マルコム・ビルソンのクラヴィーアソナタ集(ハイドン)

最近手に入れたアルバムから。

MalcolmBilson50.jpg
HMV ONLINEicon / amazon / TOWER RECORDS

マルコム・ビルソン(Malcolm Bilson)のフォルテピアノによるハイドンのクラヴィーアソナタ5曲(Hob.XVI:50、XVI:43、XVI:3、XVI:20、XVI:40)を収めたアルバム。収録は2003年8月13日,14日、カナダ、トロントのカナダ放送グレン・グールド・スタジオでのセッション録音。レーベルはスイスのclaves records。

マルコム・ビルソンといえば、ガーディナーとイングリッシュ・バロック・ソロイスツとのモーツァルトのピアノ協奏曲全集でしょう。リリースされる度に一枚一枚手に入れて聴いたのが懐かしいですね。ブレンデル/マリナー盤が刷り込みでしたので、特に20番より前の協奏曲の鮮やかな色彩感は、ビルソン盤でその魅力を知ったものです。調べてみるとガーディナーとのモーツァルトの全集は1983年から88年にかけての録音ということで、古楽器によるモーツァルトのピアノ協奏曲録音の走りだったことがわかります。

マルコム・ビルソンのハイドンのソナタの録音は、手元にELECTRA NONSUCHによる1982年にXVI:49、XVI:52を収めたアルバムがあるのですが、ビルソン独特の媚びないというか、素っ気ない演奏と、普段は超絶Hi-Fi録音で知られるNONSUCHのリアルすぎる録音によって、どうにも音楽に入り込めない演奏という印象でした。

このアルバム、店頭で見かけた時に、NONSUCH盤の延長かと思いきや、レーベルも異なり、録音年代がぐっと新しいものだとわかり、迷わず購入しました。

マルコム・ビルソンは1935年、アメリカ、ロスンゼルス出身の鍵盤楽器奏者。弾くばかりではなく研究者でもあるそうです。ニューヨーク州のバード大学を卒業後、ベルリンの音楽舞台芸術アカデミー、パリのエコール・ノルマル音楽院で音楽を学び、イリノイ大学で博士号を得ました。1976年からはコーネル大学で教えています。ガーディナーとのピアノ協奏曲全集の他、フォルテピアノによるモーツァルトとシューベルトのピアノソナタ全集をHUNGAROTONに録音するなど、古楽器演奏の一翼を担いました。

このアルバム、ジャケットには気になるフレーズがあります。

”Five Keyboard Sonatas on a Schanz Fortepiano”

そう、ハイドン自身が「シャンツこそ最も優れたフォルテピアノ工房である」と言っている楽器です。シャンツのフォルテピアノを弾いたソナタは、これまで2つレビューで取りあげています。詳しくはパウル・バドゥラ=スコダの記事をご参照ください。

2013/03/02 : ハイドン–ピアノソナタ : キャロル・セラシのフォルテピアノ/クラヴィコードによるソナタ集
2013/01/13 : ハイドン–ピアノソナタ : ハイドンの時代の響き パウル・バドゥラ=スコダのフォルテピアノ作品集

古楽器に詳しいビルソンだけに、ハイドン自身が気に入っていたシャンツでの録音にこだわったのでしょうか。

Hob.XVI:50 / Piano Sonata No.60 [C] (probably 1794)
さっぱりとした表情はビルソンならではですが、音量を上げて聴くと、いつものビルソンとはちょっと違い、楽器の余韻を活かした透き通るような空気感とピリッとした緊張感に包まれています。響きに力があるシャンツの音色を活かして、力強いタッチで、フレーズごとにメリハリをつけて弾き進めていきます。録音は最新のものだけあって、自然で適度な残響がともなうもの。ビルソンの演奏はインマゼールのような色彩感やブラウティハムのようなしなやかなダイナミックさはなく、そのかわり誠実かつ骨格のしっかりした演奏。研究者でもある奏者として色づけを排した純粋な響きを求めているよう。少々音楽に固いところがありますが、それが良さでもあるでしょう。ハイドン晩年のソナタから禅の心境にも似た純粋な境地を感じさせます。一音一音のタッチが実にガッチリと決まります。
アダージョはゆったりした印象はなく、テンポはゆっくりなのに険しさを感じる音楽。前楽章同様、一音一音がクッキリ浮かび上がる鮮明なタッチで進みます。この曲のアダージョから情感を排して純粋な音楽のみが結晶となったような響き。ヨーロッパの伝統とは異なり、アメリカ出身のビルソンの中にある純粋な感性がベースにあるからでしょうか。純粋無垢な音楽。
フィナーレでも、間を活かしながらも強いタッチの鮮明な響きが繰り返しやってくるもの。シャンツのフォルテピアノのダイナミックレンジいっぱいに楽器を響かせ、強音の迫力で聴かせます。1曲目からハイドンのソナタの素晴しい迫力に圧倒されます。

