井上直幸のピアノソナタXVI:50(ハイドン)

レア盤が手に入りました。

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井上直幸(Naoyuki Inoue)のピアノによるハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:50)と、ベートーヴェンのピアノソナタ32番の2曲を収めたLP。収録は1979年10月17日、荒川区民会館ホールでのセッション録音。レーベルはCBS SONY。

井上直幸さんがハイドンの曲を演奏したアルバムは何枚かリリースされており、これまでに2枚取り上げています。

2013/09/17 : ハイドン–声楽曲 : 中山節子/井上直幸の歌曲集(ハイドン)
2010/08/14 : ハイドン–ピアノソナタ : 豊穣、井上直幸のピアノソナタ(ハイドン)

ハイドンとともにモーツァルト、シューベルトのソナタなどを並べたアルバムに、奥さんだった中山節子さんのソプラノの伴奏にまわって英語によるカンツォネッタなどを収めたアルバム。なんとなく叙情的な雰囲気のある演奏が印象に残っています。

今日取り上げるアルバムは前2盤よりも録音が古い1979年の録音によるハイドンとベートーヴェンを並べた本格的なもの。針を落とすと、これまで聴いたアルバムとは異なり、曲に真正面からぶつかる緊張感あふれる正統派の演奏。録音も非常に鮮明で聴きごたえ十分ということで、記事に取り上げた次第。

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Hob.XVI:50 Piano Sonata No.60 [C] (probably 1794)
国内盤ですが録音は絶品。LPのコンディションも良く、解像力の高い響きで眼前に粒立ちのいいピアノの音が自然に流れ、LPならではの力強い実体感もあり残響も適度で最新の録音と比較しても遜色ありません。特に静寂感が絶妙。
入りから高音の転がるような音階の美しさが印象的。早めのテンポで弾き進めていきますが、タッチはキレキレというのとは異なり、1音1音ごとに僅かなタッチの変化を散りばめながら、しなやかに流れ良くいい意味でちょっとしたゴツゴツ感のあるもの。これがハイドンのソナタの素朴さと実に合って得も言われぬいい感じがでています。
1楽章は適度に引き締まった演奏ながら、僅かな無骨感が井上さんらしい感じを残しましたが、続くアダージョはやはり独特の濃密な音楽が聴かれました。静寂の中にピアノが孤高に響き渡り、1音ごとに微妙なニュアンスを感じる独特の余韻。タッチは明確なのに余韻にうっすらと色が乗るよう。歩みを遅めてじっくりとメロディーを置いていきながら静寂と対話するよう。この孤高感は表現の方向は全く異なるものの、グールドを思わせる集中力。録音がいいのでピアノという楽器の音を存分に楽しめます。
さっと雰囲気を変えて終楽章に入ります。ほんのり適度な重さがこの人らしいですね。これよりタッチのキレた演奏は色々ありますが、妙に気になる残るくだけたタッチが印象的。短い楽章ではありますが、個性をしっかり残して終わります。

オークションで偶然見つけて手に入れたLPでしたが、素晴らしい録音によって井上直幸さんのハイドンの真骨頂が伝わる素晴らしい演奏が素晴らしい音で楽しめました。井上さんは2003年に亡くなっていますので、録音も市場に出回っているもの限りだと思いますので、ハイドンの録音も他にあるかどうかわかりませんが、演奏からはっきり伝わる個性を持った方ですので、他に録音があれば是非聴いてみたいですね。評価は[+++++]とします。

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tag : ピアノソナタXVI:50

【新着】オリヴィエ・カヴェーのソナタ集第2弾(ハイドン)

久々の新着アルバム。CDです!

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オリヴィエ・カヴェー(Olivier Cavé)のピアノによるハイドンとベートーヴェンのピアノソナタ集。ハイドンのソナタはHob.XVI:32とXVI:48の2曲で、ベートーヴェンの3曲のソナタ(Op.2-1、Op.2-2、Op.10-2)に挟まれた曲順。収録は2017年9月にベルリンのテルデクススタジオでのセッション録音。レーベルはα。

オリヴィエ・カヴェーのソナタ集の第1弾は以前に取り上げており、しかもその演奏は素晴らしいものでした。

2015/07/05 : ハイドン–ピアノソナタ : 【新着】オリヴィエ・カヴェーによるピアノソナタ集(ハイドン)

演奏以上に意欲的だったのが、ハイドンとスカルラッティを交互に並べ、「明と暗」とタイトルをつけたアルバムの企画。このあたりのことは前記事をご参照ください。そして今日取り上げるアルバムはレーベルは異なるものの同じouthereグループのレーベルで、今度はハイドンの中期以降のソナタとベートーヴェンの初期のソナタを交互に配置したもの。この2枚のアルバムで、ハイドンのソナタを音楽史というより音楽の成り立ちの変遷のパースペクティヴの中で位置付けようと意図しているのでしょう。しかも前アルバムは暗闇の中にすっと浮かぶカヴェーの姿を写したジャケットだったのに対し、今度は目も眩むような明るさの中に浮かぶカヴェーの姿を基調としたもの。なかなかコンセプチュアルな企画に、聴く前から興味津々です。

1曲目はベートーヴェンのソナタOp.2-1ですが、作曲年は1796年とハイドンの存命中。いかにもハイドン的なリズムの面白さと、シンプルながらほのぼのとしたアダージョが印象的な曲。カヴェーの演奏は透明感に溢れたもので、タッチも極めてデリケート。特にアダージョの鏡面に映る星空の澄んだ空気感のようなものが素晴らしい演奏。実に柔らかなタッチから生まれる極上のピアノの響きを堪能できます。メヌエットから終楽章にかけてはハイドンには聴かれなかったエネルギーが漲りベートーヴェンらしさを感じさせます。

Hob.XVI:32 Piano Sonata No.47 [b] (1776 or before)
ベートーヴェンよりも少し硬めの音でくっきりとメロディーを浮かび上がらせます。基本的に速めのテンポで爽快に進めますが、1音1音のタッチの揺るぎない感じと、巧みな音量変化のキレの良さで聴かせる演奏。それぞれの音の打鍵から余韻が消えるまでが克明に聴こえることでハイドンの書いたリズムとハーモニーの巧みな融合が実に興味深く感じられます。指先の隅々まで神経が行き届いていて、さらりと弾いていながら実に深い音楽が流れます。特に高音のメロディーラインがきっちり浮かび上がるので、曲の見通しが素晴らしくよく感じられます。
続くメヌエットでは、先ほどベートーヴェンのアダージョで聴かせたしなやかなタッチが復活。メロディーラインでも弱音を非常に効果的に用いてハッとするようなアイデアでフレーズをまとめて行くあたり、タッチの多様さは驚くほど。語りかけるようなピアニッシモから楔のようなアクセントまで表現力は多彩。
そしてフィナーレでは高まる気のようなものを伴って、速いパッセージをグイグイ引き進めていきます。鮮やかなタッチのキレ、透明感、展開の対比などハイドンのソナタに必要な表現について手抜かりなく繰り出してきます。最後はカッチリと締めて終わります。

続いてベートーヴェンのOp.2-2。曲の構えはさらに大きくなり、リズムもハイドンと比べるとぐっと複雑に。ただし音楽の流れの良さはハイドンのシンプルな楽想に分があるように感じるのは私だけでしょうか。ユニークな2楽章、これまでの中ではハイドンっぽいスケルツォ、そして終楽章のロンドンは展開が進むにつれて徐々に音楽のスケールが大きく育っていきます。

Hob.XVI:48 Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
ベートーヴェンの後に聴くと、ハイドンのメロディーラインの明快さと潔さが一層引き立ちます。この曲でもタッチのキレの良さと、余韻の美しさは絶品。よく聴くとかなりの音量差を伴ってくっきりとメロディーを描いています。この緩急自在のタッチこそカヴェーの本領でしょう。そして音階の美しさも同様。しんしんと降る雪に音が吸い取られ、静寂の中にピアノの音が響くような峻厳な美しさ。これぞカヴェー。2楽章のロンドはタッチの冴えも極まってリズムはキレキレ、鍵盤に重さを感じないほどにリズムがいきいきとする見事な演奏。まるで練習で弾いているがごとき遊興の極み。いやいや参りました。

