【新着】フィンランド・バリトン三重奏団のバリトントリオ(ハイドン)

久々のバリトントリオの新譜です。しかも演奏も録音も素晴らしいもの。これは当ブログで取り上げないわけには参りません。

FinnishBarytonTrio.jpg
TOWER RECORDS / amazon / ローチケHMVicon

フィンランド・バリトン三重奏団(The Finnish Baryton Trio)による、ハイドンのバリトン三重奏曲5曲(Hob.XI:63、XI:87、XI:32、XI:66、XI:97)を収めたSACD。収録は2008年2月28日から3月1日まで、フィンランド東部のアルヴァー・アアルトの教会で有名なイマトラ(Imatra)にあるコンサートホール(Konserttihovi of Imatra)でのセッション録音。レーベルはSIBARECORDSという、SIBELIUS ACADEMYの自主制作レーベル。

アルバムタイトルは"The Private Preasure of Prince Esterházy"とあり、「エステルハージ侯の密かな楽しみ」とでも訳すのでしょうか、バリトントリオという曲の本質をとらえたタイトルからただならない感じがしていました。ただし本当にただならないのは、このアルバムの奏者が時代も距離もかなり隔てた現代のフィンランドの奏者によって演奏されてるという点。

ご存知のとおり、バリトン三重奏曲はエステルハージ家の当主であるニコラウス侯の時代に仕えていたハイドンが、ニコラウス侯の命により大量に作曲したもの。またバリトンという楽器を使った曲も、ハイドンの作品の他にはニコラウス侯の命により他の一部の作曲家が書いたもの以外はあまり知られていません。そのただでさえ珍しい超ローカルなバリトンの曲を、独墺系ではなく、ヨーロッパの辺境である超ローカルなフィンランドの団体が録音しているというところにこのアルバムの不思議な立ち位置があるわけです。

奏者のフィンランド・バリトン三重奏団ですが、メンバーは下記のとおり。

バリトン:マルクス・クイッカ (Markus Kuikka)
ヴィオラ:マルクス・サラントラ (Markus Sarantola)
チェロ:ユッシ・セッパネン (Jussi Seppänen)

団体の設立は2002年と比較的最近で、主にフィンランドにてハイドンのバリトン三重奏曲をコンサートや放送のために演奏しているとのこと。バリトンのマルクス・クイッカ、ヴィオラのマルクス・サラントラはシベリウス・アカデミーの出身者、チェロのユッシ・セッパネンはフィンランド中部のタンペレ音楽院からややりシベリウス・アカデミーに移っており、全員シベリウス・アカデミー出身者ということになります。マルクス・クイッカはもともとヴィオールやバロックチェロを学び、またフィンランド北部のクオピオ交響楽団の首席チェロ奏者を30年近くに渡って務めてきた人ですが、バリトンの演奏に興味をもち、2009年にシベリウスアカデミーでバリトンの研究課程を卒業し、その後はヘルシンキを拠点としたフリーランスになっているとのこと。このアルバムがシベリウス・アカデミーでの成果ということでしょう。

このアルバムを聴いてまず特筆すべきなのは録音の良さ。SACDということで精緻かつ自然な響きなのはもちろん、収録会場であるイマトラのコンサートホールは写真でみると小規模な響きの良さそうなホールで、このホールの響きの良さが活かされている感じ。アルバムの収録場所を調べるときは、必ずネットで場所やホールのようすを調べるようにしていますが、ただでさえ田舎なイマトラのさらに街のはずれの森の中に1軒だけ建つ建物だけに周囲は静かな環境。スイスのラ・ショード・フォンのムジカ・テアトル同様、適度な大きさで響きが良さそうな室内楽の収録には最適な環境です。

そして肝心の演奏もバリトントリオの幽玄さを静寂感が支配するようなもの。フィンランドの自然を想起させる演奏といえばいいでしょうか。
 
Hob.XI:63 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (1767-68)
いきなりあまりに美しい響きに鳥肌がたつよう。バリトントリオの演奏は不可思議な開放弦の響きが加わりますが、意外に躍動感を感じる演奏も多いもの。このフィンランド・バリトン三重奏団の演奏は、穏やかで精緻さを保ちながら訥々と演奏していき、特に消え入るような弱音の表現が精緻な録音で録られており、ホールに消え入る響きの美しさが際立ちます。この訥々とした感じ、いい意味でアマチュアの演奏のような感じがニコラウス侯とハイドンらだけで演奏を楽しむような雰囲気を感じさせます。聴いているうちにホールで実際に演奏を聴いているように感じるほど録音は秀逸。少し遠くで演奏を楽しむような雰囲気です。
曲はアダージョ、アレグロ、メヌエットの3楽章構成。もちろんハイドンらしい機知に満ちていて、特にメヌエットの面白さは出色。