演奏のスタンスは曲によって変わらず、一貫しているため、以後の曲は簡単に。

Hob.XVI:43 / Piano Sonata No.35 [A flat] (1770's)
続く曲はだいぶ作曲年代を遡った中期のもの。演奏によってはリズムの面白さ、軽妙洒脱さにスポットライトを当てる曲ですが、ビルソンはここでも、正攻法の演奏。確実なタッチで生真面目とも映る誠実さで弾き進めていきます。多少力は抜けているものの、教科書通り折り目正しい演奏。2楽章の途中で柔らかい音に響きを変化をさせる部分の美しさは楽器を知り尽くしたビルソンならでは。聴いているうちに、この淡々とした楽興は現代楽器と古楽器の違いはあるものの、オルベルツの演奏に近いように感じてきました。楽器が良く鳴って弾くのが気持ち良さそうな演奏。

Hob.XVI:39 / Piano Sonata No.52 [G] (1780)
前曲同様、小気味好い演奏も多い曲ですが、ビルソンは一貫してオーソドックスな攻め方。ハイドンのピアノソナタ全体を叙事詩を語るように演奏するような感じ。

Hob.XVI:20 / Piano Sonata No.33 [c] (1771)
好きなXVI:20。この曲はじっくりとした入りから来ました。響きを美しく聴かせようというより、メロディーをとぼとぼ語っていくような弾きっぷり。時折テンポを落として音階を分解して鳴らすような場面があります。
キラ星のような美しさを誇るアンダンテは、ことさら曲の美しさに媚びることなく地味な展開。ただ、その地味さから音楽の美しさが立ちのぼるのがこの曲の素晴しいところ。

Hob.XVI:40 / Piano Sonata No.54 [G] (c.1783)
最後の曲は2楽章構成。アルバムの最後を飾る素朴さ。ビルソンは曲をどう料理するかということよりも、ハイドンの創作に対する謙虚な心情を吐露するように演奏することに集中しているよう。右手の音階がときおり鮮明に駆け上がりますが、全体ととしては落ち着いたもの。フィナーレもクッキリした表情が印象的でわかりやすい演奏。

このアルバム、評価が非常に難しいです。古楽器の研究者としてオーソドックスにフォルテピアノの演奏を仕上げてくるあたりは、かなりの腕前ですが、音楽自体が非常に謙虚で律儀なもの。ハイドンの音符をきっちり弾いていくことにかけて、そして楽器をきっちり鳴らしていく事にかけては素晴しい演奏ですが、どうしても音楽に固さを感じてしまうのがが正直な所。この5曲の演奏として皆さんに推すべき演奏は他にもいろいろありますが、ハイドンのソナタをいろいろ聴き込んできた人にはこのアルバムでのビルソンの筋の通った演奏の価値は伝わるのだと思います。私の評価はXVI:50が[+++++]、思い入れの強いXVI:20は[+++]、その他の曲は[++++]とします。

にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ
関連記事

テーマ : クラシック
ジャンル : 音楽

tag : ピアノソナタXVI:50 ピアノソナタXVI:43 ピアノソナタXVI:39 ピアノソナタXVI:20 ピアノソナタXVI:40

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Daisy


Author:Daisy

なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

最新記事
カテゴリ
タグリスト
クリックするとそのタグに関する記事が表示されます。特定の曲に関する記事の表示ができます。

ブルックナーマーラーサントリーホールヒストリカル十字架上のキリストの最後の七つの言葉LP交響曲97番告別交響曲90番交響曲18番アレルヤ交響曲99番奇跡ひばり弦楽四重奏曲Op.64フルート三重奏曲悲しみ交響曲102番交響曲86番ラメンタチオーネモーツァルトヴァイオリン協奏曲ピアノソナタXVI:50ピアノソナタXVI:48ピアノソナタXVI:32ベートーヴェン驚愕哲学者小オルガンミサミサブレヴィスニコライミサ交響曲95番交響曲93番弦楽四重奏曲Op.20交響曲78番時計軍隊ピアノソナタXVI:23ピアノソナタXVI:40王妃ピアノソナタXVI:52アンダンテと変奏曲XVII:6武満徹SACDライヴ録音チェロ協奏曲交響曲80番交響曲81番交響曲19番交響曲全集古楽器交響曲21番マリア・テレジアピアノソナタXVI:20クラヴィコード豚の去勢にゃ8人がかり無人島騎士オルランドBlu-rayチェロ協奏曲1番東京オペラシティ交響曲10番交響曲12番交響曲9番交響曲11番太鼓連打ロンドン交響曲15番交響曲4番交響曲2番交響曲1番交響曲37番弦楽四重奏曲Op.54ピアノソナタXVI:8ピアノソナタXVI:46ピアノソナタXVI:2ピアノソナタXVI:25ピアノソナタXVI:42ピアノソナタXVI:14ピアノソナタXVI:12ピアノソナタXVI:1ピアノソナタXVI:5ピアノソナタXVI:3ピアノソナタXVI:4天地創造ディヴェルティメントリヒャルト・シュトラウス東京芸術劇場交響曲98番ピアノソナタXVI:35ピアノソナタXVI:37ピアノソナタXVI:36ピアノソナタXVI:49ピアノソナタXVI:7ドニぜッティライヒャオーボエ協奏曲ロッシーニピアノソナタXVI:34弦楽三重奏曲皇帝ピアノ協奏曲XVIII:3ストラヴィンスキーミューザ川崎シェーンベルク東京文化会館ホルン協奏曲フルート協奏曲弦楽四重奏曲Op.2弦楽四重奏曲Op.9弦楽四重奏曲Op.17剃刀弦楽四重奏曲Op.77弦楽四重奏曲Op.103ファンタジアXVII:4ピアノソナタXVI:31ピアノソナタXVI:26タリスモンテヴェルディアレグリバードパレストリーナすみだトリフォニーホールピアノ協奏曲XVIII:11ピアノソナタXVI:6ピアノソナタXVI:39美人奏者四季迂闊者交響曲70番ピアノ協奏曲XVIII:4アコーディオンピアノ協奏曲XVIII:7バリトン三重奏曲スコットランド歌曲ガスマンヴェルナーシューベルトピアノソナタXVI:38交響曲67番ピアノソナタXVI:24交響曲51番交響曲46番交響曲35番協奏交響曲DVD交響曲47番テレジアミサピアノソナタXVI:21ピアノソナタXVI:28アリエッタと12の変奏XVII:3ラ・ロクスラーヌ帝国弦楽四重奏曲Op.76ハイドンのセレナードピアノソナタXVI:51ラルゴ五度ピアノ三重奏曲日の出ピアノソナタXVI:44ラウドン将軍弦楽四重奏曲Op.33弦楽四重奏曲Op.1弦楽四重奏曲Op.74騎士交響曲17番ピアノソナタXVI:27シベリウス交響曲42番時の移ろいベルリンフィルホルン信号弦楽四重奏曲Op.55交響曲87番トランペット協奏曲ピアノソナタXVI:29ピアノソナタXVI:10リュートピアノ五重奏曲ピアノとヴァイオリンのための協奏曲XVIII:6チェチーリアミサラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン東京国際フォーラム雌鶏交響曲39番冗談ナクソスのアリアンナ英語カンツォネッタ集ピアノ協奏曲XVIII:9ピアノ協奏曲XVIII:5ヴァイオリンソナタバッハ交響曲52番ピアノ協奏曲XVIII:2交響曲79番ロンドン・トリオ交響曲88番オックスフォードカノンドイツ国歌モテットオフェトリウムスタバト・マーテル弦楽四重奏曲Op.50よみうり大手町ホールパッヘルベルアダージョXVII:9受難交響曲84番パリセットベルクブーレーズ主題と6つの変奏弦楽四重奏曲Op.71オペラアリアスクエアピアノピアノソナタXVI:41ショスタコーヴィチ交響曲68番交響曲57番リラ・オルガニザータ協奏曲リーム交響曲50番交響曲89番偽作CD-Rトビアの帰還ホルン三重奏曲薬剤師ヴァイオリンとヴィオラのためのソナタオルガン協奏曲火事交響曲38番リベラ・メピアノ協奏曲XVIII:10交響曲77番交響曲34番温泉フルートソナタドイツ舞曲誕生日校長先生ピアノソナタXVI:47bisピアノソナタXVI:11音楽時計曲ピアノ小品カートリッジ雅楽プロコフィエフヘンデルサン=サーンス交響曲36番リストオーディオバリトン二重奏曲交響曲75番交響曲66番交響曲91番長岡鉄男歌舞伎おすすめ盤ピアノソナタXVI:47第九読売日響オペラ歌舞伎座スケルツァンド弦楽四重奏曲op.33ザルツブルク音楽祭ピアノソナタXVI:22変奏曲XVII:7オペラ序曲天地創造ミサジャズネルソンミサ弦楽四重奏曲Op.42交響曲76番ピアノソナタXVI:43古楽器風東急文化村ノットゥルノヴェーベルン哲学者の魂、またはオルフェオとエウリディーチェライヴ府中の森芸術劇場裏切られた誠実バリトン五重奏曲ハイドン入門者向け歌曲ピアノソナタXVI:G1ウィーンフィル月の世界交響曲72番建築ファリャマリアテレジア交響曲56番交響曲27番2つのホルンのための協奏曲展覧会ピアノソナタXVI:19弦楽四重奏曲全集シャンゼリゼ劇場皇帝讃歌交響曲24番大オルガンミサ新橋演舞場交響曲5番サルヴェ・レジーナテ・デウムカッサシオン室内楽曲ピアノソナタXVI:45ベトナム料理国立新美術館高音質CDドビュッシー交響曲28番交響曲13番変わらぬまこと交響曲107番交響曲108番交響曲62番ジプシー・ロンドチェンバロ四重奏曲交響曲3番スカルラッティカンタータ声楽曲戦時のミサ珍盤ザロモンセットN響ハルモニーミサミサ曲全集NHKホールハインリッヒミサピアノソナタ全集ジュピターレコードマーキュリー管弦楽曲室内楽変奏曲XVII:5交響曲54番交響曲41番ギターピアノソナタXVI:33府中交響曲58番ピアノソナタXVI:30カラヤンスウェーリンク書籍交響曲65番交響曲71番アプラウスピアノソナタXVI:13魂の歌仙台ヤナーチェク現代音楽狩りピアノソナタ