最後のベートーヴェンのソナタはOp.10-2。入りから鍵盤を目一杯使って、ハイドンの作品とは展開のアイデアも規模も違う感じ。私はハイドンをベートーヴェンと対比させて聴いていますが、聴きかたを変えればベートーヴェンをハイドンと対比させて聴くことになり、そういった耳で聴くとこの展開のボキャブラリーとエネルギーに耳が行くわけですね。ハイドンを演奏するのに必要なテクニックと同様のテクニックながら、より表現力を要し、しかもその表現が映える曲の構造であるということが、直接対比させることで見えてくるわけです。これは、このアルバムを通しで聴いていただくことで初めて感じられる感覚かもしれません。

オリヴィエ・カヴェーによるハイドンのソナタの第2弾は、ハイドンに続くベートーヴェンとの繋がりを浮かび上がらせるという企画意図がピタリと決まったアルバムでした。ハイドンだけ聴いたとしても、冴え渡るタッチの素晴らしさを感じられる一級の演奏に違いありませんが、ベートーヴェンと並べることによって、音楽の発展や時代の流れを感じられるのに加えて、ハイドンにはベートーヴェンにない簡潔な美学があることも気づかされます。そしてこの構成で最も際立ったのがカヴェーの表現力でしょう。スカルラッティの見事な演奏とハイドンを組み合わせた時と同様、ベートーヴェンと並べて両者に共通する感覚を意識させながら弾き分ける手腕の凄みを印象付けました。企画意図、演奏共に素晴らしいアルバムです。ハイドンの2曲の評価は[+++++]とします。

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tag : ピアノソナタXVI:32 ピアノソナタXVI:48 ベートーヴェン

ヴァルター・オルベルツのピアノソナタ旧録音(ハイドン)

ようやくレビューに戻ります。2018年最初のアルバムはこちら。

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ヴァルター・オルベルツ(Walter Olbertz)のピアノによるハイドンのピアノソナタ2曲(Hob.XVI:23、XVI:40)、モーツァルトピアノソナタ(KV332)、アダージョ(KV540)の4曲を収めたLP。収録年の表記はありませんが、ネットを調べたところ1964年のリリースのようです。レーベルは旧東独ETERNA。

このアルバムは最近オークションで入手したもの。見かけたときはちょっと過呼吸になりました(笑) 当ブログの読者の皆さまならご存知のとおり、オルベルツといえば、ハイドンのピアノソナタ全集を録音し、しかもその全集は現在でもそのファーストチョイスとして揺るぎない価値を持つもの。そのオルベルツの全集をお持ちの方も多いと思いますが、このアルバムはその全集の前に録音されたもの。全集の方が1967年から76年の録音で、こちらはリリースは1964年との情報がありますが、収録はモノラルのため、それより前の可能性もあります。

全集からXVI:20を取り上げて記事を書いてありますので、オルベルツの略歴や全集についてなどはこちらをご覧ください。

2013/01/30 : ハイドン–ピアノソナタ : ワルター・オルベルツのピアノソナタXVI:20

ちなみに、これまでワルター・オルベルツと表記してきましたが、ドイツ語読みだとヴァルターの方が近いのでしょうから、今後はヴァルターとします。

オルベルツは1931年生まれですので、このアルバムが1964年録音だとすると33歳くらい。ジャケットに写る姿はそれよりだいぶ若そうな気がしますね。オルベルツの揺るぎない演奏の原点を探れるという意味もあり、貴重なものと言えるでしょう。いつも通りVPIのクリーナーと必殺超音波美顔ブラシで丁寧にクリーニングして、年末の大掃除でモノラル専用のプレーヤー環境をセッティングしたのでそちらの方に盤を置き、針を落とします。

Hob.XVI:23 Piano Sonata No.38 [F] (1773)
全く気負いのない滑らかな入り。後年の達観したかのような冷静さよりは、流麗なタッチの魅力を表現しようとする意欲を感じます。ただし、音楽の骨格の確かさは後年の演奏と同様、表現にブレはなく、やはり揺るぎないと言わざるを得ません。若いぶんテンポは速めでタッチのキレも鮮やかですが何か一貫した安定感があるのは流石。LPのコンディションはわずかにノイズを伴いますが、音の実在感は流石のもの。1楽章のアレグロ・モデラートは爽やかながら落ち着いた心情を感じさせます。
その余韻をさらに深めるように始まる続く2楽章のアダージョは針音混じりながら静寂感を感じさせる素晴らしいもの。あらためて全集のCDと比べても録音の鮮度は全集に分がありますが、雰囲気と音楽の深さはこちらでしょう。ピアノの美音に包まれる幸福感を味わえます。
続くフィナーレではオルベルツらしい、落ち着き払った透徹したピアノの音色が聞かれます。メロディーラインをくっきりと浮かび上がらせながらも全体のバランスを乱さない流石のコントロール。凛々しさを感じさせながらもこのソナタの表現を極めようという意図が感じられ、それが演奏の抜群の安定感に繋がっています。

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Hob.XVI:40 Piano Sonata No.54 [G] (c.1783)
続くソナタは2楽章制。不思議に静寂感を感じさせる落ち着いた入り。後年の演奏よりもよほど達観しているとさえ感じさせる、冴えた落ち着き。全指に全神経が張り巡らせて冷静にコントロールしている感じながらさらりとした流れの良さを保った演奏。実に自然なタッチですが、これが常人には非常に難しいのでしょう。すでにハイドンの音楽と一体化するオルベルツの恐ろしいまでの制御能力を感じさせます。力の抜け方はちょっと特別なものを感じます。
2楽章のプレストはその力の抜けた優雅な雰囲気のまま実に軽々としたタッチでさらりとやっつけます。これがまた常人離れしたもの。短い曲なのであっという間に終わってしまいますが、泡沫の夢のような淡い音楽に酔いしれます。古い録音ながら、古い録音だからこそ味わえる素晴らしい音楽を楽しめる素晴らしい演奏でした。

LPの裏面はモーツァルト。ギーゼキングを思わせるこちらも揺るぎない安定感を感じさせる演奏。私はギーゼキングよりもオルベルツの軽やかさ保った演奏をとります。こちらも絶妙なる音楽を味わえる名演奏と言っていいでしょう。

ヴァルター・オルベルツの金字塔たるハイドンのピアノソナタ全集のオリジンを聴くようなこのLPでしたが、期待に違わず素晴らしい演奏が音溝に刻まれていました。なんでしょうこの豊かな音楽は。時代の空気まで刻まれたような素晴らしい録音に酔いしれました。ハイドンもモーツァルトも絶美の演奏。アナログもデジタルもステレオもモノラルも関係なく、この素晴らしいピアノの音に包まれる幸せを感じる演奏です。LPの再生環境のある人は是非手に入れてこの幸福感を味わってほしいものです。もちろん評価は[+++++]とします。

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tag : ピアノソナタXVI:23 ピアノソナタXVI:40

【新着】小笠原智子のソナタ集(ハイドン)

またまた新譜が続きます。

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小笠原智子(Tomoko Ogasawara)のピアノによる、ハイドンのアンダンテと変奏曲(Hob.XVII:6)、ピアノソナタ(XVI:52)、モーツァルトの幻想曲(KV.475)、ピアノソナタ14番(KV.457)の4曲を収めたCD。収録は2017年1月2日から5日にかけてフライブルクのSWRスタジオでのセッション録音。レーベルは独Coviello CLASSICS。

こちらも最近手に入れたアルバム。奏者の小笠原智子さんははじめて聴く人。藝大卒業後渡独し、ベルリン芸術大学も卒業。活動はドイツやヨーロッパ中心のようで、ヨーロッパ各地でコンサートを開催しているほか、現在はフライブルク音楽大学ピアノ専攻科で教えているそうです。

なんとなく日本人の弾くハイドンは聴いておかなくてはということで入手したアルバム。しかも選曲はハイドンの名曲2曲にモーツァルトも名曲を揃えて意欲的な組み合わせ。虚心坦懐に聴きましたが、これがなかなか良かった。