Hob.XI:87 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [a] (before 1772?, 69-71)
シュトルム・ウント・ドラング期の作曲らしく、この時期の曲に多く見られる仄暗さが沁みる曲。淡々と落ち着いた演奏からしっとりと情感が満ちてきます。アダージョ、アレグロ・ディ・モルト、メヌエットの3楽章構成。一貫して表現を抑え気味に進めますが単調な印象は皆無。かえって曲自体の美しさがくっきりと浮かび上がります。微視的ではなく大きな起伏を穏やかに表現することで、曲の魅力が際立ちます。曲自体は激しい印象がある2楽章は禁欲的に感じるほど冷静に進めていきます。この楽章もこの控えめな表現によって曲に深みが加わります。そして終楽章のメヌエットは落ち着いたリズムの魅力に気付かされます。聴かせどころをリズムに絞った解釈。バリトンという楽器の音色も踏まえた曲の構成の巧みさに驚きます。

Hob.XI:32 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [G] (1776-77)
この演奏の他にはBrilliantの全集しか録音がない珍しい曲。入りのメロディーもユニークでちょっと深みに欠ける印象もなくはありませんが、聴き進めるうちにハイドンの見事な展開に惹きつけられていきます。モデラート、メヌエット、プレストという構成。この曲ではメヌエットが弾みます。コミカルな印象のある1楽章に呼応してのことでしょう。節度ある躍動感が実に心地よい音楽。そしてフィナーレも小気味よい疾走感。曲によってしっかりとスタイルを変えてくる器ももっていました。アルバムの真ん中にこういった曲を挟むことで演奏の幅も広がって聴こえますね。

Hob.XI:66 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [A] (1767-68)
こちらは比較的録音の多い曲。ピチカートでの入りがまさにバリトンの音色の面白さを特徴的に表す曲。アダージョ、アレグロ・ディ・モルト、メヌエットという構成。以前バレストラッチ盤で印象に残っている曲ですが、静寂感と深みでこちらの演奏に分があるでしょうか。ここまでで最もバリトンという楽器の不可思議な響きの面白さを感じられる曲。チェロと似てはいるものの独特の饐えたような音色と、開放弦の存在がざわめきのような響きを伴います。そして音色ばかりではなく、めくるめくように変化していく曲想の面白さ。2楽章はリズミカルに進みますが、驚くのは3楽章の入りのなんとユニークなことか。あまりの発想の斬新さにハイドンの天才を感じます。

Hob.XI:97 Divertimento a tre per il pariton, viola e violincello : Baryton Trio [D] (before 1778, 66?)
最後はバリトントリオの中でも最も有名な曲。手元にはこの演奏を含めて12種もの演奏があります。アダージョ、アレグロ・ディ・モルト、メヌエット、ポロネーズ、アダージョ、アレグレット、フィナーレ(フーガ)という7楽章構成。バリトントリオの魅力がすべて詰まった曲といっていいでしょう。フィンランド人のトリオの演奏はこれまでの曲同様、自然さと静寂感、時に躍動感を織り交ぜた見事なもの。1楽章の構成感、2楽章の穏やかな躍動、3楽章のメヌエットのシンプルな美しさ、4楽章の穏やかなキレ味、いきなり深みをかいまみせる5楽章、明るさを取り戻す6楽章、そしてユニークなメロディーをさらにユニークに展開していく終楽章のフーガと聴きどころ満載。このトリオの実力を遺憾無く発揮した素晴らしい演奏です。

フィンランドの奏者によるバリトントリオの演奏ですが、これはバリトントリオの演奏の中でも注目すべき演奏です。今回このアルバムを取り上げるにあたっていろいろ手元の演奏を聴き比べてみましたが、バリトンという楽器の響きを精緻に録られた録音の良さもあって、バリトントリオという曲の魅力が非常によくわかるプロダクションに仕上がっています。そもそもハイドンの曲がもつ中欧的な雰囲気を、北欧的な澄み切った雰囲気に仕立てあげることで、曲自体の純粋な魅力が浮かび上がった感じ。日本人の演奏するハイドンにも、良い意味でも悪い意味でも日本的な印象があるのと同様、この演奏にもフィンランドという辺境の国の澄み切った感性が宿っている感じがします。この演奏、多くの人に聴いていただく価値のある名盤と断じます。評価は全曲[+++++]とします。

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tag : バリトン三重奏曲 古楽器 SACD

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なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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