタッチがチョコがとろけるように流れ出したり、千変万化するオコーナーのタッチに聴き惚れます。この曲からこれまで聴いたことのないような多彩な響きがあふれ出します。
前曲同様、アダージョの美しさは絶品。とりわけピアノの響きの美しさは鳥肌もの。凜と澄んだ夜空に浮かぶ天の川を眺めるよう。細かい星雲に無数の表情が宿り、美しい音楽が心に刺さります。
対比のためにあえて繊細さを避けるようにグイグイとくるフィナーレで曲を引き締めます。

Hob.XVI:20 Piano Sonata No.33 [c] (1771)
好きな曲。入りは意外に少し重め。この短調の入りを厳かなコントラストで強調しようということでしょう。もちろんふと力を抜いたり、さりげないアクセントで曲の変化の面白さを炙り出してくるところはこれまで同様。力の抜き際のタッチの鮮やかさが徐々に印象的になり、曲にグイグイ引き込まれて行きます。最初の重さから徐々にキレてくる絶妙な演出。聴き進むうちにオコーナーの意図がなんとなくわかってきました。
ハイドンのソナタの緩徐楽章の中でも一二を争う美しい楽章。期待どおり、あまりの美しさに言葉になりません。この詩情あふれる楽章がオコーナーの手にかかると、美しさも極まり、一音一音が宝石のごとく輝きます。ピアノという楽器の素晴らしさを思い知らされる感じ。
フィナーレはアンダンテの余韻をすっと断ち切り、気配を一瞬にして変えるマジックのよう。全く異なる音楽の魅力を突合させるハイドンのアイデアとそれを鮮やかに演出するオコーナーの技にやられました。

Hob.XVI:48 Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
最後の曲は唯一晩年の曲。最後は余裕たっぷりに有名曲の演奏を楽しむスタンス。自分の指から繰り出される多彩な響きを自ら楽しんでいるよう。ピアノの余韻が消え入る美しさを存分に味わえます。聴き進むうちに後年の作曲であるアンダンテと変奏曲を先取りするような曲想を感じさせる大きな構えの音楽であることに気づきます。
そして、絶妙な軽さのタッチでのロンド。このタッチの変化の幅の大きさと自然さがオコーナーの魅力でしょう。重さも軽さも自在に使い分けながらピアノという楽器の表現の幅を生かしきった演奏。ハイドンだけにダイナミクスの表現の幅は上品な範囲でこなしていくところが良識的です。最後はカッチリとした響きで締めました。

ベテランピアニスト、ジョン・オコーナーによるハイドンのソナタ集。最初はオーソドックスな演奏かと思いきや、これは深い演奏です。途中で触れたように、最近聴いたエイナフ・ヤルデンやツィモン・バルト、デニス・コジュヒンなどハイドンの曲に潜む機知をアーティスティックに表現した演奏とは表現の方向が異なり、自然な美しさの範囲での表現ですが、円熟の技がもたらすその美しさはかなりのもの。ピアノメーカーであるスタインウェイがリリースするアルバムだけあって、ピアノという楽器がもつ響きの美しさを存分に活かした演奏となりました。これはこれで素晴らしいもの。非常に気に入りました。XVI:20も良かったんですが、その前のXVI:46は、この曲の素晴らしさを改めて知ることになった秀演です。もちろん評価は全曲[+++++]とします。

これほど美しい音色ゆえ、できればSACDでリリースすべきでしょうね。

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ジャンル : 音楽

tag : ピアノソナタXVI:32 ピアノソナタXVI:23 ピアノソナタXVI:46 ピアノソナタXVI:20 ピアノソナタXVI:48

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Daisy


Author:Daisy

なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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