Hob.XVII:6 Andante con Variazioni op.83 [f] (1793)
非常にリラックスした入り。もちろんそういう曲なんですが、鏡のように澄み切った心境を表すように冴え冴えとしたピアノの音が広がります。ピアノの高音域がくっきりと広がり、ピアノ響きの美しさだけでなく、そこでまさに弾いているような実体感もあるるなかなかいい録音。奏者の気負いのなさが音楽から伝わります。グールドではありませんが、かすかに歌うような音が録られているのが面白いところ。一音一音の響きは日本らしい端正なところもあり、輝きのある音色と相俟って凛とした空気を感じさせます。肉食系のヨーロッパの伝統の延長とは違う響き。その端正さがこの曲の孤高な感じとうまくマッチしています。音楽の重心は完全に高音寄りでキラメキ感のある演奏。後半の変奏に入って徐々に力感が増してくるあたりになると、ちょっと線の細さが気になりますが、それも前半から一貫したスタイルということでしょう。特段モードチェンジすることなく淡々とこなしていきます。終盤の込み入った部分ではちょっと音階の鮮やかさが陰るようなところもありますが、不思議と曲想には一貫性があり、凛とした雰囲気を保って終わります。

Hob.XVI:52 Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
先のアンダンテと変奏曲では高音寄りの音作りでしたが、ソナタの方はそれより意識してか低音を響かせてきました。この曲はやはりピアノの重厚な響きが魅力の一つですから、曲に合わせた音作りということでしょう。聴き進むうちに誰かの弾き方に似ていると思い始めましたが、マリア・ジョアン・ピリスでした。前曲よりも流れの良さと迫力を感じる演奏で、次々と展開するハイドンの音楽に合わせて変幻自在に表情を作っていくところなどかなりの表現力と唸ります。それでいて持ち前の端正な響きの美しさを持った音色で統一され、1楽章はなかなかの迫力で締めます。
続くアンダンテは小笠原さんのタッチの特徴がよく出た楽章。キラメクような高音と直裁なタッチによるハーモニーの重なりの端正な美しさで聴かせる楽章。力みなく冷静に一貫した音楽を紡ぎ出す落ち着いた演奏。音楽はフレーズごとに様々な表情を見せますが、奏者のしなやかで落ち着いた心情が一本筋を通しているのか、実に落ち着いた音楽が響きます。
フィナーレはこのアルバムの白眉。リズムのキレよく響きもよく通って複雑に絡み合うこの曲のメロディーを見事にコントロール。特に左手のリズムのキレの良さが曲に活気を与えて、最後までクリアな響きを維持しています。終盤踏み込んだ表現をいくつか聴かせて終わります。

この後のモーツァルトの幻想曲はじっくりと腰を落ち着けて安定感のある演奏。そしてソナタは感情の起伏にさらに踏み込んでモーツァルトのデモーニッシュな翳りと転がるような音階の美しさを織り交ぜながら見事に描いた演奏。アダージョの美しさは見事なもの。

まったく未知の小笠原智子さんのピアノによるハイドンとモーツァルトの名曲集。このアルバムを通して聴いてみると、録音を聴いているというより一夜のコンサートを聴いているような気分になります。ピアノの美しさや先鋭的な表現などではなく、ベテランピアニストならではのいぶし銀の至芸を聴いているように感じます。音楽は無理なくきっちりと表現し、力みなく、さりとて短調でもなく、聴き終わるとジワリと音楽の温かみが伝わってくるよう。このアルバムよりもテクニックのキレた演奏は色々ありますが、このアルバムでしか味わいがあることも事実。私は気に入りましたので、両曲とも[+++++]とします。

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tag : アンダンテと変奏曲XVII:6 ピアノソナタXVI:52

山名敏之のカプリッチョ「豚の去勢にゃ8人がかり」3種(ハイドン)

久々のCD。しかも国内盤です!

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山名敏之(Toshiyuki Yamana)のフォルテピアノによるハイドンのカプリッチョ「豚の去勢にゃ8人がかり」(Hob.XVII:1)、クラヴィコードによるクラヴィーアソナタ(XVI:52)、ハープシコードによるカプリッチョ「豚の去勢にゃ8人がかり」、クラヴィコードによるクラヴィーアソナタ(XVI:20)、クラヴィコードによるカプリッチョ「豚の去勢にゃ8人がかり」などを収めたCD。アルバムタイトルは「ハイドンと18世紀を彩った鍵盤楽器たち」。収録は2012年3月13日から15日、大阪は関空のそばの泉佐野市にあるエブノ泉の森ホールでのセッション録音。レーベルは浜松市楽器博物館コレクションシリーズで知られるALM RECORDS。

ふと手に入れたアルバムですが、内容をよく見てみるとハイドンのソナタをフォルテピアノ、クラヴィコード、ハープシコードで弾き分ける、なかなか含蓄あるアルバムでした。

奏者の山名敏之さんは藝大ピアノ科卒業後、オランダのスウェーリンク音楽院などでフォルテピアノを学んだ人。録音時は和歌山大学教育学部の教授です。2009年から2012年まで「ハイドン・クラヴィーア大全」というシリーズでハイドンのクラヴィーア独奏曲をクラヴィコード、ハープシコード、フォルテピアノの3種の鍵盤楽器で演奏したそう。いわば日本のトム・ベギンといえばハイドン通の皆さんにはわかりやすいでしょうか。

このアルバムはそうした活動の成果として録音されたものと思いますが、選ばれた曲と楽器が変わっています。冒頭の収録曲を改めて噛み砕いてみると、フォルテピアノ、ハープシコード、クラヴィコードの3種の楽器で弾き分けられたのは、カプリッチョ「豚の去勢にゃ8人がかり」という不思議な名前の曲。その間にクラヴィコードでXVI:52と、XVI:20という名ソナタのクラヴィコードによる演奏が挟まれているという構成。特にカプリッチョは当ブログで以前取り上げた時には大宮真琴さんの「新版ハイドン」に従い「8人のへぼ仕立て屋に違いない」という名前で掲載していましたが、このアルバムのライナーノーツの記載によればそれは誤訳で、歌詞の意味を踏まえると「豚の去勢にゃ8人がかり」が正しい訳とのことです。

このアルバムの解説は奏者の山名さんによるものですが、この意欲的なアルバム構成の背景がよくわかる力作。量といい内容といいアルバムの解説というよりは論文と言ってもいいもの。デザインを専攻している方ならばよくご存知のドナルド・ノーマンの名著「誰のためのデザイン?」の記述で有名になったアフォーダンスという概念を軸に、フォルテピアノ、ハープシコード、クラヴィコードというハイドンが作曲していた時代に使われた楽器そのものが、作曲、作品にどのような影響を与えたか、そして当時作曲に使われていたクラヴィコードの特徴がハイドンの音楽に与えた影響などについて各楽器のフリクションやダンパーペダルなど楽器のメカニズムに関する分析をもとに影響を記述したもの。純粋に音楽を楽しみたい方にはちょっとトゥー・マッチな内容かもしれませんが、これはこれで読み甲斐があるもので、これだけでもアルバムを手に入れる価値があるかもしれませんね。

さて、このアルバムのキーになっている「豚の去勢にゃ8人がかり」という曲はこれまで4回取り上げています。

2017/06/12 : ハイドン–ピアノソナタ : 【新着】フランチェスコ・コルティのソナタ集(ハイドン)
2017/05/12 : ハイドン–ピアノソナタ : フランツペーター・ゲーベルスのソナタ集(ハイドン)
2013/01/27 : ハイドン–ピアノソナタ : デレク・アドラムのクラヴィコードによるソナタ集
2010/09/27 : ハイドン–ピアノソナタ : ジョアンナ・リーチのスクエアピアノ2枚目

この中でも、デレク・アドラム盤は私がクラヴィコードという楽器へ開眼するきっかけとなったアルバム。音量が極端に小さく、響きも後年の楽器より貧弱な楽器の知る人ぞ知る素晴らしさに目覚めさせてくれたアルバムです。そして、今日取り上げるアルバムも、クラヴィコードによる演奏が含まれているということが手に入れようと思った直接の動機。ということで、珍曲「豚の去勢にゃ8人がかり」の3つの楽器による弾き分けと、有名な2つのソナタのクラヴィコードの演奏の出来が気になるわけですね。

