ヒュー・ウルフ/セント・ポール室内管の交響曲1番(ハイドン)
お正月最初のレビューはハイドンの交響曲1番のアルバム。最近手に入れたものですが、キレ味抜群の演奏でした。

ヒュー・ウルフ(Hugh Wolff)指揮のセント・ポール室内管弦楽団(The Saint Paul Chamber Orchestra)による、プロコフィエフの交響曲1番「古典」、ハイドンの交響曲1番、ビゼーの交響曲の3曲を収めたアルバム。収録は1992年9月、アメリカ、ミネソタ州のセント・ポールにあるオードウェイ劇場(現オードウェイ・パフォーミング・アーツ・センター)でのセッション録音。レーベルはTELDEC。
なにやらちょっとアーティスティックにハイドン、プロコフィエフ、ビゼーの肖像がコラージュされたジャケットのアルバム。アルバムのタイトルは「ビゼー、プロコフィエフ、ハイドン交響曲1番」というもの。古典期から近代までの3人の作曲家の「古典的な」最初の交響曲を並べた不思議な企画。
プロコフィエフの交響曲1番がハイドンの作品にインスピレーションを得たものであるのは有名なことであり、この2人を選んだ意図はなんとなくわかるのですが、これに、特に交響曲が有名ではないビゼーをもってきたところにこの企画の真意が今ひとつ分かり難いところ。想像するに、プロコフィエフの曲はもとより、ビゼーの交響曲もハイドン以来の交響曲の伝統的な4楽章構成ということで、時代を超えてハイドンが構築した交響曲という形式が受け継がれているということから選ばれているような気がします。ただしここで選ばれている肝心のハイドンの交響曲1番は3楽章構成ということでどうも座りが悪い。ということで、そうした点よりも、素直にタイトル通り「交響曲1番」という、それぞれの作曲家が「最初に」書いた交響曲の着想を比較するというのが狙いでしょうか。そうした点においても、交響曲というジャンルを確立したハイドンの曲の完成度、そしてハイドンの手法に着想を得たプロコフィエフそれぞれの完成度の高さに比べてビゼーの交響曲が一歩劣って見えてしまう感じ。個人的にはビゼーの代わりにメンデルスゾーンあたりを持ってきた方が並びが良かったように感じます。
選曲というか、アルバムの企画意図はさておき、このアルバムに興味を持ったのは演奏がヒュー・ウルフとセント・ポール室内管だったから。コアなハイドンファンならご存知の通り、この組み合わせでパリセットの交響曲6曲の録音が残されていますが、これがスタイリッシュで端正な演奏で実に素晴らしいもの。以前に代表して86番を取り上げています。
2011/12/19 : ハイドン–交響曲 : ヒュー・ウルフ/セント・ポール室内管の86番
今日取り上げるアルバムはこのパリセットのアルバムとほぼ同時期の録音ということで、出来が気になります。奏者の情報などは前記事をご参照ください。
ということで、CDをプレイヤーにかけてみると、1曲目のプロコフィエフがいきなりキレまくってます! この曲は手元にキタエンコ/ケルン・ギュルツェニヒ管盤、小澤/ベルリンフィル盤、ゲルギエフ/ウィーンフィルのDVDがありますが、テンポも一番速めで、何よりオケの鮮やかな反応が素晴らしい。新古典的な諧謔さよりも、プロコフィエフの書いた千変万化する響きを鮮烈に聴かせようということでしょう。これは見事。キタエンコ盤の馬力、小澤盤の諧謔性、ゲルギエフの統率されたエネルギーに対して、この鮮やかでスタイリッシュな演奏からプロコフィエフの前衛と古典の均衡が浮かび上がります。この鮮烈なプロコフィエフの演奏でこのコンビのキレの良さを再認識。
Hob.I:1 Symphony No.1 [D] (before 1759)
続いてハイドンの交響曲1番。痛快なほどの速めのテンポと、キレキレの鮮やかさは変わらず。このスピード、以前取り上げたファイの1番の異常なまでのハイスピードには劣りますが、それでもかなりもの。ハイドンの晴朗なメロディーがたたみかけるようにスピーディーに流れ、くっきりとしたコントラストと華やかな色彩感を帯び、しかも古典の均衡を守った名演奏。速めのテンポにホルンを始めとした管楽器もピタリとついてキレ味を保ちます。
続くアンダンテも実に爽やか。キビキビとした曲の運びが心地よいリズムを刻みます。小規模オケの俊敏な反応の良さが活きていますね。一貫してリズムのキレを保ちながら巧みに音量を変化させメリハリも充分。
フィナーレは再び小気味好いほどの切れ味が戻り、ハイドンの典型的なフィナーレの形式的な美しさを早くも感じさせます。鮮やかなオケの反応を存分に活かした素晴らしい演奏でした。
続くビゼーは、個人的にはほとんど馴染みのない曲。かなり昔にハイティンクの演奏を聴いた記憶があるくらい。オケの反応は相変わらず素晴らしいのですが、曲が今ひとつしっくり来ないため、なんとも評しがたいところ。ビゼーといえばカルメンですが、今回調べてみると、ビゼーの生前はカルメンも含めてあまり評価されていなかったとのこと。この曲もかなり実験的というか、カルメンで聴かれる美しいメロディーの萌芽も2楽章にわずかに感じられる程度で、ビゼー自身の試行錯誤が見えるような印象。その若書きをヒュー・ウルフが爽やかにまとめたというところでしょう。
このアルバムを最後まで聴いて、ようやくヒュー・ウルフの「鮮やか」、「爽やか」、「スタイリッシュ」と言いう特徴が、3人の作曲家の「若書き」というかフレッシュなアプローチを実に周到に考えてまとめているような気がしてきました。私自身はこういう意欲的な企画ものは嫌いではありません。単なる曲の演奏ではなく、作曲家や曲の組み合わせかから新たな視点が生まれ、その視点から俯瞰した景色の新鮮さが生まれるわけです。最初はなんとなく腑に落ちない企画でしたが、ようやくしっくりときました。肝心のハイドンの演奏は[+++++]とします。パリセット以上にヒュー・ウルフの演奏の面白さが感じられる秀演です。


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tag : 交響曲1番
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遅くなりましたが明けましておめでとうございます!