ハイドン所有盤リスト
Joseph Haydn Discography at H. R. A.
所有盤をジャンル別にリスト化しています。基本的に録音年順とし、録音年不明のものは末尾に記載。演奏者名はジャケットなどの表記に合わせています。

2017年7月のデータ(2017年7月31日)
登録曲数:1,361曲 登録演奏数:10,291
月別(表示数指定)
リンク
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カウンター
カレンダー
03 | 2018/04 | 05
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
ブログ内検索
Translation(自動翻訳)
ブログランキング等
当Blogへお越しの際は、下のバナーをクリックの上お仲間のBlogも是非お楽しみください。
クラシック音楽鑑賞の情報満載。
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ

クラシックの膨大なブログランキング。更新もクイック。
人気ブログランキングへ

音楽家、音大生、音楽愛好家のブログランキング。
音楽ブログランキング

このブログの成分解析。キーワードによるブログランキング。
blogram投票ボタン

大家さんFC2のクラシックブログランキング。


おすすめ(音楽)
当ブログが発掘した超名演盤
ViventeR.jpg
衝撃の爆演(記事1 記事2

PetersenQ.jpg
Op.1の超名演(記事

Destrube.jpg
美音の饗宴(記事

書籍もCDも送料1点から無料。配送クイック


クラシックの独自企画・復刻盤は要注目


クラシックのアルバム・日本語解説が一番充実
HMVジャパン
HMV & BOOKS ONLINEでハイドンのアルバムを検索icon
HMV & BOOKS ONLINEでハイドン関係書籍・楽譜を検索 icon

おすすめ(音楽以外)





アクセスランキング(FC2)
[ジャンルランキング]
音楽
109位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
クラシック
9位
アクセスランキングを見る>>
twitter
ブログの更新情報などをつぶやいています。
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