Hob.XVII:1 Capriccio "Acht Sauschneider müssen sein" 「豚の去勢にゃ8人がかり」 [G] (1765)
まずは挨拶がわりか、冒頭にはこのカプリッチョのフォルテピアノによる演奏が置かれています。フォルテピアノは1782年製アントン・ヴァルターの複製品で2002年ロバート・ブラウン作のもの。曲はユーモラスなメロディーがロンド形式で何度も転調しながら現れるもの。3つの楽器の中では最もダイナミックレンジの広いフォルテピアノの特徴を生かして、テンポよく快活に入り、徐々にダイナミックに変化していくところが聴きどころでしょう。終盤はフォルテピアノらしからぬ迫力を帯びて堂々としたもの。ユーモラスさや諧謔性よりも楽器を鳴らしきることに主眼を置いているような演奏。録音は浜松市楽器博物館コレクションシリーズで手慣れているだけに楽器の魅力を伝えるいい録音です。

Hob.XVI:52 Piano Sonata No.62 [E flat] (1794)
続いてクラヴィコードによるソナタの演奏。クラヴィコードは1790年頃のJohann Bodechtel作の複製品で2002年フランスのクリストファー・クラーク作のもの。このソナタはご存知のとおり、ハイドンのソナタの総決算のような曲。クラヴィコードで演奏した実際の音量はフォルテピアノよりもかなり小さいものでしょうが、録音だけにレベルを調整してフォルテピアノに近い音量で録られています。クラヴィコードは音量は小さいですが繊細な音色と音色の変化、ヴィブラートがかけられることなどが特徴であり、音量を気にせずに集中してきくと小宇宙的な世界を楽しめます。解説ではピアノやフォルテピアノが音を発するタイミングに集中して演奏するのに対し、クラヴィコードは音を鳴らし終わるタイミングに集中して演奏するという楽器の特性により、音を響かせるダンパーペダルなしでもこの壮麗なソナタを十分音を響かせて演奏できることに触れられています。そう言われて耳を澄ませて聴くと、なるほどそうした楽器の特性がこの曲の作曲にも影響していると思えてきます。演奏の方は絶対的なダイナミックレンジが狭いながらも小音領域での相対的なダイナミックレンジの広さで十分ダイナミックに聴こえ、ソナタの格に負けない風格ある演奏に聴こえます。山名さんの演奏は特に速い音階の鮮やかな指使いが印象的。前出のデレク・アドラムの演奏が楽器製作者らしく、クラヴィコードのちょっと落ち着かない音程の不安感を全く感じさせない絶妙なタッチと高潔な諧謔性を感じる芸術性の高さが素晴らしい演奏だったのに対し、楽器の弱点であるちょっとしたふらつき感と音域ごとの音色の違いをそのまま感じさせる面もあったのが惜しいところ。

Hob.XVII:1 Capriccio "Acht Sauschneider müssen sein" 「豚の去勢にゃ8人がかり」 [G] (1765)
続いてカプリッチョのハープシコードによる演奏。楽器は17世紀のルッカースの複製品で、1978年エジンバラのグラント・オブライエン製作のもの。ハープシコードさしい凜とした音色はこのユーモラスな曲の典雅な側面に光を当てます。今度は楽器自体もダイナミックレンジは逆に狭く音量のコントロール幅は狭い中、メロディーの表情で聴かせることになります。メロディーを奏でる高音域のクリアな響きの美しさは魅力的。この音色が古典期のハイドンの作品を妙にバロック風な響きに聴かせるのが面白いところ。

Hob.XVI:20 Piano Sonata No.33 [c] (1771)
今度はクラヴィコードによる中期の名ソナタの演奏。曲の格からいうとソナタ2曲が構成も緻密で構築感のある曲なんですが、フォルテピアノやハープシコードと直接響きを比較できる配置でクラヴィコードの響きを聴くと、直接的な響きの印象で少し聴き劣りする印象を持ってしまいます。演奏自体は悪くないんですが、楽器と曲の組み合わせは、少し無理があるように感じてしまいます。それだけ奇抜な組み合わせにチャレンジしているのはよくわかります。特にこの響きの美しい曲では、クラヴィコードの濁った響きが顔を出すところもあって惜しいところ。タッチの強さが音程に影響するクラヴィコードだけに、楽器に起因するのか、演奏の問題なのかはわかりません。演奏の質は高いものの、この曲の美しさを表現しきれていないようにも感じました。

Hob.XVII:1 Capriccio "Acht Sauschneider müssen sein" 「豚の去勢にゃ8人がかり」 [G] (1765)
最後はクラヴィコードで演奏したカプリッチョ。前のソナタではちょっと響きの濁りが気になったのですが、このカプリッチョでは不思議と気になりません。おそらくこの曲の曲想、音域、リズム、展開そのものにクラヴィコードの音色が合うのでしょう。実にしっくりとくる演奏で、クラヴィコードの不可思議な響きもこの曲のユーモラスさの演出に一役買っている感じ。この演奏でこのアルバムが締まりました。

このほか、XVI:20のソナタの自筆譜や初版譜に基づく1楽章の演奏が末尾に収められています。

山名敏之によるフォルテピアノ、クラヴィコード、ハープシコードでハイドンのクラヴィーア曲を弾き分けた好企画。このアルバム、フォルテピアノなどの楽器を演奏する方、研究者の方には論文や解説が大きな価値を持つものと映るでしょう。私にとっても、3つの楽器を弾き比べた音色とそこから浮かび上がる音楽の違いを楽しめるものとして実に興味深いアルバムです。演奏の出来については客観的に見るとフォルテピアノとハープシコードの演奏の面白さが逆に際立つもので、クラヴィコードの演奏では最後のカプリッチョでようやく合点がいきました。ということで評価は、フォルテピアノ、ハープシコードの演奏は[+++++]、クラヴィコードの演奏はカプリッチョが[+++++]、ソナタのXVI:52[++++]、XVI:20は[+++]としました。

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ジュリア・クロードのピアノソナタ全集第4巻(ハイドン)

最近入手した気になるアルバム。またまた宝物に出会いました。

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amazon(mp3)

ジュリア・クロード(Julia Cload)のピアノによるハイドンのピアノソナタ9曲(Hob.XVI:8、XVI:2、XVI:12、XVI:14、XVI:25、XVI:42、XVI:46、XVI:20、XVI:32)を収めた2枚組のCD。収録に関する情報は記載されていませんがPマークが2009年と記載され、ハイドンのアニヴァーサリーイヤーであるこの年にコンサートも開いたとのこと。レーベルは英Meridian。

ジュリア・クロードのピアノソナタ集はこれまでに3巻がリリースされていましたが、それぞれ1985年、1989年、1990年のリリースということで、第3巻から20年近く経ってから第4巻がリリースされたことになります。ということで第3巻を記事に取り上げた際には完結などと書いてしまいましたが、どっこいまだ完結していなかったことになりますね。以前に取り上げた際の記事はこちらをご参照ください。

2013/10/03 : ハイドン–ピアノソナタ : ジュリア・クロードのピアノソナタ集完結
2010/09/25 : ハイドン–ピアノソナタ : ジュリア・クロードのピアノソナタ集

ジュリア・クロードはハイドン研究の大家、ロビンス・ランドンが推薦していたピアニスト。そのあたりのことは完結の方の記事をご参照ください。これまでにリリースされたアルバムの演奏はランドンが推すだけのことはあって、くっきりとした右手のメロディーの輝きを感じさせるなかなかの演奏でした。この度手に入れたアルバムはこれまでリリースされたアルバムとは時代が変わって、ジャケットのデザインも変わり、録音も比較的最近のものということでクロードのくっきりとした演奏にさらに磨きがかかったものであろうと想像して、アルバムを聴き始めました。ライナーノーツを見てみると、ハイドンのピアノのソナタ「全」集の第4巻とはっきりと書かれているので、この第4巻のリリースによって停滞していたと思われた全集化の歩みは止まっていなかったわけですね。