暖かいお正月をご家族皆さんで穏やかにお迎えになられたことと思います。
この一年も実り多き年になりますようにお祈り申し上げます。
年末年始例年のごとく夫の実家で家族が集まり大人数での年越しとなりました。
年末のご挨拶も出来ずにすみません。新しい年にまたハイドンの様々な録音のレビューを楽しみにしております。読ませて頂く時が私のほっこりタイムです~(^^)
Re: 遅くなりましたが明けましておめでとうございます!
良い正月を迎えられたようで何よりです。こちらも久々に甥っ子たちと、カルタ、プロレス、サッカー、バドミントンまみれになり、へべれけの正月でした。おかげさまを持ちまして御節と酒が進みました(笑)
今年も皆様の期待に応えられるよう、名盤発掘に励まさせていただきます!
さらに遅くなりましたが明けましておめでとうございます
私の方は、ご紹介いただいたヤナーチェク四重奏団の冗談がとても気に入って、正月から冗談ばかり聴いています。
まさに冗談まみれのお正月になりました(笑)
今年も名盤の発掘を期待しています。
No title
>ヤナーチェク四重奏団の冗談がとても気に入って、正月から冗談ばかり聴いています。
素晴らしい!当家では、現在高校生の娘が幼稚園~小学校低学年のころは(実は今でもですが!)本当に当盤ばかり聴いていて、そのたびに「うちのパパったら、またアレを聴いている」と言われていたようです。(ほぼ同着は、オイストラフ/作曲者息子マキシム指揮のショスタコvn.協奏曲第1番の第2楽章スケルツォと、グールドのゴールトベルク変奏曲新盤ですね・・・)
ヤナーチェクSQは、現在の感覚からすると第1vn.主導型というか突出型という感じですが、「冗談」にはそれがまた映えるんですねー!また、リーダーであるトラブニーチェク氏独特の節回しは、思い出すだけでわくわくさせられます。こういった幸せなハイドン体験を、今年もオン&オフの両方において共有いたしましょう。
No title
> 第1vn.主導型というか突出型という感じですが、「冗談」にはそれがまた映えるんですねー!
御意(笑)!
おっしゃるとおり冗談は第1ヴァイオリン主導型の曲ですね。シャロンもウェラーもそうでした。トラヴニチェクのヴィヴラートの強い喜び溢れる音を聴いていると本当に心がウキウキしてきます。
この演奏は昔LPで持っていましたが、CDが出て以後、所有していた約2000枚のLPを全部売ってしまいました。…痛恨事です。
最近、急に仕事が忙しくなって、オンはともかくオフは?という感じです(汗)。
オーストラリアのハイドン
遅ればせながら今年もよろしくお願いいたします。
アメリカのハイドンの流れでのご紹介ですが
オーストリアならぬオーストラリアのハイドンをご存知でしょうか?
昨日、Apple Musicで偶然見つけたのですが
どうやら新進の古楽器アンサンブルのようです。
昨年7月に文字どおり「The Haydn Album」というCDが出ています。
https://www.amazon.co.jp/dp/B01IR88XY6/sr=8-1/qid=1484570984/ref=olp_product_details?_encoding=UTF8&me=&qid=1484570984&sr=8-1
団体のサイトはこちら
http://www.australianhaydn.com.au/
こちらに、上記CDにも入っている
Keyboard Concerto in D majorの動画があるのですが
なかなかおもしろい演奏です。
(愉しみが減るといけませんので、どこがとは書きませんが・・・)
ぜひ、ご覧くださいませ。
Re: オーストラリアのハイドン
貴重な情報ありがとうございます。当ブログでも色々な国の奏者の演奏を取り上げてきましたが、オーストラリアの演奏は数少なく、非常に珍しいものですね。今まで取り上げてきたものだと、下記の演奏があります。
http://haydnrecarchive.blog130.fc2.com/blog-entry-1130.html
ご紹介いただいたアルバム、非常に興味が湧き早速注文してみました!
よかったら記事に取り上げてみようと思いますので、しばしお待ちを!
No title
コメントありがとうございます。
ハイドンのニ長調協奏曲については、昔、FM放送でアルゲリッチの独奏を聴いて、圧倒されたのを憶えています。その後、DGで出た新盤を買いましたが、今聴いても新鮮かつ流れるようなピアニズムで、他の追随を許さない名盤だと思っています。
「Australian Haydn Ensemble」=「AHE」の演奏も、若さを感じさせる推進力もさることながら、思いきったアゴーギグが魅力です。今回のアルバム、チェロ協奏曲と、「朝」とを組み合わせているところを見ると、協奏曲に力を入れているようです。古楽器初?の「ハイドン協奏曲&協奏楽章全集」に取り組んでくれることを期待しています。