【年末企画】アンサンブル・リンコントロのバリトン・トリオ

シュトルム・ウント・ドラング期の名曲、名演奏を紹介するというノリになっている年末企画ですが、今日はマイナーながらハイドンの作品で重要な位置を占めるバリトン・トリオのアルバムを紹介しましょう。

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1766年にハイドンがエステルハージ家の楽長に就任して以降のしばらくの間は、いわゆるシュトルム・ウント・ドラング期として、告別交響曲や昨日取り上げた弦楽四重奏曲Op.20など、多くの名曲が生み出された時期です。この時期の作品リストを眺めてふと気づいたのは、大量のバリトン・トリオの作品。これらを無視する訳にはまいりません。

当時エステルハージ家の君主であったニコラウス・エステルハージ候は、バリトンという現代ではほとんど使われなくなってしまったヴィオール属の楽器を愛好しており、ハイドンが楽長に昇進した際にも「特にバリトンで弾ける曲をきちんと作曲すること」という規約を契約に盛り込んだとのこと。ハイドンはそれに応え、126曲ものバリトントリオを作曲しました。こちらの全曲はBrilliantレーベルからリリースされているので、興味のある方は手に入れて、バリトンの宇宙に酔ってください(笑)

今日取り上げたアルバムは、ハイドンのバリトン・トリオの中でも私が最も愛好するアルバムですが、ちょとしたオチがあります。なんとこのアルバムでは通常の編成のバリトン、ヴィオラ、チェロではなく、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロで弾かれているんですね。これでは世にも珍しいバリトンが聴けないではないかとのそしりを受けそうですが、このアルバムの演奏の素晴しさを聴けば、なぜこのアルバムを選んだかがお解りいただけると思います。

このアルバムの演奏は、アンサンブル・リンコントロ(Rincontro)で、収録曲目はハイドンのバリトン・トリオ6曲(XI:80、XI:85、XI:14、XI:97、XI:59、XI:96)とアダージョ。作曲はどの曲も1765年から72年くらいまでの間。録音は2007年6月、スイス南西部のシオンのティボール・ヴァルガ・スタジオでのセッション録音。レーベルはα(alpha)というレーベルですが、輸入元が丁寧な解説をつけてくれるマーキュリー。

早速解説に目を通すと、今回も素晴しい解説が。あんまり気が利いているのでまた引用しちゃいましょう。解説は白沢達生さん。

「オリジナルどおりにバリトンを使った演奏では、ついついこの楽器の妙音に気が行ってしまい、曲そのものがいかに周到に作曲されているかを堪能するところにまで気がまわらないかもしれません。しかし、本盤ではもっとストイックに,ヴァイオリン~ヴィオラ~チェロ、と弦楽四重奏曲でも使われる”ふつうの”楽器だけによる演奏が続きます。彼自身の弦楽四重奏曲群にも劣らない、ハイドン初期~中期ならではの魅力に満ちた書法のおもしろさは、こうした普遍的な演奏形態によっていっそう引き立つというもの。本盤のチェロ奏者のの楽曲分析をちらほら読みながら、ハイドンという驚異の才能のからくりに聴き入ってみるのも、贅沢な時間の過ごし方かもしれませんね。」(一部略)

なんと的を射た解説でしょう。流石プロは違います。本盤はまさにこの解説どおりの演奏です。

演奏のリンコントロは1998年に創設された古楽アンサンブル、カフェ・ツィマーマンのトップ奏者4名によって結成されたピリオド楽器による室内楽集団。いつもは弦楽四重団として活動しているようです。
ヴァイオリンのパブロ・ヴァレッティはジョルジュ・サヴァール、ミンコフスキ、クリスティなどとソロやコンサートマスターとして競演しているというから、かなりの腕前なんでしょう。チェロのペトル・スカルカはクリストフ・コワン門下。ということでアンサンブルは古楽器の名手ぞろいということですね。

全6曲のレビューも野暮ですので、最も有名なトラック10~16の7楽章構成のXI:97を取り上げましょう。

冒頭からゆったりと時間が流れる極上の響き。古楽器の素朴な弦楽器がハイドンのバリトントリオ特有のトランス状態というか陶酔状態のような曲を奏でていきます。非常に穏やかな曲調ながら、正気と狂気の間の非常に鋭敏な感覚を持った曲。解説通り、バリトンによる演奏では解放弦をならした際の不思議な響きのおもしろさに耳を奪われがちですが、この特徴的な響きを取り去ったあとに浮かび上がるのは、純粋に室内楽曲としての完成度の高いメロディーの骨格。チェロはごく低い音で、アンサンブルに変化をもたらし、ヴァイオリンも雄弁になることはありません。おそらくこれはバリトンを実際に弾いていたニコラウス候のテクニックに対する配慮だったんじゃないでしょうか。ハイドンの音符の裏に隠された君主への絶対忠実な誠意と、音楽的才能あふれる立場からの思いやりがひしひしと感じられます。
2楽章はアレグロ。弦が軽快に進め、非常にリズムの良い展開。3楽章は均整のとれた良いメヌエット。途中の弦のピチカートが印象的。続いて4楽章のポロネーズもメヌエットの延長のようなリズム感よい曲。5楽章のアダージョは深く沈んだ弦のうなりから始まる印象的な曲。現代音楽のような精妙な響きも垣間見せる当時としては踏み込んだ表現。ふたたびメヌエットでこれがハイドン時代の曲であったことに気づかされます。最後はフーガ。時間を永遠に使いたいと思わせる繰り返しがフィナーレの回想的な雰囲気と拮抗。

この曲だけでも、ハイドンの驚異の才能のからくりを実感できます。

その他の曲も弦楽三重奏で奏でられるニコラウス侯を悦ばせようとした小宇宙の素晴らしさを、古楽器の雅な音色で伝える名演奏。

評価はもちろん全曲[+++++]です。ベクトルの向きは異なりますが、シュトゥルム・ウント・ドラング期のハイドンの創意溢れる魅力を十二分に味わえる、室内楽好きの方必聴のアルバムだと思います。

いつもながら、マーキュリー、いい仕事してますね~(某氏風)
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テーマ : クラシック
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tag : バリトン三重奏曲 おすすめ盤

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なぜかハイドン(Franz Joseph Haydn)が特に気に入り膨大な録音をコツコツ集めてレビューしております。好きなものはお酒全般(ワイン、日本酒、モルトなど)、美味しいものを食べること、料理、鄙びた温泉めぐり、歌舞伎見物、スポーツクラブで泳ぐこと(美味しいお酒を呑むため!)などなど。東京在住のごく普通のサラリーマンです。

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