Hob.XVI:8 Piano Sonata No.1 [G] (before 1760)
ごく初期の練習曲のようなシンプルなソナタですが、豊かな残響の中にピアノがくっきりと浮かび上がる見事な録音によって、シンプルなメロディーがくっきりとしかも豊かにに響きわたります。ジュリア・クロードはかなりリラックスして、このシンプルなソナタをまるで小人の国で遊びまわるように楽しげに演奏していきます。オルベルツのような芯のしっかりした面もあり、それでいて響きの美しさは超一級。これまでの3巻の演奏から奏者の熟成を感じる素晴らしい演奏。ピアノはヤマハのCFIIIですが、これほど研ぎ澄まされたヤマハの音を聴くのは初めて。Meridianの素晴らしい録音によって初期のソナタの美しさが最上の形に仕上がっています。

Hob.XVI:2 Piano Sonata No.11 [B flat] (c.1762)
初期のソナタが続きますが構成は随分進歩して、楽章間の対比もよりはっきりとしてきています。研ぎ澄まされた響きの美しさは変わらず、そしてハイドンの仕組んだリズムの面白さや、ふとした瞬間の翳り、ハッとするようなアイデアを丹念に拾って美音に包みこんだ名演奏。そして表現も深みを帯びてきました。少し前に取り上げた、エイナフ・ヤルデンの演奏が知性に訴えるような美しさだったのに対し、ジュリア・クロードの演奏は優しさに包まれた響きの美しさ。揺りかごに揺られながら聴く音楽のような安堵感に包まれます。

Hob.XVI:12 Piano Sonata No.12 [A] (before 1765)
入りの気配から洗練の極み。いつもながらハイドンの創意の多彩さに驚かされますが、それも極上の美音で聴くと一段と冴えて聴こえます。メロディーもリズムもハーモニーも全てが信じられないような閃めきの彼方からやってきたよう。脳の全神経が音楽に揺さぶられて覚醒。短いソナタにもかかわらず、なんと刺激に満ちた音楽なのでしょう。それも優しさと機知に飛んだユーモラスな刺激。この演奏によってこのソナタにこれほどの魅力があると気づかされました。

Hob.XVI:14 Piano Sonata No.16 [D] (early 1760)
曲を追うごとに創意の多彩さに打ちのめされるのがハイドンのソナタ集の常。予想外に展開する音楽に呑まれます。音符を音にしているのではなく音符に宿る魂を音楽にしているがごとき見事なクロードの魔術にかかっているよう。タッチのデリケートさは尋常ではなくこれ以上繊細にコントロールするのは難しいとも思える領域での演奏。散りばめられたそれぞれの音が溶け合ってまばゆい光を放っています。こればかりは聴いていただかなくては伝わりませんね。2楽章のメヌエットから3楽章のアレグロへの変化は誰にも想像がつかない見事な展開。独創的な3楽章に改めて驚きます。

Hob.XVI:25 Piano Sonata No.40 [E flat] (1773)
これまでの曲よりも少し下った時代の曲。曲の展開とメロディーの構成は一段と緊密になりますが、これまでの曲のシンプルさもハイドンらしい音楽として見事に仕上げてきていますので、聴き劣りしていたわけではありません。フレーズごとの描き分けはさらに巧みになり、音楽の起伏も大きくなっていきますが、聴きどころがクロードの演奏の見事さから、曲自体の素晴らしさに移ってきているようにも感じます。この曲から聴き始めていたら、もう少し普通の演奏に感じたかもしれません。それだけシンプルな曲におけるクロードの表現が素晴らしいということです。もちろんこの曲でもクロードのデリケートな表現力は変わらず素晴らしいものがあります。

Hob.XVI:42 Piano Sonata No.56 [D] (c.1783)
CD1の最後の曲。有名曲ですので聴き覚えのある方も多いはず。クロードの演奏は洗練の極み。この曲の私の刷り込み盤はブレンデル。この曲で最初に手に入れたアルバムだけに鮮明に覚えていますが、クロードの演奏を聴いてしまうと、今まで磨き込まれた名演だと思っていたブレンデルの演奏が無骨に聴こえてしまうほど透き通るような透明感に溢れた演奏です。ハイドンのソナタがこれほどの輝きを持つことに驚きます。ゆったりと語られる一音一音にそれぞれ意味が込められ、まさに絶妙に磨き込まれた孤高の響き。

Hob.XVI:46 Piano Sonata No.31 [A flat] (1767/70)
CD2は1770年代の名曲が3曲並びます。空中にピアノの美音が漂うような雰囲気満点の録音。磨き抜かれた宝石のようなピアノの美音が転がりだしてきます。この曲は、構成の面白さ、アイデアの豊富さ、メロディーの美しさなどこれまでの曲よりさらに一段高いレベルの曲ですが、このジュリア・クロードの演奏はその中でも響きの美しさとメロディーの美しさに踏み込んだ演奏。曲の骨格よりもハーモニーの美しさを追い込んでいきます。この演奏によってハイドンが最も生み出すのが難しいものと語ったメロディーの類稀な美しさにスポットライトが当たります。特にデリケートなタッチによってヂュナーミクの変化は無限の階調とも言えるしなやかさを帯び、ハイドンがまるでエンヤの音楽のように漂います。ちょっとやりすぎのような気がしなくもありませんが、これはこれでハイドンのソナタの一つの姿とも言えるでしょう。

Hob.XVI:20 Piano Sonata No.33 [c] (1771)
好きなXVI:20。一歩一歩踏みしめるようなたどたどしい入りに驚きます。響きの深さはこのアルバムに共通ですが、表現が少しづつ深くなります。徐々に歩みを速めていきますが、聴き進む間にテンポを自在に変化させ、ソナタの格にふさわしい表現の深さを聴かせます。まさに詩情あふれる演奏とはこのこと。2楽章のアンダンテが聴きどころと思っていたところ、その前にやられてしまいます(笑)。そして2楽章は予想どおり美しさを極めた演奏となります。クロードのタッチはこの曲でもデリカシーに富んだものですが、曲が曲だけにそのレベルは極まった感じ。フィナーレの達観したかのような落ち着きも見事。

Hob.XVI:32 Piano Sonata No.47 [b] (1776 or before)
最後も有名曲。タッチのキレに初めて殺気のような迫力を感じます。テンポが次々と変わり、CD2に入って自在な表現を極めてきた感じ。響きの美しさばかりでなく1楽章中盤からの畳み掛けるような迫力も加わり、過去に録音された3巻よりも明らかに表現のスケールが大きくなり円熟を感じます。より曲の本質に迫ろうとする意欲が音楽に乗っているのがわかります。メヌエットも直裁なキレを聴かせたかと思うと穏やかな膨らみで和ませ、キレ味を引き立てる見事な展開。そしてフィナーレは全方角から音の雫が降り注ぐようなこれも見事な表現に参ります。

1985年のシリーズ第1巻の録音から24年後、直近の第3巻の1990年の録音から19年を経て2009年に録音された2枚組の第4巻ですが、その間の時の流れを経ての録音であるとの説得力を感じさせる、円熟味が加わった見事な演奏。ジュリア・クロードというピアニストが人生を賭けてハイドンのソナタに取り組んでいるとわかる素晴らしい演奏でした。はじめは数曲取り上げるだけにしておこうかと思って聴きはじめましたが、あまりの面白さに3日かけてしっかり聴き通して記事にした次第。もちろん評価は全曲[+++++]とします。
これまでのリリース間隔から想像するに、すぐに第5巻がリリースされるとはいかないでしょうが、それでも2009年の録音から8年が経過しており、第5巻がそろそろリリースされてもおかしくないでしょう。次のアルバムが待ち遠しいですね。

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アンドレ・ワッツ デビュー25周年記念ライヴ(ハイドン)

久々にCDです(笑)

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アンドレ・ワッツ(André Watts)のデビュー25周年記念で行われたカーネギー・ホールでのコンサートの模様を収録したアルバム。この1曲目にハイドンのピアノソナタ(Hob.XVI:48)が収められています。その他の収録曲はモーツァルトのK.332、シューベルトのD.784、ブラームスの4つの小品Op.119。収録は1988年4月6日、ニューヨークのカーネギーホールでのライヴ収録。レーベルは今は亡き英EMI。

アンドレ・ワッツは私にとっては懐かしい人。昔、父がFM放送から何曲かエアチェックしたカセットテープあり、好んで聴いましたが、それが誰の曲だったか、記憶があまりにもおぼろげでもはや覚えていません。その記憶以来ワッツの演奏を意識して聴いたことはありませんでしたが、このアルバムのジャケットでにこやかに微笑む姿を見て、懐かしく思った次第。特段ハイドンを演奏するという印象がある人ではありませんでしたが、このアルバムにハイドンの曲が含まれているとわかり手に入れました。

アンドレ・ワッツはWikipediaなどを調べてみると、1946年、ドイツのニュルンベルクでアフリカ系アメリカ人の父とハンガリー人の母の間に生まれました。フィラデルフィア音楽院でピアノを学び、何と9歳でフィラデルフィア管弦楽団とハイドンのピアノ協奏曲を演奏したそう。その後1963年、バーンスタインがCBSテレビの全国放送である「青少年コンサート」に招き、有名になりました。以来ワッツのコンサートはテレビ放送で幾度も取り上げられるなど、テレビによってキャリアを築いてきた人のようです。ワッツの録音を調べてみると、ハイドンのソナタを収めたディスクは他にもあり、コンサートでもハイドンを取り上げていたようです。今日取り上げるディスクはワッツのデビュー25周年を記念してニューヨークのカーネギー・ホールで開催されたリサイタルの模様を収めたものですが、同時期にリンカーンセンターでメータ指揮のニューヨークフィルとの共演 で、ベートーヴェン、リスト、ラフマニノフの協奏曲を演奏したコンサートも催され、こちらもテレビ中継されたとのこと。特にリストを得意とするということで、テクニックには自信があるようです。日本にも1969年に初来日しており、以降何度も来日しているようですので、実演に接した方もいらっしゃるかもしれませんね。

Hob.XVI:48 Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
カーネギーホールに降り注ぐ暖かい拍手から始まる雰囲気たっぷりの録音。非常にデリケートなタッチで優しく音を響かせて入ります。聴衆が耳を澄ましてワッツの美音に聴き入るピンと張りつめた気配包まれての演奏。美しい音階が特徴の曲ですが、その音階を力を抜いてサラサラと清水が流れるように響かせる円熟のタッチ。一音一音を丁寧に置いていきながら、余裕たっぷりに流れをコントールして、淀みを作ったり、さらりと流したりしながら、ハイドンの楽興の彼方に引き込まれていく快感。ホールの空気感が伝わる名録音。1楽章は未曾有の緊張感にしびれます。そして2楽章に入ると指が気持ちよく回り、ハイドンの曲を軽々と弾きこなしていきます。素晴らしいテクニックの持ち主が、力を抜いてさらりとこなす粋な演奏。殺気がみなぎるようなアムランとも異なり、シフのような濃い目の情感を伴うこともなく、純粋無垢な響きに包まれる演奏。純粋に音楽の躍動とハーモニーの透明感、そしてリズムの戯れを味わえる名演奏。最初の1曲目から聴衆を釘付けにする見事な演奏。拍手の前にブラヴォーが気持ちよく響きます。ハイドンのソナタの最上の姿にこの日の聴衆はいきなり幸福感に包まれたことでしょう。

続いてモーツァルトのK.332。これまた素晴らしいモーツァルト。これほど美しく響くモーツァルトは久しぶり。ハイドンも絶品だったんですが、こちらも極上の演奏。まるでカーネギーホールで当時の興奮を味わっているような至福のひととき。自身の四半世紀の活躍の節目というタイミングのコンサートにワッツがどれだけの準備をしたのでしょうか。あまりに完璧な演奏にとろけそうです。そして、シューベルトもブラームスも集中力が途切れることなく完璧な音楽が流れます。

アンドレ・ワッツのデビュー25周年を記念したライヴですが、まさに宝物のようなアルバム。この日のコンサートを聴いた聴衆はワッツのピアノの素晴らしさに打ちひしがれたでしょう。冒頭に置かれたハイドンのソナタのなんたる美しさ。ワッツの円熟のタッチから生み出される美しい響きにノックアウトです。ピアノの好きな方は必聴のアルバムでしょう。もちろんハイドンの評価は[+++++]とします。てにはいるうちにどうぞ。

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シルヴィア・マーロウのハープシコードソナタ集(ハイドン)

見知らぬ奏者のアルバムを手に入れ、針を落とす時のときめきは今も変わりません。

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シルヴィア・マーロウ(Sylvia Marlowe)のハープシコードによる、ハイドンのハープシコードソナタ5曲(Hob.XVI:1、XVI:2、XVI:3、XVI:4、XVI:5)を収めたLP。収録に関する情報は記載されていませんが、Pマークは1981年とあります。レーベルはGASPARO。

見るからに古風なジャケットがいい感じ。奏者のシルヴィア・マーロウはまったくはじめて聴く人。調べてみると1908年ニューヨーク生まれのハープシコード奏者。パリのエコール・ノルマル音楽院でピアノ、オルガン、作曲を高名なナディア・ブーランジェに学び、またワンダ・ランドフスカのハープシコードに触発され、ハープシコードに興味を持つようになります。アメリカに戻ると、ピアノに代わって徐々にハープシコードに活動の軸を移し、レパートリーもバロック時代ものから現代の作曲家の作品やジャズまで広がったとのこと。1957年に自らハープシコード・ミュージック・ソサイアティを設立し、ハープシコードのための作品が書かれることを推進したり、ハープシコードを学んだり作品を書く学生に奨学金を提供するなどに尽力しました。亡くなったのは1981年ということで、今日取り上げるアルバムは最晩年の録音ということになります。現代の作曲家やジャズまで極めたマーロウが最晩年にハイドンのごく初期のソナタを録音しているということも興味深いですね。

Hob.XVI:1 Piano Sonata No.10 [C] (c.1750-1755)
いきなり鮮明。かっちりとしたハープシコードの音色が響き渡ります。速めのテンポでくっきりとしたメロディーを描いていきますが、耳を澄ますと非常にデリケートに表情がつけられ、それがクッキリ感を際立たせていることがわかります。2楽章のアダージョではゆったりとした音楽が流れ、バフ・ストップで音色に変化をつけます。そして3楽章のメヌエットはハイドンならではの緊密な構成感を感じさせます。短いソナタですが、円熟というよりは達観したような切れ味が心地良い音楽を作ります。

Hob.XVI:2 Piano Sonata No.11 [B flat] (c.1762)
続く曲はスタッカートのキレ味を誇るような入り。なんだか聴いているうちに鮮やかなタッチの凄みがようやくわかってきました。恐ろしくキレのいい音楽。しかも一貫してインテンポで攻めてくる迫力を感じます。ハープシコードの演奏でこのような迫力を感じるのははじめてのこと。続くラルゴではタッチのキレは逆に抑えて対比の効果を引き立てます。1楽章とのコントラストがつく一方、この楽章のメロディーの流れも立体的に描き、類い稀な表現力を見せつけます。音の強弱の表現の幅の狭いハープシコードでこれだけの表現力は見事というほかありません。この曲も3楽章がメヌエットで、クッキリとした表情で中間部を挟んだ定番の構成の面白さが曲のポイントとなります。後年メヌエットは終楽章に置かれることはなくなりますが、これはこれで非常にまとまりある構成であることがわかります。

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LPをひっくり返して3曲目。

Hob.XVI:3 Piano Sonata No.14 [C] (early 1760's)
1楽章は初期のソナタらしいシンプルな曲ですが、直裁でキレのいいタッチで爽快な響きを創っていきます。聴けば聴くほど見事なタッチ。続いて落ち着き払ったアレグレットは、フレーズごとにちょっとした変化をつけてメロディーに生気を吹き込みます。そしてこの曲の3楽章はメヌエットではなくプレストですが、A-B-Aの構成は変わらず。舞曲ではないだけで、堅固な印象は保ちます。

Hob.XVI:4 Piano Sonata No.9 [D] (before 1765)
同じく初期のソナタなんですが、展開の華やかさなどを聴くと確実に前曲よりも進歩しているように聴こえます。マーロウの迷いなく揺るぎないタッチによりメロディーラインがクッキリと浮かび上がるので曲の構造がよくわかります。またフレーズごとに次々と音色を巧みに変化させていて、こちらの期待以上に豊穣な音楽が流れます。この曲は2楽章構成で2楽章がメヌエット。舞曲にしてはリズムをためて濃いめの表情付け。ハイドンのメヌエットの面白さを見抜いた酔眼でしょう。

Hob.XVI:5 Piano Sonata No.8 [A] (1750's)
変化に富んだハープシコードを楽しんでいるうちに、あっという間に最後の曲。これまでの曲では最もリズムの面白さを強調した曲。1楽章にも実に印象的な響きが散りばめられ、アルバムの最後にふさわしい力強さ。そして中間の2楽章がメヌエット。ここでは音量をサッと落として優しいタッチで音色を巧みに変化させます。ハープシコードでこれほどの音量差を引き分けるのは至難の技と推測されますが明と暗、硬と軟の対比を見事につけてきます。ハープシコードにこれほど表現力の幅があったのかと驚くばかり。終楽章で鮮明なタッチが戻り、ハープシコードのキャパシティいっぱいの音量をきりりと引き出します。

ハープシコードでのソナタの演奏は、少し前に最新のフランチェスコ・コルティのアルバムを取り上げました。コルティの最新録音の若さ溢れるウィットに富んだ見事な演奏に対し、シルヴィア・マーロウの演奏は奏者が亡くなる直前の73歳での録音ですが、古さを感じさせないばかりか、揺るぎないタッチと多彩な変化は見事の一言。自身がハープシコード・ミュージック・ソサイアティを設立し、ハープシコードの音楽の普及を牽引したという覇気が感じられる素晴らしい演奏でした。マーロウの演奏で聴くとハープシコードという現代楽器に比べると表現力の幅に限界のある楽器ながら、その表現力の範囲を自在にコントロールして変化に富んだ音楽を紡いでいることがよくわかります。これは名盤ですね。評価は全曲[+++++]といたします。

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【新着】モリッツ・エルンストのピアノソナタ全集第1巻(ハイドン)

久々にCDに戻ります。ちょっと気になっていたアルバムが到着しました。

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TOWER RECORDS / amazon / ローチケHMVicon

モリッツ・エルンスト(Moritz Ernst)のピアノによる、ハイドンのピアノソナタ全集の第1巻で、6曲のソナタ(Hob.XVI:7、XVI:8、XVI:35、XVI:36、XVI:37、XVI:49)が収められたアルバム。収録は2015年、バイロイトにあるピアノメーカー、シュタイングレーバー&ゼーネ社(Steingraeber & Söhne)の室内楽ホールでのセッション録音。レーベルはPerfect Noiseという不思議な名前のレーベル。

最近リリースされたこのアルバム。タイトルにJoseph Haydn Complete Sonatas Vol.1との記載があり、気になっていたもの。ピアニストもレーベルも全く未知のものでしたので、まずは当ブログが取り上げないわけにはいかないとのことで注文を入れていたもの。到着して手に取ってみると、まずは未知のレーベルながらなかなかセンスのいい造りで一安心。ライナーノーツに目をやると、ドイツのワーグナーの聖地バイロイトにあるピアノメーカーのシュタイングレーバー&ゼーネ社のピアノでの録音とのこと。ハイドンのソナタの録音はスタインウェイが多いのはもちろん、ウィーンのベーゼンドルファーによるものや、最近ではジャン=エフラム・バヴゼが日本のヤマハで全集の録音を進めています。変わったところでは、アンジェラ・ヒューイットがイタリアのファツィオーリを弾いて録音を残しています。が、このアルバムで弾かれているシュタイングレーバーは初めて聴くもの。ピアノの楽器に詳しいわけではありませんが、ちょっと珍しい選択でしょう。気になったのでシュタイングレーバーについてちょっと調べてみました。

Steingraeber & Söhne(日本語)

メーカーのウェブサイトには日本語のページも用意され、リンクされているPDFにもちょっと怪しげな訳ではありますが日本語の解説がつけられています。創立は1852年とハイドンが生きていた時代で、シュタイングレーバー家による家族経営の小規模なピアノメーカーのようですが、リリースされているモデルは多岐にわたり、有名なピアニストにも愛用者がいるようです。このアルバムでもハイドンのソナタ全集を録音するにあたり、このピアノを選んだ理由はライナーノーツにも記載されていませんので、音色で確認するしかないでしょう。

奏者のモリッツ・エルンストは1986年、ドイツの押すとヴェストファーレン地方で生まれたピアニスト、チェンバリストでヨーロッパでは広く活躍している人のよう。特に現代音楽を中心に活動してきたようで、これまでにリリースされたアルバムは現代ものが多いですね。

Moritz Ernst

このアルバム、ハイドンのピアノソナタ全集を標榜するだけあって選曲もなかなか考えられています。初期のソナタ、中期のソナタ、晩年のソナタをうまく配置した選曲。さて、肝心の演奏、そしてシュタイングレーバーによる響きは如何なものでしょう。

Hob.XVI:7 Piano Sonata No.2 [C] (before 1760)
比較的狭い空間で残響共々とらえた録音。少し遠くにピアノが位置するワンポイント録音のような感じ。もちろん現代ピアノなんですが、ちょっと古めかしい印象もある独特の音色。これがハイドンのソナタに合いますね。最初は非常に短い曲ですが、エルンストの演奏はかなり客観的に主情を廃した演奏。演奏のスタンスとしてはオルベルツに近いかもしれません。現代音楽を得意としているだけにタッチは正確で、初期のハイドンのソナタをまるで慣らし運転のようにさらりとこなします。

Hob.XVI:8 Piano Sonata No.1 [G] (before 1760)
中音域の独特の音色がシュタイングレーバーの特徴でしょうか。この曲でもさらりとしたタッチでハイドンの諧謔的なフレーズを冷静に展開していきます。まるで練習曲をさらりとこなすようなスタンスのエルンスト。この初期の曲にはこのようようなスタンスがふさわしいのでしょう。少し表現が踏み込んでくるのが2楽章のメヌエット以降。メヌエットからアンダンテの穏やかな表情への変化はなかなかのもの。そして転がるような終楽章へ。ハイドンの音楽に潜む機知をしっかりと汲みとります。

Hob.XVI:35 Piano Sonata No.48 [C] (c.1780)
中期のソナタに入ります。速いパッセージの入りはスタインウェイでの華麗な響きに慣れていますが、このシュタイングレーバーの家庭的な響きで聴くと、ソナタ自体が身近な存在に聞こえます。もちろんエルンストの指は軽やかに回り少しの破綻も見せません。それどころ左手のアクセントの力強さはかなりのもの。なんとなくもう少し聴きどころを作った方が良さそうとは思いながらも、さらりとしたタッチで押し通します。2楽章に入ると少しくつろぎながらくっきりとメロディーラインを浮かび上がらせ、音楽の琴線に触れるようになります。全集を一定の水準で統一感を持たせようとしている中での、しっかりと盛り上げる聴きどころも必要ですね。エルンストの手の内がだんだんわかってきました。フィナーレはまたさらりとこなします。ハイドンの演奏に必要な軽さをしっかりと表現できています。

Hob.XVI:36 Piano Sonata No.49 [c sharp] (before 1780)
あえて少しリズムを重くしたのでしょう。ゴリっとした感触の印象的な入りはなかなかの迫力。基本的に一定のスタンスによる安定した演奏ながら、曲ごとに少しづつ表情をつけてきます。さっと音量を落とした直後のアクセントなどエルンストならではの個性的な表現もちりばめます。この曲ではリズムもテンポも自在に操ることで曲の面白さをうまく引き出しています。2楽章のスケルツァンドも自在なタッチでハイドン独特のメロディーをアクロバティックに再構成。そして短調のメヌエットもどこか冷静な視点でさらりとこなします。この冷静さはどこかに現代音楽の演奏に通じる視点を持っているよう。

Hob.XVI:37 Piano Sonata No.50 [D] (c.1780)
聴き慣れた曲ですが、ピアノの音色が異なるのと、エルンスト流のクールさ、現代性で新鮮な響きを作っています。ここにきてリズムもタッチも少しづつ思い切った表現が見られるようになってきます。これがちょっとハイドンのソナタとしては前衛的でもあり、ちょっとバランスに欠ける印象にもつながります。ここがハイドンの難しいところ。
聴きどころのドラマティックな2楽章。1楽章の演奏で少し外れ感があったんですが、2楽章に入るとこれが実に素晴らしい演奏に変わります。1楽章の先走り感はどこへやら。しっとりと落ち着いた音楽が流れます。そしてフィナーレも落ち着きを保ちながら多彩なタッチでまとめます。

Hob.XVI:49 Piano Sonata No.59 [E flat] (1789/90)
最後はハイドン晩年の傑作ソナタ。多くの名演奏がひしめく曲。ここまで聴いてきて、シュタイングレーバーのピアノは、少々古風な音色の面白さがある一方、複数の音が鳴った時のハーモニーの美しさに少々難ありだということがわかりました。この最後のソナタでもメロディーラインのタッチの面白さが浮かび上がる一方、ハーモニーのが単音的に聴こえるのが曲の印象を左右していますね。現代ピアノでのハイドンのソナタの豊かな響きよりも音色はピアノながらフォルテピアノに近い一音一音の存在感が特徴になるでしょうか。エルンストの冷静なタッチもそう感じさせている一因かもしれませんね。この曲では表現は今までの曲同様多彩なんですが、曲に込めらた心情のようなものよりもタッチの変化のようなものに気を取られ、表現がちょっと表面的な印象につながっています。
アダージョでは前曲同様、エルンストの現代的ながら自在な表現がマッチして曲の深みを感じさせます。そしてフィナーレはさっぱりとした表情で弾き抜けます。

ハイドンのピアノソナタ全集を意図するモリッツ・エルンストの演奏ですが、曲から一定の距離をおいて客観的な視点で曲を捉えた演奏で、使用しているシュタイングレーバーという楽器の響きもあって、さらりとした表情の印象が強く残る演奏でした。楽器の選択はハイドンの時代の響きに対するイメージを優先させたものだと思いますが、悪くはありません。この演奏の印象はやはりモリッツ・エルンストのタッチにあり、独特の現代的感覚がそのような印象を残していると思われます。これからハイドンのソナタ全集を残すという一大プロジェクトに挑むということで、今後の演奏に注目したいと思います。評価は全曲[++++]とします。

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ジャン=クロード・ぺヌティエのピアノソナタ集旧録音(ハイドン)

またまたお宝盤発掘! どうしてもLPにいってしまいます。

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ジャン=クロード・ぺヌティエ(Jean-Claude Pennetier)のピアノによるハイドンのピアノソナタ3曲(Hob.XVI:34、XVI:48、XVI:49)を収めたLP。収録は1984年10月、南仏マルセイユの北にあるソーヴァン城(Château de Sauvan)でのセッション録音。レーベルはharmonia mundi FRANCE。

ぺヌティエのハイドンのソナタの録音は以前に取り上げていますし、ラ・フォル・ジュルネで実演も聴いています。

2015/05/04 : コンサートレポート : ジャン=クロード・ペヌティエの「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」(ラ・フォル・ジュルネ)
2010/11/24 : ハイドン–ピアノソナタ : ジャン=クロード・ペヌティエのピアノソナタ集

以前取り上げたピアノソナタ集のCDは曲はXVI:50、51、52などで、録音は1999年から2000年にかけて。今日取り上げるアルバムの録音はその約15年前の1984年の録音で、曲はXVI:34、48、49とCDとは重なっておらず、ハイドンのピアノソナタの晩年の名曲を網羅する形になっています。CDというメディアが世の中に出回ったのが1982年ということでこのLPはその直後の録音ということになります。ネットで調べてみた限りではこの録音がCD化された形跡もなく、知る人ぞ知る存在でしょう。

針を落としてみると、驚くほど瑞々しい響き。ジャケットにはピアノはベーゼンドルファーを使っていると書かれています。気になってCDの方をチェックしてみるとこちらはスタインウェイ。CDも非常に響きに美しい録音でしたが、このLPにはベーゼンドルファーの豊穣な響きが最上の形で記録されています。

Hob.XVI:34 Piano Sonata No.53 [e] (c.1782)
少し遠くに残響を伴って定位するピアノ。LPのコンディションは最高で響きの美しさが際立ちます。ぺヌティエの強力な左手のアクセントがメリハリをつけながらの流麗なタッチ。後年の悟ったような表情は見せず、曲の淀みない流れの美しさに焦点を当てた演奏。1楽章はあっという間に流れていきます。1楽章の演奏から想像できましたが、続くアダージョは自然なデュナーミクの美しさが極まる絶美の演奏。ぺヌティエの自在なタッチの魅力にとろけそう。そしてフィナーレも自然な表情の美しさを保ったまま、流れるようなタッチでどこにもストレスを感じさせない演奏。ピアノの純粋無垢な響きの美しさが楽しめます。時折り響きをざらりと分解するような表現でハッとさせるのも効果満点。最後にクライマックスを持ってくるあたりのマナーもオーソドックスでいいですね。

Hob.XVI:48 Piano Sonata No.58 [C] (1787/9)
続くソナタも響きの美しさと流れの良さは変わらず。しかも一音一音の表情が実に豊かで、ハイドンのピアノソナタのオーソドックスな演奏の最上の姿と言っていいでしょう。特に低音の余裕のある図太い響きの魅力はLPならでは。ちょっと強面のぺヌティエのぶっとい指からこれほどの詩情が立ち上るとは。タッチに余裕があるからこそコントロールできる柔らかさということでしょう。まさに夢見心地で響きに酔います。ゆったりとした雰囲気をさらりとかわすかのようにそよ風のような優しさて、驚くほど流麗なタッチで2楽章に入ります。テンポはかなり速めにもかかわらず、まるで魔法のように鮮やかなタッチで弾き進めます。若きぺヌティエの驚くべきテクニック。タッチの冴えをここぞとばかりに聴かせますが、驚くほど自然に響くところに凄みを感じさせます。これは凄い!

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Hob.XVI:49 Piano Sonata No.59 [E flat] (1789/90)
LPをひっくり返して最後のソナタ。片面に1曲ゆったりとカッティングされているため響きにも余裕があります。この曲はリズムとメロディーの面白さを融合したハイドンの見事な筆致を楽しめる曲。ぺヌティエの自然なタッチは変わらず、左手の図太いアクセントと流麗な右手のパッセージが乱舞する絶妙な演奏。スタインウェイよりも内声部が豊かに響くように感じるためか、非常に豊穣に響きわたります。フレーズ毎の表情ではなく流れるように表情を変えていくことでメロディーの自然なつながりの面白さが浮かび上がります。2楽章は前2曲同様自然な詩情の美しさが沁みます。もう少し表情が濃いとロマン派の曲のように聴こえてしまう寸前のバランス感覚。大きな波のようにうねる曲想をしっかりと捉えてゆったりと盛り上げます。宝石のように磨き抜かれた響きに三度うっとり。この曲はフィナーレがメヌエット。最後まで落ち着き払ったぺヌティエの見事なコントロールで、ハイドンの機知に溢れたソナタを一貫してロマンティックな姿に仕立て上げてきました。この曲も最後の一音を轟かせて終了。

ジャン=クロード・ぺヌティエの1984年に録音されたハイドンのピアノソナタ集。ベーゼンドルファーの豊かな響きを活かした秀逸な録音によって若きぺヌティエがハイドンを流麗にまとめた演奏。後年の録音では枯れたところも聴かせましたが、このころのぺヌティエの演奏はタッチの鮮やかさも、バランスよくまとめる力も後年よりも上と聴きました。この3曲は絶品の出来と言っていいでしょう。評価はもちろん3曲とも[+++++]とします。LPの再生環境がある方、見かけたら即ゲットをオススメします!

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Daisy


Author:Daisy

なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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